先日、私はある質問者に回答をしました。それは回答と補足の応酬で、私は彼のことを「偽善者だ」とまで書きました。ここにすべてを書くことはできませんが、いま思えば彼と私の違いは、彼が性善説を支持し、私が性悪説を支持していたことによって、議論になったのだと私は考えています。彼の思いは、少しでも人や社会の役に立ちたい、ということだったと私は理解しています。しかし自分が傷を負ってまで、命をかけてまで、人のために何かをすることはできない、ということでした。私はそれを読んだ時、彼が本当に真摯にそれらのことを深く考えていたのだと、彼の誠意に心が動きました。そしてそのような補足を最後に彼は、質問を締め切りました。見ると私の回答に彼はありがとうポイントをつけていました。私は彼を偽善者呼ばわりしたのです。その私に彼は「ありがとう」と言ってくれたのです。あるいはそれは彼の皮肉だったのかも知れませんが、私はとても驚き感動しました。彼のどんなに愚弄されても社会的倫理観に基づいて対応していました。
私は彼の稀なほど真面目で、まともで、大きな心にあまり出会ったことがありません。彼のとったスタンスこそ社会に生きる人の正しい有り方だと思いました。
こんなに長く書いてしまって、読んでくれる方も少なくなってしまうかと心配ですが、私は、彼の補足を読んで、人間、捨てたもんじゃないな、と思ったのです。
それで恋愛で一喜一憂している人、病いに苦しんでいる人、お金持ちの人、人間関係や受験に悩む中高生、死ぬほど悔しい思いをした就活経験者、貴重な時間を捨てて大学受験に励んだ人、育児に疲れてしまった人、離婚して一人で子供を育てるつらい主人になってしまった女性、友達の作り方がわからないで困惑してる人、できれば社会的地位が高いと言われる立場の人。
そんなあらゆる人に質問します。
「人間、捨てたもんじゃないな」と思った経験を教えてください。
どんなに小さなことでもいいです。書くのは面倒ですが、どうかたくさんの方の「希望」を教えてください。

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A 回答 (4件)

まことに丁寧な返信をいただき、私の胸も、熱くなりました。


また、大変ご無沙汰になってしまい申し訳ありません。
サイトから催促が有ったにも関わらず、
長い時間待っていただき、本当にありがとうございます。
お陰様で、どなたも見ないでしょうから思い切って書けます。

さて、前回の続きになりますが、
出産に関する件で10年前に民事の争いをしたのですが、
世間知らずだったものですから、
心を許して相談した男性に騙されて800万円の負債を負ったんです。

これぞ、弱っている心が呼び込んだ『負の悪循環』ですね。
思い返せば18歳の時、初体験を見知らぬ男性からの暴力で失った時から
『負の悪循環』に嵌り込んでいたように思います。
それまでの悪い状況を一挙に好転させようと焦ってしまったがために
ことごとく悪いモノを呼び寄せてしまういました。
そして、私の場合、20年くらい『負の悪循環』の中にいました。

ご質問者様の奥様のおっしゃる『負の悪循環』とはちょっと違いますが、
ひとたびその『循環の輪』に組み込まれてしまうと、
そこから抜け出すことが、非常に難しいですね。
ほとんどの方が、嘆き悲しみ、諦めてしまうのに、
奥様、とても素敵な方ですね。
やはり『人間、捨てたもんじゃ無い』ですね。確信いたしました。

『負の悪循環』
抜け出す苦労に比べたら、落ち込むのなんて簡単ですよね。
どんなに注意深く生きているつもりでも、ほんの瞬間油断しただけで
簡単に組み込まれてしまうことに気が付いていない人、多いですね。

このサイトの質問には、どう考えたって自業自得だろうと思える内容
(飲酒運転など、刑事罰系の相談ですね)も多々有りますが、
普通の人が簡単に陥りそうな相談内容も同じくらいの数、有ります。
それに対して『正義』『倫理』『自業自得』などと
言葉の武器を振りかざして説教する回答者が私、大っ嫌いです。
(例えば刑事罰の対象ではない不倫に関する相談者を
 『極悪非道人間失格』と書く回答者です)

鬱憤晴らしで弱っている人を叩くような回答者には
ペナルティーが出せるサイト運営になれば良いのになと思います。

前回、私を『善』の占める割合が多い人間と書いていただきました。
まことにありがとうございます。

極貧時代に片道14kmを走ったり、ママチャリ通勤したのが功を奏し?、
5年前、37歳でフルマラソンを4時間17分で完走できたんです
(すみません、ぷち自慢しちゃいました)。
人間って、いつまででも進化するんですね。
『捨てたもんじゃない』ですよ。

当時は気が付きませんでしたが、
走っているとトランス状態に入りやすかったらしく、
心の中が無になっていたように思います。
「どうしてこうなったのか」「人間の闇」「善人とは」などなど、
自分に問いかけていたような気がします。

その時間が修行になったのでしょうか、
前回も少し書きましたが、
ついには半年ほど前に突然『第三の目』が薄目を開け、
負のオーラが見えるようになりました。

スピリチュアルなどと言って自慢する気など有りませんが、
(一昔前は霊能者と言って気味悪がられる存在でしたよね)
『悪い人から身を守る術』を身に付けられたこと、素直に喜んでいます。
人間って、いつまででも進化するんですね。
『捨てたもんじゃない』です。

私、ご質問者様の『第三の目』も薄目を開けていると思います。

私自身のこともご質問者様のことも(勝手に同類にしてます)、
『特別な人間』と自慢する気は毛頭無く、
『苦労の証』と言うつもりも無く、
むしろ霊能者の方に見ていただいたところ、
『第三の目』が薄目を開るような人間は
前世でよほど悪いことをして、その贖罪をしている最中だそうなので
自慢できる筈が無いことは重々承知しております。

その上でしつこく申し上げますが、
ご質問者様も、『第三の目』が薄目を開けていると思います。

ご質問者様の壮絶な人生を、文字の隅々から想像するだけですので
勝手なことを書いてしまいますことをお許し下さい。

ご質問者様も、そろそろご自分を許して良いと思います。

時には関西弁で。時には標準語で。
時には厳しく。時には優しく。
一生懸命書いて下さっているその文章の間から、
言葉、単語の選び方から。文字のにおいから。
たくさんたくさん苦しみ、悩み、善とは、悪とはを常に考え、
いっぱいいっぱい自問自答を繰り返していらっしゃること。
人間に対するいっぱいの愛が感じられます。
自分の痛みを何度も追体験して再度自分を傷付け、
時には血を、涙を流しながら書いていらっしゃるのではないですか。

これから先の人生に何か有った時、私はあなたのような方に助けていただきたい。

私が勝手に感じておりますご質問者様の心は
たくさんの善で溢れそうなのに、その中に箱が出来てしまっている。
その箱の中に思い切りの悪を詰め込み、
その箱の中での善と悪とのバランスが日々変わることに
常に苛まれ続けていらっしゃるように思えます。

ご質問者様は、もう少しのところにいらっしゃいます。

100%の善である存在よりも、人の心の弱さ、脆さ、
世の中の理不尽さ、を知っているご質問者様のような方にこそ、
辿り着ける世界が絶対に有りますよ。

この箱の蓋を開きさえすれば、箱の外の完璧なまでに純粋な善に
悪を混ぜてしまうことにはなってしまいますが、
本来持っていらっしゃる圧倒的な善でご質問者様は満たされ、
ご質問者様の心のバランスは保たれる、
本来の姿に戻り、楽になれる。

その時には圧倒的な力が漲り、今以上にたくさんの方の心を癒し、
力を与える存在になる方だと、私には思えるのです。
(あなた様のことを思う時、眉間に浮かぶビジョンは鎮守の森なんです)

もう少しのところにいらっしゃいます。
ご自分を許すことができた時が、
ご質問者様の心の中の箱の蓋が開く時なのではないでしょうか。


私『も』、自分を許そうと思えたのはつい最近のことで、
自分の中の悪に溺れそうな人に元気を分ける練習になればと
回答を始めましたが、弱っている時など
簡単に自分の中の悪に負けそうになるし、『奢り』が首をもたげます。
そんな時には暫く宇宙や海を眺めたり、
ご質問者様他、常連回答者様の文章を拝読して自分の心を静めます。
(せめて、自業自得と責め立てることなく、少しでも、
 その状況から抜け出せるような書き込みをしたいですね。)


白状いたしますと、ご質問者様の回答を拝読しているうちに
『第三の目の開眼』を確信し、そのことをお伝えする機会を狙って
ネットストーキングしておりましたデス。
ですから、本日思い切って書かせていただきました。


ところで人間の巡り合わせというものは面白いものですね。

妄想話を続けて恐縮ですが、私と息子とは前世で夫婦でした。
草原を渡る遊牧民で、星の運行を読む役割を担っていたらしい。
今世での息子の夢は、JA○Aに就職して宇宙開発の仕事をすることですが、
それは、環境、親の反対などで成し得なかった私自身の夢なのですね。

ご質問者様と素敵な奥様にも、魂の結び付きが有るのではないですか。
かなり、深い結びつきを感じます。

奥様のような素敵な女性が共にいるということこそ、
ご質問者様が愛情豊かな方である証拠なのでは無いでしょうか。
そして立派に良い日本人を二人も育てて下さいました。
ありがとうございます、日本人としてお礼を言います。
良い人が集まるんですよ、やっぱり『人間、捨てたもんじゃ無い』ですよ。

長い時間待っていただいたのにすんません、
相当怪しい内容になってしまいました。

厚かましいのですが、お願いがございます。
回答者を続ける限り、地雷踏んだり炎上したり、
自分自身を傷付けることも有ると思います。
一番にはご自身と、家族とのことと承知しておりますが、
直接の質問者では無いけれども
あなた様の記述に励まされている一人として
記述を続けていただけたらな、と願っております。

P.S.
私のHNは自分のビジョンが見えた時に
朱色に光っているところから付けました。
『赤は不動明王の怒りの色』だそうで、前世に悪いことした証だそうなので、
あんまり良くない色だそうですけれども。

最後までエセ占い師みたいな気色悪い内容で申し訳ありません。
これからも、よろしくお願いしたいです。

この回答への補足

大変な目にあって生きてこられたのですね。よく頑張りましたね。どこかの誰かさんもきっと褒めてくれていますよ。もうあなたは『負の悪循環』の中にはいません。あなたは息子さんにもう一度出会うために、ここに生まれてこられたのでしょう。本当に仲のいいパートナーですね。私にとっては、性的なことなどなんの意味もなく、夫であっても息子であっても、それはかけがえのない人間の縁だと思います。私もいい年になり、いまつくづく苦労はしてみるもんだと思っています。思い返すとどれひとつ捨てるところのない私の大事な財産に思えます。いまでもときどき「もうこんなもんでいいかな?」という気持ちになることがありますが、目の前にはまだ白い長い道が見えていて、ため息をひとつついてまた歩き出すということの繰り返しです。生きているということは、まだ「ここでやることがある」という意味なのでしょうね。この世界でお会いすることはできないと思いますが、いつか仕事をすべて終えて向こうの世界へ行ったら、ぜひ声をかけてください。ゆっくり煙草(煙草は吸いませんか?)を吸いながら、きれいな景色でも眺めてお話しましょう。きっと話すことが山ほどあると思いますから。

補足日時:2009/06/22 10:53
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この回答へのお礼

あなたにお会いできて本当に良かったです。息子さんは思う通りの人生を歩まれるでしょう。神社巡りが趣味の妻とつまらない文章を書くのが仕事の私、そしてあなたの人生を誰かが祝福してくださるように。最後に『祈り』という詩を書いておきます。これはニューヨーク大学のリハビリテーション室の壁に誰かが書き残したものだそうです。

大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに、
謙遜を学ぶようにと弱さを授かった。
偉大なことができるように健康を求めたのに、
よりよきことをするようと病気を賜った。
幸せになろうとして富を求めたのに、
賢明であるようにと貧困を授かった。
世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに、
得意にならないようにと失敗を授かった。
求めたものはひとつとして与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられた。
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず、
心の中の言い表せない祈りはすべて叶えられた。
私は最も豊かに祝福されたのだ。

ではまたいつかどこかで。さようなら。どうもありがとう。

お礼日時:2009/06/22 11:20

再び書かせていただきたいので、もう暫く、閉じずに放置しておいていただきたく、お願いいたします。

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この回答へのお礼

わかりました!

お礼日時:2009/05/29 22:59

初めまして。


42歳×1♀、中1の息子1です。

DV、離婚、裏切り、性犯罪、ストーカー被害、詐欺被害、
多額の負債、裁判などなど、ありとあらゆる経験をしてまいりました。

信じていた男に裏切られ、捨てられた時には妊娠6ヶ月で
後戻りができず、非嫡出子を出産しました。
私の両親は、私の人生の再起のために、生まれてくる子どもを
養子に出すか施設に預ける準備を始めていましたが、
私には、そんな勇気は無くて、自分で育てることにしました。

が、保育園に相談に行くとゼロ歳児の入所は予約も既に満員。
優先順位は、看護婦さん、学校教員、3番目に母子家庭。
しかも、母子家庭というのは離婚した世帯のことで
非嫡出子の出産は母子家庭に該当しない、
けれどそれではあまりにも『可哀相』だから、
母子家庭に『準ずる』扱いにします、と言われました。

働かないことには共倒れですから4万円/月で両親と契約し、
実家側に引っ越して実家を保育園代わりにして働きましたが
実家は都会に近いのに田舎なので、
市役所職員から「非嫡出子なんだって」と情報は流れるし、
職場では『勝手に産んだ』とバッシングされるわ、差別されるわ。

息子が2歳になる前に親子でイタリアへ行きましたが
現地ガイドの中年女性に
「この子の心はとても安定している。愛されているからだ。
 この子は愛を知っている」と言われました。
産んだことにも育児にも、全く自信を持てなくて、
泣いて過ごしていたけれど、この言葉が私を救い、
『人間、捨てたもんじゃないな』と思いました。

その息子が昨年度、私立進学中学の受験をしましたが、
非嫡出子なので無理かと思っていたくらいなのに
「君、いい顔してるね」と面接官の先生に褒めていただき、
『人間、捨てたもんじゃないな』と思いました。

お父さんのいないことでイジメられたこともあるようなのに、
「私の子に生まれて良かった」と息子が言ってくれるので、
『人間、捨てたもんじゃないな』と思っています。

さんざんな目に逢ってきたのに私の心は荒んでいません。
勿論、人の悪口を言うことも有れば、不道徳なこともします。
仕返しをしようとは思わないし、恨み続けようとは思っていない。
荒んでいないというのは、その程度のことですが、
『人間、捨てたもんじゃないな』と思っています。

半年ほど前に、負のオーラを感じたりする能力を身に付けることができ、
人間、それなりに進化するもんだなー、と実感し、
『人間、捨てたもんじゃないな』と思いました。
これはちょっとご質問の趣旨とずれてますね。はは。

ところで私、半年ほど前にこのサイトを知りまして、
今年の2月末頃から回答するようになったのですが、
自分だけの思い込みや、鬱憤晴らしで書いているような回答も多々有るものの、
一生懸命回答していらっしゃる方がたくさんいて、
『人間、捨てたもんじゃないな』と度々思います。

ご質問者様の回答も好きなので、度々拝読しております。
他にも好きな回答常連さんがいたのですが、地雷を踏んで
消えざるを得ない事態に追い込まれてしまった方もいて、とっても悲しいです。
炎上している時に、「あなたの考え方は正しい!」と伝える方法が無いんですよね。

もう少し、回答者にフェアな運営になれば
『人間、捨てたもんじゃないな』と思えるんですけど残念です。

また思いついたら書かせていただきます。
では、また~♪

この回答への補足

文字数が決まっていてお礼に書けなかったことを追加して書きたいと思います。あなたはおそらく大変な経済的な苦労をして、息子さんを私学の進学校(息子さんもそれに応えて、相当な努力をされたでしょう)に入学させたのだとお察しするのですが、私の妻がよく怒りを込めて言っていることでこのようなものがあります。それについては私も同意見というか、なるほどなと思っています。妻は「負の悪循環」ということを良く言います。彼女が塾の英語講師として中学生や高校生を教えているせいもあるかと思います。彼女は「貧乏人は貧乏人として悪循環」を繰り返し「金持ちは金持ちとして(悪?)循環」をし、たとえば「医者の子は医者として(悪?)循環」する。これが社会の法則のようになっているが、この悪循環を破ることは相当な努力や苦労がいる。これをなんとかして破らなければ、社会の格差は根本的に変えることができない。とよく言っています。おそらくあなたも同意見なのではないでしょうか?それとおそくなりましたが、息子さんの中学受験合格、本当におめでとうございます。どんどん上を目指して頑張っていただきたいと思います。

補足日時:2009/05/27 16:15
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この回答へのお礼

私にとっては、本当に心からうれしい回答だったので、胸が熱くありました。本当に「人間、捨てたもんじゃない」です。あたなはこの偏見に満ちた社会や世間から見れば、まっすぐにおりこうさんな選択をしてこられたわけではないですが、でも、きっとあなたの心は最初から澄んでいたのだろうと私は思います。私は人に会うと、その人の心の中の悪善のバランスを感じ取ってしまい、それで好き嫌いを決めてしまうことがよくあります。あなたには、もともと善の方が多かったのでしょうね。
私には二人の子供がいまして、上の子が女の子で下の子が男の子です。上の子はもう大学も卒業して就職して2年目で、下の男の子はいま大学2年生です。その息子も中学受験をして進学校に入りました。当時、私は息子の進路について小学校の頃には何も考えていませんでした。しかし妻はその頃からこのような社会を生きていくために、できるだけのたくさんの選択肢を持って大人になった方が良いと堅く信じていて、見栄でも権威主義でもなく、最高の学歴をできればつけさせてやりたいと私に言っていました。私は高校すら卒業できず、いわば社会不適合者の汚名を背負って生きてきたような男でしたから、妻の計画はまるで焦点の合わない空を見上げているような気分でした。そしていまのところ妻の思惑は計画通りに運んでいる模様です。あなたは一人でお子さんを産まれたハンデがあったわけですが、うちの場合は私です。私の存在が家族に非常に迷惑をかけてきました。だから妻はあなたと同じくらい踏ん張ってきたと思います。なぜか私には子供の頃から自殺願望があって、いまもそうです。そのたび妻のどんなことがあっても前に向かって進もうする姿を見ていると「人間、捨てたもんじゃないな」と思います。妻はよくこう言います「絶対、こんな世の中に負けてたまるか!」。父を持たない子供として生まれてきた息子さんは、社会や世間の「常識」のような偏見やいわれのない差別の目で物を見られることはないとだろう。私はそれが一番うれしいです。そういう人にこの世界の未来を託したいと思います。将来、その息子さんを見ていて「人間、捨てたもんじゃないな」と思う人も多くいらっしゃるじゃないでしょうか?どうもご丁寧なご回答ありがとうございました。これからのご多幸を。

お礼日時:2009/05/27 14:48

まずは行動しない本当の善よりも、行動をおこす偽善のほうがはるかに素晴らしい行為です。


行動する偽善で救われる人は山のように居ますが、行動しない善では虫一匹救うことは出来ません。

例えばもの凄い近い話しでいえば、今この質問文だってそうです。
そういう議論のような回答と補足の応酬の結果ありがとうポイントをもらえたことで感動して、人間捨てたもんじゃないと思う人がいたということは人間捨てたもんじゃないってことです。
こんなことはちょっと見方を変えればいくらでも見つかるものです。

性悪説はもともとの本性は悪(欲深い者)だけど、努力することで善(公共善や礼儀を身につけた者)になれる。という意味です。
そう考えると、その彼はまさに性悪説を身をもって立証しているような、後天的な努力によって少しでもよくなろうと努力をしている人だと思いますよ。
性悪説を間違った形で理解してませんか?

この回答への補足

お礼を書いてから、気がついた(私の頭はどうも働きがのろいので)のですが、あなたも性悪説を支持されているのでしょうね。人間は悪く生まれ、他の人の助けや自力で善になるということを私に教えてくださったのですね。その私の解釈が間違いでないなら、また私は「目からうろこ」です。そうなんですね。私はあまりに社会の理不尽さを経験(もちろん上には上がいることは承知しています)したあまり、心が歪んでしまい、悪から善へと向かうことに怠慢になり、社会の善もまるごと憎んでいました。そうして48歳という年齢になってしまいました。これからは偽善であっても、純粋(そんなものがあるのかどうかもわかりませんが)な善であっても、多少傷ついても(もうそれでも大丈夫な年ですから)、そちらに向かう努力をしたいと思います。誤解があるやもしれませんが、ご忠告どうもありがとうございました。

補足日時:2009/05/27 16:33
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この回答へのお礼

はい、間違って理解してるかもしれません。あなたのおっしゃる通り、行動する偽善の方が、具体的に社会や人の役に立ちますね。私は、自分の経験から、どうしてもそういうふうには考えることができませんでした。それが私にありがとうポイントをくれた彼によって目が開かれました。私はたぶん善か悪かといわれれば(とくに精神的に)、悪の方に傾いている気がします。なんとかあと数十年(あるのかどうかわかりませんが)の人生の間に、正しい社会的倫理観をもった行動する善になれるように努力しょうと思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/25 16:23

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