心について科学哲学の立場で勉強していますが、壁にぶつかってしまいました。
それは、心について、哲学の立場で説明することと、科学の立場で説明することの違いが判らなくなってきたのです。

 哲学では、心に関する「概念」を論理分析していくことだ。科学では、「仮定」と「実験」で理論を実証していくことだ。との説明がありました。しかしながら、哲学での「概念」は当然のこととして科学理論をも踏まえたものであります。

 そうすると、哲学の概念の中にも科学理論が内包されているわけで、そのような概念とは、科学理論とどのような違いがあるのだろうか、という疑問に突き当たってしまったわけです。

 これは、哲学するとはどのように思考展開していくのかという疑問にも通じることです。アドバイスと参考文献の紹介をお願いします。

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似非 科学」に関するQ&A: 政府は命に係わる危険情報や似非科学にどう対応すればいいと思いますか?

A 回答 (83件中31~40件)

serpent-owl様


>しばらく前から自分の考え方は「非法則論的一元論」に
>近いような気がしてきてるんです。
>心に物質的基盤があることは確か。でも「心」は法則への還元を
>受け付けない。「論理法則」なんてものは、「心」の法則化できる、
>ほんの一片だけを救い出して組み立てただけのものではないか、と。

心が自身の法則を意識したときに起きる不可思議さは、以前にも
「全知全能の神の非存在証明」で議論しましたね。

ただ、そこから心自身が法則化不可能だと帰結することはできない
ように思います。あくまで内省による法則化が出来ないというだけの
ことでしょう。ただし、この場合、心が脳内の物理現象だと考えた
上で、意識と非意識がいかに区別されるかを明かにせざるを得なく
なるでしょうけれども。
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halka様


>>見えの構造とは何でしょうか?
>特定の光波に対して如何なる色が対応して、
>また特定の部位の疾患が色彩を見分ける
>能力をそこなわせるとか・・そうした知識です。

光波の存在はどうやって確認するのでしょうか?

>fwappyさまの区分わけで気になるのは、
>全ての知識が主観的で個々人に依存していると
>してしまうことは「この赤い花は薔薇です」という言明と
>「この薔薇は美しい」という言明が両者とも主観的言明で
>あるというだけの認識しかもてなくなってしまうのでは、
>ということへの懸念です。

なぜ、懸念する必要があるのでしょう?
全ては主観的言明です。しかしながら、世の中には
まったく不思議なことに「偶然」同じ主観的言明を
耳にし、さらに自分でもそれに対応する主観的体験
をすることがある。これに対して抱く信念が
「客観的存在」です。

>もしあなたの区分に従うなら天文学の教科書に
>「火星には衛星が二つあるのに地球には
>一つしかないのは残念である」といった記述が
>出てきそうです。

出てきても構わないでしょう。
「ふーん、衛星なんて一つで十分だよ。
 二つもあるなんてご苦労なことだ」
と読者が思ってもいいでしょう。

>>その前に、貴方がいう「共通性」を明確にする必要がありましょう。
如何ですか?
>ここでわたしのいう共通性とは・・・
>先に述べたわたしの論旨をご覧になればわかるとおもいますが、

わかることと、それに賛同することとは全く別です。

>時空という議論領域に現れる他者の時空における対象の存在言明は
>共通であると思います。

それは貴方個人がそう思っているだけでしょう。

>あなたが「いま、目の前に薔薇がある」という言明に対して
>わたしが知覚できないとしたらその命題を真とは判定できません。

もし、貴方が私の目の前に薔薇を見出せないと偽だというわけですか。

しかし、もしかしたら、貴方のその体験自体が、夢の中の出来事かも
しれませんよ。それでも貴方はそれが真といいますか?そういうのは
かまいませんが、それは貴方個人の主観的判断であって、なんら客観的
ではないことを承知してください。

>わたしはあなたが嘘を言っていると判定するのです。

わたしもあなたが嘘を言っていると判断するでしょうね。
だって目のまえに薔薇があるのに、それが見えないなんて。

>その種の命題を事実命題としてあなたとわたしは共通の判定ができると思います。

できないでしょう。

もし、10人の人がいて、5人が薔薇が見えるといい、
他の5人がなにも見えないといったら、どうします?

>しかしあなたが「薔薇はいいねェ」といって、
>たとえわたしがそれを嫌っているとしても、
>あなたが嘘を言っているとは考えません。

ではわたしが
「誰にとっても薔薇はいいねぇ」
といったら、如何ですか?
「いや、俺は薔薇が嫌いだ。」
と貴方はいうでしょう。
それは、わたしが間違ってると
いうことですよ。

>ゆえにそうした命題は議論領域により差異が出る、
>としてなんとかまとめようとしています。

ええ、だから、全ては主観的体験なのだから、
議論領域には差異がある可能性が常にあると
いっているのですよ。貴方が自分自身の説を
自分の都合で無視しているのです。その都合
とやらが、まったく根拠のないものだといって
いるのです。お分かりですか?

>それがすなわちsatonohukurouさまにおける
>「哲学」と「科学」の差と考えるからです。
>fwappyさまの場合こうした分類は
>まったく意味がないということでしょうか?

主張に対して「偶然の一致」が見られることに
対して、それに「客観性」という信念を付加して
「科学」という教えを構築する作業があると
いうべきでしょう。しかしながら、「偶然の
一致」はそれが「真」であることを意味しない
でしょう。「哲学」とは、人の無意識的な本能に
対する意識的な疑念だとわたしは思います。
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 うーん、satonohukurouさんが来られるまで次の書き込みは待ちたかったのですが…。

ごめんなさい>satonohukurouさま

 というわけで、halkaさまへ。
 「うっかり素通りしたのなら」との、愛の小部屋へのご招待はありがたいのですが(おい!>おれ)、「素通り」なさっているのはhalkaさんの方ですよ。No.54の最後の方、最高裁のトピックスなるもの、たしかに面白く拝見しましたが、これをネタに解決策を議論するというのは「問題点のすり替え」ですってば。おぢちゃんはその手には乗りません。前々回の書き込みではっきりと申し上げたはず。
 「加害者少年たちが、自分を磨くか外界を変えようとするかの選択は何に由来するのか、論理式のどこに表現されているのか」
 そして「質問4」については、
 「外界を変えようとする具体的手段のちがいはどう説明するのか、その手段の程度や修飾は論理式で解釈できるのか」
…というのが問題点です。「ごまかさずに、まっすぐここにお答えを」と申し上げました。この際、halkaさんに代わって答えを出しましょうか? 「表現されていない」「説明できない、解釈できない」ではないのですか?
 「暫定的結論」は、今もって維持されております。「心・命題同一説」は無効です。

 その他の論点も何やら「煙幕」っぽいので言及は控えます。ごめんち。あ、でも一点だけ。
>これは他者の主観命題にあれこれ解釈を加えようとするからです。
>もともと、主観命題の真偽判定は本人にしか出来ません。
ってとこですが、なんかまた「他者の心を客観命題にできるの?」って話になって、「それじゃ観察できる行動に注目しよう」ってことで行動主義になるんではないかと思うのですが。そんでもって「他者の行動を客観的に観察するとは…」というややこしい話になる。「主観命題の真偽判定」と同じ程度に「出来ない」ことではないでしょうか。(serpent-owlの本当の気持ちは…さて? 「へびくん、どう思う?」「わかんない! へびくん、こどもだもん!」…うーむ…)

   *

 で、あとの細かいところ。
 『ツァラトゥストラ』をお読みなら、社会主義者を嘲笑しているくだりがあったのをご記憶でしょう? 革命にせよ社会変革にせよ、ニーチェから見れば脆弱なニヒリズムの交替に過ぎなかったのです。そんなやり方にニーチェが手を染めるはずがない。彼は彼なりのやり方で西欧の価値観を撃ち、刷新しようとしたのです。
 それと、「ガダマー解釈学におけるカオス論」って、要約として乱暴すぎます。おぢちゃん、困ってしまいます。ガダマー先生のお説は「内部観測」論を自分なりに消化しようとする際の手がかりのようなもので、前回の書き込みは必ずしもガダマー先生にべったり依拠したものではありません。で…唯心論的に見えましたか。そおかなあ…。「心の物質的基盤としての脳」研究の重要さは認めているつもりなんですが。
 なんかね、私ね、しばらく前から自分の考え方は「非法則論的一元論」に近いような気がしてきてるんです。心に物質的基盤があることは確か。でも「心」は法則への還元を受け付けない。「論理法則」なんてものは、「心」の法則化できる、ほんの一片だけを救い出して組み立てただけのものではないか、と。たぶんここが私とhalkaさんの対立点なんですよ。私から見ると「心=命題」なんて話は、わざわざ「心」を覗く窓を小さくしてしまうようなもの。心は一意の法則に還元して「普遍」という棚にしまうことなどできない。少なくとも「無時間的存在者」に列することは。
 でも、反面、「非法則的」だから何も語れないということはないとも考えています。そういう場面でこそ何事かを語れるのが「哲学」ってやつでしょう。そのためには何をすればよいのかということが、この質問の課題なのだと思います。
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> ニーチェの「価値転換」は、・・・「事物に備わった力への意志によってなしうることをさせない
力=反動的な力によって形成された価値体系を反転させ再構築すること」です。

そうでございますかねぇ?

わたくし「ツラトゥストラ」とか「善悪の彼岸」とかをみますと、かれは自分の事を「わたしは
人類に最高の贈り物をした」とかの自己讃美をしているでしょ。
もし、おじ様の言うような事ならニーチェは社会主義者とか社会改革に乗り出していたのじゃ
ないかと思いますよ。見る限り、彼の関心事は一個の人間に対しての物だったと感じ
ますが・・・。まあ、おじさまがそういうのだからかまいませんわ。

> 次に「論理学のおさらい」について。「2-a」、すなわち全称肯定命題の
例として「東京は日本の首都」を挙げるのは、・・・

これはだめ!
私の提示したのはアリストテレスのA,I,E,O、すなわち全称肯定判断、全称否定判断、
特称肯定判断、特称否定判断とはちがうものですよ。
一部ダブりますが・・・。
全称肯定判断は「人間は哺乳類である」のようなもの。わたしは(全ての)-(全ての)と言ったでしょう。
だったら「哺乳類は.人間である」ともいえてしまうはずでしょう。これは(全ての)-(ある)の事例です。
東京-日本の首都、ではじめて全ての)-(全ての)になります。
それに、あっさりと・・・

>他は大体合意できる…かな。しかし…あまり意味のある仕事をなされたとは思えません。
>お時間をかけたであろうと思いますので、こう言ってしまうと申し訳ないのですが。

いってしまってよろしいのですか?
クオリアの茂木様は認識の根本を
「この宇宙の根源的存在形式は、物質である。物質の振る舞いの様子は、物理法則で
書くことが出来る。特に,宇宙の中の物質の振る舞いの様子をもっとも普遍的に記述する
事の出来る『究極の理論』がすくなくとも近似的には存在するはずである」
と言っておられます。
ところで、私の提示した「存在-繋辞同値説」はこうした物質実在論に真っ向から対立する
物です。これも言葉の分析から来たものですが・・・。
ふくろうおじさも唯心論的発想がもとになってカオスとか文学を論じるってことですか?
もしこの辺をうっかり素通りしたのなら、私の愛の小部屋の調教物です。
わかっていらっしゃるのでしょう?

> これについては、まず「全称命題は一つの反例があれば偽とされる」という原則を指
摘しておきます。これこそ釈迦に説法でしょうが。

白いからすはどうの・・・の全称汎化問題は最近ここでやりました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m& …
あら、イチゴ姫様かえしてたのおそいのでしらなかった。だいぶ嫌われちゃった。
でも全称汎化問題についてはやってないようですね。
では、ふくろうおじさまは「佐藤村の問題」はどうかえしますか?すなわち
経験命題で「限定付きの項」が「限定なしの項」に変わることもあるのではないかって
おもうんです、の回答を頂けますか?

>かような単純な命題でも、「現実には」多義的なのです。

これは他者の主観命題にあれこれ解釈を加えようとするからです。
もともと、主観命題の真偽判定は本人にしか出来ません。

【寸劇】
ふくろうおじさま:「私(serpent-owl)は、halkaさんを可愛らしい素敵な人だと思っている」
           この場合、「ホントのキモチ」を私自身が表明しています。
はるか     :まあ、うれしい!!
ふくろうおじさま:是非言葉通りに受け止めてほしいのですが、しかしこれをしも「皮肉」と
          :捉えることも不可能ではないのです。
はるか     :理屈っぽい事ぬき!!
ふくろうおじさま:決定不能。「証明」できますか?私の本当の気持ちを。
          :私自身にすら、証明はできません。
はるか     :うそでもいいです。証明もいいです。わたし、信じてますから・・・♪
         :わたしのめをみてホントっていって。(σ_σ)ムキュゥ
         http://www.pandoramash.com/hal/MVC-010S.JPG

>「反例」は、いくらでも御用意申し上げることができると思います。

とはいっても本人が納得すればそれで「証明終り」ってことでもいいのではないでしょうか?

> では「2」~「4」です。 やはりまだ「答になっていません」。
>その「不幸にも選択」というのが何から生じたのか、が問題なのです。

う~む、それでは(4)には適応できないかもしれませんが最高裁判所の示した
http://www.courts.go.jp/
「2001/4/4 トピックス 重大少年事件の実証的研究」について、リポートを確認して
その実証に基づき、その問題を解決するためにどうしたらよいかを
・ガダマー解釈学におけるカオス論 (serpent_owlさまの主張)と 
・心・命題同一説(はるかの主張)
の立場から解決策として提示したものをsatonohukurouさまに比較評価していただくと
いうのはいかがでしょうか?

とりあえず、まとめに精進します。
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fwappyさま



>茂木氏のクオリア理論に賛同しているわけではありませんよ。
そうでしたか、ごめんなさい・・・。なんとなく茂木様に基本的に賛同していると考えて
おりました。

>見えの構造とは何でしょうか?
特定の光波に対して如何なる色が対応して、また特定の部位の疾患が色彩を見分ける
能力をそこなわせるとか・・そうした知識です。

>ところで、なぜ貴方と私のコミュニケーションが
>貴方なり私なりに依存しない「透明」なものだと
>考えられるのでしょうか?
>「わかった」のは誰ですか?

fwappyさまの区分わけで気になるのは、全ての知識が主観的で個々人に依存している
としてしまうことは「この赤い花は薔薇です」という言明と「この薔薇は美しい」という言明が
両者とも主観的言明であるというだけの認識しかもてなくなってしまうのでは、ということ
への懸念です。
もしあなたの区分に従うなら天文学の教科書に「火星には衛星が二つあるのに地球には
一つしかないのは残念である」といった記述が出てきそうです。

>その前に、貴方がいう「共通性」を明確にする必要がありましょう。
如何ですか?

ここでわたしのいう共通性とは・・・
先に述べたわたしの論旨をご覧になればわかるとおもいますが、時空という議論領域に
現れる他者の時空における対象の存在言明は共通であると思います。
あなたが「いま、目の前に薔薇がある」という言明に対してわたしが知覚できないとしたら
その命題を真とは判定できません。わたしはあなたが嘘を言っていると判定するのです。
その種の命題を事実命題としてあなたとわたしは共通の判定ができると思います。
しかしあなたが「薔薇はいいねェ」といって、たとえわたしがそれを嫌っているとしても、あ
なたが嘘を言っているとは考えません。
ゆえにそうした命題は議論領域により差異が出る、としてなんとかまとめようとしています。
それがすなわちsatonohukurouさまにおける「哲学」と「科学」の差と考えるからです。
fwappyさまの場合こうした分類はまったく意味がないということでしょうか?
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(halka様)


>あなたの場合・・・
>観測者に依存する存在の証明・・・主観的
>観測者に依存しない存在の証明・・・客観的
>と解釈されているようです。
>そして後者は不可能ゆえに無意味ということでしょうか?

そうです。

>わたくしはクオリア論もひとつの理論である以上、対象が
>ある特定の意識にしか知覚できないものを対象としていても、
>何らかの過程を経て全ての人に共有できる真理となりうる
>議論と考えておりました。

まず、いっておきますが、私は心脳問題に興味があるというだけで
茂木氏のクオリア理論に賛同しているわけではありませんよ。

次に、私は「全ての人に共有できる」という判断が個々人に
できるとは考えません。したがって、今の自然科学といえども
「すべての人に共有できる真理」だと示すことはできません。

>ちょうど色盲の方が特定の感覚しか持てないものに対して
>その「見え」の構造は万人のものです。

見えの構造とは何でしょうか?

貴方が区別するものを私も区別する。
それが「共通性」の証だということでしょうか?

ところで、なぜ貴方と私のコミュニケーションが
貴方なり私なりに依存しない「透明」なものだと
考えられるのでしょうか?

>ゆえに赤と緑の識別具合の差において数文字の
>知覚レベルに差が出てくることがわかっているの
>ではないでしょうか?

「わかった」のは誰ですか?

>観察者を必要とする、しないが主観客観の差とはおもえません。
>客観とは対象の存在を 明示する命題に付き共通の判定が
>出きるということとおもっていましたが、それは観察者の有無
>とは異なるものと考えます。

では、尋ねますが、「共通の判定」は観察者に依存しますか?
しないのなら、観察者の有無にも関係しません。すなわち
「共通の判定」があるというなら、観察者が無くとも存在しなくては
なりませんよ。それはいったいいかなるものですか?

>以上の事由により、クオリアの議論においても「主観」
>「客観」の概念定義を明確にする必要があると思うのすが?

その前に、貴方がいう「共通性」を明確にする必要がありましょう。
如何ですか?
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fwappyさま


>なぜ?
>例えば、貴方が測定したとして、その結果がなぜ
>観測者に依存しないと言い切れるのでしょうか?

もうしわけありません。fwappyさまの主張を聞いていますとserpent-owlさまが善悪の
説明で一元論二元論の解説をされていましたが、そのひとつの立場を主張されている
ようにうけとれます。あなたの場合・・・
観測者に依存する存在の証明・・・主観的
観測者に依存しない存在の証明・・・客観的
と解釈されているようです。そして後者は不可能ゆえに無意味ということでしょうか?

わたくしはクオリア論もひとつの理論である以上、対象がある特定の意識にしか知覚で
きないものを対象としていても、何らかの過程を経て全ての人に共有できる真理となりう
る議論と考えておりました。ちょうど色盲の方が特定の感覚しか持てないものに対して
その「見え」の構造は万人のものです。ゆえに赤と緑の識別具合の差において数文字の
知覚レベルに差が出てくることがわかっているのではないでしょうか?
観察者を必要とする、しないが主観客観の差とはおもえません。客観とは対象の存在を
明示する命題に付き共通の判定が出きるということとおもっていましたが、それは観察者
の有無とは異なるものと考えます。以上の事由により、クオリアの議論においても「主観」
「客観」の概念定義を明確にする必要があると思うのすが?
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halka様:


>棚の上のコップを取る,という一連の動きを観察してみよう。
>その観察事実は時刻tmよりtnにおいてあったとしよう。
>コップをとる腕の筋肉運動量、速度、変化率、筋肉内の化学反応、
>あるい はそれを操作する脳との関連において時間tmよりtnに
>至るまでのそれらの測定値を観察することにより得られるのが
>客観的判断である。

なぜ?
例えば、貴方が測定したとして、その結果がなぜ
観測者に依存しないと言い切れるのでしょうか?

>これに対して時空に他者を認め、 水が飲みたいので棚の上のコップを
>とったのだろうとするのが主観的判断である。
>「だろう」というのは他者の「たし」は観察不可能であるゆえ断定できない。

ええ、リンゴが地球に向かって落ちるのは
リンゴと地球がたがいに引っ張りあうからだ
というのも観察不可能です。

観察できるのは、ただリンゴが地球に向かって
落ちるという現象だけでしょう。これに対して、
互いに引っ張り合うという判断は観察不可能
でしょう。

すなわち、物理学の根本は実は主観的判断です。
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 halvaさま


 「質問6」まで、一通りのお答えをいただきました。ありがとうございます。本腰を入れたコメントは少し待っていただくことにして、軽くコメントさせていただきます。

 ニーチェの「価値転換」は、halvaさんがご覧になったであろう私の書き込み(たぶん、「フレデリック・ニーチェ」だと思いますが)に書かれておりますように、「事物に備わった力への意志によってなしうることをさせない力=反動的な力によって形成された価値体系を反転させ再構築すること」です。乱暴に要約すれば。
 が、halvaさんの言われる「価値変換」は、文脈から言って「自己否定状態の意義を、自分を磨くため等のように捉えること、外界に直接働きかけるのではなく、自分を変えること」という意味です。 ニーチェの言う「価値転換」とは明らかに違います。「言葉の定義段階の問題」ではありません。何の関係もありません。
 (念のため。ニーチェの「価値転換」は、むしろhalvaさんの言う「外界に働きかけ、対象価値を変更する」方に近い。ですが、これを「ニーチェが個人的に感じた自己否定状態を回復するため」などと卑小化する解釈は願い下げです。)

 次に「論理学のおさらい」について。「2-a」、すなわち全称肯定命題の例として「東京は日本の首都」を挙げるのは、いささか具体例として適切でないように思いますが、他は大体合意できる…かな。しかし…あまり意味のある仕事をなされたとは思えません。お時間をかけたであろうと思いますので、こう言ってしまうと申し訳ないのですが。

 で、「質問」について。
まず「1」。要するに「すべての心的内容は命題により記述可能である」という「命題」が真であることを主張されておられる。これが「心・命題同一説」の根幹であると理解してよろしいですね? 私は「命題記述が心を哲学的に捉える作業に充分であるか」と問いました。お答えは「充分である」ということのようです。
 これについては、まず「全称命題は一つの反例があれば偽とされる」という原則を指摘しておきます。これこそ釈迦に説法でしょうが。
 ではここで、次の命題を考えていただきたく思います。すなわち、
「私(serpent-owl)は、halkaさんを可愛らしい素敵な人だと思っている」
です。「私」の心情内容を記述した命題です。
 いやぁ~、困ったものです。一歩間違うと「オンライン・セクハラ」です。とゆーのも、これは今までの経緯から考えると「皮肉」と解釈することもできるからです。あるいは単純に、serpent-owlというスケベ男の劣情の表明とも。純粋な好意の表明と受け取られる可能性は皆無に近いでしょう(ホントはそうなのに…しくしく(;;)。
 かような単純な命題でも、「現実には」多義的なのです。そこに盛り込まれた諸概念の「外延」にも「内包」にも関わりがない、命題そのものが置かれた「文脈」に応じて命題の意義は多様化します。(ついでに言うと、その「文脈」自体もまた、現実には客観的に把握することは困難です。)
 この場合、「ホントのキモチ」を私自身が表明しています。是非言葉通りに受け止めてほしいのですが、しかしこれをしも「皮肉」と捉えることも不可能ではないのです。決定不能。「証明」できますか? 私の本当の気持ちを。…私自身にすら、証明はできません。「これって、もしかして…恋? いいえ! …でも…そんなこと…ちがうわ…でも…うーん…もしかして…ひょっとしたら…でもまさか…あらあら…困るわ…そんなことないわよ…でも…」…という…なかなかに御苦労様な状態が、人間にはあるものです。
 「反例」は、いくらでも御用意申し上げることができると思います。

 では「2」~「4」です。
 やはりまだ「答になっていません」。「すっぱいブドウ」でも「甘いレモン」でも何でもいいんですが、すでに題意を確認しましたように、私がお尋ねしているのは「自分の考え方を変えるか、外界を変えるかの選択を根拠づける心的内容は、お示しの論理式のどこに表現されているのか」です。ごまかさずに、そこにまっすぐ回答をいただきたい。神戸やバスジャックの加害者少年らが「我々の持つ倫理に触れる結果となる手段を不幸にも選択してしまった」とのことですが、戦国時代なら罰せられなかったとか、そういうことが問題なのではなく、その「不幸にも選択」というのが何から生じたのか、が問題なのです。
 さらに「質問4」に関しては、halkaさんが「対象価値の変換」と呼ぶ行動の具体的内容に踏み込んで尋ねたつもりでした。「鬱憤晴らし」や「地域での我が子の承認」が動機・目的であることを一旦は受け容れたとしても、その具体的な手段・方法、ないし「手口」はどう説明されるのか。
 神戸連続児童殺傷事件の加害者少年は、被害者少年の頭部を切断し、これを小学校の校門に「陳列」しました。この一連の行動が「お示しの論理式」からどう解釈できるのでしょうか。なぜ、かばんからウサギのぬいぐるみを取り出して殴る蹴るなどして「鬱憤晴らし」するに留まらなかったのか。「鬱憤晴らし」なら、それはそれで結構ですが、なぜ人を殺害し、さらには死体を切断し、あまつさえ校門に晒したのか。このことを説明しない限り加害者少年の「心」を「解釈」したことにはならないでしょう。その「解釈」が、お示しの論理式から導出できるとはとうてい思えません。よしんばそれが「因果論的判断モジュール」や「目的論的判断モジュール」の導入により解釈可能となったとしても、それは論理式自体には盛り込まれていないではありませんか。それらは、まったく無根拠な「外挿」という形でしか与えられないように思います。

 ではとりあえずの結論を。
 「心・命題同一説」は無効です。
 この暫定的結論は、私の中ではずいぶん前から固まっていましたが、もう出してもいいでしょう。私の質問に対する有効なお答えがない限り、この暫定的結論は維持されます。

 さて、少々眠いので、「質問5」「質問6」については、またあとで。

    *

 satonohukurouさんへの回答が二の次になってしまって申し訳ありません。…でも、今回のこの書き込み、実は「内部観測」の話と重なる部分があったのです。実際に考え方を援用してみることで、徐々に自分のものにしているという感じです。
 それにしても、ご質問をきっかけに、私自身、本当に勉強になっています。これがこのサイトのいいところ、私が参加している理由です。よろしくお付き合いの程。
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pikittoさんへ


>社会学は「フロンティア」などではあり得ない。
>社会学を専攻するものが謙虚なのはあれが経済学と同じく個々の
>「立場」上の記述以外にないことを思い知らざるを得ないからです。
>こいつは笑止!
serpent-owlさんが
>「百人の社会学者がいれば、百通りの社会学がある」などと。
と書いた上で
>まさにそういう現実に直に立ち向かうフロンティアなのだと思うのです。
>「学として」まとまるはずなどない。
と書いてることを読み落としてますね。
つまり、serpent-owlさんは
「個々の立場の上でしか成立しえず、『学』としてまとめようもないものを、
必死で『学』としてまとめようともがく行為はフロンティアというに値する
険しく厳しい道のりである。」
と言っておられているのではないかと解釈するが、あなたはいかに解釈する
「立場」によりこれを「笑止!」と言い捨てるのでありましょうか?
(serpent-owlさん身勝手なる解釈を付け加えることをお許しください。)

人をけなし、罵倒する行為はその人の言わんとすることを理解し、
その矛盾点をついたうえでするものです。
そうでなければ、あなたはあなたの思考停止を露呈し、
あなたが「笑止!」どころか「失笑」をされる「立場」になる結果を
呼びます。

さて、まず、あなたは「立場」をなんと規定するか説明願いましょうか。
人は生まれながらに「立場」を有するものではなかろうか?
しかるに、あなたの弁ではあなたは「立場」を有さぬように言われている。
しかし、「立場」を有さぬ者が議論などするだろうか?
できれば、下劣な罵倒、中傷以外でお答え願いたいものです。
あなたが、「失笑」をされる「立場」になる結果を招かぬように。
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Q足し算と引き算の順序入れ替えを小学生に説明

小学4年生の計算問題に次のようなものがありました。

3 - 1.25 + 3.25

これは、

3 - 1.25 + 3.25 = 3 + (3.25 - 1.25) = 3 + 2 = 5

と計算すれば簡単で間違いも少ないですが、下手に「後ろの計算を先に行う」と説明すると
「まず 1.25 + 3.25 を計算して、それを 2から引く」という間違いをしそうです。

中学生になってマイナスの概念を学べば簡単なのでしょうが、小学生に対して足し算と引き算の順序入れ替えについて教えるには、どう説明するのが良いでしょうか。

Aベストアンサー

小学4年生では、桁数の異なる数や小数の計算--特に加減算を徹底的に学びます。
そのために、
256 - 43 , 124 + 86 とかを行い、ついで小数も同じように計算できることを学びます。
3 - 1.25 + 3.25 =

 3.00
-)1.25
 1.75

 1.75
+)3.25
 5.00

これは、決して順番を変えて計算はさせないのです。学ぶ目的が違うのですから
ついで、五年生では、桁数の異なる数や小数の乗除算を学びます。
 六年生では
 ア 乗数や除数が整数や小数である場合の計算の考え方を基にして,乗数や除数が分数である場合の乗法及び除法の意味について理解すること。
 イ 分数の乗法及び除法の計算の仕方を考え,それらの計算ができること。
 ウ 分数の乗法及び除法についても,整数の場合と同じ関係や法則が成り立つことを理解すること。
になります。
 ⇒第2章 各教科 第3節 算数:文部科学省( http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htm#4gakunen )

 数学を学ぶ上でもっとも大事なことは、計算や数に対してきちんと基礎から積み上げていくことです。確かに結果論からいえば、微積分も小学生に教えることができます。平方完成をすっ飛ばしてグラフの形を微分をつかってなど・・・
 しかし、それでは数学ではなく計算技術だけになってしまいます。

 ここは、順番どおり計算させるのが良いでしょう。
小学校で、
・小さい数から大きい数を引くことはできない
と習いますし、
・計算の順番は変えられない A-B ≠ B-A,A÷B ≠ B÷A
と習いますし、これは数学では真なのですよ。
 しかし、中学校で数の拡張 負数や逆数を学んではじめて計算としては
2 - 3 = -1・・意味は、2 + (-3) = -1
   = (-3) + 2 = -1
2÷3 = 2×(1/3) = (1/3)×2
ax + b x = (a + b)x,(a+b)x = ax + bx
を使えるようになるのです。

 小学校4年生では、(わざと)間違いやすい計算過程を経過させることで、小数を含む計算も桁数の異なる数の計算と同じように計算できることを学ぶのです。

>小学生に対して足し算と引き算の順序入れ替えについて教えるには、
 教えないのです。それじゃ、この順番で計算させる意味がなくなります。
 計算テクニックと、数の概念は異なるのです。

小学4年生では、桁数の異なる数や小数の計算--特に加減算を徹底的に学びます。
そのために、
256 - 43 , 124 + 86 とかを行い、ついで小数も同じように計算できることを学びます。
3 - 1.25 + 3.25 =

 3.00
-)1.25
 1.75

 1.75
+)3.25
 5.00

これは、決して順番を変えて計算はさせないのです。学ぶ目的が違うのですから
ついで、五年生では、桁数の異なる数や小数の乗除算を学びます。
 六年生では
 ア 乗数や除数が整数や小数である場合の計算の考え方を基にして,乗数や除数が分数である場合の乗法...続きを読む

Q筑波大学大学院ビジネス科学研究科経営システム科学専攻

こんにちは。
大手SIベンダーに勤務するシステムエンジニアです。在職して10年になります。
社会人で夜間&休日に通える、且つ東京近郊の大学院を探しており、筑波大学大学院ビジネス科学研究科経営システム科学専攻を候補として考えています。

同校に在学もしくは卒業された方がいらっしゃいましたら生の情報を頂けないでしょうか。

・数あるビジネススクールから同校を選んだ動機
・在学時の業種・職種
・入ってみて選んで良かったと思う点
・どのような事を研究テーマとされているか

私は以下のような動機で大学院で学ぶことを考えております。
・10年間さまざまな業種の業務系システムの開発に携わってきたが、これらの業務知識を経営の視点からまとめたい
・プロジェクトマネジメントや問題発見・解決の技術を体系的に学びたい
・起業のためのアイディアが幾つかあり、ビジネスに昇華できるかどうか確認したい

漠然とした質問ですが、どなたか該当される方がいらっしゃいましたら回答いただけますでしょうか。

Aベストアンサー

 再びお答えします。
 社会人としてある程度キャリアを積んできたものを、客観的かつ体型的に整理してみたいと考え入学しました。入学後多くの講義に出席し、そこで新たな知見を得たものもありますが、私にとっては論文を執筆するプロセスが修士課程の醍醐味であり、最大のトレーニングの場であるように思います。なお、私の研究テーマは戦略論・組織論にまたがるものでした。

Qガンプラの組立て順序について

ガンプラを組み立てる順序について、ちょっとした疑問を持ってしまいました。
ご意見いただければありがたいです。

年に数体程度ではありますが、ガンプラを購入いたします。
ほぼ素組みで、手を加えてもマーカーで墨入れくらい。
自分なりのメソッドを持っているわけでもないので、常に説明書に書かれている順番通りに組み立てております。
最近ふと、モノよって組み立てる順序が異なっていることに気がつきました。
あるものは足から。あるものは胴。頭からというものもあったでしょうか。

「ココを一番に見てもらいたい!」というメーカー側の思いなのでしょうか?
足→腰→胸→腕と順番にくっつけてゆき、最後に「パイルダーオン」するのが気持ちよかったりするのでしょうか?
キットの特徴と組立て順のデータを集計してみれば何か見えてくるのかもしれませんが、組み終わったキットの説明書を保存しておくたちではありませんので、手元に情報がないのです。

ガンプラ玄人の方などには自分なりポリシーやメソッドがあり、何らかの合理的な理由での組立て順序があるものと思いますが、あくまで説明書に記載された「公式の」組立て順序につきまして、メーカーによる何らかの意図があるものなのでしょうか?
どうおもいます?

ガンプラを組み立てる順序について、ちょっとした疑問を持ってしまいました。
ご意見いただければありがたいです。

年に数体程度ではありますが、ガンプラを購入いたします。
ほぼ素組みで、手を加えてもマーカーで墨入れくらい。
自分なりのメソッドを持っているわけでもないので、常に説明書に書かれている順番通りに組み立てております。
最近ふと、モノよって組み立てる順序が異なっていることに気がつきました。
あるものは足から。あるものは胴。頭からというものもあったでしょうか。

「ココを一番に見て...続きを読む

Aベストアンサー

>メーカーによる何らかの意図があるものなのでしょうか?
ある程度はあると思います。
RG等内部フレームが設定されている物等は、所謂ボトルシップ形式(正しい言い方かどうかは不明ですが)なので、
説明書通りに組み立てる事を前提にして順序が割り振られている筈ですし、
別な部分から組み立ててしまうと一旦詰んでしまい、組み直さなければならないケースもありえますので。
自分の体験としては実際説明書無視して組み立てていてある程度バラさないといけない事もありましたし、
組み立てレビュー等での経過報告やらのフィードバックを反映させやすい事もあります(ここそこが脆いとか)。
まあ中には「この部品から組み立てさせるなんて。」なんて風にある意味劇中の描写に沿った組み立て順序になっている物もあるのかも知れませんけどね。

Q科学が全く分かりません。 この前のテストでは100点中18点でした。 科学式は覚えればできるとして、

科学が全く分かりません。
この前のテストでは100点中18点でした。
科学式は覚えればできるとして、科学反応式を作る問題とかmol計算とか質量パーセント濃度の問題が意味わかりません。
例えば、
○塩化酸カリウムを加熱分解すると、塩化カリウムと酸素が生成した。
○メタン4.0g中に水素原子は何mol含まれているか
等の問題です
どんな勉強方法をすれば、科学が分かるようになりますか?
(先生にも聞いてみたのですが、いろんな人に聞いてみたくて...)
こんな未熟者の私に回答お願いします。

Aベストアンサー

先ずは元素記号かな?
>科学(化学)式は覚えればできるとして、←誤植には気づいているようだけど、なんか気持ち悪いから直しておくね!
化学式を覚えることができるなら、簡単だけど。
ちょっとしたアドバイスを
質問者さんは英語は得意?
元素の英語名を英単語を覚えるつもりで見てごらん!
元素記号と似てるから覚えやすいと思うよ。
途中で「あれっ?」と思うやつにも出くわすから、そちらの方が記憶に残るかもね。

>mol計算
molなんて単に個数を表した単位なんだよ。
ここで、「mol」や「モル」で検索してご覧。いっぱい先輩質問者への専門家の回答がでてくるから。
ここは本当に基礎の基礎だから、しっかり理解しておくこと。

>質量パーセント濃度
これも、検索するといっぱいあるよ!

>○塩化酸カリウムを加熱分解すると、塩化カリウムと酸素が生成した。
塩化酸カリウム(塩素酸カリウムね)はKClO3

塩化カリウム「KCl」と酸素「O2」になる。
小難しく考える必要ないよ。
まだ、数(係数)合わせのの段階じゃないか。

もう少し難しくなると、「酸化還元反応の半反応式」が出て来るけどそれまでは保留で?

>○メタン4.0g中に水素原子は何mol含まれているか
メタン1mol中ならわかるよね?
ほら、また「mol」が出てきた!

残念なお知らせだけど、やっぱり物質名は覚えないと、どうしようもないんだよね。
これは、問題の数をこないしていくうちに、いやでも頭に入ってくると思うよ。

それでは、御健闘を!

先ずは元素記号かな?
>科学(化学)式は覚えればできるとして、←誤植には気づいているようだけど、なんか気持ち悪いから直しておくね!
化学式を覚えることができるなら、簡単だけど。
ちょっとしたアドバイスを
質問者さんは英語は得意?
元素の英語名を英単語を覚えるつもりで見てごらん!
元素記号と似てるから覚えやすいと思うよ。
途中で「あれっ?」と思うやつにも出くわすから、そちらの方が記憶に残るかもね。

>mol計算
molなんて単に個数を表した単位なんだよ。
ここで、「mol」や「モル」で検索して...続きを読む

Q比例尺度、順序尺度について教えてください

かなり急ぎの質問ですので、迅速に答えていただけると幸いです。
比例尺度、順序尺度というものについて、『一般人でもわかるようなたとえ』で説明する際、どのようなものを出すのが適当でしょうか。
順序尺度においては「アンケートによってレストランメニューの人気投票結果を出す」、のような感じでできると思っているのですが、どうにもわかりません。
今日の7時10分までで締め切りたいと思います。結構困っているので、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

マラソンや競馬のような競走種目の
タイム(比例尺度)と順位(順序尺度)ではいかがでしょう。
比例尺度から順序尺度への変換は可でも
その逆は不可であることが直観的に理解しやすいと思います。

一般の人には
比例尺度と間隔尺度の区別のほうが難しいような気もしますが。

Q経営工学と経営システム科学の違い

こんにちは。自分は大学受験するにあたって、経営に興味があります。
理系の学部だと理工あるいは工学部に経営工学があったりして、
文系の学部だと経営学部に経営システム科学科があったりしますよね?
その2つの違いがよく分からないので、なるべく詳しく説明していただけるとありがたいです。
ちなみに数学が得意という理由で、文理選択では理系を選択してますが、理科は得意ではありません。

Aベストアンサー

具体的な学校の名前がわからないので、断言はできませんが、違いはありません。経営工学科だと古臭いイメージがあるので、奇をてらって「経営システム科学科」というネーミングにしているようにしか思えません。

僕が学生の頃、経営工学科とか工業経営学科とか管理工学科とか、大学によって色々と名称がありましたが、どれも内容は全部同じでした。

ただし「経営システム科学科」には「システム」という言葉が入っていることから、経営工学と同じくらい情報工学に比重を置いている可能性もあります。

Q人とは順序が違うこと・・・

小学校の時、新たに担任になった先生が最初の授業で言いました。
 「皆さんはトイレから出て手を洗うと思いますが、私はトイレに行く前に手を洗います。」
汚れた手で大事なところを触る方がよくないという説明でしたが、この普通とは順序が違う話が、何十年経った今でも忘れられません。

あなたにも、人とは順序が違うことがあれば教えてください。もしかしたらそうかもしれない、と思っていることでも結構です。

因みに私は新聞は最後のベージから逆の順序で読んでいきますが、これはそうしている人もかなり多いようですが、みなさんはどうでしょうかね。

Aベストアンサー

こんばんは!
小説などの単行本。
解説から先に読んでしまいます。
その解説を書く方にもよりますが、小・中学生の作文のような解説もあれば、名前は書けませんが、各章ごとに、事細かく書かれている方もいらっしゃいます。
どちらのケースでも、自分は必ず『解説』を先に読みます。
読み終わった時に、その解説を書かれた方の意見に賛同できるかどうかです。
でも、結局誰が解説なさってても、好きな作家さんの作品は必ず買いますが・・・。

Q上智大理工or都立科学技術大

上智大理工学部数学科or都立科学技術大生産情報システム工学科で迷っています。といっても、上智は合格していますが、科学技術大は後期の発表待ちの段階です。科学技術大の結果が出てから上智の授業料納入までほんの数日しかないので、今のうちにアドヴァイスをいただきたいです。僕は将来システムエンジニアになることを希望していますが、大学で勉強するのは数学でも情報でもどちらでもいいと今は思っています。またできることなら大学院にも進学したいとも思っています。そのため将来の就職または大学院進学を考慮に入れるとどちらを選択したらよいか、どんなご意見でもお聞かせいただきたいです。また、都立科学技術大学は将来どのように統合されるのかという情報もいただきたいです。

Aベストアンサー

具体的にやりたいことが決まっていて,選択肢の大学でそれが出来るなら,
学部時代の大学は余り関係ないと思います.

でも大学院では,更に局所的に的を絞って選択する必要があります.
これは大学院でやりたいテーマの研究室があるかどうかが決め手です.
大学院入試のときに,変わりたければ変われば良いと思います.
私も博士後期課程から大学院を変わりました.

上智でもあるのかも知れませんが,カギダイや東京理科大の場合,学部時代の成績が良ければ,
大学院は推薦で入れる制度もあると,カギダイの学生から聞いたと記憶しております.
そういう意味では,大学院とリンクさせて大学を選んだ方が良いのかも知れません.

Q順序集合

自然数の順序集合(N,|)について A={1,2,3,4,5,6,7,8,9,10}に対し,n|m⇔∃k[m=nk](nはmの約数)の順序関係のもとでAの最大元,最小元,極大元,極小元,上限,下限を求めよ(存在しない場合は「存在しない」と解答)

最大元:存在しない,最小元:1,極大元:6,7,8,9,10,極小元:1,上限:2520,下限:1・・・参考書をいろいろ読んで考えたのですが、最大元~下限の各語句の意味があまり理解できず答えに自信がないので、なぜそれが答えなのかと聞かれた場合きちんと説明ができません。どなたか詳しく説明してもらえないでしょうか

Aベストアンサー

6がなぜ極大元か言うよ。
6の倍数はAの中には6自身しかないからです。
4の倍数は4,8と二つあるから4は極大元ではないです。

1がなぜ極小元か言うよ。
1の約数はAの中には1自身しかないからです。
1以外の数は全て1を約数に持つから極小元ではないんです。

Qシステム科学の問題です.

同日にほぼ同じ質問をしたのですが不測の事態でID,パスを紛失してしまいましたのでもう一回質問しました.誤字を訂正しました.
システムの故障率についての問題なんですけどこの問題の解を教えていただけないでしょうか.
できるだけ詳しいと嬉しいです.

・あるシステムの信頼度がR(t)が,次式であらわされている.
    R(t)=exp(-t^2)
(1)このシステムの故障率λ(t)はλ(t)=-d/dt(LnR(t))である.λ(t)を求めよ.
(2)このシステムは,初期故障期,偶発故障期,摩耗故障期のうち何の期間か.
(3)故障分布関数F(t)および故障密度関数f(t)を求めよ.
(4)このシステム平均故障間MTBFを小数第三位まで求めよ.

どうかよろしくお願いします.

Aベストアンサー

ANo.1


okormazd
(1)
λ(t)=-d ln(R(t))/dt=-d ln(exp(-t^2))/dt=d t^2/dt=2t
(ln(exp(-t^2))=-t^2だから。)
(2)
初期故障期では、時間とともに故障率が下がる傾向があり、
偶発故障期では故障率一定の傾向があり、摩耗故障期では故障率が時間とともに増加する傾向がある。
この場合、λ(t)= 2tだから、摩耗故障期でしょう。
(3)
F(t)=1-R(T)=1-exp(-t^2)
f(t)=dF(t)/dt=2t*exp(-t^2)
(4)
MTBF=∫_0^∞(tf(t)dt)= ∫_0^∞(t*2t*exp(-t^2)dt)
=[-t*exp(-t^2)] _0^∞-∫_0^∞(exp(-t^2) dt)
=√(π)/2=1.571

ということか。

確認してないので、計算間違いがあります。勘違いもあるかもしれないから、自分で調べること。


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