いま高校生です。
まだ若いからでしょうか何でも結果を求めてしまっている気がします。
例えば、作文コンクールなど「入賞に入りたい」と思って始めます。
しかし、親に「入賞は無理やろ」と言われたらする気がなくなります。
「やってみることに意味がある。」
そう言われても、私は結果を求めてしまうようです。
親に「まだ若いから、現実がわかってないからやろ」と言われます。

「やることに意味がある」と教えて下さい。
お願いします。

A 回答 (9件)

結果を求める気持ちは、なくさない方がいいと思うよ。



「やるだけやってみる」ってのは、最初からダメなこと
を自分で許してるだけで「結果を求める」ことと「やる
だけやってみる」ということには雲泥の差があるよ。

正直、やる気を持った本人を前にして親が・・・
「入賞は無理やろ」「やってみることに意味がある。」
なんて勢いをそぐようなことは、言っちゃダメだ。

しっかり入賞出来るようがんばれ!!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
入賞目指して頑張りたいと思います。

お礼日時:2009/05/29 14:49

「やることに意味がある」



やらなければ何もないし何も残らないし何も得られない。
やれば知識が得られるし、大量の作文が残って将来プレミアつくかもしれないし
やらないよりやったほうが意味あると思いますよ
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
頑張ります。

お礼日時:2009/05/29 14:44

失敗から学ぶことがある。

でも、チャレンジしなければ、何も得るものはない。そう思います。

高い目標を持つのはすばらしいことです。ただ、親に無理だろうといわれたくらいであきらめているのはなぜですか?自分の可能性をなぜ信じないのですか?結果がどうなるかなんて、やってみなけりゃ分からないのに、親の一言ですぐにやる気をなくしてしまうなんて、その程度のやる気なのですか?

結果を求めるなんて言いながら、チャレンジすらしていないのであれば、「結果を求める私」とさえ言えないです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
はい、分かりました。
今、頑張って作文を書いています。

お礼日時:2009/05/29 14:40

出発点が間違っているのです。

動機が不純なのです。

最初から自分が「入賞すること」を目的にしているから、
人に言われら、萎んだりするのですよ。

最初から「人からどう思われるか」ということを出発点にしているから、
だから人から言われたら、シュンとなったりするのですよ。

本当に作文が好きだから、書く。
そういう気持ちがあれば、書くことそのものに意味があります。
意義があります。
あるいは作文ならその「内容」でもいいです。
これが言いたい! から作文を書く。
これが言いたい! という気持ちが一番大切です。
入賞できても できなくても、書きたいから書く。
そういう気持ちになったら、一生懸命書きます。
たとえ人から「長文すぎる」とか思われても、書きます(苦笑)。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
やっぱり私は、「入賞したい」だけでなく
「作文を自分なりに書いてみて自分の力を試したい」
という気持ちがあるのが分かりました。
文章を書くのは元々好きでよく書くので、
作文も楽しんで書こうと思います。

お礼日時:2009/05/29 14:37

はい、自分が「やりたいな」と思ったことは、やってみることに意味があります。



自分にとって“何か”がなければ、「やりたいな」とも思わないようになっているのです。
それは自分の“文才”という才能を発掘する経験なのかもしれないし、後に役に立っていく経験なのかもしれないし、嬉しい・悔しいなどの感情を体験すべき時期なのかもしれないし、それはやってみないと分からないのです。

極論すれば、「入賞すること」にはあまり意味がないのです。
入賞した、以上!・・・ハッキリ言ってたいした経歴にはなりません。履歴書に書けるわけではありませんし。

それよりも、作文を作るというプロセスで得ていった“何か”の方が、先の人生にとってよっぽど役に立つのです。
社会人になってもそうです。
いろいろ、やってみることで、新たな発見があり、最終的に「天職」や「幸せ」というものにつながっていくのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
これから、作文を含め、やってみたいと思ったことには挑戦していきたいと思います。

お礼日時:2009/05/29 08:13

結果も大切ですが、


その過程が一番重要です。
たまたま良い結果が出せても、
何故良い結果が出たのか分からなければ、
次も良い結果は出せません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
たまたま良い結果が出ても
実力ではないってことですね。

お礼日時:2009/05/29 08:10

比較的有名な言葉で、アントニオ猪木さんが記者に


「今度の戦いは勝てそうですか?」と、聞かれ
「バカヤロー、負けると思って戦うヤツがいるか!」と怒鳴りつけたそうです。

> 「入賞は無理やろ」
その時は、黙って「ハイ」と言い、見返してやればいいでしょう。
誰かは入賞できるのですから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
見返してやれるかは分かりませんが
自分なりにがんばりたいと思います。

お礼日時:2009/05/29 08:09

別に良いんじゃない?


ただね、結果を求めるのと、結果だけを求めるのとは全然違うんだよ。貴方は結果だけ求めてる。
どうなるか分からないけど、自分なりに結果を求めたい。その為に目の前の一歩からコツコツ積み上げて自分なりにやれるだけはやりたい。
そういう貴方なりの高い意思を持って頑張る事は決して悪い事じゃないし、現実にそこまで頑張ってみるというプロセスの中で貴方は成長していく筈だからね。結果がほしければ、それが得られるだけの努力をする。そこまでの自分に高めていく。その行為は外せないでしょ?
やるやらないは貴方の自由。求める求めないも貴方の自由。
でも貴方という人間が結果を出していく為には、貴方自身がそれを生み出せる大きな力を付けていかないといけない。その為に黙って何もしなければ何も生まれない。結果も出ないんだからね。
考える事も大事。でも考えてるだけじゃ駄目。
実際に手を動かし、足を動かしながら。それが出来て初めて成長に繋がるんだよね☆
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
確かにその行為は外せないですね。
作文コンクール、やっぱり、自分なりに頑張ることにしました。

お礼日時:2009/05/29 08:06

やってみない限り、かならずその結果は失敗なのです。


成功するには、やってみるしかない。

必ず成功するためには、失敗しない技術が必要です。
失敗だって経験なので、同じ失敗を繰り返さない&同じ失敗を回避する能力が身につきます。
それは初心者より、何度も挑戦する人間のほうが成功する可能性が高い。

失敗してみないかぎり、誰にでも成功する可能性のある、サイコロ程度の成功しかありません。
誰もが失敗するかもしれない事を、失敗しない実力で成功することが、他人から与えられる賞賛です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
そうですね。
誰もが成功する成功よりも
誰もが失敗する中での成功に繋げていきたいと思います。

お礼日時:2009/05/29 08:00

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