平和ボケしてました。
POSOという動画を見ました。
インドネシア・ポソ県POSO宗教紛争のようすを
映した映像です。
悲しみと怒りでいっぱいです。
宗教紛争の原因はなんでしょうか?
宗教は自分にとってのもので、人それぞれ価値観?で、それが衝突する意味を感じません。
宗教を差別したり、強制したり、信教を理由に処罰食らったり、
宗教をなんやとおもってるんですかね?
ほとんどの宗教にそんな教えはないですよ。
偽善者、それ以上に自分勝手で非情悲惨です。
命をなんやとおもってるんですかね。
国とか、街とか、いろんな環境がこういうことをうみだしているのですね。
このような過酷な環境にうまれたがために自分に都合の悪い人を平気でおもちゃみたいに殺すにんげんになってしまったり、殺される運命になってしまったり。
環境が及ぼす物はすごいです。っていうか環境がすべてですね。
世界中が平和ぼけすればいいのに。
まぁ無理な気もしますが。
どうすればこういう事態は減っていくもんですか?

ほとんど愚痴になってしまいましたが、皆様が思われていることなんでもいいので、おねがいします。

A 回答 (10件)

シンプルに意見します。


1、宗教はその昔、犯罪多発の状況を改善して、平和な世の中を構築するために預言者であるモーゼとかマホメットとかキリストが広めた社会戒律です。
2、従って、内容は厳しいアメとムチ、すなわち戒律を破ると地獄に落ち、守れば天国に行けると説く。
3、簡単に改宗されると統一が乱されるので、他の宗教排斥を戒律に織り込む。
4、従って、他の宗教信者を攻撃する。

こんな具合です。特にイスラム教の戒律は厳しく、戦争になります。

現代は法治の時代ですから宗教は不要です。皆が幸せになれる社会システムの構築、すなわち、労働環境、子育て、福祉の改善充実、医学薬学の進歩等により宗教に依存しない社会を構築できると思います。
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まず宗教戦争の中でも多いのが宗派の違いによる争いです。


元々キリスト教、イスラム教、ユダヤ教は同じ神を信仰している宗教で、さまざまな解釈の違いで違う宗教になっているものです。
宗派が違うといっても良いものです。
まるっきり神様が違えば、あいつの信じる神は違うという考えで済む場合もあります。
しかし同じ神を信じているのになんで違うんだ、あいつの解釈は神を冒涜している。という考え方になると、その神を冒涜している者=悪魔を叩きのめさないと神に申し訳ないと言う話しになってしまいます。

また、この考えがもっと範囲が広くなると、この神を信仰しない人間は神を冒涜している=悪魔を叩きのめさないといけない。
という考え方になってしまいます。
特に日本のような元からが多神教の国の考え方でなく、一神教の考え方だとそういう考えになる人が多くなります。

仏教も日蓮宗のようにあるお経だけを信仰するという宗派は他の宗派に対して非常に攻撃的になっている面もあります。

日本の宗教観は世界の中ではかなり異質なものです。
元々が多神教な上に同時に複数の神様を信仰することも問題ではありませんでした。
山に入るときは山の神に海に出るときは海の神に田畑の仕事をするときは農耕の神に・・・とその都度その都度自分に都合のいい神様にお祈りをして感謝をする。
そのために外国の人から見ると日本人は信仰心がないように見られ無宗教と思われたり、なんでも都合のいいものだけを取り入れるおかしな人種のように思われています。
しかしそうでなく複数の神様を祭ることが出来るから、年末などクリスマスをして、除夜の鐘を聞いて、初詣に行き、初日の出を拝み、子供にお年玉を上げて・・・というような複数の宗教行事を行うことに違和感がないんです。

そういう国に生まれそういう宗教心があるものから見ると、外国の宗教戦争はなかなか理解できないのが当たり前です。
逆にいうと日本のように複数の宗教や宗派を信仰して良いじゃんと世界の人が思えるようになれば、今よりも宗教戦争は少なくなると思います。
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(えらい長文になってすみません。

おつきあい頂ければ幸いです)

まず…よくPOSOをご覧になりましたね!?
私も小耳に挟んだことはありますが、あまりの衝撃とグロテスクさで
トラウマ確実と聞いて、決して見るまいと誓いましたよ。

それはさておき宗教紛争ですね。これから書くのは
あくまで私の個人的な見解であって、議論する意思はさらさらないことを
最初にお断りしておきます。既にお気づきと思いますが、
それくらい宗教というテーマは厄介なんです。
というか、だからこそ戦争になるんです。あ、半分くらい答えが出た。

阪神ファンと巨人ファンってたいてい仲が悪いですよね?
同じ分野の違うものを軸にしてできた集団同士って
互いを敵視する傾向が強いんです。加えて宗教というものは
個人の生き方・価値観を決めてしまうものです。そういうことを
「アイデンティティーの基礎が宗教にある」と言います。
○○教あっての自分、ということです。そこへもってきて
違う教えをアイデンティティーとする集団同士が出会ったら?
絶対とは言いませんが、仲が悪くなりやすいのは事実です。
私が先に「議論はしません」とお断りしたのはそれを避けたいからです。
よく似たものに「民族」もありますが、それは置いときます。

ただ、よく「宗教で争いになるのは一神教が他の神(神々)を認めないからだ」
と言いますが、これには疑問を持っています。はっきりとは反論できませんが、
「本当かな?知ったかぶりみたいな気がするぞ?」という気がするのです。
それは大体以下の理由によります。

・ローマ帝国(ローマ神話=多神教)がキリスト教を弾圧したこともあれば
 ヒンドゥー教(多神教)とイスラム教が対立することもあります。
・ヒンドゥー教のテロリストもいます。
・ユダヤ教は何でも程々をよしとするので
 ユダヤ教には原理主義はないと聞いたことがあります。
・キリスト教も他の宗教を偽りの神と非難しますが本来は愛と平和を説く教え
 (特に新約聖書)です。 事実、キリスト教を題材に書かれた小説
『カラマーゾフの兄弟』『クォ・ワディス』は隣人愛と平和を主張しています。
 例えば十字軍とか魔女裁判とかは
 クリスチャンがキリスト教を誤解した結果ではないかと言う気がします。
・私はイスラム教にはうといのですが、イスラム教で有名な
 「目には目を、歯には歯を」は本来、復讐のやりすぎを抑える教えと
 聞いたことがあります。「目を潰されたら目を潰し返すだけにしろ、
 命までは奪うな」と言う意味だそうです。

また宗教が人間性を磨いてくれる実例も無数にあります。
例えばマザー・テレサやマハトマ・ガンジー、シュヴァイツァー。
そして戦争の原因となるものは宗教以外にも多数あります。例えば
民族の長い年月にわたる対立、麻薬の生産・販売をめぐる利権など。

科学を推し進めて宗教をなくす、と言うのは恐らく不可能です。
科学者が科学の最先端を突き詰めることで逆に信仰に目覚めることも少なくありません。
また、人間という生き物自体が宗教を必要としています。
でなければ初めから宗教は存在しません。

くだくだ書きましたが、一言で言えば私の考えは
「宗教そのものは決して争いを生むようなものではない…はずだ」
ということです。でも現実には起きてますよね。だから厄介なんです。
人間同士がもっと広い心を持てればいいのでしょうけど…。
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世界の主な宗教は始原が殆ど一千年以上前のもので、その宗旨には現代の科学や常識と隔たっていることが多いです。

宗教の最もいけない点はそれらの教えを社会ぐるみで幼児教育として現代科学や世界共通の倫理に先行して教えこみ、彼らの人格形成の骨格になってしまっていることです。日本などは例外的に無信教的な社会ですが、欧米などの先進国も例外でなくキリスト教的な考え方で固まった人間が多数を占めた社会です。彼らは信仰の自由を理性では理解しても、感情的には自身の信教から離れがたく、宗教紛争の危険性を常に持っているといっていいでしょう。宗教は百害あって一利なしという立場からいろんな科学者が主張を始めています。私も世界から紛争をなくすには哲学としての宗教研究を除くすべての宗教を根絶する以外ないと思います。
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この回答へのお礼

育つうえで根っこの部分ってたいせつですよね。
先進国でもそのそうなかんじなのですね。
でも発展した方がましにはなるんですね。
人のこことろかに結びつく問題って難しすぎます。
宗教を取り除くのは不可能でしょうね。
回答ありがとうございます!

お礼日時:2009/05/28 12:00

>信仰していても人をころしてないひとだっておおぜいいる。


無論、そうです。しかし宗教でも熱心な人、いわば原理主義という方は宗教の為には殺人すら厭わない方も大勢いるのです。

>宗教ってもともと人をココロをいやす?ためにあるんじゃないんですか?
 少し違います。最初の宗教と言われるのは精霊信仰といえるのが最初の宗教と言われてます。
 大自然への恐れ、畏怖を神にみたてて、恐怖を抑える為に発生したのです。
 ギリシャ教(ギリシャ神話)とかそうですよね、太陽の神アポロンとか・・・北欧神話もそうですし、日本の神道もそいです。
 その後発生した一神教は違います。今、多く普及している一神教の神は全部同一人物で『ヤーウェ(エホバ)』と呼ばれる人物です。それを広めた人物によって宗教が違うだけです。
 そして元々、そのヤーウェの教えは人を救済するのが教えではないのです。神の教えどおりに人々は生きる・・・それが基本です

>そういう宗教を作っていった人たちは何を考えてそういうことにしたんですかね?商売ですか?
 色々理由があるのですが、一番多くの理由が『神の教えどおりに人々は生きる』という定義なんです。
 これは国家が国民を支配するのに非常に役に立ちます。
 ですので例えば現在のキリスト教は、国家を運営しつつ、国民を自由に操る為に都合よく変えられているのです。
 例えば『死海文書』はご存知でしょうか?、1947年から1956年にかけて、イスラエルの死海北西の要塞都市クムランの近くの11箇所の洞窟で発見された、ヘブライ語聖書の断片を含む約850巻の写本の集まりです。その中に紀元前2世紀から紀元後1世紀の間に書かれた聖書が含まれていました。
 その中に今の聖書とは異なる文書がいくつか発見されてます。例えば輪廻転生の記述です。これは今のキリスト教にはないものです。
 このように時の権力者に都合よく改変されたのでしょう。
そして権力者の都合の悪い宗教は異端の名の元、粛清の対象になりました。
 例えばキリスト教『カタリ派』なんかは有名ですね。これは時の権力者の嗜好に合わない為、数万~数十万単位で信者は処刑されました。

>なぜ信仰していても殺人をしない人がいるのでしょう?
 信仰の内容にもよります。
 例えば米国のキリスト教副音派というのがあります、これば米国に3000万人ほどいますが、この宗教は対外的な侵略戦争や核戦争を望んでいます。
 この宗派にとって侵略戦争とはキリスト教以外の宗教を根絶する為の聖戦にほかなりません。また核戦争が発生すれば神に祝福された自分たちが神の地にいけると・・・・本気で信じています!
 尚、この宗教を舐めてはいけません。米国前大統領のブッシュもこの宗派ですw
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この回答へのお礼

ていねいなかいとうありがとうございます!
No5~No1とよんでいってけっこうりかいしてきました。

たしかに昔は天気予報なんてないし、科学技術の発展もないですから、その予測不可能な自然現象への恐怖を抑えてくれる宗教。
人々にとってはかけがえのないものだったんですね。

1つのものから、かなり枝分かれして今多数の宗教があるってかんじですね。
国民支配ですか。恐怖を抑えてくれるありがたい宗教を手段に使うとは。
たしかに賢い方法ですが(汗
すべては統制のため。都合の悪いものを処刑するとは、どん欲さにはあきれますね。
ブッシュ!!やっぱりそうなんですか。
・・・・外的な侵略戦争や核戦争を望んでいます・・あたりで
ブッシュちゃうん??っておもいました。
こわいですね。
それを考えたら9.11の事件はブッシュにとっては、多大な犠牲が生まれた怒りの他に、宗教的な怒りもすごかったでしょうし、攻撃するチャンスだったんですかね。
宗教が人に及ぼす影響は、すごいです。
回答ありがとうございました!!

お礼日時:2009/05/24 20:30

>ほとんどの宗教にそんな教えはないですよ。


ありますよ
 イスラムの有名な言葉に『右手にコーラン、左手に剣を!』
 というのがあります。
  要はイスラム教でない人には改宗を迫り、なければ殺してしまえってのが考えです。

 多神教である日本神道、仏教、精霊信仰にはない考えですが、イスラム教を初め、キリスト教、ユダヤ教のような一神教ではそのよな考えが根底にありません

>命をなんやとおもってるんですかね。
 神の教えの前には、人の命なんて些細な物なんです。例えば、キリスト教におけるノアの箱舟伝説のように、キリスト教の教えを守らないものは死して当然な命なんです。

>どうすればこういう事態は減っていくもんですか?
 世の中から一神教がなくなれば減ります
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この回答へのお礼

イスラムってそんなんやったんですねぇ。
きりすとも。
でもそれをいったら世界中が殺人です。
信仰していても人をころしてないひとだっておおぜいいる。
宗教ってもともと人をココロをいやす?ためにあるんじゃないんですか?
そういう宗教を作っていった人たちは何を考えてそういうことにしたんですかね?商売ですか?
人が作り上げた物に振り回される人。

なぜ信仰していても殺人をしない人がいるのでしょう?
地域や国によっての宗教依存度の違いのりゆう。

こういう事態を減らすにはそういう一神教を消すことですね。
環境を良くするには。人間が全員死ぬ。
でもそれが出来ないのが人間。だからいろいろハイブリッドやらでがんばってる。
宗教を学ぶ環境、周りの治安、社会の事はあんまりわからないのですが世界のトップがちゃんと管理とかしていけばなんとかならないんですかね?
黒人差別とか部落もだいぶ今ではましになりました。
まわりの意識をかえないと。
僕はこの事について悲しみを覚えたり怒りがわいたりしていますが。
やはり価値観で、自分の大切なもの、信じてる物は守りたいですよね。
この問題はほんとうにむつかしいです。
方法ないですかね。

お礼日時:2009/05/24 19:26

ええと、


世界の大多数派であるキリスト教、イスラム教、そして大多数ではありませんがユダヤ教。
キリスト教もイスラム教もユダヤ教から派生した一神教で、一神教というのはどこも他の神を信じる事を禁じています。彼らにとって「改宗」というのは人殺しにも並ぶ重罪なのです。
だから原理主義者にとって異教徒は「人間ではない」のです。だから殺すことも厭いません。

インドネシアで大津波が起こった時にアメリカのある議員(複数)が「異教徒が神の怒りに触れて流されただけの話じゃないか、何で彼らを救う必要があるのだ?」と言ったひとが居て、彼らは発言を取り消していません。

このようなキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒もほとんど大多数は隣人に異教徒がいてもふつうに生活して交流できる一般市民です、ごく一部の原理主義者が先鋭的になっているのです。しかも彼ら先鋭的な原理主義者は、一神教である限り排他的な考えを捨てないのです。

いちばん効果があると思われる方法は、彼らに「神を見せる」ことです。それができれば根本解決になると思いますが、悲しいかな誰にもできないのはわかりますよね。
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この回答へのお礼

no5から回答し始めて、今やっと一神教をりかいしました。
人を殺すことを罰せない地域だからだめなんですかね。
そこまで治安とか環境が整ってないんですかね。
そういえば、こういったお国法整理とかってできてなさそうですよね?
法整理すれば殺人減らせるんでしょうけど、また法について争いとかありそうですねぇ。どこから手をつけていいのやらですね。
一神教とは奥深いです。
一神教がある限り、最低でもアメリカ議員さんぐらいの考えになるのでしょうが、そのほうが全然平和ですよね。
確かに神をみせれたら、手っ取り早いことこのうえないですね。
しかし価値観ってすごいですね。
僕は無宗教なので、こういう宗教によっての命の消しあいは「え?あほちゃう?」っておもいますが、その差が価値観の違いの力なんですねぇ。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/05/24 19:50

宗教というのは、人の考え方そのもの、と言えます。


例えば、金銭的なものであれば、どちらかが妥協するなどによって武力的な衝突を回避することもできるでしょう。しかし、「自分たちの宗教以外の考え方は邪悪な存在である」というような宗教を信じている人には、妥協はありません。相手方が自分たちの宗教に改宗する以外に、妥協点がないからです(しかし、それは相手の考え方そのものを否定してしまうので、相手も同様の考えを持っている場合、対立するしかなくなります)

また、No.1さんが仰っているように、宗教というものは世俗と無関係であることはあり得ません。
宗教施設を建てるには、土地や建設費などの費用が掛かりますし、また、信者からのお布施であるとかもあります。また、そのような宗教が、もっとも布教活動、宗教活動がしやすいような制度を作る、となれば、今度は政治への介入などもありますし、逆に政治の側が宗教へと介入することもあります。
歴史を紐解けば、欧州でキリスト教が広まったのは、ローマ帝国が国を支配するために、キリスト教を国教としたのが始まりです。
また、イスラム教との戦いである十字軍は、宗教の名を借りて、商人などがもうけを得るために、また、そのような外的を作ることによって国をまとめる、などということが背景にあります。

また、中東、イスラエルを巡る争いは、聖地を巡る争い、という部分も大きくあります。
イスラエルの首都・イェルサレムは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地になっています。それぞれの宗教を信じる人にとって重要な土地です。
しかも、そこにイスラエルの強引な建国によって難民となってしまったパレスティナ難民たちの憎しみ、彼らの正当性への訴えが加わります。こういう形で泥沼化していっているわけです。

原理主義は、実は、戦争の原因とはあまり関係がありません。
仏教原理主義は、実は、全く戦争とは無関係です。原理主義というのは、その聖典などに書かれている言葉を忠実に守ろう、という動きだからです。
仏教の場合、釈迦の教えに従って輪廻の輪から抜け出すために修行をする、ということになるだけなので、戦争になりようがありません(僧兵などがいるのは、むしろ、世俗化したことによります)
イスラム教原理主義が、戦いを、というのは、イスラム教が政治などについても触れている宗教だから、ということがあります。コーランなどには、「このような犯罪者にはこの刑罰を与えよ」など、統治などについても、細かく記されています。ところが、多くの「イスラム教国」は、それを守っていません。そして、多くの「イスラム教国」は経済的に遅れをとった状況にあります。すると、彼はこう思うわけです。「自分たちが貧しいのは、国が教えの通りに統治しないからだ。そんな国は潰してしまえ」 これが、イスラム教原理主義によるテロなどが起こる理由です。もっとも、そこには貧困問題などが深く関わっているので、完全に宗教だけ、ということは出来ないわけですが。
つまり、原理主義が危険である、というんは、その宗教の性質によるものとなります。

衣食足りて礼を知る、ではないですが、やはりまず大事なのは、それぞれがある程度、豊かになる、ということが大事なのだと思います。
ただ、経済状況などはどうしても相対的なものになるので、完全になくすことは難しいでしょう。ただ、それでも戦争を起こしづらい、起きてもなるべく軽い被害で済むような、そういう対処療法的な方策を重ねていくしかないのではないかと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!!
的確な解説と考え、たすかります!

たしかにそれぞれの聖地でそれぞれが暮らせば平和ですね。
人のどん欲なきたないものがそれをよごしていったんですね。
KYってやつですね。
政治と宗教のかんけい、難しいですね。
国をも潰してしまう、おそろしいですね宗教心。
宗教に頼ってばっかりで、自分で何もしなけりゃわからないってこと、わからないんですかね。争ってちゃ、いきづまりです。
国もしっかりしないと
っていうのが簡単にはできないんですね。
たしかに経済はそれぞれの国で今は結構精一杯ですよね。
様々な面からコツコツとやっていくのが一番なんですね。
ワクチンとか学校とか水、食料などの支援は、人々に希望とか、安心?をもたらしたり。募金とかってそういう効果もあるんですね。
病気とか食料とかの支援って体面だけじゃなくて、争いもへらせたりするんですね。
すごく丁寧な回答ありがとうございました。
べんきょうになります。
人ってむつかしいですね。

お礼日時:2009/05/24 20:10

原理主義が問題だと思いますよ


日本も延暦寺に僧兵がいた時期もありますし、キリスト教は十字軍で他国を攻めて戦争してますから、イスラム教は今でも聖戦をやっています
宗教があるかぎりこの手の戦争は無くならないでしょう
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この回答へのお礼

宗教ってほんとうにむつかしいですね。
僕のイメージイスラム=争いのしきができてしまいました。
ニュース見ててもめだちますよね。
回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/05/24 20:13

宗教戦争というのは見方によって考え方も変わってきます。


例えば戦争をするとかなりの金が動きます。これによって儲かる国や人もいるでしょう。(かつての日本も朝鮮戦争で経済成長しました。皮肉なものですが。)
戦争をしたいがために宗教を理由として戦争を起こしている人もいるでしょう。

他には、宗教の教えに従って戦争になる場合があります。おおげさですが、もし『多くの人を殺して天国へと楽園へと送ってあげなさい。それが他人に対する善である。そしてこれを実行する君たちはこれを実行するためにこの世に残らなければいけない』という教えの宗教があったらこれは他から見れば殺人の理由にしかなりませんが、この宗教の教徒はこれが当たり前なのです。

アメリカの9・11テロがありましたが、あれも宗教が起こした犯罪と呼べるでしょう。ただ、この行為はアメリカを嫌う中東辺りの人からすれば英雄の行為です。

まとめて言えば、英雄の考え方・善の考え方の違いから宗教戦争は起こるのかもしれません。どちらにせよ戦争は許し難い行為であり、あってはならない言葉であると思います。
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Q宗教とこれからの宗教問題について

大学の1回生なのですが、宗教についてのレポートを書かなくてはいけません・・・それで少しだけ意見を教えてください。お願いします。
宗教とは信仰している人によってどのようなものであるか。最近の紛争宗教の溝によって起こることが多く、なぜそのようになってしまったか。この紛争を解決するにはどうすればいいか。この3点について皆さんの意見をお願いします。少し難しくてすみません。

Aベストアンサー

宗教が直接の原因となって紛争が起こる事は、まずありません。
何らかの原因があり、それが紛争となり、その紛争当事者が、宗教を唱えて紛争の解決を難しくする場合がほとんどです。

つまり宗教は、紛争当事者に利用されているにすぎないのです。
パレスチナ問題にしても、本来は宗教問題ではなく、土地問題です。
湾岸戦争にしても、イラク戦争にしても、石油の利権の争奪にしかすぎません。
30年戦争も、北アイルランド紛争も、十字軍もすべて宗教対立から生じたものではなく、双方の当事者が、紛争に宗教を持ち込んだにすぎません。
そのため、問題の解決のために、宗教対立に対処するのではなく、紛争に至った直接の問題の解決が必要です。
その事例は、個々に異なりますから、個々の事例を分析しましょう。

Qイスラム教の国は、なぜ国内の争いが多いのですか

エジプトやシリアなどの国は、国民がほとんどイスラム教を信じているのだと思うのですが、なぜ同じイスラム教同士で争うのでしょうか?
私は宗教のことは、よくわからないのですが、キリスト教や仏教よりイスラム教同士の争いの方がずっと多く感じるのですが。
すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

インドネシアは最大の「イスラム教の国」です。
トルコのゴタゴタも、元々公園を潰すか潰さないかで始まりました。イスラム教とは無関係だったのを、ドサクサ紛れに政争に利用した連中がいます。(政策がイスラム教色だのどうのとややこしいことになってしまいました。)
エジプトは自由選挙を実施維持するだけの民意が発達していなかったために起きてしまったゴタゴタです。
自由選挙至上主義のアメリカが口出しをしてややこしくなっています。(下記サイト参照)

[FT]エジプトに必要なのは民主主義より内戦回避だ :日本経済新聞
www.nikkei.com/article/DGXNASGM20023_Q3A820C1000000/

中近東で起きている紛争は、新聞記者が、やれスンニ派だのシーア派だのと色分けして書きますが、宗教思想に基づいて戦争をしている訳ではありません。
一つは党派同士の政争です。
若い国々が多いために、どの国も圧倒的に若者の数が多い一方で、働く場所がありません。(気候風土の関係で農業が未発達で、農村が若者を吸収するということができません)
結果として石油が生み出す富の利権争いも一つです。欧米諸国特にアメリカが石油の確保の為にチョッカイを出して、文字道理火に油を注いでいます。
第二次世界大戦が終了した後に、欧米諸国が現地の人達になんの断りもなく、イスラエルという国を勝手に作ったのが原因で、主導権を持っている石油狙いのアメリカに対して激しい敵意を持っています。

永い間の戦争で若者達の働く場所がなく、武装勢力に加わると衣食住が保証されるとともに、武力闘争という人生の努力目標までが手に入ります。生きるために戦争をするという事態になってしまっています。

決してイスラム教の国だからという訳ではありません。

インドネシアは最大の「イスラム教の国」です。
トルコのゴタゴタも、元々公園を潰すか潰さないかで始まりました。イスラム教とは無関係だったのを、ドサクサ紛れに政争に利用した連中がいます。(政策がイスラム教色だのどうのとややこしいことになってしまいました。)
エジプトは自由選挙を実施維持するだけの民意が発達していなかったために起きてしまったゴタゴタです。
自由選挙至上主義のアメリカが口出しをしてややこしくなっています。(下記サイト参照)

[FT]エジプトに必要なのは民主主義より内戦回避...続きを読む

Q2016年5月現在戦争をしてる国内乱が起きてる国は何処ですか?

2016年5月現在戦争をしてる国内乱が起きてる国は何処ですか?

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Qイスラム教とユダヤ教とキリスト教の争い、対立関係は?

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3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

イエスキリストを殺したのはユダヤ教の偉いさんなんですよね。でもブッシュ大統領率いるアメリカはイスラエルと仲がいい。むしろイスラエルが親でアメリカが子供のような関係らしいですが。今は、ユダヤ教とキリスト教は仲がいいんでしょうか?

◆宗教戦争ではイスラム教VSユダヤ教はよく聞くのですが、イスラム教VSキリスト教、もしくはユダヤ教VSキリスト教は聞きません。

基本的に対立しているのはイスラム教とユダヤ教なんでしょうか??

◆アメリカをコントロールしているのはイスラエルとかも何かで見ましたが、ユダヤ人はそんなに頭が良くて、お金と権力を持ってるんでしょうか。大昔、ユダヤ人は金融(金貸し)ビジネスをやっていたらしいですが、その名残でしょうか?

※ネットや本などを軽く呼んだ程度の凄く薄い知識で書きましたので、私の質問の中で、間違っている所があればご指摘下さい。

宗教の質問はとても難しいのですが、どうしてもわからないことがあり、質問させて下さい。

3つの質問があります。

◆ここ最近、ヒズボラとイスラエルの戦争のニュースを見て思ったんですが、宗教で言うと、イスラム教とユダヤ教が対立していますよね。イスラエルを支持しているのはアメリカですが、ブッシュ大統領はキリスト教の右派だと何かで見ました(ブッシュさんは宗教を利用してるだけかもわかりませんが)

イエスキリストを殺したのはユダヤ教の偉いさんなんですよね。でもブッシュ大統領率いるア...続きを読む

Aベストアンサー

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教的には水と油」です。イスラエルは「政治的バックボーンとしてアメリカを利用」し、アメリカは経済的・軍事技術的支援をユダヤ資本に依存しています。もっと「ドロドロとした関係」です。

2.イスラム対キリスト教の対立は、十字軍遠征にさかのぼります。イスラムの支配地を制圧した十字軍は「足首まで血に浸かった」といわれています。
ユダヤ教とキリスト教の対立は、ローマによるユダヤ王国占領後、ローマがキリスト教を国教としたときまでさかのぼるのではないでしょうか。亡国の民ユダヤはヨーロッパ各地で迫害されゲットーと呼ばれる居留地に押し込まれたりしました。近年ではナチによるユダヤ人迫害などがありますが、基本的にユダヤ人はどこの土地でも嫌われています(ユダヤ人側に原因がある事も多いのです)。
イスラム、ユダヤ教、キリスト教、そしてそれぞれの会派は「おのおの同士」で対立しています。近親憎悪に近い物がありますが、教えの解釈を巡った対立や、宗教指導者の地位を巡った対立もあります。

3.そうとも言えますが、ユダヤ人たち自身が「ヨーロッパの戦争」に基本的には関与しなかったというのも理由です。彼らはとにかく「自分たちはユダヤ人」と思っていますので、ドイツに住んでいても「ドイツの事には無関心」だったのです。それでいて兵器産業でもうけたりしていた為、嫌われる原因となっています。
ユダヤ人がヨーロッパの戦争を陰で操り、その土地の国民が苦しむ事で潤ってきたという見方をする人も結構いますね。現代でもユダヤ資本の多くは兵器産業に大きく関わっています。

1.ブッシュは、キリスト教右派ですが、宗教を利用しているというよりもネオコンや宗教団体に「利用されている」という側面の方が強いでしょう。父親と異なり、彼には「何かを利用する」という才覚はないようです。
ナザレのイエスを処刑したのはローマ総督です。ただし、強行に処刑を主張したのはユダヤ教指導者たちという事になっています(聖書の記述が正確だったとして)。
アメリカがイスラエルと仲がいいとは言い切れません。相互に「利用しあっている」と言えるでしょう。ユダヤ教とキリスト教では「宗教...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Q紛争の解決方法について

 最近、話題の印パの、カシミール紛争、、、。
効果的な解決方法ってないものなのでしょうか??

 もし、国連、NGOその他国際機関が介入するとしたら、一体、どんな策が妥当だと思われますか??

 みなさんの、仮定のもとの想像~希望~具体策、などいろいろな意見いただけたら幸いです。奇抜、突飛な意見などもお待ちしております。

Aベストアンサー

  紛争の平和的処理手段の考え方としては、「外交的処理」、「国際裁判」、「国際機構による政治的処理」があります。

(1) 外交的処理手段-「直接交渉」
紛争当事国は、通常まず外交経路を通じて直接に互いの主張の調整を図り紛争解決を試みます。この最も一般的で原始的な形態が、外交交渉(diplomatic negotiation)または直接交渉と呼ばれるもので、法社会学的には「和解(なかなおり)reconciliation」または「妥協compromise」という概念です。しかしながらカシミール問題は、単なる領土問題だけでなく、重要な内政問題を含有していますので、印パ間の和解または妥協による紛争解決は、極めて困難でしよう。

(2) 外交的処理手段-「周旋」
直接交渉によって解決できないとき、第三国の介入を求めることがあります。第三国が単に紛争当事国に直接交渉の再開を勧め、通信の便宜や、会談場所を提供するなど外面的援助しかしない場合に、これは周旋(good offices)と呼ばれます。ここでの第三者の役割は、紛争当事者間のコミュニケーションを可能ならしめ、また促進することです。印パは、3度に渡る戦争を通して相互に敵対心をあらわにしていますから、紛争の感情的場面の外部にいる第三者の媒介によって、両国のコミュニケーションの閉塞が緩和ないし打破されることが期待されるます。しかしながら英国植民地からの分離・独立時の激烈な内部闘争に起因した印パ間の対立関係を、単に周旋だけで好転させえると期待することは現実的でないとの指摘もあります。むしろ次に述べる、第三国による仲介および調停の方がより効果的でしょう。

(3) 外交的処理手段-「仲介」、「調停」
第三国がさらに交渉に立ち入って紛争当事国の主張の調整や解決策を提示し、和解を促進させる手段に仲介(mediation)があります。過去、英国、米国、ソ連などが第三者として、カシミール問題について印パ間の橋渡しを試みました。しかしながら米国、ソ連などによる仲介にも関わらずカシミール問題が今日まで継続している最大の理由は、紛争当事者である印パ間に解決への熱意がなかったことによります。
第三者が単に間に立つだけでなく、上に立って客観的に審査判断する地位と権限が与えられ、さらに和解案の提案権をもつ場合、調停(conciliation)と呼び、第三者として国際委員会がこれにあたります。カシミール紛争のための国際委員会として、国連安全保障理事会が担当してきましたが、長い間、安全保障理事会によるカシミール紛争の処理は停滞しています。その細部の理由は、ここでは省きますが、これは国連憲章上の問題に起因します。

(4) 国際裁判
際裁判には仲裁裁判と司法的解決(司法裁判)の2種類がありますが、いずれも紛争当事者の合意を基礎にしています。一般的には、紛争当事者の間の力関係が均衡している場合には、裁定手続の合意が成立する必要条件が満たされますが 、インドとパキスタンの国力比はおおむね5対1の実力差であることから、圧倒的な優位に立ち、かつカシミール問題を二国間問題として処理する姿勢を取り続けるインドが、裁定手続に合意する可能性は低い、と考えられます。ただしカシミール紛争において重大な犠牲の回避、印パ間の平和・友好の関係の維持など新たな局面が出現した場合は、裁定による紛争処理の可能性が出てくることは考えられます。

(5) その他の紛争処理
印パ関係の改善に貢献する材料として、非政治レベルでの交流やネットワークの構築の積み重ねなどの国民レベル(NGOなど)での交流を通じて、紛争処理解決の糸口をつかもうという考え方があります。しかしながら印パ間には、政治、経済、宗教など幅広い対立が認められることから、この国民レベルでの、根本的な紛争可決は楽観視すぎると考えます。

以上、政治学的な視点から縷々述べましたが、現在ところ、ラホールの印パ共同声明に沿ってイスラム武装勢力の撤退を目的として、冷戦後唯一の超大国である米国が仲介役を果たすことが、最も現実的な方法であり、紛争解決の第一歩かもしれません。

  紛争の平和的処理手段の考え方としては、「外交的処理」、「国際裁判」、「国際機構による政治的処理」があります。

(1) 外交的処理手段-「直接交渉」
紛争当事国は、通常まず外交経路を通じて直接に互いの主張の調整を図り紛争解決を試みます。この最も一般的で原始的な形態が、外交交渉(diplomatic negotiation)または直接交渉と呼ばれるもので、法社会学的には「和解(なかなおり)reconciliation」または「妥協compromise」という概念です。しかしながらカシミール問題は、単なる領土問題だけで...続きを読む

Q世界各国の全宗教数を教えて下さい。

世界にはどれくらいの宗教の数があるのですか?
そして日本にはどれくらいあるのですか?

Aベストアンサー

実は世界中で一番宗教に寛容な国は日本です。
少し古い資料で申し訳ありませんが平成12年末(2001年)現在で日本にある宗教法人の総数は182659法人あります。そのうち文部省(現在の文部科学省)所轄の宗教法人が985法人で都道府県所轄の宗教法人は181674法人です。(この2つの差は、複数の都道府県にまたがって活動しているものが文部省所轄で、その県内だけで信仰され活動しているものが都道府県の所轄です。)もっとも、この数は本山と末寺の関係のようになっているものも含めての総数ですから、そのような末寺にあたるものを持つもの(410法人)、単独で独立しているもの(6205法人)を合わせて6615法人が日本に存在する宗教の数だと思います。この他にも法人格を取得していない宗教も存在していますがそれについては調べようがありません。(参考URLをご覧下さい)

また、この中にはキリスト教系なども含まれています。そして、この他に日本に進出していない宗教が世界中で多く見積もっても1000程度、多分100位しかないと思います。ということで推測ですが、世界中の宗教の数は7000~8000程度だと思います。

結局、ちょっと信じがたいかも知れませんが世界中の宗教のほとんどは日本にあります。

参考URL:http://www.bunka.go.jp/1syukyo/main.asp%7B0fl=show&id=1000001769&clc=1000000089&cmc=1000001759&cli=1000001765&cmi=100000

実は世界中で一番宗教に寛容な国は日本です。
少し古い資料で申し訳ありませんが平成12年末(2001年)現在で日本にある宗教法人の総数は182659法人あります。そのうち文部省(現在の文部科学省)所轄の宗教法人が985法人で都道府県所轄の宗教法人は181674法人です。(この2つの差は、複数の都道府県にまたがって活動しているものが文部省所轄で、その県内だけで信仰され活動しているものが都道府県の所轄です。)もっとも、この数は本山と末寺の関係のようになっているものも含めての総数...続きを読む

Q宗教って何のためにあるんですか?人はなぜ宗教を信じるんですか?

宗教が原因で世界中で戦争や人殺しやテロが勃発してます。でも、今生きている人の中で神様を実際いることを証明した人は誰もいません。なぜ、実態があるかもどうかもわからないものを人は信じるのでしょうか?宗教を信じる事に何か利益があるのですか?しかも個人的に信じるならまだしもそれが原因で人殺しが起きたり、政治に介入したり、教育や司法、あらゆる場に介入しています。
また、宗教をねたに詐欺や金儲けをしている人が大勢います。宗教って一体 何のためにあるんですか?信じている人はどうして信じるのでしょうか?
何か信じて利益になるんですか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私も前の方と同様に思います。

神さまも仏様もキリスト様も結局は人の心の中に存在するのだと思います。

イエスキリストやゴータマシッタルダ(仏陀)も実在の人であったようですが、その後進達によって、実在の姿からかけ離れた姿で言い伝えられています。

教祖は人間でも死去すれば、弟子達によって神格化されてしまうのは、洋の東西によらないでしょう。

結局、宗教で信じているのは、教祖(始祖)ではなくて、神格化された教祖の姿なわけです。

その言葉なり戒めを信じて疑わずにやっていけば、迷う部分が大幅に減り、ストレスなども相当減らせます。
そういう意味で宗教は有益だと思います。

ただ、近頃はやけにお金を貢がないといけない宗教が多いですね。
私はそういうのは宗教だと思ってません。
人の悩みや弱みに付け込んだ詐欺だと思ってます。

Q多文化社会(異文化コミュニケーション)における問題点

多文化社会に(異文化コミュニケーション)における最重要だと思う3つの問題点とはなんだと思いますか?
またその解決法はあるとおもいますか?
少しでもいいので意見きかせてくだい

Aベストアンサー

1・言語能力

やはり、これは必要ですね。
もちろん、コミュニケーションとは言語のみで行われるわけではありませんが、基本は言語コミュニケーションですね。
特に、通信技術が発達した現代において、言語によるコミュニケーションの重要性は増大していると言えるでしょう。
単純にその国の言語を理解出来る位の言語能力を持つ人は大勢いますが、その言語の背景にある微妙なニュアンスをも感じ取って受け取り・発信できる人は少ないと思います。

以下は、中国人の方から聞いた話です。
例えば、日本人が中国人に謝ったとします。
日本語では「ごめんなさい」という言葉は、軽い謝罪から深い謝罪まで使える表現ですが、中国語では軽い謝罪と深い謝罪は違うらしいです。
そこで、翻訳されるときにどちらの意味で翻訳するかで相手(中国側)の受け取り方が変ってくると言えます。
で、多くは「軽い謝罪」の意で訳されることが多く、それが日本人と中国人の認識の差を生み出していると言っておられました。
つまり、言葉を表面的に訳すだけでは誤解が生じ、むしろ言語がコミュニケーションを阻害する結果ともなりかねません。
この辺りをしっかりと認識しないといけないのですが、なかなかそこまで認識出来る人は少ないようですね。


2、歴史・文化の理解

やはり、「異文化」と言うとおり、相手の事を理解しようと思うと、歴史や文化は理解しなければなりません。
例えば、表面的には世俗化し宗教的な面は裏側に隠れてしまっていますが、欧米人の言動にはキリスト教の影響が色濃く残っています。
例えば、「歴史は過去から未来へと一本道であり、未来に向かうに従い文明は進歩する」という考え方は、キリスト教の「創造から終末へ」という歴史観が世俗化したモノと言えます。
このように、相手の思考法やそれに裏付けられた行動は長い歴史の中ではぐくまれたモノであり、一見関係無いことのように見えて、実は深いところで繋がっていることも多々あります。
それを理解するには、やはり歴史と文化の理解は必要といえます。

3、思いこみや偏見の壁を取り払うこと

上記の歴史や文化の理解と通じる所があるのですが、無意識な思いこみや偏見が相手を理解するときの妨げになる事もあります。
例えば、「イスラム教は他宗教を認めない」というイメージがあります。
しかし、歴史的に見ればイスラム教は他宗教に寛大であり信仰の自由を認めてきました。 (むしろ、異教徒を認めないのはキリスト教の方がきつい)
「イスラム教は他宗教を認めない」というイメージは「イスラム原理主義のテロ」という文脈と共に広められた単純なイメージに過ぎません。
しかし、この単純なイメージが誤解や偏見を生んでいると言えます。
そして、その事に意識的な人は少ないといえます。
単純なイメージを全体に当てはめて考えてしまうと、相手とのコミュニケーションの妨げになるでしょう。

1・言語能力

やはり、これは必要ですね。
もちろん、コミュニケーションとは言語のみで行われるわけではありませんが、基本は言語コミュニケーションですね。
特に、通信技術が発達した現代において、言語によるコミュニケーションの重要性は増大していると言えるでしょう。
単純にその国の言語を理解出来る位の言語能力を持つ人は大勢いますが、その言語の背景にある微妙なニュアンスをも感じ取って受け取り・発信できる人は少ないと思います。

以下は、中国人の方から聞いた話です。
例えば、日本人...続きを読む

QWordで、1ページを丸ごと削除するには?

1ページしか必要ないのに、真っ白な2ページ目がその下に表示されてしまった場合、この余分な2ページ目を一括削除(消去)する為に、何かいい方法があるでしょうか?

Aベストアンサー

<表示されてしまった場合>
これはそれなりに理由があるわけで、改ページや改行によって、次のページにまで入力が及んでいる時にそうなります。
特に罫線で表を作成し、ページの下一杯まで罫線を引いたときなどには、よくなる現象です。

さて、メニューの「表示」で段落記号にチェックが入っていないと、改行や改ページなどの入力情報が見えず、白紙のページを全て選択→削除してもそのままということが良くあります。
1 改行マークが白紙のページの先頭に入っていれば、それをBackSpaceで消してやる。
2 罫線を使っている場合は、それでも効果がない場合がありますが、その時は行数を増やしてやる。
などの方法があります。


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