『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜ人々を魅了したのか >>

  
 現在、教育について調べています。
 ズバリ、今の日本の教育で 問題にされていることは何でしょうか?
 
 大きな質問を、このようにどっかり投げかけてしまうのも、微妙な質問の仕方かもしれませんが、調べるとっかかりとして、ここに載せさせていただきました。
 
 ○ゆとり教育の是非
 ○奉仕活動 よしあし?
 ○学力をどう取り戻すか
 ○あれた学校が多いなど・・

 そういったところでしょうか・・・。

 ご存知の方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いします!

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A 回答 (5件)

政策者側の問題



責任の所在がはっきりしていません。だれが、どこが、責任を取るのか明確ではありません。たとえば、現在、新学習指導要領が一部先取りされ、今回大幅に後退した「ゆとり」教育ですが、昔、旗を振った人は誰なのかはっきりしません。旧文部大臣でしょうか。
「ゆとり」が後退したのは、それが間違っていたということでしょう。「ゆとり時間」を削減し、教科学習の時間を増やしたことは新指導要領ではっきりしています。
つまり責任を取る必要がないので、ころころと変わります。

現場の問題

これは学校の先生が中心となります。学習指導要領で縛りをかけられていて、そのなかでの行動となります。逆に言えば、多くの先生は指導要領から逸脱しないようにしています。一部の先生は、世間を騒がし、このサイトで保護者の方々から疑問を投げかけられて、普通の「おじさん」「おばさん」たちであることに、改めて気づかされます。

もう一つは、競争原理が全くといってよいほどはたらかない世界です。つまり、大半を占める公教育において、優秀な先生をトレードできない仕組みになっています。トレードやフリーエージェント制を導入したら、先生方も張り切るのかも知れません。予算の関係もありますが。いわゆる「ダメ教員」は退場していただく仕組みがありません。一部の先生に対して、国民の税金が無駄遣いされているのが問題でしょう。

保護者側の問題

現代では、多くの保護者は学校の先生を「尊敬」する対象とはしていないでしょう。先生も保護者も大卒など同じレベルになり、当たり前の世の中となりましたから。「聖職」「全人教育」は死語の世界となりました。
受験の相談も、学校よりは塾(予備校)を信頼する保護者や生徒がほとんどでしょう。
それなので、保護者の方々に言葉で「学校の先生を信頼して」と言っても無理でしょう。
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この回答へのお礼

誰が、悪いというわけではなく、
それぞれの立場で、いくつもの問題があるようですね。

三つの観点から整理していただきありがとうございました!
とても分かりやすかったです。

お礼日時:2009/11/13 22:29

挙げられていない問題点としては、


学校の組織作りや組織のあり方も考えられます。

競争原理の導入や不的確教員の排除は、『教員のアタリハズレ』に端を発します。
これは、学校が組織として生徒にあたっているのではなく、
個々の教員が自己流で、時に場当たり的に生徒や保護者に相対していることの裏返しです。

例えば、ある課題や問題にたいして、判断や対応の基準、裁量の範囲が明確ではありません。
監督にあたる行政も、特に生徒に直接相対する問題ほど明確な結論を出しません。
よく聞くパターンが、『個々の実情に応じて、柔軟に対応する』ですが、
実態としては、現場に判断を丸投げした結果、場当たり的な対応を繰り返すわけです。
民間企業の、例えば営業で言えば、裁量や権限の範囲も定めず
営業資料どころか仕切価格も知らされず、ただ仕事をとってこいというようなものです。
現在の学校の問題の多くは、こういった不備を改善することでも解決できるでしょう。

個人的な意見(解決に向けた方法)ですが、
学校教育の目標、そのための達成すべき項目(達成基準)、その手段や手法、
そういったものを整理し直して、教育サービスの最低水準を保証し、
それを達成するための組織作りや人材育成について、民間企業をも参考に再編すべきでしょう。

例えば、教育実習なんて極論すれば不要です。
試用期間が1年あるのですから、それでみっちり研修すれば良いのです。
授業は、学科選抜を通ってきていますから経験を積めば上手くなります。
むしろ、声で児童や生徒を制止する訓練(安全管理上絶対必要です)など、
教員としての基本的な振る舞いを身につけさせる方が重要です。

教材準備などの訓練を積み、ベテランの授業補助を通じて学ぶ。
保護者との懇談を一緒に行い、組織の一人として毅然とした判断を下す。
そういった訓練を積んで初めて、教壇に立てるようにすべきでしょう。
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この回答へのお礼

学校が、「公」であることによる、弊害ですね・・。
論点がわかりやすかったです。
どうも、ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/11/13 22:27

学校教育においてであれば、以下の点です。


・向学心を持たせる事
・何のために学ぶ事が必要か、目的観を持たせる事。
学ばなくても人間は生きていけますが、それでは昆虫と大差無い。

・もっと開かれた「場」に変えていく事。情報公開など。
従来の教職課程だけでなく、社会人からの転換。所謂、現代社会にもま
れた人間の登用。大臣を民間人から選ぶ事もあります。それと同じ。

・可能であれば、教育機関の行政からの独立。時代の変遷に左右されない
部署の設立。但し、これは教える側が大きくレベルアップしないと、衆愚
政治の温床のようになる可能性があります。

・教員資格の改訂---教員免許更新制、さらなる厳格化を。現場に不必要な
ウンチクではなく、現場での研修を重視。

例えば、君が代斉唱を拒む教師がいます。彼等はそれを自由という理由で
自己正当化していますが、社会で生きる以上ルールを守る必要がある事を
彼等は生徒に教える資格がありません。教育者以前に社会人としても
失格です。

学校教育以外としては、サポートの場を拡充する事が必要ではないかと
考えます。具体的には俺も分かりませんw 人を追い落とすための勉強
ではなく、拾い上げるための教育を。

最後に、生徒のためと謳うのであれば、小中学校の敷地内の全面禁煙は
標準化した方がいいでしょう。
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この回答へのお礼

すばらしい教員がたくさんいることは、知っています。
ですが、たしかに、問題のある学校の先生も、いるようですね。
それが、問題になるのは、「独占企業」のような状況になっていることだと、皆さんの意見を聞いていて、だんだん見えてきた気がしました。

どうも、ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/11/13 22:30

○学力をどう取り戻すか



 1980年代以降、文部省は高校の教育内容の削減政策を行った。現在、高校の理科の科目は、伝統的に物理、化学、生物、地学に分けられていた科目を13科目に細分化して、そのうちの2科目を選択すればよい。さらに、以前は、大学入試で理系、文系に関係なく理科、社会で6科目履修し3科目か4科目の受験であったが、センター試験では 社会、理科はそれぞれ1科目、二次試験では、国立大の場合、理系に、社会無し、理科は、2科目、文系に理科無し、社会2科目となっている。地方の国立大、私立大等は、学生募集の関係で更に受験科目は少なくなっている。高校でも受験科目に合わせて勉強することになり受験に関係のない科目はおろそかになっている。

 従って、高校で履修しなかった科目の場合、大学に入ってもその科目の知識水準は中学レベルである。立花隆氏の著書によれば、東大の理科二類は農学、三類は医学部への進学コースであるが、生物を学んでこなかった学生は約4割に達する。生物が中学レベルの学生がバイオを学んだり、医者を目指すことになる。東大でも生物の補習授業が行われている。機械系の学生がニュートンの力学を知らないようなことも生じている。

 1980年代の教育システム変更後、約30年経過、専門以外は中学時代のレベルの知識しか持たない人間がそれぞれの分野で中核な人物になりつつある。専門以外は中学レベルの教授も出現しているだろう。そのような教授に教わった学生が卒業して小学、中学、高校の教師になる。すでに、学力低下の連鎖反応が生じている。また、卒業する学生の割合、米国2割、ドイツ3割、イタリヤ6割となっているが、日本の場合はかなり甘く、学生が勉強しない、学力低下の原因になっている。

 早急な教育政策の見直し、入試制度の改革等が必要である。
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この回答へのお礼

学力を取り戻す方法というのも、非常に重要な論点ですね。
仕組みを変えるというのは、確実に重要なことだと思いました。

どうも、ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/11/13 22:31

○ゆとり教育の是非



別にいいと思いますけど。賛成でした。もう終わったことだから今さら言っても仕方ないけどね。
総括すると、問題はそれ自体じゃなく、その先の高校教育や大学教育や社会教育にあったんじゃないかと思います。
例えばモデルになった北欧では教育は無料だけど大学進学率はそんなに高くない。
それは国民全体が、「税金を使う以上やる気のある人だけが行くべきだ」と考えていることと、またそういう観点からレベルに達してない生徒・学生には平気で何年でも留年させてしまうからです。
だから子どもは自由だけど、一方で覚悟や試練のようなものを必要とされる。
日本はどっか寝てても享受できる社会保障的価値観で進めてしまったし、大学側にも意図が伝わってなかったと思う。よく「○レベルに達してない」とか大学の先生が言ってるけどそれは当然で、
そういう「昔の教育」から脱却しましょうと言うことで、子どもは興味や自主性を持ちましょう、とやった。今の中高年が英会話やパソコンが出来ないように、今の子は日本史や読書や微積分が苦手なわけです。
それを自分の英語力を見過ごして「最近の子は」とか言うのはおかしいということ。
青少年の犯罪行為にしても、今の老人はアジアで人を殺したわけでしょう。国を守るために立派な行為だった、とはなかなか言えないですよ絶対に。
地上戦やったのは沖縄だけだし、そこで民間人を平気で見殺しにしたわけです。国を守るの国ってのは土地と民間人でしょ要は。
でも結果、子どもや女性や老人が多数死んだ。殺したのはアメリカだけど、関節的に殺したのは日本ですよ。軍部や天皇に責任があると言っても殆どの日本人は手先になって銃を撃ってたわけですから。
オウム事件で「教祖が言ったからやった」って人が多数死刑になったけど、同じ理屈なら日本人の多くも死刑なんですよ。あとで騙されたとか嫌々だったとか言ってもやったもんはやったわけだし。

中高年も革命だとか言って警官を殺したし、仲間をリンチで殺したわけですよね。
もちろん理由はあったと思うけど、そういう総括もせずに、責任も取らずに最近の子はどうだこうだって言うのはおかしいわけです。
過去回帰ってのは変だと思います。

ゆとりは文科省主体でむしろ日教組は反対だったわけですけど、スコア的にはそんなに変わってないんです。それを100人中いったい何人が分かってて「学力低下だ」って声高に言ってるか疑問ですね。
そもそも数ポイントしか下がってない。昔の子が80点取ってたのが75点になったと。これで本当に学力低下なのか?と思うんです。
もっと言えば1位だったのが、3位になったとか10位になったってあるけど、スコアを見れば下がってない。
じゃあどういうことかと言うと他国が上がってるんですよね。
韓国とか中国とかインドネシアとかベトナムとかシンガポールとか。
もの凄い勉強させて、スコアがどんどん上がってるんです。彼らのモデルは間違いなく20年前の日本ですよ。
だから僕が親やマスコミに言いたいのは「じゃああなたは学力世界有数の韓国やベトナムでお子さんを教育したいのか?それで幸せになれるのか?それで大成できると信じられるのか?」ってことですよ。
彼らがアジア各国に移住してそこで何かしたいってことはまず無いと思うんです。ただ順位が下がった、スコアが気に入らないと言ってるけど中身は何も見ていない。

出来ることはあると思うんですよ。学力についても公立高校の入試問題や東大入試を見れば今のレベルは分かる。そんなの書店行って2,3000円出せば買えるし、それでああ、こんなもんなのかと思うかやるじゃないかとなるかは数時間で分かってしまうんですよ。
荒れてるかどうかは地域のイベントがある時に学校に行けばいい。本当に荒れてるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも10人いたら9人はそんなものもしないで、
「なんとなく」且つ「間違いないと言った口調で」教育問題を話すんですね。マスコミもそうなんですから変ですよ。

今やってる覚せい剤なんてのもそうです。
子どもがやってるイメージが強いけど、実際は検挙率が1番多いのが30代、次いで40代ですよ。本来は大人への啓蒙が必要なのに全然無い。
それで子どもにばかり啓蒙して子どもが事件を起こすと問題にする。
そもそも麻薬絡みでは、年に2万人ぐらい捕まってるし、そういう意味で酒井法子が使用してたことは、異常でもなんでもない。
事件性が高いというだけで異常なことのようにマスコミも市民も警察も躍起になる。
で飽きたらなかったように次へいく。
でも彼女が捕まる前からそういう問題はあったし、今後もなかなか減らないと思われるわけです。
彼女をスケープゴートにしたところで麻薬犯罪は増えたり減ったりしないわけです。

市民1人1人は、権限は無いけれどちゃんと調べて、言葉には責任を持たないといけないんですよ。
鵜呑みにしてそのまま話すのは頭が悪いと思うし、倫理の面から言っても間違ってる。
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この回答へのお礼

非常におもしろい点だと思いました。
怠けていても、進級していけるのであれば、合理的に考えれば怠けますよね。
非常に重要な点ですよね。
それがあるから、大人は頑張る(はず)んですものね。

どうも、ご回答ありがとうございました!

お礼日時:2009/11/13 22:33

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Q現代日本の教育と社会問題

現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。
僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います。
たとえば戦前は、戦争に勝つための兵士にするために独善的な国家感を子供に教え、国家のために日本人が死ぬのが正しいと教えました。
戦後の教育はその戦争が経済にかわりました。今はつまらない暗記ばかりの授業を学校で8時間も教えます。僕にはあれは社会の大多数の平均的な能力の子供を経済の発展に利用するために、社会で会社組織の一員として没個性的で退屈な作業を文句を言わずにこなせるのが目的の訓練だとしか思えません。「子供を自分の意見を持たず、大多数の意見に従い、与えられた課題をこなすことようにしむけること」が戦前も戦後も変わらない教育の目的ではないかと思います。私はこれを変えない限り日本の社会問題は解決しないと思いますが、ほかにどのような解決策があるでしょうか。

現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。
僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います。
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Aベストアンサー

「現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。」

 これは不毛な主張です。教育は確かに社会を良くするためであるとはいえますが、人間が人間である限り、争いなどは避けれません。それに加え、マクロレベルになると必ず「非合理性」がつきまといます。
 分かりやすい例証をいえば、NHKの公共料金はみな払うべきだが、かなりの人数が支払っていません。しかしその未払いの人の多くはNHKを見ています。これは非合理性です。
 どのような事項にも必ず計算可能ではない何かがつきまといます。これは社会の構造上のもので避けられません。教育をどんなにしても、根本的には解決できません。


「僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います」

 これはこのままではちょっとあれですが、ある意味では鋭い見方です。これは軍事国家だけでなく、国民国家一般にとって、義務教育とか普遍的な教育というのは絶対的条件です。1つはナショナリズムの醸成です。別に愛国心とかいわなくても、国民が同じ教育を受けているだけで、ナショナリズムは作られます。
 これはベネディクト・アンダーソンが明らかにしたものです。教育ではたとえば日本の歴史、日本の文化、日本の童話など、徹底的に日本が教えられていきます。これが「国民」を生み出します。アンダーソンは「想像の共同体」と呼びました。
 国民国家は近代以降、教育がかなり重要であることを見いだしました。ですから、教育というのは本来は社会的で誰もができるものですし、その権利を担っているのですが、その教育権は国家がすべて吸い上げました。日本だけでなく、世界のほとんどどこでもそうですね。

 あなた様が「僕は日本人」というだけで、実はすでにナショナリズムの醸成に成功しているわけです。日本人という観念は作られたものです。ご存じのように、日本にはアイヌなど少数民族を含む場所です。ところが、明治維新以降に一挙に排除したわけです。

 網野善彦という日本で最も有名な歴史家がいます。『日本の歴史をよみなおす』という本がありますがぜひ読んでみてください。これは日本人は昔からみんな「農業を営み、地域社会のなかで生まれ死んでいった」という教科書的な歴史観を完全に嘘であることと暴いています。

 考えてみれば日本全国一律して農業など変な話です。今の日本の歴史学においては、とくに沿岸部は魚などの交易がきわめて活発であったことが証明されています。そして、当然ながら昔の人たちが「私は日本人」だなんて思っていたわけではありません。

 福祉国家というケインズ主義的な国家観は完全にこうした国民の管理の形式です。国民国家は程度の差はあれ、管理国家です。

「戦後の教育はその戦争が経済にかわりました。今はつまらない暗記ばかりの授業を学校で8時間も教えます。僕にはあれは社会の大多数の平均的な能力の子供を経済の発展に利用するために、社会で会社組織の一員として没個性的で退屈な作業を文句を言わずにこなせるのが目的の訓練だとしか思えません。」

 これは少々一面的で行き過ぎた見方です。国民国家の時代にあって教育がなくなれば、たちまち世界は崩壊します。今の世界秩序は良くも悪くも「経済社会」です。矛盾は解決していく必要がありますが、教育を受け、企業で働き、日本人として生きるということに問題があるわけではありません。問題はナショナリズムのあり方です。ナショナリズムが悪いのではありません。


「子供を自分の意見を持たず、大多数の意見に従い、与えられた課題をこなすことようにしむけることが戦前も戦後も変わらない教育の目的ではないかと思います。私はこれを変えない限り日本の社会問題は解決しないと思いますが、ほかにどのような解決策があるでしょうか。」

 これもミスリーディングです。完全に勉強不足ですよ。

 自分の意見を持たず・・って持つことですが、逆でこれほど尊重されている時代もないくらい自己実現だとか個性が強調されています。それに大学教育とは意見を述べる場です。これほど言論が自由に活発にかわされている場所もありません。

 たしかに愛国心問題など日本の教育にはいくらか恣意性が入り込む可能性があります。しかし社会問題の要因は、制度的要因もあれば、心理的要因もありますし、経済的要因、社会的要因もあります。実は都市開発なども関わると言われています。

 社会問題は多面的に見なければなりません。

「現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。」

 これは不毛な主張です。教育は確かに社会を良くするためであるとはいえますが、人間が人間である限り、争いなどは避けれません。それに加え、マクロレベルになると必ず「非合理性」がつきまといます。
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Q教師の専門性とは?

教師は専門職って言われてますが、
私にはどんな所が専門性なのかよくわかりません。
教えて下さい。

Aベストアンサー

「教師は専門職」は、「製造業のスタッフのように、時間が来たら仕事が終わるのではなく、24時間、いつでも教育の仕事のことを考えるべきである」という意味で使われることがあります。

確かに、いじめ事件で泣いている被害者の生徒を目の前にして「時間ですから帰ります」という教員はいませんね。

そういう意味では、「時間で区切れる単純作業」ではなく、「時として、勤務時間を弾力的にとらえなければならない専門職」ということは間違っていません。

しかし、だからといって、その専門性に見合う給料は全く与えられていないし、過労死するまで実際問題休めない職場が多すぎると思います。

多くの教師は、医療関係者や消防士と同じように「使命感」で、何とか激務をこなしています。
実態を知ると「美しい行為」と感動してくれる人もいます。
しかし、感動してくれる人がいなくても、過労死や仕事が理由での家庭崩壊がないほうが良いと私は思っています。

Q教育実習時期について、怒られました

少し長くなりますが、聞いてください。

私はいま大学4年生です。

今回地震の影響で、就職活動が大幅にずれ込んでしまい、6月に選考開始となりました。

6月には教育実習が控えていたので、心配になりましたが、私の大学には教育実習に対応した相談窓口がありません。

そこで大学のキャリアセンターに問い合わせたところ、
企業か、実習高校に連絡して事情を話してみるしかないと言われました。

その時はまだ、3月中でしたので、就職活動は6月開始ということはまだ未定で、とりあえず採用活動は中止・延期ということだけが発表されており、いつから開始されるかは未定とのことでした。

実習高校の教育実習期間は、一年前の時に内諾書をもらいに行く段階で、6月と9月のどちらかを選べるといわれていたのですが、私は卒業論文に支障が出ると困ると思ったことに加えて、当初の予定では就職活動は4月ごろに内定が出て終了しているはずだったので、教育実習に影響はないと思い、6月を選びました。

3月中に、私の担当の先生の方に電話をかけ、
企業の採用開始時期が地震の影響で6月にずれ込んでしまい、教育実習とかぶってしまったのですがどうしたらいいかと相談しました。

その時に、できたら後日直接お伺いして、直接お話をしたいと考えていました。

すると、教科主任の先生の電話を代わられました。

その際、私はもし可能であれば、大変申し訳ないのですが教育実習の期間を9月に変えてもらえないかとお伺いしました。

失礼にあたるのはわかっていましたが、教職免許も今まで頑張ってきた分しっかり取りたいと考えていたので、お願いしました。

わたしとしては、企業と高校に、早い段階からアプローチしておいたほうが迷惑が掛からないのではないかと考えた結果でした。

その電話先でかなり怒られましたが、職員会議にかけるので、連絡を待っていてほしいと言われました。

しかし、いつまで待っても一向に連絡が来ないのでこちらから問い合わせてみたところ、
再び電話口でかなり怒られ、実習期間は9月に変更してもらえたのですが、
後日高校に来る日時を指定され、一方的に電話を切られました。

怒られた内容は、一回目も二回目もだいたい同じようなものでした。

教育実習は本来、高校のボランティアで行っているもので、実習生の都合にいちいち対応していられない

このような場合キャンセルするのが当然なのに、普通は変更は認められていない

先生になる気もないのに中途半端な姿勢で臨まれては迷惑

だいたい電話一本で済ませようとするのがおかしい

企業にもお願いしたところずらしてもらえても実習期間内でした。

私は初めの電話は、相談のつもりで電話をしました。
地震で、どうしたらいいのか全く分かりませんでしたが、相談できるところもなかったので電話をしました。

そこで主任の先生に突然電話相手が代わり、時期の変更などを聞いてみたところ話が進みました。

直接行くつもりでしたが電話だけで話がすんでしました。

連絡を待つように言われたのでかけなおしてみたところ怒られましたが、
私はキャンセルしたほうが迷惑になるのではないかと考えていたので、時期の変更意外に思いつきませんでした。地震という非常時だったので、何か措置を引いてくれるのではと、少し期待していました。

教員になるつもりはありませんが、
途中まで本気で先生になりたいと思ってきました。しかし在学中にやりたいことが見つかったので、民間企業を志望する結果となりました。
しかし今まで大変な教職課程を受講してきた身として、しっかりと免許を取りたい、という気持ちがありました。

電話一本で済ませるつもりもなかったのでとても不本意でした。

加えて高校の時の先生に怒られるというのは、とても精神的ダメージが大きく、来週に実習校に呼び出されたわけですが、とても気が重いです。

私が悪いのはわかります。
周りの友人は、この非常時なんだから高校が地震に合わせた対応をしてくれてもいいんじゃないかと言ってくれますが、本来ならば、実習期間の変更はとても失礼です。

しかし怒られている内容がなんだか腑に落ちなくてもやもやしています。
なんだか気持ちがまったく伝わっていなくて残念な気持ちになりました。

それに職員会議にかけられた以上、先生方の周知の事実なので、実習中の風当りはとてもきついのではないかと思います。

私の取った行動は間違えだったのでしょうか。
大学には相談機関がないので、いまとてもつらいです。

またこれからどうしたらいいのか、とても気持ちが落ち込んでいます。
実習に行きたくないですが、これ以上迷惑もかけられません。

来週高校に行くと思うと気が重いです。
なにかアドバイスがあればおねがいします。

少し長くなりますが、聞いてください。

私はいま大学4年生です。

今回地震の影響で、就職活動が大幅にずれ込んでしまい、6月に選考開始となりました。

6月には教育実習が控えていたので、心配になりましたが、私の大学には教育実習に対応した相談窓口がありません。

そこで大学のキャリアセンターに問い合わせたところ、
企業か、実習高校に連絡して事情を話してみるしかないと言われました。

その時はまだ、3月中でしたので、就職活動は6月開始ということはまだ未定で、とりあえず採用活動は中止・延期とい...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

…高校側の応対は客観的に見て非常に納得の行くものですね。
むしろ受け入れてもらえてよかったと思います。

あなたとしては地震や就活のことがあり
また「別に初めから電話で済ませようとしてたわけではない」という気持ちも
分かります。
ただ、相手にはそれはわかりませんよね。

社会人になるってそういうことなんですよ。

あなたの中ではやはり、色々な面で
「仕方ないじゃん」という甘えがあったと思います。
それを相手が汲んでくれてもいいだろう…という甘えです。
それは学生時代の特権です。
教育実習を迎え入れる高校も、あなたを学生としてではなく
「ちゃんとした社会人になれるか」という観点で見ています。
こういう場合に「そうだね、じゃあしょうがないよね~」という対応だったら
むしろあなたを社会人として見ていないということですから
「そういうナアナアの対応には憤慨してもいい」というくらいの気持ちで
これからはやっていかなければなりませんね。

高校側はあなたに本当に良い勉強をさせてくれたと思います。
これが社会人の一発目の洗礼だと真摯に受け止めて
言い訳はせず、非は認め、一生懸命実習には取り組む
それしかないと思います。
あなたの実習期間を見て、高校の先生方もまた色々考えられることがあるでしょう。
大丈夫ですよ。

どうか頑張ってください。

こんにちは。

…高校側の応対は客観的に見て非常に納得の行くものですね。
むしろ受け入れてもらえてよかったと思います。

あなたとしては地震や就活のことがあり
また「別に初めから電話で済ませようとしてたわけではない」という気持ちも
分かります。
ただ、相手にはそれはわかりませんよね。

社会人になるってそういうことなんですよ。

あなたの中ではやはり、色々な面で
「仕方ないじゃん」という甘えがあったと思います。
それを相手が汲んでくれてもいいだろう…という甘えです。
それは学生時代の特権で...続きを読む

Q評価基準と評価規準のちがいを教えてください。

 最近、評価基準と評価規準という言葉を目にします。
本を読んでも分かったような分からないような・・・
 素人でも分かるように例をあげて、具体的に説明していただけるとありがたいのですが。
 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

何かを評価する場合には「ものさし」が必要です。
評価規準(俗に「ノリジュン」と呼ばれます)というのは、ものさしの種類だと思ってください。
一方、評価基準(俗に「モトジュン」と呼ばれます)は、ものさしの目盛りです。

たとえば、「パソコンの授業」というのがあったとして、その授業の目標がいくつか決められます。
「キーボードの操作を覚える」「ワープロが使えるようになる」「メールが使えるようになる」等々で、さらにワープロの操作は「文字を打ち込む」「カット&ペーストが使える」「文字飾りができる」「マクロが使える」のように細分化し、いくつもの評価観点を作る、これが「規準(ノリジュン)」です。

これに対し、それぞれの「規準」をどれだけ達成したかを測るのが「基準(モトジュン)」です。「文字を打ち込む」というものさし(規準)に対し、それが1分間に50字か、100字か、という「目盛り」を与えるのが「基準」です。

したがってこの場合、成績というのは、一つの教科であっても、○○の観点からは5,△△の観点からは3、といった調子でつけられます。つまり、観点を与えるものが規準、数字をはじき出すものが基準ということです。

何かを評価する場合には「ものさし」が必要です。
評価規準(俗に「ノリジュン」と呼ばれます)というのは、ものさしの種類だと思ってください。
一方、評価基準(俗に「モトジュン」と呼ばれます)は、ものさしの目盛りです。

たとえば、「パソコンの授業」というのがあったとして、その授業の目標がいくつか決められます。
「キーボードの操作を覚える」「ワープロが使えるようになる」「メールが使えるようになる」等々で、さらにワープロの操作は「文字を打ち込む」「カット&ペーストが使える」「文字...続きを読む

Q教員の方教えてください。なぜ小学校(中学・高校)を志願されましたか

教員を目指している30歳女性です。

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現在、海外で日系の小学生と高校生を教えていて、授業はもちろんお遊戯会などの準備に携わるうちに小学生がとてもかわいいと感じるようになり、小学校の先生もいいなと思うようになりました。新たに免許をとらなくてはならないので、それを行動に移すかどうか迷っています。

しかし、上司からは、あなたは子供に手取り足取り教えるよりも、教材研究が好きなようなので、高校の先生のほうが向いているのではないかしら、と言われました。 今は担当の授業コマ数は小・高同じなのですが、小学生にほとんどの神経を集中させていて、親とのやりとりや学級運営、お遊戯など様々なことに追われるうちに、疲れた顔が見えていたのもそうアドバイスされた原因かもしれません。

一方、高校生を教えていると、彼らの知的好奇心にうれしくなり、次の授業内容を考えるのが楽しく、のめりこんでいる自分がいます。ただ、いろいろな難しさも感じます。 

小・中・高どちらを対象に教えるのが自分に向いているのか、悩んでいます。
私は教員を始めて経験したのが海外でしたので、日本での状況はまた違うとも思います。

こんな状態でまだまだ教員としての深さを知っておりませんが、教員の方に教えていただきです。 なぜ小学生(中学・高校)を教える対象として選んだか、そしてめいめい必要な適性とはどんなことでしょうか。

教員を目指している30歳女性です。

免許は中学・高校の英語1種をもっています。

現在、海外で日系の小学生と高校生を教えていて、授業はもちろんお遊戯会などの準備に携わるうちに小学生がとてもかわいいと感じるようになり、小学校の先生もいいなと思うようになりました。新たに免許をとらなくてはならないので、それを行動に移すかどうか迷っています。

しかし、上司からは、あなたは子供に手取り足取り教えるよりも、教材研究が好きなようなので、高校の先生のほうが向いているのではないかしら、と言...続きを読む

Aベストアンサー

いま大学の教員をしている者です(教育系)。最初は小学校教員志望、のち中学志望、卒業時は高校志望、結局大学院をへて今日に至りました。

小学校は、「こども」という生き物を相手にする感じですね。この生き物はピュアで、素直で、わがままで、意地悪で、要するに千変万化。いちばん「教育」の効果が出やすいと思います。仕事は、質問者さんも書かれているように何でも屋さん的な面も大きいので大変。でも自分の仕事の意味や価値を実感する瞬間も多く、幸せな経験をすることも多い。

中学校は、授業と部活と生活指導。心と心の触れあいが教師としての幸福をもたらしてくれることも多々ありますが、心身ともに変化の大きい生徒たちを前にして、自分の意に染まぬ厳しい指導が求められることも多いと思います。塾などで勉強するからといって学校でだらける生徒もいるし、何もしないで何もわからない、という生徒もいる。私の実感では、中学教員を志望する学生の最大の動機は部活を指導したいということです (^o^)

高校は、一般化できません。制服が違えば住んでいる世界が違う、と言いますが、勉強ができて生活上の問題など何もない高校と、勉強とはまるで縁がなくて、、という高校と、全然違います。公立高校に勤務する場合、当然ですがあちこちへ異動します。ある学校で人気者だった先生が、他校へ行くと役立たずの嫌われ者になり自信を喪失、なんてことはよくあります。高校志望者は、部活志向とその科目が好きだっていうのと、半々くらいでしょうか。私立校出身者には、母校に勤めたいっていうのもよくあります(現実には難しいですが)。

あとは蛇足です。現在の質問者さんの目の前にいる生徒さんたちは、たぶん上流ないしアッパーミドル・クラスの人たちでしょう。親についても子についても、一般に日本の公立の学校でその環境は望めないと思います。一番近いのは、都市部の私立の中高がくっついたタイプの、わりと出来のいい学校のように思われます。日本で教職を志望されるのであれば、そんな点も考慮されてはいかがでしょう? あまり参考になっていませんね... ごめんなさい m(__)m

いま大学の教員をしている者です(教育系)。最初は小学校教員志望、のち中学志望、卒業時は高校志望、結局大学院をへて今日に至りました。

小学校は、「こども」という生き物を相手にする感じですね。この生き物はピュアで、素直で、わがままで、意地悪で、要するに千変万化。いちばん「教育」の効果が出やすいと思います。仕事は、質問者さんも書かれているように何でも屋さん的な面も大きいので大変。でも自分の仕事の意味や価値を実感する瞬間も多く、幸せな経験をすることも多い。

中学校は、授業と部...続きを読む

Q学習意欲低下の原因

最近話題になっていますが原因は何だと思いますか?参考URLも知ってたら教えてくれるとうれしいです。

Aベストアンサー

1.勉強して一流大学→一流企業に入社→幸せという神話がくずれた。勉強したところで将来のメリットがなければやる気がなくなるのが当たり前。

2.興味がひけない。インターネットやコミックなどに楽な趣味に引かれている。

3.教師の質の低下。一昔前、教師といえばそれしか就職できないひとがなっていました。(大昔と現在も違いますが)仕事はきつく、給料はやすいんだからあたりまえです。今は、公務員ということでかなりの人気がありますが。

4.文部省たちの無策。彼らはペーパーテストのスーパーエリート達です。で、一昔前から単純なペーパーテストが批判されて、あらたな教育方針が欲されていましたが…。ペーパーテストのエリート達にそれを要求するのは無理というもの。つまり、間違った教育方針で学習意欲をあおってもむだなんです。

5.ゆがんだ権利意識と過保護。大事に育てられただけの子供がまともな子供になるわけがありません。

Qネット社会になってからのメリットデメリット

皆さん日本や諸外国がネット社会になって、メリットデメリットがでた部分ってどこらへんだとおもいますか?


メリットの部分は確かに多いですが、デメリットもその分デカいと思いませんか?ない方が日本は幸せに回ってたような感じがします。

Aベストアンサー

ネット社会になってからのメリットデメリット
皆さん日本や諸外国がネット社会になって、メリットデメリットがでた部分ってどこらへんだとおもいますか?


データーや系統だった分析ではありませんが、思い付く点をランダムに挙げると・・・
◇メリット
・瞬時に大量に多くの人と交信したり、多量のデーターや情報から検索できる。
・作成時に、容易に素早く書き換え、置き換え、コピーしたり添付したり、参照し引用が可能であり、保存や整理も容易に。
・匿名、非対面、同時に多くの人との受発信が可能な為に主導的に発信したりPRや連絡伝達が可能に成った。
・多くの場合は交信が無料であり、主目的以外の挨拶とか儀礼的な受け応えとか相づちが不要でズバリ本題が可能。
・文章や情報や画像等の記録・保存が大量に少スペース簡便に行え、取り出しや再利用も迅速に容易。

◇デメリット
・不特定多数、匿名、非対面と言うメリットは同時に無責任、虚偽、ナリスマシや憑依や荒らしや釣りのリスクを含んでいる。
・大量情報の中には虚偽、だまし、誇大、偏見な物も多く混在、利用者に取捨選択や読解力と言う見識とレベルも必要。
・犯罪&宣伝と同じで、一旦、謝りや被害が出ると広範囲に多くの人に影響し、対策とか救済が難しい。
・ウイルスや悪用する意図には、同時に瞬時に多くの人へ、人から人へ&メールからメールへ感染蔓延する。
・バーチャルなだけに無責任、過激、残酷にも、相手の気持ちやダメージを感じず、良心の呵責や倫理観を軽視放擲する。
・パクリ、無断転載が容易に行えるので、意図的or無意識にプライバシーや秘密情報を盗用したり流出の危険性がある。


>メリットの部分は確かに多いですが、デメリットもその分デカいと思いませんか?ない方が日本は幸せに回ってたような感じがします。

確かに、文明や技術の発展はメリットが大きく付加価値が高まり発展と普及をするのであろうし、多くの場合は便利に快適に効率アップに資するものが評価され発展していくのだと思う。
同時に、利害や感慨として、実社会やハード面ではデジタルが万能でアナログが捨てるべき、自然よりも高度機械化が優れているとは限らないし、視野視点と価値観で観方や受け止め方も異なる。
そのプライオリティや好悪や評価はシチュエーション&人それぞれ、物事の内容と程度で、変化し分かれると思います。
つまり、森羅万象すべてに於いて万人が一致した感性や価値観や歴史観を持っている訳でもないし、他から制約束縛を受けてコントロールされたくはないと思うので、幸せは人それぞれであり、最終的にはその人の心が決めるのだと思います。

ネット社会になってからのメリットデメリット
皆さん日本や諸外国がネット社会になって、メリットデメリットがでた部分ってどこらへんだとおもいますか?


データーや系統だった分析ではありませんが、思い付く点をランダムに挙げると・・・
◇メリット
・瞬時に大量に多くの人と交信したり、多量のデーターや情報から検索できる。
・作成時に、容易に素早く書き換え、置き換え、コピーしたり添付したり、参照し引用が可能であり、保存や整理も容易に。
・匿名、非対面、同時に多くの人との受発信が可能な為に主...続きを読む

Q教師・教員・教諭の違い

教師・教員・教諭という言葉は、意味が違うのでしょうか? ニュアンスが違うのでしょうか?
それとも意味はまったく同じだけれど、現場によって使い分けされていたりする、というものなのでしょうか?
たとえば小学校の先生は教員で中学校は教諭、など。これはまったく見当外れのたとえかもしれませんが(^^;
また、先生が先生のことを表現する場合は、どれを使うことが一番多いですか?
先生や実習生の方からお答えいただければありがたいですm(_ _)m

Aベストアンサー

教諭は、「教育職員免許法による普通免許状を有する、小・中・高等学校、幼稚園、養護・聾(ろう)・盲学校の正教員」をいいます。

教員は、「学校で児童・生徒・学生を教育する職務についている人」を指します。こちらには、非常勤講師や実習助手など教諭とは言わない人々も含まれます。

教師は、「1)学校などで、学業・技芸を教える人。2)宗教上の教化を行う人。」とあり、学校の内外を問わず、教え導く人を指しています。だから、家庭教師とは言っても家庭教員とか家庭教諭とは使いません。

 先生が同僚のことを呼ぶときには「○○先生」と普通に使われています。でも、ベテランが新米教師にも「先生」なんて敬称を使うのはおかしいですよね。逆に、「先生」呼ぶにふさわしい人も1割いるかいないかという惨状ですが・・・。

QWordで、1ページを丸ごと削除するには?

1ページしか必要ないのに、真っ白な2ページ目がその下に表示されてしまった場合、この余分な2ページ目を一括削除(消去)する為に、何かいい方法があるでしょうか?

Aベストアンサー

<表示されてしまった場合>
これはそれなりに理由があるわけで、改ページや改行によって、次のページにまで入力が及んでいる時にそうなります。
特に罫線で表を作成し、ページの下一杯まで罫線を引いたときなどには、よくなる現象です。

さて、メニューの「表示」で段落記号にチェックが入っていないと、改行や改ページなどの入力情報が見えず、白紙のページを全て選択→削除してもそのままということが良くあります。
1 改行マークが白紙のページの先頭に入っていれば、それをBackSpaceで消してやる。
2 罫線を使っている場合は、それでも効果がない場合がありますが、その時は行数を増やしてやる。
などの方法があります。

Q今の学校と昔の学校の違い

今の学校(教育も含む)と昔(2~30年前)の学校の違いで気づいたことを教えてください。 軽いこともお堅いことも歓迎します。  あと授業内容もガラッと変わりましたね、円周率や授業時間などどんなことが変わったかご存知でしたら教えてください

Aベストアンサー

親の話では
昔教師によく殴られたそうです。
(まあ悪いことをしたからだと思いますが)
現代の教師は根性無いですね。
今の世論のせいでしょうか?
殴るどころか注意すらしない教師いますよね。
自分は高2の男ですが教師が生徒を殴るのも
別に良いと思います。今の時代変なヤツが多い
ですし体でわからせるのもアリだと思います。


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