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学校でいじめられていたため、感情を出すことが出来ません。
楽しくて笑ったら、笑うなキモイ。
悔しくて泣いたら、泣くなといって殴られる。

いつの間にか、感情を強引に押さえるようになってしまいました。
そして昔は笑えていたバラエティも笑えず、逆に怒りの感情で抑えるようになってしまっています。
これが自分でも情けなく思っています。
楽しいときは普通に笑えて、悲しいときに素直に泣きたいのですが、こういうのはメンタルクリニックで治せますか?
カウンセラーにいけるほどお金に余裕がないですし(一回5000円~10000円で何十回も良く必要があるんですよね?)、言葉で治るとは思えません。
治そうと自分なりにずいぶん努力したのですが。

一応、期待をこめていこうと思っているのですが、詳しい方いましたら教えてください。

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A 回答 (6件)

ご参考になるかどうか分かりませんが、私も中学校でいじめられていました。

もう、30年前の話ですが。男なので、いじめっ子みたいなヤツがいまして、そいつに、目をつけられて、「はりきるなよ~。こら~。」と、恐ろしい顔で、にらみつけられて、殴られたり、脅されたりして、いじめられました。回りの友達は、見て見ぬふりです。そいつは、空手をやっていて、体は同じくらいなのですが、気が強く、私は、ビビりまくって、「すいません。」といって、許されるのを待つしかありませんでした。もう、学校へ行くのが、嫌で嫌で、泣き寝入りでした。クラスのだれからも相手にされないような状態で、鬱のような状況に追い込まれて、死を意識しました。親にも、そんな事はいえません。
そこで、やはり、頼りになるのは、自分が強くなることだ、と思い、近所の空手道場へ、通い始めました。そして、そいつに、何度目かの脅しをかけられたときに、「なんやと~。こら~。」と、勇気をだして、言い返したのです。すると、「覚えとけよ。○○(当時、番長だったやつの名前)に、言うたるからな。」といって、それっきり、私を、いじめなくなりました。噂で、私がそいつを、倒そうと、こっそり空手を始めたということを、聞いていたみたいでした。この出来事と、同時進行の形で、家の経済状態が、最悪の状況にあり、借金取りの、ヤクザみたいなおっさんが、家のまえで、「金返せ~。こら~。」と、怒り狂って、一日中、喚き散らしました。そのことでも、へこんでいました。ダブルパンチでした。親は、恐怖で、夜も電気が漏れて、家にいることを悟らせないために、雨戸を閉めたりして、頼りになるはずの、父親も、こそこそ逃げ回って、家に帰ってこなくなり、私と母と犬一匹で、家の中で、こっそり、時を、過ごしていました。あんまり、ひつこい取立てで、学校にも、近所の手前、行きにくくなり、ある朝、勇気をふりしぼって、「だまらんかい。うるさいんじゃ。こら~。」と、その、ヤクザみたいな、取立て屋に、中学生の子供が、食ってかかりました。なんかされるかな、と一瞬思いましたが、相手は黙ってました。こういう状況のなか、引っ越しも、中学生時代、6回程しました。学校では、いじめられ、家に帰れば、取立て屋がわめきちらす、という、どこにも、神経が休まる場所がない状況でした。中学生では、どうして、そういう借金ができたのか、なぜ、あんなに、取立て屋が怒る狂うのか、が、わかりませんでした。そこで、学校でのいじめについては、自分を鍛えて強くなること、家のことは、親達で、どうにかしてもらおうと思い、全寮制の学校へ進学しました。
親達の問題は、金で解決します、が、いじめについては、誰にも、頼れません。
抑圧だらけの時、つまり、感情が表に出せないとき、私なりにどうやってのりこえたのか、自問してみますと、当時、やはり、自分を鍛えること、「くそ~。あのぼけ~。いつか、この拳でしばいたる。」と、いじめる奴に勝ちたい、その思いが、常に、頭にありました。客観的にみると、やはり、幼稚な発想ですが、いじめられなくなった時、その発想がそのまま、進路を、自分を鍛えるところに行きたい、強くなりたい、そして、経済的に苦しんでいる家を離れたい、と考えました。衝突と逃避をミックスさせたのでしょう。
典型的な青春時代でしょうか。環境と人間関係、そして自己の考え方を、このとき、形成し始めたのでしょう。できた人間なら、経済的に困っている家を、アルバイトなどをして、助けることもできたでしょう。中卒で働くという手もあったでしょう。
しかし、当時、中学ぐらいで、人間の裏側を見すぎたために、一人になりたかった、逃げたかった、というのが、本音でした。
質問者の方も、いじめられて、感情が出せない、と苦しんでおられますが、最近のいじめの陰湿さも、よく知っているとは、私も思えませんが、この衝突と逃避のサイクルを、実際の社会で、試してみたらどうでしょうか。衝突ばかりでは、精神がもちません。耐えられなくなったら、逃げるのです。また、逃げてばかりでは、生きずまります。でまた、衝突に挑戦する。このサイクルを、意識して、繰り返して、なるだけ短い時間で、こなせるようにするのです。
抽象的で、解りずらい、と思われるかもしれませんが、人間関係の中へはなから逃げるつもりで、飛び込んでいく。このとき、勇気がいります。しかし、いつか逃げたる、と思っていても、別に、自分自身のなかの思いですから、構わないと、私は思います。で実際に、逃げてみる。そうすると、生きていく上で、行き詰まる。しかし、精神は、開放感で、満足する。二ートや、引きこもりの人たちは、ここで、止まってしまう。しかし、逃げるつもりで、飛び込んだのだから、また、同じ事をすればいい、つまり、また逃げたる、と思いながら、飛び込んでいく、で、逃げる。大事なのは、それを繰り返すこと、じゃないでしょうか。飛び込むときの勇気も、逃げるつもりだから、そんなに負担には、ならない。だけれども、逃げたときの開放感も、そのつもりだから、そんなには、感じない。そうすると、飛び込んでいくのに、それほど勇気を必要としなくなる。すると、そのサイクルが、だんだん短くなっていく。
「あいつは、すぐ逃げるで~。」と、まわりから、言われるかもしれません。しかし、
「でも、すぐもどってきよるで~。」と、なるのではないでしょうか。そのなかで、感情が経験を積んで成長するといいますか、タフになっていくと、思います。問題は、そのサイクルの時間じゃないでしょうか。最初は、ゆっくり、逃げるつもりで、人間関係の中に飛び込んでいく。そして、逃げる快感をあじわう。しばらくして、精神的に大丈夫だと、自分で判断できれば、そこで、意識して、また逃げるつもりで、飛び込んでいく。
こんな方法も、ありかな、て感じです。
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小説を読んで、言葉によって、笑ったり泣いたりしますよね。


質問。回答。この場所には殆ど「言葉」しかありません。
しかして、私なんかは実に頻繁に、泣いたり笑ったり怒ったりしてますよ。
それから時折、質問者の方もご自身の感情を仰って下さることもあるのです。
貴方はどうですか?

確かに言葉・理屈だけでは治りません。表面的な理屈のやり取りでは何も変わりません。
ただ知識が増えるだけです。
しかし、言葉や理屈は感情と結びついているのです。
言葉や理屈が感情を引き出した時に、初めて変わるのです。

そもそも、よく云われている通り「人間は感情の動物である」と、私は思います。
(ただそれは時折、そう言う私自身も、うっかり見失ってしまうこともありますが)

完全に理性で行動できた。完全に利己だけで、損得だけで行動できた。
自分ではそう思える行動があった時でも、実は「理性的でいよう、利己的であろう」と、
そうさせているのは、実は感情だと思うのですよ。
まぁもっと言えば、感情というと狭いですね、心でしょう。
言葉も理屈も感情も全て繋がっています。別々のものではありません。
そしてその全てが「心」というカタチで包括されている、というようなイメージでしょうか。

言葉を聞いたら、理屈を読んだら、まずは頭で理解して下さい。
そして、その時「何を感じたか」に注目してみて下さい。
大事なのは言葉を聞き理屈を考えた時の「感情」です。
「何を感じるのか。自分の心から、何が湧き上がってくるだろうか」
それは、怒りかも知れない。悲しみかも知れない。喜びかも知れない。優しさかも知れない。

カウンセリングでも、良いカウンセリングなら必ず、感情が、心が動くはずです。
やっていることは言葉のやり取りです。しかし感情が動く。
そして、私の言ったことが理解できれば、カウンセリングに関わらず、
ご自身だけの「努力」においても、今までとは何かが変わると思いますよ。

>治そうと自分なりにずいぶん努力したのですが。

私はこの言葉を聞いて、これは全くの「言葉だけ」であるにも関わらず、
特に自分の若い時の営々とした果てしない努力を想い、心が動きました。
同じように苦しんでいる人がいるな、と思いました。
感情が動いて、そしてこれを書くエネルギーが湧いたのです。言葉だけによって。
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アサーションをやってみてはいかがでしょうか。



自分の気持ちを適切な形で相手に伝える訓練ですが、
その過程で、否が応でも自分の気持ちに向き合い、本物の感情を表現する
ことになります。

ロールプレイのあるセミナーがおすすめです。

それと、認知再構成法(コラム法)で、出来事に対する自分の捉え方、
感情をきちっと書き出してみるといいと思います。
それは、抑圧した感情、本来持っていた感情の両方を書いていいと思います。
・こころが晴れるノート
の3コラム法の部分を徹底的にやるといいと思います。

いずれも、自分の本当の気持ちに向き合う所から始まる、
認知行動療法の重要な技法です。
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メンタルクリニック経験者ですが、



>言葉で治るとは思えません。
言葉そのものでは治っていくという実感はなかったですが、
かけられた言葉の中に自分にはなかった物の見方とか気づきがあって、
継続的な観察を受けることで徐々に自己評価が上がっていく、
ということはありますね。
それには自分ひとりだけでは出来なかったとハッキリ言えます。

もしこの先、自立する・働くということを考えているのであれば、
キャリアカウンセラーさんに相談する、というのもありではないでしょうか。
ハローワークやNPO関係の無料で受けられるところがありますので。
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やはり、そういうことはカウンセリングだと思います。


病院は何人も患者がいて5分くらいしか話せず、薬を出してはい終わりです。
精神科医は薬物療法が専門で、患者数とシステム上、精神療法(カウンセリング)をきちっとできる医者はあまりいません。
やろうと思っても5分~10分という短い時間ではできないのです。
質問者様も内容を見ると、薬では治らないと感じます。
感情を抑えるようになったと書かれていますが、感情を爆発させるような薬はないです。
行くなとは言えませんが、行っても気休めに安定剤を処方されて終わってしまうでしょう。
カウンセラーは1時間相談にのってくれて、じっくり話せるし、アドヴァイスをもらえます。
お金はたしかに安くて5000円だと思いますが、月1回でも効果はあるのですよ。
一ヶ月に5000円、なんとかなりませんか。
自分が治るためなら、お金はいくら使ってもかもわないと思います。
私の家も貧乏ですが、命や今後の人生のためにはいくらお金を使ってもいいと言ってくれています。
お金と命、人生、どちらが大切ですか。
私は躁うつ病がしんどいので、障害基礎年金も申請して、2級が認められて(障害で働くことができない状態)、そこからの年金でなんとか過ごしています。
質問者様の中で、どうすべきか、よく考えてみて下さい。
一度、クリニックに足を運ぶのも、もしかしたら何かのきっかけになるかもしれません。
お祈りしています。
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一万円も懸かりませんよ、保険がきくから、


行って治る人と、そうでない人もいます
性格は薬で矯正出来ません
感情を押さえるのは、誰でもすることです
多分、通えば将来、笑えるようになると思いますよ
胸の内を聞いて貰うだけで、心が安らぐ物ですからね
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