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あるとき、公家の子孫が会話の話題になったとき、私は近衛文麿を母方の祖父に持つ細川護煕の名を上げた時に、その会話に入っていた人間の一人が、「ああ、ガラシャの子孫ね。」と言ったので、私は「そうか、明智光秀の子孫でもあるんだな。」と言って会話に花を咲かせていたのですが、考えてみると、「我は織田信長の子孫、織田信成なり。」と言うように、よく耳にするのは有名人の息子の子孫が誰々の子孫と言うものばかりです。

通常、有名人の娘の子孫は誰々の子孫とは言わないのでしょうか。

例を挙げると、宇喜多秀家と豪姫の子孫の方が「我は備前宰相宇喜多秀家の子孫なり。」とは言っても、「我は加賀宰相前田利家の子孫なり。」とは言わないのでしょうか。

A 回答 (4件)

日本に限らず、たいていの社会は「父系社会」です。



即ち、歴史のある家系であれば、父、祖父、曽祖父、高祖父…と家系を「父系」で辿っていけるわけですが、母系は「父の妻はAの娘」「祖父の妻はBの娘」程度しか分からず、それ以上に母系を辿れないのが普通です。即ち、母系では一代しか先祖を辿れないのが普通、ということです。

大名家のように、相互の家系がはっきり分かっている場合は別ですが。この場合、「父の妻はA伯爵の娘。A伯爵の家系は・・・」と、
「母系を、妻の父の父系で辿る」ことになります。
やっぱり「先祖は父系で辿る」ことになるわけです。

質問文の

「近衛文麿を母方の祖父に持つ細川護煕の名を上げた時に、その会話に入っていた人間の一人が、「ああ、ガラシャの子孫ね。」と言ったので、私は「そうか、明智光秀の子孫でもあるんだな。」と言って会話に花を咲かせていた」

という話も、結局は
「細川護煕は、熊本藩54万石の細川家の現当主である」
「細川護煕の先祖を辿ると、細川忠興・明智玉(通称;細川ガラシヤ)夫妻に行き着く」
と、「細川護煕氏の『父系の先祖』の話」をしているに過ぎないわけです。
(※ 大名家は江戸時代の途中で養子が入って血が途絶えていることが多いのですが、細川家は忠興・玉の血筋が分家を経由しながらも絶えずに明治を迎えているようです)
http://www.asahi-net.or.jp/~ME4K-SKRI/han/kyushu …
を参照して下さい。

明智玉は、明智光秀とその正室の間に生まれたのは間違いないようですが、光秀の正室の出自が良く分からないので、母系をそれ以上辿ることは出来ません。

私の家は某藩の上士の家系でして、江戸時代初期まで先祖を辿ることが出来ます。ただし、母方の先祖は、大正以降に嫁いで来た人の実家のことが分かる程度で、それ以前は系図に「妻は**氏」と書いてあるだけです。

私の祖母は1899年生まれで2000年に亡くなったのですが、祖母の生家との付き合いは、祖母の死をもって終わっています。世の中はだいたいそんなものではないでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>母系では一代しか先祖を辿れないのが普通

なるほど、だから誰々の娘の子孫と言う人たちのことを殆ど聞かないのですね。

私が質問として挙げた豪姫の子孫にしても、嫁ぎ先が宇喜多氏だったので現在から宇喜多秀家・豪姫夫妻まで父系の系図をたどり、豪姫は前田利家の娘なので前田利家の子孫だと判断されるわけなのですね。

お礼日時:2009/06/07 17:18

父方が著名人ならば父方で言われるだろうし、母方が著名人ならば母方で言われます。



私の場合は、母方の女性であまりにも有名な人がいるので(父方は祖父が家から追い出されたため家系が辿れません)、友人たちは
「あの人はXXXの末裔」
と母方の有名人の名前を言います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>父方が著名人ならば父方で言われるだろうし、母方が著名人ならば母方で言われます。

言われてみるとそうですね、淀君も浅井長政の娘というより、お市の娘として認識するほうが多いですね。

お礼日時:2009/06/07 16:52

大体、優秀な娘を時の権力者のもとへ嫁がせるというのが、古今の習いです。


まあ、実力のあった女性もいたでしょうが、それよりは誰々の娘という部分の方が強いでしょう。
幻総理も、吉田茂の血筋ということで、大久保利光の孫娘ということではなく、大久保利光の血筋ということで世間的に言われてしまいます。
今後、女性が自分の名前で実績を作る世の中になったときには、あの女性の娘という言われ方をするようになるでしょう。
その予感をさせるのは、森いずみちゃんかな・・・・(^^ゞ
残念ながら、森山直太郎は最近は不調です
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに男性であれば政策を取り仕切るにおいて「さすが誰々のご子息だ」といわれたりもするでしょうが、女性は政策を取り仕切ると言うことは殆どなかったので、誰々の娘といっても単に血筋しか見られなかったのかもしれませんね。

お礼日時:2009/06/07 17:07

 DAIGOは竹下総理の娘の子どもです。



ちょっと器が小さいですか(笑)
まあ、男尊女卑の時代で、たくさんの側室をもつのが普通だった時代は、競走馬と比べてはいけませんが、やはり母親よりも誰の種であるかってことが重要だったってことでしょう。

 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>ちょっと器が小さいですか(笑)

いえいえ、行政の長の孫なので器が小さいということはありません。

お礼日時:2009/06/07 17:10

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