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(元禄世間咄風聞集より)

柴田検校弟子二歳にて目つぶれ十六にて目明申候。
其故は右之座とう播州に親類御座候付、三、四年以前に見廻に参候とて、遠州はま松の者伊達本髄と申目医者、元は遠州の百姓にて有之候由。かの本髄りやうぢにて早速目あき常の通りに成申候由。
依之柴田方へ申達候。
すなわち江戸惣検校に届け申候処に、一たん座頭に成申候てより、目明申候とても俗にかゑし申法にて御座候へ共、杉山検校心入を以本のごとく俗にかゑし、路銀等とらせ故郷へかゑし申候由。めいよの目医者居申候由。目つぶれ年数ををくり申候ほどりやうぢ能仕申候由。
さりながら目によりなをり不申候目も御座候由。右は竹内善左衛門咄也。

すみませんがお願いします(>_<)

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A 回答 (2件)

「目明申候とても俗にかゑし申法にて御座候へ共」は、文脈から「目明申候とても俗にかゑし不申法にて御座候へ共」


ではないかと思いましたので、そのように訳しています。


柴田検校の弟子は二歳で目がつぶれ、十六歳で目が見えるようになりました。
そのわけは、この座頭には播州に親類がおりますので、三、四年前に訪ねたところ、遠州浜松の者で伊達本髄という目医者、元は遠州の百姓であったそうですが、かの本髄の治療によって早速目が開いて普通のとおりになったそうです。
それで柴田方へ伝えました。
すぐさま江戸惣検校にこのことを届けましたところ、一旦座頭になりましたので、目が見えるようになっても当道座を抜けて一般人に戻れないきまりですが、杉山検校の心遣いで元のように一般人に戻し、旅費などを与えて故郷へ返したそうです。腕の良い目医者がいるそうです。目がつぶれて年数をおくったものほどよく治すそうです。
しかしながら場合によっては目が治らないこともあるそうです。これは竹内善左衛門の話であります。


ちなみに、当道座は検校や座頭等が属した当時の盲人の組織です。
参考URLにWikipediaをリンクしておきますので、お暇があればどうぞ。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%93%E9%81%93% …
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この回答へのお礼

参考にさせていただきました。
丁寧にありがとうございました!!

お礼日時:2009/11/15 12:44

柴田検校の弟子は二歳で目がつぶれて十六歳で目が明いたと言うことです。

そのわけは播州に右之座と言う親類がいたのですが、三、四年前に診察致しましょうと言って、遠州の浜松の者で伊達本髄と申します眼科医に診させたのですが、その者は元々は遠州の百姓であったとのことです。しかしその本髄の治療によって早速目が開いて普段通りになり快癒したということがございました。弟子の目が快癒したことを師の柴田の方へ言ったのです。そしてすぐに江戸惣検校に事情を説明申し上げましたところ、一度座頭になりましたが、目が明いたならば俗世に返し申し上げるのがきまりですからと言うことで、杉山検校は心を元のように俗世に戻して、江戸惣検校が旅費などを支払ってやり、彼を故郷へ返してやったということです。するとたちまちこんな噂が広まりました。何でも素晴らしい眼科医がいるとのこと。しかも目がつぶれてから年数が経っていればいるほど治療がよくできると申しているとのこと。とは言えやはり人によっては目が治らない場合もあるとのこと。これは竹内善左衛門の言ったことである。
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この回答へのお礼

とても参考になりました。
助かりました(>_<)
ありがとうございました!

お礼日時:2009/11/15 12:45

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