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今日、癌についての質問に対し回答をしていたところ、医療従事者を名乗る方の回答に、
「 患者さんの気持ちしだいでは1番幸せな死に方だと私たち医療従事者は考えています 」といった内容を見ました。

アンケート的な質問なのでアンケートカテゴリーを選択しましたが、適切でなければご指摘くだされば移動します。

みなさまは、「癌は一番幸せな死に方だと思いますか?」

医療従事者の方、そうでない方、一番幸せな死に方って何でしょうか?

医療従事者の方々は、この方の書かれているように、「癌」で死ぬのが一番幸せだと思われているのでしょうか?

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A 回答 (8件)

医療従事者ではありませんが、


叔母をがんで亡くしています。
少なくともあれは、本人にとっても、
遺族にとっても幸せと呼べる死に方ではないと思います。

嫁のお婆さんが老衰で亡くなっていますが、
夜のおかずを家の前の畑にとりに行っている最中に、
野菜の前で座りながら死んでいたそうです。
ずいぶん、安らかで笑顔でいっていたそうな。
できれば、その辺にあやかりたいものです。
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この回答へのお礼

貴重なご経験を、回答していただきありがとうございます。

いかほどの闘病であったか、闘病=闘いという言葉で表しているくらい、本当にお辛かった事と思います。

祖母様のような方もいらっしゃいますね。自分の曽祖母もそうでした。

身内に、あの人は安らかに逝けたのだと思ってもらえるのも、自分にとってある意味、幸せな死に方かも知れないとも思えました。

自分もあやかりたいです。ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 12:42

私は一番幸せな死に方が癌だとは思わないが、


そう思う人がいてもどうと言う事はない。
私自身が幸せな死に方だと思うのは、
今のところ愛する人との性交中の性交死。
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この回答へのお礼

「性交死」相手が最中に死んだ事を自分が納得できれば良いのでしょうが、いきなり最中に死なれたら驚きですね。

>そう思う人がいてもどうと言う事はない。

思想の自由はあるだろうから、どう思うかは良しとしても、それに基づいた医療をされたのではたまらないと思う患者がどれほど多いか、
質問で挙げた医療従事者と名乗る人の意識の薄さに驚いたので、この質問をした次第でした。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/05 11:41

そいつがもしホントに医療従事者だとしたらそいつは何も「医療」というものを分かっていない最低の人間。


あれほど辛い末期はない。
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この回答へのお礼

自分には癌の患者の仲間がたくさんいます。
特に死ぬ前の闘病がどれだけ辛いか、もう嫌だというほど見てきました。仲間には自殺をした者もいます。

もしも本当に医療従事者であるなら、自分も回答者様と同じような思いです。

自分の本音の代弁でもありました。ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 13:28

現在の医療事情なら残される者、残す者両方に限られた時間が残されているという意味だと考えます。



「周りに迷惑をかけずにぽっくり」が世間的理想で、私も共感する部分は多いのですが現実に老人介護、老人医療の問題を目の当たりにするとそれは幻想であるとも考えます。

顰蹙は承知ですが私は自殺志願者です。

自分で自分が死ぬべきタイミングを見計らって決める。
見極めが難しいとは思いますが早目にしておけば遅くなるより周りに迷惑をかける可能性は遥かに低くなると思っています。

覚悟も無くある日いきなり襲ってくる死の恐怖よりは、ある程度(なにをしても100%ではないと思います。)の準備と覚悟を持って自分の決めた「限られた時間」を精一杯生きたいのですが、私以外の方はしないでください。

皆がやって法で禁止(残された家族がペナルティを課せられる。)されると私がやる時に困りますので。
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この回答へのお礼

確かに理想と現実の乖離は大きいと思います。

他国では、理由が正当(現場にとって正当という意味で、国内で正当がどうかの判断はまた別の問題としておきます。)と認められれば、
自殺幇助も罪と問われないのに対し、日本はまだまだ本人の意思を尊重する法が足りないようにも思っています。

残された時間があって、医師はできる限りはやったと治療に満足感を感じたとしても、
それを受け入れられず、心身の自由がきかず、周囲に迷惑をかけ、自分も苦しみ抜く患者にとっては、
癌や、その他の病気で長く闘病して逝く事が一番幸せであるとは思いにくく、
死期を自分で決める制度があっても良いとも思っています。

参考になりました。貴重なご回答をありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 13:22

 その質問を見ていないのですが、癌の方や身内の方に対して


「うわ、癌って辛い死に方ですね」というより、「こういう事があるから幸せとも言えますよ」とポジティブな部分を引き出したかったのではないでしょうか。

 私も以前、書籍で「亡くなる前に一定の時間があるから、気持ちや身辺を整理したり、大事な人と過ごしたり、ちゃんと準備が出来る(から良い亡くなり方だ)」と読んだ事があります。
 だけど、これって裏を返せば苦しんで、辛い思いをして、亡くなるという事ですよね。でもそんな事言っても仕方ないから、最善の道を示してくれたのかな?と思います。真実か、そうでないかは問題じゃなくて。

 私が想像する一番幸せな死に方は、年老いて、体もガタが来て、「生きてるのも辛くなったから、もうそろそろ良いや」と生への執着が薄れた頃に、ポックリですね。
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この回答へのお礼

自分が問題視したのは、癌が一番幸せな死に方という部分と、私たち医療従事者とひとくくりにされている部分でした。

家族の質問に、ポジティブな回答をして励まそうとする気持ちは自分も理解できます。

しかし、本人がそれを受け入れられていないものに対して、
医療従事者と家族こそが、「癌は一番幸せな死に方だ」と、本人の意思とは正反対の思いを持ち、
本人の気持ちを理解しようともせずにいたら、患者本人は誰にも理解されず救われないままになってしまう事を懸念しました。

参考になりました。ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 13:09

癌って苦しみますよね。


抗がん剤の副作用が出て髪の毛が抜けたり、吐き気があったり…

私は自分が死ぬのなら事故で即死か、心臓麻痺か…
いずれにしてもぽっくりいきたいです

ただ、人に見られたら恥ずかしいものとかあったら処分しておきたい
し、お世話になった人に挨拶したいし、そういうことを考えると即死
ではできませんよね

癌で余命3ヶ月とかだと死への準備もできるのでしょうが…
人によっては死を受け容れられるでしょうし、受け容れられなくて苦
しむでしょうし、だから「患者さんの気持ちしだいでは」とおっしゃ
ったのかもしれませんね

死に方は自分ではどうしようもないので身を任せるしかないんでしょうね
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この回答へのお礼

少量の抗癌剤の副作用なら自分も経験しましたが、確かに酷く、入院を余儀なくされる時期もありました。
しかし、抗癌剤の副作用はまだ可愛いもので、癌痛や死への恐怖、絶望感といったもののほうが辛いようにも思います。

回答者様は「ぽっくり即死」と、また違ったジャンル(?)の死因ですね。
自分も第2希望は「ぽっくり即死」です。
今日の休日を利用して、見られたら恥ずかしいものを処分しておこうという気になりました(笑)

確かに余命を受け入れる事が出来れば、死因は癌でも何でも良いと思う方はいるのかも知れません。

恥ずかしいものを整理する良い機会になりました。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 12:54

全くの素人です。


私の考えでは、一番幸せな死に方は、「老衰」だと思います。
人生を全うして、何の悔いもなく、ある日にポックリ・・・・・。
みたいな感じで。
私自身も、出来ることならそれで・・・。
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この回答へのお礼

自分も死に方の第一希望(?)は、「老衰」です。

若くして、子供や家族を残して死ぬ「癌」よりは、「老衰」の死因は、長く生きていたという証拠でもありますしね。

参考になります。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 12:29

医療従事者です。



>医療従事者の方々は、この方の書かれているように、「癌」で死ぬのが一番幸せだと思われているのでしょうか?

少なくとも私は、そうは思いません。患者さんの気持ち次第…その回答者さんはどういう気持ちだと、癌が一番幸せだと思われたのでしょうか。家族に看取ってもらえるから、ということでしょうか…。
看取ってもらえないとしても、私は老衰で死にたいです。気がついたら死んでいたとか、夜寝てそのまま…というのが、一番苦しくなくていいなと思います。家族からしたら、心の準備ができないと思うので申し訳ないですけれどね。

私の意見は、異端なのかもしれません(^_^;)。ですが、医療関係者がみんなそう思っているわけではないということです。
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この回答へのお礼

その方は「私たち医療従事者は」とひとくくりにされていたので、
医療従事者の多くが、「癌」は突然死ではないのだからといったような理由で、
一番幸せな死に方だと考えているのかと、疑問と患者の感情を無視した反感のような感情を持ちました。

>医療関係者がみんなそう思っているわけではないということです。

回答者様の言葉を拝読し、ホっと安心をいたしました。

医療従事の方からの貴重なご意見に感謝です。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 12:25

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Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q親がある日突然死んだショックを引きずっています

去年母を亡くしました。父はすでに死んでいるので私は一人暮らしになりました。
ある日突然死んだので、心の準備ができておらず、今でもつらいです。

母が入退院を繰り返すなどしてたら心の準備もでき、母の死を受け入れられ、悲しみや寂しさも時間とともにやわらいでくると思います。突然死だったから辛いのです。それまでふつうに暮らしてたのに
ある日突然倒れ、そのまま死んでしまいました。70代でした。

私は独身男性ですので「お嫁さんをさがしたら?」と言う人もいますが、そう簡単に結婚相手が見つかるものではありません。

今でも時々母を亡くした悲しみや寂しさに襲われ、胸が締め付けられるような辛さを感じたり、うつ状態になることもあり病院で相談して薬を出してもらっていますが、それでもどうしようもない辛さに襲われることがあります。

「予測できる死」と「突然死」では同じ死でも悲しみの度合は違うと思いますか?

親の突然死の悲しみをやわらげるいい方法はありますでしょうか?

Aベストアンサー

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃないかなと思います。それでも貴方が現在おいくつか分からないですが、少なくとも20代、30代で両親を亡くすというのは普通じゃないことですし、「予測できる死」と「突然死」という死の基準よりも、死という現実を受け入れる年齢が、「早いのか」、「遅いのか」ということ。

親が死ぬと言うことは誰でも経験することではありますが、実際若い身空で親の死を経てフラットになった時、何にもない自分に喪失感が出てくる気持ちは非常によく分かります。

結論からいいますと22歳の私はその踏ん切りつまり親の死を乗り越えたと、自分で思えたのは26の頃でした。質問者さんと同じく22ぐらいの時にはわかったような口を聞く大人に「はやく結婚すれば?」と言われました。結果、26で結婚しました。そのとき初めて肩の荷が降りる思いでした。

19の頃は絶望感ばかりがあり22の時にその加速度が増しました。大学もやめ、バイトをしながら親の貯金を食いつぶし、親が残した有り難くないコトを整理して俺が何をしたっていうんだよ!って毎日思ってました。23、4のとき就職をきっかけに地元を離れ違う土地へ行き、それこそ色んな年相応のことを経験してに両親のことに対して前向きな諦めをつけた瞬間に彼女が出来て、すぐに結婚~という流れになりました。ただし結婚して全てのことが払拭されたわけでもなく10年経っても未だ悩みはつきません。
だけど、自分の経験したことは確実に同世代にはない経験でしたし、自分の友人らにもし突然のことがおきても冷静に対応できるだけの能力は備わったと思っています。

できれば10年前の絶望感ばかりだった自分に今、まともに生きていることを教えてあげたい。

質問者様へも私自身、早く結婚しろとはいいませんが、今すべきこと、10年後のよりカッコいい自分を想像してみてはいかがでしょうか?そのために今自分がなにをすべきなのかが見えてくると思います。
それが答えです。

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃ...続きを読む

Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q「死んだら無」ではないかもしれないエピソードを・・

母の死からもうすぐ100日になります。
母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
私の母と同じ病気で亡くなった方だったのですが、亡くなってすぐの様子は 入院中に出来なかった色々な事をして結構気楽にやってるよという話だったので、死んでも無ではないんだなぁ、母も病気から解放されて楽になったかな、ということが私の支えでした。

ホーキング博士の「死後の世界はない」という発言がちょっと淋しくて、でも博士もまだ生きているわけだしと思うのですが、
「無ではないかもよ」というエピソードを聞かせて頂いたら嬉しいです。

今回は、死後の世界があるかないかではなく、(生きている人にはわからないのだから)
「無ではないかも」限定でお願いします。

百箇日過ぎたら、より前向きに生きて行きますのでよろしくお願いいたします。

母の死からもうすぐ100日になります。
母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
私の母と同じ病気で亡くなった方だったので...続きを読む

Aベストアンサー

うちのじいちゃんが死んだ時。。。

霊感の強い従兄の子が、葬式で「あそこにじいさんいるよ」と言っていた。
自分は霊とか信じないタイプだから「ふ~ん」って流していたけど、その従兄の子は、葬式までうちに来た事がなかったんだよね。

んで、じいちゃんが生前、部屋の出入りに使っていた窓があったんだけど、そこから出入りしているよ~と従兄が教えてくれたのには驚いたよ。

そこの窓から出入りしているのを知っているのは、うちの家族だけ。。。
どう見ても、通常は出入りに使うような窓ではないから、従兄が知る訳ないんだよね。
「マジで。。。?」と思ったけど、それを聞いたうちの父ちゃんは「そうか、じいさんが歩いているか。。。」と嬉しそうにしていたよ。

うちのじいちゃん、死ぬ時はもう歩けなかったからね。
死んでから、膝の痛みも無く、歩けるようになったんだな~と思ったな。

怖い幽霊とかは見たくはないけど、家族とか「もう一度会いたい」と言う人であれば、幽霊でもいいから会いたいと思うよね。

Q抗がん剤を断ることは悪いことですか?

母が抗がん剤治療を受けたくないことを、病院側に伝えられません。
いつも付き添ってくれる友人も、抗がん剤治療は絶対するべきだ、といい、
2回目は友人に連れていかれるようです。

私と父は母の気持ちをよく聞いて、もうしなくていいのではないか?と思っています。

しかし、抗がん剤をしないことに賛成した私にいわれることは、
しなかった結果がよくなかったときに、あなたに負担がかかる、といわれます。
病気の治療というより、周りの心理戦のような気がして、本人の意思は関係なくなってしまってます。

今は、抗がん剤を受けたくないという母に賛成してる私と父が悪者になっています。

実際、知り合いの父親が、元気に4クール目にいどんだ結果、
あっというまに亡くなりました。
家族は絶句だったようです。

病院に断りの電話をすることを母に頼まれていますが、
怒られるか、冷たくあしらわれるか、また考え直すように説得されるか、
話すのも億劫になっています。
断ることは、非常識というか、悪いことなんでしょうか?

Aベストアンサー

No.10です

私の主人は 特に挑戦するタイプではありません
命がかかった病気だから前向きになるしかなかったのです

ガンという病気を普段からよく勉強してて ゆっくり考える間はあったのです
何もしなければ 死ぬ・・・わかっているからこそ 前向きに頑張ったのです

手術をした主治医は 抗がん剤の効果をあまり期待してはいません
なので どこか抗がん剤を引き受けてくれるところ探さないと・・・と病院を紹介してくれました
最初の病院は断られました
主人は かなり落ち込んで・・・・
次に紹介してもらった病院は 抗がん剤の専門チームです
主人は喜びました

命がつながった。。と思ったのでしょう

結局 抗がん剤の効き目を見るまもなく 機能が落ちていって・・
しかし主人は 亡くなるほんの少し前まで
治る!と言う希望を持つことが出来ました

お母さんの場合ですが
元気だから治ったと思ってというか 元気だから抗がん剤が必要ないと思われているのならちょっと話は違うかな。。。と思いますが 必ずしも抗がん剤をすることが延命になるとは限らないと・・・

その副作用はかなりのものだと・・・。

>断ることは、非常識というか、悪いことなんでしょうか?
 そんな事はないと思います
 断る勇気も必要です

No.10です

私の主人は 特に挑戦するタイプではありません
命がかかった病気だから前向きになるしかなかったのです

ガンという病気を普段からよく勉強してて ゆっくり考える間はあったのです
何もしなければ 死ぬ・・・わかっているからこそ 前向きに頑張ったのです

手術をした主治医は 抗がん剤の効果をあまり期待してはいません
なので どこか抗がん剤を引き受けてくれるところ探さないと・・・と病院を紹介してくれました
最初の病院は断られました
主人は かなり落ち込んで・・・・
次に紹介してもら...続きを読む

Q母が突然死しました

母を突然亡くしました。入浴中の事故で私が浴室に駆けつけた時にはもう既に意識は全くなく呼びかけにも全く答えてくれない状態でした。救急隊が来て救命処置、病院に搬送されましたが帰らぬ人となりました。
病院で死を告げられた時は突然のことで涙一つ出ませんでした。急を聞いて会社から弟も駆けつけたのですが、弟は人目も憚らず大声で泣きました。私はそんな自分に嫌気、自己嫌悪に陥りました。最愛の母が亡くなったのに涙が出なかった。今は少しずつですが、涙も出て悲しいと言う感情が沸き上がってきて今度は失った喪失感で何もする気が起きません。家には弟もいますし、父(これは長くなりますから後述、別の質問します)もいます。私が母がしていたことをしなければ家のことは動きません。ですが、どうしても母のことを思い出し、近所のスーパーに行くことすら出来そうにないのです。大切な人を亡くした方はどうやって克服したのでしょうか?
どんなに小さなことでもいいから教えて下さい。
よろしくお願いします。

補足
入浴中の死亡と言うことで警察が来まして色々と聞かれた上に監察医の検死が入らないと遺体は返せないと
言われてそれがまた悲しみが一層深くなりました。法律上仕方ないことなのでしょうが、いたたまれない気持ちでした。
検死も昨日終わり、虚血性心不全と言うことで死因がわかりました。もう少し詳しく知りたいのなら解剖がありますが、どうしますか?と聞かれこれ以上母の体をいじられるのも嫌だったのでそれはお断りしました。
突然死と言うことになるのでしょうが、本当に突然目の前から母がいなくなってしまって喪失感が日に日に大きくなっていってとても耐えられそうにありません。心療内科にも急遽かかりました。
突然死や事故で最愛の人を亡くした方の克服したお話を伺いたいです。
よろしくお願いします。

母を突然亡くしました。入浴中の事故で私が浴室に駆けつけた時にはもう既に意識は全くなく呼びかけにも全く答えてくれない状態でした。救急隊が来て救命処置、病院に搬送されましたが帰らぬ人となりました。
病院で死を告げられた時は突然のことで涙一つ出ませんでした。急を聞いて会社から弟も駆けつけたのですが、弟は人目も憚らず大声で泣きました。私はそんな自分に嫌気、自己嫌悪に陥りました。最愛の母が亡くなったのに涙が出なかった。今は少しずつですが、涙も出て悲しいと言う感情が沸き上がってきて今度...続きを読む

Aベストアンサー

私も似たような状況で母を失いました
病院で死を告げられた時は私も涙はでませんでした
後から考えると認識するまでに少し時間がかかったのかなという感じがします
体が反応してなかったんだと思います、全然問題はないです

乗り越えるのには時間はかかりました
母というのは生涯で一番子どもに多くのものを与えます
既に自分は多くのものを与えてもらっていたと気づくことで
そんな自分を信じて生きていくことが大切なのかなということで今は普通に生きています

Q突然死の原因は何ですか?前兆はないんでしょうか?

私は最近突然死が怖くて怖くて仕方ないです。毎晩寝るのが怖いです。
血液検査では軽い肝障害です。超音波の検査では以上ありませんでした。
突然死を防ぐ方法はないんでしょうか?どんな検査をすればいいんでしょうか?
突然死の前に前兆はないんでしょうか?
教えてください。

Aベストアンサー

あとから考えると前兆とか気になる所見とか症状とかはあったと思うんですが
本人も死んでしまうほどとは思っていなかったんだろうと思います

突然死は
心臓->脳の順に多いそうです

・不整脈
・高血圧
・喘息
・急激な体調の変化

などに気をつけたほうがいいと思います

参考:
http://www.udatsu.vs1.jp/sudden.htm

Q母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません

母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません
 今年の4月に母を癌で亡くしました。62歳でした。若い時から“百五十歳ぐらいまで生きるんじゃないか?”とみんなに言われるほど元気な人でした。フルタイムの仕事を定年退職してからも、地域のボランティアで広報誌を作り、“若い頃の夢だった新聞記者に一歩近づけた”と、60歳を過ぎてからワードやエクセルを自由に操れるまでに覚え、あちこち取材に行っては記事を書き、楽しそうにしていたのに、去年の2月に末期寸前の卵巣癌と診断されてしまいました。

 それでも、手術を受け、半年間の抗がん剤治療をし、去年の年末には腫瘍マーカーの値も下がり、快方に向かっていた…はずだったのに、年明けに早くも癌が再発。その後は、脳梗塞・脳内出血・てんかんなどを立て続けに併発して抗がん剤治療ができなくなり、あれよあれよと言う間に逝ってしまいました。

 母とは大親友以上の仲だったので、亡くなった当初は天地がひっくり返るような感じだったけど、四十九日を終えて、少し落ち着いたつもりでした。でも、三ヵ月半たった今、なんとも言えない虚無感でいっぱいです。

 母はきっとどこかで見ていてくれるから、前向きに生きていかなければいけない。…とか、
 私が悲しんでばかりいたら、きっと母も辛いだろうな。…とか、
 40年間ほとんど我慢するだけだった結婚生活を送った母だから、きっと今ごろ若くして亡くした最愛の両親と、天国で平和に暮らしてるんだろうな。…とか、
 常に人への感謝の気持ちを忘れずに、いつも回りの人を笑顔にしていた母の心を受け継いでいかなければいけない。…とか、
 そんな心を、自分の子供にも引き継いでいかなきゃいけない。…とか、
 まだ3歳の子供の前で、しょっちゅう泣いているのはきっと良くないんだろうな、…とか、
 いつか母にもう一度会えた時に恥ずかしくないような生き方をしていくしかないかな、…とか、
 きっと時間にしか解決できないことなのかな、とか。

 頭ではいろいろ考えるのですが…。 

 飛行機と電車を乗り継いで6時間かかる実家に、職場にこれ以上ないくらい無理を言っては、しょっちゅう長期で帰って、してあげられるだけのことはしたつもりだし、最期にも間に合ったから、後悔はあまりしていないつもりです。だからか、亡くなる前や亡くなった直後の方が、悲しみは深いながらも上に書いたような前向きな悟り、みたいなものを心から感じていました。でも、ここに来て、なんだか時間が止まってしまったような感覚に陥ってしまっています。

 長い文章を読ませてしまい申し訳ないですが、皆さんはどうやって身近な人の死を乗り越えられましたか?乗り越える手助けになった本なども、もしあれば教えていただけませんか? 

母の死をどう乗り越えたらいいのか分かりません
 今年の4月に母を癌で亡くしました。62歳でした。若い時から“百五十歳ぐらいまで生きるんじゃないか?”とみんなに言われるほど元気な人でした。フルタイムの仕事を定年退職してからも、地域のボランティアで広報誌を作り、“若い頃の夢だった新聞記者に一歩近づけた”と、60歳を過ぎてからワードやエクセルを自由に操れるまでに覚え、あちこち取材に行っては記事を書き、楽しそうにしていたのに、去年の2月に末期寸前の卵巣癌と診断されてしまいました。

 それでも...続きを読む

Aベストアンサー

私は同居の祖父母の死を経験しました。
両親よりも接する時間が長かったので,存在も大きかったです。
年相応で,ある程度予想はできており,質問者さんほどの衝撃ではありませんでした。
しかし,

>母とは大親友以上の仲だったので
という部分,私が祖父に対して持っていたのと似ているようにも思えるので,お答えになるかどうか分かりませんが,ご参考になればと思い書いてみます。
私の場合は,親友というよりも,耐え難い日本の不条理に対する戦友のような感じでした。

私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
なので天国で~,といった感傷はありません。
でも,「生きていたらどう言うだろうか」というシミュレーションはします。
祖父はとくに
「死亡通知は出さない。形式ばかりのお悔やみをもらっても意味がない。知人から連絡があったときに,こういう事情で亡くなりましたが故人の意思によりご連絡しませんでした,と返信せよ」
と,若い世代でもなかなかできない思い切ったことを遺言しました。
「死者は生者を惑わすべからず」が信念でした。

また,私自身は非婚男性で,おそらくこのままだと思いますが,「先祖代々」といったつながりは重視していません。
よく言われる「たくさんの人が先祖にいてあなたがいる」というのも信用していません。

霊感商法が問題になったときに,祖父の言った言葉が強烈な記憶になっています。
「先祖が苦しんでいるから供養がどうのなんていうが,子孫を苦しめるようなことをするはずがない」
私はさらに拡張して,子孫を苦しめるような祖先はいなくても結構だ,と言っております。

でも,これだけ極端に過激な考えを持ってる私でも,純粋に今でも「かっこいいなあ」と思います。
現代の若い世代でもこんなこと言えるのは何人いるんだ?と,身内贔屓ながら思ってしまいます。

死後の世界を否定しても,受けた教育や影響,話してくれた体験談や直接見聞きした記憶というものはちゃんと残ります。
長所も短所も個人の記憶として残っています。
自分のDNAは残せなくても,こういう考えをした人がいる,という話は伝えられます。
教育は誰も奪うことのできない財産であり,絶対に消えないものだと信じています。
残っているのは過去の出来事であっても,そこから新たな法則性や価値基準は抜き出せると思います。

視点を,ちょっとだけ亡くなったお母様から外してみませんか。
~してはいけない,~しなくてはいけない,と考えるのはどんな場合にもつらいです。
お母様は,あなたをここまで育てあげたんだから,あなたは何をするにも自分の考えと都合に素直に従っていいと思います。
泣きたいなら泣いていいでしょう。そこで泣けるように育ててくれたんですから。
お母様がどう思うかと意識が集中しすぎるとつらいと思います。
親がどう思うかで動くのは,言い方は悪いですが,ある種子どもの考え方ですよね。「怒られるからしない」と同じような。
でも,一個人として成長すれば,誰が何と言おうと私は嬉しい,何と思われようと私は悲しい,といえるようになります。
それで必要かつ十分です。
いま,質問者さんはどうしても亡くなったお母様に視点を合わせてしまうために,どう思うだろうか・これではいけない,と自分を抑えつけてしまうのではと思います。
自分を信じてあげてください。自分を大事にしてあげてください。
ときに自信がなくなったら,「お母さんが私には合格出してくれたんだから私はこれでいい!」と考えてはいかがでしょうか。
ご参考になれば幸いです。

私は同居の祖父母の死を経験しました。
両親よりも接する時間が長かったので,存在も大きかったです。
年相応で,ある程度予想はできており,質問者さんほどの衝撃ではありませんでした。
しかし,

>母とは大親友以上の仲だったので
という部分,私が祖父に対して持っていたのと似ているようにも思えるので,お答えになるかどうか分かりませんが,ご参考になればと思い書いてみます。
私の場合は,親友というよりも,耐え難い日本の不条理に対する戦友のような感じでした。

私は祖父譲りの徹底的な無信仰です。
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Q母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

その日まで元気だった母(60後半)が突然、心筋梗塞か脳血栓で他界し
10日ほどが経ちました。通夜と葬儀に比べたら落ち着いたものの、
普段の生活に帰ったら、その中に母がいた風景を思い出し、クヨクヨしています。
もう変わらない事実だって事、仕方がない事、全てわかってはいるのですが。

私は遠方に嫁に行ていて主人と子供二人と暮らしています。
はじめは優しかった主人も、1歳の下は特に手がかかる時期なのに、
あまりにも私がクヨクヨして子供たちの相手を放棄しているので少々あきれ気味です。

特に何が無念かと言いますと、

一つは、母の病気の事をもっと真剣に知ろうとすればよかった、
心配をしてあげて、私が大きい病院を変えるとか入院をするとか何か真剣に対策をとっていれば、
10日前のあの日ではなかったかもしれない、
という死なせずに出来たのではないかという後悔。
不整脈の病気があるのに、何年も元気に通院していたので、一人暮らしのまま、
母にすべてを任せていた。特にここ数ヶ月は愚痴を聞いてあげる優しさがなく、
弱音を吐く母に、頑張ってって、私も大変なんだからって、叱咤ばかりしていたこと。

もうひとつは、死ぬ前にもっとしたあげたかったことが、毎回伸ばし伸ばしにして、
出来ずに終わってしまった。本当に元気だったので、まさかこんなに早くこの日が
くるとは思わずに、自分の生活と自分の家族と過ごす事を優先にしてしまっていた。
旅行の約束も何年も伸ばしてしまった、やっとあと2ヶ月後に実現するはずだったのに。
育児と仕事に追われ、休みの日も掃除などの家事に追われ、母と妻と仕事人の自分を懸命に
生きるあまり、高速で3時間かければ行けるところに住む一人暮らしの母の娘であることを
おろそかにしていた。
特に最近は、愚痴が多いのが嫌で少し距離を置いてしまったいた。優しくなかった。
もっと孫を連れて顔を出せばよかった、メールや電話ももっとすればよかった。
優しい言葉をかければよかった。全てこうなってから気づく事。

すみません。まとまりのない感情になってしまいました。
母のためにも乗り越えて、愛していた孫たちのお世話をするのが供養だということは
わかっています。でも子供たちの顔を見ると、こんなこと出来るようになったとか、
今こんなことしてるんだ、とか母に話したい、相談したい、こぼしたい、
写真を添付したい、見てもらいたいといった気持ちにかられて、辛くなってしまいます。
特に下の1歳に方はぐずられるとイライラして、「今あんたがこんなに大変だから、
私はばあちゃんを心配する余裕がなかったんだからね!」みたいに
チビのせいにしてしまう気持ちがあります。母として最低ですよね。
主人がいるときは主人に甘えています。
本当は育児も家事も仕事もなにもせず、布団とパソコンにいたい気分です。

何かスピリチュアルとかカウンセリングに行ったほうがいいですか?気持ちは解決しますか?
ああいうのは偽りで、お金を取られるだけでしょうか?
母と話がしたい、謝りたい、許しを請いたい、、、戻ってきて欲しい。
それは無理だとわかっていますが。私の症状にスピリチュアルなどは有効でしょうか?
どうすれば、、、無念を乗り越え、現実の生活を頑張れますか?

母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

その日まで元気だった母(60後半)が突然、心筋梗塞か脳血栓で他界し
10日ほどが経ちました。通夜と葬儀に比べたら落ち着いたものの、
普段の生活に帰ったら、その中に母がいた風景を思い出し、クヨクヨしています。
もう変わらない事実だって事、仕方がない事、全てわかってはいるのですが。

私は遠方に嫁に行ていて主人と子供二人と暮らしています。
はじめは優しかった主人も、1歳の下は特に手がかかる時期なのに、
あまりにも私がクヨクヨして子供たちの相手...続きを読む

Aベストアンサー

大事な人を失った悲しみは津波のようにあとからあとから押し寄せてくる物です。
ですから、正直な話、何年も心の整理が付かない、というケースも多々あります。
私自身も母親と兄弟を続けて亡くしました。今年で3年になります。日常生活に
支障はありませんが、やはり苦労を掛けた母や、あまり理解をして上げられなかった
兄のことを思い出すと、今でも新しい涙がこみ上げてきますし、なにか美味しいものを
食べたり、楽しいことを体験する度に「私だけこんなに良い思いをしてもいいのか」と
罪悪感に苛まれることもあります。

数年経った私ですらこうなのですから。
質問者様ご自身も「今はまだそういう時期なのだ」と受け止められて下さい。

スピリチュアルのことは分かりませんが心が弱っているときは、善悪の判断がつかずに
目の前の物に何でもすがってしまう怖さがあります。私は別件でカウンセリングに
かかっていましたが、そこでは「グリーフケア」というものをやっていました。

http://www.grief-care.org/about/index.html

これは魂がどうとか言う抽象的なことではなく「死に直面した人間の多くが
たどる道」を段階的に示しています。ご参考までに。

お子さんに対しても今は余裕がなくなってしまっているのですね。
それはとてもよく分かります。でもお母さんの死でひとつ学びましたよね。
「時間は戻せない」ということです。

失った悲しみは大きなものですが、今ある幸せは小さな物ですか?
どうでもいいものですか?そしてそれは未来永劫そこにあるものですか?
「無くなってしまったらもうどうにもならない。だからこそ今、あなたの手の中に
あるものを大事に慈しみなさい」私には亡くなった母の声が聞こえます。

どうぞこの詩を心に刻んで下さい。

http://home1.netpalace.jp/counseling/room/room.cgi?mode=koumoku&no=27


そして、今ある悲しみはどうぞそのまま。癒えるときが必ず来ますから。
無理に元気にならなくても大丈夫。今はしっかり悲しむことが大事です。
たくさん泣いて、たくさん後悔して。そして今生かされてる自分や家族を
愛しましょう。

「日常」は残酷です。知り合いが幼い子を亡くしたとき「私は悲しみに浸って
いたいのに、ゴミの日はやってくるし、洗濯物もたまってくる。なんて理不尽
なんだと思ったけど、今思えばそれが心のリハビリにもなっていた気がする」と
言っていました。煩わしいけど避けられない日々の暮らし。でも本当はそれが
一番大事なものかも知れません。

頑張る必要はありません。ご主人やお子さんを支えに少しずつまた立ち上がれば
いいんですよ。必ずその日は来ます。1年2年。気長に待ちましょう。

そしてお母さんには「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」と言えると良いですね。

大事な人を失った悲しみは津波のようにあとからあとから押し寄せてくる物です。
ですから、正直な話、何年も心の整理が付かない、というケースも多々あります。
私自身も母親と兄弟を続けて亡くしました。今年で3年になります。日常生活に
支障はありませんが、やはり苦労を掛けた母や、あまり理解をして上げられなかった
兄のことを思い出すと、今でも新しい涙がこみ上げてきますし、なにか美味しいものを
食べたり、楽しいことを体験する度に「私だけこんなに良い思いをしてもいいのか」と
罪悪感に苛まれること...続きを読む

Q親が突然他界してなかなか立ち直れません。

親が突然他界してなかなか立ち直れません。

高齢の母が今年の夏突然他界しました。
母と息子(私)の二人暮らしでした。
以前私は別のところで一人で住んでいましたが、
母が風邪をこじらせ何日も寝込むことがあって以来、
一人暮らしをしている母が心配になってきて同居してました。

父はかなり前に他界してます。父の場合は長年病気で入退院を繰り返して
いたので父が他界したときは心の準備ができていたので
自分でも驚くほど早く立ち直りました。

しかし母の場合、突然倒れて死亡したので心の準備ができておらず
私は時々悲しみで押しつぶされそうになるのです。

母は高齢のわりには元気でしたが、この夏の猛暑の影響もあったようで
突然他界しました。
倒れる前日までは「普通のお婆さん」という感じで
普通に生活していました。

私はできるだけ楽しげに生活して普段はなにげなく仕事したりしてますが
誰もいない家に帰ると
「口では表現できないような喪失感」に襲われ、
これがいったいいつまで続くのだろうかと悩んでいます。

「父も母もいなくなって一人ぼっちになってしまった」
という寂しい気持ちにおしつぶされそうになり
なにをやろうとしても集中できないのです。

いつかこういう日(両親ともに亡くなる日)がくる・・・
と自分で自覚してたつもりですが
自覚が足りなかったのか、気持ちが乱れます。

また母の突然の死後
私の体調も不安定で
不眠や胃腸の不調に悩まされ、クリニックに通ったりもしてますが
「口では表現できないような喪失感」までは治せません。

ただ、自分が幸せだと思えることもあります。
それは今、母に心から「ありがとう」と思えること。
そして私が母を最後まで看取ったことです。

仮に親が元気でも
親子関係が険悪な状態が長期化してたりすると
それは不幸せだと私は思うのです。

また母の死後知ったことですが、
母は周辺の人から評判が良かったことを知りました。
周辺の人からは「心が優しい親切なお母さん」、「真面目で誠実な人」
「年齢を感じさせない若々しいお婆さん」など・・・。

家の中では
母は歳をとってからは
よく私に愚痴を言ったりもして私はウンザリすることもよくありました。
でも今ではそれさえ大切な思い出です。

そのように言われていた母を亡くしたことに
いっそう心が悲しくなるのです。

早く立ち直りたいと思えば思うほど、
何故か自信がなくなってしまい自分が情けなくなるのです。

親や家族を亡くして悲しい思いをしたとき、
人はどうやってその悲しみをのりこえるのでしょうか?

親を亡くすとこんなにも気持ちが乱れ
自分がもろくなるものなのでしょうか。

親が突然他界してなかなか立ち直れません。

高齢の母が今年の夏突然他界しました。
母と息子(私)の二人暮らしでした。
以前私は別のところで一人で住んでいましたが、
母が風邪をこじらせ何日も寝込むことがあって以来、
一人暮らしをしている母が心配になってきて同居してました。

父はかなり前に他界してます。父の場合は長年病気で入退院を繰り返して
いたので父が他界したときは心の準備ができていたので
自分でも驚くほど早く立ち直りました。

しかし母の場合、突然倒れて死亡したので心の準備ができて...続きを読む

Aベストアンサー

無理に悲しみから逃れる事を考えなくて良いと思います。
突然死は誰にも解らぬ事で在り、誰もが受け入れるのに時間が掛かる事です。
時間が解決してくれるのは、理解してるのですから、喪失感・・・良いじゃないですか!
貴女以外、誰も居ない部屋で一人で想い出に浸り、泪しても誰が何を言えるでしょうか?誰が早く立ち直れと言えるでしょうか?誰も言えません!
お母様との想い出に心ゆくまで浸り、悲しみに浸り、喪失感に浸れば良いでは在りませんか。
今の在るが儘が最高の時ですよ、在るが儘の姿が美しい涙であり、心なのですから、もっともっとお母様との想い出話を目に見えない糸電話で会話して下さい。

私の場合は親が突然死では無かったのですが、私が外国で仕事をしていたので、看取る事も無く、葬式すら出る事無く、日本に帰国後、墓参りをした時に親不孝者と悔やみ、嘆いた事を今でも想い出して悲しくなる時が在りますが、不思議に親の残した言葉が、心の中から蘇って来ては懐かしむ事がしばしば今でも在ります。
ただ、辛かったのは、遺品として父親が愛用していた、コーンパイプと万年筆を見た瞬間は男泣きしながら、物凄い喪失感に襲われました。
そして、今でも遺品を見ながら父親と会話をしています。
貴女とは違いますが、無理に忘れる事も無いし、喪失感でも良いじゃないですか!姿が無くても、見えなくても心の会話を一生しましょう。
心がもろく成っても、目に見えない糸電話で母親が支えてくれてるので心配ありません。
永遠の心の糸電話を楽しんで下さい。

無理に悲しみから逃れる事を考えなくて良いと思います。
突然死は誰にも解らぬ事で在り、誰もが受け入れるのに時間が掛かる事です。
時間が解決してくれるのは、理解してるのですから、喪失感・・・良いじゃないですか!
貴女以外、誰も居ない部屋で一人で想い出に浸り、泪しても誰が何を言えるでしょうか?誰が早く立ち直れと言えるでしょうか?誰も言えません!
お母様との想い出に心ゆくまで浸り、悲しみに浸り、喪失感に浸れば良いでは在りませんか。
今の在るが儘が最高の時ですよ、在るが儘の姿が美しい涙で...続きを読む


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