こんばんは、43歳の独身女性です。

先日から、「一緒に協調性を持てない人への対応・・・」のような質問をさせて頂いて多くの回答者さんから回答を頂き段々納得してきました。
感謝いたします。

前からそのことは悩んでいたので今日、仲の良い女性上司(38歳)に相談しました。
(彼女は転勤してしまい、別系統のお仕事になってしまいましたが・・・)

彼女に言われた言葉は
「出来ない人にそれ以上の期待を求めるのは無理なこと。少しは妥協も肝心と・・・」

そう言われたら何だか気持ちが軽くなったような、スッキリしたような気分になりました。

やはり、諦めって必要なのかしら??
出来ない人にとっては必死で抵抗するのも苦しいのかしら??

A 回答 (10件)

>「出来ない人にそれ以上の期待を求めるのは無理なこと。

少しは妥協も肝心と・・・」

要は、本人のやる気ですよね。
本人が望んでいるなら必死でやるものだし、望んでいないならやらない、当たり前のことですよね。

見苦しいデブに対し、多少食べるのを止めればちょっとはマシになるのでは?って思うこともありますが、本人がそのちょっとの我慢さえしないでデブまっしぐらになっていることはよくあります。

自分の経験を例に取れば、大学受験は死ぬ気で努力すれば早慶程度は受かります。
東大京大はひらめき的な元からの能力が必要ですが、早慶は基本をすべて抑えれば受かるレベルですからね。
俺は上記の大学は受かりましたが、それは、夏休み40日間はすべて図書館通いだったり、受験生時代はTVもニュースも見ないでひたすらテキストを読むだけの日々の結果でした。
そういう俺からみたら、二流大で妥協する人に対して、質問者さんと同じように「たかだか1年必死に努力することもできない人間ばかりなのかな?」と感じたことはあります。
でも、実際そういうものでしょう。
今は一流企業に入り派遣・関連と一緒に仕事をしていますが、やはりそれなりの大学に入った人は仕事に関しても日々勉強したり努力をしているのが分かります。
派遣や関連の方は、やはり大学時代努力しなかった結果の二流企業への就職先であり、仕事も適当ですね。
努力するってことはその人の才能のひとつであって、他人がどうこう言えるものではありません。

と言う感じで、人に必死の努力やその成果を求めることが間違っています。
努力する奴は言わなくてもやるし、しない奴は言ってもやりません。
それがそのまま学歴や容姿等、その人の一部と成っているものでしょう。

質問者さんは女性とのことですが、周りが「努力しているの?」って思う一般的なことに対し、常に必死に努力していますか?
女性なら「常に綺麗でいたい」と考え、ジムに通ったり食事を制限して綺麗でいようとする方も結構います。
前述の大学の例だって、バカでも必死に努力すれば早慶程度なら受かります。
質問者さんは、これらに対して、「私もそう思う。私はそうやって日々努力をしている」と言い切れるなら質問者さんの葛藤も分かりますが、「それとこれとは話は別でしょう」と考えているなら、「自分の都合のいい考え方しかできない上から目線の人」と思います。

できないから必死に努力する人、って結構稀な存在ですし、誰もが持っていると思います。
失礼ですが、質問者さんだって、ご自分の生活でそうやって妥協していることは絶対あると思いますよ。

程度は関係ありません。それは主観的なことですから。
俺は「早慶なんて努力すれば誰でも入れるところ」と呼んでいますし、「1日10数時間勉強すればいいだけ」と考えていますが、他者にとっては、「それが大変なんだろう」と、必死で努力しても届かないと感じても否定はできないと思っています。
なんだってそんなものでしょう。
皆が必死で努力できる世界なら、オチこぼれのカスどもや逆恨みで教授を刺したり秋葉原で人を刺しまくるキチ●イが湧き出たりはしないですよ。
自分と他人は別の生き物と思うのが普通です。
それが妥協です。
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この回答へのお礼

周りが「努力しているの?」って思う一般的なことに対し、常に必死に努力していますか?
女性なら「常に綺麗でいたい」と考え、ジムに通ったり食事を制限して綺麗でいようとする方も結構います。

はい、必死で努力しています。

東大京大も基本をすべて抑えれば受かるレベルの人はいらっしゃらないのでしょうか?

東工大や東北大はどんな感じでしょうか?

すみません、私、4流大卒ですがいけませんか???
きちんとお仕事されていればそれなりに評価されますけど・・・。

お礼日時:2009/06/02 10:56

状況しだいだと思いますが、新人にベテランと同じレベルを望むとか、明らかに無理難題を要求し鬱に追い込むケースもあります。



妥協というのか、相手の立場で考えることが必要です。
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少し上のものを求めるのは良いことだと思いますよ。


そうしないとスキルアップしませんから。

ただ、求めたことが出来ないことが当たり前と考え、フォローアップする準備をしておくことが大事です。
出来ないときはすぐにフォローアップして、問題にならないようにし、自身を失わないようにさせる。
上手くできれば、誉めて自信を持たせる。

明らかに逆立ちしても出来ないようなものを求めていたら、それは無茶なことで、求める方に問題がありますけどね。

後はその人自身にやる気があるかどうかってのも大事ですね。
やる気がある人は多少無茶なレベルでも食いついていきます。
やる気のない人は自分の出来る範囲しか(酷いと範囲以下しか)動こうとしません。
なのでどうやったらこの人がやる気を出して動くようになるのかを考えることも大事です。

またやる気のある人を無理しすぎないように見ておくことも大事です。
スポーツでも自分のスキル以上のことをしようとして故障してしまう人が居ますね。
同じ様にやる気のありすぎる人は頑張りすぎてしまい、休むことを忘れて、欝になったり、ちょっとしたつまずきで立ち直れないようなことになってしまったり、体を壊して病気になったりします。
そこまで無茶をし過ぎないように気を配ることも上司の大事な役目ですね。

妥協と諦めって全然違いますよ。
とりあえず妥協してこの地点で今は進めて行く。
でも将来はその先に行くために徐々にスキルアップさせていけば良い。
諦めてしまったらその先にいけなくなりますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
重課主義というものですね。

お礼日時:2009/06/02 11:24

当方、24歳男性、管理職です。


諦め、というよりは、見極め、では無いでしょうか。
その方が本当に協調性が全く無い人でどうしようもないなら。

自分と相手との仕事に対しての考え方が根本的に違うにもかかわらず、
自分のスタイルにはめ込もうとすれば、軋轢しか生まれません。

少しキツイかも知れませんが、
協調性の無い方に対して、「仕事の出来ない人」と
考えていらっしゃらないでしょうか?
もしそうだとしたら、それは間違っています。
相手の方の仕事に対しての本音や考え方、
お互いの良い面・悪い面や、得手不得手を知った上で、
その上司の方に相談すれば、またきっと違う答えが返ってくると思います。

いずれにしても、まずはその上司の方と、自分と、
何が違うか見比べてみる事も必要かもしれません。
きっと、仲の良い上司の方は、もっとニュートラルな位置から、
物事を見ていらっしゃるかもしれません。
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こんばんは



諦めというより、日あらためて だと思います。

自分ができることは、自分が一番知っている。
だけど、自分が気が付かないところは、
他人が教えてくれる。

出来る出来ない、得意不得意の見極め。
入学試験でもそうだけど、不得意科目はそこそこできればよし。
それより得意科目は確実にものにできるようにする。

私の経験では、
今解らない難しいことを、時間と場所を変えると出来たりすることもあります。
あきらかに不得意と認識していることなら、
すぐ得意な人に力を借りる必要があるでしょう。
また、そうでなく自分では得意分野なのに出来ないものは、
諦めるのではなく、一時休戦してあらためて考え直す。

他人がその人を「出来る人、出来ない人」決め付けるのではなく、
自分でしっかり「出来る場合どうか」「出来ない場合どうか」を
作っておくことなのではないでしょうか。
そのためにも他人には自分の得意不得意を知ってもらい、
いづれの場合でも対応できるとしておくことでしょうか。
(私はまだそのような完全体ではありませんが)

「出来ないことは今とりあえず諦めよう。また日を改めて考えよう」
でいいのではないでしょうか。
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人それぞれですから、適材適所が重要です。


ただ、給料は能力や努力に応じて支払われるべきです。
大した仕事ができないなら、給料も少しだけでよいと思います。
日本の職場は悪平等で、能力ややる気のある人が損をしている側面もあるのではないでしょうか?
能力がないのに、定期昇給とその人の勤続年数の長さだけで、若手より多額の給料をもらっている人には、早くいなくなって欲しいと願いばかりです。
私は、そういう人から声をかけられても、「私は忙しいんだ」といって相手にしません。本人は話しかけることで仲間を増やしたいみたいですが、こちらにとっては大迷惑です。
そういうと、意地悪に聞こえるかもしれません。
しかし、私はその人の何割安の給料で、何倍も働いています。「仕事ができないなら、邪魔するな!」と言わないだけでも、十分に温情的だと思っています。
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人には個性もあるし才能もいろいろですからそれを見極めてどういう方法でやればどこまでいけるかを考えずただ一方的な期待を寄せてもそれは無理でしょう。

その辺の人の見極めができるのが管理能力になるのでしょうか。妥協というよりは適材適所、要は使い方ですか。
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>やはり、諦めって必要なのかしら??



諦めというか、過度な期待。ということだと思いますが、

前にメジャーリーグのスカウトが日本に来た時に、
最初に「この人物が欲しい」と思ったのが、
ノッカー役のコーチだった。という話を聞いたことがあります。

届かない所に打っても、選手は諦めてしまう。
楽なところに売ったら、選手の技術ややる気は起きない。
届くか届かないか、追いつくか追いつかないかくらいに速さと
位置を相手にあわせて変幻自在にうつコーチがいた。。
そんな話だったと思います。

鼻の先にニンジンをぶらさげて、やる気を起こさせるというのは
いつの時代、誰に対してでも有効だとは思います。
ただ、どんなニンジンを、どの程度の距離に吊るすか。
というところが、他人と全然食い違っいる人がいる。というのも事実で。

上げ膳据え膳じゃないと飯も食わないような人材がいることも
事実ですし、その辺は会社ですから、見極めも必要といえば必要ではあるのですが。
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確かに出来ない人間に何を言っても出来る人間にはなりません。


しかしその人の出来る仕事を与えれば、他人より能力を発揮するかも知れません。

私はソフトウエア作りに適性など無いと思っていました。
設計書どおりに作れば良いだけなので、それは誰にでも出来るだろうと思ったわけです。
しかし違いました。
出来ないやつは、設計書どおりに組み立てることすら出来なかったのです。
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上司としては部下の働きに期待することも大事ですし、期待しないことも大事だと思います。


「できる・できない」なんて所詮は結果論に過ぎず、結果に対して責任が持てるのであれば、むしろ上司はそれ以上の結果を求めるべきだと思います。

上司は結果に、部下は過程に責任を持つべきだと思います。

ですから
>「出来ない人にそれ以上の期待を求めるのは無理なこと。少しは妥協も肝心と・・・」
は部下を救う考えであり、同時に部下を殺す考えだと思います。
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