私は今、就職活動中です。
「知って」の謙譲語がよくわからないので御教示お願いいたします。

「○月×日の△△△を見て貴社のブランドを知り、とても興味が・・・」のようなことを書きたいのですが、正しい書き方としては、下記の内容で問題ないでしょうか。

→「○月×日の△△△を拝見し、貴社のブランドを存じ上げ、とても興味が・・・」

御教示のほど、宜しくお願いいたします。

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A 回答 (2件)

敬語のマニュアル本のようなものには、「知る」の謙譲語は「存じる」や、「存じ上げる」であると書いてありますが、


正確に言うと、既に知っている場合に使い、「知る」そのものとしては使わないように思います。

文化庁の「敬語の指針」では、下記のような(注)がついています。
(注) 「存じ上げる」は、「存じ上げている(います、おります)」の形で、「知っている」の謙譲語Iとして使う。
ただし、否定の場合は、「存じ上げていない(いません、おりません)」とともに、「存じ上げない」
「存じ上げません」も使われる。(「敬語の指針」26ページ)
(注) 「知る」意味の「存じる」は、「存じています(おります)」の形で、「知っている」の謙譲語IIとして使う。
ただし、否定の場合は、「存じていません(おりません)」とともに、「存じません」も使われる。(同28ページ)

「知る」そのものについての謙譲語は思い当たりませんので、ご質問のような場合は、
「○月×日の△△△で、貴社のブランドについての記事(番組)を拝見し、とても興味が……」
などのように言い換えれば、へりくだった言い方になるのではないでしょうか。

参考URL:http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/soukai/pdf …
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この回答へのお礼

とても参考になりました。
どうもありがとうございました。

お礼日時:2009/10/15 22:42

3年前のカゴログ


ですがどうぞhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question …
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Q謙譲語の「お目にかける」の意味

お目にかけるとは「相手に何かを見せる」と云う意味でしょうか?
例えば、相手に書類を見せるシチュエーションで「この書類をお目にかけてください」と云う使い方をするのでしょうか?

Aベストアンサー

見かける、見る

Q○月×日をもって、○月×日をもちまして、という表現

今まで当たり前だと思っていたことが、実際には違うみたいだったので、質問させていただきます。

お店を閉じる際「○月×日をもって閉店しました」という事をよく聞きますが、例えば7月14日の夜8時に閉店した場合、
・7月14日をもって閉店しました
・7月15日をもって閉店しました
のどちらが正しいのでしょうか。(ちなみに私は前者だと思っていた)

ご回答を宜しくお願いします。

Aベストアンサー

> 私自身、肝心の根拠の部分がよく分かっていなかったりします。

となると、「実際には違うみたいだった」わけではなく、「誰かが違うと言った」だけなのではありませんか?
kdm90000 さんは「私は前者だと思っていた」のですし、恐らくこのご質問の投稿前に辞書でも確認されたのでしょうから、もっとご自分の考えに自信を持ってください。世の中には何の根拠もないのに思い込みでキッパリと物を語る人が大勢いますから、しっかりしないとその都度振り回されてしまいますよ。

辞書を見ると分かる通り、「7月14日 “をもって” 閉店しました」は、「7月14日 “に” 閉店しました」と同じ意味です。まして「夜8時」が付けば、もはや14日であることは揺るぎないと言えます。
ちなみに、私が考えた特殊ケースは次のようなものです。

「○○○○祭りは昨夜をもってフィナーレを迎えました」
もしこのお祭りが日付を跨いで行われるものならば、実際に終わったのは「昨日の夜」ではなく「今日未明」になります。ただし、その場合でも「以って(もって)」の意味自体は何も変わりません。
なお、このようなケースでは誤解が生じないように「昨夜(今日未明)をもって‥」とカッコ書きで説明を付けるのが普通です ( ^^

> 私自身、肝心の根拠の部分がよく分かっていなかったりします。

となると、「実際には違うみたいだった」わけではなく、「誰かが違うと言った」だけなのではありませんか?
kdm90000 さんは「私は前者だと思っていた」のですし、恐らくこのご質問の投稿前に辞書でも確認されたのでしょうから、もっとご自分の考えに自信を持ってください。世の中には何の根拠もないのに思い込みでキッパリと物を語る人が大勢いますから、しっかりしないとその都度振り回されてしまいますよ。

辞書を見ると分かる通り、「7...続きを読む

Q外国人からの謙譲語についての質問です

日本語を勉強中の中国人です。謙譲語についてお伺いします。謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自分または自分の側に立つと思われるものや動作などをへりくだって言い表すもの。」のように説明されています。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/70039/m1u/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E/
謙譲語の1と2を分けていないのがほとんどでしょう。
「先生のところに伺います」の「伺う」は謙譲語1です。
「先生のところに参ります」の「参る」は謙譲語2です。
上記辞書では、どちらも「先生に敬意を表すために、自分の動作をへりくだって言い表しているもの」なので、「謙譲語」と呼んでいるわけです。
それは、ある意味で間違っていません。
「先生のところに伺います」は正しいが、「弟のところに伺います」は、弟に敬意を表す必要が無いので間違いである、という論理が成立します。
しかし、辞書の説明だけなら、「伺う」も「参る」も謙譲語なのに、なぜ、「弟のところに伺います」は正しくて、「弟のところに参ります」が間違いなのか、という説明がつきませんよね。

このように同じ謙譲語なのに、一方は正しくて一方が間違いになるのは、「敬意を表す相手」が違うからです。
つまり、「伺う」は、「行く」という自分の動作の向かう先に対して敬意を表しています。
「参る」は、自分の話している相手(聞き手)に敬意を表しています。
謙譲語1と2を一緒にしてしまうと、こうした区別ができなくなります。
それで、前者を謙譲語1、後者を謙譲語2と呼ぶことにしたわけです。
このように分けないと、「弟のところに伺います」が間違いだから、「弟のところに参ります」も間違いだ、と勘違いする人が出てくるでしょう。
因みに、デジタル大辞泉のように分けている辞書もあります。
http://kotobank.jp/word/%E8%AC%99%E8%AD%B2%E8%AA%9E%E2%85%A0

3.
これは以前からすでにあった分類でしょうか。それとも近年謙譲語を理解しやすいため、新しく作った分類なのでしょうか。

わたしの知っている範囲では、最初に提唱されたのは、2006年11月の「文化庁文化審議会国語分科会報告案」で、翌2007年2月に文化審議会答申としてまとめられた<敬語の指針>だと思います。

4.
ちなみに、普通の日本の方は、謙譲語がIとIIに分けられていること、ご存知でしょうか。

以前は3分類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)でしたが、最近は、5分類(尊敬語・謙譲語1・謙譲語2・丁寧語・美化語)も浸透してきたように思います。
全くの推測ですが、半々か、それより若干少ないぐらいの人が知っているような気がします。
ただ、3分類の辞書でも5分類が登場したことを辞書に明記するなどしていますから、今後は5分類が主流になっていくでしょう。
なぜなら、そのほうが、誤解・勘違いを減らすことができ、敬語を理解しやすくなるからです。

5.
今回のご質問文の内容は、ほぼ完璧でしょう。
ただ、タイトルは、「外国人から謙譲語についての質問です」とするほうが自然です。
  

1.謙譲語は敬語のなかで一番難しい内容でしょうか。

おそらくそうだと思います。

2.謙譲語はなぜ謙譲語Iと謙譲語IIに分けられていますか。

<敬語の指針>18~20ページに詳しく、わかりやすく述べられていますので、一読されることをお勧めいたします。
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf
ここでは、その内容をかいつまんで述べておきたいと思います。
まず、謙譲語の定義について、多くの辞書では、「話し手が聞き手や話中の人に対して敬意を表すために,自...続きを読む

Q正しい謙譲語/丁寧語でしょうか?ご教示ください

自社製品の紹介資料(カタログ)校正中ですが、
”AがBであることは申しあげるまでもございませんが・・”との文章があります。何か違和感を覚えますが
正しい表現でしょうか?ここまでへりくだっていう必要はないのではないのでは、と感じます。
”AがBであることは言うまでもありませんが・・・”
でいいのではないでしょうか?
専門家の方のアドバイスお待ちしてます。

Aベストアンサー

>申しあげるまでもございませんが・・
読むほうをバカにしていますね。
マンガで昔、白戸三平さんが「賢明な読者には既にお分かりと思うが」とか言って、無茶苦茶な説明を付けてました。
最近は藤原カムイさんが(白戸さんのファンのだろう)同じ「注釈」を入れたりしてますね。
早く言えば「お前は知らないのか常識知らずの愚か者」と言ってる訳です。
抵抗のない人はコピーライターをやめた方が良いです。
丁寧なのは「AがBであることはご存じと思いますが(ご存じでしょうが)」、このとき「ご存じ」は相手に謙譲させているのですが、これを「AがBであることはお知りと思いますが(お知りでしょうが)」はやはり押しつけがましいです。丁寧にすればするほど「バカにしている」感じがひどくなります。
ご提案の”AがBであることは言うまでもありませんが・・・”も、かなり頭が高いです。
まともなのは「AがBであることは既にご理解頂いていると存じますが」程度でしょうか。
#1のお答えは、良い感じでしょう。
#3のお答えは、飛び込みの営業マンでしょうね。

Q古典文法の「謙譲語」について

古典文法の「敬語」の中の「謙譲語」は、話し手が(登場人物の)動作の受け手に敬意を払って、動作の受け手の行動に対して使うもの、という説明が一般的ですが、「謙譲語」というのは、話し手が自分の行動に対して(へりくだる意味で)使うものではないのですか。少なくとも、現代語ではそうなっている気がするのですが。文語と口語では、謙譲語のニュアンスや使われ方が違うのか、それとも、私の解釈がおかしいのでしょうか。教えて下さい。

Aベストアンサー

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書くなら1-1のようになりますし、
自分の立場を明らかにするなら1-2のようになります。
つまり、現代の小説は中立の立場で書くのに対して
古典の作者は、だれだれに仕えているという立場にたって
物を語っているので、そこには位に順列がつくのです。
〇校長先生>▲先生>私
ということになると、「私」の行動はもちろん一番下なので、すべて相手をたてる敬語になります。
また、「校長先生」も、この場合一番上なので、無条件に敬語の対象となります。
微妙なのが、この「▲先生」。「▲先生」はもちろん「私」より上の立場なのですが、同時に「〇校長先生」よりも下の立場にあります。「▲先生」自身が自分の行動を言うときは「〇校長先生」に対して敬語をつけるだけでいいのですが、「私」が「▲先生」と「〇校長先生」のやり取りを語る場合、謙譲語と尊敬語が必要となるわけです。
例えば、「▲先生」が「〇校長先生」に資料を渡す場合、「▲先生」自身は『私(▲先生)は〇校長先生に資料をさし上げた』となります。もちろん、この場合、「さし上げる」は謙譲語ですよね。
ところが、その場面に「私」が出くわして、◇先生にそのことを話す場合、「▲先生は〇校長先生に資料をさし上げていらっしゃいました」となるわけです。つまり、「さし上げる」の謙譲語を▲先生の行動に使って、▲先生の〇校長先生に対する敬意をあらわし、「いらっしゃる」の尊敬語を使って「私」の▲先生への敬意をあらわすのです。
そう考えると古典も現代もそう変わらないのではないでしょうか。
ただ、現代では、他人の行動に謙譲語を使用するのは全て失礼にあたるという感覚があるようなので(もちろん、古典の世界でもただ単に使用すれば失礼でしょうが)、使用する事が少なくなってきているのかもしれません。
長くなってしまいましたが、参考になれば幸いです。

古典の謙譲語について。
古典、特に源氏物語かなんかで勉強されているのではないかと思いますが、感覚の違いとして、まず大前提が違うのではないでしょうか。文章として捉えているから違和感があるのだと思います。古典の文章、特に源氏物語などは、「物語」というだけに、誰かが物を語っているものです。
決して今の小説のように、事実や行動、結果を客観的に記していません。
例1-1)〇〇先生が向こうの通りをあるいている。
例1-2)〇〇先生が向こうの通りを歩いていらっしゃる。
文章を客観的に書...続きを読む

Q回○ 年○ ○集 ○入

○に当てはまる漢字一字はなんでしょうか?
「収」かと思ったのですが不正解のようです。
小学6年生レベルの問題だそうですが「収」以外に思いつかず、ムラムラしています。
お助け下さい。

Aベストアンサー

「収」でしょう、どう考えても。小学6年生ならなおさら。うち2つなら「数」とか「転」とかありますが、全部となると他に無いですよ。
不正解を出したのは誰ですか? ネットサービスとか何かしらのソフトでも不具合の可能性は充分ありますよ。

Q「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」
「申し訳(が)ございません。」「失礼(しました)。」だと謝罪の言葉だろう。これに「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。「失礼」の語尾変化?に関してはスルーしておく。
「おそれいります。」「恐縮です。」だと感謝の言葉だろう。これも「が~」がつくと、正体不明の前置きになる。
 ヌエ的なものに「済みません。」がある。単独で使うと、謝罪のニュアンスが強いが、感謝の言葉として通用しなくはない。
 これらの言葉は謙譲語性をもっていると思うが「謙譲語」かと言うとNOだろう。謝罪の言葉や感謝の言葉は、「謙譲語」とは異なる系列なのかもしれない。もし「謙譲語」としている辞書類があったら教えてほしい。

 で、もうひとつが「よくわからない系」。
「承知する」あたりがこれ。「承諾する」「承認する」「承服・承伏する」にどの程度の謙譲語性があるのかは言葉の神様に訊いてください。
 もっと微妙なのが「かしこまりました」。
 意外なことに、これを謙譲語とする根拠が見当たらない。
 さまざまなところで、「了解いたしました」「承知いたしました」よりも謙譲語性が高い言葉として扱われている。個人的な感覚では、謙譲語だと思う。しかし、あれほど敬語の話を網羅している菊地本(『敬語』『敬語再入門』)がいっさいふれていない。
 ちなみにWeb辞書を見ると、「謙譲語」とは言っていないが、ほぼ謙譲語って気がするが……。

http://kotobank.jp/word/%E7%95%8F%E3%81%BE%E3%82%8B?dic=daijisen&oid=03205500
■Web辞書『大辞泉』から
================引用開始
かしこま・る 【▽畏まる】
[動ラ五(四)]

3 命令・依頼などを謹んで承る意を表す。承りました。「はい、―・りました」
================引用終了

■Web辞書『大辞林』から
================引用開始
かしこまる【畏まる】

( 動ラ五[四] )
〔形容詞「かしこし」と同源〕

(2)(目上の人の言葉を)つつしんで承る。(依頼・指示などを)承諾する。 「はい,-・りました」 「太刀を持って来い。-・った/狂言・入間川」
================引用終了

 気がかりなことがが2つある。
 まず、『大辞林』の記述。「(目上の人の言葉を)つつしんで承る」なら謙譲語だろう。しかし「(依頼・指示などを)承諾する」だと謙譲語とは言いきれない。
 もうひとつの気がかりは、過去にいくつも例をあげたように、Web辞書の敬語に関する記述はあてにならないこと。だから菊地本を頼りにしているのだが、今回は……。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「かしこまりました」は謙譲語なのでしょうか。
 個人的には謙譲語だろうと考えていますが、手元の資料では決定打が見つかりません。
 辞書やサイトで、謙譲語か否かを明記しているものがあったら教えてください。
 少し前に書いた文章から引用します。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 で、謙譲語性が感じられる言葉には、2種類あるような気がする……ってのが本題。
 ひとつは「ごめんなすって系」。
 いろいろある。
「申し訳(が)ございませんが~」「失礼ですが~」「おそれいりますが~」「恐縮ですが~」 ...続きを読む

Aベストアンサー

大石初太郎「敬語」(ちくま文庫)においては謙譲語B(「聞き手に敬意を表する要素」)に仕訳されています。
「謙譲語B マイル<行く・来る> 申ス イタス 存ジル カシコマリ(マシタ) (見)テマイル」(「同書」102頁)

ちなみに菊池康人は注釈の形で「(<謙譲語A><謙譲語B>という呼び方は、大石初太郎が行われたもの。氏は便宜的なものとはことわらずに、この呼称をとられる。)」(「敬語」280頁(講談社学術文庫))としています。

Qチン○、オメ○、ウン○、オシッ○、排泄関係の語になぜコが多い?

チン○、オメ○、ウン○、オシッ○、
と全部、「コ」がつきます。
これは偶然でしょうか?
それともなにか背景があるのでしょうか?
また、それらに類する語で、コがつくものがあれば教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

これは、トリビアの泉でも若干取り上げらてましたね。

既に述べられている通り、
「こ」は、「小さい」とか「かわいい」とかいう意味を付け加える接尾語です。
たとえば、「うん…」なら、
「うん」は力む声で、
それに「こ」がつけられている、
と言われています。

また、これ以外にもこの「こ」は「事」を略したものである、
と言うのも聞いたころがあります。
そんでもって、それらの共通点は「幼児語」である、
ということらしいです。

ちなみに、うん○に関しては、
結構な種類の辞書にその由来が載ってますよ~。

Q形容詞の謙譲語はどのように作るのですか?

形容詞の謙譲語はどのように作るのですか?
「ご返事をいただけて嬉しいです」のようにいうと、「嬉しい」が浮いて聞こえます。かといって、適切な言葉も思い浮かびません。
一般に、形容詞を謙譲語にするには、より重い意味の言葉に置き換えるしかないのでしょうか?

Aベストアンサー

以前は「うれしゅうございます」という言い方があって、使われていたのですが、あまり使われなくなっています。

そもそも「うれしいです」を分解して考えると「うれしいだ」の丁寧表現ということなので、何だかおかしな文章ではあるのです。ご指摘の通りと思います。だから前は「うれしいです」タイプの丁寧語は使わないという大人の人が居ました。
同じタイプには「あぶないですから」などがあります。これは「あぶのうございます」が“正しい”ことになります。

よく話題になる「~になります」も「ございます」を避けた結果のように私は思います。
それだけ今は「ございます」が嫌われているということなのでしょうね。

Q「問うていた」は○か×か

「問うていた」という日本語はあるんでしょうか?
頭の中で声を出さずに自分自身に聞いていたというニュアンスの文を書きたいのですが、「聞いた」ではなく「問う」という言葉を使いたいのですが、「問うていた」は変じゃないでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。1/11のご質問ではお返事を有難うございました。

ご質問:
<「問うていた」は変じゃないでしょうか?>

えっ?別に変ではありませんよ。

普通に使われている言葉です。

「うて」+「いた」の語感がお好きでなければ、「自問していた」などの漢語も使えますが、和語として正しい用法です。

ご参考までに。


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