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沖縄古流の空手型(現在、全空連指定型バッサイ大の一種)にバッサイという型がありますが、もともと原型があって、遠い過去の複数の沖縄の唐手家により、その原型を自分流に改変し各個人の特色を持ったバッサイを作り上げては伝承されてきたと聞きます。その中に、泊のバッサイ(又は泊バッサイ)という型もありますが、泊手主力の使い手には「松茂良興作」と「親泊興寛」なる人物がいたらしく、それぞれが古伝のバッサイを「松茂良のバッサイ」と「親泊のバッサイ」にそれぞれ改変したようです!?一般に泊のバッサイとは「松茂良のバッサイ」を示すのか?「親泊のバッサイ」を示すのか?又、まったく別のものを示すのか?古伝唐手の型にお詳しい方、よろしくご回答お願いいたします。
押忍

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A 回答 (3件)

ちょっとわかりにくい書き方をしてしまいましたが、泊手においても「泊のバッサイ」「松茂良のバッサイ」「親泊のバッサイ」を区別し、それぞれ別伝として伝わっています。

つまり泊手では「泊、松茂良、親泊、喜屋武、本部」のバッサイがあります。

「泊のバッサイ」を「泊の地、泊派のバッサイ」としましたが、ただ「松茂良のバッサイ」や「親泊のバッサイ」と同一視されていたことがあったか、または他の伝承者の型であったか、その可能性も含めて書いてみました。

たとえば「松村のバッサイ」の松村は先に人名と書きましたが、これは松村宗棍の伝えたそのままの型かというと明確にはわからないところがあります。たとえば「多和田から喜屋武に伝えられた」という口伝があったり、松村の孫、松村ナビから首里手を習った祖堅方範の武歴書によるとバッサイの大小だけでなく平安初段、二段も習ったとあり、これは松村の弟子の糸洲の影響があるのかもしれません。(大小と分けたり、平安の型を作ったのは糸洲) つまり、これも大きく「松村派のバッサイ」と考えた方がいいのかもしれません。

ですから互いに影響し合っているため、人名、地名、派名と明確に分けられないところがあると言えます。いずれにせよ後代になるにしたがって伝える人により少しずつ改変されていると思います。

バッサイは泊の型という説をよく耳にしますが、そうだとすると、ナイハンチなどと共に研究されると沖縄空手の新たな歴史がわかる糸口になるかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。お詳しい情報、まことに感謝申し上げます。これほどお詳しい内容には驚きました。昨今、空手イコール、ふるこんタクトのイメージがある中、古来の型は軽視されてますよね。本題の泊バッサイですが、沖縄、古くは琉球から伝わる、一説では中国から琉球と聞きます型のことですから、どれが正しいと断言できるものはないのでしょうね。書として残したものか、口伝だけですものね。理解できました。一説として泊地方に伝わったバッサイとそれを身につけた人物、あるいはその人物達がそれぞれ改変したバッサイが複数あると考えればよいわけですね!ただ、ひとつ疑問が残るのですが、今、よく全空連の形試合に「泊バッサイ」で出場している選手がいますが、この「泊バッサイ」は誰のバッサイを主体としているのでしょうね。
とにかく、本当に貴重な情報ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/24 21:39

全空連指定型のバッサイ大は糸東流の型であり、糸東流ではバッサイ大は「糸洲のバッサイ」と伝えられています。



糸東流の摩文仁賢和先生の子息、摩文仁賢栄先生の「武道空手への招待」によると、バッサイ(パッサイ)の型には「糸洲、松村、松茂良、泊、石嶺」などがある、泊は地名、松村、石嶺は人名とあります。つまり「松茂良のバッサイ」と「泊のバッサイ」を区別しており、そして泊とは地名としています。

バッサイは首里手を源流とする説がありますが、一方でバッサイを泊手の型とし、最も原型に近いのは「松茂良のバッサイ」とする人もいます。他にバッサイの型には、親泊、喜屋武、本部(泊手)、多和田(首里手)などがあります。

泊村は琉球王朝の貿易港で中国との交易も盛んでした。言い伝えによると中国からの漂着者から宇久嘉隆と照屋規筬が武術を習い、その後継者であった松茂良興作(1829~1898年)が修行に励み武として名を高めました。泊手の歴史、技の系列、実状はよくわかっておらず、わずかに口伝で知られているのは松茂良興作の代からです。

泊手には松茂良興作以外にも、同時代に親泊興寛、山田義恵が知られていて「泊の三傑」と呼ばれたそうです。しかし泊手というとイコール松茂良興作といわれるほどの存在なので、「泊のバッサイ」とは「松茂良のバッサイ」と考える人もいるかもしれませんが、繰り返しますが、糸東流では本来、泊とは地名であり、「泊のバッサイ」を「松茂良のバッサイ」とは区別しています。また一方で泊手には「親泊のバッサイ」も伝えられているので、「泊のバッサイ」とはやはり大きく「泊の地のバッサイ、泊派のバッサイ」と考えるほうがいいのかもしれません。ただ後世になって誰かの伝えた型と混同して呼ばれた可能性もあります。

ちなみに首里手の糸州安恒は、泊手の松茂良興作に師事して教えを受けています。松茂良興作も30代の頃に屋良親雲上から首里手と示現流剣術を学んでいます。バッサイやナイハンチ、クーシャンクー、ワンカン、ジッテ、ワンシュウなど、首里手、泊手に共通する型があるのはこの辺の事情からかもしれません。

参考意見として述べておきます。
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ttp://www.wonder-okinawa.jp/023/index2.html


沖縄の伝統空手・古武術

で名前はでてきますね。

空手と聞いて「猫流」を探してみましたがなかなかネットでは出てきませんね。
60以上の流・会派があると大変ですね。
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Q空手の型は重要?

大道塾に入門したのですが師範は型ができていないと強い打撃ができない、ということで型は大切だと言います。しかし型はあまり意味がないので教えないという所もあると聞きます。
どっちが正しいのでしょうか?
キックボクシングに型はありませんが打撃が弱いという事などありませんよね?うーん、分かりません…
ご回答宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型の理解が今ではほとんど言ってなくなってしまいましたね、日本では。 型の試合があると言うこと自体がおかしいのです。 ダンス競技じゃなるまいし。

少し良くなっても「一つ一つの動きには意味がある。 どんな攻撃にどうやって対応するかを型は示している」と自称師範が言っているわけです。 「まさか!」ですね。

型の動きのどこが実戦に使える動きがあると言うのだろう。 立ち方、打ち方、防ぎ方すべてまったく実用にならないものばかりです。 自由組み手を見れば明らかなことですね。 誰も空気を殴るより動く、それも、攻撃してくる相手がいるところに、腰の低いナイハンチ立ち、前屈立ちをしたら一発でやられてしまいますね。

そんなに意味のない型をなぜGは教えるの?と言うことになりますね。

何故って重要だからなんです。 自分を自由に動かすための必須項目(私たちは275,000項目があるといっています)を型の一つ一つの動きの中で教えているのです。 俗に「隠された型の秘密」なんていって紹介しているようですが、決して秘密でも何でもありません。 教えられなかった人にとって「知らなかった」事であり「偶然にも気が付いた」と言うことに過ぎないのです。

師範であればこのことを知っていなくては教えることはできません。 どう一挙一挙を「正しく」やらなくてはならない、と言うことは幼稚園生が1から100まで「正しく」言えて読めて書けるようにならなくてはいけない、と言っているだけのことなんですね。 英語であればABCを言えるかどうか、なんです。 流派としての一貫した「読み方・言い方・書き方」が型の決まりきった動きを習うことなのです。

型のひとつの動きから200-300の事を教えることができるのです。 自分を自由に物理的に、そして精神的に動かし、同時に相手も「触らずして動かす」「技」を習い自分に身につけていくわけです。

名前の付いた「技」と呼ばれているものはすべてこれらを身につけるように教えてもらえるための「土台作り」に過ぎません。 1から10までの基本的数字の理解を教えるためにはいち、に、さんと正しく発音し、順序を知り、数と言うものの理解を無意識に教える作業とまったく同じなのです。

三戦立ちが「回り方を教える」教材であったり、型の逆周り225度の回転がもたらす相手への影響、残像の利用、回転力を使った直進力などここではとても書けきれない自分の実力を磨く技を教えてくれるように作られているのです。

気合をすることでパワーを出す、なんていう解釈は本の初心者用の知識に過ぎません。 気合をして打ったパンチの腕をそのまま伸ばしたままにしておく理由はなんなのか、気合を長くすることは何のためなのか(まさか、パワーの為じゃないでしょう)、残心とはいったいなんなのか(まさか、複数の相手と戦う「戦場で」残心という隙を奨励するのでしょうか)、これらすべて+274,980項目を型から習うのです。

型ができない、ということは100まで数えられないということであり、あいうえおが言えない、ABCの26文字をすらすら言えない、大文字小文字の区別ができない、ということに過ぎないわけですね。

誰が最初の数字は「いち」と発音して横ボーを引いた文字を使うと決めたのでしょうか。 知る必要のないことです。 いちと発音できることで算数の先生が次のことを教えられるように有無を言わせないで教え込んでいるのです。

型を習うことで次なる事を死ぬまで習い続けることができるわけです。 それだけ大切な土台作りだのです。

しかし、このことを知らない、教えられたことがない、昇級・昇段テストや試合の為に型の動きを教える・習うでは武道が泣きます。 私からしてみれば、日本の武道界は一年中涙の梅雨です。

表面から見ると、型はまったく意味を成さないものと見えます。 しかし、上のことをちゃんと教えられていれば、型という「教材」なしでは武道を教えることができないことを身につけることができるわけです。 有無を言わせない実力はここから来るのです。

宮本武蔵の五輪の書や中国の武備志がどうにでも解釈できるように書かれているのは、武道を教えられる師だけがちゃんと理解できるように書かれているのですね。 つまり、土台ができていない、基礎ができていなければとても理解できないようにできた書物であるということでもあります。

型から教えるという方法をとった日本の武道が決して唯一正しいというわけではありません。 しかし、これだけ体系付けられた武道教本としての「口伝」はそれなりにすばらしいものであるのです。

なんでもアリで教える私の道場は日本の四大伝統空手のひとつとして充分実戦に使えまた他の人間との戦いではなく自分との戦いにも使える武道として私は誇りを持って私たちの流派は「人を生かす」ために作られた昔からの流派である、といえる自信を持っています。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型の理解が今ではほとんど言ってなくなってしまいましたね、日本では。 型の試合があると言うこと自体がおかしいのです。 ダンス競技じゃなるまいし。

少し良くなっても「一つ一つの動きには意味がある。 どんな攻撃にどうやって対応するかを型は示している」と自称師範が言っているわけです。 「まさか!」ですね。

型の動きのどこが実戦に使える動きがあると言うのだろう。 立ち方、打ち方、防ぎ方すべてまったく実用にならないものばかり...続きを読む

Q空手の「かた」についての質問

こんにちは!空手についてお聞きしたいことがあります。

1.空手の「かた」というのがありますよね?漢字で書くと「形」でいいんでしょうか。それとも「型」でしょうか。普通の感覚でいくと「型」となるはずなんですけど、空手関係の本には「形」と書かれてあって混乱しています。

2.抜塞という形には「抜塞(大)」とついているようですが、このカッコ大というのはどういう意味なんでしょうか?

3.十手を「術手」と表記するのは間違いでしょうか?

4.例えば鉄騎は「ナイハンチ」と呼ばれていたそうですが、それに対応する漢字表記はあるのでしょうか?

5.慈恩という形は、慈恩寺の慈恩和尚からきていると本に書いてありました。今でも中国に存在するお寺なのでしょうか?


たくさん質問をしてしまいましたが、どれか一つでもお答え頂けると幸いです。世界に誇る日本の武道ですので空手に関係することがらを勉強することに非常に興味を持っています。

お忙しい中申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

Gです。補足質問を読ませてもらいました。

>イ.型と形、流派によっては使い分けているということですが、同じ松涛館空手の中でもそれぞれある、という理解の仕方でよいでしょうか。ポピュラーなのは、やはり「型」ですよね。

そうですね。 型という感じのほうをよく見ますね。 しかし、形と言う漢字を使うことが間違いだということでは決してありません。 なぜ使っている漢字を使うのかその観念が分かっていない方が問題です。

流派の中には会派と呼ばれるものがあります。 たとえば松涛館(流)でもJKA, 国際松涛館など、糸東流流(これが一番会派の多い流派ですが)糸洲会、糸東会、林派、本部派、など多すぎるくらい分かれていますね。 これらによってどっちの漢字を使うかも変わってくるわけです。

ロ.「冨名腰義珍先生」と書かれていますが、私が図書館で借りてきた本はどれも「船越」という表記です。尊敬する方の名字(漢字)を間違えるのは失礼だというのが一般的な日本人だと思いますけど、この辺はあやふやなんでしょうか。Webで調べましたら確かに「冨名腰」表記のものがあります。沖縄の人名でしたらそちらの方が正しいように感じますが・・・実際はどうなんでしょうね。

Funakoshi先生は、少なくとも、本土の武道のやり方を重要視し、本土の政府のやり方にそって、それまでなかった「唐手」というものを本土に普及させたいがため、多くのことを本土式に変えました。 中国の武術と言う意味合いがある唐手ではなく、空手という本土の「無を尊ぶ観念」をヒントさせる漢字を使ったり、方の名前をすべて本土式に発音ないし名前を変えたりしました。

先生の名前を本土式に変えたのも同じ理由があったと私は考えています。 富を使っているところもあるようですが、冨が正しいと私は思っています。 苗字を変えてから3代とも当然ながら船越と言う漢字を使っています。

ニ.十手の読み方は「じゅって」あるいは「じって」、どちらでしょうか。

私の流派では「ジッテ」と呼んでいますが、「ジュッテ」と読む流派もあります。

>私は実際の空手をやっておりませんので、質問すればするほど「机上の空論より、近所の道場に行って聞いて来い!」とドヤされそうな気がしておりますが・・・

私は言いませんよ。 型と形のことで、うちではこちらを使っています、だけの返事をもらうよりはまし、と私は言います。

Gです。補足質問を読ませてもらいました。

>イ.型と形、流派によっては使い分けているということですが、同じ松涛館空手の中でもそれぞれある、という理解の仕方でよいでしょうか。ポピュラーなのは、やはり「型」ですよね。

そうですね。 型という感じのほうをよく見ますね。 しかし、形と言う漢字を使うことが間違いだということでは決してありません。 なぜ使っている漢字を使うのかその観念が分かっていない方が問題です。

流派の中には会派と呼ばれるものがあります。 たとえば松涛館(流)で...続きを読む

Q糸東流の形チャタンヤラクーシャンクーについて

大学で空手をしている者です。
自分は剛柔流なのですが、趣味の範囲で糸東流の形チャタンヤラクーシャンクーを練習したいと思っています。
しかし、本やDVDでこの形の解説が載っているものを探してみても、まったく見つかりません。
この形の解説書というものは売られていないのでしょうか。

ご存知の方がおられましたら教えてください。

Aベストアンサー

ありますよ。下参考URLからどうぞ。ただ、チャタンヤラは内容が非常に難しいです。試合で使用可能な型としては最高難易度の部類でしょう。

個人差はあると思いますが、僕には剛柔流のクルルンファやスーパーリンペイより難しいように見えます。現に全日本でもチャタンヤラ打つ人少ないですし、今年の全日本個人型で2位になった僕の後輩もチャタンヤラ打つの嫌がってましたからね。誤解を招かないように書いておきますけど、決して剛柔を馬鹿にしてるワケじゃありませんよ念のため。むしろ剛柔の型はカッコよくて見るの好きです。

まずはクーサンクーが一人前に打てるように練習するところから始めてはどうでしょう。チャタンヤラや四方の原形がクーサンクーなので。

その上でビデオとか教科書とか、あるいは修得者から習うのがベストと思います。基本抑えてから応用ってことですね。

ただ、これは個人的な意見なんですが、ビデオから学んでも大して得られるものは無いのではないでしょうか。ビデオなどは飽くまで既に修得している人が更なるランクアップを狙うためのものだと思います。やっぱり直接指南してもらうのが一番です。

そして出来れば、剛柔の型を極めることを優先した方が空手を学ぶ者としては良い気がします。

型が上手い人はみんな、新しいものを覚えるより今使えるものを極めることに必死です。

散々偉そうなこと書きましたが、僕自身は組手選手で型はドヘタなんですけどね;

とにかく、共に空手を頑張りましょう!

参考URL:http://www.champ-shop.com/SHOP/DCMP-3901.html

ありますよ。下参考URLからどうぞ。ただ、チャタンヤラは内容が非常に難しいです。試合で使用可能な型としては最高難易度の部類でしょう。

個人差はあると思いますが、僕には剛柔流のクルルンファやスーパーリンペイより難しいように見えます。現に全日本でもチャタンヤラ打つ人少ないですし、今年の全日本個人型で2位になった僕の後輩もチャタンヤラ打つの嫌がってましたからね。誤解を招かないように書いておきますけど、決して剛柔を馬鹿にしてるワケじゃありませんよ念のため。むしろ剛柔の型はカッコよく...続きを読む

Q空手の型、ナイファンチで総合格闘技

超実戦派の唐手家、本部朝基はナイファンチ一つで戦ってきたと常に豪語していたそうです。それくらい実戦で使える型(戦術)なのに、総合格闘技等で使ってる人はいない気がします。なぜですか?また、実は使っている人がいたら、教えてください。今の格闘技のレベルが高く、通用しないということなのでしょうか?

Aベストアンサー

ナイファンチの形はあくまで形であって
実際に使う場合の動きは形のままではありません
総合格闘技で似てる場面とすれば青木-J.Z.カルバンの
一戦目でカルバンが青木のタックルをきって後頭部に
肘を落としてノーコンテストになった動きはナイファンチ
に似ています。
また、No1の回答者様がおっしゃっている動作がどのことなのか
良くわからないのですがナイファンチ初段の第一動作だとしたら
右手で牽制しつつ相手を掴み引き寄せながら左猿臂打ち
という風に私は習いましたまた、この動作もこれだけというのでは
無く場合によって数種類に変化します。
私が先生に聞いた話だとナイファンチは超インファイトの技術
で相手を掴んで猿臂、裏拳等を叩き込むという物でした
本部朝基にしても生肉を引きちぎるくらいの握力があったと
言う話しだしそのレベルに達するにはけり技を捨てる覚悟とか
かなりの肉体改造が必要だと思います。
現在の格闘技のレベルは上がってきておりまた攻撃できる
部位なども安全面から制限されているのでそのままでは
使えないんじゃないでしょうか。

ナイファンチの形はあくまで形であって
実際に使う場合の動きは形のままではありません
総合格闘技で似てる場面とすれば青木-J.Z.カルバンの
一戦目でカルバンが青木のタックルをきって後頭部に
肘を落としてノーコンテストになった動きはナイファンチ
に似ています。
また、No1の回答者様がおっしゃっている動作がどのことなのか
良くわからないのですがナイファンチ初段の第一動作だとしたら
右手で牽制しつつ相手を掴み引き寄せながら左猿臂打ち
という風に私は習いましたまた、この動作もこれ...続きを読む

Q空心会について

友達が入っていると言う、空心会と言う空手に娘を誘われました。近くに道場があるみたいです。
以前から 強くなると言うよりも女の子ですし、身を守る為の護身、精神を鍛える為にも格闘技をさせようとかも考えていましたが。。
空心会をネットにて検索しましたが、余り詳しいことは出てきません。
どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら どの様な空手なのか 教えて頂きたいのですが。。

Aベストアンサー

調べていくと「空心会」の指導者 水島勝氏の師匠が江上勝氏だそうです。

ちなみに空手の江上勝氏といえば「蹴りの江上」といわれる達人です。
戦前は陸軍中野学校の空手教官や「松濤館館長」も務めた方で、
お弟子さんは大変多かったようで多くの方が道場を開いています。
こちらの方面で調べてみては如何でしょう?

江上氏については「日本空手道松濤會」サイトの
「松濤會について」内の「先生の紹介」に書かれています。
高名な方なので他にも紹介しているサイトが多数あります。

参考URL:http://www.shotokai.jp/japanese/index.html

Q空手の型の有用性について

演舞で披露される空手の型は実戦では有用ではないのでしょうか?
K-1に出てる空手家はほとんどボクシングスタイルの構えであり空手の構えはしませんし、腰を落としての正拳突きや、(ハイキックではない)空手式の上段蹴りなどはあまり見られません。
空手は空手で長い歴史があり、その中で洗練されて理にかなった技が伝わってると思うのですが、そうでもないのでしょうか?

Aベストアンサー

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型・形、どっちの名前を使おうと、そのものがダンスとして教わり、昇級昇段テストのために教わる今の日本の多くの道場では「使い物にならない」と感じるのは当然です。 私もそう思います。

しかし、なぜ私が教えている4大伝統空手の一流派を教えるのに、わざわざ「アメリカで使える伝統空手を教えている者です。」と書くのでしょうか。 

それは、私たちの流派が教えることが昔からの使える空手を何でもありの状況でも使えるように昔通りに教えているからなんです。

もちろん型・形もあります。 数学の数字、英語のアルファベットに当たるものが型・形なのです。 1から100まで問題なく言えるからといって数学として使えるとは考えられません。 アルファベットを使ってローマ字として日本語を書いても英語にはなりません。 そうですよね。

1から100までなら、まずそれを習って、それからその100までの数字をどのように使えるようになることが出来るかが数学なのです。 アルファベットも同じです。

名前のついている技と言う名前のものは「使える技」ではないのです。 死ぬまで空手を習い続けることが出来る土台・基礎として使える道具なのです。 この根本的理解をさせてくれない今の日本の空手は、白い綿のパジャマを着て何の利用法もない帯を締め、その帯を貰う(買う権利を買う)ために型・形を習うのでは空手が泣くのです。

生きるための空手は決して物理的なトレーニングだけではないのです。 自分を生かすための実力をつけるための自分の土台となるためのものなのです。 自分を生かすことで生きていける、と自信を持っていえる自分を作ることが空手なのです。

K-1は空手ではありませんよ。 いってみればキックボクシングの変形です。

K-1ですら使えないものを、あれだけの時間、労力とお金をかける事にどこの価値があるというのでしょうか。

教えることの出来ない自称師範が教える以上その弟子たちは世代が進む毎に薄っぺらい物を教えることに成り下がってきているわけです。 
生まれながらの素質だけを重要視し、それがなければ「強くなれない」だけの訓練しか出来なくなくてはどうやって不幸にも素質無しで生まれてきた人を育てることができると言うのでしょう。

私は空手は275K、教えることがあるといっています。275,000項目です。 それも各項目のレベルを高め理解を深めなくてはなりません。 それだけ修行と言うものの価値があり、ナンにでも使える、自分を生かす実力がつくことになります。 だからこそナイフや拳銃による攻撃から身を守れなければおかしいと言うことにもなるわけです。

型・形の動きではなく、型・形を知らなくてどうやってこれらの実力を持てるようになるというのでしょうか。 それだけ、型・形と言うものは大切なものなのです。

また書いてください。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

型・形、どっちの名前を使おうと、そのものがダンスとして教わり、昇級昇段テストのために教わる今の日本の多くの道場では「使い物にならない」と感じるのは当然です。 私もそう思います。

しかし、なぜ私が教えている4大伝統空手の一流派を教えるのに、わざわざ「アメリカで使える伝統空手を教えている者です。」と書くのでしょうか。 

それは、私たちの流派が教えることが昔からの使える空手を何でもありの状況でも使えるように昔通りに教え...続きを読む

Q伝統派空手:四大流派の特徴

 最近真面目に武術・格闘技について考えてみて、色々調べているのですが、調べている過程で再び疑問が出てきました。
 それは伝統派空手のことなのですが、四大流派(剛柔流、松濤館流、和道流、糸東流)の違いがよく分かりません。フルコン空手に関しては、色々比較されていて特徴が掴みやすいのですが、伝統派空手の四大流派に関してはあまり比較されてなくて、それぞれの特徴が掴みづらいです。

 そこで質問なのですが、それぞれの流派の特徴を教えていただけませんか。特に他の流派との比較で教えてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

Gです。 こんにちは!!

この四つの流派(つけざるを得なくつけた名前)は流祖の時代1920-30年代でははっきりと違いました。 今ではいろいろに分かれた会派というものが出来上がってしまい同じ流派でも変わってしまってきています。

流派を語る前に空手と言うものの歴史や特徴を出すには沖縄での(つまり1920年以前)での「スタイル」を知ることで特徴を見出すことが出来ます。 それが、首里手、那覇手、泊手の三つの大きく分けることが出来ます。 本土でのこの4つの流派を雑に分けると、那覇手を受け継いだ剛柔流、首里手を受け継いだ松涛館、同じ首里手を元に本土の神道揚心流柔術をより使えるものにしたものが和道流、そして首里手と那覇手の両方をミックスしないで全てを取り入れた糸東流と言う事になります。

よって、首里手を使ったほかの3流派と剛柔流の違いははっきりでてきます。 また、剛柔流と糸東流の「半分」がよく似ているのも見ることが出来ます。

和道流が時として和道流柔術拳法と自称するのはこれが理由なわけです。 

松涛館を起こした船越義珍師は糸東流を起こした摩文仁賢和師と同じ師である糸洲安恒師(50を過ぎてから弟子を取る)から多くの首里手を習い二人ともそれを基礎としています。 和道流は船越義珍師から首里手を学び免許皆伝をして4世として教えていた柔術を加えたわけです。 よって、スピードを重要視し糸東流も大切にした、先(せん)、後(ご)の先、先先の先の実力をつけるものであるわけです。

剛柔流の流祖である宮城長順師は那覇手の東恩納寛量師(ひがおんな)から那覇手を習うわけですが、摩文仁賢和師も糸洲師の後継を断りながらも許しを得て東恩納寛量師から那覇手を受け継ぐことになるわけです。 ずっしりとした立ち方や打たれても倒れない体力の強さ等がはっきりでるのが那覇手なわけです。

よって、糸東流は両師(もっと多いのですが)を受け継いでいるために当然のごとく型の数が非常に多く、オールラウンドな特徴を引き出しているわけです。 さて、気が付きましたでしょうか、糸東流と言う名前に関して。 糸洲師の糸と東恩納師の東をとって付けられた「決して二人からの教えをミックスせずにひとつのものとする」という考えが流派の名前にも出てきているわけです。

よって、首里手の松涛館・和道流に似た面も見えますし、那覇手の剛柔流に似た面もはっきり見ることが出来るわけです。

一応これらのキーワードを使ってもっと詳しく調べみてもらった方が私からの長ったらしい回答よりも調べがいがあると思います。 しかし、どこかで矛盾していることを書いているサイトがあるのも気が付くことと思います。 そうしたらまた新しい質問を立ち上げてみてください。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

Gです。 こんにちは!!

この四つの流派(つけざるを得なくつけた名前)は流祖の時代1920-30年代でははっきりと違いました。 今ではいろいろに分かれた会派というものが出来上がってしまい同じ流派でも変わってしまってきています。

流派を語る前に空手と言うものの歴史や特徴を出すには沖縄での(つまり1920年以前)での「スタイル」を知ることで特徴を見出すことが出来ます。 それが、首里手、那覇手、泊手の三つの大きく分けることが出来ます。 本土でのこの4つの流派を雑に分けると、那覇手を受け継い...続きを読む

Q糸東流の平安二段と糸洲会のピンアン二段の型は同じですか?

小学生の息子が空手(糸洲会)を始めました。
今、ピンアン二段を習っています。

家でも練習できるよう本かビデオを買ってあげたいと思い、「糸洲会」や「糸洲流」をキーワードにして検索してみたのですが、糸洲会や糸洲流のタイトルが付いた解説本やビデオは見つけられませんでした。
平安二段が収録されている「糸東流空手形全集」というビデオはあったのですが、糸東流と糸洲会の型は同じでしょうか。
ご存じの方がいらっしゃいましたらぜひ教えてください。

また、その他にお勧めの本やビデオかDVDがありましたらご紹介ください。どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

これは私からのこれからの日本の空手と言う物を切に考えている者からとしての回答として読んで下さい。

糸東流と言っても糸東流の特徴の一部である「多くの会派に分かれてしまっている」と言う事があるのです。

糸東流の流祖である摩文仁賢和師は糸東流を作る前に糸洲流の流祖から2代目を継承しています。 (正しくはその頃は糸洲流と言う名前のついたものはなかったのですが)

しかも糸洲の糸と言う感じを糸東流と言う名前に組み込んでいますね。 これはそれだけ糸洲師からの教えを重要視している事でもあり、その考えは糸東流の教えにも、首里手である糸洲流の教えをまず教えてそれから那覇手の東恩納師の教えを組み入れていっています。 まぜこぜではないわけです。

しかし、摩文仁師ほどの実力者がいなかったせいか一つの流派として存在する事が出来なくなってしまったのです。 つまり、高弟が自分の会派を作っていき、糸東流xxx派、xxx派糸東流と呼ぶようになってしまったわけです。

そこで、型自身も変わってきてしまってきているのです。 糸洲師が捜索されたとするピンアン(平安)型の動きに変化がおきているのです。 そしてそれは会派としてのピンアン型ということになり一つの糸東流としての型が存在しなくなってしまったわけです。

しかし、だからといっておかしいと言う事ではなく、型とは「動きを知って踊る」物ではないのです。 しかしこの考え(踊る物)が日本では当然と思われるようになってきてしまったのです。 もちろん、誰も踊っているとは認めません。 しかし、もし空手と言う物を知らずに空手着を着ずに「動き方を教えて」いるのを見たら、誰も踊りではないとは言わないでしょう。

空手の型の一つ一つに何百とも言える訓練条項が含まれているのです。 それを教えるには「動きの順序」を教えなくてはならないのです。 丁度ABCや1・2・3を教えるのと同じように。 それが出来るようになったらこの何百と言う訓練を一つ一つ習っていくわけです。

さて、ビデオですが、どうか見つけて買おうと思わないで下さい。 (これが私の今回書いた理由であります)

空手は本やビデオなどから教わる物ではありません。 それが型などの順序ややり方を習うとしてもです。 空手とは教える人の一貫とした考えが教えになるものなのです。 だからこそ一生使える物になるわけです。

よって、型の動きなどを覚えるには先生から先生の教えによって習う事になります。 もしお子さんが若すぎて習えないのであればそれでいいのです。 覚えられなければ時間をかけて自分の物にすることの価値を習うと言う事ができるからです。

どうしても覚えてほしいと言う事でしたら、一緒に道場に行ってあなたが覚えあなたが家で教えればいいのです。 私の道場では親御さんの参観はお子さんの訓練参加に必須としています。 つまり、親御さん(祖父祖母を含む)が道場で座って参観しなければお子さんは訓練に参加出来ない、と言うことなのです。

これをすることで、親御さんがお子さんの訓練情報を知り何をどうやって教えているのかを知ることで(他にも色々理由はあるのですが)家で親御さんが全てを教えられなくても手伝う事はできるのです。 武道をしてお子さんには理解しにくいところもあります。 何故、空手で人を殴らなければならないのか、と言う事をどう親御さんが教える事ができるというのでしょう。 それでいて、けんかするな、ではお子さんが混乱するだけでかわいそうです、そう思いませんか?

空手を何十年やってくれば自然と訓練の中で明白ないろいろな矛盾が「無視しなくてはならないもの」ではなく「意識的にも矛盾を矛盾とは決していえない理由が分かる」わけです。 よって、子供にももっともっと質問しろ、おかしいと思ったことは口に出していえ、と言える道場になるわけです。 

糸東流と言われる会派の型のビデオでピンアンだけでも9会派(日本で購入できる二つも含めて)のものを持っています。 それぞれ会派主の考えに基づいている物です。 糸洲派のものとの違いは動きから見ると良く似ているものもありますがこれから教わる項目に基づいての動きですので、教えの違いからくる微妙な動きの違いは見る人にとっては明白な物です。

よって、糸東流の半分従兄弟でありながら教えの違う流派なのでビデオを使うことはもっと大人になってからのコレクションならいいですが、今それに基づいて教えるとなるとお子さんに派空手家の卵として可愛そうです。

どうか、じかに先生から先生の教えとして動きを覚えてさせてください。 そして、それに手助けできるのはビデオではなくあなた自身の観察が一番なのです。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、また、補足質問してください。

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。

これは私からのこれからの日本の空手と言う物を切に考えている者からとしての回答として読んで下さい。

糸東流と言っても糸東流の特徴の一部である「多くの会派に分かれてしまっている」と言う事があるのです。

糸東流の流祖である摩文仁賢和師は糸東流を作る前に糸洲流の流祖から2代目を継承しています。 (正しくはその頃は糸洲流と言う名前のついたものはなかったのですが)

しかも糸洲の糸と言う感じを糸東流と言う名前に組み込んでいますね...続きを読む

Q日本人はいつから回し蹴りを使うようになったか

お世話になります。

確か、昔の日本人の武術には回し蹴りが存在しなかった
と記憶しているのですが、
日本人格闘家が一般的にムエタイの様な回し蹴りを
使う様になったのはどの時点からなのでしょうか?

例えば現在は極真空手が空手では一番メジャーかと思いますが、
数十年前までは存在せず、昔ながらの琉球空手や(古流)柔術等では
ヒザを抱え込んでから
まっすぐ伸ばして足の裏で突くタイプの蹴りという
印象が強いです。
骨法ではスネをぶつける回し蹴りがあったらしいのですが、
昔は一子相伝だったはずで、一般的な格闘家の技とは
言い難いと思います。

そんなに詳しくもない私ですが、
数十年前、日本人対ムエタイの抗争の構図が出来て、
キックボクシングが誕生した頃、
藤原 敏男さんが活躍したという様な時代から始まった
技術革新なのではないか…なんて個人的には
思うのですが…?

Aベストアンサー

こんにちは。
多分、おっしゃるようにムエタイが広まった頃じゃないでしょうか。

日本の古流武術では、柔術は元々甲冑を着用した状態を想定しています。
甲冑を着ると動作が重くなるのと、強打してもあまり効果がないので、有効な点をピンポイントで攻撃するか、関節を固めて動けなくしてしまう方が勝ります。
江戸時代になり、甲冑を着なくなっても、古流は対日本刀を中心に発展しましたので、回し蹴りは動作が大きく剣術で見切る目を供えた相手には非常に不利なのと、和服では大きく足を広げるのが結構厄介ですので、使いにくかったと思います。
#袴ならまだいいけど、着流しでは裾が足に絡まってしまいます。

なので、少なくとも明治中期頃までは使う人はまずいなかったでしょう。
一部の流派で技としては存在していた可能性はあると思いますが、使いにくかったと思います。
洋装が定着して、日本刀も無くなってから、となると戦後でしょうね。
それから、骨法は今伝わってるのは1派だけみたいですが、昔は真田骨法を始め、xx流骨指術とか結構あったようです。

Q糸東流空手形 ローハイについて教えてください。

こんにちは。
糸東流の形、ローハイ(松村)
を独学で、練習しています。
(自分の空手は、松涛館流
なので)。
ローハイをやっていると、
どうしても、形の終わりの
位置が、始まりの位置より、
そうとう前(前方)で、
終わってしまいます。
空手の形は、普通は、もとの位置に
戻るものですよね。
ローハイの形を追っていっても、
前に進む部分は、多いですが、
下がるのは最後だけです。
最後手刀受けで下がる部分を、
思いっきり下がっていいのでしょうか。
ローハイは、格好いいので、
ぜひマスターしたいです。
お願いします。

Aベストアンサー

 独学では、大変だと思いますが頑張ってください。質問の中の最後の
立ち位置ですが、当然最初の位置より前方になります。そして、手刀受けで下がる部分ですが、猫足立ちの歩幅よりやや下がる位(前足をすり足でひいて猫足立ちになる)で、大きく下がるような事はしません。
 もし、金銭的な問題がなければ全空連より販売されている第2指定形のDVD等を利用されればよいのではと思います。(6000円位)
このDVD等には、松村ローハイを含め、4大流派の8つのかた(新たな指定)が収められているので、参考になると思います。
 流派は異なりますが、空手を学ぶことはいっしょです。今後も空手を
修行し、良い人生にしていってください。


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