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21歳男です。
人の不幸は蜜の味、人の幸せシャクの種という言葉を美輪明宏さんが言っているのを最近知ってその通りだと思いました。僕はこれまで人を助けることが素晴らしいことだと思い、また人を助けるのは人として当然だと考えて今まで困ってる人を見たら出来る限り助けてきました。
ですが、中学三年の時に高校受験のために小学生の時から付き合いのある友達と一緒に塾に入って隣で授業を受けていていたのですが僕は数学が得意だったので問題をどんどん解いてました。すると友達はそれを見て対抗心が出てきたのか必死になって解き始めました。でも僕の方が問題を解くのがかなり早かったので友達はそれがとても気に食わなかったようで段々イライラしてきました。
それからというもの僕が問題を解いているとシャーペンを持ってる僕の手を手で振り払ったりして邪魔をしてきたり、僕の家族に対する悪口を散々言ってきました。僕自身の悪口ならともかく家族の悪口を散々言われてすごく傷つきました。
結局、高校受験の結果は同じ高校の僕が特進、友達が普通科でした。
高校に入ってからもそれが気に入らないのかをしょっちゅう馬鹿にしてきたり足を引っ張ろうとしてきました。僕が何か失敗したりするとすごくうれしそうな顔になったりしてなんだか人間の嫌な面をおもいっきり見せ付けられた気分です。
今でも彼は僕の家にきたり(居留守してますが)して、家の大きさやどんな僕がどんな状況かを調べて競ってきます。もう本当に人間が嫌になりそうです。
中学三年以来、誰とも親しくなりたくないと思うようになり最低限の付き合いしかしなくなりました。
それは彼が嫉妬したのは僕が近しい関係だったからだと思うからです。
人間は助けたりする価値は無いのかも知れないと価値観がぐらついています。
結局世の中は足の引っ張ったり蹴落としたり自分が一番大事で人を助けるのもそんな自分がかわいいから、幸せを喜べるのは家族だけだなと思います。
でも、世の中にはいい人がいるのも分かってます、僕も同類だから類友でそんな友達が出来たのかもしれません。
ただ、何かに成功した時に「みなさんのお陰でした」とか言ったりするようなことがとても嘘臭く感じます。本当は僕が成功して面白くないんだろ!とか考えてしまいそんな建前みたいなことを言うのは気が引けます。
乱文な上長文なってしまい申し訳ないですが僕が皆さんに聞きたいことはこのような人の不幸は蜜の味人の幸せシャク種の世の中をどんな考え方で生きていますか?このサイトでは僕より経験豊富な方がたくさいいるのでいい答えがあるんじゃないかと思い質問しました。もしかしたら、そういうもんだとわりきるしかな
いのでしょうか…?

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A 回答 (6件)

こんにちは。



「皆様のお陰です」や「人の不幸は密の味とは正反対の世界がある」など、これらについては他の方のご意見そのままですのであえて触れません。

私からは1つだけ。

人間は助ける価値があるとか無いとかを定める基準点というものが、どうしても能力とか性質とかそういう”自分に何かしらの利益があるもの”に置かれ勝ちですが、原則的には人間は生きているというだけで手を差し伸べる価値のある存在であると言う事は頭の片隅にでも置いておいても良いと思います。

自分の私生活に重点が置かれており、その片手間に「ついで善行」をする程度を超えた「ある程度の犠牲(精神的/物理的)を伴う人助け」をする状況になり、それを繰り返していると、色々な物を見ると思います。
でも、それで人間不信になってしまったら本末が転倒していると言わねばならなくなります。
人間不信に陥り、故に自己の心が病み、それを周囲の人達が助けてくれる、それを見て改めて人間の善性を身にしみて感じる。
こういう事もありますし、これはこれで素晴らしい体験です。
でも、例えば臆病な人の中には保身策を張り巡らせてしまい、他人の善性を感じる段階まで中々進めない人も出てきます。これは時間がもったいないです。

荒んだ心から思うのではなく、弱い心から言うのではなく、偏見から言うのではなく、健全な心の姿勢から「人間は弱い(悪い)ものだ(当然自分もこの人間である)」というある程度の前提意識をもってその上でお互いに赦し合い、手を差し伸べ合う。
これが健全な大人の築く社会ではないでしょうか。

「悪い人」の大半は悪いのではなく「弱い」のです。
ですが、自分の中に他人からの礼節を望む気持が強かったり、円滑な人間関係を運営する為に周囲の力に頼る心が強かったりすると、そういう状態の人を「弱い」ではなく「悪い」と判断してしまいます。
この点は気をつけた方が賢いと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。心にしみる内容でした。

>人間は生きているというだけで手を差し伸べる価値のある存在であると言う事は頭の片隅にでも置いておいても良いと思います。

そう本気で思えるのは理想的ですが現実にはどう考えても救うに値しない人だと思ってしまうような人いませんか?極端な例ですが女子高生コンクリート事件の犯人とか。

>ある程度の犠牲(精神的/物理的)を伴う人助け」
少ないですがそのようなことをしたこともあります。そこでの経験で分かったことは相手に対して本気で思いやるって人は殆どいないことでした。


>「人間は弱い(悪い)ものだ(当然自分もこの人間である)」というある程度の前提意識をもってその上でお互いに赦し合い、手を差し伸べ合う。

これが僕の質問の「答え」だと思いました。


>「悪い人」の大半は悪いのではなく「弱い」のです。

ごもっともです。友達も弱いからこのような行動に出たのだと思います。
でも小さなことならともかく相手を立ち直れ無い程傷つけるのは弱いから仕方ないではなんだか納得できないです。

素晴らしい回答でした。これ以上のは無いと思える百点満点の回答をしていただいたと思います。
ただ結局僕の心の狭さ、器の小ささから反論みたいなのが多くてすいません。

お礼日時:2009/10/06 20:04

こんにちは。



お返事ありがとうございます。

コンクリート事件とか、相手を立ち直れないほど傷つけるなど、信じられない事件はニュースチャンネルにすれば幾らでも出てきますね。

でも、私達は今自分の目の前にある出来事ですらやっと理解できる、或はそれすら出来ないのに、そのような遠くで起きた、事情も経過も全く不明な事件に関して思いを巡らすのはある種の不毛と言える面もあります。
無関心でいる方が良いと言うつもりはありませんが、自分から遠く離れた所で起きている事件に関して、上手く消化できないのであれば、あまり考えない方が良いと思います。

人生の達人の人達は、大抵こう言います。
「明日はまだ来ていない、昨日は過ぎ去ってしまった、自分には今だけがある」
自分に直接関係ないもの、善い形で消化吸収建設できるものではない遠くの事件は、ここで言う”明日の事”や”昨日の事”です。
「今、ここ」
これはこういうエリアにも言う事ができます。

自分が出席している警察庁の職員会議で議題になっているのでもなければ、今後自分がそういう事件を世界のあらゆる場所で消し去る事ができる能力を備えている訳でもない。
自分には自分の周囲を変える影響力があるだけ。
遠くで起きた事件について、被害者の冥福を祈る事は良くても、事件について憤ったり、残念がったり、悲しがったりするのみで何ら建設的な事が生じないのであれば、「今、正に自分が直にコミットしている目の前」に集中する方がベターだと私は考えます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

いい意味で無視して目の前の問題のみに集中することが大事ということですね。

確かにそう考えていかないとずっと同じ所で立ち止まってしまう気がしまます。
これからはそういう風に考えて少しでも前進できるように頑張りたいと思います。

こんな質問に真剣に答えて下さってありがとうございます。本当に感謝しています。


僕にとって回答者さんのような方を見ると世の中いい人もいるんだな、捨てたものじゃないなと思い希望がわきます(こんな若造が言うのもなんですが)

今更ながら生きているだけで人間は助ける価値があるという言葉は心にしみました。


本当にありがとうございました。

お礼日時:2009/10/07 08:00

「人の不幸は蜜の味」…本当にそうだと思いますか?


ニュースを見ていても、身近な場所にも、「何で?」と思うような不運な話があります。
それを見て、心の底から嬉しい気持ちになれるでしょうか。

私も、自分にひどい事をした人の不幸を願ってしまう事があります。
そんな考えが自然に心に浮かんだ時、「私は本当にその人の不幸を望んでいるのだろうか?」とよく考えてみます。
すると本当は、心の底からは望んでいない事に気づきます。
自分も人も、同じように必死で、幸せになりたくて生きているのですから。

人の不幸を望み、幸せを妬む時って、自分が幸せでない時ですよね。
質問者さんの友達も、心の中に自分でも抑えられない焦りや悔しさがあるのだと思います。
もう少し成長して、自分の心を見つめられるようになれば気づけるかもしれませんが、今は無理なのでしょう。

私はテレビなどで、発展途上国や医療現場で生き生きと働く人を見ると、「人の役に立てる事が、人間にとって一番の幸せなんだなあ。」としみじみ思います。
それはもっと小さな事でもいいから、体験してみないと分からないものだと思います。
「人の不幸は蜜の味」とは全く違う世界があるのです。
質問者さんも、これから色々な経験をするうちに、きっと体験できると思います。

あと、成功した人が「皆さんのお陰でした。」と言うのは、私も本心だと思います。
これも、体験しなければ分からない気持ちかもしれませんね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>「人の不幸は蜜の味」とは全く違う世界があるのです。

そういう世界もあるんですね。そういうものに出来るだけ目を向けるようにしていこうと思います。

お礼日時:2009/10/03 23:19

元から得手不得手はあって、出来る人には出来てしまうものもありますからね・・


良きライバルで努力をして追いつくならいいけど、相手の足を引っ張る事で楽をして同じレベルになっても誰も得をしません。
浅はかで狭い世界でしかものが見れない部分があるのでしょうが、その友達だけで人間が嫌になるというのもまた極端な話ですよね。
ただ、自分の事で精一杯の人や特に何も考えていない人というのは、狭い世界にいると他人を蹴落とそうとしている人に感化されやすい要素もあると思うので、割合的に嫌な面を持つ人が増える時はあると思いますが・・

>何かに成功した時に「みなさんのお陰でした」とか言ったりするようなことがとても嘘臭く感じます。
勿論、成功するには自分の力もあっての事だと思います。
ですが、それまでに陰ながら補佐してくれる人がいた事や、自分がスランプに陥った時に横で支えてくれる人がいた事を感じる事が出来た人は本心で言っていると思います。
皆が自分の限界を知って同じ目標に向かっている時というのは、そういう嫌なものが一切なくなっている瞬間もあると思いますよ。
質問者さんの友達のように足を引っ張る人ばかりだったら、絶対に成功はないですから・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
>その友達だけで人間が嫌になるというのもまた極端な話ですよね。

僕もそうだという思いもあります。でも、人間誰でも大なり小なり彼のような所はあるとおもいます。

回答者さんの言ってることはもっともだと思いますが、人間の負の面があるのも事実だと思います。そこがどうしても割り切れないんです…。

お礼日時:2009/10/03 23:07

人の不幸は蜜の味、人の幸せシャクの種


世の中にはそういう人の不幸を喜ぶ人が
いるのも事実です。

ですが、たいていの人は人の不幸よりも
「自分の幸福」にしか興味はないと思います。

あなたの友達のような「他人を蹴落とす」
ような人は結局は幸せにはなれないでしょう。

私の感覚では世の中の人は以下のような感じかな【独断と偏見】

1.腹黒い、他人を蹴落とそうとしている…1割
2.自分のことで精一杯…5-6割
3.他人の幸せが自分の幸せにつながると思って行動している…1割
4.特になにも考えてない…1割
5.本当に他人の幸せを願っている…僅少

ちなみに一流プロゴルファーのタイガーウッズは
自分と戦っている他のゴルフ競技者が
ティーパット(最後に旗を抜いてコロコロと穴に入れるやつ)
している時、心の底から「入れっ!!!」と願うそうです。
上で言えば3.ですかね

綺麗ごとではなく、「他人の幸せ」を心から
願わないと「自分の幸せ」が手に入らないからです。
まあ、結局は「自分の幸せ」目的なんですけどね(笑)。

私の好きな言葉は
「やらない善より、やる偽善」です。

くれぐれも参考まで
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。30代の既婚者の方なので僕よりずっと経験豊富な方に回答いただいてうれしいです。
あなたの考えからすると友達は最低な一割に属するということでしょうか(笑)
だとすれば僕がよっぽど見る目がなかったか自分自身に大きな原因があったということかな…。
一割しかいない人間のせいで人間不信になるのは馬鹿げたことなのかと思いました。

お礼日時:2009/10/03 08:37

よくは分からないけど、


私は「人の不幸は蜜の味」と思ったことはありません。

まあ、芸能界のゴシップ記事に興味を持って読んだり、
嫌いな人につい冷たくしたり、むかついたりはしますけれど、
私の目の前でなく関係ないところでハッピーにやっていて欲しいと思いますね。
かえって無関心なのかもしれないけど。

渡辺和子さんの言葉などどうでしょう。
シスターですら心穏やかではないのだから、凡人でしかも若いなら仕方ありません。
別にクリスチャンでなくても共感できます。私もクリスチャンではありません。
http://www.tomoshibi.or.jp/radio/writer/watanabe …

でもその同級生と「人の不幸は蜜の味」は違う話な気がします。
本当に憎んで「ふん、いい気味だ」と思っていたのかどうか。
ライバル心とか嫉妬とか、うらやましさの裏返しだったのでは?

内面的に自信があって幸せな人はわざわざ人をいじめたりしません。
若いとなかなか自信があって幸せなんてなれないんだけどね。

>それは彼が嫉妬したのは僕が近しい関係だったからだと思うからです。

これは良い読みだと思います。
それなら私も経験あります。
「よーし、自分もがんばるぞ!」と建設的な方向にパワーを向けられればいいんですが、
羨望というのは、なかなか頭でコントロールできるものではありません。
別に「いい気味だ」とか思っているのでなく、自分に対して不満があるからなのよね。
度を越すと醜くなりますが、人間だれしもそういうのがあるんでしょう。
古今東西の小説を読んだら、人間のダメさも素晴らしさも、いっぱい書いてありますよ。
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この回答へのお礼

早速回答ありがとうございます。
渡辺和子さんの言葉ですか、読んでみましたが勉強になりそうです。
やっぱり近い存在だと嫉妬されやすいですよね…。あなたの文章を読んでると僕は心が弱いのかなと感じました。人間の悪い部分を直視したくない気持ちがあります。

お礼日時:2009/10/03 03:13

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