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おはようございます。
 大学で憲法を学んでいます。ところで内閣のところを学習していると議院内閣制の本質とは?というところがありました。それによると何やら均衡本質説と責任本質説とがあるらしいのですが、それ自体はなんとか理解出来たような気がしました。
 しかしその後の衆議院の解散権との関係で考えてみると良く分からなくなりました。というのも前述する本質においての問題となるのはその衆議院の解散権の所在であると記され、均衡本質説はイエスと責任本質説はノーとありました。すると後者は解散権との関係として69条限定説と繋がりやすいのではと考えてしまいますが、そうでもない(論理必然的ではない)と記されています。どういうことなんでしょうか。
 この点、両説とも衆議院の解散権があるかないかとしている点が特に表示されているのに論理必然的ではない・・、でも後者は69条限定説に繋がりやすいのではと考えてしまいます・・。どうなんでしょうか。宜しくお願いします。

A 回答 (2件)

均衡本質説と責任本質説の争いは、解散権の所在の解釈


に影響はあるのですが、論理的な帰結を導くものではないです。
たとえば、均衡本質説は内閣と国会の抑制均衡を重視するので(両者対等のイメージ)、69条以外に内閣が国会を構成する衆議院を解散できるとの結論に結びつきやすいというだけです。責任本質説は内閣が国会に責任を負うことを重視するので、責任を問う側(親玉的なイメージ)である衆議院を69条以外に内閣が解散することを説明しにくい傾向があるというだけです。
衆議院の解散権の所在の争いについては、内閣にあるとする説、69条に限定して内閣にあるとする説の二つがメインの説です。69以外に無限定に内閣に認める結論は内閣を強くとらえるので、均衡本質説につながりやすいのです。
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>>両説とも衆議院の解散権があるかないかとしている点が特に表示されているのに論理必然的ではない・・



議院内閣制の本質の議論は,歴史上様々の統治機構が存在してきたが,その中で議院内閣制といえるための最低条件は何か,と言う問題です。
責任本質説にたったとしても,議院内閣制が均衡的要素を持つことを排除するものではありません。
日本の議院内閣制の特徴として,いわゆる均衡型か議会優位型かと言う議論は,本質論と深く結びついてはいますが,別の問題です。

また,衆議院の解散には民意の反映と言う側面もあり,均衡抑制とは別の要素が解釈論に影響します。
したがって,論理必然ではなく,むしろ責任本質説にたちつつ69条に限定しないのが多数説でしょう。
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