芥川龍之介と彼の作品に魅了されてしまいました!

芥川龍之介の生い立ち、また、資料館等、出来るだけ知りたいです。
どなたか、そのような事が載っているページをご存知の方、教えてください!彼の考え、思想などが載っている物でもかまいません!
過去の質問もいろいろ見たのですが、残念ながら載っていたURLはほとんど現在開く事の出来ないページばかりでした・・・

よろしくお願いします!

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A 回答 (3件)

日本文学全集の冒頭の解説が一番わかりやすいです。


それにしても、「地獄変」の描写や物語の発想がどのようにして
生まれたのかは今もってわかりません。「鼻」にしても、数行の
原典から、どの様にしてあれだけ話を膨らませていくことが出
来たのかなど、わからないことはいっぱい有ります。
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芥川龍之介の一愛読者です。



>芥川龍之介の生い立ち、また、資料館等、出来るだけ知りたいです。

学生さんでしたら、まずは大学の図書館の蔵書目録を検索なさってみてはいかがでしょうか。
他の作家と比較しても、芥川に関する参考文献の量となると桁違いに多いはずですから。
その上で、より詳しく知りたいと思うようになったら、駒場の日本近代文学館にでも赴けば、浩瀚な文献・資料を閲覧することも、閑静な環境の中で思う存分芥川と付き合うこともできます。
9月からは、同館で芥川に関する講演会も開催されるようです。

>残念ながら載っていたURLはほとんど現在開く事の出来ないページばかりでした・・・

そうですね、あまり安易にネット情報に頼るよりは、できるだけ自らの身体を動かし、図書館等に出向き、芥川の作品なり参考文献なりに直接触れてみるようにお勧めいたしたいところです。

なお、「芥川龍之介の生い立ち」には、確かに伝記研究家の猟奇的な興味・関心を惹き付けるところがありますが、ヴァレリーがいみじくも語ったように、ある作家の伝記とはその作品が作り出したものであって、決して伝記が作品を生み出したわけではないと思います。

その意味で、まずは虚心坦懐にテクストと交わり、芥川の世界にのめり込み、作者の手玉に取られ、作中人物と喜怒哀楽を共にすることが一等大切なのでしょうね。

ところで、芥川は一読しただけでは、いかにも知性派の作家のように見えなくはないですが、私には、知性が作品の額縁、フレーム以上の役割を発揮しているとはとても思えませんでしたし、生涯、彼自身持て余し気味だった主観的感慨、抒情的精神に翻弄され続けたのではないかという気がしてなりません。

最後に、私の管見した中で最も興味深かった芥川論を二つ紹介しておきます。
一つは、芥川の自殺直後、まだ学生だった小林秀雄の書いた「芥川龍之介の美神と宿命」、もう一つは、福田恆存「芥川龍之介I・II」でして、これは芥川に対する一種のオマージュですが、同時に出色の芥川論だと思いました。
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この回答へのお礼

ご丁寧に沢山ありがとうございます。
そうですね、図書館には帰国後に出向きたいと思っています。
私はまだ高校生なのですが、いつか文学館にも訪れたいと思っています!何しろ、情報源がインターネットだけなので、いろいろな情報を提供していただいて、うれしいです!
最後に書かれた本も読みたいと思っています。
ありがとうございました!

お礼日時:2009/07/24 17:46

芥川龍之介は 近代の作家であるにも 関わらず その作品は すでに 古典の風格を持っている 希有な作家です。



ただし 彼は 同時代にも 続いた文学者にも 類を見ないくらい 高い 知性があり 教養のある 作家だったため 彼を正当に評価した人は 居なかったと言っていいと思います。そして 現在も居ないとおもいます。

たとえば 一般的には 現代の教養の正当な 本箱と 言って良い 岩波新書にも 関口安義氏の 「芥川龍之介」という本がありますが その本は 芥川龍之介の 文學に ふれた人が うたれた感動の 十分の一も 百分の一も 書き表していないのです。
こういうことも 関口氏の罪とか 岩波書店の怠慢 というよりも それほど 評価の難しい作家だと言う事ではないでしょうか。

また 彼の作品と言えば 初期の 「羅生門」「鼻」「地獄変」「薮の中」などの 王朝シリーズや 「或る阿呆の一生」「西方の人」などなどの 自殺直前のものが 一般的に良く読まれていますが 中期の「雛」や「保吉もの」などにも ぞっとするほどの作品が たくさんあります。

伝記は Wikipedia で十分でしょう。
それよりも 岩波書店から出版されている 「芥川龍之介全集」全24巻
 買うには たかいけれど どこの図書館にもありますから まず 全部読んでみる事をお進めしたいと思います。
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Q芥川龍之介の死後に出た本に、芥川の印が押してありました。誰が押したのでしょう?

先日物置を整理していたらかなり古い本がたくさん出てきて、
芥川龍之介の羅生門がありました。

昭和27年に発行された本で、初版でした。
本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所に、
小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました。

芥川龍之介は昭和元年に亡くなっているそうなのですが、
この印は誰が押したものと考えられるのでしょうか。

Aベストアンサー

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと、印税の関係です。検印の数分だけ印税を出版社が支払と云う訳です。又、「検」印ですから著者に無断で発行したものではないと云う証にもなります。

さて、著者が物故してしまうとどうなるのでしょう。著者が没後も一定期間(当時は30年だったはず、現在は50年)印税を貰えます。これは著者の遺産ですから、相続をした人(遺族)が貰えます。この貰える人を著作権継承者と云います。継承者は著者の遺産を相続した訳なので、出版をしても良いとか、無断で出版しているものを法的に差し止める権利があります。
長くなりましたが、検印は多分、著作権継承者かその指示で出版社が捺したのでしょう。昭和27年と云えば、昭和2年元旦を起点として(物故の翌年の元旦を起点とする)26年ですから未だ著作権は残存していたと思われます。

尚、最近は印刷部数が膨大になりとても一つ一つ判子を捺していられない所為もあり、検印を行う例は珍しくなりました。

話が煩雑になるので、版権を著者が譲渡した場合などは省略してあります。
又、著作権継承者は作品毎ではなく、纏めてなようです。

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと...続きを読む

Q芥川龍之介のように凝った文体の作家

芥川龍之介、中島敦のように凝った文体の作家は他にいますか?
いたら作家名と代表作を教えてください。
できれば現代作家がよいのですが、古い作家でも構いません。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.1です。
>一字一句に意味があって省略できないような作品
となるとほとんどの明治・大正の作家が該当すると思いますが、例えば森鴎外、尾崎紅葉、志賀直哉。
比較的新しいところでは、言葉遣いに凝っているなら三島由紀夫。「山月記」「名人伝」「杜子春」など中国物がお好きなら(初期の)宮城谷昌光。

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http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこの局所へ逢着した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「盗人ぬすびとになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。

>>下人は、頸をちぢめながら、山吹の汗袗に重ねた、紺の襖の肩を高くして門のまわりを見まわした。

①「この「すれば」のかたをつけるために」
②「その後に来る可き」
③「紺の襖の肩を高くして」
というところの意味を、教えて下さい。
よろしくお願いします。

青空文庫の芥川龍之介の「羅生門」を読んでいる外国人です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/127_15260.html

わからないところがあるので、質問します。

>>どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない。選んでいれば、築土ついじの下か、道ばたの土の上で、饑死うえじにをするばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊ていかいした揚句あげくに、やっとこ...続きを読む

Aベストアンサー

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と思いつつも、盗人になる決心がつかないようですね。

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しかし、盗人になるより仕方がないのを「積極的に肯定するだけの勇気がない」ので、手段を選ばないと「すれば」という段階に あえて止まっているといえます。

この「選ばないとすれば」というのは、どういう意味でしょうか。これは、他にいい手段がある「かもしれない」という希望だといえるでしょう。

しかし手段はないのです。「とすれば」はありません。すがりつく希望はないのです。

「かたをつける」とは、「盗人になるのを積極的に肯定する勇気をもつ」ことで、その希望を切り捨てることを意味しています。

まず、下人の思考の流れを押さえましょう。

①「どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいる遑はない」
②「手段を選ばないとすれば」
③「盗人になるより仕方がない」
ということですね。

「当然、その後にくる可き(べき)…」というのは、②の後に③となるのは自然な結論だ、というような意味です。

しかし、下人は「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを「積極的に肯定するだけの、勇気が出」ないのです。そのために、「すれば」のかたがつかないのです。

下人は、「仕方がない」と...続きを読む

Q芥川龍之介について

今レポートを書いている途中なのですが・・・・・
芥川龍之介についてのものです・・・・いろいろ調べてはいるのです似た様な物ばかりでして・・・・
もし、何か特別に知っている!経歴や生まれについて、その他家族等
芥川竜之介についてどうな事でもよいので教えて下さい!!

Aベストアンサー

回答ではありませんが、
私が青春時代に読んだ本の中で一番感動した本は芥川龍之介の「奉教人の死」です。
余計なことでしたか、

Q芥川龍之介の卒論について

私は卒業論文で芥川について書きたいと思っています。
ですが芥川で書きたいというざっくりとした考えだけで、何について書こうか全く思いつきません。
個人的に自殺のことを入れたいと思っているのですが、それを入れるにはやはり彼の生涯を論文にする以外ないのでしょうか…。
アドバイスなどくだされば嬉しいです!

Aベストアンサー

 というよりも、先ずは『芥川』の作品を読むことから始めるべきでしょうね。全集を入手し、創作と評論それぞれを時系列的に整理する。例えば漱石や鷗外に関して、スタンスがどう変化しているかなども材料にはなるでしょう。
 作風も変化しているはずです。刊行されている評論や論文は参考にはなっても、その引き写し的な形では何の意味もありません。『侏儒の言葉』や『続・侏儒の言葉』そして『西方の人』や『続・西方の人』は末期の作品です。そこに鏤められている言葉の数々から、貴方は「芥川のどの様な思索の足跡」を読みそして感じますか?。
 「論文の書き方のお作法」を学ぶことが目的であるとしても形式的に論文ですから、立論の根拠となるモノと立論の正当性を裏打ちする検証方法も求められます。


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