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部活の先輩に宗教に誘われました。

休日に先輩に呼び出され、部活や悩み等を聞かれ、友人の家で食事することになました。そこで宗教にの話が出て、宗教のビデオを見ました。

先輩から情報が伝わり、いつの間にか入信になっていました。

はっきり拒否すればいい話ですが、宗教にすがりたいという気持ちもあります。

しかし宗教には悪い噂が絶えません。

僕はどうしたらいいですか?先輩たちを完全に拒否するか、すがっていいのか。皆さんの客観的な意見を聞かせてください。

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A 回答 (11件中1~10件)

統一教会でスタッフをしている者で、以下は、個人的な意見になります。



「先輩たちを完全に拒否するか、すがっていいのか」という二者選択をお考えのようですが、私たち統一教会の側から見ても、どちらも間違いだと思います。

物事が真理かどうか、本当にその内容が社会と自分の人生にプラスになるかどうかは、自分の頭と心で確かめるものであるからです。

もし統一教会であれば、2日間のセミナー等もあると思いますので、そこに参加されたらよろしいかと思います。いろいろ邪推されているようないわゆる「洗脳」だったり、思考回路を遮断されるようなことは決してありません。

あなたがそれを正しいと思うかどうかです。先輩にもセミナーを通して、自分がどう考えたか、はっきり伝えたらいいのです。

統一教会は、世界平和と理想家庭の実現を共通のビジョンとして、一人ひとりが主体的に何ができるか、どうしたらいいか考え、自分を高め、行動するところです。

もしご関心があれば確かめてください。もし、何か自分の心の慰めを求めるだけ、何か社会から逃避するような気持ちだけでしたら、たしかに、冷静な判断ができない可能性があるので、おもいとどまった方がいいかと思います。

先輩は入信してもしなくても、よい先輩のままでかわらないと思いますので。

以上、参考になさってください。

参考URL:http://www.uc-adachi.com/
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まず、宗教は個人で決めるのではなく、家族と話し合って決めるべきなのではないのでしょうか。


なぜなら、必ずといって少なからず両親に迷惑をかけることになるからです。

宗教にすがりたい気持ちはわかります。
世の中は不確実なことばかりです。
だから、多くの人々は宗教というあたかも絶対的であるかのようなものを求めるのだと思います。
しかしながら、それが本当に真理であるとはいえません。

そこで、疑いと本質を見抜く視点が必要なのだと思います。

宗教は人生にかかわる重大な問題です。
ですので、慎重に考えるべきでだと思います。(私は宗教にすがるのはお勧めしません)

もし、断るのであれば、口実は何でもいいと思いますよ。(その場限りの嘘でも構わないし)私の場合は完全無視ですけどね。
ただある程度、「嫌だ!!」という意志は示したほうがいいと思います。そうでしなければ、ただ相手につけこまれるだけですからね。
入信の可能性がゼロだとわかれば、彼らもその内あきらめますよ。

おそらく、あなたのケースは統一教会の手口だと思われます。
詳細はwikipediaに載っていますので、一度調べてみては如何でしょうか。
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ビデオ??やばさプンプンだね~


ビデオで教える宗教は統一教会しかないと思う。聖書を所々を引用しながら教えてるならここだよ。違うんだったらいいんだけど、
陽と陰とか言ってない?男女とか分子の話なんかしてないよね~
調和 中和 お菓子もらったり手紙もらったらやばい。
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No,6の人をみてわかるように新興宗教を信じる人間は宗教はまるで悪いことではないように話します。


ただ実際社会に目を向けてみると宗教に関する悪い噂ばかり…。
宗教なんかに入っていいことはないんです。
宗教なんかに入ってもあなたの悩みは解決しません。
宗教なんかに入ってもお金が飛んでいくだけです。
社会的に偏見を受けながら生きていくだけです。
あなたが「あの人新興宗教の信者なんだって」と偏見されてもその宗教を信じたいならいいでしょうが、あなたのことを好きでいてくれた友人や恋人を失いかねません。
僕も大学生ですが、もし仲いい友人が宗教に入ってたら距離をおくようになりますし、家には絶対いかないです。
日本て無宗教の国なんです。
宗教というのは今の日本の体質には合わない文化なんです。
ちなみにこの動画、絶対見たほうがいいと思います。
「創価学会はなぜいけないのか」

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大学のガイダンスの時に、危険な団体についての注意を受けませんでしたか?


危険団体に入ってしまうと、洗脳されていいように利用され、気づいたときには取り返しのつかないことになってしまいます。

その部活は普通の部活を装った宗教団体なのかもしれません。
まともな宗教団体が勝手に人を入信させたりすると思いますか?

今すぐ関りを絶ったほうがいいと思います。
もしそれが躊躇われるのなら大学には相談所のようなところがあるはずなのでそこで相談しましょう。
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創価学会の者です。

その宗教というのは、創価学会のことでしょうか?

確かに、宗教には悪い噂が絶えません。事実、社会的に問題を起こしている宗教もあります。ゆえに、宗教を持っている人は、まるで変人かのような見方をされるのが日本です。しかしながら、世の中には様々な宗教があります。テレビならP社、洗濯機ならH社、自動車ならT社がいいと、個人の好みで決めればいいでしょう。ですが、果たして宗教も同じ感覚で選んでいいものでしょうか? 実践しても利益のない宗教もあれば、利益どころか人生を狂わしてしまう宗教もあります。

良い宗教・悪い宗教の分岐点は、その宗教が「人間のための宗教」なのか「宗教のための宗教」なのか、にあります。すなわち、人間を高め、幸せをもたらすのか、それとも、人間を教祖などに従属させ、その利害のために不幸にしてしまうのか、ということです。

大多数の宗教は「神や祖様におすがりして、多額のお金をお布施すれば救われる」などと、自分の不幸の原因を自分の生命以外のものに求め、他者による救済を説きます。しかしながら、真の宗教とは、自分の不幸の原因を自分の生命そのものに求め、自身の生命を変革することによって、自身を幸福にしていくものです。まさに、創価学会が実践する日蓮仏法(南無妙法蓮華経)が、それに該当します。

また真の宗教とは、自分自身に内在する無限の可能性を引き出すものです。教祖とか絶対者といった「外部のもの」にすがるものではなく、だれの内面にも秘められている、限りない知恵と生命力を開発していくものです。よってそこには、自分自身で自分の行動を決定付ける、という自律性があります。そしてその引き出した「知恵や生命力」があれば、目前の課題や困難があっても、それらに立ち向かい、乗り越えていくことができます。あたかも山登りで、体力、脚力が弱ければ、登ること自体大変で、辛く感じられますが、体力も脚力も強ければ、周りの景色を悠々と楽しみながら登っていくことができるようなものです。

しかし、そのためには「生命と宇宙とを貫く根本法則」に基づく必要があります。それこそが「南無妙法蓮華経」です。正しい本尊に向かい、「南無妙法蓮華経」と唱えることが、その「知恵や生命力」を引き出す具体的な実践です。これによって、生活上の行き詰まりが打開され、不可能だったことが可能となり、自在の境涯になれるのです。

要は、どういう宗教が、真に人間を幸せにするものなのかを、峻厳に区別することです。
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大学のしかるべき部署(課外活動なら学生課などのはず)に告発してください。

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よくあるいわゆるカルト系の勧誘です。

あなたが決定的に勘違いしているのは、それらの団体は一般的にいう宗教(キリスト教や仏教など確立しているものをさす)とは全く関係ありません。本人たちはそういうことを言ってあたかもキリストや仏教の教えに忠実なように見えますが、都合良く信者を得るために解釈したものです。結局はキリストの再降臨なる○○が出てきてそれがあたかもその団体の主であるような方向にもっていきたいだけです。

要するにその部活(あるいはサークル)がいわゆる「架空サークル」で、信者勧誘ようにあたかもスポーツをやっているように見せているのです。彼らの特徴はとにかくやさしいようにふるまいますが実は裏で完全なマニアルがあるのです。いずれ合宿とかに連れて行かれて洗脳(この言葉は聞こえが悪いですが、いわゆる「マインドコントロール」です。)されるのが落ちです。

すがりたい、というのは悩みでもあるのですか?すがるならもっときちんとしたものにすがりましょう。彼らは、あなたに親身になっているようで裏ではただのカモとしか見てません。連帯感とかそういうものを植え付けてお互いの絆を強めようとさせるのもただ、そうしたほうが場を乱すことを言いづらくなる、すなわちやめにくくなったりするという「マインドコントロール」の上等手段です。どんなにつらくとも、後戻りできないまでのめりこむ前に現実社会にもどってくる勇気を持ちましょう。

大学生、特に難関大学の大学生は結局は幹部候補としてひっかけられます。一方、年寄りなどは裏で基金集めのための被害者となります。結局幹部候補生は直接的な被害にあっていないように見えるためです。疑うようなことや、彼らの満場一致の理論を否定するようなことをいうと、非常に気にしますよ。

抜け出したかったらとりあえずバックレて連絡はすべて無視しましょう。一か月もたてば諦めます。心配なら、一応大学の学生相談室等に相談しましょう。おそらくそれらの団体の実態も教えてくれるハズですよ。

最後に、そういう団体に引っ掛かりそうになったということ自体は気にすることはありません。彼らのだまされた多くは悩んでいるとか以前に純粋な心をもっている人が多いのです。疑いやすい人や、悪意のある人はターゲットにされないです。だからと言って信じてホイホイついていくのはだめです。しかし、きちんとした宗教をしっかりと信じることというのは世界的に見ても悪いことではありませんし、むしろ道徳的基盤や倫理的基盤を自分の中で確立するにはそういったものが必要だったりもするのです。日本人はその辺を誤解しやすいのですが、逆説的ですが、オウムなどの事件がおきるのはそのせいでもあるかもしれませんね、、。
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人生を棒に振りたくないのなら、宗教にすがるなんて、甘ったれた考えはやめましょう。


自分で考えて、結果には自分が負うという覚悟が必要です。
宗教は悪い噂があろうがなかろうが、本質的に非理性的なものです。
宗教とは、ある人物や集団の教えを他人に押し付けて、信者の思考能力を奪って盲目的に追随させることで組織化するものです。

宗教も組織である以上、内部にはいろんな問題があります。
伝統的な宗教でも同じ。
キリスト教の神父が信者の女性を凌辱していたことは、よくある話です。
そういう犯罪をどうして、周囲の人間は止めないんでしょうか?
あるいは、なぜ被害者も押し黙って、何年も発覚しないようになるんでしょうか?
発覚した時の、宗教組織の対応はどうだったでしょうか?潔く過ちを認め、犯罪者を法の裁きにかけようとしたでしょうか?
宗教であるがゆえに、不正義を助長する環境があるんじゃないでしょうか?

宗教は指導者のカリスマや教えが重要です。指導者や教えが間違っていたと認めれば、存在理由を失うので、過ちを公にさらすことに臆病です。
宗教だけではなく、同和団体のようなイデオロギー集団も同じ。大阪市で逮捕者を出した問題でも、部落解放同盟はマスコミの取材にも答えず、だんまりです。彼らは自分たちが正しい、お前らが間違っていると叫んできました。なので、自分が謝る番になると、卑怯にも逃げるんです。

確かに、どこの組織でも問題は起きる可能性があります。
学校や警察組織だって、似たような事件があります。
しかし、機能的な組織においては、監査機構による自己浄化機能もあります。
情報公開の義務も徐々に整備されてきました。
内部浄化が無理だった場合、その組織のトップが首になり、外部権力による浄化を行います。

つまり、何が正しいかは、常に皆で議論して、お互いの主張の長所、短所を確認するプロセスの中で追及するしかないんです。そのためには、情報公開と言論の自由が必要です。
そうやって議論したうえで、最後は多数決で決します。間違いがあれば、また議論をして検証を行い、また責任についても検証を行います。それが民主主義なんです。

警察や学校は権威主義的なところがありますが、最後は民主主義政治の統治の一部として、監視の下におかれます。
では、宗教は民主主義でしょうか?情報公開制度がありますか?
過ちを犯したときに、外部権力や国民のもとに、全てをさらして、首を垂れるのでしょうか?
重要なのは、問題が発生するとう性悪説に基づいた制度や、浄化機能なんです。それがあるかないかで、組織は民主主義にも、ヤクザにもなります。

自分のことばかり考えず、もっと社会に対する関心を持ちましょう。
自分が救われることより、社会に貢献することを考えましょう。
そういう公共精神のない人間が宗教にすがるほど危険なことはありません。オウムのテロ実行犯も、そうやって殺人者になっていたんですから。
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止めると言ってみてください。

何やかや言うようであればろくでもない宗教団体?でしょうから。今から宗教にすがって如何するんですか。他にやること、学ぶ事が沢山ありますよ。自分を信じよい仲間を作られて見ては如何ですか。貴方の年齢、環境には似合いません。
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