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すみません。ド素人です。

質問タイトルです。以前は分かっていたつもりでした。
最近(?)だいぶボケてきたのか「分かっていた」内容がでてきません。

多分、「分かっていなかった」というのが正しいのかも(泣)。

どなたか訳知りの方で、ボケた頭にも分かるように「解説」していただけませんか?(頂いた「解説」自体が理解できないという可能性大ですから、かなり「手加減」をお願いします)

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A 回答 (5件)

私も芸術方面は素人ですが、同様のテーマについて少しは考えたことがあります。



まず、ご存じのこととは思いますが、「すべての芸術は音楽の状態にあこがれる」はW. Paterの『ルネサンス』(ジョルジョーネ派)からの引用(All art constanly aspires towards the condition of music.)ですよね。

もっとも、その起源はショーペンハウアーにあるようでして、彼は「(音楽は)現象によるのでなしにそれ自体に従つて、いわば現象の最も内奥のたましいを、身体なしに表現する」(『意思の表象としての世界』)と語っています。

要するに、音楽だけが、他の芸術のように、何かの媒体(「現象」、「身体」)の助力を仰がずともく、それ自体で《媒体=本質》たりうるということではないでしょうか。
ところが、他の芸術においては、たとえば言語を媒体とする詩の場合、どうしても辞書的に規定された概念(語義)の制約や束縛を免れることはできませんよね。
この限りにおいて、やはり音楽の方が、詩に較べてより純度の高い芸術であると言わざるをえないのではないでしょうか。

なお、ニーチェにいたっては、「音楽にくらべれば、むしろあらゆる現象は比喩にすぎない」(『悲劇の誕生』)とまで言い切っておりますから、昔から、音楽は狭義の芸術の根源であるどころか、世界の究極の相それ自体を体現している、とさえ考えられてきたのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

かどわかしさん、回答をありがとうございます。

そうでした!『ルネサンス』でしたよね。私の錆びた脳みそはいつの頃からかこのことばは「哲学は…」と勝手に変換していて、思い出しては「?」となっていました。多分、おっしゃるところのショーペンハウアーと被っていたのでしょう。さいわい日本語訳もあるようなので探して読んでみますね。

媒体=本質

理想的ですね。

お礼日時:2009/08/04 16:54

視覚を使わないから。

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この回答へのお礼

らてすさん、回答をありがとうござます。

簡潔でいいですね。でも「簡潔すぎてものたりません」というのは少し贅沢でしょうか。せっかく哲学カテなんだし…。

お礼日時:2009/08/04 17:06

 言語で理解しているか、言葉に出来なくても本質的に把握しているかの違いはありますが、このような場 あるいは書物など文字を使わなければならないケースにおいては、西洋人の理性、論理性が優れていると言えるわけです。



 例えば文学作品における詩的な表現は、同じような感性を持った人であれば感応できるが、そうでない人にとっては何を言っているのか全く理解できないわけです。

 今の文明社会において、計画、合理性、理論を備えた西洋社会と西洋人のほうが優れていると 憧れ、なんとなく 感じるなら、やはり理由があるのです。

 過去と未来があるとか仮定し、人間は未来に進むべきものだと 主張するなら、やはり西洋人のほうが優れているのです。
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この回答へのお礼

おうるしぷさん、再びの回答ありがとうございます。

>西洋人の理性、論理性が優れていると言えるわけです。

西洋の土俵の上ではそうでしょうね。そして西洋有利は多分、西洋において産業革命と大量生産が起こり、世界中の富が一時期西洋に集中した結果でしょうね。

>今の文明社会において、計画、合理性、理論を備えた西洋社会と西洋人のほうが優れている

のは歴史からみて西洋諸国が自国に有利な関係を永続化しようと目論見、その路線を固定化しよと躍起になってきた結果でしょうね。つまり発展途上国はいつまでも途上国のままという構図ですね。

それでも、とわたしなぞは思います。

闘争を避け共存を目指す東洋的志向もいいもんだ、と。

お礼日時:2009/08/04 17:04

それはそうでしょう。

ショーペンハウアーやニーチェなど西洋人がそんなことを言い出すより遥か以前に、日本人はそのことにとっくに気が付いていました。平安時代、『源氏物語』よりも前に出来た長編物語『うつほ物語』によると、琴の響きは天地を揺るがし、季節でもないのに空には霰が降り、星はさわぎ、瑞雲が棚引き、地上の楽の音はすべて消え失せ、琴の響きのみが澄みわたる。あげくには天上界から菩薩や天子も舞い降りて来て賛嘆するそうです。

以下にその一部を抜粋しておきます。

俊蔭、「せた風」を賜りて、いささか掻き鳴らして、大曲一つを弾くに、おとどの上の瓦、砕けて花のごとく散る。今一仕うまつるに、六月中の十日のほどに、雪、衾のごとく凝りて降る。

、、、何心なく掻き鳴らすに、天地揺すりて響く。

涼は、弥行が琴を、少しねたう仕うまつるに、雲の上より響き、地の下より響み、風 雲動きて、月 星騒ぐ。礫のようなる氷降り、雷鳴り閃く。雪、衾のごと凝りて、降るすなわち消えぬ。、、、天人、下りて舞ふ。

これだけの奇瑞の起こる芸術は他にあるでしょうか。あらゆる芸術が音楽のこの状態にあこがれなくて何にあこがれるというのでしょうか。

西洋人の言ったことに感心するのもいいですが、ときどきは自分たち日本人の先人達が言ったことにも耳を傾けてみて、場合によっては西洋人達にそれを教えてあげられるようになりたいものですね。
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この回答へのお礼

ちょとつさん、回答をありがとうございます。

我が邦の優れた文化にはなかなか目がいかないものですね。

宗教が教え(ことば)だけでなく音楽(だれにでも分かる)を活用するのも分かりますね。特にキリスト教の荘厳なミサ曲はこの世のものではないものを感じさせます。

またちょくちょくお教えください。

お礼日時:2009/08/04 16:58

 はい、哲学の玄人より、素人のほうが素直なアタマの良さがあると思われますので安心してください。



 GONTITIの、 GRAVITY LOVES TIME――重力は時間に恋してる―― というアルバムがありますが、関係ないかな...

 音楽は、空間を持たず、時間の進行による表現方法だということで、物質ではなく、実体を持たないがゆえに、最もダイナミックで、自由な芸術ですね。
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この回答へのお礼

おうるしぷさん、回答をありがとうございます。

音楽は不思議な特権的な芸術ですよね。

無媒介

作曲する天才、民族の心性に合致した旋律をつくる無名の作者。いずれも「天の恵み」と思わずにはいられません。

お礼日時:2009/08/04 16:49

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