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古い話になりますが、。
お化けたちは、夜は墓場で運動会をするらしい。
楽しそうです。リモコン下駄のシュートが、ぬりかべを抜いて、木簡の間を割る。転がるしゃれこうべ。「ゴォーール!」 
 
水木しげるの妖怪達の生き様はこういったものらしい。試験も何にも無い ドゥーン。
 
人間の生きる世界と、妖怪の生きる世界が合わされて描かれているけれど、もし、もしあなたが人間でなかったら、もしくは妖怪であったら、どのような生き方をしますか?
人間にまぎれて暮らしますか?
夜には本性を現しますか?
夜は居酒屋で何をしよう?職場でなにをしよう?
家で、何をしよう?外で何をしよう?
鬼太郎なら、、墓場で運動会だぜっ!
どうでしょう?現代に生きる我々に、妖怪は何かのヒントを教えてくれる、かもしれません(笑。
・妖怪にできて、人間にはできない生き方とは何でしょう?
 
夜に墓場で運動会。これは、人間にもできそうです。
楽しそうです(笑。
よろしくお願いします。

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A 回答 (11件中1~10件)

ひとつの土地に長くいたり、放浪したり。


遊園地でアルバイトしたり、チベットの奥地で畑を耕したり。
恋をしたり、失恋したり。
時の流れに流されたり、時の権力者に逆らったり。
風の向くまま、気の向くままに行きたいですね。

>・妖怪にできて、人間にはできない生き方とは何でしょう?

妖怪であると自覚して生きること。かな。

人間でもできそうな感じはしますが、
妖怪は多種多様な種族がいますから、その能力も千差万別ですよね。
ですんで、人間が自分を「妖怪である」と自覚してしまったら、
その人間は、人間の能力を持ち、人間から生まれた妖怪。といえるのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

面白い回答ありがとうございます。
>妖怪は多種多様な種族がいますから、その能力も千差万別ですよね。
ですんで、人間が自分を「妖怪である」と自覚してしまったら、その人間は、人間の能力を持ち、人間から生まれた妖怪。といえるのではないでしょうか。
 
人間タイプの妖怪。人間も、妖怪の一種と思ってみるのも、悪くないですね。広い回答、ありがとうございます。そう考えると、人間にできて、妖怪にできないことは、あまり無いのかもしれません。人間であることと言うのは、小さいことかもしれませんね。
しかし、洒落頭でサッカーはできでも、生首のラグビーは、ちょっときつい。妖怪にしかできそうに無い(笑。妖怪には、不気味にクールなところがありますね。ありがとうございました。人間以外が人間のような知性を持つと、こうなる!って感じが、おれの妖怪イメージかもしれません。

お礼日時:2003/05/16 10:25

 ご質問されてから日数が経過しているので遅刻ですが、まだ受付中のだったので失礼します。


 妖怪にも種類があると思いますが、かつて「妖怪人間ベム」というマンガがありました。

 ベム、ベラ、ベロ。彼らは心は優しく人間に姿を変え、いつも人間を助けていますが醜い姿を知られた途端、人々から嫌われてしまいます。

 一方、人間である我々は彼らとは逆であり、特に最近では外見ばかりに気を取られ、子供を虐待する親、陰湿なイジメなど中身である人間としての心は益々すさんできてるように思えてなりません。

 妖怪にできて人間にはできないこととは、まさに「人間らしく生きる」ことではないかと思います。

この回答への補足

何故よく見ないのか?よく見なければ、自分の世界は狭く、勝手知ったるマイワールドなわけで、そこにはいれば、退屈だけれども、恐怖も感じ難い。安心できるからです。勝手に世界を決めつけ、その中に住もうとする習性が、ヒトにはあるようです。世界の把握の仕方が、問題を生んでいると。
どのような世界把握が、そのようないじめや虐待、迫害を起こすのか?
それは、時の無い、勝手知ったる世界で、安心したいという願望(防衛本能)が、あるからと。(それに対して、未知を知りたい、わくわくしたいという願望もある、その対する願望どうしを、合わせて行動が導かれるものだと思います)つまり、防衛本能を刺激すれば、人は閉じて丸くなり、生活本能を刺激すれば、開いて広がる。両方をあわせると、ちょうどいいと思います。)
  
簡易デジタル型、数字で表す経済、そういったものが、人を、時の無い、「結果だけの世界」ばかりを見つめさせます。こういう世界で満足できるのは、防衛本能だけで、生活本能は、不満(退屈、空虚など)を感じるだけです。デジタルと言うのは階段であり、飛躍の連続です。二本目の時間軸と言うのが無く、その世界を約せば、一本の直線状を、結果という点が、行ったり来たりするだけです。
そうするとどうなるかというと、その結果ポイントをおさえるだけで、経済が操れる、うまく利用できるのです。
そして、皆が、そのときの無い世界の、結果という「点」ばかり目指すように、仕向けられていたのではないだろうかと。そうやって生きるのは、簡単、便利なのです。世界が狭いから。
しかし、現実には、そんな簡単なデジタル世界で、宇宙や地球が動いているわけではなく、俺らの心臓も、そのような簡易デジタルで動いているのではありません。私達の世界、それは、「時空」です。点、結果だけではないのです。
 
 ですから、経済をやり繰りする者は、自分自身、そして我々の動きを、到底制止きれないので、共存を図るように、経済を手放さずには仕方なくなる。それが、実質による経済だと思います。労働を、単純な架空価値で把握するのではなく、妥当価値、「範囲におさめる」という風になると思います。つまり、100円と、120円の範囲、という風にです。無駄が多くなるのではなく、経済に柔軟性が出ます。その無駄(範囲)を、モノが泳ぐのです。一本の軸内で動いていた経済に、幅が出ます。それは、その一本の軸に、ぶれがあることです。それが、いずれは、二本目の時間軸になりえると、思います。
価値の差が、無くなっていき、具体的になります。そうなると、人間らしい生き方、自分らしい生き方と、経済の矛盾が、薄れていきます。

 話は戻りますが、その荒んだ心には、より明るい、生き生きとしたものたちが、心に芽吹いているのだと、俺は思います。よく見れば、その芽が、きっとあるはず。それを見ようとしているひとは、きっとたくさんいます。苦労すればするほど、心が荒れれば荒れるほど、人は、それを求めます。もともと、それがあるのを、知っているかのようです。その「もの」の芽達を育て、心を豊かな世界にするのが、人間らしく生きることではないでしょうか?
その「ものの芽」とは、人間性です。人間性は、育ちえるものであり、これからも、育っていくでしょう。
ありがとうございました。
人間を枯らしてしまわないように、妖怪に保険をかけているのかもしれません。いつか、人の心が枯れて倒れそうなとき、妖怪が、そっと水をやりに来るのかもしれません。もう一つの、人間として、。

補足日時:2003/05/21 14:18
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この回答へのお礼

現実の生物としては存在しないですが、昔の昔から、妖怪に託されたものが、あるような気がします。
>妖怪にできて人間にはできないこととは、まさに「人間らしく生きる」ことではないかと思います。
  
妖怪に、心優しくあれて、人間に、そう在り難いのはなぜか?
 
夜中、川べりを歩いていると、向かいからこっちに向かって、歩いてくる人の顔が、化け物に見え、思いっきり後ずさりしたことがあります。
端的には、怖かったと言うことですが。
ベムらの素顔を見た人間も、怖かったのだろうと思います。何故、ベムは、人間の顔をしていなければ、人間達に受け入れられないのでしょうか?
ベムが、ダイレクトフェイスで人助けをしていれば、駆除されるかもしれない。
なぜ、まともな顔でなければ、迫害という、まともでない行為の対象になるのでしょうか?
 
噂の覆面議員、ザ・グレート・サスケも、その顔の珍しさゆえに、迫害の対象になっています。
 
珍しいものを見たがる人間、にもかかわらず、それが実際に現れると、恐怖し、困惑する。
慣れれば平気。
 
妖怪であろうが、覆面であろうが、真顔であろうが、どんな顔であろうが、その顔を、時間を通してよく見ること、それが、生きる世界を広くするのであり、生き方の自由は、そこにもあるのだと、思います。
怖いと感じたものを、よく見る。
嫌いなものでも、よく見る。
それが、いかなものか、よく見ないと分からないからです。
いやだからと言って、目をそむけたまま、排除する。
それを、「わがまま」と、いうような気がします。
また、「知盲」であると言えます。
>中身である人間としての心は益々すさんできてるように思えてなりません。
 
それには原因があるのでしょう。考えてみます
原因はなにか?
よく見ないことだと思います。

お礼日時:2003/05/21 14:18

妖怪の世界へ近づくための追加情報?



ローカルで申し訳ないですが、京王線の某駅からのバスに「鬼太郎バス」だか、「妖怪バス」だかが走っているそうです。(いわゆる広告塔バス)
1台しかないので一日に数往復しかしてないとのことで、通常時間帯の走行のみですし、「運転手が乗っていない」とか「終点に着くまでに…」とかなどの噂はまったくありません。

今度の休みにお天気だったら乗りに行く約束を子供にさせられてしまいました。
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この回答へのお礼

ある商店街で、「にこにこ通り」という名前がついたところがあって、何がにこにこかと思えば、そこで働いている方達の笑顔がにこにこやそうで、。
しかし、近年、商店街は儲かっていないらしく、全然にこにこちゃうやんけ(笑、とか思って歩いていったら、商店街の終わりの方の、下駄屋の親父がかなり普通じゃなく、「にこにこ」だったんです。っていうか、「にゃが~っ(笑」って感じです。

その妖怪とみまがう笑顔は、不気味なようで、非常に異世界パワーのある顔でした。にこにこ通りの名は、この人が、一心に背負っているのだと、一発でわかりました。彼の笑顔は妖怪のようですが彼の顔であり、それを疑って、はがすことはできないでしょう。

>今度の休みにお天気だったら乗りに行く約束を子供にさせられてしまいました。
 
ぜひ、妖怪になりきって乗ってみてください。妖怪の視点で、人間界が見れるかも。
妖怪ばかりが人間に化けれて、人間が妖怪に化けれないことは無い!
妖怪にしたら、まさに、「化け物」ですね。
いい悪いは抜きにして、妖怪の、化けの皮をはがせば人間だったってことが、往々にしてありそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/21 00:03

今でも妖怪はまぎれてるんじゃないですか?


っていうか、人間と妖怪に区別なんてつかないはず??

妖怪なら、悪い人間も良い人間も関係なく人間社会に復讐するんだ!!

昼も夜も関係ない・・・

さあ、時はきた!

今こそ立ち上がるんだ!!!
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この回答へのお礼

妖怪は、古くは人間と共存してきたものと、人間と戦ってきた魔族、人間を助けた妖精など、そして、後は人間とは直接的に関係して語られない無差別級に、分けられると思います。
 
人間に復習しようと言う発想は、おそらく魔族にあるんじゃないかな?
人間同士でもなかなかうまくいかないが、。
もし、現代の人間が、人間だけでなく、かつて共存していた妖怪や、妖精たちを裏切っていたら、彼らの中から復習しようと立ち上がるものはいるかもしれません。
 
魔族は、悪いと、決め付けられており、妖精、精霊などは、善いと決め付けられています。
しかし、妖怪には、おっしゃるように、善いも悪いもない。そういう点で、人間と同じやんけ!って、俺は、この回答をいただいて、思いました。裏切りと相違は話が違うのであり、義理と気まぐれも、相性はよくなさそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/20 00:58

一反木綿(イッタンモメン)のように、


自由に飛び回るのも、

ぬりかべ~、のように、
一所懸命(いっしょけんめい)
というのも難しい...。

ですが、どちらか、と言うと、不動のぬりかべー、に
より魅力を感じます。
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この回答へのお礼

一反木綿の名を聞くと、単純に、湯葉豆腐を思い描くのは俺だけでしょうか?(笑。
 
ぬりかべに魅力を感じますか。
ぬりかべは絵的にコンニャクかな?
どうも、食べ物連想で御礼になってないかも(笑。
ありがとうございました。
俺は、
魔界列車?でしたっけ。あれに乗ってみたいですね。
おれのなかでは、銀河鉄道999と同じように、ロマンと切なさ、そして溢れる何かが、混在している乗り物です。
駅があるというところに、なにか、生きることの自由ではなく、むしろ不自由かもしれないけれど、紡がれる「物語」を、感じてるのかもしれません。 
でも、妖怪にも、宇宙は計り知れないものなのでしょう。学者タイプの妖怪もいたので、妖怪は、結構宇宙にも詳しいかもしれません。
妖怪なりの宇宙観を、是非聞きたいものです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/18 18:42

BGMは憂歌団でお願いします。



夜な夜な人間の女性といけないことをしてるか、献血して人類との融和、共存共栄を目指します。(漫画のまんまか?)

目だま親父みたいに毎日、おわん風呂ってのもいいですけど、一年寝て過ごし、次の一年は人間をからかって過ごすなんてのが風流だと思います。
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この回答へのお礼

寝て、起きたら知らないところにいたって言うのは、妖怪ならできそうです。
桃源郷の世界観が、妖怪にはありえる。
妖怪は風流。
ホントにそうだと思います。
夜は墓場で運動会なんて、すばらしいセンスです。
>夜な夜な人間の女性といけないことをしてるか、献血して人類との融和、共存共栄を目指します。(漫画のまんまか?)
 
なんておいしくて友好的な妖怪だ!
ありですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/16 10:50

そうですねえ、私は色んな所に行って過ごしたいですね。



飛行機を無賃乗車しまくって、世界一周を100年くらいかけてやります。
もちろん食糧も水も荷物も何もいらないし、
現地の言葉がわからなくても宿がなくても困りはしない。
それから、観光地で少しだけ体を透かして心霊写真に写りこむとか、
ラクダにコショコショして、乗ってる人を振り落とすとか。
楽しそうだと思いませんか。(いや、振り落とすのはまずいか)

夜は、お月様とおしゃべりしたいですね。
「今日もお美しいですね!46億年前から相も変わらず」とか(笑)

妖怪に出来て人間に出来ない生き方、
それは食糧の要らない生き方でしょう。
そして、孤独でもやっていける。食糧が要らないんですから。
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この回答へのお礼

妖怪は、結構リアルに肉体を持っていて、旅先でいろんな妖怪にあえるのだと思います。理解可能な奴から不能な妖怪まで。
>楽しそうだと思いませんか。
かまいたちあたりがやりそうですね(笑。
>飛行機を無賃乗車しまくって、世界一周を100年くらいかけてやります。
 
一反木綿と友だちになって、それに乗っていきましょう(笑。
妖怪仲間も、人間の仲間のように、楽しそうです。
フレンドシップと言うのは、妖怪にもあるのかもしれませんが、義理と言うのはなさそうですね。
フレンドシップには自由と理解がありますが、義理にあるのは束縛と裏切りかな?という風に思います。
>そして、孤独でもやっていける。食糧が要らないんですから。
 
案外そうかもしれません。獏のように、夢を喰っていればいいという奴もいるし。食料はいらなくても、食事はありそうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/16 10:45

私は、実は、水木原理主義者(荒俣宏と同類)なんですが。


 私は南の島で、一億年中、グーグーハンモックの上でのんびりして、たまに猫に化けて、集会を開き、夜には虫たちの相談にのり、あるときは植物と討論を戦わせたり、南方熊楠や昭和天皇と一緒に粘菌について語ったりしたかった。

 最後は、仙人に説教をして、56億年ぐらい一休みしたら、ねずみ男と一緒に人間界を冷やかしにいったりしたいものだ。
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この回答へのお礼

猫に化けると言うのが、いいですね。
虫と話すのも憧れだ。
幸せな妖怪の生き方を、すこし感じました。
ありがとうございます。

お礼日時:2003/05/16 09:56

水木しげるの傑作短編に「夢の食糧」というものがあります。



時代はどうも江戸の頃。眼鏡をかけた出っ歯の三角頭という水木漫画ではおなじみのあの男は、貧観(ひんかん)という名で絵描き。

 貧観:花さき、鳥うたう春だというのに、
    どうして俺はこう、あくせく働か
    ねばならないのだ…

町を出て、人家も果て、鬱蒼とした、それこそぬりかべでも出てきそうな森に入ってしばらく歩いた頃、小さな庵が貧観の前に姿を現わす。それが彼が目指したねずみ男の庵である。

 貧観:先生
 ねずみ男:なんだ貧観か
 貧観:俳句はまだ、できてませんか
 ねずみ男:ひるねでも、してゆけよ
 貧観:それで俳句はできてないのですか
 ねずみ男:あくせくするな、まあ上がれ
 貧観:こまりますなあ、
    先生の俳句ができないと、
    絵が描けないじゃありませんか
 ねずみ男:ははは
 貧観:なんです
 ねずみ男:笑ってみただけだ

妖怪にできて人間にはできない生き方は、これでしょう。貧観に、なぜ「働かずにくらして」いけるのか、と問いただされたねずみ男は、「自分で食糧を生産している」と答え、謎の粉末を見せます。それは「飲むと糞が無臭になる」薬で、ねずみ男は、その薬によって脱臭された自分の糞を食べて生活していたのです。ただし、一ヶ月に一回は食事をとらなければいけないそうで、無限循環とはいかないようですが。

まぁ、その粉末があれば、人間でもねずみ男のような生活が送れるわけですが、しかしその粉末自体水木しげる的な妖怪的価値をぱんぱんに詰め込んだ珠玉のオブジェと言えるでしょう。妖怪であったらというか、水木ワールドの住人であったら、そういう生き方をしたいです、僕わ。最後にねずみ男の名台詞を一発。文芸社から出てる妖怪名言集から。

 ねずみ男:けんかはよせ
 やくざ:なんだと!
 ねずみ男:腹がへるぞ
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この回答へのお礼

専門家!?(笑。
詳しい回答をありがとうございます。
 
 ねずみ男:けんかはよせ
 やくざ:なんだと!
 ねずみ男:腹がへるぞ
 
なんて糞食らえなんだ(笑。
腹が減るから飯がうまい。お前も食っちまうぞ!ねずみ男! 
そういえば、ねずみ男って臭いんでしたっけ?(笑。
もしそうなら、喰えない奴だ。
楽しい回答をありがとうございます。
>妖怪であったらというか、水木ワールドの住人であったら、そういう生き方をしたいです、僕わ。
 
結構使えそうですね。その粉。「糞食らえ!」を放った相手がマジで糞食って生きてたら、かなり面白い。
霞を食べて生きる仙人に近いものがありますが、俺は、うまいの?それ(霞)?っていつも思います(笑。結構うまいのかもしれません。
 
糞を喰う動物も実際にいるので、糞を喰えないと思うのは、結構おかしなことかもしれません。堆肥にしたら、糞喰らってるようなもんだし(笑。
楽しかった。
ありがとうございます。
ま、ま、糞食いネェ。
これ、面白いですね。

お礼日時:2003/05/16 10:11

>人間にまぎれて暮らしますか?


>夜には本性を現しますか?

妖怪たちは、実際まぎれて暮らしていますよ。
夜に限らず、昼間から出没しています。
私は職場その他で、生きているお化けをたくさん見てきたので、死んだお化けなんて可愛らしいものだと思っています。
政界、官界などにもたくさんいますよね。ayamatiさんの周辺にはいませんか?

そういうお化けでなく、鬼太郎さんのような愛すべき妖怪さんがいたら、是非おつきあいしてみたい!

ちょっと脱線しちゃいました。ごめんなさい。
もし私が妖怪になったら、やっぱり人間にまぎれて、人間を振り回してみたいです。
特に妖怪ならではの力を発揮して、悪い人間を懲らしめてやりたいですね。
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この回答へのお礼

>そういうお化けでなく、鬼太郎さんのような愛すべき妖怪さんがいたら、是非おつきあいしてみたい!
 
ラブレターなら、妖怪ポストにどうぞ(笑。
そういえば、あのポストも妖怪なんでしたっけ?
>特に妖怪ならではの力を発揮して、悪い人間を懲らしめてやりたいですね。
 
いうこときっかな~いわぁるい子は~♪
妖怪にお仕置きされます。
悪い妖怪には、誰がお仕置きするんでしょうか?(笑。
>私は職場その他で、生きているお化けをたくさん見てきたので、死んだお化けなんて可愛らしいものだと思っています。
 
最近は、妖怪も人間も、住みにくい世の中になったものだと、水木さんは言っていました。第三の、知性ある種族がいるのかもしれません。妖怪、人間、誰だ?
ありがとうございました。

お礼日時:2003/05/16 10:35

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