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戦後、朝鮮人たちは自分たちは敗戦国民ではないという理由で引き上げしようとしていた日本人や日本列島の日本人に対して殺人・強盗・強姦等の加害行為を行っておりましたが、このことを指摘すると韓国朝鮮人は日本統治下における日本人の加害行為を引き合いに出します。
このやり取りについて自分なりに調べては見たのですが、戦後の朝鮮人による蛮行については日本人の手記に克明に記されているものを見たことはあるのですが、日本統治下の朝鮮については言語の収奪とか土地の収奪といったような総督府の行った政策については書かれているのですが、日本人による朝鮮人への蛮行を具体的に記したものというのは見たことがありません。
朝鮮人が戦後の蛮行を指摘されると、日本統治下の朝鮮を引き合いに出すぐらいですから、日本人は戦後の朝鮮人の蛮行とは比べられないほどの殺人・強盗・強姦を日本統治時代の35年間に犯しまくったのでしょう。そのような日本人の蛮行を資料を基に教えてください。

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A 回答 (8件)

 韓国の情報と関わって30年程になる者ですが、日本統治下の朝鮮で日本人による殺人・強盗・強姦が横行していた、とは聞いたことがないですねぇ。

文脈を間違ってとらえた文がそのまま日本語になっているものに接しられたのではないかと思いますが。
 日本統治下の朝鮮に生きていた韓国人、日本人にたくさん会いましたが聞いたことが無いです。日本統治時代の一般の人の日常生活では日本人、朝鮮人が非常に仲が良かったという話は双方から何回も聞いています。
 私が会った人の中には抗日運動をやっていて日本人憲兵に殴られた人の子供も何人かいます。もし本当に被害が日常化しているようだったら、話が伝わっていると思うんですが。抗日運動は韓国人には誇らしいことで語り継いでいることですので、抗日とも関連が深い日本人の行為なら伝えているはずだと思いますが聞いてないです。
 日常生活を送るのに治安が悪くてしょうがないようなことは無かったようですよ。
 米国人宣教師たちが作った学校、特に女子の高等教育機関などもありましたので、もしそんな殺人・強盗・強姦などが頻発横行していたら国際的に問題になっていたでしょう。
 朝鮮人の警察官もたくさんいたんですよ。朝鮮人の憲兵もいました。
 朝鮮人と日本人が一緒に机を並べて勉強する高等教育機関で勉強した人たちは朝鮮人、日本人共に今でも連絡を取り合って日韓を旅行し合う人たちも知っています。

 でももちろん言うまでも無く、そういう仲良く過ごしていた人たちだけがいたわけではなく、ここは日本領になったんだッと威張っていた人たちもいましたから、そういう威張った態度を取る一般日本人や行政
、軍関係者たちに対する反感は当然ありました。

 「言語の収奪」とよく言うので誤解している日本人がいるようですが、別に朝鮮語を使うことをあらゆる場所で禁止したわけでは無いですよ。統治の終わりの頃に「日本語を!」「日本語を!」とうるさく言い始めましたが、朝鮮の人は朝鮮語を話していたし、ラジオ放送も朝鮮語専用チャンネルがずっと最後まで存在し放送されました。当時はテレビがまだ無いですから、音で日々の情報を得る手段と言えばラジオが唯一の手段でしたね。
 映画も歌謡曲のレコードも朝鮮の人向けに朝鮮語で作られ、販売され続けました。

 朝鮮語を団体で研究することは、組織的な抗日運動と結びつくことを恐れて治安当局が弾圧を加えました。そのことが「言語の収奪」の事例として挙げられることがよくあります。
 「言語の収奪」とだけ言われると日本人には具体的にどういうことだかわからなくて、「収奪」というと、「奪う」だから「奪われた」ら、無くなるから「無」になってしまうイメージが浮かびますよね。でも別に無になったわけではないのです。

 インターネットなどで情報が増えたのは良いですが、ことばだけが一人歩きしちゃって日韓の間で誤解が生じているような気もします。

 「土地の収奪」というのは、一般的に日本人が朝鮮の土地を収奪したということになっていますが、これもこのひと言ではなかなか実態をとらえることが出来ないと思います。
 日本が朝鮮の土地政策で良い政策をしたとも悪い政策をしたとも、私には何ともシロウトなのでわかりませんが。実態としては、土地の所有者をはっきりさせる調査をして土地台帳を作ったら、他人の土地を勝手に(違法に)耕作して農業やってた人たちがたくさんいてその人たちがそれ以上耕作が出来なくなったのです。そういう農地が全農耕地の40%にも及んでいたそうです(韓国の学者さんによっても数字が違いますが)。
 農民からしたら、今まで違法でも農業やってたのに出来なくなってしまったので山へ入り、これまた勝手に山を焼いて農業する焼き畑農業をする人の数が膨大にのぼります。「火田民」といいます。清国(中国)へ渡り開拓する人もいました。元々、李朝末期から重税に耐えかねて清国へ渡る人たちがたくさん出ていたのです。
 支配する行政側からしたら、土地と人口をきちんと把握するのは税制を始めあらゆる行政の基本ですので、調査したのは当然の行動です。

 今でも違法に土地などを利用しているのはあるんですよ。今から3年前の12月、韓国西海岸で大型石油運搬船が衝突事故を起こして大量の石油が流出、過去最大の海岸汚染を引き起こしました。沿岸の漁業は壊滅状態。特に牡蠣の養殖で有名な海岸だったのに、牡蠣が全滅。牡蠣養殖業者たちが船会社に補償を求めましたが、実はそこの海は海上国定公園で牡蠣養殖はしてはいけない海だったのです。違法に今まで何十年間も養殖をやっていたのでした。行政も違法行為を知りながら放置していたのです。ですので、牡蠣業者への補償はナシ。いくつかの村は人口のほとんどが牡蠣養殖で食べていた、それも何十年もの間。
 村人たちが補償を求めてソウルへ行き、はちまきして韓国水産庁などでこぶしを振り上げてデモをしましたが、韓国政府としては違法行為に対する補償は出来ない、見舞金程度なら少し出しましょう。その結果、食べられなくなった人たちの中に自殺者続出。村を捨てて都会へ移住して行く人たちも続々。
 この沿岸はたまたま石油流出で違法行為が表に出ましたが、全国にはこういう海や土地がまだあることでしょう。

 3.1独立運動のきっかけは、日本人男子生徒が朝鮮人女子生徒をからかったことでした。若い子が異性をからかっただけで朝鮮半島全土に野火のように抗日デモ隊が広がって行ったのです。もし、まるで無法地帯のように日本人による犯罪が頻発していたとしたら、  3.1独立運動 × 2000万倍(人口が約2000万人だったので)  もの大運動が起こって日本の朝鮮統治はあっという間に終わりになっていたでしょう。

 私が知っているのはこのくらいです☆
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この回答へのお礼

回答を読んでいてちょっと私がイメージしていた一般的な「外国政府による統治」がなされている状態とはズレがあり、再考させていただこうと思うようになりました。

NO.4のmmmto様が仰っている内容とnogul2様の回答を読む限りでは、日本統治下においては警察が機能していたので日本人の官吏・軍人・民間人による朝鮮人への殺人・強盗・強姦が頻発していなかったとのことですが、てっきり私は頻発していたのではないかと思っておりました。

といいますのも、米軍占領下の日本において、朝鮮人による蛮行もありましたが、米軍による殺人・強盗・強姦が頻発していたと聞いたことがあります。ですので、同様に日本統治下において日本人による蛮行が頻発していたと思っていたのですが、違うとの意見を出していただいたので、再度調べてみようと思います。

それと、

> 米国人宣教師たちが作った学校、特に女子の高等教育機関などもありましたので、もしそんな殺人・強盗・強姦などが頻発横行していたら国際的に問題になっていたでしょう。

とありますが、朝鮮人や米軍の蛮行については上智大学からの情報によって国際的な問題になるようなことはなかったのでしょうか?

お礼日時:2009/09/29 08:35

No.4で回答したものです。


連投失礼します。

>無政府状態というのは一体いつまでなのか

最初に私が無政府状態ということを持ち出したのは、質問者さまが引き上げ時のことを問題にされているようでしたので、敗戦後の一時期に限定して考えていました。明確な時期区分をした上で使ったわけではありません。

>日本人の蛮行を書いたものは見たことがないので裏付ける資料を教えていただけますか

有責人口10万人に対する刑法犯の発生件数の比率を示したグラフを、参考URLに入れておきました。民族別にはどうなっているのかという疑問が出るかもしれませんが、注の出典を参考にご自分で調べてみてください。一般的な治安状況が占領期には悪化していたことはお分かりいただけるかと思います。この時期の警察の力量を考えれば、統計に反映されていない犯罪も相当数に上ったことでしょう。

なお、「第三国人」というのは差別用語です。どこかの無神経な知事が公式の場で使って問題になっていました。軽々しく用いるべきではないでしょう。このような多くの人の目に触れる場所では特に。

私は愛国心を否定するものではありませんが、愛情というものはしばしば人間の理性を狂わせるものです。子供への愛で目が曇った親がモンスター化するように、自分の国への愛も正しい判断を下すに際して妨げになる可能性は大いにあります。自戒するに越したことはありません。

質問者さまは、もし日本が中国の植民地になったらどう思われますか?きっと中国政府や中国の人たちを憎悪するのではありませんか?朝鮮の人たちは、それと同じ屈辱を味わったのです。仮に敗戦直後に朝鮮人が日本人に対して目に見える形で「蛮行」を加えたとしても、日本人による植民地支配そのものが朝鮮人の総意に基づくものではなかった以上、目には見えなくても「蛮行」を加えたことに変わりはありません。(「中国は人権を無視している国だから、当時の日本とは全然違う」という批判はナンセンスです。日本の警察は自国民である『蟹工船』の作者をいびり殺しました)朝鮮人が恨みを抱いた理由として、目に見える形での「蛮行」だけを探し続けるのは、ちょっとピントがずれているのではないでしょうか。

1つの事実を確認するときにも、それを多面的に(相手の立場に立って)考えてみることが大切なのだと思います。歴史を学ぶのであれば、なるべくそのことを忘れないようにしてほしいと思います。

参考URL:http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/8/image/image/h0010 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>有責人口10万人に対する刑法犯の発生件数の比率を示したグラフを、参考URLに入れておきました。民族別にはどうなっているのかという疑問が出るかもしれませんが、注の出典を参考にご自分で調べてみてください。一般的な治安状況が占領期には悪化していたことはお分かりいただけるかと思います。この時期の警察の力量を考えれば、統計に反映されていない犯罪も相当数に上ったことでしょう。

注の出典:(警察庁の統計・司法統計年報・検察統計年報・総理府統計局全国年齢別人口の推移)。
お示しのものが日本人が朝鮮人に引けを取らないぐらい蛮行を重ねていたという資料なのですか?
これだけでは判断できかねますが・・・。

>最初に私が無政府状態ということを持ち出したのは、質問者さまが引き上げ時のことを問題にされているようでしたので、敗戦後の一時期に限定して考えていました。明確な時期区分をした上で使ったわけではありません。

私は
「戦後、朝鮮人たちは自分たちは敗戦国民ではないという理由で引き上げしようとしていた日本人や日本列島の日本人に対して殺人・強盗・強姦等の加害行為を行っておりましたが、」
と書いております。
別に引き上げようとしていた日本人だけでなく、日本列島にいた日本人も含めております。
加えて、私は「戦後」としか言っておりません。私は戦後のいつまで蛮行があったのかを知りません。つまり、一時的だったのか、長期的であったのかも分かりません。mmmto様の言う「戦後の一時期」と言うのは大体いつぐらいまでなのでしょうか?

あと、他に書いていただいたことにつきましては、やはり確認させていただきたいことがございますのですんなりとは理解できません。
確認させていただきたいことにつきましては改めて質問を投稿させていただくかもしれないので、そのときはよろしくお願いします。

お礼日時:2009/10/02 13:55

No.4で回答したものです。



>朝鮮人による蛮行が敗戦直後の無政府状態における一時的なものだったのでしょうか?

李承晩ラインを引いたときには、すでに韓国政府が成立していました。
これは、主権国家間の国境をめぐるトラブルであり、民間人の「蛮行」ではないでしょう。国民と政府は分けて考えるのが、質問者さまの立場ではないのですか?

日章旗と大極旗の使い分けが「蛮行」とどう関わるのかは、私自身の不勉強でよくわかりません。

米軍占領下では日本人の日本人に対する「蛮行」も多発していました。特に占領の初期には、戦時期とくらべて治安が大幅に悪化していた点に留意すべきでしょう。朝鮮人だけ取り立てて難詰するのはちょっとどうかと思います。

>韓国人がどう言うかよりもまずは自分なりに考えをまとめたい

自分自身でしっかりものを考えることは大切なことです。
けれど、歴史を学ぶということは、過去の人間という「他者」を理解するということです。自分の国以外の人たちの歴史を学ぶとすれば、「過去の」「外国人」という二重の意味で「他者」である人間を理解する必要が出てきます。現代の日本に生きる自分自身の視点だけから歴史を眺めては、見えるものも見えなくなってしまうのではないでしょうか。

「韓国人がなぜそう言うか?」が質問者さまの疑問の出発点だったのですから、やはり韓国人の考え方をきちんと理解した上で、自分の立場を決めるべきではないかと思います。

これは私の見解ですが、日本人は別に恨みがあるわけでもないのに、自国の安全保障と経済発展のために朝鮮を植民地化しました。一方、植民地支配下に置かれた朝鮮人は、内発的な発展の可能性を奪った日本人に対して多かれ少なかれ「恨み」の感情を抱いていました。日常的な結婚差別や就職差別もしんどかったことでしょう。朝鮮人の日本人に対する「蛮行」には、日本人に差別され抑圧されてきたという過去の恨みつらみを発散させる意味があり、その意味で日本人の自業自得だったように思います。

また、「日本のおかげで韓国は発展できた」というお決まりの植民地支配正当化論がありますが、これは暴論もいいところだと思います。たとえていえば、女の子を10歳のときに拉致して19歳まで監禁し続けた犯罪者が、「この女は俺のおかげでここまで大きくなったんだ」などというようなものです。ちょっと極端な例ですが。

自分の民族が他の民族に支配されるということが、どれほど屈辱的なものであったかは、「蛮行」の背景としてきちんと抑えておくべきです。やはり、過去の朝鮮人という「他者」の思いをきちんと踏まえて、自分の見解を確定することが必要なのではないでしょうか。

この回答への補足

文字数制限でお礼欄に入れられないので、補足欄で失礼します。

説明が不足しておりましたね、要は朝鮮人の蛮行はいつ頃収束したのかを知りたかったのです。日本の朝鮮統治は1910年から1945年までというようにハッキリとした年が分かりますが、朝鮮人の蛮行は1945年からいつまで続いたのでしょうか。mmmto様はNO4の回答で、朝鮮人の蛮行は無政府状態になっていた一時期の行為であるかのように書いておりましたが、そうなると米軍占領後にすぐに蛮行はなくなったのでしょうか?日章旗と大極旗の件ですが、韓国は8月15日を光復だと言っておりますが、8月15日をもって日本統治が終わりを告げましたが、同時に韓国に主権がもたらされたわけではなく、日本の一部として米国の支配下に置かれたということです。それに対して、李承晩ラインを引いたときには、すでに韓国政府が成立していましたが、日本列島と朝鮮半島においてmmmto様の定義する無政府状態というのは一体いつまでなのか(米軍占領期?大韓民国建国時?サンフランシスコ条約締結時?日韓基本条約締結時?)を聞きたかったのです。

>米軍占領下では日本人の日本人に対する「蛮行」も多発していました。特に占領の初期には、戦時期とくらべて治安が大幅に悪化していた点に留意すべきでしょう。朝鮮人だけ取り立てて難詰するのはちょっとどうかと思います。

そうなんですか?戦勝国民の米国人や第三国人と称する朝鮮人に引けを取ることなく敗戦国民同士で蛮行を重ねていたんですか?戦勝国民や第三国人の方が蛮行を重ねていたと思うんですが、朝鮮人の蛮行を書いた書籍を読んだことはあるのですが、日本人の蛮行を書いたものは見たことがないので裏付ける資料を教えていただけますか。おそらくmmmto様が”朝鮮人だけ取り立てて難詰するのはちょっとどうかと思います。”と言う位ですから、朝鮮人の蛮行に匹敵するほどの蛮行を日本人がしていたという資料が存在するのでしょうね。

それと、mmmto様は私見を述べられておりますが、拝読した限りでは色々と確認したいことがあります。これはmmmto様に限った話ではなくこの手の話をしたときにはすんなりと主張を取り入れることが出来ず自分なりに確認したいことが多く出てきます。これらのことを一つ一つ確認していって、その後にやっと自分なりの考えを持つことが出来ると思っております。確認したいことにつきましては、改めて質問を投稿させていただくかもしれませんので、そのときはよろしくお願いします。

補足日時:2009/09/29 12:54
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 「日本の朝鮮統治は世界に類例がないくらいに苛烈だった」というのは、韓国朝鮮語特有の誇張表現が含まれたことばなんですよ☆ 質問者様はまじめでいらっしゃるので、そのままことば通りに受け取られたのですね。

普通の日本人は皆そうかもしれません。
 韓国語を知ってみると、韓国語は誇張表現をよく使うことばなんです。そういう言語習慣なんです。
 さきほど韓流ホームドラマをやっていましたが、 朝、ベチャベチャおしゃべりして学校になかなか行かない末っ子に家族が「早く学校に行かないと、お母さんに殺されるよ!」 と言っていました。
 「お母さんに殺される!」 です。日本語字幕は 「早く学校に行かないと、お母さんに怒られるよ。」 と、普通の日本語になってました。
 昨日見た別の韓流恋愛ドラマでは、 会社で「今日中にこの書類仕上げておいてくれないと君(きみ)、あした私に殺されるよ!」 。
 また「殺される!」 です。日本語字幕は 「今日中にこれだけ必ずやってね。」 と、また普通の日本語になってました。
 元の韓国語と日本語字幕の落差がおわかりになりますか?
 日本語字幕からは、元が誇張表現であることなど知るよしもないですよね。
 ごく普通の会話にも日本語からするととんでもなく誇張した言い方がよく使われているのです。
 別にドラマだけでなく実体験でも、ちょっと上司から多く仕事を与えられて忙しい人が、
(1) 「あー、 私殺されます!」
 知人友人同士でしゃべっていて相手が気に入らないことを言うとすぐに、
(2) 「あんた、 私に殺されたいの!」

 本当に殺されたり殺したりするのではありません。ちょっとしたことでもこうやって極端な誇張表現で表現するのです。
 そのまま日本語に訳すと意味が違って、 すわっ殺人事件の前兆か? ということになりますので、そのまま日本語にすることは出来ません。
 (1)は、 「あー、忙しくて大変です!」
 (2)は、 「あんた、 ひどいなぁ、その言い方は!」  あたりが自然な日本語です。

 昨年、芥川賞を中国語を母国語とする中国人女性が受賞しました。審査の段階で「中国語に特有の誇張表現が多くて、気になる。日本文学としてはちょっと。」と反対意見もあったと新聞で読みました。
 それからすると中国語も誇張表現をよく使うみたいですね。そういえば漢詩にも「白髪三千畳」という誇張表現がありますものね。李白でしたっけ?
 
 韓国は文学上だけでなく日常会話でも普通に誇張表現します。

 日本語で「人の倍(2倍)努力しました」「人の倍(2倍)働いて、今の会社の基礎を作りました」などと言いますが、韓国語ではこういうとき
「人の100倍努力しました」
「人の100倍働きました」 という言い方をよくします。
 日本のように「人の倍」という言い方をする人がいないわけではないですが、それよりも「人の100倍」のように、いきなりケタ違いに大きく言う人の方が多いです。
 「人の3倍」でも「人の4倍」でもなく、どうしていきなり100倍なのか。人の100倍働いたら、  1日8時間労働 × 100  で  1日800時間働いたっていうことですよね? んなわけないです。
 ことば通りに受けとめてはいけません。 「「人の100倍!」と言いたいくらいに すごーく 働いたんです 又は、 努力したんです」 ということが言いたいのです。
 その一番言いたいことを日本語にしなくてはいけません。韓国人が「人の100倍」と言ったからと、そのまま「人の100倍」と訳すことは出来ないのです。
 「人の100倍働いたそうです。」と通訳したら、「えっ、100倍? それはものすごく働かれたんですね。えっ、100? うそっ。この人、ホラ吹き! ウソつき! 」ということになります。

 「全世界でも類を見ないほどの ○○」
 「史上最も ~な ○○」
 「人類の歴史が始まって以来最も ~な ○○」
 「有史以来最も ~な ○○」
などの表現も非常によく使う表現です。本当に「世界に類を見ないほど」なのか「史上最も」なのかは重要ではないのです。 「そう言いたくなるほど、すごーく」ということが言いたい事なのです。
 「世界でも類を見ないほどの」「史上最も」「人類の歴史上・・・・などは一種、枕詞(まくらことば)的に使う言い方なのです。
 昨日の韓国のテレビで、地方都市に大きな公園が完成したそうで番組司会者が公園現地から中継で、
「全世界でも類を見ない優秀な公園です!」と言いました。
「全世界でも類を見ない」ほど「優秀」な公園のようです。公園に優秀な公園か、優秀でない公園があるのか、というのも?ですが。
 日本人がこれを聞くと、優秀かそうではないかを公園の持つさまざまな機能別に国内・国外の多くの公園と比較した結果なのだろう、と考えます。しかしこれを聞いた韓国人はそういうことは考えません。
 「全世界でも類を見ない」というのが誇張表現の一つ、言い回しだとわかっているからです。
 この放送を聞いた韓国人は「何かすごい良い公園が出来たんだ、へぇー。」と意味を理解します。
 ことば通りに受け止めて「へぇー、全世界でも類を見ない優秀な公園が我が国に出来たんだ! 全世界でも類を見ない優秀な公園が、アメリカでもなく、フランスでもなく、中国でも日本でもなく、我が韓国にあるなんて!すごい!すごい! 大韓民国、ばんざーい!」なんていう意味にはまず普通は取りません。
 生まれた時から誇張表現がごろごろころがっている言語習慣の中で育っていますので。

 昨夜NHK教育テレビを付けたところ、ちょうど韓国人の大学教授が出ていらっしゃいました。
「元(げん)による高麗侵略は、史上最も重要な出来事です。」とおっしゃいました。不定期にですが再放送もあるようなのでよろしければ御確認になってください。番組が始まって30分くらいのところでした。
 元による高麗侵略が史上最も重要な出来事? 朝鮮半島には歴史上の無数の出来事がありましたが、ことば通りに取ると「史上最も」ということはそのどれよりも重要、ということになります。
 日本統治という出来事よりも、満州族の侵略よりも、女真族の侵略よりも、高句麗の建国よりも、隋の30万大軍を退けた戦いよりも、イ・スンシン将軍の登場よりも、・・・・・・・・、「元による高麗侵略が重要」?そんな言い切っちゃっていいんでしょうか?
 いえいえ、これもやはりことば通りに受け取ってはいけないのです。
 「史上最も重要な出来事」と言いたいほどに大きな出来事です、 というのがことばの本当の意味なのです。

 私は(も)過去を直視するのが当然だと考えております。あったことはあったことです。あったことは素直に率直に見なければいけません。だからこそ、1程あったことを、100程あったと見ることは出来ません。逆に100程あったことを、1程あったと見る事も出来ません。
 あったことをあったほどに直視することにおいて、一方の言語が誇張表現の発達した言語であることは大きな壁になっているようです。
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この回答へのお礼

> 「日本の朝鮮統治は世界に類例がないくらいに苛烈だった」というのは、韓国朝鮮語特有の誇張表現が含まれたことばなんですよ

そうなんですか?

「多くの被植民地の国民と違い韓国人が日本を許さないのは、日本の朝鮮支配は世界で類例がないくらい苛烈だったからだ」とのことを言う人がおりますので、言葉どおりに受け取ればいいのではないのでしょうか?

お礼日時:2009/09/29 13:01

1つの事実を多くの史料に当たって多面的に検討するのは歴史学の基本ですから、質問者さまのご質問は至極もっともであると思います。

ただ、比較されている時期の性質が決定的に異なるということを、まずはを確認しておくべきでしょう。

敗戦直後の朝鮮半島は一種の無政府状態で、個人間の暴力を抑制するような権力機構(警察や軍隊など)はほとんど機能していませんでした。そうした特殊な状況の下で、長年被支配民族として抑圧されてきた人々がルサンチマンを爆発させた結果、朝鮮人の日本人に対する「蛮行」が発生したわけです。

これに対して、日本統治下の朝鮮では曲がりなりにも警察が機能していましたから、いくら支配民族とはいえ日本人が朝鮮人に「殺人・強盗・強姦等の加害行為」を行ったとすれば、それは犯罪として日本の法律によって裁かれることになります。そうした個人レベルでの「蛮行」が行われることは、植民地期の朝鮮といえども日常的なことでは決してありませんでした。質問者さまが朝鮮人に対する日本人の「蛮行」を記録した史料をなかなか見つけられなかったのもそのためでしょう。

とはいえ、日本人による「蛮行」が皆無であったというわけではありません。日本国内の話になってしまいますが、関東大震災時における朝鮮人の虐殺などはそのよい例でしょう。日本人も一種の無政府状態になれば、「蛮行」を行う可能性があったことは無視できません。

また、質問者さまは朝鮮総督府と日本人を分けて考えていらっしゃるようですが、朝鮮の人たちから見れば総督府は「日本人の総督府」です。両者を区別して考えてはいないでしょう。

その上で、たとえば三・一独立運動に対する弾圧は非常に苛烈なもので、wikipediaによると、「上海に亡命しており伝聞の情報であると本文中に書かれている朴殷植の『韓国独立運動之血史』によれば、死者7509名、負傷者1万5849名、逮捕された者4万6303名、焼かれた家屋715戸、焼かれた教会47、焼かれた学校2に上る」そうです。伝聞情報なので過大である可能性はありますが、仮に10分の1と見積もっても死者750名というのは驚きです。

また、三・一独立運動を弾圧する過程で起きた堤岩里事件では、堤岩里の住民30余名が教会堂に集められ、一斉射撃の後放火焼殺され、他にも日本側が放火し15村落317戸が延焼し、39人が死亡しました。その違法性については日本側も認識していたらしく「検挙官憲ノ放火ノ為類焼セルモノモ尠カラザルコトヲ確メタリ。・・・之が処分ニ就テハ殺生ハ止ムヲ得ザルモノニシテ放火ハ公然之ヲ認ムルハ情勢上適当ナラザルヲ以テ火災ヲ表面上全部失火ト認定スルコトトセリ」(憲兵司令官より大臣宛電報4/21付け)と報告されているそうです。(同じくwikipediaより)

三・一独立運動後は、総督府の統治方針も武断的なものから文治的なものへと変化したと言われていますが、こうした非常にショッキングな事件が朝鮮人の間で語り継がれ、抑圧された日常生活の中で恨みが増幅していったのだと思われます。朝鮮の人たちが日本統治下の「蛮行」を引き合いに出すというのも、必ずしも謂れのないことではないのです。

とはいえ、韓国などでは植民地期を暗黒史として描くことで現政権の素晴らしさを引き立たせるという特殊なナショナリズムが横行している面もあるので、慎重な判断が必要です。その意味で、質問者さまのように実際の史料に基づいて自分の頭で比較検討しようという姿勢こそが最も大切でしょう。総督府のやったことも日本人のやったことに他ならないという視点から、もう一度史料に当たってみてはいかがでしょうか?
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この回答へのお礼

無政府状態において起こった出来事ということであれば敗戦直後の朝鮮人の加害も関東大震災における朝鮮人虐殺も同レベルのものであると判断できると思います。

ただ、朝鮮人による蛮行が敗戦直後の無政府状態における一時的なものだったのでしょうか?
たとえば李承晩ラインをかってに引いて日本人に殺害を含む加害を加えたときは韓国は無政府状態だったのでしょうか?
あるいは、敗戦後、朝鮮では日章旗が下ろされ太極旗が掲げられましたが、その後米軍が来たときは太極旗をおろして再度日章旗を掲げましたがそのときも無政府状態だったのでしょうか?
また、朝鮮半島だけではなく、米軍占領下の日本列島でも朝鮮人の加害がありましたが、そのときも無政府状態だったのでしょうか?

それと

>また、質問者さまは朝鮮総督府と日本人を分けて考えていらっしゃるようですが、朝鮮の人たちから見れば総督府は「日本人の総督府」です。両者を区別して考えてはいないでしょう。

とありますが、韓国人がどう言うかよりもまずは自分なりに考えをまとめたいと思っております。
例えば秀吉の朝鮮出兵は当時の日本の政府による加害行為であると思いますが、倭寇については当時の政府である足利幕府による加害行為ではないと思います。このようにまずは自分なりに考えをまとめたいのです。もちろんmmmto様が「朝鮮出兵も倭寇も日本による加害行為だ」と仰るかもしれませんが、それは私の考えをまとめてから改めて考えさせていただこうと思います。

お礼日時:2009/09/29 08:19

>何せ日本は戦後の朝鮮人の蛮行以上に、朝鮮統治時代に日本の官吏、軍人、民間人が朝鮮人に対し殺人・強盗・強姦などのあらゆる蛮行を重ねたはず(これは私の意見ではありません、日本の朝鮮統治は世界に類例がないくらい苛烈だったというのは韓国側の意見です。

韓国側の主張が 正 し い の で あ れ ば 日本人は本当に蛮行を重ねたはずです。)なので、資料と共に説明して欲しいと思ったのです。


そのような事実は存在しないので、そのことを証明する資料も存在しません。

韓国側が「あった」と言うのだから、資料は韓国側に要求すべきです。日本側に要求するの派筋違いです。韓国側の主張が正しいのであれば、『客観的な』証拠があるはずです。(韓国人がでっち上げたニセ証拠はダメですよ)。

もし朝鮮総督府時代に日本の官吏、軍人、民間人が朝鮮人に対し殺人・強盗・強姦などのあらゆる蛮行を重ねたのであれば、欧米の政府やマスコミの目にとまらなかったはずはありません。欧米の公文書、あるいは欧米の新聞記事などに、そういう資料が見付かるでしょう。(新聞記事は余りあてにならないのですけど)
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この回答へのお礼

>もし朝鮮総督府時代に日本の官吏、軍人、民間人が朝鮮人に対し殺人・強盗・強姦などのあらゆる蛮行を重ねたのであれば、欧米の政府やマスコミの目にとまらなかったはずはありません。欧米の公文書、あるいは欧米の新聞記事などに、そういう資料が見付かるでしょう。(新聞記事は余りあてにならないのですけど)

なるほど、南京大虐殺についても欧米人の記録が参考にされますね。
教えていただくまで気づきませんでした。

お礼日時:2009/09/29 08:06

日本在住の朝鮮人が、半島朝鮮人に殺人、強盗、強姦という話なら聞いた事がありますけど。

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この回答へのお礼

え?
そんなことがあったんですか?

とはいえ、書店では日本人の加害についての本が所狭しと並んでおりますので、回答いただいた内容についての本を見つけるのは難しそうですね。

お礼日時:2009/09/29 08:02

>日本人は戦後の朝鮮人の蛮行とは比べられないほどの殺人・強盗・強姦を日本統治時代の35年間に犯しまくったのでしょう。

そのような日本人の蛮行を資料を基に教えてください。

とんでもない、大ウソです。

現在、北朝鮮の人民が、金王朝(金日成や金正日)の独裁体制で虐げられて、自力で体制を打倒できない現状を見れば明らかなように、当時の朝鮮人民が自力で近代化ができたとは、とうてい思えません。閔氏一族の専横政治で苦しんでいる朝鮮半島の人々のために、閔氏一族(中心人物は閔王妃)を倒して人々を苦しみから救ってあげたのです。日本の統監府あるいは総統府が両班階級を打倒し、朝鮮人民を奴隷制度(奴婢)から解放してあげたのです。

朝鮮の教育改革を実施して人民の誰もが学問を身に付けられるようにしてあげたのも日本です。大阪や名古屋よりも早く、ソウルに帝国大学を創ってあげたのです。(⇒京城帝国大学。現、ソウル大学。)

病院を各地に建設し、日本から医師を派遣し、近代的医療を受けられるようにしてあげたのも日本です。

釜山港などの港湾を整備したり、半島全土で鉄道を敷設してあげたのも日本です。各地で近代的産業を興してあげたのも日本です。北朝鮮の鴨緑江の河畔の化学工場は、総督府時代に日本が立ててあげた工場で、つい最近まで稼働していましたよ。

半島の田畑を改良し、農業の振興と増産に力を尽くして農民の生活を向上させたのも日本です。禿山の植林を実施して山々を緑にしてあげたのも日本です。

司法制度を近代化して朝鮮人民の人権状況を改善してあげたのも日本です。

その結果、日本が統治していた40年間に、半島の人々は李朝時代よりも遥かに生活が豊かになり幸せになりました。人口が飛躍的に増加したことがその証拠です。ですから彼らは恩知らずです。韓国と北朝鮮の人たちは、日本人に感謝しなくてはなりません。


参考文献:
崔基鎬(著)『日韓併合』(祥伝社)
……副題:韓民族を救った「日帝36年」の真実……
黄文雄(著)『捏造された近現代史』(徳間書店)の第3章
……副題:日本を陥れる中国・韓国の罠……
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この回答へのお礼

回答を頂いたことにつきまして感謝させていただきますが、hinode11様が仰ったのは朝鮮総督府の政策によるものですよね。その政策に対してhinode11様とは反対に、韓国側は朝鮮総督府の政策を悪と断定しておりますが、今回お聞きしたいのはそのような朝鮮総督府による統治という包括的な朝鮮人に対する扱いではないのです。何せ日本は戦後の朝鮮人の蛮行以上に、朝鮮統治時代に日本の官吏、軍人 民間人が朝鮮人に対し殺人・強盗・強姦などのあらゆる蛮行を重ねたはず(これは私の意見ではありません、日本の朝鮮統治は世界に類例がないくらい苛烈だったというのは韓国側の意見です。韓国側の主張が 正 し い の で あ れ ば 日本人は本当に蛮行を重ねたはずです。)なので、資料と共に説明して欲しいと思ったのです。

お礼日時:2009/09/26 13:56

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Q韓国人が一発で黙る歴史の真実

東アジアでは昔から「王」は「皇帝」の家来です。
従って朝鮮王と名のることは中国皇帝の家来ですと宣言することです。(日本は天皇がいた。)
このことを韓国人に教えてあげれば韓国人は黙るしか無いと思いますがどうでしょうか?

Aベストアンサー

失礼な表現、記載、誤記等ありましたら済みません。

>このことを韓国人に教えてあげれば韓国人は黙るしか無いと思いますがどうでしょうか?

私も激しくなる事はあっても黙らないと思います。
まず、李氏朝鮮は古くは明、後に清に冊封していた事は明らかです。
韓国でどういう歴史を教えているか知りませんが
嘘の多い韓国の大河ドラマですが「チャングムの誓い」「イ・サン」「トンイ」で世子(セジャ・次期朝鮮王)、世孫(セソン)を世継ぎとして明や清に認めてもらうと言う場面が多々あります。
少なくとも、李氏朝鮮は明や清に朝貢、冊封していた事は認めています。
もし、そう言う認識が韓国に無いのならばこのドラマを作った監督は韓国マスコミや民衆に袋叩きになっていると思います。

中国に対しても韓国5000年の歴史と大統領が発言したりして中国より歴史があると言ったりしています。歴史観でほんの少しでも日本寄りの発言をすると韓国メディアや国民から袋叩きにあって社会的に抹殺されます。
それがソウル大学の教授でもですよ!
まだ、社会的な抹殺で殺人でないだけ良いですが…
(添付YouTubeを見てください)

韓国の有識者は日本併合(植民地)時代の本当の歴史等を知っているとは思いますが全体としては臨時政府などと言い方を変えたり、テロリストを反日であれば英雄にしてしまうように都合のいい歴史観にしています。
考古学的に何の検証もしていない神話レベルの話で韓国5000年の歴史と大統領が発言してもはばからない国です。
現在は日本は、歴史は歴史で神話とは別というのが日本人の共通認識のはずですが韓国人がどこまで区別しているのか、全く分かりません。

何せ、韓国では日本は悪でなくてはならない国であり、韓国は常に正義であり善であると教えている国です。
今の韓国には日本人が何を言っても逆なでする事はあっても肯定する人はなく無駄な気がします。
多少の隠れ親日派は作れるかもしれませんが公に口にする人はいないと思います。
韓国で権威のある歴史学者、大学の教授の発言でも親日でなくとも日本を少しでも擁護する内容であれば叩かれます。

李氏朝鮮末期の記録は欧米の記録や写真などが多少なりとも存在しています。
そう言った物、資料を直視する韓国人は少ないのです。
今の韓国と日本で歴史観を埋めようとしても一方的に韓国の歴史観を押し付けられるだけです。
今のうちに、そう言った客観的な資料を集めておくとか、日本、中国の文献を集めておくとか準備しておくくらいしかないと思います。
あまり人の事を言える立場では無いですが慰安婦問題なら「韓国軍のベトナム人大虐殺」「米軍慰安婦」とかで対応するしかない。

添付YouTubeでも言っているように
韓国とは暫く距離を置いて付き合うのが無難だと思います。

【日韓問題】 韓国人から見ても異常な…韓国人ブロガー・シンシアリー氏 .
↓↓(YouTube)

https://www.youtube.com/watch?v=cluHbI5i7gU

失礼な表現、記載、誤記等ありましたら済みません。

>このことを韓国人に教えてあげれば韓国人は黙るしか無いと思いますがどうでしょうか?

私も激しくなる事はあっても黙らないと思います。
まず、李氏朝鮮は古くは明、後に清に冊封していた事は明らかです。
韓国でどういう歴史を教えているか知りませんが
嘘の多い韓国の大河ドラマですが「チャングムの誓い」「イ・サン」「トンイ」で世子(セジャ・次期朝鮮王)、世孫(セソン)を世継ぎとして明や清に認めてもらうと言う場面が多々あります。
少なくとも、...続きを読む

Q韓国人は日本の何に怒っているのですか?

頻繁に韓国人の反日のニュースでうんざりするのですが、日本の植民地時代に韓国人を殺戮したわけでもないし、結構インフラなんかの整備も日本は整えたのになんでそこまで怒っているのか残念ながら分かりません。その原因を知りたいです。そこを報道されてなるほど怒るのも理解できるとなれば甘んじて反日も受け入れることもできるのですが釈然としないのです。誰かその具体的原因を教えてもらえないでしょぅか?

Aベストアンサー

 善悪を離れて、客観的に見てみましょう。

 ポイントは、日本による朝鮮半島統治によって、「朝鮮民族」というものが、完全消滅する方向に進んでいたということです。これが最大の原因でしょう。

 現在の「朝鮮民族」による「韓国」と言う国の国民から見れば、民族消滅は、「韓国」・「朝鮮民族」の全否定にほかなりません。


<<歴史的背景>>
 ヨーロッパ列強は、アジア各国を植民地として支配したが、民族としてのアイデンティティは、そのままにして手を付けませんでした。
 それに対して、日本は朝鮮半島を日本の一部として、土地・人を完全に日本と一体化することを目指していました。

<<詳細説明>>
1、日韓併合前後の実態

 日韓併合は、1910年
 第一次世界大戦は、1914年から1918年
 関東大震災は、1923年
 世界恐慌発生は、1929年

<日韓併合までの韓国>
 朝鮮半島は「両班」と呼ばれる大地主が貴族として農地を所有し、中央政権を運営していて、国民の大多数は、この大地主のもとで、一生を農地と共に終える農民社会でした。
 つまり、朝鮮半島にすむ多数の人々を支配しているのは、国ではなく、「両班」でした。 

<日韓併合後>
 この朝鮮半島の貴族支配社会が、1910年日韓併合によって崩壊し、朝鮮社会に大変革が始まりました。

 広大な植民地や国土を持つ欧米列強に対して、狭い資源の少ない限られた国土しかない日本が、激烈な生存競争をして行くためには、限られた国土を徹底して開発し、土地を効率的に利用し、国民の力を結集しなければなりません。
 そこで、「両班」を消滅させ、土地に縛られた農民を日本国民として、直接政府の元に置き、社会資本を投下して、全土の経済開発を行いました。

 農業の効率化の過程で、潜在的な過剰人口を養ってきた両班を核とする農村共同体が崩壊し、食えなくなった農民が、第一次世界大戦の軍需特需とヨーロッパの工場の破壊によって生まれた、日本本土の爆発的好景気と労働力不足を背景に、朝鮮半島から日本本土へと移動し始め、またたく間に急増しました。


2、韓国併合の背景

 日本は、当時一等国と呼ばれたイギリス・アメリカ・フランスに比べて支配地域が遥かに小さいため、イギリスなどのように植民地を未開発のまま薄く搾取する政策を取るのでは、これらの国に対抗できませんでした。
 そのため、支配民族のレベル向上による独立運動激化のリスクを知りつつも、占領地を徹底的に開発することで、日本の国力向上を目指しました。(独立運動激化:有名な例としては、ナポレオンが、ドイツを勢力圏としてフランスの革命思想をドイツに広めた結果、ドイツ人のナポレオン=フランス排除の機運が盛り上がりました。)

 ですから、イギリスがインドで藩王などの旧支配者を温存し、間接支配の形を取って、イギリス支配によるインド社会の変化を出来るだけ小さくして、波風の立たない体制を作ったのに対して、日本は、朝鮮の支配階級で大地主でもあった「両班」(ヤンパン)を崩壊させ、朝鮮人を日本人として直接日本政府の中央集権体制のもとに置き、教育制度も完備しました。
(尚、この政策は、民族として過去の歴史のない台湾では、相当な成功を収めていました。1000年以上もの歴史のある民族に対して適用できるか、かなりの冒険でした。)

 その結果、韓国は封建的な隷属社会から脱皮して、個人が社会全体を把握して行動する近代社会に急速に移行していきました。
 つまり、一人一人が、社会性のない両班隷属民から、国家というものを意識した個人へと脱皮していった結果、日本に対する朝鮮ナショナリズム(=反日運動)も裾野を広げていきました。


3、韓国併合の評価
(=評価は、個人の価値観の影響が大きい。私個人の評価と見てください。私は出来るだけ客観的に見ようと意識しています。)

A.朝鮮半島全体でみれば、日本の資本により開発が進んだが、社会システムが大きく変わったので、個人レベルでは、大損したり生活苦に直面した人も多数出た。

B.もともと指導者・知識人階級でもある「両班」階層が日韓併合で没落したため、朝鮮半島の伝統・独立性を守る反日運動の中核となった。(=元の支配者層なので、没落したとはいえ、教育程度は高くリーダーシップも持っていて、社会に対する影響力は大きかった。)

C.農村では食えなくなった人々が多数日本に流入し、今日の在日問題の原因の一つとなった。

D.相当根深い反日運動にもかかわらず、日本人化政策はかなり進んだ。
 朝鮮志願兵部隊がアメリカ相手に、「天皇陛下万歳」と叫んで突撃した例もあるように、日本人化が進んでいて、あと二十五年(一世代分)日本との併合状態が続けば、「朝鮮独立」はなかったのではないかという評価もあるようです。
 → 韓国からは大反発を食らい、日本の国益にもならないということで、日韓双方の学者は、あまり大きくそのことを指摘することはないですが。(著書のどこかに、二~三行書き加えてある程度。)


<戦前の日本による朝鮮半島への社会資本(インフラ)投資について>
 大局的に見て、日本の戦前における朝鮮半島に対する投資を大きくクローズアップし、今の韓国の現状はその投資に依っているとするのは、現実と異なると考えます。

 日本が作ったインフラは、韓国の場合には朝鮮戦争で壊滅状態となり(北朝鮮はある程度残った。)、朝鮮自身が日韓併合前から持っていた家屋や水路なども大きな被害を受け、社会資本としては日韓併合以前のレベルからの出発となっています。
 ですから、戦前の日本の投資による整備されたインフラが、韓国の成長の基盤になったという事実はありません。(注:朴政権以降の日本の投資は、韓国の経済発展の原動力の一つになっています。)

 優良な鉄鉱山・炭鉱のあった北朝鮮は、韓国以上に投資が大きく、朝鮮戦争後もそれがかなり残っていましたが、現在は『超貧乏国』です。
 また、アメリカの爆撃で、壊滅的打撃を受けた日本が、10年程度で戦前の生産レベルを回復しています。

 日本が朝鮮半島に残した本当の復興の原動力は、目に見える『財産』ではなく、その土地に住む人間の『意識改革』です。
 今の韓国の発展をもたらしたのは、日本による、朝鮮の伝統的社会システムの破壊です。日本の支配によって、朝鮮の封建社会は崩壊し、個人中心の近代社会が生まれました。
 これは、日本による上からの改革=破壊と創造です。農民社会のぬるま湯に浸っていた韓国社会の個人個人を、近代社会の中に引きずり出し、苦痛を与えながら、発展への意識改革を根付かせました。

 客観的な歴史認識としては、朝鮮伝統社会の破壊によって、韓国は発展できる国民国家に生まれ変わったのですが、この意識改革は、日本の国家としての総合力を向上させる目的で行われたと言えます。
 また、このような上からの改革ですから、『破壊を感謝しろ』とは政治的に言えるはずもありません。

 日本が根付かせた改革にどれほどの意味があったかは、独裁政治によって意識改革を封印してしまった結果『超貧乏国家』になってしまった北朝鮮と現在の韓国を比較すればわかると思います。

 善悪を離れて、客観的に見てみましょう。

 ポイントは、日本による朝鮮半島統治によって、「朝鮮民族」というものが、完全消滅する方向に進んでいたということです。これが最大の原因でしょう。

 現在の「朝鮮民族」による「韓国」と言う国の国民から見れば、民族消滅は、「韓国」・「朝鮮民族」の全否定にほかなりません。


<<歴史的背景>>
 ヨーロッパ列強は、アジア各国を植民地として支配したが、民族としてのアイデンティティは、そのままにして手を付けませんでした。
 それに対して、日本は朝...続きを読む

Q植民地時代に日本から迫害を受けた韓国

今日、たまたま新宿の公園で韓国人女性と少し話しました

「植民地時代に日本から迫害を受けた!!!」
「学校の授業で耳が腐るほど日本はヒドイ国だと学んだ!!」
「やはり、日本を私は許せない!!!」

彼女の唇から飛び出す言葉は興奮していた
殺伐とした空気が漂って来た

じゃ、なぜ日本に住んでるの?

韓国人女性は私の質問には目をそらし黙秘した。

私は韓国旅行に行きたい気持ちが下降
したのはいうまでもない。

教えてください!

●なぜ、日本人は韓国人を苦しめる必要性があったのですか?

●韓国人が迫害を受けた時期は今から何年前の歴史ですか?
 また何年間、苦しめてきたのですか?

●苦しめるという抽象的な表現を用いましたが具体的に
どのような「ヒドイ」苦痛を与えたのでしょうか?

韓国人女性と少しだけ話しましたが
とても複雑な心境になりましたので質問しました

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「また、徴兵制は強制で、仮に拒否して逃げようものなら厳罰。私の知人でその頃成人だった人がいるのですが、その人によると、「徴兵が嫌で逃げ出した人の家族が拷問を受けた」とのことでした。」

徴兵を逃れた者への罰則は下記のとおりです。
兵役法
http://www.geocities.jp/nakanolib/hou/hs02-47.htm

第七十四条 兵役ヲ免ルル為逃亡シ若ハ潜匿シ又ハ身体ヲ毀傷シ若ハ疾病ヲ作為シ其ノ他詐偽ノ行為ヲ為シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ処ス

第七十五条 現役兵トシテ入営スベキ者正当ノ事由ナク入営ノ期日ニ後レ十日ヲ過ギタルトキハ六月以下ノ禁錮ニ処シ戦時ニ在リテ五日ヲ過ギタルトキハ一年以下ノ禁錮ニ処ス
2 前項ノ規定ハ志願ニ依リ兵籍ニ編入セラレ服役スル者ニ之ヲ準用ス

第七十六条 正当ノ事由ナク徴兵検査ヲ受ケザル者ハ百円以下ノ罰金ニ処ス

意外に軽い刑である感じがしますが、服役中は陸軍刑務所で厳しい扱いを受け、出所後は直ちに徴兵されて「万年二等兵」として「最低の兵隊」の扱いを受けることになります。あえて徴兵を逃れるリスクを犯す者はほとんどいなかったようです。

「徴兵が嫌で逃げ出した人の家族が拷問を受けた」とのことでした。」
戦前の日本は今の北朝鮮のような「連座制」を敷いていませんので、犯罪者の家族がそれだけの理由で警察に逮捕されて拷問を受けることはなかったはずです。兵役法には「74条に該当する者を幇助・隠匿した者」への罰則は規程されていませんので、恐らく
「知人の勘違いであるかもしれません。あるいは戦後のアメリカや左翼によるプロパガンダによって誤った記憶を植えつけられたのかもしれません」
でしょう。回答は正確な情報に基づいて行った方がよろしいかと思います。

また、朝鮮人に対する徴兵検査は1944年に初めて行われました。この検査によって入営した朝鮮人で実戦に参加した者はいず、訓練中に日本が敗戦を迎えました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5

それまでは、朝鮮人が日本軍に志願兵として入営すること、軍属に志願して土木工事などに従事することは可能でしたが、常に希望者が多数で数十倍の倍率であったそうです。これは、日本軍の一員となれば貧困から脱出できたからです。

なお、日本が朝鮮半島に対して植民地収奪を行い、併合前より貧しくなったという事実は全くありません。事実はその反対で、朝鮮人の生活水準は著しく向上しました。
慶応大学のサイト ​http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14969/slides/12/20.html​
に示されている、日本統治期間の人口倍増が何よりの証拠です。

「また、徴兵制は強制で、仮に拒否して逃げようものなら厳罰。私の知人でその頃成人だった人がいるのですが、その人によると、「徴兵が嫌で逃げ出した人の家族が拷問を受けた」とのことでした。」

徴兵を逃れた者への罰則は下記のとおりです。
兵役法
http://www.geocities.jp/nakanolib/hou/hs02-47.htm

第七十四条 兵役ヲ免ルル為逃亡シ若ハ潜匿シ又ハ身体ヲ毀傷シ若ハ疾病ヲ作為シ其ノ他詐偽ノ行為ヲ為シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ処ス

第七十五条 現役兵トシテ入営スベキ者正当ノ事由ナク入営ノ期...続きを読む

Q日本人と中国人・韓国人の性格の違い

日本人は、中国人や韓国人とは性格が違うような気がするのですが、知り合いにいないので、具体的に何が違うか分かりません。

何となく聞きかじったことは、日本人は感情を表に出さないけど、中国人や韓国人は激情型だということです。
これは歴史的なものなのでしょうか?

また、中国人と韓国人は似たような性格ですか?
多少の違いはあるのでしょうか?

Aベストアンサー

日本,中国,韓国とそれぞれ地理上,歴史上の位置について考えると、それぞれの国民性が分かりやすくなります。

「日本」は大陸から離れた島国であり、(現在では異なりますが)国外からの侵略,進行経験が比較的少ないため、国外から来る人は「商人または知識人=お客さん」、国内の人は「隣人(親戚)」の感覚があります。歴史上、日本国土が侵攻された例を挙げれば、大抵の日本人は元寇と先の大戦ぐらいと思っています。(しかし一日~数日で起こった小さな戦程度の侵攻や人や家畜の略奪事件では、数十~数百件程度の記録がありますが、高校の社会科教師でも多くて4~5件程度ぐらい言えれば良い方でしょう。これが良くも悪くも日本人の対外関係に影響しています。)
このため、他人に対して激しい感情を表せない人間を作り上げています。少々の罪を犯しても「身内であるから何となく許してしまう」とか、「身内であるからお互い争わない」とか、国外から色々難癖を付けられても、「お客さんの言うことだから」とかの感情で済ませてしまうところがあります。

「中国」は大陸の中心をなしており、「夏」「殷」と続く歴史上の国家交代の歴史は、何時,誰(どの民族)にその中心的地位を奪われるかの世界です。ありていに言えば、こちらの方が世界の歴史観の主流です。
主権を持つ民族が交代すると、それまで主流の地位を占めていた民族は反逆者として抹殺されかねない世界です。このため、良くも悪くも図太い人間が出来上がります。すこしでも自分を大きく見せかけないと、いつか他人に出し抜かれてしまうため、出来るだけ子分を多く従えるものが偉いという世界観が出来上がってしまいます。悪くいえば任侠の世界観です。孔子の「論語」も突き詰めれば、ヤクザの親分としての処世訓を書き上げたものに過ぎません。常に自分を中心としておかねば気が休まらないため、自分中心の考えを持つ国家あるいは人間が出来上がります。すなわち、自分がルールであるという国家あるいは国民性を作り上げています。(このあたりはアメリカやロシアなどの大国に共通するものです。)

「韓国」とは、上の2つの例とは異なり、「半島」であるということが国家観や人間の考え方に影響しています。
直接大地を接している中国からは属国として扱われており、歴史の上でも何度も中国大陸側より侵攻を受けております。また逆に、中国に朝貢していれば僅かな挨拶程度でも、「多大のおすそ分け」をいただける位置にあります。
宗主国への鬱屈した反動として中心となる国(中国)から遠い国(すなわち日本)に対して、「こちらの方が中国の第一の舎弟であるから、お前(日本)のほうが悪いのであって、頭を下げるべきだ」との感情を持ちます。また、常に大陸国家からの軋轢や侵攻を受けてきたことから、「自分は常に被害者であり、悪いことは全て自分の原因ではなく、他人のせいである」との感情を持つ国を作り上げています。

日本,中国,韓国とそれぞれ地理上,歴史上の位置について考えると、それぞれの国民性が分かりやすくなります。

「日本」は大陸から離れた島国であり、(現在では異なりますが)国外からの侵略,進行経験が比較的少ないため、国外から来る人は「商人または知識人=お客さん」、国内の人は「隣人(親戚)」の感覚があります。歴史上、日本国土が侵攻された例を挙げれば、大抵の日本人は元寇と先の大戦ぐらいと思っています。(しかし一日~数日で起こった小さな戦程度の侵攻や人や家畜の略奪事件では、数十~数...続きを読む

Qよく戦後の謝罪はドイツを見習えというが本当?

よく「第二次世界大戦後のドイツの隣国への謝罪を見習え」という論調が
国内にとどまらず、中国や韓国からも出ますが(今回の韓国の竹島問題でも
少し話題に出ましたが)、

 ・本当にナチスドイツの謝罪はうまくいっているのでしょうか?
 ・もしそうでしたら、何がうまくいっていると言われているのでしょうか?
 ・また、日本以上に問題がこじれているものはないのでしょうか?

詳しくないので、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 「謝罪」という行為にはそれ自体に倫理的価値がありますが、外交においては「和解」に資する道具立てとして重要です。そのため、いくら「謝罪」しても「和解」にいたらないのなら意味はありません。
 日本の場合はこれが「うまくいっていない」ので問題視されます。

 なぜそうなのか。理由はいろいろありますが、まず相手方の事情から。
 中国と韓国は日本の支配に抵抗し、独立解放を勝ち取ったことを一種の建国神話としています。実際には朝鮮半島は連合軍が日本帝国を打ち破ったからであり、中華人民共和国は戦後の国民党との内戦の結果生まれたものです。しかし、彼らは祖国をそのようなものとして認識し、誇っております。もちろん、根拠がないわけではありません。
 それに対して、ヨーロッパ諸国はナチスドイツの侵略をこうむった時点ですでに近代的な国民国家を築いておりました。ナチスからの解放によって再出発したことには違いがありませんが、「建国」の重要度はまったく異なります。
 中韓の場合は、日本の支配・侵略から脱したことがはるかに重要な意味を持っているのです。それだけに日本がそれに見合った行動をとらないと、彼らには「納得できない」となりがちです。

 次に、アメリカが戦後の東アジア戦略を構想する過程で、日本と近隣諸国が緊密な関係を築くことを望まなかったという事情があります。ソ連に対しては敵対し、韓国とはアメリカを抜きにした友好関係を望まず、中国には最初は敵視で途中から敵対はしないが友好的でもない関係にあることを期待し、そのために行動してきました。
 東アジア諸国はまんまと(とあえて言います)これに乗り、「和解」の努力を中途半端にしてきました。この事情を国内政治に利用したのです。韓国では日本の支配を非難すれば失政をごまかすことができ、日本では国内の軋轢を呼ぶしかない「謝罪」の問題を適当に処理して済ませても許されました。
 ドイツの「謝罪」に対する不充分さはほかの方も指摘しているとおりですが、いっぽうで「和解」を獲得するための努力は真剣なものでした。一例としてドイツが放棄した歴史的領土は日本の比ではありません。ドイツは全体としてアメリカの世界戦略にしたがいながらも、この一点では独自の外交路線をつらぬいたのです。EUは伊達や酔狂で成立したわけではありません。
 条件の相違はあるものの、日本にこの姿勢が足りなかったことは事実でしょう。

 また、日本の「謝罪」が不充分だったのもたしかだと思います。
 ドイツの場合はその罪を当初ヒトラーとナチスにかぶせることができたので、罪過を認めることもより容易でした。しかしそのいっぽうで、あれらはナチスを支持したドイツの罪である、という論調も世間に根づくようになりました。だから、ブラントの東方外交も支持されたし、ヴァイツゼッカーの演説も受け入れたのです。
 文言や事実だけなら中途半端という評価も正当ですが、これらの言動が生み出された土壌は日本にないものです。だから、周辺諸国も高く評価したのです。
 もっとも、近年は歴史修正主義と称して「ドイツの罪と言われるものには誤りがある」とか「言われるほどではなかった」という論調もありますが、いつもそういった主張は批判を浴びてきましたし、いまでも文学者のギュンター・グラスのようにナチスであった過去は批判の対象となります。表だって公言することがはばかられる言説なのです。

 それに対して、わが国では大日本帝国と日本国を切り分けることが終戦時の条件の相違から難しかったし、あえてあいまいにもしてきたので、戦前の罪を認めることにもあいまいさが付きまといました。
 おかげで今になって、植民地支配や侵略の過程でなされた行為の数々がなかったことにされています。あるいは、あったかなかったかわからないことになってます。しかし、その多くは学術的研究の成果として否定されるのではなく、そのほうが国内の納得を得られるから唱えられているにすぎません。
 こういうことを書くのは多くの反発を喰らうのでかなり勇気が要ります。そのこと自体がドイツと日本の差です。村山談話、河野談話の文言がどうあろうと、また過去公式にどれだけの「謝罪」が積み重ねられていようと、それを認めたくない世論が多数をしめているかぎり、説得力は生まれません。

 皆さんの賛同を得られない「回答」であることは承知しておりますが、わたしが理解しているかぎりではご質問に対する答えはこうです。
 本文でお尋ねになっていることに答えていない部分もありますが、そこは他の方に譲ります。

 長文回答失礼しました。

 「謝罪」という行為にはそれ自体に倫理的価値がありますが、外交においては「和解」に資する道具立てとして重要です。そのため、いくら「謝罪」しても「和解」にいたらないのなら意味はありません。
 日本の場合はこれが「うまくいっていない」ので問題視されます。

 なぜそうなのか。理由はいろいろありますが、まず相手方の事情から。
 中国と韓国は日本の支配に抵抗し、独立解放を勝ち取ったことを一種の建国神話としています。実際には朝鮮半島は連合軍が日本帝国を打ち破ったからであり、中華人民共和...続きを読む

Q在日韓国朝鮮人はなぜ、日本に来たの?

「私は日本政府が戦前、日本に植民地の朝鮮人を強制的につれてきて日本の炭鉱で強制労働させた。」と思っていました。

しかし、今、ネットで・・
「在日は「戦時中に日本に強制連行されてしまったので今も仕方なく住んでいる」
というような態度をとっているが、これは完全な嘘である。彼らは白丁という被差別民。
分かりやすくいえば日本の部落民の韓国版。白丁差別はすさまじく、傘を被って顔を
隠さなければ外出すら許されないほどのものであった。そのひどい差別から逃れる
ために日本に渡ってきた。自分の意思でやってきたのである。
その差別は今も強く残っており、白丁の男はどんな金持ちでも一般人の嫁は貰えない。
日本では偉そうにしている在日も、半島に帰ればただの賤民なのである。」

との記載のあるホームページがありました。下記詳細

http://www.shuga.co.jp/wwwboard2-10/messages/118.html

本当に、「在日韓国朝鮮人自分の意思でやってきたのである。」なのでしょうか?

どなたか、教えてください。

「私は日本政府が戦前、日本に植民地の朝鮮人を強制的につれてきて日本の炭鉱で強制労働させた。」と思っていました。

しかし、今、ネットで・・
「在日は「戦時中に日本に強制連行されてしまったので今も仕方なく住んでいる」
というような態度をとっているが、これは完全な嘘である。彼らは白丁という被差別民。
分かりやすくいえば日本の部落民の韓国版。白丁差別はすさまじく、傘を被って顔を
隠さなければ外出すら許されないほどのものであった。そのひどい差別から逃れる
ために日本に渡ってきた。...続きを読む

Aベストアンサー

もしや・・・・・韓国について
西田ひかるNHKTVドラマ「韓国のおばちゃんはえらい」的なイメージを御持ちでしょうか?
でしたら「 日韓関係 」のややこしい本、解説などは忘れて

『韓国民に告ぐ!』
金文学 金明学 祥伝社(ショウデンシャ) 発行
税込み600円

をお薦め致します。 内容については申しません
が難しく論じた本や解説、TVイメージによる誤解などが少しは解けると思います
韓国は<近くて遠い国>であることが雰囲気的におわかりになるはずと考えます

Q在日韓国・朝鮮人はなぜ帰化したくないの?

仕事で韓国と交流を持つようになって約20年になります。 現地では親友も多くいます。

ただ、在日の人とは縁がなく実態はよく知りませんでした。

漠然と強制連行で無理やり連れて来られた人たちと、その子孫というイメージを持っていたのですが、全くのウソだったようです。 私の質問 NO. 973587 をご覧頂けるでしょうか。

本国にいる韓国人の在日に対するイメージは、実は極めて悪い事を知って驚きました。  つまり 「在日の人間は韓国人を名乗りながら、戦争の時にも兵役が免除され日本でヌクヌクと生活していた。 それに本国政府に税金などビタ一文も納めず全く国家に貢献していない。 何が僑胞か」 ともらしていました。

また在日の人で、韓国語を話せる人は本当に数少ないようです。  そのうえ在日の人が本国を旅行すると日本人と同じような態度で接するとか言っていました。  結構、感情のギャップを第三者として感じました。

そこで質問なのですが、外国に居住して本国には永遠に戻るつもりがなければ、その国の国籍を取得するのが普通ですよね。  いわゆる移民というものになると思います。  選挙権も取得できますよね。

ところが日本国内で在日韓国・朝鮮人の人口は65万人にもなるのに、依然として本国の国籍にこだわるそうですが、なぜでしょうか?  帰化しない事に何かメリットはあるのでしょうか?  

ただ素行不良などで帰化が許可されない人は別ですが ・・・

アイデンティティーが大事と言うのであれば、本名を名乗り、最低、本国の言葉くらいは話せて、日韓の架け橋になるくらいの意気込みがあって当然と思いますが、どうも違うような気がします。 

何となく在日である事は隠しながら生活しているのに、逆に韓国・朝鮮籍にこだわっているような矛盾と言うか、感じます。

あと、本名を名乗ると何か 「法的・公的」 な差別がまだあるのでしょうか?

仕事で韓国と交流を持つようになって約20年になります。 現地では親友も多くいます。

ただ、在日の人とは縁がなく実態はよく知りませんでした。

漠然と強制連行で無理やり連れて来られた人たちと、その子孫というイメージを持っていたのですが、全くのウソだったようです。 私の質問 NO. 973587 をご覧頂けるでしょうか。

本国にいる韓国人の在日に対するイメージは、実は極めて悪い事を知って驚きました。  つまり 「在日の人間は韓国人を名乗りながら、戦争の時にも兵役が免除され日本でヌクヌク...続きを読む

Aベストアンサー

まず、民族的アイデンテティーは強い理由です。その強い民族主義を構築しているのが民族教育です。在日コリアンは在日韓国人より在日朝鮮人が圧倒的に多いです。在日朝鮮人は朝鮮総連=北朝鮮系で、今でも子供のときから朝鮮人学校で強力な民族教育を行っています。それは、大変特殊で強力なもので、他のインターナショナルスクールのように日本の学制に於ける小・中・高校への編入が認められないほどのものです。

また、生活環境も理由の一つです。そのようにして学校を卒業した後は在日朝鮮人のネットワークを利用しながら様々なビジネスの機会が開かれています。日本人に帰化しない事により、日本人社会のサービスと朝鮮人特有のネットワークの双方がストレス無く利用できるわけです。それであまり、わざわざ日本国籍を取得するメリットは無いかもしれません。

また、在日朝鮮人は歴史的経緯のために今でも他の外国人に比べると特権的な待遇がなされており、今後、強力に働きかけている民族学校の日本の学制上の小・中・高校への認定や選挙権が認められればなおさら帰化する理由は少なくなります。

在日韓国系は日本においては余り韓国人ネットワークが朝鮮系ほど強力ではなかったのでメリットが少なく、帰化するケースは比較的に多いと聞いています。

確かに在日韓国人は祖国へ兵役の免除や納税の免除と言う特権を受けているので、ladybegoodさんの言うような非難的感情を持っている人はいるようです。在日朝鮮人の場合は北朝鮮を財政的に支えるなくてはならない立場にいるので、少し状況は異なるかもしれません。

まず、民族的アイデンテティーは強い理由です。その強い民族主義を構築しているのが民族教育です。在日コリアンは在日韓国人より在日朝鮮人が圧倒的に多いです。在日朝鮮人は朝鮮総連=北朝鮮系で、今でも子供のときから朝鮮人学校で強力な民族教育を行っています。それは、大変特殊で強力なもので、他のインターナショナルスクールのように日本の学制に於ける小・中・高校への編入が認められないほどのものです。

また、生活環境も理由の一つです。そのようにして学校を卒業した後は在日朝鮮人のネットワーク...続きを読む

Q韓国は日本の植民地だったという表現は正しい or 誤り?

ネット検索をしていて疑問に思いましたので教えてください。

「韓国は合法的に併合されたのだから植民地ではない」という人がいるかと思えば、ニュースなどでは植民地という言葉を使っているので混乱しています。

どちらが正解なのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは
#2さんご指摘のように「植民地」の定義は大切でしょう。

ところで私としては、別の視点で書いてみたいと思います。
「植民地でない」ということは「内地=本土」と同じ、と解していいかと思います。また「同化」ということであれば、日本国民(臣民)と同等、というのが論理的帰結でしょう。
ところで、日韓併合後の朝鮮では、日本人と朝鮮人との間には法的な区別がありました。日本国籍は認められますが、官吏(公務員)への道や、居住・移転については制限が多かったこと。特に参政権については(朝鮮における就学率、識字率の低さにも原因があるとはいえ)終戦直前まで認められませんでした。
このような法的不平等と寺内正毅総督に始まる軍・警察を主体とした統治方法は、「植民地支配」といわざるを得ません。

しかし「結果」だけですべてが割り切れるか、現在の基準から過去を「断罪」できるか?という疑問もあります。(一方では、「歴史は結果がすべて」というのも正しいでしょう。)
私としては「植民地」であったか否かとともに、「日本の統治のどこに、将来(=現在)に禍根を残すような欠陥があったのか」を問う視点も必要ではないかと思います。「もっとうまくやればよかったのに」ということではありません。当時の日本のアジア観や政治手法、外交感覚など様々な点で現在を考える教訓になると思います。(ある意味、現在の日本の中韓外交は、当時の日本の政治外交の「検証なしの裏返し」ではないかと個人的には思っていますから)

こんばんは
#2さんご指摘のように「植民地」の定義は大切でしょう。

ところで私としては、別の視点で書いてみたいと思います。
「植民地でない」ということは「内地=本土」と同じ、と解していいかと思います。また「同化」ということであれば、日本国民(臣民)と同等、というのが論理的帰結でしょう。
ところで、日韓併合後の朝鮮では、日本人と朝鮮人との間には法的な区別がありました。日本国籍は認められますが、官吏(公務員)への道や、居住・移転については制限が多かったこと。特に参政権につい...続きを読む

Q旧日本軍が関わった民間人虐殺など戦争犯罪行為

旧日本軍が関わった民間人虐殺など戦争犯罪行為をリストアップし、ひとつずつ調べていこうと思っています。
こういう事件があった、というものがあれば教えてください。
明治から昭和の終戦までで、場所は問いません。
事件の概要と年月日を教えていただければ、後は自分で調べます。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「世界戦争犯罪辞典」(編・秦郁彦、文藝春秋)を入手していただくのが一番手っ取り早いと思いますが、手元にありますので、日本軍関連のものをピックアップしてみました。
内容についてはご自分で調べていただけるようなので、概要のみとしています。

「旅順虐殺事件」(1894年11月21~25日)
日清戦争で大山巌大将指揮の陸軍第二軍が旅順攻略の際に発生した事件。被害者は2千~2万人と言われている。

「朝鮮東学党に対する掃討作戦」(1894年8月~1895年3月)
日韓両軍による朝鮮東学党農民に対する苛烈な掃討作戦。日本軍の記録によれば戦闘で6000人、処刑5600人とされているが、5万人という説もある。

「閔妃暗殺事件」(1895年10月8日)
朝鮮正妃である閔妃が、王宮で日本軍兵士、壮士、大陸浪人らによって惨殺された事件。

「3.1独立運動事件」(1919年3月1日)
朝鮮における最大規模の反日運動で日本官憲により多数の死傷者をだす。

「台湾霧社事件」(1930年3月27日)
日本統治下の台湾霧社で先住少数民族タイヤル人の武装蜂起に対し日本軍、警察が毒ガスを使用して鎮圧。

「平頂山事件」(1932年9月)
満州国建国半年後、満鉄の撫順炭鉱を警備する日本軍守備隊が近くの平頂山集落の中国人住民を大量殺害した事件。被害者数は400~3000名

「陽高事件」(1937年9月)
支那事変初期において内モンゴルの陽高で関東軍チャハル兵団(兵団長:東条英機)が引き起こした中国人虐殺事件。被害者数350~500名。

「南京虐殺事件」(1937年12月)
日本軍が首都南京を攻略した際、2ヶ月にわたって多数の中国人捕虜、敗残兵、便衣兵、一般民間人を殺害した事件。

「百人切り」(1937年11~12月)
南京攻略戦において野田少尉と向井少尉が敵兵百人切り競争をし、それを報道した東京日日新聞の記事が証拠とされ、戦後戦犯として処刑された事件。実際は100人も切っていなかったらしいが、0人ではなかったらしい。

「重慶戦略爆撃」(1938年12月~1941年9月)
日本陸海軍航空部隊が首都重慶に対し反復実施した大規模な戦略爆撃で多数の民間人死傷者を出した事件。しかし戦犯として訴追された日本人なし。

「七三一部隊と細菌兵器」(1933年~1945年)
石井機関の七三一部隊と一六四四部隊が組織的に人体実験を行う。七三一部隊の記録によれば1943年までの検体数は850体。
1940年10月27日に南京の一六四四部隊が寧波市でペスト蚤を散布。この攻撃後から2ヶ月間の寧波市でのペストによる死者106名。ちなみに、日本は生物兵器を禁止したジュネーブ議定書を批准していない。

「真珠湾奇襲攻撃」1941年12月7日
ハーグ開戦条約に違反するとされ、この相殺として原爆投下が正当化された。

「中立国タイとの交戦」1941年12月8日
シンガポール攻略を目指す日本軍が、タイ政府の許可前に南部タイへ上陸、タイ軍と交戦し、タイの中立を侵犯する。

「香港戦における英軍捕虜の処分」1941年12月18日
香港戦における投降英軍兵士に対するいくつかの殺害事件。

「バリスト・スロン捕虜殺害事件」1942年1月22日
近衛師団長西村琢磨中将が、バリスト・スロン捕虜収容所で捕虜の処分を命じ150名が処刑されたとされる事件。
事件自体でっち上げの説あり。しかし西村中将はこの事件の責を負わされ戦犯として処刑される。

「アレクサンドラ病院事件」1942年2月14日
シンガポール陥落の当日、日本軍が英軍アレクサンドラ病院を襲撃。軍医、看護婦、患者を殺害。被害者数200名

「シンガポール華僑虐殺事件」1942年2月15日
シンガポールを占領した第二十五軍が行った反日華僑粛清事件。被害者数6000人~2万人。

「バンカ島豪軍看護婦殺害事件」1942年2月
シンガポールからバンカ島の脱出した豪陸軍看護婦20名が日本兵により殺害された事件。

「ラハ事件」1942年2月
日本軍によるインドネシア・アンボンのラハ飛行場占領時に約200人の捕虜を殺害した事件。

「バターン死の行進」1942年4月
フィリピンバターン半島を攻略した日本軍が、投降した米比軍7万人をルソン島中部オドンネル収容所まで炎天下を徒歩行軍させ3万人近い死者を出した事件。

「マキン島米捕虜の処刑」1942年8月
日本軍が占領するマキン島へ奇襲上陸してすぐに撤退した際、取り残された9名の米海兵隊員を処刑。この処刑された9名に米大統領の息子ジェームス・ルーズベルト少佐が含まれていたとかいないとか。

「駆逐艦秋風虐殺事件」1943年3月16日
ニューギニアからラバウルへ約60名の外国人抑留者移送中の駆逐艦秋風が、洋上で全員を処刑。

「泰緬鉄道」1942年1月~
連合軍捕虜6万2000名が鉄道建設工事に投入され、過労と伝染病などで1万2000名が死亡。

「潜水艦による捕虜洋上処分」
1943年12月14日、呂110潜が英商船を撃沈し救命ボート、筏の乗組員を銃撃。55名を殺害。
1944年2月22日、伊37潜が英商船を撃沈し救命ボート、筏の乗組員を銃撃。被害者数不明。
1944年3月26日、伊8潜が蘭船を撃沈し、生存者98名を艦上で処刑。
1944年3月29日、伊26が米商船を撃沈し救命ボート、筏の乗組員を銃撃。被害者数不明
1944年7月2日、伊8が米商船を撃沈した際、揚収した生存者96名を甲板に放置し急速潜行。

「ビハール号事件」1944年3月
重巡利根が英商船「ビハール号」を撃沈した際、揚収した生存者60名を甲板で処刑。

「ババル島事件」1944年10月~11月
インドネシア・ババル島の日本軍守備隊による住民虐殺事件。被害者数704名。

「ポンナチャック事件」1943年10月~1944年1月
インドネシア・ポンナチャックで発生した大規模な住民検挙粛清事件。被害者数4000~2万人

「デュエナス神父処刑事件」1944年7月
日本軍占領下のグアム島で島民への影響力が強かったデュエナス神父を逮捕、公衆の面前で拷問し処刑した。

「メリッソ村民虐殺事件」1944年7月15日
グアム東南部のメリッソ村民が日本軍により虐殺。被害者数46人。

「トラック病院の捕虜生体解剖事件」1944年2~7月
米兵捕虜4人に生体切開を行い、このうち2名がショック死。生き残った二人はダイナマイトで爆殺された。
さらに他の4名にぶどう状球菌を注射し全員死亡させる。

「ティンブンケ事件」1944年7月
東部ニューギニアのティンブンケ村で、約100名の村民が日本軍に集団殺害された事件。

「パラワン島米兵捕虜殺害事件」1944年12月13日
米軍の上陸が迫るフィリピン・パラワン島で飛行場の保守作業に従事していた米軍捕虜150名が処刑される。

「父島人肉食事件」1945年2月
撃墜され落下傘降下した米兵を捕らえ処刑の後、その肉を食べた事件。当時の父島は食料に困っていたわけではなかった。
被害者数8名。

「九州大医学部生体解剖事件」1945年5月17日~6月2日
米兵捕虜8名を生体実験。肺の全摘出を行った後、輸血の代用として海水を点滴。どのくらい生きながらえるかを実験した。

「マニラ市街戦での虐殺事件」1945年2月
マニラ市街戦で多数の民間人が虐殺された事件。
聖パウロ大学で子供を含む994名を殺害。北部墓地で2000名を処刑。サンチャゴ監獄での集団殺害など。

「石垣島事件」1945年4月15日
石垣島で米兵捕虜3名が処刑される。

「ランソン事件」1945年3月
仏印北部のランソンで仏兵捕虜を処刑。

「サンダカン死の行進」1945年2月~6月
北ボルネオのサンダカンから260キロ離れた西海岸へ移動させられた2000人の英豪捕虜の大部分が飢えと病気のため死亡した事件。

「花岡事件」1945年6月30日
日本へ強制連行され、秋田県花岡炭鉱で働かされていた中国人労務者がおこした蜂起・逃亡事件。
警察、自警団、鹿島組などが鎮圧、見せしめの為100人が拷問後処刑される。

「ヤルート島民処刑事件」1945年5月
マーシャル諸島ヤルート島で陸海軍将校が島民21名を殺害。

「カラゴン事件」1945年7月
日本軍が南ビルマのカラゴン村の村民600名を集団殺害した事件。

「オーシャン島住民殺害事件」1945年8月19日
島民140名に終戦を告げた後、全員をがけの上で銃殺。

「世界戦争犯罪辞典」(編・秦郁彦、文藝春秋)を入手していただくのが一番手っ取り早いと思いますが、手元にありますので、日本軍関連のものをピックアップしてみました。
内容についてはご自分で調べていただけるようなので、概要のみとしています。

「旅順虐殺事件」(1894年11月21~25日)
日清戦争で大山巌大将指揮の陸軍第二軍が旅順攻略の際に発生した事件。被害者は2千~2万人と言われている。

「朝鮮東学党に対する掃討作戦」(1894年8月~1895年3月)
日韓両軍による朝鮮東学党農民に対する苛...続きを読む

Q日韓併合時代について韓国はなぜ「日本は韓国の富を略奪した」と言うのですか?

日本が併合時代どのようなことをしたか列挙します。

1.朝鮮にそれまで存在しなかった大学を作った。京城帝国大学です。
2.ハングルを普及させた。漢字という一部の特権階級しか理解できなかった文字から庶民の一部が理解していた文字を普及させた。その普及のために当時50しかなかった学校を全土に建設した。
3.経済を飛躍的に向上させ、併合時代に人口が増大した。
4.植林事業
 併合時、禿山まみれだった半島に36年10億本の植林を行いました。残念なことにその大半が朝鮮戦争とその後の乱開発で伐採されたそうです。
5.清津製鉄所、兼二浦製鉄所を建設した。
6.水豊水力発電所を建設した。
7.京義線(京城・新義州間)を建設した。釜山駅~新義州駅を急行電車が運行開始。ソウル市内の路面電車なども建設した。

これだけのことを日本がやりました。当時遅れていた半島に近代国家としての基盤を作ったのです。持ち出しでした。しかし、韓国人の評価は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」というものです。
10年ほど前でしょうか。大臣が「併合時代、日本はいいこともした」と言っただけで韓国から轟々たる非難が来て大臣の首が飛んだんです。何かおかしくないですか? このような捻じ曲げられた事実だけを韓国の国民が信じているのでは日韓関係に将来性はありますか? 韓国が繰り返し言う歴史認識は大切ですが、それはむしろ韓国側ではありませんか?

日本が併合時代どのようなことをしたか列挙します。

1.朝鮮にそれまで存在しなかった大学を作った。京城帝国大学です。
2.ハングルを普及させた。漢字という一部の特権階級しか理解できなかった文字から庶民の一部が理解していた文字を普及させた。その普及のために当時50しかなかった学校を全土に建設した。
3.経済を飛躍的に向上させ、併合時代に人口が増大した。
4.植林事業
 併合時、禿山まみれだった半島に36年10億本の植林を行いました。残念なことにその大半が朝鮮戦争とその後の乱...続きを読む

Aベストアンサー

質問者さんは今回の質問をする前に、併合時代に日本が作ったインフラを具体的に知るための質問をされています。 それが、質問中の1.-7.の事例です。 これらが事実なのは間違いありませんが、一つ問題なのは、製鉄所や水力発電所などはすべて今の北朝鮮のものになったことです。 実際工業インフラはほとんど韓国のものにはなっていません。 かといって、仮に韓国に工業インフラが残っていたとしても、やはり韓国は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」と言うでしょうね。 しかし、世の中見てる人はちゃんと物事を見ています。 韓国併合とは一体何だったのか、併合時代に日本は一体何をしたのか、世界中の正常な人たちは事実を知っています。 一方むちゃくちゃな自説を主張したり、それにわずかでも日本が反論しようとすると、騒いだりわめいたり、国旗を燃やしたり自分の体を切り刻んだり、何とみっともないことをやる連中だと、世界中の心ある人たちは眉をひそめて見ています。 それがわからないで、同じことを続けているのを見るとかわいそうにすらなります。 おかげで、日本が大人の対応ができる、まともに成熟した国家であることを誇りに思うことができます。 

質問者さんは今回の質問をする前に、併合時代に日本が作ったインフラを具体的に知るための質問をされています。 それが、質問中の1.-7.の事例です。 これらが事実なのは間違いありませんが、一つ問題なのは、製鉄所や水力発電所などはすべて今の北朝鮮のものになったことです。 実際工業インフラはほとんど韓国のものにはなっていません。 かといって、仮に韓国に工業インフラが残っていたとしても、やはり韓国は「日韓併合時代、日本は韓国の富を略奪しただけだった」と言うでしょうね。 しかし、世の...続きを読む


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