文学論になると思います。
 (α) 本格小説という区分をするとき それはほかに区分された《私小説》などとちがった文学を目指しているのでしょうか?

 ☆ むろん形式の問題ではありません。文学の目指すところに関して私見を述べますので 批評・批判を含むご回答の具体的な対象としてください。 
 (β) 文学は ひとが現実に生きること・あるいはその描写を目指す。
 (β‐1) たとえ超現実のものごとを書いたとしても 人間および社会の現実を見つめることをねらいとし・そこに生きることを考え・さらにはそこでの共生のあり方を模索する。
 (β‐2) 作中の人物の口を借りていくらでも思想(生活態度)や価値観をも述べることが出来るが これは けっきょくのところ断片集になる。人物ないし人間を描くことが主な仕事ではないか。
 (β‐3) 理想的な生き方でなくとも そのつど一回きりの行為を どのようにかのようにえらんで行なったか。またそれをめぐる人びとのかかわり方やその情況 これらを描くことのほうに重きを置いている。
 (β‐4) ならば 文学作品の形態がいかようであれ その目指すところに変わりはない。主人公らとわれわれ読者との関係が 現実の共生として いかに自由であるか・いかに生きたものであるか その描写にある。主題やその扱い方がいかに暗いものであったとしても 生きた自由への香りをどれだけ漂わせているか。こういうことではないか?

 ☆ この質問は 水村美苗の『本格小説』をめぐっての議論をきっかけとして問うものです。
 (α‐1) 《本格小説》というジャンルには 独自で特殊な色合いがあるのでしょうか? 
 ☆ おおしえください。

 * なお文学作品の読書量にかんしてわたしはお寒いのですが 回答にそういった例示があった場合にも 出来る限り受けたまわったご説明を消化してまいりたいとは思っておりますので よろしくお願いいたします。

A 回答 (3件)

形式の問題ではないと前置きされておられるのがすこし気になりますが、


ひとつまず抑えておかなければならないのは、
「私小説」とちがって「本格小説」にはジャンル、分類としての実態がないということですよね。
過去には「私小説」と呼べる作品はいくらもありますが、「本格小説」に分類される小説は世にいくらあるでしょうか。
中村武羅夫によって提唱されたところの「本格小説」に基づいて、これは本格小説であると認定はできましょうが、
一般的には「本格小説」と呼ばれる文学のジャンルはないといってよいように思います。
水村美苗が前作「私小説」を上梓し、それを踏まえたうえで私小説の枠組みからまったく超越した小説を書こうとした場合、
既存の概念として適当なものがたまたま純粋な第三人称小説と定義されるところの「本格小説」であったということですよね。
であれば、「本格小説」というのは脱私小説という特殊な立場を持つ小説の形式を指すに過ぎず、おそらく水村自身にとっても一回限りのもの。
そこをあえて、せっかく再び命を吹き込まれた「本格小説」という文学形態の目指すべきところを
考えてみようではないかという議論を楽しむというご趣旨でしたら、私の無粋をお詫びしなければなりません。
なんにせよ、私が申し上げたいのは、私小説あっての本格小説という概念ですので、
私小説というジャンルがほとんど死滅してしまっている現在、本格小説という考え方に命を吹き込むことができたのは、
作者自身がまず傑作「私小説」を上梓して私小説をピンポイントで復興せしめたという功あってのものではないかということ。
つまり、その前提抜きに本格小説の目指すべきところを考えるのはなかなかに困難なように思われます。
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この回答へのお礼

 acephale さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ですが 困った困った。ちんぷんかんぷんなのです。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ・・・作者自身がまず傑作「私小説」を上梓して私小説をピンポイントで復興せしめたという功あってのものではないかということ。
 つまり、その前提抜きに本格小説の目指すべきところを考えるのはなかなかに困難なように思われます。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 『私小説 from left to right』という作品のことですね。そのあと『本格小説』という題名の《本格小説》形式の作品を出した。こういうことですね 経過としては。
 ううーん。じつは 『続明暗』を借りてきてぱらっと読み始めたところですが 『本格小説』のほかには 小説はまだ読んでいないのです。

 とにもかくにも
 ★ 「私小説」とちがって「本格小説」にはジャンル、分類としての実態がないということですよね。
 ☆ ということなんですか。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 水村美苗が前作「私小説」を上梓し、それを踏まえたうえで私小説の枠組みからまったく超越した小説を書こうとした場合、
 既存の概念として適当なものがたまたま純粋な第三人称小説と定義されるところの「本格小説」であったということですよね。
 であれば、「本格小説」というのは脱私小説という特殊な立場を持つ小説の形式を指すに過ぎず、おそらく水村自身にとっても一回限りのもの。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ むろん字面でおっしゃっていることは分かりますが だから一体どういうことなのか。本格小説という看板をかかげることにそれほど重要な意味はないのではないか。こういうところでしょうか。

 もしこの質疑応答のたどっていく途中でまた何かありましたら よろしくお願いしたいと思います。とりあえずありがとうございました。

お礼日時:2009/09/30 21:06

bragelonneさん、こんばんは。



>ロシアは プーシキンがおもしろそうだと感じたほかには からっきしでして。

はい、翻訳でしか読めない私ですが、詩的精神の高邁さという点でプーシキンは凄いと感じ入りました。

で、「《本格小説》は どういう文学をめざすのですか?」に関してですが、中村武羅夫の「本格小説」提唱に対して、その後、まともな作家がまともに反応しなかったことが証明しているように、現代に至るまで、bragelonneさんのような疑問や問題意識を誰も抱こうとはしなかったということかと思います。

ですから、ご質問に手を入れ、「小説のあり方について《本格的》に考えた小説家はどんな小説を書こうとしたのか?」と問うたとしたら、もっといろんな意見が寄せられたのかなという気がしなくもないところです。
ただ、すでに私としては、bragelonneさんも回答なさったyukkinn66さんのご質問「作家と創作作品中の人物の関係」への回答中に、その該当例としてアンドレ・ジイドの『贋金つくり』及び三島由紀夫の『禁色』を紹介させていただきましたので、これらをご参考にしていただければ幸いです。
さらに、プルーストの『失われし時を求めて』を付け加えても良いかもしれませんね。
ちなみに、私は『禁色』については、これを傑作、佳作だとは全く思いません。

とにかく、彼らはそれまでの19世紀のロマン派・写実派の小説家のように、ただ小説を書いているだけでは済まなくなり、いずれも「何を書くか?」よりも「何故書くのか?」という、自らの小説の根本動機なり、源泉なりを反省的、自己批評的に模索せざるをえなくなったということだと思います。

だから、こうした小説のいずれもが、一面において、言わば「小説批評を主題にした小説」という基本性格を持っているのは極めて当然のことだと思います。
言い換えますと、19世紀末頃から、書く主体(作家自身)を不問に付したままではもはや小説を書き得なくなったということになります。

なお、同様の発想はボードレールの『悪の華』にも顕著に認められるところでして、やはり「詩(作)とは何か?」といった問題意識が尖鋭な形で表出された詩が多く認められます。
文学史的には、こういう傾向が19世紀末から顕著になってきたのは確かでして、三島にしてもこうした小説家や詩人の影響を強く受けたと考えられます。

でも、これは別に小説家だけに限らないことでして、19世紀末を迎えたとたん、20世紀に大きく影響を与えた哲学者、社会学者、心理学者、言語学者、芸術家たちが、まるで示し合わせたかのようにこぞって登場してきたというところが私には興味深く思われてなりません。

この回答への補足

 こんばんは kadowaki さん。ご回答をさらに継いでくださってありがとうございます。

 最初 二件の回答を得た段階でわたしはいわば迷子になりましたが ようやく見通しを強引に持つようにしました。
 まづその前に 今回のご回答の中で 次の点は分かりづらかったのでお尋ねしておくべきだと思います。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 《「小説のあり方について〈本格的〉に考えた小説家はどんな小説を書こうとしたのか?」》に答えるに 《三島由紀夫の『禁色』》が参考にしうる。ただし 《私は『禁色』については、これを傑作、佳作だとは全く思いません。》
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ とおっしゃっていると思いますが それでよいのでしょうか? ということは 《問いに答えようとした作品であるが 小説の出来はよくなかった》ということでしょうか?

 さてわたしはこの質問をつづけるに当たって いわば見切り発車することにしました。問いは こうです。
 ○ 《本格小説》というジャンルがあると想定して それの成功作はありますか?
 ○ もしあるとすれば 次の定義の条件を満たすはずですが そのとき どういう《人生観あるいは思想》を表わしていますか?
 ▲ (中村武羅夫) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 作品を読んだゞけでは、円彫りにされた或る個性なり生活なりしか見えて来ないが、その事象を取りあつかつて居る作者の態度で、その事象にはたらいて居る作者の批判で、作者の思想なり人生観なりを、うかゞひ知るといふやうな小説である。」
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 同じく中村の挙げる例として 《19世紀のロシアの作家(ツルゲエネフ、トルストイ、チエホフ等)が書いたような「本格小説」》 そして具体的にひとつは 『アンナ・カレニナ』ですが それらについて もし成功作だと思われるものがありましたら そこで結果的に描かれた《人生観なり思想なり》を紹介程度でかまわないですから おしえてください。
 ○ あるいは端的に 水村美苗の『本格小説』を成功作だと思われる方は その結果描き出された人生観なし思想なりを やはりおしえてください。

 ☆ つまりそのように結果で決まると考えて不都合はないと思われるからです。
 わたし自身は ジャンルはどうでもよいのです。趣旨説明で述べたような(β)を基準として 良し悪しを判断しますが もし本格小説というジャンルでは その評価の仕方に特殊な作業過程が必要であるとするならば そういうことについてもおしえて欲しいとたしかに思います。でもそれを端折ってもらってもかまいません。どういう結果が出ているから 成功作だというところを重点的におしえて欲しい。こう考えました。どうでしょう?

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 だから、こうした小説のいずれもが、一面において、言わば「小説批評を主題にした小説」という基本性格を持っているのは極めて当然のことだと思います。
 言い換えますと、19世紀末頃から、書く主体(作家自身)を不問に付したままではもはや小説を書き得なくなったということになります。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ といった傾向と言いますか思潮のようなもの 重要だと思いましたが いまはこの質問に集中したいと思います。あしからずご了承ください。そして kadowaki さんは 《本格小説で成功作はない》とお考えでしょうか。そういうジャンルを立てることじたいが ほとんど問題にならないのだと。
 あと 美苗作品は《パロディ》だとおっしゃっていた点が つかめないのですが 澄みません。

補足日時:2009/10/02 23:09
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bragelonneさん、こんばんは。



「本格小説」というのは中村武羅夫の造語でして、最初に用いたのは「本格小説と心境小説と」においてです。
中村は、私小説(心境小説)が当時の文壇を席捲しつつあることを不満に思い、19世紀のロシアの作家(ツルゲエネフ、トルストイ、チエホフ等)が書いたような「本格小説」がもっと日本の文壇にも擡頭して欲しいと言いたかったようです。

「私の言ふ本格小説といふのは、形の上からだけで言へば、一人称小説に対する三人称小説のことである。主観的行き方に対する、厳正に客観的な行き方の小説である。作者の心持や感情を直接書かないで、或る人間なり生活なりを描くことに依つて、そこにおのづから作者の人生観が現れて来るやうな小説である。端的に作者の心持を書いてしまはないで、全円的に描かれた事象の奥に、作者の人生観がひそんで居る――若しくは作者の人生観などといふものはどこに隠されて居るのか、ちよつとではわからないが、作品を読んだゞけでは、円彫りにされた或る個性なり生活なりしか見えて来ないが、その事象を取りあつかつて居る作者の態度で、その事象にはたらいて居る作者の批判で、作者の思想なり人生観なりを、うかゞひ知るといふやうな小説である。」

その上で、本格小説の典型例として『アンナ・カレニナ』を挙げ、「これこそ小説中の小説である。私の言ふ本格小説の上乗である」と絶賛しています。
ところが、これに対して、久米正雄は「「私小説」を除いた外のものは、凡て通俗小説である」と批判しております(「「私」小説と「心境」小説」)。
その理由は、「結局、作り物としか思はれない」からとのことです。

私自身としては、もし真面目に小説について考えようとするなら、「本格小説」という語の字面から連想される曖昧な概念に決してたぶらかされてはならない思います。
もちろん、水苗さんが自作の標題を『本格小説』と銘打ったのも『私小説』と同様、一種のパロディ化を意識してのことだと思います。

なお、上記の「本格小説と心境小説と」にせよ、「「私」小説と「心境」小説」にせよ、これらを《本格的》な小説論として評価するには、いずれも「小説とは何か?」という思考の深度という点で物足りない、浅薄すぎるという不満を否めないところです。

ということで、残念ながら、「《本格小説》は どういう文学をめざすのですか?」と問うたところで、実質的にはあまり意味がなさそうな気がしてなりません。

この回答への補足

 kadowaki さん こんばんは。ご回答をありがとうございます。
 わたしはそうとう程度において kadowaki さんに悪態をつきましたので 恐れ入っております。

 気を取り直して ご回答に向き合います。
 わぁーっ やっぱし困った困った。弱りました。ロシアは プーシキンがおもしろそうだと感じたほかには からっきしでして。
 ところが 結論としては
 ★ ということで、残念ながら、「《本格小説》は どういう文学をめざすのですか?」と問うたところで、実質的にはあまり意味がなさそうな気がしてなりません。
 ☆ なんですか。さてさて どうしたものなんでしょう。
 ★ なお、上記の「本格小説と心境小説と」にせよ、「「私」小説と「心境」小説」にせよ、これらを《本格的》な小説論として評価するには、いずれも「小説とは何か?」という思考の深度という点で物足りない、浅薄すぎるという不満を否めないところです。
 ☆ ジャンルは関係無し ですか。
 しかも
 ★ もちろん、水苗さんが自作の標題を『本格小説』と銘打ったのも『私小説』と同様、一種のパロディ化を意識してのことだと思います。
 ☆ なのですか。これは
 ○ 作品の中身も 《パロディ化》されていると見ることでしょうか?
 ううーん。そういう目で読んだことはないですね。読後の今も 《パロディ》かどうかは 特にピンと来ませんし。

 ▲ (中村武羅夫) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ・・・作品を読んだゞけでは、円彫りにされた或る個性なり生活なりしか見えて来ないが、その事象を取りあつかつて居る作者の態度で、その事象にはたらいて居る作者の批判で、作者の思想なり人生観なりを、うかゞひ知るといふやうな小説である。」
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ もしこの文章に対してものを言うとするなら 案外かんたんですよね。
 ○ 《思想なり人生観なりを、うかゞひ知る》というまでにはどんな小説でもむつかしいと思います(β-2)が その一端に触れるというのであれば 《私小説》も《心境小説》も何何小説も 問題は文学としていいかわるいかであって ジャンルには関係ない。
 ☆ とは思います。
 久米正雄の言う
 ▲ 「結局、作り物としか思はれない」
 ☆ というのも なんとも返しようのない評言ですね。《作りもの》でない小説があるのかと言わねばならないですし。

 お考えの結論は分かりましたが 残念ながらなんとも進展がない感じではあります。

 * ▲ 端的に作者の〔* あるいは登場人物の〕心持を書いてしまはないで
 ☆ という点ですけれど これは そうだとしても けっきょく読み手は そこを解釈することになりますよね。《心持》というよりは 行為の選択にかかわる意志のあり方だと思うのですが それが解釈をこばんでいるという場合には わたしから見れば《文学作品》とは言わないと思うのですけれどねぇ。水村美苗の小説でそのように感じたものですから。・・・

補足日時:2009/09/30 21:37
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 席はなんと言っても正面が一番良いと思います。高額になりますけれど(笑)たとえば能舞台で御覧になる時には席によって舞台の柱が視界の邪魔になることもありますので、予め舞台の見取り図を入手されると良いかもしれません。
 また普通のホールで御覧になる場合、観客席と舞台が近いために視点が見上げる状態になるホールもあり、あまりにも前の席を取るとと足さばき(←って言うのかなぁ)が見えなかったりします。

 私もそんなに詳しい訳ではなく、ここ数年興味を持って能楽堂に通うようになりましたので参考になりますかどうか。。。
 いちおう、能について関連用語や演目の簡単な説明があるURLを載せておきますね。

参考URL:http://homepage1.nifty.com/HanaYugen/DictionaryRoom0.html

 はじめまして。
道成寺、これは私も見てみたい演目の一つです。終盤になって清姫めがけて頭上から落とされる鐘は80キロほどあると聞いたことがありますので、命がけですよね。日々、精進努力して得た技術がないと出来ない演目だと言われています。

 あと、私がけっこう好きなものは(小町もの)と言われる小野小町を取り扱った演目です。代表的なものでは卒塔婆小町でしょうか。。。
 前半の静けさとは比べ物にならないほどの後半のはげしさ。見ていても分かりやすく楽しめる演目だと思います。

 チ...続きを読む

Q日本の純文学作品内でしばしば言及される海外文学

日本の純文学作品内に高い頻度で登場する海外文学を教えてください。
たとえば太宰なら聖書やドストエフスキーの小説を引き合いに出すことが多かった気がするのですが、
他に頻繁に引き合いに出される作品には何があるのでしょうか。

Aベストアンサー

同じく、太宰はギリシア神話からも引いていますね。
例:走れメロス

順位から云えば、
1.中国文学(近現代では「中島敦」とか、江戸期以前の文学では当たり前)
2.佛教経典(芥川・・蜘蛛の糸なんか・・)
3.聖書(現代では、「森山周一郎」・・クリスチャンだった)
4.ギリシア神話(太宰、白樺派辺りでも引用が多い)
5.ドストエフスキー(近代で引用が多い)
6.シェークスピア(大正期文学では多い)

特に自然主義文学と呼ばれる作品群(大正期から昭和初期にかけて)は、西洋文学の引用が増えているような気がします。そして、新古典主義と呼ばれた、芥川らによって、佛教経典や日本古典から引用があり、その後の現代に続くようです。

では。


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