メルギブソン主演の映画パトリオットを見ました。
お互いに一列に向かい合って鼓笛隊の演奏する軽やかな音楽の中、銃撃が始まりお互いバタバタ倒れていくシーンのことなのです。
この中でよく耳にする聞いたことのある鼓笛隊の演奏している曲名を教えて下さい。

A 回答 (1件)

たったたーたたったったーたらたったたらたらたー



って曲ですか?

グレナーディアです。

英国の近衛第一連隊グレナーディアガーズの公式曲で、ユーキャンのCMで有名です。
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この回答へのお礼

ありがとうおございます。
youtubeなどでも調べましたがほとんど出ていないですね。

お礼日時:2009/09/27 21:10

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Q幕末のころ(?)の鼓笛隊の行進曲

時代劇を見ていた時、
ピーヒャラピ、ピ、ピ。ピーヒャラピ、ピ、ピ。
と、鼓笛隊が演奏し行進していました。
赤と白の連獅子のような被り物をかぶった、上官のような人もいました。
時代背景は、勤皇がどうの、攘夷がどうのと言ってたので、多分幕末。
そこで質問ですが、
1.この行進曲は、何と言うタイトルなのでしょうか?
2.被り物をかぶった人達は、何派で国をどうしようとしたのですか?

Aベストアンサー

「♪ピーヒャラピ、ピ、ピ。ピーヒャラピ、ピ、ピ。」ってのは、これですよね。

http://www.asahi-net.or.jp/~zd9t-nsi/midi/military.htm
このサイトの中ほどの「曲名:維新マーチ」をクリックするとメロディが流れますのでご確認を。


♯1さんの仰る「宮さん宮さん」はトンヤレ節といって、確かに大村益次郎の作曲と言われていますが、「♪ピーヒャラピ、ピ、ピ。ピーヒャラピ、ピ、ピ。」の維新マーチとは、メロディがまったく違うような気がするのですが・・・・

♯それとも、同じメロディで歌うこともあるのだろうか。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~zd9t-nsi/midi/military.htm

Q何故日本と中国や韓国はお互いに反感を持ち続けるのか

こんにちは、春から大学生になるgenbaと言います

質問はタイトルの通り、日本と中国・韓国のお互いがもつ反感が何故なくならないのかということです。
大戦や政府による民族差別政策などが終わってまだ60年ほどしかたっていないわけで、実際にそれらの被害を受けた方が憎むのは理解できますが、どうして私を含む若者までいつまでも憎み合うのでしょうか。
私が知っている限りでも「嫌韓流」や「嫌日流」などといった本が出されたり、先の北京オリンピック聖火リレー時のチベット問題に絡む日中一部の争い、WBCやW杯での日韓戦、お互いが根底にもつ他者を卑下する意識など、友好関係を妨げるような感情が多くあると感じています。

私は特別、日中・日韓の関係を良くしたいと思っているわけではありませんが、近隣諸国である以上友好関係であったほうが良いと思いますし、一方が他方を批判する時のある種の「必死さ」というか、一見関係のないことを並べて立てて相手を見下すような言動をする人が理解できません。

また、反日教育が行われている等の報道をみかけることがありますが、日本人もまた、教育こそしていなくとも、どこかで他のアジア人に対する蔑視の意識を感じます(もちろん自分自身も含め)、それはやはり周囲の人間の言葉の端々に感じる「雰囲気」というか、何らかのそうした意識があるのだと思いますがやはり何故そのような意識があるのかわかりません。

まとめますと
(1)何故お互いをよく知らない若者まで民族で判断し憎み合うのか(実際にはその民族の友人もいないのに)
(2)何故手段を選ばずとにかく相手を批判したい人がいるのか
(3)日本にも反中・反韓の意識があるが、それは何故なくならないのか

(1)~(3)質問内容が重複する場合はまとめて答えてもらって結構です
できれば歴史や過去の出来事からの引用で終わるのではなく、回答者様自身の率直な意見をお聞きしたいです。

駄文・乱文すみません、質問文の訂正等のアドバイスもあったらお願いします。

こんにちは、春から大学生になるgenbaと言います

質問はタイトルの通り、日本と中国・韓国のお互いがもつ反感が何故なくならないのかということです。
大戦や政府による民族差別政策などが終わってまだ60年ほどしかたっていないわけで、実際にそれらの被害を受けた方が憎むのは理解できますが、どうして私を含む若者までいつまでも憎み合うのでしょうか。
私が知っている限りでも「嫌韓流」や「嫌日流」などといった本が出されたり、先の北京オリンピック聖火リレー時のチベット問題に絡む日中一部の争い、WB...続きを読む

Aベストアンサー

(1)何故お互いをよく知らない若者まで民族で判断し憎み合うのか(実際にはその民族の友人もいないのに)
(2)何故手段を選ばずとにかく相手を批判したい人がいるのか
(3)日本にも反中・反韓の意識があるが、それは何故なくならないのか

上記質問ですが、むしろ「相手を知らないからこそ(表面的にしかつきあっていないからこそ)、批判する。」のが真実だと思います。

日本人にも、色々な人がいるように、韓国人・中国人といっても色々な人がいます。私には、韓国人にも中国人にも知人がおりますが、韓国人で都市部に住んでいるサラリーマン家庭の人たちは「日本に対する反発は当然ある。だけど過去に縛られても非生産的な関係なので、これからは未来志向でいくべきだ。」という人が主流です。中国人にいたっては、日本に対する感情的な反発すら露骨には表現しない人が大半です。

ビジネスの世界では、日韓の結びつきは非常に強いものがあります。韓国企業はそれなりの高品質製品を日本より安く売ってくれるので日本企業にとっては貴重な調達先です。また、そうした日本への輸出を行うための材料・部品・工場の製作機器などは逆に韓国が日本から輸入している場合が多いので、お互いに付き合うメリットがあります。

グローバルに展開している企業に勤めている人で、あからさまに韓国・中国だけを批判をする人は少ないと思います。(もちろん、愚痴しか言わない人も多いですが、そういう人は韓国・中国に限らず日本の上司や取引先のことも愚痴っています。)逆もまたしかり。

むしろ、昨日の日韓戦の前後でも韓国の監督やメディアはヒステリーな反応をしていないし、2002年のワールドカップ共催や韓流ブームなど、大局としては日韓の距離が近づいているように思います。中国とは、政治レベルでは明らかにお互いが距離を縮めたがっていますし。

確かに、インターネットという個人が気楽に発信できるツールが誕生してから、これまでタブーとされていたことが表面に出やすくなっていますが、インターネットでこれだけ誹謗中傷合戦が繰り広げられていても、双方の関係が悪化していない、むしろ経済交流は活発になっていることはとてもよい傾向だと思います。

結局、相手を知らずに、国内に不満が溜まるとナショナリズムの高揚という形で他国への批判が先鋭化します。

韓国・中国は戦後長いこと決して豊かとは言えませんでしたが、ここ10年20年の経済発展で随分生活も改善されました。彼らの反日感情は生活が改善されるにしたがい、解消されていくでしょう。

日本は、この10年で社会経済に閉塞感が蔓延し、特に所得が低い若年層がナショナリズムに感化される素地があります。日本の経済が軟着陸して若年層の生活不安が和らげば、インターネット上の過激なナショナリズムもある程度緩和されると思います。

(1)何故お互いをよく知らない若者まで民族で判断し憎み合うのか(実際にはその民族の友人もいないのに)
(2)何故手段を選ばずとにかく相手を批判したい人がいるのか
(3)日本にも反中・反韓の意識があるが、それは何故なくならないのか

上記質問ですが、むしろ「相手を知らないからこそ(表面的にしかつきあっていないからこそ)、批判する。」のが真実だと思います。

日本人にも、色々な人がいるように、韓国人・中国人といっても色々な人がいます。私には、韓国人にも中国人にも知人がおりますが、韓国人で...続きを読む

Q新天皇「陛下」と上皇「陛下」の間のお互いへの敬称は?

日本史に詳しい方にお聞きしたいです。
天皇退位関連のニュースを見ていて、表題の件について気になりました。
今上天皇の退位後、上皇となられた際の敬称は「陛下」とのこと。
http://www.asahi.com/articles/ASK3Q76JZK3QUTFK01S.html

「陛下」という敬称は日本国内においてはこれまで天皇のみに対する敬称だったと思いますが、上皇に対しても使用するとなると、我々一般人からしたら違和感ないですが、新天皇と上皇との間でお互いに「陛下」と呼び合う、というのはどうなんでしょう。

過去、平安時代など上皇がいた時代にはどうだったのか教えていただきたいです。

Aベストアンサー

六国史に見える上皇と天皇とのやり取りは、互いに臣下の礼をとるという形になってます。
たぶん後の時代でも公式にはそういう形をとることになっていたと思います。
なので今上陛下が譲位された後は、やはり、互いに「陛下」と呼び合うことになるのだと思います。

Q神風特攻隊第一御盾隊の零戦

サイパン・アスリート基地を奇襲攻撃した第一御盾隊の零戦は、
国籍マークである日の丸を黒く塗りつぶしていたそうなのですが本当でしょうか。
戦争法規上かなり問題があると思うのですが。

Aベストアンサー

 すでにご存知かもしれませんが、  

 渡辺洋二編著『隊員たちの写真集 本土防空戦 海軍航空隊篇』徳間書店 81年 の105・106ページ「日本軍のサイパン基地攻撃」に銃撃部隊の写真と解説が載っています。

 写真は残念ながら逆光のため、判別はしがたいのですが、渡辺氏の解説に「硫黄島防空用に配備されている左端の機は垂直尾翼に252の数字が書かれているが銃撃隊の機は識別記号をすべて消しさっている」とあります。

 そこで、もし、日の丸も黒く塗りつぶしていたなら渡辺氏もそのことについてもコメントしているだろうと思われます。

 また、所属部隊記号を消したのは、発進基地を隠匿するという目的があったためとおもわれますが、日の丸を塗りつぶすことの意図と効果を考えますと、おそらく白枠ぬきの日の丸を付けていただろうと私は推測します。

  

 

Q特攻隊(特別攻撃隊)について

特攻隊(特別攻撃隊)について

■昨日NHKのテレビ番組でゼロ戦の特集がありました。

何気なく見ていましたが、その中で聞き捨てならない解説がありました。

-----------------------------------

特攻隊は3機一組で編成され、実際に突撃する隊員は特攻前夜に知らされました。

ゼロ戦一機は片道の燃料で、残りの二機は見届け役でしたので燃料は満タンでした。・・・・・・・・・・・・・

------------------------------------

■実は、この話は私が以前から持っていた重大な疑問に光を射すものでした。

以前、知人のカナダ人を特攻記念館に案内した時、そのカナダ人が、特攻隊員の生き残りの人と文通しており、

その人の写真を見たいと言い出したのです。それで、館長にそのことを尋ねると、

「この記念館には、戦死した隊員のみが展示されています。生還した隊員の写真はありません。」

というものでした。

大体、戦争記念館の館長などは、生還した兵士などが最も適任のはずなのに、そういった人々を無視して、戦争を知らない人が物知り顔で講義する。おかしな話だと思いました。

-------------------------------------

■これらの話を総合すると、特攻出撃はイジメではないかと疑うようになりました。

次のように話すサイトもあります。

http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/02092.HTM

離陸した特攻機は、飛行場の上空を旋回しながら隊列に三機編隊を組み、編隊を組みおえると機首を戦闘指揮所へ向けて急降下しました。そして、みんな一様に三回翼を左右にふりながら最後の別れを告げると、急上昇して開聞岳の彼方へ消えていきました。

--------------------------------------

■NHKの話は、一般人の会話ではなく、アナウンサーの解説でした。

もし、二人のパイロットが見届け役であれば、話は全く違います。そもそも戦況が絶体絶命の時、見届けも何もないはずです。現場を見届けるといっても、特攻の成功率は限りなく0で、艦船に接触できる確率だけでも5パーセントでした。

すると、見届け役の二機は、撃墜された戦友を確認し、黙って報告のために帰っていったことになります。

一体、事実はどうだったのでしょうか。

質問1. 特攻機の編成はNHKの説明のとおり、三機一組だったのでしょうか。

質問2. 特攻機は一機のみで、他の二機は見届け役だったのでしょうか。

質問3.特攻機の統計はウィキペディアなどにもありますが、一体、こういった見届け役の特攻機は統計上、どのように扱われているのでしょうか。

質問4. もし、NHKの言う上記の件が事実であれば、私は、特攻の真の目的は、米国に打撃を与えることではなく、気に入らない日本兵を始末するためだったと考えざるを得ません。それでも、特攻を正当化する理論的根拠がありますか。

質問5. その他、何でも結構です意見を下さい。一部の回答でもかまいません。私は、この分野は素人です。よろしくお願いします。

特攻隊(特別攻撃隊)について

■昨日NHKのテレビ番組でゼロ戦の特集がありました。

何気なく見ていましたが、その中で聞き捨てならない解説がありました。

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特攻隊は3機一組で編成され、実際に突撃する隊員は特攻前夜に知らされました。

ゼロ戦一機は片道の燃料で、残りの二機は見届け役でしたので燃料は満タンでした。・・・・・・・・・・・・・

------------------------------------

■実は、この話は私が以前から持っていた重大な疑問に光を射すものでした。

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Aベストアンサー

特攻には、航空機、潜水艇、小型ボート、人によるものがあります。

一説では航空機による特攻命中機は、450機であり、陸海特攻機数が約3450機、戦死者数が約3600人、航空機による特攻命中率は約10%です。

39%と17%という説は、特攻命中率が高くなる計算方法らしく、だいたいの説で5%のようです。
特攻の被害は、沖縄戦だけで撃沈26隻、損傷164隻、ある時期の戦死者数が4907人で負傷者数が4824人のようなので、多少は増えます。

出撃機数は、出撃回数の場合もあり特攻機が帰還を繰り返す例も多く3450機より多くなります。

潜水艇と小型ボートによる被害は数隻で命中率は数%のようです。

航空特攻がおこなわれたかについては、パイロットの能力低下や護衛機の減少により、通常攻撃の成功率が絶望的になったからです。

マリアナ沖海戦では、航空機378機の損害で大型艦6隻の損傷だけで、台湾沖航空戦では航空機300機の損害で大型艦2隻を大破壊しただけです。

それに対して、第一回の航空特攻隊は14機の損害で大型艦1隻撃沈、大型艦1隻を大破壊、大型艦4隻に損害です。
14機が出撃して命中が7機の命中率が50%です。
同時期の通常攻撃では、250機で大型艦1隻撃沈、小型艦2隻撃沈、1隻大破壊だけです。

特攻隊の命中率が低いといわれますが、航空攻撃や砲撃による命中率は数%が普通であり、末期の日本軍では数%の命中率も低下しました。

人道的に無視すれば、指揮官には合理的な戦術と考え、無駄死にするより良いと考えて特攻を選びましたが、後に特攻しか考えなくなります。
現在では理解しにくいですが、上官と部下は体当たりしかないという気持ちであり、信頼する上官の命令により体当たりすることに、あまり抵抗がなかったという隊員の証言があり、特攻に否定の人もいました。
見届け役は、特攻機の護衛と被害確認のためで重要な役です。
これがないと特攻機が全滅したり、効果的な作戦ができません。
特攻機と同じか2倍の数の例もあり、特攻隊に何度もついて行くつらい役であり、修羅の翼という有名な本があります。

戦後、軍の上官や部下は敗戦責任や戦死者に対する思いから軍の仲間で集まることが多く、世間に積極的に体験を知らすことを遠慮する人が多く館長になりにくい状況でした。

映画の『あゝ、決戦航空隊』、『最後の特攻隊』、本の『大西瀧治郎 生出寿』が理解しやすいです。

特攻には、航空機、潜水艇、小型ボート、人によるものがあります。

一説では航空機による特攻命中機は、450機であり、陸海特攻機数が約3450機、戦死者数が約3600人、航空機による特攻命中率は約10%です。

39%と17%という説は、特攻命中率が高くなる計算方法らしく、だいたいの説で5%のようです。
特攻の被害は、沖縄戦だけで撃沈26隻、損傷164隻、ある時期の戦死者数が4907人で負傷者数が4824人のようなので、多少は増えます。

出撃機数は、出撃回数の場合もあり特攻機が帰還を繰り返す例も多く3450...続きを読む


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