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 数年前の事ですが、亭主を亡くしたばかりの婦人のところに、いくつもの宗教団体から勧誘がありました。
 その婦人は、地域の顔役の様な人で、非常に交際の広い人だったので、ずいぶん何人もの人が、勧誘に訪れました。
 そして結局その婦人は、勧誘に来てくれた10近い、全ての宗教団体に、入会してしまいました。

 身近な人だったので、複数の宗教に入信というのは、おかしいのではないか、と詰問すると、「みんな、私のために、私を思って、来てくれたのだから、お断りできない。」というのです。

 それはそれで、確かに一つの理屈ではありました。

 毎日のように訪れる、先輩会員に倣って、手のひらを胸の前で合わせたり、握った手を上下に振ったり、頭に手をかざしたり、お経かなにか分かりませんが、ゴニョゴニョ言ってたりしました。

 身近な彼女が、非常に遠い人に見えました。

 彼女は、本当に入信したと言えるのでしょうか?
 また、彼女の様な例は、外にもあるものでしょうか?

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A 回答 (7件)

彼女にとっての旦那さんを失った後の自分の人生の見出し方、離別の意味づけ方が必要だった。


そういう部分ではご自身が選択した部分も勿論ある。
ただ客観的に見たら、冷静な判断は難しい。
それに何かに縋りたくなる条件は整ってる。
尚且つ自分の為を思う気持ちを成り立たせる為の選択としての入信。
勿論形としてはその宗教に関わる誓いを立てた事は確か。
ただ複数のモノにそれぞれ関わる時点で、それはある意味彼女側の整理の問題であってね。これからそういう宗教と共に歩むかどうかは分からないと。ただ、今の過渡期はそういう形で自分を一人にしない人たちの支えも感じながら生きていこう位の気持ちだったのかもしれませんよね。深くは入り込んでないと思います。
今をどう生きるかという意味で少し足元が不安定な時にそういう形での自己再生もありなのかもしれないという気持ち。
貴方が感じてた身近な彼女の部分はおそらく失われていないと思いますよ。今は当時とは違う関わり方になっている可能性も高いですしね☆
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

もやもや 見え隠れしていたものが 明るくなり 何か見えたような気がしました。

得心しました。

あなたの言う事が全てではないと思いますが 彼女の心持ちの 大半は そのようであったのかと、思いを新たにいたしました。

感謝申し上げます。

お礼日時:2009/08/02 15:32

日本の宗教観の特殊なところの一つに、複数の神様(宗教)を信仰してもおかしくないというのがあります。


元々多くの日本人は神道と仏教の両方がベースになっています。
この時点で複数の宗教を信仰していることになります。
だから神社もお寺も行くし除夜の鐘も聞くし初詣をします。
いまはこかにもクリスマスやハロウィンやさまざまな宗教行事をやっていますよね。

日本の神様の多くは自分だけを信じろなんていうケチ臭い神様じゃないです。
元は外国の神様でも日本に来てしまうとそういう性質になります。
なので複数の宗教に入信するのは、その宗教が禁止していない限り問題ないし、特別のことじゃないですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

難でもありという事なんでしょうか?

現実はその通りですが。

お礼日時:2009/08/15 13:51

そもそも勧誘してくるような宗教の目的は・・



>身近な彼女が、非常に遠い人に見えました。
私もそう思うかもしれない。

>彼女は、本当に入信したと言えるのでしょうか?
何を以って入信とするかは人それぞれですが、名前が入っているのだから形としては入信している事になると思う。

>彼女の様な例は、外にもあるものでしょうか?
あると思う。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

4の人に 回答した様な事例もありますので 少し困惑しているのです。

どうもありがとう。

お礼日時:2009/08/15 13:48

他人の心の内を詮索しても仕方がない・・と思いますが。


それこそ信教の自由です。
何を信じようと、どれだけ信じようと、あるいは何も信じなかろうと、少なくとも日本では保証されているのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

そりゃあそうなんです、しかし。

お礼日時:2009/08/15 13:46

参考までに。



日本国内の各宗教法人が、「うちの信者さんはこれだけ人数いますよ」という報告を出しているのですが、
それを合計すると、日本の総人口の5倍くらいになります。
つまり、意識してにしろ無意識にしろ、「宗教をかけもち」している人は少なからずいる。という事ですね。

個人的に何か宗教を信じていても、実家は**宗のお寺の檀家で自分も信者の頭数に入ってる。なんてことはよくある話でして。

その女性の宗教の捉えかたが、あまり厳密ではなく、「この神様を信じると幸せになれます!!」みたいな観念があり入信しているのではなくて、
「自分を励ましてくれようとする人の気持ちに賛同したい」という気持ちで入信しているのでは?
別に、それはそれでいいと思いますよ。
その事によって、高額の寄付をたかられたりとかしないならね。

自分にとっては宗教や信仰は「心の中に『良心』を持つこと」と思っていますので、
その女性にとっても良心は、「自分を心配してくれる人たちを落胆させたくない」という事なのだと理解します。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なるほど 総人口の5倍の 宗教信者が おられるというのは 面白いご指摘です。

しかしながら 自分の意志で 入会した宗教法人が 10近いもしくは それ以上というのは 少し多いかなーと思います。

参考までに
身近に 父をごく普通に弔った後で 母親が ある新興宗教団体に 入会して 信者専用の 墓地に葬った人がいるのです。 その家では 父親と母親の墓が 離婚した訳ではないのに 別々です。
子供たちは お盆お彼岸の旅に 面倒くさいと 言っています。
という例も あるのです。

お礼日時:2009/08/15 13:45

>彼女は、本当に入信したと言えるのでしょうか?


登録上は会員ですが信仰の自由なんで何と言えません。

>女の様な例は、外にもあるものでしょうか?
わたしの亡母ですね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

時間が経っていて 申し訳ありませんが お母様の 場合 その後 どうなったか 差し支えない範囲で お教え願えますか?

お礼日時:2009/08/14 04:01

>彼女は、本当に入信したと言えるのでしょうか?



彼女自身が、それでも本当に入信していると変わらなければ、彼女にとっては、本当に入信していることになるでしょう。

宗教団体側がそれでも本当に入信していることであれば、それでも本当に入信していることになるでしょう。

また、他人から見たらそれでも、本当に入信していることに変わりないと思う人は、本当に入信していると思うでしょう。


宗教というものは、科学的に証明され尽くしたものでなく、その哲学性や結果論、可能性により信じてみようと思うものだと思います。
あるいは、自己実現、自己目標実現のため環境で、
そこで自己実現や事故目標実現のためにあるかと思います。

または、社会的体裁や社会的都合上、特定の環境下において、入った方が何かとことが上手く運ぶというために入っている人もいるかと思います。


何が言いたいかといえば、入信する目的や意味は人それぞれだと思います。それを他人の価値観でどうこう言っていいものか考えるところです。

>身近な彼女が、非常に遠い人に見えました。
質問者さんがどう捉えたかは解りませんが、根が定まらない、八方美人的な生き方になんか、幻滅したのではないかと思います。

私の偏見かもしれませんが、日本という国、特に都市部において、世間に考えた場合、特定の宗教に入るということは、人生や生活の軸心的なものにすることであり、宗教の人生観が生活に現れることなので、いくつもの宗教に入ることは、理解し難いと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

あなたのお話は もっともで 分かりやすいのですが
その人が 身近な人で できれば理解し合っていたほうが良い
はずの関係なのです。

しかし 分かりやすく教えていただき ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/04 03:48

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