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1、あんなに長い髪の毛(女性)では抜けた毛が室内に
いっぱいあったのかな?

2、絵から見るとサラサライメージが強いけど、滅多に洗わなかった
のでもっとベッタリしていたのかな?

3、あの着物で外で遊ぶ様子をあさきゆめみしでみたのですが
重いし裾が汚れてしまうのでは?常に引きずってるのでかなり
汚れると思いますが....。


と、疑問はつきないのですが....。
私の髪はロングですが結構抜けた毛が掃除すると出てきます。
長さがあるので多く見えてしまうのかもしれませんが、あの長さで
あれだけ一部屋に集まっている様子を見ると、掃除大変だろうな.....と
勝手に想像してしまいました^^;

1年に数回沐浴するぐらいだと、(洗髪だけする事もあったみたいですが)
頭皮のアブラがかなり出てあんなサラサラじゃないですよね....。

それとあの着物では裾が汚れてしまって仕方ないと思うのですが
当時は気にしていなかったのでしょうか?

かなりくだらない質問ですが(汗)ご存知の方、詳しいサイトなどが
あったら教えてください。日常生活の抜け毛は探しても見当たらなかったです....。
(カツラがあったのは知っています。)

あの固いタタミベットみたいので冬も寝たのか.....など
ほんと疑問はつきませんね。

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A 回答 (2件)

すみません、根拠になるサイト、書籍を知っているわけでは


ありません(人に聞いた話や個人の記憶が主です)。
あくまで参考程度になさってください。

1.あくまで推測ですが、あの時代の女性、ひきずるほど長い髪を
伸ばしている女性は圧倒的に運動量が少なかったと思います。
私自身は抜けた髪が部屋中に・・となる時は、たいがい部屋の
なかで運動量が多いとき(そこそこ動いているとき)という
ふうに記憶しています。ですので、長い抜け毛が部屋中に・・
というふうにならないのではないでしょうかね・・。
仕えてる女房も髪が長いことを考えても、
やはり現代人のようには運動しません。なにしろ歩くことが
なく、やむをえず移動するときは膝を使った・・ということ
ですから・・。
少なくとも宮中では
毎日のように掃除も行われていたようですし
部屋が抜け毛でいっぱい・・とはならなかったのではないでしょうか?

2.はい、べったりしていました(笑)
江戸時代頃までは髪油を使っていましたから・・。
江戸時代の人が髪油を使うのは結髪のためが大きかったようですが
平安時代や中世の人は髪のケアと汚れ取りのために使ってました。
中世の人が椿油を使っていたのはたしからしいのですが
(屋敷跡に椿の木を植えた痕跡がある・・自家製椿油を作るため・・
椿油を髪に梳きこむと髪が汚れにくくなり、傷みにくくなったとか)
平安時代は謎です・・。しかし、髪油を使って櫛で髪をすき、
汚れをとることを日常的におこなってました。
そしてよい日を選んで洗髪しました。
(個人的には入浴も結構してたんじゃないかと思っていますが・・
今のところ証拠が見つかりません。お香が匂い消しなんていいますが
麝香のような強い香りを貴族は使ってませんし、想像するほど臭くは
なかったのではないでしょうか・・・)
現代のようなさらっさらの髪でなかったことはたしかです。

3.>あの着物で外で遊ぶ様子をあさきゆめみしでみたのですが
重いし裾が汚れてしまうのでは?常に引きずってるのでかなり
汚れると思いますが....。

それは子供ですか?大人ですか?

子供(童女)であれば「あこめ」という身丈くらいの
長さの衣だと思いますのでほとんど裾はつかないと思います。
大人の女性なら裾をはしょるでしょう。もしあさきゆめみし・・
でそうなってなかったならそれは漫画上での演出だということに
なると思います。
平安の装束に限らず、日本のきものは「対丈」(身長ぎりぎりの長さ)か
「裾引き」で着られる時代が長く、おはしょりをして着るのが
一般的になったのは明治から大正にかけての時代ですので
家のなかで動いて裾が汚れたりすり切れることには皆頓着しなかったと思います。
そういうものだ、という感じで。今でも裾引きで着る着物も
ありますよね(芸妓さんの正装、舞踊衣装、花嫁衣装など)。
ヨーロッパでもドレスは引きずるほど長かった。足を出すのが
はしたない、裾を短くして活動しなくていいくらいに裕福で
身分が高い境遇だ、そういうことを表したいんでしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答誠にありがとうございます。
また、お礼が大変遅れてしまい申し訳ありません。

>やむをえず移動するときは膝を使った・・ということ
ですから・・。

これはどれだけめんどくさがりやなんだ....と思いますよね。^^;
まああれだけ着込んで髪が長いとこういった行動になるのは
わかります。しかし、本当に不健康な生活ですね。

髪の毛は私はドライヤーをかけると結構抜けます。
毎日掃除しないと結構たまるのではないでしょうかね。
特に一部屋に何名もいたような大部屋では。
私も毎日掃除してほしいです(笑)

沐浴についてはあるサイトで見たのですが....。
「この頃は入浴するっていう習慣がなく、平安貴族たちは五ヶ月に
一度だけ沐浴をするだけだった!さらに沐浴の日にも吉兆があって、
どうやら五月一日の朝に沐浴すると長生きできるとか、わざわざ占い師に
来てもらって○月○日にあそこにある家で沐浴しろとか、大変な騒ぎだったらしい」

確かに証拠はないのでこれが正しいかどうかはわかりませんが、
あの髪では沐浴も大変だったでしょうね....(汗)なかなか乾かないでしょうし...。
匂いもすごく気になる所ですね。

着物に関しては漫画が手元にないのでちょっと忘れてしまいましたが、確かに
大人の女性があの着物で遊ぶのは厳しいですね。大人の女性が外で雪を見ている
場面もあった気がしますが.....。
あさきゆめみしは結構小説に忠実にそったマンガとされていますが、紫式部のフィクションでも
(モデルはいるというのが有力みたいですが)光源氏の行動にはポカーンとしましたね。^^;

とても興味深いご回答をありがとうございました。

お礼日時:2009/12/03 17:12

こんにちは。


私は、自称「歴史作家」です。

>>1、あんなに長い髪の毛(女性)では抜けた毛が室内にいっぱいあったのかな?

宮中とまではいかなくとも、公家を例にとりましょう。
高貴な女性に仕える「女官」もいましたが、「端(た)女(はしため)」と呼ばれる「召使(めしつかい)」の女性がいて、掃除や洗濯をしてくれていましたので、けっこう室内は綺麗に保たれていました。
従って、髪の毛が落ちても、毎日、掃除がされていましたので、綺麗でした。

>>2、絵から見るとサラサライメージが強いけど、滅多に洗わなかったのでもっとベッタリしていたのかな?

そうですね。絵巻などではサラサラの髪のように描かれていますが、「椿油」または「キャラ油」で「整髪」と「匂い消し」をしていて、かなり、あなたの言われるようにベタベタでした。しかし、日課として、「櫛」で髪をすいて汚れを落としていました。
櫛で髪をすくことで、ある程度は、髪が固まることなく、パラパラとなりました。

>>3、あの着物で外で遊ぶ様子をあさきゆめみしでみたのですが重いし裾が汚れてしまうのでは?常に引きずってるのでかなり汚れると思いますが....。

そうですねぇ。
子どもでしたら、NO1.の方が言われるように短い着物で「衵(あこめ)」と呼ばれ、「汗衫(かざみ)」と「表着(うわぎ)」との間に何枚も重ね着をしました。
ただし、少女も19歳で女の元服をする前の女性であると、外で遊ぶ時は、「袴(はかま)」を着用しましたので、自由にとはいかなくとも、まあまあ外での遊びはできました。
汗衫:
http://www.kakur.eek.jp/toki023.html
表着:
http://www.yusoku.com/omotegi4.html

また、女の元服(19歳)を過ぎると、高貴な女性ほど外では遊ばなくなり、もっぱら、室内で「貝合わせ」や「百人一首」、さらには、三方の上に小さな台を置き、その上に「杯(さかずき)」や「扇」などを置き、1m位離れたところから、別の扇を開いて飛ばし、三方の上の品物に当てる「扇投げ」などに興じ、外で遊ぶのは「はしたないこと」とされていました。
高貴な女性は、ご存知のように「十二単」でしたが、中流から上流の女性は小袿(こうちぎ)姿が一般的でした。
小袿:
http://www.kimono-japan.co.jp/jidaiisyo/11.html

どうしても、外で遊びたい場合は、「袴」を着用しました。
それも、神社の巫女(みこ)さんが着用するような、裾が開いたものではなく、足首のところで縛るような袴、つまりは、男性の狩衣(かりぎぬ)の袴のようなものを着用しました。
狩衣:
http://www.kariginu.jp/kikata/1-5.htm

>>1年に数回沐浴するぐらいだと、(洗髪だけする事もあったみたいですが)

この出処は何でしょうか?
高貴な女性も庶民も、だいたい、1週間に1度位は風呂に入りました。
昔は、桶に入る風呂もありましたが、もっぱら、「蒸し風呂」が主流でした。この時着用したのが「浴衣」でした。汗をかいて、それを浴衣で身体の垢や汚れなどを拭き取りました。
また、桶に湯を入れての入浴もあり、「黒もじ」と呼ばれる木の葉を入れて入りました。
「黒もじ」とは、現代では主に「高級つま楊枝」に加工されている木の皮がついているものです。
この「黒もじ」は香りも良く、また、殺菌効果もありましたので、公家や上流階級では「入浴剤」として珍重されました。
しかし、総じて、昔の女性(特に公家などで)は、皮膚病も多く、けっこう「カイカイ」だったのです。

髪は1ケ月に1回位は洗髪をしました。
その後は、3日もすると髪も匂ったりしますので、高級な女性では「伽羅(きゃら)油」を整髪剤として髪に付けていました。

庶民は、「椿油」が良い方で、それ以下の人は「五味子(ごみし)」と呼ばれる匂いの強い整髪剤でした。
五味子とは・・・モクレン科の植物で赤い実を葡萄のようにつけています。酸味が非常に強く苦い。実や茎から、やや「ネバネバ」した汁が採れる。また、整髪剤だけではなく、実は乾燥させて腎臓や肺臓の薬として用いられました。
五味子:
http://hanatya.pekin-hien.net/gomishi.html

>>あの固いタタミベットみたいので冬も寝たのか.....など

昔は蒲団は高貴な人しか使用できませんでしたので、畳の上に直に寝て、自分の着ていた衣類を掛け布団代わりにしていました。
また、畳と言っても、現代のように厚さが5cm位のものは、江戸時代後期からです。それまでは、茣蓙(ござ)に2~3cmの厚みをしたものでしたので、さぞかし、朝起きた時、
「あ~あ、首が痛てぇな~。背中が痛てぇな~」
だったと思いますが、昔の人は、それに慣れてしまっていたのでしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答誠にありがとうございます。
また、お礼が大変遅れてしまい申し訳ありません。

>「端(た)女(はしため)」と呼ばれる「召使(めしつかい)」の女性がいて、
掃除や洗濯をしてくれていましたので、けっこう室内は綺麗に保たれていました。

そうなのですね、私も掃除してほしいです(笑)
髪が長いと数本でもけっこう量が出るので、あれだけ長い髪では掃除したとき
出る髪は相当だっただろうな、と想像していました。

絵や漫画などではもうサラサラに書かれていますが....やっぱりそうですよね....^^;
しかもかなりの重さでしょうから、首も凝るでしょうね....。大変です。

URL興味深く拝見しました。子供用の着物でも遊びにくそうでちょっとかわいそうに
思えてしまったりします...。窮屈な服が苦手な私はこの時代にタイムスリップしたら
暮らせそうにありませんね(汗)

沐浴についてはあるサイトで見たのですが....。
「この頃は入浴するっていう習慣がなく、平安貴族たちは五ヶ月に
一度だけ沐浴をするだけだった!さらに沐浴の日にも吉兆があって、
どうやら五月一日の朝に沐浴すると長生きできるとか、わざわざ占い師に
来てもらって○月○日にあそこにある家で沐浴しろとか、大変な騒ぎだったらしい」

>高貴な女性も庶民も、だいたい、1週間に1度位は風呂に入りました。
そうなんですね!一週間に1回は入れればまあ何とか清潔は保たれていたのですかね。
でも皮膚病があったのですね。あの通気性の悪そうな重ね着ではなりそうですね....。

あのタタミベットみたいのは、夏はいいですが冬は寒いでしょうね....。
それでなくとも寝殿造りの屋敷は寒いでしょうに......。
慣れ、なんでしょうね。布団のある現代に感謝です。

一度タイムスリップして平安時代に言ってみたい物ですが、暮らすのはちょっと
勘弁....ですね....。雅に見える生活ですが私には無理そうです^^;

ありがとうございました。

お礼日時:2009/12/03 18:18

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Q平安時代の女性の髪の毛の重さはどのくらいあったのか

いつもお世話になっています。困って困って、最終的にここを頼りにしています。

さて、今回は、「平安時代の女性の髪の毛の重さ」です。
(1)あそこまで長い髪の毛の重さはどれくらいだったのでしょうか。

(2)また、絵に描かれているような長さになるまでに要するおおよその年月

をご存知の方がいらっしゃったら、是非教えていただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

重さは計ったことがないので分かりませんが・・・
(人によって量も違いますし)

さすがに絵にあるほど伸ばしたことはないですが、中学入学時におかっぱ状態で、年に数回切り揃えていましたが、高校2年には、座ると床につくかどうかぐらいの長さがありました。

もっと長い友人もいましたが、10年ほどで身長と同じくらいにはなるんじゃないでしょうか。
(手入れのために多少切っても)

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昔は直毛の人ばかりで天然パーマの人はいなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

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http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=438967
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