プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???

プラトンの国家、ソクラテスの弁明を読んで、ソクラテスの史実の姿に興味を持ちました。

国家やソクラテスの弁明に描かれるソクラテスの姿は、大体、史実、ありのままと考えていいのでしょうか。
それとも、プラトンが描くソクラテスというものは、大部分が、史実とはかけ離れた空想の産物なのでしょうか。

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A 回答 (2件)

史実という考え方自体が、近代的考えです。



古典時代の人々が、食べていた食べ物を「今の目線で」
「まずい」とか「料理の仕方が洗練されていない」とかと評価できないのと同じで、歴史的に「それはそれ」とまず、さらっと読むことが大事です。

史実という事で言うと
ヘロドトスとトゥキディデスの比較がよく話題となります。
ヘロドトスは、「物語」の作家
トゥキディデスは「史学」の著者とされます。

さて
「伝記」は、「歴史書」なのでしょうかそれとも「読み物」なのでしょうか?どちらかというと「奇跡をつづるといった側面が強いと思います。少なくとも「記述するにふさわしい数奇な内容」のはずです。

この時代に書かれた書籍は
基本的には、「伝説的読み物」といったほうがいいと思います。

トゥキディデス=史実重視の見方・政治的意図で書かれた文章=プログラムは、例外中の例外です。

比較の対象として「クセノフォン」のソクラテス伝をよんでみるのもよいのかもしれませんが、「思想」としては、プラトンのほうが優れています。人から人へ伝えていくといった視点からも明らかに勝っています。

また、「弁明」のほうは、史実に比較的近いということも出来ます。ソクラテスの弟子=プラトンが書いたことですから、内容(こんな感じだったんだろうなというイメージ)だけ
持っていけば
いいと思いますが、

でも、全てが夢物語ではありません。

「聖書のでたらめ」を信じている人たちが、党派的に「哲学全般に対して批判・弾圧を繰り返してきた」という歴史的事実にも着目してください。肩の力を抜いて取り組んでください。

プラトンは、自分に対して「辛口」になることが出来る思想のヒトツです。キリスト教はその逆。
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>>プラトンが描いたソクラテスは史実の姿???



本当の姿ですよ。

あの時代は師は哲学を説き、弟子が記述して残すのが主流です。
釈尊や孔子、イエスもみな同じ形式ですね。
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Aベストアンサー

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また、堂々と裁判で抗論しつつも「悪法でも法は法」といって死んでいくという、現代では考えられないソクラテスの行き方と現代人の行きからの対比でしょうか。

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以上3点よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

そもそも古代ギリシア特にアテネは民主制が完成した都市国家だったので法律上市民は平等でした。あらゆる貴族の特権は廃止されています。
古代ギリシア人の名前については次のサイトに明確に書かれています。ギリシア人は本来たった一つの名前があるだけだったが紀元前402/3年から公式の文書においてはデモス名を添えなければならなくなったそうです。
http://ancienthistory.about.com/od/nameetymologies/p/AncientNames.htm
ここでいうデモス(demos)とは「人民」という意味ではなく地区名です。東京で言えば「足立区」のような感じです。デモスについては次のサイトの民主制のところをお読みください。
ソクラテスについてはアローペケー区の出身と言うことが伝わっています。
http://www.maat.it/livello2-i/socrate-i.htm
ヨーロッパ文学最古のものと言えばホメロスのイーリアスとオデュッセイアですが、この叙事詩に出てくる英雄たちもたった一つの名前だけで(アキレウス、ヘクトル、メネラオス等)、ときおり父親の名前が添えられます。たとえば、「ペーレウスの子アキレウス」とか。王様でも貴族でも名前はひとつです。

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Qブッダとソクラテス(実はプラトン?)の思想の異同は?

中央公論、田中美知太郎責任編集 「プラトンI」から池田美恵訳 『パイドン』の10章(ステファヌス索引65b)
「さあ、それでは、知恵の獲得そのものについてはどうだろう?肉体は妨げになるのかならないのか、もしその探求に当たって人がこれと協力するとすれば。
つまり、こういう意味だ。視覚や聴覚は人間になんらかの真実を教えるのか、それとも、その点についてなら詩人でさえ、いつもくりかえし語ってくれているのではないか、われわれの見聞きすることは何一つ厳密ではないと。しかも、肉体のもつこの二つの感覚が厳密でも確実でもないとすると、ほかのものは言うまでもない。いずれも、この二つよりは劣っているのだから。そうは思わないか」

さて、質問です。
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よろしくお願いします。

中央公論、田中美知太郎責任編集 「プラトンI」から池田美恵訳 『パイドン』の10章(ステファヌス索引65b)
「さあ、それでは、知恵の獲得そのものについてはどうだろう?肉体は妨げになるのかならないのか、もしその探求に当たって人がこれと協力するとすれば。
つまり、こういう意味だ。視覚や聴覚は人間になんらかの真実を教えるのか、それとも、その点についてなら詩人でさえ、いつもくりかえし語ってくれているのではないか、われわれの見聞きすることは何一つ厳密ではないと。しかも、肉体のもつこの二つの...続きを読む

Aベストアンサー

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ソクラテス
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 #1です。何と! 補足があったようですね、すいません。

 順にお答えしますと、

1.プラトンの写本で現存しているのは、すべて中世の写本群です。数百篇の断片がありますが、それら写本の序列を整理すると(例外もありますが)七つの親写本に遡れます。それらの共通性から、トラシュロスの四篇編集が大元だろうと推論されています。トラシュロスの真筆が残っていたら、↓の本は発売されなかったでしょうね。

 同定作業について詳しくは、

 ・H. Gregory Snyder, "Teachers and Texts in the Ancient World: Philosophers, Jews, and Christians."

 を読まれると良いでしょう。それら写本を何から筆写したのかは、もちろん推測の域を出ていませんし、誰がそれを書いたのかも同定されているものは僅かです。その中で、T写本と呼ばれるベネチアのものが他の親写本と比べて質・量ともに参照されやすい。
 写本に頼るくらいですから、西欧社会に原本がなかったのは確かです。あるいは、ひょっとしたらアラビア経由で、トラシュロスの原本が入ってきたかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、少なくともT写本は、トラシュロスが書いたものではない。
 そのT写本を底本にして、他の写本からも幾篇かを織り込んで印刷出版したのが、マヌティウス版のプラトン全集です。ステファヌスは彼の知人で、マヌティウスよりは翻訳がうまかった。彼らは、知友のピコ・デラ・ミランドラを通じて、フィレンツェのメディチ家(フィチーノ)とも親交があったようです。
 T写本はギリシャ語ですが、当時はアラビア貿易が盛んでしたから、アラビア語やヘブライ語の写本をどこかで参照したかもしれませんね。

2.原本があれば、それはギリシャ語のはずです。

3.マヌティウス版の原本は見たことがあります。左にギリシャ語があり、右側にラテン語で対訳が書かれている。所々、間違っています。

4.ステファヌス版も対訳です。でも、こっちのラテン語は確かです。
 ところで、プラトンの羅訳でまとまった仕事が成されたのは15世紀です。それまでの、西欧社会にはプラトンの作品はほとんど知られていません。
 一度、フィチーノを読んでみてください。良いですよ。うっとりします。

5.6.そうです。

 以上が僕の回答です。補足はありません。以上です。

 #1です。何と! 補足があったようですね、すいません。

 順にお答えしますと、

1.プラトンの写本で現存しているのは、すべて中世の写本群です。数百篇の断片がありますが、それら写本の序列を整理すると(例外もありますが)七つの親写本に遡れます。それらの共通性から、トラシュロスの四篇編集が大元だろうと推論されています。トラシュロスの真筆が残っていたら、↓の本は発売されなかったでしょうね。

 同定作業について詳しくは、

 ・H. Gregory Snyder, "Teachers and Texts in the Anci...続きを読む


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