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野球のキャッチボールについて質問します。子供の頃から体育がだいの苦手でだいたい通信簿では1でした。その中でも球技が特に苦手。バレーとかは必ずあさっての方向に飛ぶし、サーブはまず入らないし。サッカーやバスケットボールはただ走っていただけで全然ボールに触れませんでした。

中学時代にバントボール投げは十メートルちょっとしかなげられすかなり悲しい思いをしました。
学校の体育になかったのと外遊びをしない子供だったので、野球は全くやったことがありません。
以前の職場で野球部ができて男性社員は強制参加と言われたときは真面目に退職しょうとしたぐらい嫌でした。

しかしながら、中年になってから体を鍛えだしていつも筋肉トレーニングと柔軟運動をするようになり、筋力は人並みぐらいになってきました。
でもやはり球技はトラウマです。

しかし先日小学校四年生の息子がキャッチボールをしてほしいと言い出し、そのときは、
「パパはキャッチボールやったことないから無理だよ。大人になってからだと空間把握ができるようにならないし、練習してもだめだから」

と言って一旦あきらめさせたのですが、やっぱり息子がかわいそうに思い一念発起して練習してみようと思いたちました。
しかしながらこの歳で全然出来ないのは恥ずかしく、それこそ近所の子供に馬鹿にされたら再起不能のダメージを負いそうです。

こっそりとキャッチボールができるようになる方向がありましたらご教授いただけると嬉しいです。そもそも40を過ぎてからキャッチボールができるようになるのは、可能なのでしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

企業で野球の強制、、、、これは



そもそも
USナイズドというものにおいて、フリーとかリバティとかの真逆を
どうレトリカライズしていくか、
これが日本の野球ですから、、、、、
やはり小遣い額を引き合いに、
子供からこっそりキャッチボールを教えてもらうのが
日本の善良なパパと言えるでしょう



参考URL:http://pushersdelite.spaces.live.com/ いずれ
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NO,4のtake6です。


なるほど、質問者さんの場合は
「我が子にありのままを見せるのは問題ないが、他人に見られるのに拒絶感がある」のですね。
男性の場合逆のパターンをよく見るので、少し勘違いしていた部分があったかもしれません。

でも、同じ文章になってしまいますが、
『ボールを投げるのが下手な大人は駄目な大人なのでしょうか?』
そんなことは無いですよね?
あなたは、他人に笑われようと恥ずかしがることありません。
笑う方は「なんであの人は大人なのに下手なの?」と笑うわけですよね?
そして、あなたの中にも
「(他人に対しては)大人だから投げるのが上手くなければならない」
というステレオタイプな認識がわずかでもあるのだと思います。
いいじゃないですか、下手だって。だって嫌いなんでしょ。

残念ながら笑った側には「いろんな人には得意不得意がある」ということを
実感する機会がなかったんでしょうね。

巷では、障害者や女性、セクシャルマイノリティ、人種など
さまざまな所から『平等』という言葉が耳に入ってくると思います。
個人的に思うのは、それらの“人権感覚”の素地となるものは、
子どもの頃に体験するもっともっと小さな事だということです。

まさにあなたが子どもの頃に受けた「球技ができないから馬鹿にされた」という出来事がそれです。
「みんな違いがあっていい」という社会であれば、
あなたも大人になるまでトラウマになるような辛い思いはしなくてよかったはずです。
(多少の摩擦が無いと人は成長しませんが、この場合は過度だったのだろうと思います。)

嫌いだったからやらなかったのだし、やらなかったから上手でないのは当たり前じゃないですか。
それを他人に笑われたからって恥ずかしがってしまっては、
相手のステレオタイプで貧相な価値観を認めているように見えてしまいます。
息子さんの目にだってそう映るのではないでしょうか?

パパなんですから、『自分』に自信を持ってください。
「自分の狭い価値観で、他人の不得意を笑ってはいけない」
それを息子さんに向けて体現できるのはあなたしかいないかもしれません。

キャッチボールをするのであれば、堂々と胸を張って練習してください。
笑う人がおかしいのです。
大人になってからチャレンジすることの素晴らしさを知らないのです。

どうしても、人前でするのが辛いのであれば、無理をしないでください。
辛い思いをしている父親を見るのは、息子さんも辛いはずです。
できれば、その辛かった子ども時代の話を息子さんにしてあげてください。
多様な人を受け入れられる広い心の成長に役立つかもしれません。
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すべての運動は、段階的に進歩していくものです。

運動嫌いの人は、ある程度完成されたものをすぐに求めたがります。運動に関しましては、すぐに結果を求める気が短い面があるのですね。人は同時に幾つもの動作は覚えられません。一つ一つの動作を段階的に覚えていくより方法はないのです。

キャッチボールは、いきなりお互いが離れてはじめるものではありません。まずは、お互いが向き合ってトス(下から投げる)を取り合うことから始まります。それから上から緩く投げ合います、さらに徐々に距離を伸ばします。ほとんど毎年のように甲子園に行くチームでさえも日々の練習のキャッチボールは進展が早いだけで上記の過程を段階的に進めます。

ご質問者さんも、まずは家の中で座ったままで向き合って素手でトスを取り合うことからはじめたら如何かと思います。次には立った姿勢でトスの取り合いを、更に距離はそれほど離さずにゆっくりと上から投げ合い、徐々に距離を伸ばしていってみて下さい。これが出来ましたらグラブを付けて全く同じ手順でトスから段階的に進め、何ヶ月か練習して家では無理な距離になりましたら初めて屋外でおやりになったらと思います。運動は気長にやることです。頑張って試してごらんになって下さい。
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質問者と回答者相互に行き違いがあったようです


著作権の発生侵害であるところの
犯罪助長に懸かる恐れも出てきました
以降セッションを希望するものとし
管理側に是非の確認を願い出てみたいと思います
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私もtake6さんのご意見に賛成です。



親子で同じことにチャレンジすることは、親子共々精神的に成長できるのではないかと思います。「子供よりも何をやっても親は上手いはずだ。」そんな権威主義的な気持ちがご質問者さんの心の何処かにないですか。恥ずかしいと思う気持ちは捨て去ったら如何かと思います。

私の妻は、とんでもない程の運動音痴です。しかし、キャッチボールからスキー等多くのスポーツを子供と一緒に楽しんできました。子供の目は確かですから下手か上手いかはすぐに見抜きます。子供の方が上達は飛躍的に早いですから「お母さんこうすればいいんだよ。」「今のは上手かったよ。」…

これらは子供の精神的な成長に大きく関わることだと思います。子供同士ならば下手な者を馬鹿にし、軽蔑する心が生まれるかも知れません。しかし、子供にとって家族はやはり家族です。あるがままを受け入れ、出来ないからといって軽蔑することなく、他を思いやる心の発育に効果があると思います。

是非一緒に遊んでやって下さい。そのことで親子共々精神的に大きく成長できることと思います。子供に芽生えましたその心は大人になっても続きます。いつまでもよりよい親子関係が気付けるのではないかと思います。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。
すいません、悩みがうまく説明できていませんでした。

私は権威主義って嫌いで、息子とは友達のように付き合っています。あそこまではいかないですけど、例えていうとちびまるこの家のひろしみたいなものです。結構ちゃらんぽらんな父親なんです。
子供に対して完全であろうということは思わないのですが、球技そのものがだめだというところが問題で、人がまったくいないところだったらまだできなくもないのですが・・・。下記にも補足させていただきましたので、もしよろしければ球技が嫌いを克服できるようなヒントを頂戴できるとうれしいです。

補足日時:2009/12/11 00:43
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隠れて練習しなくてもお子さんと一緒に上達していけば良いのではないでしょうか?


たとえば、「キャッチボールは苦手でこれまでやったことが無いから上手に出来ないけど、お父さんと一緒に練習して一緒にうまくなって行こう、それでいいか?」とか聞いてみて、それでもいいと言ってくれれば一緒に練習してみてはと思いますが、いかがでしょうか。
同じく息子をもつ身としては、出来ないから恥ずかしいではなく、一緒に何かやると言うことが大事なような気がします。
そのうち嫌でも息子さんの方が上手に出来ることがどんどん出てくると思いますし。
ちょっとさびしいですが(笑

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。

隠れたいというのが、息子にはでなくて近所とか、他人の眼ですね。私が運動できないのは息子もわかっていますので。
小学生ぐらいの頃は、運動・特に球技ができればヒーローで、できないとカスみたいなそんな雰囲気があったため、球技ができなかった自分としてはトラウマなわけです。問題はそのあたりにあるわけで・・・。

補足日時:2009/12/11 00:42
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私も子供の頃から野球は大嫌いでした。



街中から郊外に引っ越した先は、子供は学校から帰ると公園に集まって
先ずは野球という地域でした。
両親の教育方針でテレビを見せて貰えなかった私は、その頃絶大な人気を誇っていた国民的英雄である長島、王どころか野球の存在すら知らず全く理解出来ない世界でした。
40年前の小学生では珍種的存在だったかと思います。

打ったら一塁に走るなんてルールーも知らず、随分と馬鹿にされたもの
です。
それでも子供のコミュニティーに加わるためには野球が必須条件でした
ので嫌々ながらも必死に付いていけるよう子供ながら努力しました。


それが今では・・・ 今でも野球には全く興味がありません。
それでも人並みに運動神経はありますのでキャッチボールくらいは今で
も出来ます。

息子さんもいきなり100km超の速球を投げ込む超小学生級の本格派
右腕とわけではないと想像しますが、ご一緒に上手になるべく練習する
つもりで楽しめばいいではないですか!!
空間把握能力とかそんなレベルではなく、10mも離れてゴムボールを
使ったキャッチボールから始めればプレシャーも少なくすむはずです。

他の方もおっしゃる通りに、誰も今の自分の息子さんの父親を経験した
事がないはずです。
一緒に成長したり、物事が上手になっていくなんて素晴らしいじゃない
ですか。
家内の身体の事情で子供が作れない自分からすると羨ましい悩みです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます!
ものすごく心をうたれました。
最後の一文を読んだ瞬間に、なんだか非常に切なくて涙がこぼれそうでした。こんな慈愛に満ちた方にお子さんがいらっしゃらないということが残念でなりません。もし、お子さんがいらっしゃればこぼれるほどの愛情を受けて育ったに違いないだろうに・・・。

このご回答を読んだら、私の悩んでいることなど本当に些細なことというか、悩みのうちに入らない気がしました。
本当にありがとうございます。

お礼日時:2009/12/11 00:36

子どもとその親に関わる仕事をしております。



『子育て』って親がもう一度子ども時代にやらなかったことにチャレンジするチャンスだという側面もあります。

ですから、あなたが「我が子のために!」という名目でキャッチボールにチャレンジすることは
あなた自身にとっても新しい冒険だと思いますし、新しいことに挑戦する姿は
子どもに良い影響を与えると思います。

しかし心配なのは、その行為自体は素敵なことなのですが、
あなたが『父親である』というプレッシャーから
世間のステレオタイプな価値観に捉えられてしまっている事です。

父親とキャッチボールの出来ない男の子はかわいそうなのでしょうか?
ボールを投げるのが下手な大人は駄目な大人なのでしょうか?
息子とキャッチボールをすることの出来ないあなたは悪い父親なのでしょうか?

違いますよね?

出来ないことにチャレンジする姿はかっこいいですよね。
上手くいっても出来なくても、それは問題ではないですよね。
頑張っても出来なかったら「やっぱり父さんは苦手だな」と認められることも
「人には得意不得意があり、完璧な人間はいない」=自分らしさって大切
といった見本になるかもしれませんよね。
「キャッチボールは出来ないけど、お前のことは何より大切なんだよ」ということを
口に出す必要はないかもしれませんが、何かで伝えられれば充分じゃないかな?

パパとして頑張るのも大切ですが、あなたがあなたらしくいるのも大切です。

この回答への補足

ご回答ありがとうございます。
すいません。私の意図がいま一つ説明できていなかったようです。

私としては自分の子供よりできないことがあるということがいやだということは別にないです。権威主義とかそんなものは基本的には嫌いだし、子供とは遊び友達ぐらいでいいと思ってます。家ではかなりちゃらんぽらんにやってますし。
実際、パソコンのタイピングとかではもうかなわなくなりましたし(子供って上達が早いのに驚きます)

特に、やっているのを人に見られるのがすごく嫌です。
家族だったらまだいいんですけど、よその子供に馬鹿にされたりしたら最悪です。とか、よその人に笑われたりしたら恥ずかしくて死にそうです。
球技って得意な子供っていますよね。子供のころから球技がまったくできず、それで馬鹿にされたりとか、哀れまれたり、逆に励まされたりなんかしちゃうとすごくつらくて、そんな昔の心の傷がありますので、球技というものをすることを人前でしたくはないのです。

すいません、なので、ご専門ということですのでその観点からご教授いただけるとうれしいしだいです。

補足日時:2009/12/11 00:25
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キャチボールが駄目ならサッカーはいかがですか。


私は小学校の時太っていて運動が駄目で野球コンプレックスがありました。
中学生なりサッカー部に入り高校も続けました。

野球コンプレックスのトラウマは大人になっても続き子供とはサッカーしかやってません。
毎朝7時半から15分親子でパスを始め、小学2年生の頃からグランドに出てサッカー。
休みの日は近所の子を集めて午後から夕方までサッカー。
翌日は筋肉痛でした。
そんな生活が息子が中学2年になるまで続きました。

河合隼雄先生とう偉い方がいますが、登校拒否児とのカウセリングを始める前にキャチボウルをするそうです。
最初は登校拒否児かあらぬ方向にボールを投げるのですが、そのうちに河合先生の受け取り易い所にボールを投げるようになりカウセリングも終わりとなるという話しを聞きました。

親子のキャチボールは相手のボウルを受け止め、相手の取りやすい所にボールを投げるので心身ともの交流です。

無理してキャチボールをするよりサッカーのパスに代えたらいかがでしょう。
親子の交流という意味では同じです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。サッカーですか。サッカーのほうが確かにまだましかもしれません。
河合先生がおっしゃっていることは、よくわかります。
気遣いを養うという意味でキャッチボールはいいということですね。サッカーもやるかもしれません。
サッカーの緩いパスをする分には取りこぼしさないので、それなりにやれるように思いますし。

お礼日時:2009/12/09 22:17

義務はよくないでしょう


義務は

権利としてキャッチボールをさせるべきです

こんなところから
人間は大事なことを学び取っていくものです

すがすがしい
明日あたりその辺の空き地で
親子がキャッチボールをしている
天気など吹っ飛んでしまう
私はハンドボールなんて思い出したくもない
しかしキャッチボールなら問題ないでしょう

バスケットボールというものがあったようだ
いや
体操もいいだろう
このくらいにしておく
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。子供にとっては権利なのだと思います。
問題は親ですね。
楽しんでやるべきということですね。
楽しいと思えればいいのだけどなあ。二人とも毎回後逸して球ひろいかも。まあそれもまた風物詩かもしれませんね。

お礼日時:2009/12/09 22:03

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