今だけ人気マンガ100円レンタル特集♪

外国人ビジネスマンンにボランティアで日本語を教えている者です。

今回も、「連語」で困っております。「機能語」であれが、いくつもの
テキストがあります。「連語」の場合、良質な辞書をいくつも紐解く
必要があります。残念ながら、僕にはその力がありません。

申し訳ありませんが、以下三つの「連語」と思われる表現を、
うまく、その外国人に教える方法をご教授願えないでしょうか。

1)~の上からも

・今日我々が、いかに原子力に頼っているかは、
[数字の上からも]明らかである。

2)~であろう

この表現はよく出てきます。

・技術開発が進むにつれて、原子炉の安全性は
確かに増す[であろう」。

3)~が問われている

・未来のために地球を守ることは、現代に生きる我々
「が問われている]大きな責任なのである。

以上、三つにつきまして、例文を交えて、ご説明いただけ
ないでしょうか。その外国人ビジネスマンは、あくまで
上級文法として、以上の連語(?)を理解したがっています。

それにしても、何故、外国人日本語学習者のために「連語」に
ついての辞書がないのか、本当に不思議です、

機能語につきましては、「日本語能力試験」との絡みで
いくらでも参考書があるのですが。

なにとぞ、よろしくご教授願います。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

#3



> 3)~が問われている
>
> ・未来のために地球を守ることは、現代に生きる我々
> 「が問われている]大きな責任なのである。

●と・う【問う】〈他五〉
|(2)〔広い視野で〕人々に判断を求める。
|・「力量が―・われる」
|・「民意を―・う」
|(3)責任の所在・有無などを明らかにするためにただす。追及する。
|・「事故の責任を―・う」
|『学研現代新国語辞典』

|(2)真偽や価値を問題にする。
|・「罪に問われる」
|・「真価が問われる」
|・「責任を問われる」
|(3)多くの人々に判定を求める。
|・「世論に問う」
|『集英社国語辞典』

「問われている」=「判断を求められている」もしくは「真偽や価値を問題にされている」となりそうに思います。
    • good
    • 1

#2



------------------
●【だろう】
《断定の助動詞「だ」の未然形+推量の助動詞「う」》
断定の「だ」とは意味も接続も異なり、一語化が進んでいる。独立した助動詞ともする。
『明鏡国語辞典』
******
【接続】体言(に準じる語)、および動詞・形容詞・助動詞(「(よ)う」「まい」「だ」を除く)の終止形に付く。形容動詞・助動詞「そうだ」「ようだ」の語幹に付く。
『学研現代新国語辞典』
------------------
●【だろう】〔助動〕〈特殊型〉
|《体言および体言に準ずるもの(準体助詞「の」、格助詞・副詞など)、動詞・形容詞の終止形、動詞型・形容詞型助動詞の終止形に接続する。丁寧の助動詞には下接しない。》

|(1)一つの事柄を推量・想像する意を表す。
|・「大黒さまはだれ―」
|・「言えない―な、泣く―な」
|・「花嫁御寮はなぜ泣くの―」

|※ご質問には関係のない語釈ですが、後述文に関係があるので記載しておきます。
|(2)疑問の昇調イントネーションを伴って表現されるとき、
|相手に確認を求める意を構成する。
|・「そんなこといや―?」
|・「まるで夏みたい―?」

※指定の助動詞「だ」の未然形に推量の助動詞「う」の下接したものであるが、「だ」が体言系の語にしか接続しないのに対し、「だろう」は用言系にも下接し得るので、その広さをもって独立的に一つの助動詞と認めることができる。

形動型助動詞「そうだ」「ようだ」「みたいだ」の語幹、形容詞型助動詞「らしい」の終止形には、意味上、(1)の意においては「だろう」は下接しないが、(2)の関係構成にあっては下接する。

助動詞「う」「よう」による推量表現「風も吹こう」「昼から晴れよう」などは、現代語としてはむしろ、「吹くだろう」「晴れるだろう」というほうが一般的である。
「う」「よう」が意志や勧誘の意を表すことに限られていく一方で、「だろう」が推量・想像の意を表すように、分担が成立してきている。

「だろう」の遡源形としての「であろう」は、「だろう」より改まった形で、文章体に用いられる。丁寧体は「でしょう」。

連体形による「つばめの帰ってくるだろう日」のような言い方は日常的、一般的でなく、ヨーロッパ文脈の翻訳文体の感じをもつ。

「だろう」の実際の発音はダロの長音であるが、短呼されることもある。「泣いたらつばめが笑うだろ」
『集英社国語辞典』
*******************
であろう ―あらう
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/131331/m0u/% …
|〔「である」に推量の助動詞「う」が付いたもの。中世後期以降の語〕

|【である】〈連語〉
|《断定の助動詞「だ」の連用形「で」+補助動詞「ある」》
|『学研現代新国語辞典』
    • good
    • 0
この回答へのお礼

lyrics様

いつも、ご丁重に、しかも正確に教えていただき、
ありがとうございます。本当に助かります。

三件とも、すべて分かりました。相手が納得できる
説明ができると思います。

現在、使っております辞書は「例解新国語辞典」ですが、
やはり、複数の国語辞典の所有とそれらの使い込みが
必要だということがよく分かりました。

一方、「初級文法」を正式に勉強しておりませんので、
助詞、助動詞についての知識が不足していると痛感して
いる次第です。

「初級文法」の勉強を始めたいとは思いますが、また
難解な連語が出てきましたら、ぜひお教えいただきたいと
思います。

本当にお世話になります。ありがとうございます。

お礼日時:2009/12/05 09:56

こんにちは。


例によって引用ばかりで失礼いたします^^;
三分割になります。

外国人の方への適切な解説になっているかどうかわかりませんが、取りあえず関連項目を抜き出してみました。

> 1)~の上からも
>
> ・今日我々が、いかに原子力に頼っているかは、
> [数字の上からも]明らかである。

●【から】〈格助〉
|(11)《「から見て」「から言って」「からして」の形で》
|後に続く判断の根拠を表す。
|・「状況から見て、殺人事件だ」
|・「あの様子からして結婚は間近だ」
|『明鏡国語辞典』

|【から】
|(イ)原因・理由、判断の根拠、母胎となるものの状態。
|・「そういうこと―親しくなった」
|・「足音―わかる」
|・「暑さの折―お体大切に」
|・「信念―言うのだ」
|・「僕の涙で曇らせてみせるぞ男の意地―」
|(ウ)判断の立脚点・観点。
|・「私の立場―は何とも言えぬ」
|『集英社国語辞典』

●【も】〈副助〉
|同類の事物を付け加える。
|・「この店は安いし味―よい」
|・「君が行くなら僕―行く」

|※【表現】同類の事物の暗示を含むことが多い。
|・「今日―暑いね(「昨日」などを暗示)」
|・「家族のこと―考えろ(「仕事」などを暗示)」
|・「君―短気だな(他の話題の人などを暗示)」
|『明鏡国語辞典』

●【うえ】
|○N(名詞)のうえで(は)
|データや地図など書き表せるものを表す名詞を受けて、
|「その情報によると」という意味を表す。

|・「暦の上ではもう春だというのに、~」
|・「データの上では視聴率は急上昇しているが、~」
|・「その公園は地図の上では近くてすぐ行けそうに見えるが、~」
|・「間取りは図面の上でしか確認できなかったが、~」
|『日本語文型辞典』

これから考えると、

「今日我々が、いかに原子力に頼っているかは、[数字の情報によっても(他の情報も暗示)]明らかである」

のような言い換えになるでしょうか。


> 2)~であろう
>
> ・技術開発が進むにつれて、原子炉の安全性は
> 確かに増す[であろう」。

●【であろう】〈連語〉
|「だろう」の改まった言い方。
|・「後悔することになる―」
|・「迷惑―となかろうと知ったことではない」

●【だろう】〈連語〉
|(1)推量を表す。
|・「今ごろは紅葉がきれい―な」
|・「もうすぐ来る―」
|・「さぞ怖かった―」
|※【語法】婉曲な断定の意にも使う。
|・「これがいい―」
|・「このように言える―」

|※「であろう」例文二つ目
|(5)《「…―が」「…―と」などの形で》
|仮定を表す。仮に…でも。…だとしても。
|・「子供―が容赦はしない」
|・「雨天―と決行する」
|『明鏡国語辞典』

ご質問文の場合は「婉曲な断定の意」ともいえそうです。

#1
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

しかし、よく話の中で「あくまでも個人的な考えですが・・・」「あくまでも噂です」「あくまで一例です」「あくまでの話しです」などという風に使われます。このような文章中では「徹底的に」という意味ではないと思うのですが、どうなのでしょうか。

Aベストアンサー

あくまでも、という意味の「徹底的に」という所から転じて、「完全に」とか「中途半端ではなく(どこまでも)」という様な意味合いも持っています。


「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
完全に噂に過ぎません

「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
・・・すみません、この用法は聞いた事がありません。

Q日本語の文法について 「ものがある」という文法は~という感じがあるという意味ですが。「~ような感じが

日本語の文法について
「ものがある」という文法は~という感じがあるという意味ですが。「~ような感じがする」という文法と違いますか?「ものがある」はどんな場合で使いますか?
日本語を独学で勉強しています、日本語で説明するのもなんとかわかります。ご回答お待ちしています

Aベストアンサー

漢字がお解りだと説明しやすいのですが、この例はかなり広いと思いますし、曖昧でもあります。
「ものがある」という表現は「例外が有るから気を付けろ」、或いは羅列・箇条書きの最後に置き、
陳述を完結する意味もあります。つまり「Aに含まれるものにはB、C、……Mなどのものがある」。
本来は冗長で「Aに含まれるものにはB、C、……Mなどがある」が正しい、しかし使われる。
一方「~ような感じがする」は本来口語で、「私には以上の様な雰囲気が感じられる」という意味で、
論文では使い辛い、日本人それも、文章を書かぬと仕事にならない、作家、評論家、のみならず
全ての分野の研究者、法律家、法曹、官僚などは、この二つを置き換える事はし無いでしょう。

Q「目からうろこ」ってどういう意味

よくテレビを見ていると、(バライテー系の情報番組)アナンサー諸氏が「これが本当の”目からうろこ”ですね。」
と、コメントしている場面をみかけます。この
「目からうろこ」とは、どんな意味ですか?

Aベストアンサー

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてくるのですが、この9章は、イエス・キリストが死んでまもなくの、キリスト教がキリスト教としての歩みを始めた極めて初期の時代のことが記されています

アナニヤがサウロの上に手を置き、「イエス・キリストが、あなたのところに私をおつかわしになった」ということを告げたとたん、サウロの目が見えるようになったのです。このとき聖書は、「サウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び見えるようになった。」といっています。そしてここに、「目から鱗が落ちる。」という言葉の語源があるのです。

 サウロという人は、当時のユダヤ教の学者の中では一級の人物ガマリエルと言う人の弟子でした。そういった意味ではエリートと呼ばれるような立場にあり、自分の力と才覚でいろんなことを考え実行できる人であったと言えるでしょう。そのサウロが、人生の一大転機の時に視力が奪われ、人に手をひいてもらい、自分の力ではなく他人に頼らなければ何事もできないということを経験するのです。まさしく、人間の能力や力の限界といったものを経験したのです。

それは、厳格なユダヤ教徒からキリスト教徒になるという、信じる内容の変化だけでなく、自分の力と才覚によりすがって生きていく生き方から、自分の力と才覚の限界をしって、ただ神によりすがって生きていく生き方へと目が開かれていく転換でした。その境目に「目から鱗のようなものが落ちた」のです。
 そういった意味では、「目から鱗が落ちる」ということの本当の意味は、人間が自分の力や才覚を誇り生きていくような生き方ではなく、自分の限界や無力さを知り、神に頼るということに気がつくということなのかもしれません。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/mitaka-christchurch/scales.html

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてく...続きを読む

Q「~上で」と「~あとで」の文法的説明は?

外国人に日本語を教えるバイトをしているのですが、説明に困ってしまい、どなたか教えていただけませんでしょうか?

「~上で、上の、上では、上でも、上での」という「上」と「~あとで」「~のちに」の違いを文法的にどのように説明すればいいのでしょうか?
例文としては、

・文法を勉強した上で、初めて新聞が読めるようになる。
・よく考えた上でのことです。

とテキストに書いてあります。
確かに「よく考えたあとで」とはいわないのですが、それを外国人にどう説明すればいいのかわかりません。

Aベストアンサー

「~上で」の意味は
…したのち(あとで)
だけではなく

…の結果として
という意味だったり、
そのニュアンスを含んでいます。

Q「通して」「通じて」の使い方

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通して広報活動を行います!

ネットユーザーにOKWebをよりよく知っていただくため、年間を通じて広報活動を行います!


どちらが正しいですか?

同じのような気がするのですが、どういう違いがありますでしょうか・・・

Aベストアンサー

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「年間を通して広報活動を行います」→これからの1年間全体にわたって、順次、継続的に広報活動を行っていきます、というニュアンス。1年間、継続する主体は発言者である、という意図が強い文。
「年間を通じて広報活動を行います」→「広報活動を行います」という他動詞表現でありながら、行為者の主体性が希薄な文になっており、広報活動というものが年間を通じて存在している、というニュアンスの強い文。「通じる」が自他兼用動詞であることも関係しているのかもしれません。
端的には、
「通して」→行為者に重点を置いた表現。
「通じて」→広報活動に重点を置いた表現。
このように捉えることができるでしょう。
よって、意気込みを示す意味では、「年間を通して広報活動を行います!」のほうが自然だと、わたしは感じます。
「通じて」は、「年間を通じて広報活動が行われる予定です!」のような表現の中で使われるほうが適していそうです。
  

「通す」は、下記辞書の、
4(イ)全期間、また、全体にわたってする。「夜を―・して話す」「書類に目を―・す」
という用法に該当すると思います。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/157292/m1u/%E9%80%9A%E3%81%99/

「通ずる(通じる)」は、下記辞書の、
6 (「…を通じて」の形で)
(ア)全体に及ぼす。包括する。「一年を―・じて暖かい」「全国を―・じて流行する」
という用法に該当するでしょう。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/146333/m1u/%E9%80%9A%E3%81%9A%E3%82%8B/

両者を比較すると、
「...続きを読む

Q「…おきに」と「…ごとに」の違いを教えていただけないでしょうか

 『日本語文型辞典』によりますと、「おきに」について次のような説明がのせてあります。

(1)大学行きのバスは10分おきに出ている。
(2)この道路には10mおきにポプラが植えられている。
(3)この薬は二時間おきに飲んでください。
 以上の例文のように、時間や距離の軸上の点を意味する場合は、「ごとに」と置き換えられる。ただし、1という数の場合は、次の例のように「おきに」を「ごとに」変えると意味が変わる。
(例)一年おきに大会が開かれる。(2年に1回)
(例)一年ごとに大会が開かれる。(1年に1回)

 ここでお伺いしたいのは、「おきに」と「ごとに」の意味が違うのは1という数の場合だけでしょうか。例(1)~(3)の場合は「ごとに」に置き換えても意味に何の変わりもないですか。そうだったら、「一年おきに」と「二年おきに」の意味が一緒になるのではないでしょうか。
 わずらわしいですが、どうか教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

「Nおきに」(Nは数量)というのが、「Nごとに1回」なのか「(N+1)ごとに1回」なのかを明確に決める文法上のルールはないようです。

 単位によって違うのだとか、数によって違うのだとか、連続量(アナログ)と離散量(デジタル)で違うのだとかいろいろ説明できますが、どれも決め手に欠けます。

「2年おきに」は「2年に1回」かもしれないし、「3年に1回」かもしれません。

~おきに
といわれたら、聞き返したほうがよいと思います。
人によって意味が異なるからです。

(例1)
Aさん「この行事は、来年から2年おきに行います。」
Bさん「3年に1回ということですね?」
Aさん「いえ。2年に1回です。2年ごとに開催します。」

(例2)
Aさん「5分おきにベルを1分間鳴らしてください。」
Bさん「5分に1回鳴らせばいいのですね?」
Aさん「いえ。1分鳴らしたら5分休みます。6分に1回鳴らすということです。」

何かの文書に書いてあって、聞き返すことが不可能な場合は、残念ながら本当の意味は不明のままになるかもしれません。

自分が使う場合は、「~おきに」は意味が明らかな場合以外は避けたほうがいいと思います。
「~ごとに」とか「~に1回」を使うのがいいでしょう。

http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qa_02100101.html
研究中らしいですね。あいまいな表現は避けようという内容です。

http://allabout.co.jp/auto/carmaintenance/subject/msubsub_9.htm
「2年おきに」を2年に1回という意味で使っています。

http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/suidou/ryokin/keisan.htm
「水道料金は2か月おきに下水道使用料といっしょに請求いたします。」とありますが、3か月に1回でなくて、2か月に1回請求されるはずです。

「Nおきに」(Nは数量)というのが、「Nごとに1回」なのか「(N+1)ごとに1回」なのかを明確に決める文法上のルールはないようです。

 単位によって違うのだとか、数によって違うのだとか、連続量(アナログ)と離散量(デジタル)で違うのだとかいろいろ説明できますが、どれも決め手に欠けます。

「2年おきに」は「2年に1回」かもしれないし、「3年に1回」かもしれません。

~おきに
といわれたら、聞き返したほうがよいと思います。
人によって意味が異なるからです。

(例1)
...続きを読む

Q「これでもかというほど」の使い方を教えていただけないでしょうか。

 日本語を勉強中の中国人です。「これでもかというほど」はどういう意味でしょうか。辞書で調べても載っていません。ネットで検索してみたら、このフレーズが使われた文をたくさん見つけましたが、文と合わせて見てもやはり理解できません。「これでもかというほど」の使い方を教えていただけないでしょうか。

 また、質問文に不自然なところがありましたら、ご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー


「これでもかというほど△△」は、
『これでもまだ不足か、いや△△までやれば十分だろう! 』
という反語的ニュアンスですね。

なぜ反語を使うかと言えば、
『予想を上回るほど程度が大きい』ことを強調したいからではないかと思います。
(ex)
a.今年は暖冬だと喜んでいたら、昨日はこれでもかというほどの大雪になった。
b.招待されて友人宅へ行ったら、これでもかというほどのご馳走でもてなされた。

相手が満足していないようなので、それに腹を立てている場合にもよく使われます。
(ex)
c.刺身が食べたいとうるさいので、今日はこれでもかというほど刺身を買ってきた。
d.風呂がぬるすぎると大声で文句を言うので、これでもかというほど熱くしてやった。
(昔の五右衛門風呂などに「まき」をくべる場合を想定してもらえばわかりやすいかもしれません)

いずれにしても、△△という行為主体の、
「相手の予想を上回るような程度のことを敢えて行なう」という【悪意】を意図したものですから、
良い意味で使われることはありません。
「行為主体」とは、
a→天。
b→友人。
c→私。
d→私。
ということになります。
ただ、友人宅の例のように、異常な程度を面白おかしい表現として使用することは無論、可能です。


{ネットで検索してみたら、このフレーズが使われた文をたくさん見つけましたが、}
:完全な間違いとは言えないでしょうが、
「(検索して)みたら」は「試しに検索した」というニュアンスですよね。
必ず答えがある、という『確信があったわけではない』ということになりますから、
「見つけました」よりは、「見つかりました」のほうが自然かもしれません。
『ネットで検索してみたら、このフレーズを使った文がたくさん見つかりましたが、』(◎)
としたほうが良いかもしれません。

「道に迷ってしまったのですが、一番大きな通りを辿ってみたら、やっとあなたの家を見つけました。」より、
『道に迷ってしまったのですが、一番大きな通りを辿ってみたら、やっとあなたの家が見つかりました。』が自然に感じられるのと似ているように思われます。

「見つけました」を生かしたい場合は、
『ネットで検索して、このフレーズが使われた文をたくさん見つけましたが』(○)
などとするのが良いでしょう。


「これでもかというほど△△」は、
『これでもまだ不足か、いや△△までやれば十分だろう! 』
という反語的ニュアンスですね。

なぜ反語を使うかと言えば、
『予想を上回るほど程度が大きい』ことを強調したいからではないかと思います。
(ex)
a.今年は暖冬だと喜んでいたら、昨日はこれでもかというほどの大雪になった。
b.招待されて友人宅へ行ったら、これでもかというほどのご馳走でもてなされた。

相手が満足していないようなので、それに腹を立てている場合にもよく使われます。
(ex)
c.刺身...続きを読む

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q助詞「に」「は」「には」の使い分け

外国の友人から、
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
上記3つの助詞の使い分けについて質問を受けたのですが、よく説明できなかったんです。
この3つの言い方の違いを教えてもらえませんか?

Aベストアンサー

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないでしょうか。

 これを別の角度から見直すため、更に、この「薬<を>飲め」という文の結びつきを弱めさせて、ついでに順序も変えてみると、
1.この薬は、具合の悪い時は飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時は飲まないでください。
2.この薬は、具合の悪い時に飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時に飲まないでください。
3.この薬は、具合の悪い時には飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時には飲まないでください。
4.この薬は、具合の悪い時飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時飲まないでください。
用言に掛かる2と4番の場合が明瞭で、それに比べて3番は「飲め」とも「飲むな」とも両者いづれも可のような選択性が、そして1番はむしろ「飲むな」という逆接が、むしろ似つかわしいぐらいではないでしょうか。
3番は「この薬」にも「飲んでください」の何れにも掛かっているし、1番の方はむしろ「この薬」を取り立てているせいでしょうか。
下にもう一度、単純な例をあげてみました。 
困った時、この金を使え。  
困った時は、この金を使え。
困った時に、この金を使え。
困った時には、この金を使え。

この金は、困った時使え。 困った時使うな。 
この金は、困った時は使え。困った時は使うな。
この金は、困った時に使え。困った時に使うな。
この金は、困った時には使え。困った時には使うな。

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないで...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング