あなたの映画力を試せる!POPLETA映画検定(無料) >>

戦国時代には鉄砲は推定で15万挺もあり、
世界でも有数の銃保有国だったそうですが、
秀吉や家康が天下を統一した後はそれらの大量の鉄砲はどうなったんですか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

 基本路線は、刀狩りの類似した法令を出して、可能なだけ”銃刀”を没収しますが、これは、あんまり効果がありません。



 戦国時代が終結してから鉄砲は量産体制は終わります。
為政者側が統制したことが最大の要素ですが、その量産の必要性がなくなったことも要因でしょう。

 しかし、劣悪ながらも鉄砲は幕藩体制において幕府・各藩で保有されますし、庶民も相当数の鉄砲を所持していたと思われます。

 つまり、大量の鉄砲は、劣化して役目を果たさなくなるまで使用・保管され続けたということになります。

 『刀狩り 武器を封印した民衆』(岩波新書、2005年)
に参考文献としてお勧めです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

明治維新のとき、幕府側は刀・朝廷側は銃というイメージがあったので、
幕府は銃を廃棄してしまったのかと思っていましたが、
幕府だけでなく藩も銃を保有していたのですね。
しかも幕府・藩だけでなく、庶民も所持していたのですね…

回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/20 16:26

ある意味、散逸してしまいました。

実際には徴集兵が次の戦い用に持ち帰ってそれっきりなどという例もあったのでしょう。母の実家(岐阜の農家)にも、サビだらけの火縄銃がありました。

なお、鉄砲鍛冶自体の技術は継承され、江戸時代には装飾品、または遊戯用の銃(競技銃に近いもの)が登場し、裕福な町民などによって流行します。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

>母の実家(岐阜の農家)にも、サビだらけの火縄銃がありました。
す、すごいですね…

>なお、鉄砲鍛冶自体の技術は継承され、江戸時代には装飾品、または遊戯用の銃(競技銃に近いもの)が登場し、裕福な町民などによって流行します。
技術自体は継承されていたのですね。
装飾品や競技銃まであったとは…

回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/20 16:17

#1 でも言われていますが, 庶民は多くの鉄砲を所有していました. 猪を退治したりするのに使いますしね.

    • good
    • 0
この回答へのお礼

>庶民は多くの鉄砲を所有していました. 猪を退治したりするのに使いますしね.

なるほど。
平和な江戸時代に何故庶民が銃を?と思いましたが、猪退治に使うのですね。

回答ありがとうございます。

お礼日時:2009/08/20 16:20

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q江戸時代や明治の銃

暇なときにでも 江戸時代や明治時代の一般市民に銃は出回っていたのですか?
一般の市民でも銃は持っていたのでしょうか?

Aベストアンサー

江戸時代の頃は、武士は日本刀を差してましたが、銃を持つ必要はありませんでした。幕末の頃には、一部で回転式の拳銃を所有する人達(坂本龍馬等)が居ましたが、まだ火縄銃が使われた時代ですので、武家でも銃は個人的に所有する事はありませんでした。
勿論、庶民(町民)が銃や刀剣等の武器を持つ必要もなく、明治維新を迎えた訳ですから、銃を所有する時代が無いまま現代に至っています。
日本刀なら、祖父が何振り(何本)か所有してました。


人気Q&Aランキング