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日本で、階級意識というのはいつまであったのでしょうか。特に上流階級意識です。
昔の翻訳童話などで、上流階級的に訳されているのがあるので、ああいう上流階級お嬢さん意識はいつごろまであったのでしょうね。

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お嬢さん」に関するQ&A: 金持ちのお嬢さんの

A 回答 (5件)

日本は世界的に見れば、階級の無い社会です。



士農工商という階級があったとされますが、世界の制度(たとえばカーストなど)に比べればとてもゆるく、階級制度と呼べない部分もありました。

まず第一に、太閤検地・刀狩りまで武士と農民という区別はほとんどありませんでした。実力がなく、また争いは嫌いだからと武士のようにならずに営農を中心としている農家も多かったようです。木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)自体が、武士と呼べない農民の子に生まれ、太閤に上り詰めています。この時代に厳然とした階級があったら、こんなことはできません。

下って江戸時代になると、やや武士と農民(とそれ以外)の階級がはっきりしてきて、階級と呼べるものが出てきます。
ただし、昔からある村落にいくと、
「おらっちは農民だけど、従兄弟は先祖に武功があったから武士だよ」とか
「おらは水のみ百姓だけど、おらの先祖は武士だ。次男坊の子孫だとババひくねーー」など
ざらにあり養子に入れるとか、商家がお金を積んで跡取りのいない武士の家柄を買う(買って誰かが養子に入る)ということも簡単にできたようです。
もちろん武士階級には、切捨て御免の特権があったり、領地換えで地元の階級の上に、支配階級が乗っかった 場合などは苛烈に階級差を強調したこともあったようですが、一般的にはそれほど厳しいものではなかったようです。
諸外国の階級は「血筋」から逃れることで着なかったので、日本の階級制度はとても弱かったのです。

そのため明治になって四民平等が発布されると、一気に階級が崩れました。
同じように市民が平等なはずのヨーロッパは、デビュッタントなど元々貴族の血筋を引く上流階級しか参加できない集まりが未だにありますし、インドのカースト制度などは「国民平等」をうたっているのにまったくなくなりません。

このような階級制度を基準にすれば、日本はいつの時代も階級が無かったといえるぐらい、ゆるい階級制度だったのです。

それでも武士には特権がありましたので、江戸時代には階級制度があり、明治に入って一応爵位が設けられましたので、戦前は階級差があったといえるでしょう。もちろん成り上がった金持ちが爵位を買うことが出来ました。
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この回答へのお礼

確かに、武士階級と農奴階級は流動的であり、同根であるということも日本社会の特徴のようですね。それは、歴史的に「階級」というものがあくまで外来的だという性質なのかもい知れません。
社会的に強固な階級ではなく、あくまで意識の上の平等感というものに根ざすものだったようです。そうすると、やはり、貴族階級というのが一番それに近いものだったのかとも思います。

お礼日時:2009/05/29 10:13

 階級意識は、精神・意識の問題ですから、消えることはほぼありえません。


 経済格差を自覚できない時代において、”一億総中流階級”という独特の社会階層の支店が生まれるように、階級は消えることもないものでしょう。
 というよりも、階級という意識によって同属化・同族意識を必要とする部分もあるので、消えるべきではないかもしれません。

 上流意識という問題ですが、経済格差は消滅しようとも、門地・学力などでの選民意識が生まれるものですから、不滅に近いでしょう。

 同時に確信的な話ですが、世界的宗教は、聖職者の階級を設けていますから、上流意識は死滅できないものです。

 もっとも、日本は貴族階級がノビレスとしての公責を追わない歴史が長いので、階級という意識は存在しても、その意味が薄かった部分があるでしょう。

 
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この回答へのお礼

根本心理的な問題として、つねに階級、同族意識、異属排除意識というのは存在しますね。日本の宗教的な状況というものが、絶対的階級差というものを作らせなかったということはいえますね。おっしゃるように、貴族性というものが権力とは距離を置いているという状況で、階級意識が定着しにくという状況ですね。

お礼日時:2009/05/29 10:16

制度としての階級は無くなったかもしれませんが、階級意識がなくなったかどうか。


意識は個人の問題ですから、本人がそう思っていれば、あるということですね。
我々一般人は無くなったと思っていますが、異なる意識を持った階層は、まだあると思います。
表に出ない差別意識も残っていますし。
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この回答へのお礼

根本心理的にはやはり常に存在する問題ですね。一億層中硫化などという標語が逆説的にそれを物語っていますね。

お礼日時:2009/05/29 10:14

上流階級意識を有することを、その階級に必要な文化的素養をもち、その階級に必要な義務を果たすことと考えると、やはり江戸時代まででしょう。


 士族が廃止された時点で、上流階級意識は薄れていったと考えるべきでしょう。具体的にいえば、和歌を詠む、茶を楽しめる、源氏物語、百人一首、新古今和歌集を諳んじるくらい知っているなどです。
 そういう共通する基盤を共有できることで、対話などが高度化するのです。いちいちむずかしい言葉に説明的言語を加えなければならないようではいけません。
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この回答へのお礼

私個人としては、近代的階級意識の発露というのは明治からの西欧化にあると思っていたのですが、もっと根本的な源流としては武士階級というもの、その教養と武術の特権的存在が長く社会に存続していたということにあるはずですね。

お礼日時:2009/05/29 10:10

それは、ずばり敗戦(昭和20年)までです。


それまでは、日本には「財閥」という大企業コンツェルンが存在し、三井・住友など途方もない大富豪がおりました。国会には「貴族院」というのがあり、いわゆる「貴族」という階級もありました。
このような階級社会は戦争に負けたことで一挙に崩壊しましたが、それまでは現在のイギリスのような厳然たる階級社会と、階級意識があったのです。
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この回答へのお礼

確かに、敗戦はひとつの革命に類するようなチェンジャブルなエポックでありました。その要綱の主要なものとして、財閥、貴族階級の廃止というものがありますね。この強制的な措置で大分様相が変わったことですね。

お礼日時:2009/05/29 10:06

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カースト制度は日本にとっては階級による差別制度の代表格のように扱われて、実際悪いイメージしかありません。しかしカースト制による厳格な職業の割り当てが行われて、人々は自分のカーストに合う仕事が守られるという管理社会的なものもあると聞きました。そのためインドはあまり失業が少なく、餓死する者も少ないようです。この管理社会的な面が社会の安定を生んでいるのは日本の江戸時代の士農工商にも言えることなのでしょうか?

Aベストアンサー

カーストは本来、同じ生活様式や言語などの文化や宗教などを共有するコミュニティのことを指します。まずカースト別があって職業が決められているのではなく、まず職業を含む生活様式等を同じくする集団があって、それをカーストと呼ぶようになったのです。カーストは今でも、多様な民族と宗教文化を含む複雑なインド社会の秩序を保っている重要な要素です。「管理社会的な面が社会の安定を生んでいる」のではなく、「自治管理的な面が社会の安定を保っている」のだと思います。

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Aベストアンサー

確証があるわけではありませんが。

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イギリスの階級制度について詳しく解説している本、ウェブサイトをご存知でしたら教えてください。

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Aベストアンサー

だいぶ前、英国に住んでいました。
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で、私の理解ですが、「血筋」というよりは、教育とか職業とかで、なんとなく階級を分けているので…、

1.就職
目に見えた差別はありませんが、そもそも労働者階級の人は高等教育を受ける比率が低い上に、仮に高学歴であっても、面接の際に、発音で、出身階級がわかってしまう事があり、面接する側に偏見があれば、それが結果の違いにつながる事はままあるようです。(実際、自分がいた会社でも、「やっぱり言葉が変なやつは、今ひとつだな…」なんて事を匂わせていたヤツがいました。
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3.一攫千金
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参考URL:http://www.waseda.jp/sem-muranolt01/KE/KE0103.htm

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Qイギリス 産業革命以前の階級意識

イギリスの階級社会の歴史について研究しています。
調べていると、イギリスの階級(上流・中流・下流)は産業革命後に誕生したと書かれているのをよく目にします。では、それ以前(特に1714年のハノーヴァー朝の始まりから産業革命までの間)のイギリスでの階級意識とはどのようなものだったのでしょうか?
ジェントルマンとノンジェントルマンという2つの階級があったというのは正解なのでしょうか?
そして、ある文献からこの時代は「階級闘争なき階級」があったと読みました。そこで、この時代は、たしかに階級(ジェントルマンとノンジェントルマン)は存在していたけれど、産業革命後に比べると、階級意識が薄いため階級闘争もなかったという理解で正しいのでしょうか。
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わかる方、ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

ank0314 さん、こんばんわ。

イギリスの階級(上流・中流・下流)は産業革命後に誕生したと書かれているのをよく目にします。では、それ以前(特に1714年のハノーヴァー朝の始まりから産業革命までの間)のイギリスでの階級意識とはどのようなものだったのでしょうか?

そんなことはありません。
産業革命以前ということですから、フランスと同じような封建時代国家だということでしょうか?イギリスの場合は16世紀に入って中央集権体制になりました。それまではフランスと同じような非中央集権的封建社会でした。
つまり、国王がいてその下に領地を持つ大貴族や官僚、軍隊があり、この大貴族の下に代官や騎士がいて独立自営農民(ヨーマン)から出たジェントリという郷士がいてその下に独立自営農民(ヨーマン)がいて農奴がいてという形だと思います。
この形だと貴族や国王の領地支配権が強く、自分達の自由権や財産権を認めてもらうために必死で階級闘争など起こせる状態ではありません。実際には産業革命以前からイギリスの階級(上流・中流・下流)は存在していました。それは産業革命以降よりも厳然とです。産業革命によって新興富裕層ができる。つまり中流の商人がさらにお金持ちになるということです。そして貧しい農家の次三男や女性を職工に雇ってさらに富を増大させますが、今度はその職工労働者が新興富裕層である資本家との間で権利の闘争を始めるのが階級闘争でしたね。産業革命は身分による階級から富の分配によるつまり労使関係による階級の闘争の時代に入ったということです。有名なのはチャーチスト運動でしょうか?
ちなみにイギリスではすでに16世紀に宗教改革により、イギリス国教会が成立しているのですが、それまではカトリックのような王国内に王国があるという状態でしたね。つまりカトリックも支配階級であるということもお忘れになってはいけません。

詳細は下記のURLを参照してください。

チャーチスト運動
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0

ank0314 さん、こんばんわ。

イギリスの階級(上流・中流・下流)は産業革命後に誕生したと書かれているのをよく目にします。では、それ以前(特に1714年のハノーヴァー朝の始まりから産業革命までの間)のイギリスでの階級意識とはどのようなものだったのでしょうか?

そんなことはありません。
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Q日本初飛行? 日野熊蔵大尉の履歴

徳川大尉と共に日本で最初に飛行したとされる日野熊蔵大尉ですが、

「20歳で陸士を卒業」(普通どおり)
「12年後に歩兵大尉」(普通どおり)
「1931年に歩兵少佐、これが最終階級」(普通ではない)

と、「初飛行の後で少佐になる前に予備役となり、1930年頃に召集されて進級した」と推定される経歴です。

陸士出の正規将校であった日野大尉がなぜ大尉で予備役編入となったのでしょう?

Aベストアンサー

日野大尉は小さい時から機械少年だったそうです

軍人になりましたが飛行機の重要性を説き、ドイツに留学してグラーデ式飛行機を持って帰りフアルマン式の徳川大尉と一緒に代々木の錬兵場で日本で始めての飛行機を飛ばせました

その後も飛行機や新兵器の重要性を軍に熱心に説きましたが精神主義の陸軍に煙たがられ昭和の初めの軍縮時代に病気を理由に陸軍を辞めさせられました

その後も民間人のコンサルタントとして軍用飛行機の性能向上に努め隼などの名戦闘機の開発に貢献しました

徳川大尉の方は徳川家の一員として軍の出世コースを歩き陸軍中将になりました

Q日本の歴史上、宗教の権威が最も強かったのはいつ頃でしょうか

今の日本において、宗教界の権威や権力がかなり弱まっているのは明らかです、
しかしながら、過去においては宗教の力はかなり強く、時の政権に次ぐ権力を有していたこともあり、政治に与える影響も大きなものでした。

邪馬台国の時代は宗教家=政治家であったらしいですが、その時期はよくわかっていないので除いて、ある程度史料が残っている飛鳥時代以降、宗教の権威が最も大きかったのはいつでしょうか。

私の感じたところでは、戦国時代までは宗教の権威が強く、安土桃山時代以降と江戸時代においては宗教の権威・権力が相当弱まったように思うのですが。

Aベストアンサー

聖武天皇期
国家財政を傾けるほど、国家の総力を上げて全国に国分寺を作ってみたり大仏を作ってみたり
予算(金)を握る=権力を握ると見ればその頃でしょ

天皇自体が仏に帰依して、自らの権勢を仏(仏教勢力)の意図するままに委ねるのだから
奈良から京都に都を移したのも、
権勢の強すぎる寺院の影響力を削ぎ天皇の権威を確立するために
わざわざ『都の中に勝手に寺院を作ってはならない』という詔まで発しているのだから

平安期以降は、世俗の権力は天皇や摂関家や武家が担い
寺院はあくまでも宗教上の権威として存在するという一定の分離が出来ている

Q自衛隊と警察官

自衛隊と警察官
変な話ですが私は銃器を扱う職業に就きたいです。
早い話が「警察官」か「自衛隊」です。
この職業を比較して良い点、悪い点を教えてください。
また、警察で自動小銃(サブマシンガンなど)を使うことはありますか?
また、自衛隊から警察官になるとたら、特別扱いされますか?
銃器を扱う部署に入れてくれたりすることはありますか?
私の考えでは、高校卒業後、陸上自衛隊に入り、2年退職し、警察に入りたいです。
無謀ですか?なんでもいいのでどんどん回答してもらえるとうれしいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どっちか片方がいいよ。両方はムリとは言わないが難しい。
特に警察は純血主義だから。

警官は余り銃器にさわらない。

それなら自衛隊がいいと思うよ。

Q日本ではガスはいつまで有毒だったか

ガス(ボンベで売られたり都市ガスで配給されたりするもの)についての質問です。化学や科学のカテの方が良いのか迷いましたが、歴史であることは間違いないと思ったので、歴史カテで質問させていただきます。
かつて日本では木炭自動車の原理で発生したガスだったため一酸化炭素が含まれていてガス自殺や死亡事故があったと聞きますが、現代では炭化水素系の無毒な物質になっていて、一酸化炭素は不完全燃焼をおこさせない限り発生しないとのことですが、そのように変わったのはいつ頃のことなのでしょうか。

Aベストアンサー

当初4C・5C・6Aといわれた石油系ガスを使用していましたが徐々に12A・13Aの天然ガスに移行していきました。

移行期間は大阪で30年ぐらい前から始まり15年ほどかかりました。
1975(S50) 天然ガス転換開始
1990(H2) 天然ガス転換完了
http://www.osakagas.co.jp/og100/100year.html

http://home.tokyo-gas.co.jp/userguide/userguide_05.html
http://home.tokyo-gas.co.jp/userguide/userguide_06.html

地方では転換中のところもまだあるようです
http://www.asahikawa-gas.co.jp/gas/tengas/gas2.html
http://www.14network.com/tenkan/sc/sc.htm

Q警察官の階級

ドラマなどを見ていると警視・警部などという警察官の階級がでてきますが、警察官は地方公務員なのにどうして全国共通の階級を言うのですか。自衛隊とか、戦前の軍隊だったら、国家公務員なので全国共通の階級があって、この人はえらいんだなあ。とか、上官の命令というものがありますが。地方公務員は各地法採用なので、全国共通の階級があるのは不思議です。それとも、テストは全国共通で、その合格者をそれぞれ警部などといっているのですか。

外国の「大将」と日本の中将とがいたらこのひと大将の方がえらいんだなとわかります。

Aベストアンサー

警察官の階級は警察法62条で、
警察官(警察庁長官を除く。)の階級は、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長及び巡査とすると定められています。
警察官のうち、警察庁巡査、警察庁巡査部長、警察庁警部補、警察庁警部、警察庁警視、警視正、警視長、警視監、警視総監及び警察庁長官は国家公務員です。
よくキャリアとそうでないと区別で国家公務員か地方公務員かをわける議論がありますが、ノンキャリアでも、警察庁で採用になると巡査でも国家公務員ですし、警視庁や道府県警察本部採用でも警視正に昇任すると自動的に国家公務員になります。
法律で階級まで規定しているのは警察官と自衛官だけです。
ちなみに消防吏員は地方公務員ですが、消防組織法で、消防吏員の階級は、総務省消防庁の定める基準に従い、市町村の規則で定めることになっていますので全国共通の階級をもっています。
なお、消防吏員の階級は消防総監、消防司監、消防正監、消防監、消防司令長、消防司令、消防司令補、消防士長、消防士です。
なお、市町村の消防本部の長である消防長は階級に差があっても対等とされています。これは市町村長に差がないのと同様です。

警察官の階級は警察法62条で、
警察官(警察庁長官を除く。)の階級は、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長及び巡査とすると定められています。
警察官のうち、警察庁巡査、警察庁巡査部長、警察庁警部補、警察庁警部、警察庁警視、警視正、警視長、警視監、警視総監及び警察庁長官は国家公務員です。
よくキャリアとそうでないと区別で国家公務員か地方公務員かをわける議論がありますが、ノンキャリアでも、警察庁で採用になると巡査でも国家公務員ですし、警視庁や道府県警...続きを読む

Qアメリカ軍の階級章は、銀が上?

アメリカ軍の階級章は、銀が上?

te-taroともうします。

アメリカ軍の階級章で、同じ形で、色が違うもの
があるのですが、
どうも、銀が、金より上のようです。

普通、金のほうが上だと思うのですが、
どうしてでしょうか?

歴史的背景がありそうなので、
ココで質問しました。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://www-perscom.army.mil/tagd/tioh/ROTC%20Misc%20NGB%20page/Silver%20and%20Gold%20Insignia.htm
googleで検索した結果の斜め読みです。詳しくは原文をご覧ください。なお、直接アクセスできませんでしたので、googleのキャッシュを参考URLに示します。

将校の階級章で銀色のほうが金色より上位なのは、不必要な変更を避けようとした結果であり、意図的なものではない。
米陸軍では1800年代前半には歩兵大佐は銀の肩章の上に金の鷲の階級章を付け、歩兵以外の兵科の大佐は金の肩章の上に銀の鷲の階級章を付けた。
1851年には大佐の鷲の階級章が銀色のみと規定された。これは、銀色の鷲を付けた大佐のほうが多数であったためである。それ以降、中佐は銀の葉、少佐は金の葉の階級章を付けた。大尉と中尉は金のバーを付けた。少尉の階級章はなかった。
1872年には大尉と中尉のバーが金から銀に変更された。
1917年には少尉の階級章が金色のバーに定められた。既に採用されている銀色と金色の上下関係に合わせたものである。

参考URL:http://www.google.com/search?q=cache:f18rXc1fI8EC:www-perscom.army.mil/tagd/tioh/ROTC%2520Misc%2520NGB%2520page/Silver%2

http://www-perscom.army.mil/tagd/tioh/ROTC%20Misc%20NGB%20page/Silver%20and%20Gold%20Insignia.htm
googleで検索した結果の斜め読みです。詳しくは原文をご覧ください。なお、直接アクセスできませんでしたので、googleのキャッシュを参考URLに示します。

将校の階級章で銀色のほうが金色より上位なのは、不必要な変更を避けようとした結果であり、意図的なものではない。
米陸軍では1800年代前半には歩兵大佐は銀の肩章の上に金の鷲の階級章を付け、歩兵以外の兵科の大佐は金の肩章の上に銀の鷲の階級...続きを読む


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