『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

とにかく「自分の口から、他人に対して否定の言葉を出す」のが嫌です。
非難するつもりが無くて「ポロッと」言っちゃうのも嫌。
非難とまで行かず「批判」も、「お前(=私)一体何様のつもり???」と言う気分で反省しきり、落ち込みます。

では、自分を非難されるのは?となると、
勿論「朗らかに聞ける」筈はありませんが、何故か「ホッとする」のです。
例え、誤解で非難されたとしても「うんうん、そんな見方も出来たか、反省!」となります。

質問は、
1)「他人を非難する事に対する拒否感の理由」です。
何が考えられますか?

他人が自分をどう思おうと、自分の質?に変化等無いでしょう。
それと等しく、私が他人をどう思おうと非難しようと、その人には関係ない、と考えられる。
それなのに、何故、私はこんなに他人を非難する事を恐れるのか?と不思議なのです。
そう、「恐れる」が正しいかもしれません。。。

2)は翻って自分への非難に「ホッとする理由」です。
何でだろーーー?
怒れば良いじゃん!とも思うのに、素直に「そうかーー」と考え込んじゃう理由。。。
何だと思われますか?
教えてくださいませんか?

よろしくお願いします。

A 回答 (11件中1~10件)

NO.1です。


・幼少期に批判されて受けた心の傷が客観的で完璧な論理を凌駕している。
 従って如何に正当であっても嫌悪する。
・自己評価が低いために高評価を受けると裏を疑ってしまう。
・褒められて育っていないための猜疑心。
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この回答へのお礼

再びのアドバイス、感謝申し上げます。

>・幼少期に批判されて受けた心の傷

うーーーん。。。
これって加害者はやっぱり「両親」を想定していますよね。。。
私は私の両親を、結構自慢の両親/尊敬に値する人間、と考えています。
だから、両親から何らかの傷を、それも「自覚出来ない程の深い傷」を付けられた、とは考え難い。。。

それとも、
記憶に無い程乳幼児期の出来事、だったりするのでしょうか。。。

>・自己評価が低いために高評価を受けると裏を疑ってしまう。

自己評価。。。
高かったり低かったり、自分でも判らないなあ、と思っています。汗
自虐的な?自己犠牲的な?面を持っている事は確かです。

>・褒められて育っていないための猜疑心。

この「褒められていない時期」は、幼少期と思春期以降のどちらが影響が大、なのでしょうか?
出来ましたら、教えて頂けると助かります。

ありがとうございました!

お礼日時:2009/09/04 18:57

僕が思うに、質問者さんが「弱い人」だからだと思います。


わかりやすい言葉でいうとです。

人を批難するというと一般的に悪いことです。
自分のことを棚上げして言うとありますがその通りです。
言う資格はないといいつつすることだから。
でも、非難と批判は違います。
まあ、そんな日本語の違いをどうこう言うわけではないですが概ね人は言うよりも言われるほうが楽ですよね。
とくに質問者さんは人を非難・批判するような悪者に自分を置きたくない。そういう意識が強いように思う。

そして自分以外の誰かがそういう嫌なことはしてくれると誰かに任せているか、他人を悪者にして自分を守るタイプに多いです。
貴女は身体をはって誰をも敵にしたことはないだろうし、それをすれば貴女が負けるとわかっている。
わかっているから手を出さない、違いますか?
質問するまでもなくそういう強さがないことを恐れている。
今までもずっとそうだったのでは?

人は、きれいな世界では誰しもきれいな心で居られます。
貴女はそのきれいな水でしか生きられない弱い生き物です。
きたない水できれいな心を持つことが強さであり、批判・非難をただ闇雲に逃げるのはひとえに自分が傷つきたくないからです。
貴女は人を傷つけた以上に自分が傷つく人です。
優しいという表現でもありますが、それも一部分ではありますが僕は弱いだけに思う。
貴女が人として、親として、女性として怒りを露にしないといけないとき、貴女はできますか?

それが出来るなら怒りも批判も非難も普段は出来なくていい話です。
貴女は恐れているのは人を傷つけて自分が傷つくこと。
怒りを持つ自分もつ自分が自分でイヤだから、それに尽きると思いますね。

ちなみに僕は経験者です。
僕も優しいだけの人間でした。
「優しい=弱い」と言われました。
僕はその指摘は正しいと思います。
まあ、人間そう簡単に変われませんが♪
ウイリアム・ブレイクは人は生来の性質に支配されている、とも語っています。
まあ、問題のないうちは性質ってことで片付けてもよいと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>僕が思うに、質問者さんが「弱い人」だからだと思います。

はい、確かに。
只、弱さを直視して、それを能力や意志で補う努力はして来ました。
それと、私は「弱いか強いか?」よりも「しなやかさ」を身に付けたいと望んで生きてきました。。。
「しなやかさ」は、端から見れば線が細くて弱っちろく見えない事もありません。。。

>人を批難するというと一般的に悪いことです。

私の特徴として、「一般的」やら「多数派」やらを好まない、と言う部分があります。
そして、「一般的に他人から見て」悪者かどうか?なんて、私にはどうでも良い事です。
「私にとって必要ならば」遂行する、そうやって生きてきましたし、今もそうしています。

只、そのような「意志重視」の生き方が「意志偏重」と言う状態になってしまっているのかも知れません。。。

>貴女は身体をはって誰をも敵にしたことはないだろうし、
>それをすれば貴女が負けるとわかっている。
>わかっているから手を出さない、違いますか?

はい、違います。^^
何故か子どもの頃から「守りたいもの/人」と言う自覚がはっきりしていて、その為なら自分を曲げたり虚勢を張る事も厭わず来ました。
「まるで修行僧のようだ」とは私の親友の評です。

で、私が本気で覚悟を決めて勝負を挑んだら、負けたり等しない、と言う自信もあります。
守るものを抱えて負ける訳には行きませんから。。。

>怒りを持つ自分もつ自分が自分でイヤだから、

別に「怒りを嫌っている」訳でも無いのです。。。
怒りって、原始的であるが故に透明で美しい、とも思いますし。

あ、「優しさ」は昔から嫌いです。
特に「強さに裏打ちされていない優しさ」は嫌い。
優しさなんて、ショートケーキのてっぺんの苺、みたいなものです。
美味しい食事の後のデザート、みたいなものです。
食事が無くってデザートだけでは意味が無い、
まずい食事にデザートが付いて来たって、、、ねえ?、と言う感じ。

>ウイリアム・ブレイクは人は生来の性質に支配されている、とも語っています。

ちょっと今、ウィキペディアで調べてみましたら、大江健三郎とか柳宗光とか、興味深い名前が絡んで来ました。
作品等調べて行きたいと思います。

ありがとうございました!

お礼日時:2009/09/25 11:25

NO.6です。


>、相手にやってほしかった事は自分がやる、相手に不足している所は私が補う、と言う事になり、少々荷が重たい状況になって

状況が更に少し理解できたよう感じました。
質問者様は失礼な言い方かもしれませんが、一般的に、人を管理する立場に立つものとしては不適格な性格をお持ちなのではないだろうか、それを自覚されておられ、そのある意味弱い性格を何とかしなければ、と考えておられるようにも見受けられます。
言葉で諭すのではなく、自身の態度と行動で相手に自分の言いたいことを知らしめ、結果的に相手をその方向へ動かすというタイプの指導者も存在します。そういった方法もあると思います。もちろんそれは一般的に効率の悪いやりかたですし、仰るように限界も存在します。そういったことを総合的に勘案して、若し貴方が切実にこれではだめだと結論されたなら、(貴方にとっては)結構辛いことではありましょうが、ご自身の過敏な性格を(普通の人間のそれへ)改造される、他人を批判することの辛さに耐えることが必要になってくるでしょう。

もちろんそのまま突き進むことも可能です。それは一般的ではなくとも、経済的な人生の成功には必ずしもつながらなくても、やっぱり一種の栄光につながる可能性は大いにあると思います。

2択の辛さに耐えてください。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

遅くなってしまいました。。。
再びの回答、ありがとうございます。

>一般的に、人を管理する立場に立つものとしては不適格な性格をお持ちなのではないだろうか

。。。そう実際に言われてしまうと、なかなか苦しいと言うか、哀しいものがありますね。。。
まあ、以前はそうでは無かった、と思うのです。
また、一個の人間も「ずーーっと同じ人間」ではないから、色々と変化が合って当然なのでしょうけれど。
今はそんな時期、この質問にある「性格」が際立つ時期、かも知れません。
勿論、これが本来の私の性質なのかも知れませんけれど、
何を持って「本来の性質」なのか?なんて、分かりませんし。^^

今は、それ程「効率良く人を管理する必要」がある訳では無いし、
寧ろ「長期的な管理」の方が切実に必要です。

そうは言っても、欲張りな私です。汗
今のうちに、水面下での性格改善?を進めて行けばいいや♪と言う事にしようかな。。。

丁寧にありがとうございました^^

お礼日時:2009/09/25 10:46

わたしも少し前は、そうでした。


他人を非難することに対して拒否感をもちます。
そして、自虐的であるため場合によっては人に馬鹿にされたこともありました。

私は、人を非難した場合、自分が傷つくので言わないことにしています。
他人を非難した場合、その人が傷つくことを想像してしまうんです。
また他人を自分と比較せずに、自分の中で悪い部分を反省しより良くする
ことのほうが重要だと思っているので、非難する必要もないのです。

逆に他人を非難する人というのは、プライドが高くて他人を蔑みたいとか、自分の中の理解(常識)を超えていると思っているから
いわゆる他人が気になるタイプから非難したくなるのでしょう。
だから、あなたは自分は他人と違う人間であることも認識済みなんだと思います。

自分への非難にほっとするのは、他人を非難するより
自分が非難された方が精神的に楽だからというのもあります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>他人を非難した場合、その人が傷つくことを想像してしまう

そして鏡に映るように、自分も自分が与えたであろう傷を我が身に受けるのですね。
私の読みで合っているならば、私もpink_momo様と同じです。
自分の想像どおりに他人が傷を受ける、とも限らないのに。。。

幼い頃から、
誰かが何らかの間違い、失敗等をして、傍目で私はそれを見ていて、
その本人よりも自分が切なくなってしまっているようで困ってしまう、と言う事も良くありました。

結局私は自分の想像や予想と、現実をごっちゃにしているのかな?と悩んだ時期もありました。
他人を自分の意のままに操りたいのかしら?とも。

でも、そうではない。。。

何故なら、pink_momo様がおっしゃるように
>自分は他人と違う人間であることも認識済み
でもありますし、
「他人とは違う自分」が好きでもあるからです。
いつも多数派を嫌って生きてきました。
(この点に関しては只のへそ曲がりかも知れませんが。。。汗)

自分が投げかけた「言葉の刃」で、鏡の返り討ちに遇う経験を積み重ねて身に付いてしまった防衛本能なのかも知れませんね。。。

ありがとうございました!

お礼日時:2009/09/11 05:15

1)潔癖な人に育てられたから。


「お前はそうやって、すぐ人を非難する!」とよく叱られて育ちました。
当然、「非難する=悪いこと」とインプットされてますね。

批判と非難は、相手の存在否定に近づくケースが意外に多いです。
「自分の存在を否定された」と思い込んだり錯覚したりして、激怒したり、嘆き悲しんだりする相手に出てくるケースもあるんですよね。
だからこその、「人を安易に非難しない!」というご教訓なわけですが...。
親が生真面目なら、ごく基本的な教育内容だと思います。

2)ホッとするのには、「買いかぶられてなかった、よかった~」も、ありますね。
勘違いされて、ものすごく良い人間のように受け取られているときは、かなり困るから...。ごく稀にありますね。

また、経験則ですが、その後、腹を割って話してもらえた結果、相手に無駄な遠慮がなくなって、人間関係が円滑になることも多いですよね。
「怒られているうちは花」というし、相手がこちらを人間として真正面からきちんと捉えてくれているときは、怒ってくれますよね。
「こいつ、ダメ」と思ったら、普通は何も言わずに無視ですよw
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この回答へのお礼

お礼返信が遅くなりまして、申し訳有りません。

>1)潔癖な人に育てられたから。

はい^^確かに。
我が母は確かに潔癖な人物ではありました。
只、私の両親は子ども達の目の前でもちゃんと夫婦喧嘩をしてくれる人たちで、
当然母は父をなじり、非難するのです。父も応酬。
そして、数時間後には仲良くなっており、
次の朝、起きると父が朝ご飯を作っていたり、コーヒーのいい匂いが漂っていたり、する訳です。

そんな両親から、「相手を指摘し、非難し、傷つける事が有っても、その人との信頼関係/愛情等があれば、修復と改善は可能」と言う事を学んだと考えています。

だから、親の育児方針、となると、そんな「物心つく」以前の言い聞かせなのかなあ、
でも、その時期の刷り込みがその後の学習をそこまで凌駕する事はあるかしら。。。
もしあるとすれば、それはそれで私の「異常性」の証明にならないだろうか?と考えます。。。うーーーむ。。。

>「買いかぶられてなかった、よかった~」

過小評価よりも過大評価の方が居心地悪い、と言うのはありますね(苦笑

ありがとうございました!!

お礼日時:2009/09/10 17:21

1)に対して、



他人を批難しないことによって、
何を手に入れているのか?を考えてみると
答えが見付かるかもしれないですね。

この回答への補足

順不同になりますが、先にこちらの補足を書かせて頂きますね。

>他人を批難しないことによって、
>何を手に入れているのか?

判り易く、芯をついた質問を投げかけて頂き、ハッと致しました。

どうにも、「手に入れる」よりも「失っている」気がしてならないのです。
「建設的な会話」には、穿って見ると非難/批判と思い勝ちな「指摘」が必要不可欠と思うのです。
ですが、質問文に述べたような「拒否感」故、「公平で公正な指摘」が出来ないのです。
勿論、そのような公正さ/公平感は何を持って計るのか?と言う「主観的で曖昧」なものである事も承知です。

以前は、朗らかに他人の指摘が出来たのに、その事によって友人を失ったりした事も無いのに、
更には、今私が建設的な会話をしたいと強く望む相手は、私を嫌ったりしていない、と信じられるのに、出来ない。

何だかとてもとても「じれったい」のです。

何を失った、或は見失っているから、望む言動が取れないのだろうか?と悩んでおります。

補足日時:2009/09/04 18:34
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1)>他人に対して否定の言葉を出す」のが嫌です。


>するつもりが無くて「ポロッと」言っちゃうのも嫌。

これは面と向かって、だけでなく、ともかく他人を否定的に噂する(悪口を言う)行為も出来ないということですね。

心で思ってはいるのでしょうね。そうでなければぽろっともいえないですよね。

2)>自分を非難されるのは?となると、
>「朗らかに聞ける」筈はありませんが、何故か「ホッとする」のです。
例え、誤解で非難されたとしても「うんうん、そんな見方も出来たか、反省!」となります。
>朗らかに聞ける」筈はありませんが、と仰っておられるところを見ると、一応の不快感を(当然ながら)感じておられるのでしょう。

素晴らしいです。努力してそうされているのでなければ、全くわるい意味でなく、天然の美質を持たれた人格者であると感じさせていただきました。
貴方は私がかって出遭ったことのない素晴らしい人格者だと思います。貴方の友人は幸福です。きっと多くの友人がおありなのではないでしょうか。
私も他人の悪口をいうのは悪いことだと思いながら、やはり相手が第3者Aの悪口をいうと、(共感できれば)釣られて同意することを避けられません。少なくともさらりと受け流す態度が必要だと思うのですが。
面と向かって非難されれば(当たっていなければなおのこと)、どうしても反論してしまいます。全く「ほっと」などできません。つくずく自分が嫌になります。貴方のように成りたいと思います。鍛錬しなければと思います。

問題は、そんなご自分に疑問を抱いておられることです。
なぜでしょうか?
なにか不都合があるのでしょうか。
なぜほっとするのが困るのでしょうか。
(何か理屈があるとお考えなのでしょうか。
しいてあげれば、貴方の心の余裕、本心からの自信とでもいうのでしょうか。得がたいことだと思いますが。)
困ったことがおありなら、そのあたりをお聞かせ願いたく思いました。
ともかく貴方の人間関係は完璧で推移しているはずです。
羨ましいです。
キリスト者のいう「汝の敵を愛せよ」という言葉をごく自然に実施できる体質を備えておられるような気がします。
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この回答へのお礼

遅くなりまして申し訳なく思っております。
回答、感謝申し上げます。

>非難するつもりが無くて「ポロッと」言っちゃう

については、
「否定の意味を含む、微妙な言葉を選んでしまった事に後から気付く」って感じです。
「心で思っていて言う」のは仕方ない、としても(まずなかなか「思う」事も無いのですが)、
「思っていないのに選んだ言葉が否定の意味にも解釈出来る」場合が一番困惑します。

>なぜでしょうか?
>なにか不都合があるのでしょうか。

問題だ、と私が思っている事は、
「他人を非難する云々」よりも「否定(の意味に解釈可)語の使用」に対してより大きく拒否感を感じている点です。

「言葉では非難」したからと言って、非難相手への好意や信頼、敬意を否定する事には、必ずしもつながりません。
現状を改善すると言う「建設的な会話」が出来ない所に問題を感じています。

そのような会話が出来ない以上、言い出せない自分に責任がある、と考える事もあり、相手にやってほしかった事は自分がやる、相手に不足している所は私が補う、と言う事になり、少々荷が重たい状況になって来る事があるのです。
また、そうして「補う」事が相手の為にならない、と考えられる場合もありますし。。。

小さい頃から「ことば」と言うものに、人一番敏感だったと感じています。
その敏感さが過敏の部類に入りつつあるのかな?と。。。
それはあまり良くないなあ、と。。。^^

お礼日時:2009/09/10 15:17

他人のことを非難したくないのは心の中で(誰をも非難したくない。

誰のことも悪く言いたくない。そうすることは不愉快なことだ。)と無意識の世界で思い込もうとされているからではないかと思います。

自分のことを批判されて不愉快でないのは自分に厳しくどちらかと言えば少し自虐的なところがあって素直に非難を受け入れられるということか柔軟な精神の持ち主か、そう悪いことではないと思います。

しかし、人間、元来の心の動きはこの反対が普通です。自然体の人の気持というものは平たく言うと、人の批判はしても自分には甘くなりがちで人から何か言われるとムッとするというのが本音というものだと思います。

精神的に非常に潔癖な一面を持たれた方かもしれません。

かつて、何か人とのトラブルがあり、人と和することにのみ目が奪われ
て人と食い違いたくないという気持が強くなったということは考えられないでしょうか。

他人を非難することを恐れるのは非難するということが何かとても酷いことをするような気分になるとか、辛いとか、かつての経験、トラウマからそうなったという人にお会いしたことがあります。

その方も質問者さまと同じで他人を完全に受け入れたいという信念の元に持たれていました。そして、やはり、自分のことはどんなに他人に悪く言われても平気だと言っておられました。

私はこの質問を拝見した時、安堵しました。何故かというと質問者さまはご自分がどうしてそう思うのか不思議という疑問を持たれていますよね。私の知人は疑問は持たない人でした。
それで結局、自分が正しいはずだという気持が強すぎて周囲から浮いてしまっています。

人の心というもは自分で自分を守ろうとする力が強いものだと思います。自己防衛という機能が働くように人の心は出来ているのだと思います。

人を批判したくなくて自分への批判のみ受け入れるというのはその防衛機能が無意識のところで働いておられるからだと思います。

人の心の事情というものは複雑なものだと考えます。そのまま、事実や他人の本当の姿というもは受け入れ難いものかもしれません。

人の批判を受け入れられるのは先ほども触れましたが、柔軟な精神力を持たれているという証拠ではないかという見方もあると思います。しかし、人を非難とまでいかなくても意見が違うということは当然のことですし、ぶつかり合って成長できるということもあるのですから闇雲に非難をさけるという態度を貫かれるのは如何なものか、と私には感じられるのですが、とうでしょうか。
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この回答へのお礼

とても判り易く、また暖かな風を感じる回答、ありがとうございます。

>そうすることは不愉快なことだ。

私の主観が思いっきり入った表現になりますが、、、
「不愉快」と言う「濁った感情」ではなく、もっと「透明な」具体的に言えば「只、ひたすらに悲しい」と言う感覚です。
だから、嫌、と言う感じでもあります。

自虐的、よく言えば?自己犠牲的な性格である事は自覚しています。

>かつて、何か人とのトラブルがあり、
>人と和することにのみ目が奪われて
>人と食い違いたくないという気持が強くなった

確かにトラブルはありました。
でもそれ以前もそれ以降も、「他人との和」と言う物に重要性を感じていない、と言う事に変化は無いのです。
昔から「協調性無いよね」と言われがちでした。汗

人は「他人と違っていてなんぼ」と考えて生きてきましたし、
みんなと同じ、埋没したってつまらない、と。。。
それだったら「目立つ/浮いている」方がいいや♪って。。。汗

お知り合いの方のお話、興味深いです。。。
でも、まあ、、、私は小さい頃から、何かと周囲から浮きまくって来た気がするから、今だってどうだろ?と言う感じです。

>人の心というもは自分で自分を守ろうとする力が強いもの

はい。
私も不都合があるような無いような、よくわからない状態ながら、何かの「防衛本能」の存在を感じます。
その指令本部?まで道を探っているのですが、巧妙に仕掛けられたトラップで、連れ戻された事にも気付かないうちに遠ざけられているような、一種不気味な感じを抱いております。

また、何かありましたらぜひお願いします。
ありがとうございました!

お礼日時:2009/09/04 19:16

ごめんなさい


手抜きのようですが、あなたの履歴?は今現在も見てません
yukkinn66さんが女性なのか男性なのか?
中学生なのか、老人なのかはまったくわかりませんんし、想像もしてません
あなたの、あなたらしさ、アイデンティーは
あなたがこの世に生まれてきた理由、誇りや存在価値です
なんのために生まれてきたのか?
あなたはこの世に存在してもよいのか?・・・考えたことはありませんか?
それを否定されることは存在を否定される事です
そういう部分を何一つ持ち合わせていないということは
すばらしい家族愛に満ちあふれている両親の愛にはぐくまれて生まれてきたということではないでしょうか?
皮肉ではないのですがうらやましいような、しかし決してそうはなりたくない・・・それは自分には自分の自分らしさがあるからです
「他人を非難したくない。」の回答画像3
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この回答へのお礼

OKWaveGT5様、また丁寧にお答えくださり、ありがとうございます。

>なんのために生まれてきたのか?
>あなたはこの世に存在してもよいのか?・・・考えたことはありません
か?

よく考えます。^^
それなりに「私なりの答え」は見つかっている、と感じています。

只、その思考を「自分らしさ」と言う言葉にするのは嫌いです。
「自分らしさ」と言う感覚は、ともすれば「努力からの逃避」を正当化する言い訳にもなります。

だから、私は「私らしさ」なんてクソクラエだ!と思っています。汗
「今現在の私」の「私らしさ」なんて、たかが知れています。
だって、私はまだまだ未成熟で我が侭で、
こんな現状の本質等見つけた所で何の価値があるの?と思います。

存在の否定。。。否定される事。

例えどんなに否定されようと、ここに現に存在しているものは、存在を認められているから存在している、と考えています。
だから、こんなよく価値も判明していない私だけれど、存在しちゃっているんだから、仕方ないかーーせめて誰かの邪魔にならないように生きて行こう、と思っています。

添付画像、ありがとうございます。
拝見して、ふと涙が出そうな柔らかな気持ちを頂きました。。。^^

お礼日時:2009/09/04 18:33

1)


・他人を非難するというのはその人に「あなたはこういう人だ」とレッテルをはる行為、しかし、人は時と共に変化、成長するので意味がないから
・他人を非難すれば、今度は自分が攻撃されると判っているから、あるいはそういう経験があるから
・個人が利己的遺伝子に支配されようと、人類のDNAが地球が滅びようと宇宙にまでその存在を存続させようとする共同意識が潜在的に働くから

2)
指摘されたことが自分らしければ、ほっとするでしょうが、逆に自分らしさを否定する内容でしたら違った見解があると思いますよ~

例えばあなたが専業主婦で小さいお子さんがいるとしましょう
そこで「あなた晩ご飯作るのに一生懸命になるわね」と言われたとしましょう
外で仕事をしないあなたが家族の栄養バランスを考えぬいて料理を作る・・・
それが自分らしくて、誇りでさえあるなら「ほっ」とさえするでしょう
「もっと家族の栄養バランスを考えないと」と非難されれば、ほっとするどころか
.。oO( 私は私なりに考えてるの!)と思うでしょうし
あるいは裕福で、ご主人がお偉いさん、食事はお手伝いさんが作る・・・それが自慢である場合、「あなた晩ご飯作るのに一生懸命になるわね」と言われたら、逆に「カチ~ン!」とくるのではないでしょうか?

あなたの「自分らしさ」に照らし合わせてもう一度考えてみて
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この回答へのお礼

丁寧に書いてくださり、ありがとうございます。

1)
>しかし、人は時と共に変化、成長するので意味がない

それはありますけれど、
今ある現在を「よりよい未来(例えば、より良い家庭)」に促進させるためには、ある程度の批評/指摘/非難は必須と思うのです。
そんな冷静な考えもあるのに、「拒否感」が勝ります。。。

>他人を非難すれば、今度は自分が攻撃される

この理由で他人をあれこれ言いたくない、と言うのは、私の場合、当てはまらない、と感じています。
寧ろ、2)に感覚を求めて、先制攻撃を仕掛けて返り討ちを浴びて、ホッとする、とか馬鹿な事もやります。。。汗

2)
>逆に自分らしさを否定する内容でしたら違った見解があると思いますよ~

何だか、書いてくださった例え話が。。。
私の履歴から、経歴を想像してくださったのでしょうか。。。^^

「カチーーン」とか反発、と言うものは私は持ちません。
その辺り、ちょっと悩んでたてた質問がこちらです、しばらく前のものですが。
「怒り」は実在する感情、でしょうか?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4453150.html

先の方へも書きましたように、「非難を受ける」と言うその事自体に安堵している節があります。
どうやったらそんな理解の仕方が出来るの?と言う「理不尽な非難」も、
私は「あーーそういう見方があるね」と思っちゃう質です。
その上で、「ホッとする」。。。

「お前なんかその程度なんだよ!」とか言われちゃった方が、「うんうん!やっぱり?」
「すごいねーー!!」と褒められると「そんな大した人間じゃない!」と下手したら怒りたくなってきます。。。汗

うん、、、やっぱり私っておかしいよね。。。



ありがとうございました!

お礼日時:2009/09/03 13:14

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