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 8月9日夜9時より、NHKスペシャルで太平洋戦争開戦を導いた海軍の裏幕を流していました。当時の海軍省が国民を無視した無責任主義であったことが極秘テープにより明るみに出ました。その官僚体質は、戦後の今の霞が関に脈々と受け継がれています。そうしたことに一々疑問を呈したところできりがないので、ここでは言及しません。
 ただ一つ、どうしても解せないのは、真珠湾攻撃に始まり、ミッドウェー海戦を画した海軍省の軍人が戦後のGHQの軍事裁判で罰せられなかったことです。その中には、後に自衛隊航空幕僚長の要職や、衆院議員を務めた人間もいます。東条英機以下、戦犯が罰せられた軍事裁判に、なぜこのような人物がリストに挙がらなかったのか教えてください。一般素人の意見は受け付けません。

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A 回答 (1件)

・どうしても解せないのは、真珠湾攻撃に始まり、ミッドウェー海戦を画した海軍省の軍人が戦後のGHQの軍事裁判で罰せられなかったことです





罰せられてます

A級戦犯(東京裁判)

嶋田繁太郎(開戦時の海軍大臣、終身禁固)

永野修身(開戦時の軍令部総長、判決前に病死、判決草稿では死刑とされていた)

岡敬純(開戦時の海軍次官、終身禁固)
昭和15年(1940年)の軍務局長就任と同時に、「陸軍が政策を掲げて海軍に圧力を掛けてくる。海軍はそれまで、それに対応出来なかった。どうしてもここで、陸軍に対応する政策担当者を作らなければならぬ。さもなくば、日本がどちらに持っていかれるかわからぬ」と発言し、国防政策を担当する軍務局第二課を新設し、課長に対英米開戦論者だった石川信吾大佐を据えた。この頃から岡・石川の二人が海軍の政策を動かす役割を果たすようになった。この事は、岡は日米開戦派であり、親独派であった事を如実に物語るエピソードであると言えるだろう。この事から、戦後、木戸幸一が海軍内で最も対米開戦を強硬に主張した人物として名前を挙げた為、A級戦犯に指定された。

また、各地のBC級裁判でも、多数の海軍軍人が死刑を含む判決を受けています。

A級戦争犯罪・・・侵略・世界征服を意図して、戦争を立案指示
B級戦争犯罪・・・本来の国際法上の戦時国際法違反、捕虜虐待、残虐な戦闘行為など
C級戦争犯罪・・・民族虐殺など、人道に対する犯罪

海軍には、陸軍と比較して、ファシズム的侵略思想から戦争を企画したり、戦時国際法違反者が少ないということです。

命令として、開戦を想定しての、戦時体制準備や、戦争に関与したこと自体は戦争犯罪でなく、軍人の通常の職務です。

源田実空将(真珠湾奇襲の具体的立案準備、南雲機動部隊の航空参謀、空幕長、参議員議員)・保科善四郎中将(終戦時・軍務局長として和平工作に尽力)などは、これらの戦争犯罪者でないと、連合軍の国際検察局は、証言・物証など捜査の上、判断したようです。

・真珠湾攻撃に始まり、ミッドウェー海戦を画した海軍省の軍人

開戦決定・戦争遂行は軍政を管轄する海軍省の役割大ですが、
天皇の海軍参謀として、戦略の策定、作戦の立案・指示するのは
軍令を管轄する軍令部の責任ですよ。(同じ建物の中で、転任も多かったようですが(^^♪)
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