新規無料会員登録で1000名様に電子コミック1000円分が当たる!!

日本のミュージカルの起源を調べています。
外国ミュージカルとの関連や、どのように日本にミュージカルというジャンルが生まれたのかなどを教えてください!!

出来れば日本に影響を与えた外国ミュージカルなども教えていただければ嬉しいです。

↑上のことが載っているサイトの紹介でもかまいません。

説明へたくてごめんなさい;;

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (4件)

宝塚少女歌劇団以前から、ミュージカルは存在したと思いますが、ごめんなさい、それ以前の作品については分からないです。



■1912年 宝塚歌劇団は、『ドンブラコ』他2作品で幕を開けました。
当時は、『宝塚少女歌劇団』といい、名前の通り出演は子供でした。

■1963年 日本で始めて海外ミュージカルが上演されたのは、東宝の『マイ・フェア・レディ』でした。

■1964年 ストレートプレイ(お芝居)専門だった劇団四季が、供向けの舞台『はだかの王様』からミュージカルを製作するようになりました。

■1973年 劇団四季が海外ミュージカルを始めて上演したのは『イエス・キリスト=スーパースター』(現『ジーザス・クライスト=スーパースター』です。厳密にはその前に『アプローズ』という作品を上演していますが、主役は劇団四季ではありませんでした。)

■1974年 宝塚で『ベルサイユのばら』の上演。『ベルばら』ブームが巻き起こり、「宝塚といえば『ベルばら』」として知られるようになりました。

■1983年 劇団四季で『キャッツ』が上演されました。すでにhinebotさんがご回答になっていますが、大々的な広告やテレビの力によって、
それまでミュージカルを知らなかった人たちにも『キャッツ』という名前が知られるようになりました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

詳しく教えていただき助かりました。
これをもとにもっと自分で調べていきますね。

お礼日時:2009/08/05 23:47

はじめまして、こんにちは。



日本ミュージカルの歴史雑談でございます。
大正時代に、
浅草オペラやオペレッタが大変流行いたしました。
この頃から、日本人は、歌や踊りがあるお芝居が大好きだったようです。

また、
日本最初の新劇女優と言われる、松井須磨子が
トルストイ作「復活」の劇中で唄った「カチューシャの唄」のレコードが2万枚以上の大ヒットを記録いたしました。

少女歌劇団としては、宝塚歌劇団が一番有名で現在まで存続しています。
が、昭和初期には、いろいろな少女歌劇団がたくさん存在しました。
戦後まで残ったものに、東京の松竹歌劇団(SKD)がありまして、1996年に解散しました。

戦中戦後にかけて、エノケンらボードビリアンたちが、唄や踊りの入った喜劇映画を盛んに作っています。
タイトルで覚えているのは「歌う狸御殿」
この頃の喜劇人らは、たしなみとして、歌やタップダンスを身に付けていました。
この頃活躍した喜劇人の中では、亡くなりましたが、益田 喜頓さんが、後に東宝ミュージカルの「屋根の上のヴァイオリン弾き」の司祭役で欠かせない方でした。

また、戦後の映画「社長シリーズ」で人気を博した、森繁久彌さんが「屋根の上のヴァイオリン弾き」の初代テヴィエ役で、上演回数900回。噂ですが、森繁久彌さんのテヴィエは、時々突然舞台上で台本にないセリフをとうとうとしゃべり出し、またそれが面白くて観客に受け、共演者は毎回緊張の連続だったそうです。

ミュージカルにあたるかちょっと疑問ですが、
日劇ミュージックホール
の存在も忘れてはならないでしょう。

雑談でした。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

いろいろなことを教えていただきありがとうございます!
参考になりました!

お礼日時:2009/08/11 14:08

日本の本格的なブロードウェイミュージカルは東宝ミュージカルの


「マイフェアレディ」1963です。
 映画会社が好調な時の東宝が総力を挙げてミュージカルに進出した
作品です。音楽劇的な映画は数々ありましたが舞台にした最初の作品になります。東宝スターの高嶋忠夫さん(ヒギンス、高嶋兄弟のお父さん)と江利チエミ(イライザ、高倉健さんの元妻 美空ひばりさんと雪村いずみさんとで3人娘といわれた歌手で映画スター)が演じました。
 東宝はその後 「王様と私)65「サウンドオブミュージッック」65「屋根の上のヴァイオリン弾き」67「ラマンチャの男」69と続きました。 ミュージカルといえば東宝ミュージカルしかなかった全盛期と思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

マイフェアレディですか!
参考になりました!

お礼日時:2009/08/11 14:08

私もそんなに詳しくは知りませんが。



影響を与えた外国ミュージカルとして、忘れてならないのが劇団四季の「キャッツ」です。
この「キャッツ」によって、年単位のロングラン公演が実現したことと、チケットぴあの立ち上げも行われています。(コンピュータによるチケット管理システムが誕生したのがこの時だそうです。)
それから今年11周年になる「ライオンキング」は、同一劇場での日本のロングラン記録の第一位であり、影響を与えた作品と言えるのではないでしょうか。

その劇団四季のミュージカル公演の原点と言っているのが「ジーザス・クライスト=スーパースター」と「ウェストサイド物語」だそうです。

あと、日本のミュージカルの歴史を考える場合、宝塚歌劇団の歴史も参考になるのではないでしょうか。

以上、ご参考になれば幸いです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます!

やっぱり「キャッツ」や「ライオンキング」は影響力の大きいミュージカルなんですね!
宝塚のほうも調べてみます!

お礼日時:2009/08/05 23:43

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qミュージカル、海外と日本のレベル差について

ミュージカルにおいて、海外と日本とでは、”レベル差”と申しますか、日本より海外の方が高い・低い・・そういうものはあるんでしょうか?最終的には個人の好き好きとなってしまうのかもしれませんが。。

ちなみに私は先日、大阪のオペラ座の怪人・劇団四季を拝見しましたが、とても素晴らしいと思いました。海外のミュージカルは、これを凌駕するものなのでしょうか?だとすれば、具体的にどのあたり(演技、照明、舞台、演出etc)でしょうか。国によっても違うと思いますので、その場合は国や地域の名称も同時に記載お願い致します。

Aベストアンサー

他の回答者の方が答えておられるように、海外と言っても国によって差があります。
ブロードウェイは確かにダンス、歌、芝居のほか、上演数なども多く、最近は疲弊しているとも言われていますが高いレベルを保っていると思います。初めてNYに行った時「凄い!下手な人が誰もいない…」とびっくりしました。
ウエストエンドはそれに続く(もしくは匹敵する)クオリティだと思います。が、ライオンキングなどは役者のコンディションが整わず、キリンが一匹しか出ないことが多い…と客席で売り子をしていた人から聞いたことがありますが。ただ、同時上演演目数や、数々の名作を生み出したことからもやはり力を持っている土地だと思います。
海外の方がレベルが高いのは、身体能力と原語であることが大きいと思います。
外国の人は歌もいい声が出ますし、ダンスも大きく見えます。歌詞も翻訳していないので不自然に見えないことも大きいでしょう。
また、消防法などの関係で日本では創ることのできない舞台美術を組むこともできます。例えば、来日版エリザベートが今年上演されましたが、日本では再現できないセットなどもかなりあったと聞きました(私はウィーンでは見ましたが大阪公演は見ていません。大阪公演のセットを作った人の話です)。
また、ウィーンミュージカルは役者の歌唱力が物凄く高いと感じました。また、照明や舞台など、スタッフのレベルもかなり高かったです。幕や機構などの操作のタイミングやライティングのテクニックはかなり高かったです。が、オペラのように毎日違う演目をする舞台では、照明がソリストを追っかけ切れていなかったり、セットの上に緞帳が下りてきたり…、ということもありました。やはりロングラン公演を打っているところは、ステージスタッフもそれなりの実力を持っているのだと思います(これは劇団四季にも当てはまります)。
一方、同じドイツ語圏で同じ演目をやっていても、ドイツはミュージカルのレベルは高くありません。日本より劣るように感じました。役者の実力だけでなく、音響などのスタッフのレベルでもそう感じました。但し、ドイツはブレヒトなどのストレートプレイでは凄い実力を発揮します。お国柄なんでしょうね。

他の回答者の方が答えておられるように、海外と言っても国によって差があります。
ブロードウェイは確かにダンス、歌、芝居のほか、上演数なども多く、最近は疲弊しているとも言われていますが高いレベルを保っていると思います。初めてNYに行った時「凄い!下手な人が誰もいない…」とびっくりしました。
ウエストエンドはそれに続く(もしくは匹敵する)クオリティだと思います。が、ライオンキングなどは役者のコンディションが整わず、キリンが一匹しか出ないことが多い…と客席で売り子をしていた人から聞い...続きを読む

Q日本で最初のミュージカルは?

日本で最初のミュージカルはなんというタイトルでしょうか。
映画では、李香蘭の「私の鶯」1943年でしょうか?
舞台ではどうでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

広義的な意味でのミュージカル(歌唱によって物語が進行する)で言えば能・狂言・歌舞伎もミュージカルかもしれません。

日本古来の邦楽ではなく、西洋音楽(※注)を使ったものに限定すれば宝塚歌劇団の第一回公演『ドンブラコ(1914年)』が日本初のミュージカルになるかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B3
宝塚には『日本初のレビューを上演』という記録はありますが、日本初のミュージカルを上演したという記録がないのでなんともいえませんが…。

宝塚より前の明治時代には、歌舞伎から分派した新劇・新派劇などがあります。これらはヨーロッパの演劇に影響されていますが、ストレートプレイ(歌唱がない芝居のみの作品)かミュージカルであるかははっきり分かりません。

映画では『マダムと女房(1931年)』が日本初のトーキー&ミュージカル映画として記録が残っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A0%E3%81%A8%E5%A5%B3%E6%88%BF


※注:西洋音楽というのは“楽譜的に西洋式な音楽”ということです。演歌も日本童謡も歌詞の内容は日本人特有のものですが、西洋音楽の部類に入ります。

広義的な意味でのミュージカル(歌唱によって物語が進行する)で言えば能・狂言・歌舞伎もミュージカルかもしれません。

日本古来の邦楽ではなく、西洋音楽(※注)を使ったものに限定すれば宝塚歌劇団の第一回公演『ドンブラコ(1914年)』が日本初のミュージカルになるかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B3
宝塚には『日本初のレビューを上演』という記録はありますが、日本初のミュージカルを上演したという記録がないのでなんともいえませんが…...続きを読む

Qミュージカル作品について卒業論文を書きます。役に立つ資料が閲覧できる場所は?

今週末に早稲田大学の演劇博物館と、国立美術館付属のフィルムセンターに行きます。
ミュージカルについての資料は映画などに比べると少なく手に入りにくいと思うのですが、他に参考になるような資料を閲覧できるところがあれば教えていただけますか?

Aベストアンサー

 ミュージカルについてのサイトは意外なほど少ないようですが、書籍としてはこれまでかなり沢山読みました。今蔵書の中に手持ちがないことから、具体的にこの本....とご紹介できないのがもどかしいのですが、いろいろありますから図書館などでお調べください。

 また、東京にお住まいでしたら、神田神保町の古本屋街にはこうしたジャンルの古本を扱っているお店がニ三軒ありますからぜひのぞいて見てください。

 ミュージカルを語る場合、やはりその原点にあるオペラ、オペレッタ、フォーリーズ、そして、最初は黒人たちが中心となって始め、やがて白人たちがそれを真似たというミーンストレルショーといったものからその発展の様を訪ねて行くということになるのでしょう。

 元々はブロードウェイあたりの舞台として発達したものが、やがては映画のひとつのジャンルとして、アメリカならではの華麗なスタイルをあますところなく発揮していったミュージカル。

 そして、最盛期といえば、やはりオスカー・ハマーシュタインとリチャード・ロジャーズがコンビを組んで生み出した素晴らしい作品の数々。
 舞台そして映画にと大変なロングランを続けながら、それでも興行収益が減らなかったと言われる名作ばかり、これらは絶対に欠かせないものだと思います。むしろ、わたくしなら、このあたりの隆盛期を中心としてその前後を検証してみたい思いがするくらいです。
 「王様と私」「回転木馬」「南太平洋」「オクラホマ」などはその代表作ですし、これらの作品を通して見ると、最初の作品では舞台そのままの映画化の姿が見られるものの、やがてロケを導入していく、そうした変遷を見るだけでも、もうそれだけでミュージカルの歴史が分るような気がします。

 また、彼らの作品はもちろんのこと、それ以前の作品にも共通するものとして、ただ華麗なだけでなく、その背後に米国民の愛国心やプライドを高揚させるための国策といったものも垣間見える、そんなところにもご注目ください。

 また、ミュージカルの作品にはそれぞれ原作がありますが、「ザ・サウンド・オヴ・ミュージック」の原作は映画「菩提樹」と同じであったり、アメリカのメイン州を舞台とした「回転木馬」などは、実はブダペストが舞台として書かれたモリエール(だったかな)の「リリオム」であったり、かの有名な「マイ・フェア・レディ」の原作にしても有名なあの「ピグマリオン」であったりと、その意外性とアレンジの巧みさにもご注目なさるとご考証に厚みが増すことと思います。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/ミュージカル

 ミュージカルについてのサイトは意外なほど少ないようですが、書籍としてはこれまでかなり沢山読みました。今蔵書の中に手持ちがないことから、具体的にこの本....とご紹介できないのがもどかしいのですが、いろいろありますから図書館などでお調べください。

 また、東京にお住まいでしたら、神田神保町の古本屋街にはこうしたジャンルの古本を扱っているお店がニ三軒ありますからぜひのぞいて見てください。

 ミュージカルを語る場合、やはりその原点にあるオペラ、オペレッタ、フォーリーズ、そして...続きを読む

Qミュージカルとは何?

題名の通りミュージカルって何ですか?
ダンスがあって、歌があって、、って言うのはなんとなく分かるのですが、、、、
どんな要素を含むものがミュージカルなのですか?

Aベストアンサー

こんにちわ

わたしは新しい作品には疎いのですが、アメリカのミュージカルがニューヨークのブロードウエイからカリフォルニアのハリウッド映画に移ったころの作品が大好きなファンの一人です。
(タップダンスとジャズが好きなので,この辺の時代のことしか知らないんですが許してくださいね)

ダンスがあって、歌があって、、って言う劇の最初はギリシャやローマの時代にさかのぼるらしいですが、ミュージカルに一番近い形で古いのはヨーロッパのクラシック音楽から来たオペレッタ(ちいさな田舎のオペラ)のようです。

ミュージカルっていうようになったのは、アメリカで流行音楽の歌と踊りと劇がまざった娯楽になってからみたいです。

ミュージカルの定義というと、やはり英語の名前ですので、英語圏の国で出来たスタイルのことになると思います。
使われる音楽はクラシック音楽ではなくて、流行ポピュラー音楽になると思います。
ダンスの種類もクラシックバレエではなくて、昔ならタップダンスだったし最近の作品だとブレイクダンスなどの流行スタイルの踊りになると思います。
演目については、古典名作でなくて、書き下ろしの新作物語になると思います。
(むかし書かれたミュージカル作品の再演というのももちろんありですが、「初演当時は新作」だった、ということで考えればよさそうです)

レコードやラジオやテレビが普及してからは、ヒット曲というとレコードで発売されたものがヒットになりましたが、そういうものがなかった頃はいろんな街へ巡業で演じられたミュージカルの舞台で歌われた歌がヒット曲となりました。
その後も、少しではありますが映画や舞台のミュージカルからヒット曲が出つづけてくれているのはうれしいことですね♪

こんにちわ

わたしは新しい作品には疎いのですが、アメリカのミュージカルがニューヨークのブロードウエイからカリフォルニアのハリウッド映画に移ったころの作品が大好きなファンの一人です。
(タップダンスとジャズが好きなので,この辺の時代のことしか知らないんですが許してくださいね)

ダンスがあって、歌があって、、って言う劇の最初はギリシャやローマの時代にさかのぼるらしいですが、ミュージカルに一番近い形で古いのはヨーロッパのクラシック音楽から来たオペレッタ(ちいさな田舎のオペラ)...続きを読む

Q歌劇とミュージカルとオペラの関係等教えて

歌劇もミュージカルもオペラも同じようなものですか。違うのならどこが違うのか教えてくれませんか。また、パリのオペラ座はバレーばっかりやってるイメージあるのですが、オペラもやってるのでしょうか。オペラもやってるならミュージカルのオペラ座の怪人もやるかも知れないのでしょうか。

Aベストアンサー

『歌劇』とは、本来『opera』を差します。
『musical』を日本語にすると『喜歌劇』です。
ミュージカルはコミックオペラが原型で、当初はほとんど喜劇だけだったため、
このように使い分けられていたのだとおもいます。

ですが、宝塚歌劇団のようにミュージカルでも『歌劇』と使うことがあります。
現在では『ミュージカル』の悲劇も多くなってきました。
そのため、『ミュージカル』を『歌劇』と訳したほうが適当と思われます。

 オペラとミュージカルの違い。
声の出し方が違います。
また、オペラはマイク使用不可なのに対して、ミュージカルは使用可能です。
オペラは歌が必須ですが、ミュージカルは歌がなくてもいいのです。
(『マッスルミュージカル』や『コンタクト』がその例です)

 パリのガルニエ・オペラ座ですが、一時期バレエのみが上演されていましたが、
再びオペラも上演されるようになりました。
ミュージカルを上演することはまずありえません。
イギリスを除いて、ヨーロッパは、ミュージカル見下す風潮があります。
ガルニエ・オペラ座は大変伝統を重んじるため上演を許可しないと思われます。

 作曲家のアンドリュー・ロイド・ウェッバーが、
ガルニエ・オペラ座で『オペラ座の怪人』を上演するのを希望しているが、
断られたと聞いたことがあります。
あくまでうわさですので、本当かどうかは不明です。


(『オペラ座の怪人』をオペラ座で観られたら素敵でしょうねー。)

『歌劇』とは、本来『opera』を差します。
『musical』を日本語にすると『喜歌劇』です。
ミュージカルはコミックオペラが原型で、当初はほとんど喜劇だけだったため、
このように使い分けられていたのだとおもいます。

ですが、宝塚歌劇団のようにミュージカルでも『歌劇』と使うことがあります。
現在では『ミュージカル』の悲劇も多くなってきました。
そのため、『ミュージカル』を『歌劇』と訳したほうが適当と思われます。

 オペラとミュージカルの違い。
声の出し方が違います。
また、オペ...続きを読む

Qオペラとミュージカルの違いはなに?

主題の通りです。

オペラとミュージカルは同じように思えるのですが、定義ではどう区分しているのですか。
ご存知の方、よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

オペラとは19世紀ヨーロッパに端を発する歌劇のことで、通常は生オーケストラと歌い手(ソリスト)と作品によっては合唱を含み、音響装置やマイクといった現代設備を一切用いずに作曲者の作った物語を歌と身振り手振りで表現する総合芸術です。
これに対しミュージカルとは、オペラを現代風に発展させ、派手な踊りや歌で脚本の内容を再現しますので、脚本家、演出家、舞台監督などオペラには見られない人々も携わります。アンプやマイクやスピーカーもオペラとは違い普通に使用します。「オペラ=歴史がある」「ミュージカル=比較的新しい」と覚えておくと良いでしょう。

Q音楽劇とミュージカルの違い??

こんにちは。
ふと疑問に思ったのでどなたか説明できる方いらっしゃったら、教えてください。

音楽劇とミュージカルの違いについて。
わざわざ「音楽劇 ○×」と「ミュージカル ○○○」と紹介している舞台がありますが、違いってなんでしょう??ミュージカルも音楽劇も見た事はありますが、違いがよくわかりません。
踊るか踊らないかってことでしょうか??
それとも定義、あるいは形式があるのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

個人的意見が続きますが・・・

踊りがあるのがミュージカル。
普通の演劇で台詞が歌になっているだけのものが音楽劇。

と思っています。
また、音楽の組曲がストーリーになっていて、歌手がそれぞれの扮装をしているのがオペラ。

たとえばロミオとジュリエットの演劇で、
2階の窓と庭とで会話をしていれば普通の演劇(ストレートプレイ)、
その会話が歌になってたら音楽劇、
2階の窓で話しているはずなのにジュリエットがおりてきてロミオと手をつないで跳ねたり回ったりしながら歌えばミュージカル、
それぞれが舞台の中央に出てきて正面を向いて歌えばオペラ。
こんなふうに考えています。

ちなみに岐阜県では、
「地歌舞伎」の現代劇版を「地オペラ」と名付けて行政が推進しているため、
それと敢えて混同を避ける意味で「音楽劇」と称しているものもあります。

Q山口祐一郎さんが四季を退団した経緯

こんばんは。山口祐一郎さんが劇団四季を退団した経緯をご存知でしたら教えて頂けないでしょうか。いろいろ調べたのですがなかなか見つからないので。

Aベストアンサー

初めまして
■はじめに■
この話は私自身も噂として聞いておりますので
あくまでも噂としてお聞き下さいね。

山口さんは 特定のフアンの人達と交流があったようで
山口さんを囲んでパーティとか旅行へ行ったり?等々
そういう自由奔放にやっていた山口さんの行動を
浅利ボスに知れてケンカになり退団という事になったそうです。
四季はフアンとのそういう直接的な交流を禁止しています。
誤解を招く恐れもあったのでしょう。今はテレビや舞台などでも
大活躍されていますね。

Q縦書きの数字の表記方法は?

例えば「21」を縦書きで表記する場合、「二一」と
「二十一」はどちらが正しいのでしょうか。
「10」の場合は「一〇」か「十」で悩みます。

Aベストアンサー

基本的に、どちらも間違いではない、ということになるとは思いますが、通常は
・二桁の場合は「二十一」というように、「十」を入れる。
・三桁以上の場合は「一二三」というように、「十」「百」を入れない
・ただし「千」「一万」といったような数の場合には、そのまま漢字で書く

というようにすることが多いですね。もともと日本語で書く時の本則は「百二十三」というように、「十」も「百」も入れるものです。各桁の数字だけ書く、というのは、算用数字の記載法を漢数字の記載に取り入れたための、いわば便方ですね。このほうが、算用数字に慣れた目には解りやすいし、文字数の節約になる(こういった表記は、活字印刷から始まっています。活字の場合、文字数がそのままコストに跳ね返ってきますので、新聞・出版業界では「123」を「一二三」とするような表記を採用したわけです)
漢字で(二人とか三人という意味の)「にさんにん」と書く場合、「二三人」と書いていたわけです。今でもそう書く人は少なくありません(今では「二、三人」と書く人も出てきていますが)。「23人」を漢字で書く時に「二三人」と書くと、この「二三人」が「にさんにん」のことなのか、「23人」のことなのか、曖昧になる。そのため、二桁だけは「二十三」というように「十」を入れて書こう、というのが暗黙の了解になっているわけです。

基本的に、どちらも間違いではない、ということになるとは思いますが、通常は
・二桁の場合は「二十一」というように、「十」を入れる。
・三桁以上の場合は「一二三」というように、「十」「百」を入れない
・ただし「千」「一万」といったような数の場合には、そのまま漢字で書く

というようにすることが多いですね。もともと日本語で書く時の本則は「百二十三」というように、「十」も「百」も入れるものです。各桁の数字だけ書く、というのは、算用数字の記載法を漢数字の記載に取り入れたための、いわ...続きを読む

Q帝国と王国の違いについて

帝国と王国の違いについて教えてください。

帝国の定義としては「ある特定の民族が他の民族や領土の支配をともなって統治している場合」という記述がありました。

歴史を見るとナポレオンは自らを皇帝と称しましたが、この時代のフランスは帝国ですか?

また明治維新以後敗戦までの日本は「大日本帝国」ですが、これは台湾や朝鮮などを支配していたからでしょうか?

ドイツは小王国に分かれていたのが統一されてドイツ皇帝
Kaizerを戴きましたが、ワイマール共和国が成立するまでは帝国だったと言えますか?

中国は明帝国、清帝国など、周辺の諸民族を柵封し、支配していたので帝国ですよね。

しかし、オランダ、スペイン、ポルトガルなどは植民地をもって多民族を支配していたのに、王国でした。

はっきりとした違いはあるのでしょうか。

Aベストアンサー

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取った国とその植民地をあわせて帝国と呼ぶことがあります。この場合、アメリカ合衆国やソビエト連邦のように君主国ですらない国についても帝国と呼ばれることがあります。

西アジア~南アジアではペルシャ帝国崩壊後、イスラム教のカリフ(後にスルタン)が皇帝と訳されるようになります。

ヨーロッパ圏ではローマ皇帝の後継を称する君主が名乗るものでした。エンペラーだのカイゼルだの、という称号はそれぞれ古代ローマのコンスルが有していた最高指揮権(インペリウム)、及びカエサルの名に由来します。ローマ帝国末期の東西分裂などのため皇帝位は大雑把に西系(ローマ教皇により戴冠)と東系(ビザンツ皇帝→ロシア皇帝)に分かれますから、皇帝が複数いる事態が異常とは思われていなかったようですが、相応の由緒と実質がないと他国が認めませんでした(ロシアの君主が皇帝となるのは1721年のことです)。

スペインが皇帝位を名乗らなかったのは、すでに本家オーストリアのハプスブルク家が神聖ローマ皇帝位を名乗っており、分家たるスペイン・ハプスブルク家が皇帝を名乗るわけにはいかなかった、という事情があります。
ポルトガルやイギリス・フランスといった他の王家が皇帝位を名乗れなかったのも同様の理由によります。

ナポレオン1世もローマ教皇から戴冠を受ける、という形式を整えた点ではこのラインに属しますが、あまりにもなりあがりぶりが露骨だったため評判はよろしくありません。また、神聖ローマ皇帝がありながら皇帝を名乗ったため、皇帝位の価値を下げた、とする見方もあります。いずれにせよ、まずありえないことですがボナパルト家の人間がフランスの君主になった場合、その人物はフランス皇帝を名乗ることになるでしょう。

オーストリアはナポレオン1世による神聖ローマ帝国解体後も皇帝位を維持しました。ただしオーストリア皇帝、ということになったため、結果的にプロイセンが統一したドイツが、我こそは神聖ローマ帝国の後継国家なり、としてドイツ皇帝を名乗る余地を与えています。

東アジアでは始皇帝が皇帝という称号を発明しました。それまで分裂していた中原諸国を統一した、という点で、王という称号に満足せず、伝説の三皇五帝からとって皇帝と名乗ったとされます。
本来は天帝から天命を受けた者が皇帝として地上を支配する、という建前なので、皇帝が乱立する分裂状態は中華文明としては異常事態と考えられていました。
中央アジアの遊牧民たちのハーン位も皇帝と訳される場合があるのは、中華皇帝が大ハーンを名乗ったことがあるためです。唐のように遊牧民への威圧から皇帝がハーンを名乗ることもあれば、元のように遊牧民が中国を占領して皇帝になる場合もあります。

日本はまあ、夜郎自大、という見方もありますが、大陸及び半島に対しては欧州の海に比べ格段に波の荒い海で隔てられた別個の文化圏と見るべきでしょう。なお、天皇の称号の由来はどうやらかの則天武后によるようです。
今となっては日本の天皇は世界唯一の皇帝になってしまいました。

大韓帝国は日清戦争により清の冊封体制から外れ独立国となったときに李朝の王が皇帝を称し、皇帝と名乗るにはいささか弱小でしたが、独立した君主国であることを明示しました。

エチオピアの君主は15世紀ころから皇帝を名乗っていましたが、1974年に社会主義クーデタにより最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世が廃位されました。

中央アフリカでは1976年のクーデターでボカサが政権を掌握、77年に壮大な戴冠式を挙行して皇帝を名乗りましたが79年に失脚しました。数々の残虐行為で何かと物議を醸した人物で、大統領と名乗っておけば十分なところを皇帝と称し、戴冠式まで挙げたのは彼の虚栄心のなせる業と思われます。

以下蛇足。
 奇人変人の類ですが、アメリカ合衆国皇帝にしてメキシコの護国卿ノートン1世、なんて御仁もいました。よーするに南北戦争前後、19世紀後半のサンフランシスコにいた浮浪者なんですが、なぜかアメリカ皇帝を名乗った人物です。当時のサンフランシスコ市民も相応の敬意を払って彼の発行した国債を引き受け、税を納め(商店主に月50セント)、汽車などの交通費は請求せず、衣装や靴が傷んだら洋品店が無料で代わりの品を献上(?)したとか。1880年に死去した際、彼の葬儀には1万人以上の市民が参列したといいますから立派なものです。

本来は他の方もおっしゃるとおり、皇帝の称号はある文明・文化圏における最高の君主が名乗るものです。
古代ペルシャの「諸王の王」という表現が一番ぴったり来るでしょうか。

××帝国、という言い方はかなりあいまいな基準によります。
皇帝を擁する大国を帝国と呼ぶのはもちろんで、オーストリア帝国とかムガル帝国、歴代の中国統一王朝などはそれにふさわしいものですが、これが中央アフリカ帝国となると歴史も由緒も???なところがあります。
このほかにイギリスやスペインのように、帝国主義政策を取...続きを読む


人気Q&Aランキング