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 近々、友人に「(1932年~)タイでクーデターが起きる理由」について説明しなければいけません。友人は政治に関して中学校教育レベルの知識しかなく、できるだけ簡潔に説明したいと思います。
 そこで、個々のクーデターの詳細を説明するのでなく、もっと抽象的に総括する形で表現したいと思い、自分なりにまとめてみました。
 以下のように友人に説明するのは無理があるでしょうか?
--------------------
「何故タイでクーデターがおきるのか」

【理由1】:民主主義が不完全である。
【理由2】:タイの軍、特に伝統ある陸軍は国民から信頼されている。

〈理由1について〉
民主主義の原則として、
(1)文民統制:軍人は政治に関われない。
(2)政治で問題が起きたら民主的(選挙など)に解決しなければいけない。

 [しかし、タイでは]
 ・政治で問題が起こるとクーデターで解決。(上記(2)に矛盾)
 ・政権を握っていた与党を、クーデターによって強制的に解散させて、軍が政権を奪取する。(上記(1)に矛盾)

〈理由2について〉
軍を信頼し、その行動を支持する人々がいる。なぜなら陸軍の士官はタイ最大のエリート達であり、クーデターを首謀するタイ陸軍の司令官ともなれば、エリート中のエリートである。
日本人は「軍事クーデター」と聞いて、軍人に対して「暴力的」なイメージをするかもしれないが、タイ国民は必ずしもそうは思わない。

〈以上をまとめると〉
民主政治を求める人々がクーデターで政権奪取
→汚職などなんらかの問題発生
→軍がクーデターを起こして政権奪取
→民主政治を求めてクーデター
→ループ
--------------------
以上のように説明したいのですが、いかがでしょうか?問題点、不足点があれば、ご教授お願いいたします。
(参考にした記事の一部)
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup …

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A 回答 (4件)

>→民主政治を求めてクーデター


の部分は
「国王の意志による民政移管(つまり選挙)」
ということになります。

 タイの政治システムの特異なところは先賢ご回答の通り、国王に対する国民の敬愛の深さであり、権限を越えるほどの調整能力が期待されている点です。
 普通なら、クーデターが起きた後、その勢力が政権を維持し、それに対してカウンター(つまり内戦)やらテロ合戦やらに突入しがちですが、タイの場合、国王が強固に民主制を志向するため、それまでの異常状態が解消されると、また一旦民主的な手続きに入ることになります。ただし、中産階級があまり育っておらず、かつ国民性(どちらかというと現実に妥協的。宗教的な影響が強いという)のせいでポピュリズム化しやすくなるため、しばらくするとまた異常状態に突入しやすい傾向があります。

#ただし軍が完全に中立なわけではもちろんなく、彼らも彼らなりの利権があるわけだが。前回の反タクシンクーデターはタクシンが軍に手を突っ込もうとしてひっぱたかれたという側面もある。

また補足するならば
・警察も軍警察であり、行政府(政治家)が握っている実力部隊というものがない。このためカウンタークーデターを起こしにくい
・クーデターが頻発しているので、関係者が“やりなれて”いる

ちなみにこんなコピペもある
●タイ式クーデター式次第
1)開会
2)決起部隊による首都制圧
3)国王陛下に対する忠誠の誓い
4)決起部隊指揮権の奉還
5)国王陛下のお言葉
6)総選挙の布告
7)閉会
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
自分の質問に沿った回答でとても助かりました。
コピペ部分も面白かったです。

お礼日時:2009/10/03 12:40

今晩は。


タイは、1932年の立憲君主制移行以来20回以上起こっていて、国民に
とってクーデターは政変の一種(選挙による政権交代と同等の考え)と
みられていると思います。
そして、タイでは国王が国民の敬愛を集めており、憲法上、国王は国家
元首でタイ国軍の統帥者とされています。
したがって、過去のクーデターにおいても、タイの王制をくつがえすよ
うな形式が採られたことはありません。
タクシン政権下のクーデターも、タクシン政権の腐敗を糾弾する国民の
怒りを背景に、国王の支持が取り付けられるとの確信をもって、クーデ
ターの実行に踏み切ったものと考えられます。
日本を含む他国では、クーデターが失敗に終わった場合、「内乱罪」や
「国家転覆罪」として訴追され、首謀者は死刑を含む極めて重い刑に処
せられます。
このため、クーデターは命懸けで行うことになり、めったに起こらない
ものですが、タイでは憲法第7条に、「本制度に適用すべき規定がない
場合は、国王を元首とする民主主義制度の政治慣習に従う」と規定され
ていて、立憲君主制を維持しつつ、国王の支持が取り付けられる前提で
あれば、憲法上クーデターも許容されるとも解することができるのです。
このように、国王の極めて高い求心力と、同国の憲法の規定が相俟っ
て、タイには、クーデターが起こりやすい素地があるということではな
いでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
わかりやすい解説でとても助かりました。

お礼日時:2009/10/03 12:39

タイは立憲君主制であり、国家元首は国王です。


国王の下に首相をはじめとするタイ政府があります。
これに対し、タイ王国軍の最高指揮官は国王です。
軍の統帥権が国王にあるため平時においては、タイ政府がタイ王国軍をコントロールすることが出来ない仕組みになっています。であるためクーデターがおきやすく、クーデターが起きれば国王が仲裁にのりだすのです。
明治憲法下の天皇と日本政府と旧日本軍との関係も同じでした。戦前の日本でもクーデター未遂事件が頻発しましたよね。これも同じ理由です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
国王を軸に見るとらえ方、とてもわかりやすいです。

お礼日時:2009/10/03 12:38

タイに何度か行ったことがあり、タイ人の友人もいます。

多少は政変も知っています。

(1)タイのお坊さんと皇室は日本と同等かそれ以上の人気がある。権限は無い。彼らは平和主義者。
(2)地域や教育による貧富の差がかなり激しい。下位層や地方人、少数民族ははお金持ちの華僑やワイロ政治家に対しての反感が強い。
(3)軍人の多くは貧しい地方の若者。愛国心が強く、また「1度も外国の侵略を許していない唯一のアジア国家」「ラオスのテロリスト・カンボジアのポルポト、南部の独立派など周囲にややこしい組織を抱え、現在でもたびたび紛争の第一線で戦っていると言う自負」
(4)民主国家なので平和的デモなどには寛容(自由権がある)
(5)トルコの例と同じくたびたび暴発する。またそれを正当な権利とする趣旨がある。しかしあくまでマジメに国を思っての行動であり、王室の転覆や市民への発砲などはまず考えていない。あくまで行動により、意志を示す場合が多い。よって市民にも迎合派が多い。
こないだの件はタクシンの不正に爆発した感じです。タクシンは華僑で、しかも首相になった後で親族の多くを政府系の要職に就けた。そのせいで不正が横行していた。地方で過激派と必死に戦い、死者も相当出して国を守ってきたタイ軍としては我慢ならなかったんでしょう。
(6)タイ人の国民性
忘れっぽいと言うか楽観的。だから繰り返す。不正の温床である縁故制度や、近代国家ながら未だ多く残る格差の是正に動かない。

簡単に言うとタイの国民性でしょうか。リーダーシップが取れない。華僑はリーダーになり得るが、どうしても血縁や地組織のために働くので他組織の反感を買いやすい。また外国人(と言ってもすでに同化が進んでるが)であることも関係している。
結論的にはあれはあれで上手く廻ってると思いますよ。ちょうどタイ軍は、日本の東京地検のようなもんです。タイの東京地検(警察、検察)は汚職まみれで機能を果たさないので。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
ご経験に基づく内容で、とても参考になりました。

お礼日時:2009/10/03 12:36

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Qタイはどうして植民地にならなかった

タイはどうして植民地にならなかったのでしょうか?
また、第二次世界大戦ではタイは戦ったのでしょうか?
ぜひお教え下さいませ。

Aベストアンサー

基本的には、「英仏の緩衝地帯」という見方でよいと思います。

当時、イギリスはビルマとマレー半島を植民地化していました。フランスは仏領インドシナと呼ばれる、現在のベトナムを含めたインドシナ半島の東側を領有していました。
この間に挟まっているのがタイで、双方どちらかがタイを植民地化してしまうと、国境を接してしまうことになるのでよろしくない・・ということです。
ただ、もうひとつ見方があり、それはタイ自身で独立を勝ち取ったという見方です。タイ自身も、あの時代外国人誘致による近代化を進めており、自身の力での独立維持という見方も、わずかながらあります。

さて、第2次世界大戦についてですが、あまり知られていませんがタイは枢軸国として参戦していた日本の数少ない味方国です。(以降は以前の回答から持ってきたものですが、そのまま回答になっています)。
イギリスの爆撃や、B-29の空襲も経験しています。関係としては、日本が仏印(今のベトナムを含めたインドシナ半島の東、つまりフランス領です)に進駐したころから、歩調を合わせ始めています。その前は第2次大戦について中立宣言をしていました。その後、日本が参戦するとほぼ同時に、宣戦布告を行っています。
しかし、最後には完全にそれを翻し(というか日本との同盟など、参戦した理由をうまく自国からそらしたのです)、ついには敵国条項(第2次大戦における連合軍の「敵」リストとでも考えてください)にすら名を連ねていません。これはタイの外交手腕の勝利といえます(今でもそうですが、タイという国は非常に外交が上手です。第2次大戦の前後におけるタイの外交は非常に巧妙で、見事といえます)。
なお、現在の日本との関係は友好的ですね。

基本的には、「英仏の緩衝地帯」という見方でよいと思います。

当時、イギリスはビルマとマレー半島を植民地化していました。フランスは仏領インドシナと呼ばれる、現在のベトナムを含めたインドシナ半島の東側を領有していました。
この間に挟まっているのがタイで、双方どちらかがタイを植民地化してしまうと、国境を接してしまうことになるのでよろしくない・・ということです。
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