柔軟に働き方を選ぶ時代に必要なこと >>

私は、人の話を聞かない頑固者です。聞いていたとしても、認めたくないという気持ちが強いです。おそらくそれは、昔から認められず育ってきたということもあると思います。

そして、劣等感が強く負けず嫌いで、自分より優れている人を見ると、ハラワタが煮えくり返るような思いになり、やがては、やはり劣等感に苛まされてしまいます。

また、完璧主義の傾向があり要領が悪いです。あと、独占欲がとても強くて、自分の制御が難しいです。

さらに、周りから真面目だとか努力家などとよく言われますが、私はただの怠け者です。それは、普段の態度、試験や習い事などに結果として現れていることす。なので言われる度に複雑な気持ちになります。

そのくせ学校なんかでは気を使って、へこへこヘラヘラしてしまいます。しかも優柔不断でメンタル面の弱さから、精神病も患いました。こんな自分にイライラします。

さて自己分析という名の自虐をダラダラと述べてしまいましたが(ごめんなさい)、私はこんな自分を変えたいです。

本当に心から何にでも努力ができるような人になり、自信をつけたいです。
いつも何かと頭ばかりで考えてしまい、行動に移せません。
そして、本来の自分というものをもっと出したいです。

これらを果たすためには、どのような心掛け・手順・対処・環境など…が必要でしょうか?
他の方々の過去の質問を閲覧いたしましたが、イマイチ解決しませんでした…

些細なことでも良いので、アドバイスをいただきたいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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A 回答 (5件)

学問もスポーツも仕事もみな競争の世界ですね。


競争の世界に身を置いている以上、優越感や劣等感に捉われるのは避けられない事でしょう。
時には息抜きというか、そうした競争の世界から離れてみるのも必要だと思います。
勝ち負けのない世界の中に浸ってみる事です。
自然を相手にした息抜きや気分転換が一番いいように思います。
身近なものではガーデニングとか、バードウォッチングなどの自然観察があります。
またハイキングとか山歩きは最高にいいと思います。
写真とかスケッチとか釣りもいいですね。
自分に合ったものを無理なくやってみる事だと思います。

競争から離れた時間を少しでも持つようにすればリフレッシュできると思います。
リフレッシュできれば、新鮮な気持ちで現実の課題に前向きに取り組んでいけると思います。
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この回答へのお礼

自分自身、自然のものとふれあうのは大好きなので、それはとても良い案だと思いました!大学受験が近いというのもこの悩みの原因だと思われますが…こうしたリフレッシュ方法はいつでもどこでも可能と言えば可能ですし、良いですね!ぜひ色々と試してみようと思います。ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/11/15 21:24

脳の思考に、依存してるからです。

脳は、諸悪の根源です。世界の聖人は、脳を否定しています。中国老子は無知を、ブツダは自我を否定し無我を、また昔の日本人は、情緒思考だったので、論理を理屈を否定しています。だから東洋では、古代から脳の思考による科学は、否定されていたので発達しませんでした。だから脳は、知性は、人を育てる事は出来ません。人を育てるのは、情緒です。脳の論理思考は、情緒を排除するので、脳は、情緒の障害です。だから脳を休める事が必要です。日本の伝統文化は、情緒文化です。脳を休めて、自然の情緒、心の癒しを目的にしています。だからカルチャースクールなどで、伝統文化を実践すると、自分を変える事が出来ます。
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この回答へのお礼

妙に感心してしまいました。何とはなしにではありますが、違った視点から物事を見つめ直せそうです。伝統文化の実践…ちなみにそれは空手などのような武道も、含まれるでしょうか?何はともあれ、ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/11/21 22:40

個人主義の打開ですね。


自分の殻を割り、外という他人様との程良い調和を考えて、行動する事が良いかと思います。

自分一人で、生きていませんよね。
家族,友人,社会の交わりが有りますよね。

調和の手掛かりとして、何か、興味が有る事への、共有出来るご友人を求めるのが、良いかもしれないです。
趣味を通してが、一番良いと思いますよ。

色々と、アンテナを出してみて下さい。
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この回答へのお礼

程良い調和を考える…確かにこれは、私に欠けていることのひとつですね。経験を積むなかで学んでいきたいと思います。
>調和の手掛かりとして…
そうした見解は思い付きませんでした、なるほどです。勉強になります。
ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/11/15 15:07

はじめまして。



自分もそうゆう人間だったんですが、

最近、分かってきたことがあります。

頑固だったり劣等感を抱きすぎたりしていたときは
自分自身が守りに入りすぎていたと思います。

リスクを避けているとゆうか、自分にプレッシャーが
かかるとゆうか、損をするとゆうか、

そうゆうリスクを避け続けていたので

何かを受け入れることが出来ない人間に
なっていたと思います。

受け入れることが出来ない人間は
何かに対して努力をすることも出来ません。

心理学的な論拠があるわけではありませんが、

経験者の意見として参考にして頂けたら
幸いです。
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この回答へのお礼

経験者様からのご意見をいただけて嬉しいです。確かに、言われてみれば自分自身、守りに徹していたように思えます。そしてだからこそ努力も出来ないような気がします。受け入れるということはとても、難しいですね…どうにか受け入れられるよう努めていきたいと思います。ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/11/15 15:01

関心の対象を人からモノへ変えてみたらどうでしょう。

これはほかの人のことを考えないという意味ではなくまず対象ときちんと向き合って自分なりの行動をやってみるという意味です。人を関心の対象にしようとするといつの間にか相手に気を使うという結果によくなります。モノならばそのような心配はいりません。またモノに対して貴方が何かをした結果の評価もほかの人に求めないで自分で判断した方がよいと思います。これとても最終的にはほかの人と関係してきますが、まずは自分が大切という意味です。
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この回答へのお礼

なるほどです。人→モノへ関心の対象を向けるのですね。けれども、なかなか難しいものですね…が、そのような意識を持ちつつ過ごせるよう気をつけたいと思います。ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2009/11/15 14:54

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