キリスト教について色々と聞くのですが皆さんはどう思われているのでしょうか?
神様は実は何も人間に期待していないとか
キリスト教は戦いの神だとかいわれますがどうなんでしょう?

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A 回答 (6件)

宗教について人と議論したり人に聞くのはあまり意味がありません(結局満足する答えは得られないという意味で)宗教を求める気持ちがあれば既になんらかの宗教に関心があるはずです。

宗教をいろいろ比較して買い物をするかのように入信するものではありません。単なる知識として興味があるのなら参考書を読むべきです。

世界にはいろいろな宗教があります。
1.原始宗教
  多くの民族が古代からの宗教を持っています。日本の神道もそのひとつでしょ  う。
2.仏教
  インドで生まれた宗教。唯一の神を信じることよりも自らの悟りを重視する。
3.ユダヤ教 一神教
  唯一の神ヤハウェを信じる。イスラエル(ユダヤ人)の民を救うという教え。
4.キリスト教 一神教
  ユダヤ教から派生。キリストとはヘブライ語(ユダヤ人の言葉)で神が人類救  済のために遣わした者の意。それをギリシャ語でクリストと表現した。
5.イスラム教 一神教
  マホメッドがアラビアの古代からの教えにユダヤ教とキリスト教の教えを取り  入れ7世紀初頭に創立。現在は中近東、アフリカ、アジアと広く信奉されてい   る。

一神教は他の神を認めないので結果として戦いの神(どんな戦いをするかは別として)です。仏教は一神教に達する前に宗教として確立したようで、神の道を理解する道程を重要視するため、本人の悟りが一番で、ある神を信じないから駄目という
短絡した非許容な宗教ではありません。しかし、色々な派が生まれたため布教上の
戦いはあります。

万物に神(霊)が宿ると信じ自然を敬った原始宗教が一番純朴で戦いのない宗教といえるかも知れません。日本では縄文時代の宗教がそれです。キリスト教に興味があるのなら友人の言葉に耳を貸すことなく勉強すべきです。
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この回答へのお礼

少し前までとてもつらいことがあって励ましてくださった先生が
宗教についておっしゃっていたのと
宗教の小説を読んでよく分からなかったので
どうなんだろうという気持ちで書きました。

すみません。
そんな軽はずみで質問したわけじゃないのですが・・・。
結果的には軽はずみだったのかもしれません。

こんなに細かく書いてくださって感謝します。

お礼日時:2001/03/23 20:24

 キリスト教の神学的側面については素人のものです。


 私は歴史を勉強していますが、よく「キリスト教は一神教ゆえに好戦的で非寛容、日本は多神教で寛容…」という言説を見聞きします。が、歴史的には、そうとも言い切れないことも多いように思います。
 というのは、キリスト教は多面的に用いられる(こういう言い方をしてはまずいかもしれませんが)傾向があります。侵略や植民地化を正当化するのに用いられた一方、そうした侵略や原住民の抑圧を非難するためにも用いられる(ラス・カサスなどがそうですね)。アメリカでは黒人奴隷を支配するために奴隷主が聖書を利用した(右の頬をぶたれたら…というような部分でしょう)一方、奴隷たちは抵抗と希望のよすがをキリスト教に求め、反奴隷制派たちは奴隷制をキリスト教精神にもとるものとして非難しました。支配者にも抵抗者にも、侵略者にも平和主義者にも援用される、それがキリスト教が世界に広まった歴史的事情なのかもしれません。
 多神教=寛容というのも、歴史的文脈を抜きにしてはいえないようにも感じます。日本も、つい半世紀ほど前、恐るべき蛮行を行ったわけですし。
 神学的レベルでは、どうなのかはわかりません。専門の方に委ねたいです。ただ歴史的には、「キリスト教=○○な宗教」という普遍的な規定を超歴史的に行うのはちょいと難しいのでは…?と感じます。
 読んで気を悪くされた方がいたら、ごめんなさい。
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>それにしても神様っていっぱいいますね。


>結局は私たちが作り出したものなんでしょうね。
>信じて救われたいという気持ちが神様を作ったのかな?

この辺の疑問なら近代哲学の方が考察深いと思います。
ニーチェとか。

あと戦いの神云々に関しては、神が好戦的なのではなく
当時のヨーロッパ人が好戦的なだけだと思います。
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元々ユダヤ教はゾロアスター教から派生したものであり、同じくゾロアスター教から派生したバラモン教と同様に「二元対立論理」によって成り立っています。



ゾロアスター教は光(アフラ・マズダ)、闇(アンリ・マンユ)の対立であり、ユダヤ教では神と悪魔の対立です。
この2つは実質的に一神教(アンリ・マンユも神ではあるが立場としては悪魔である)であるため、「唯一無二の神以外で神と名乗るものは全て悪魔」という事になります。
これは、二元対立を多神教に新化させたバラモン教とは異なる新化です。
(バラモン教は多神であるがゆえに各神の信者同士の対立があるのですが)

対してキリスト教はイエスの説く「愛」に重きを置く宗教ですが、やはり旧約聖書の呪縛から逃れきれていないため一神教のエゴイズムが発生しています。
(ジョン・ミルトンの複楽園では諍いを否定しているのですが経典ではないので…)

別の見方をすると狩猟民族が信じる宗教はすべからく好戦的です。
これは限りある獲物を取り合う時に神の名において縄張りを主張したからでしょう。
日本の神道でも狩猟時代の神々は好戦的です。

「神様は実は何も人間に期待していない」これについてはパスです。
キリスト教徒なので神様の考えを想像するのはちょっと遠慮したいです。
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この回答へのお礼

御礼がずいぶんと遅くなってしまいました。
キリスト教徒の方だったのですね。
なんだかわざわざすみません…。

お礼日時:2001/06/18 17:46

一言でキリスト教と言っても時代や地域、宗派で違いが


ありますので一概に言うには難しい所です。

例えばルターの宗教改革で発生したカトリックとプロテスタントの
対立なんかは、聞いた事があるのではないでしょうか。

宗教戦争のイメージに付いて言えば、やはり十字軍ですが
これは相当エゲツなく残酷な事をしたのは確かです。

しかし、一方で十字軍がエルサレムに向かう途中に
東ローマ帝国に立ち寄った際、あまりの十字軍の
野蛮さに皇帝に追い出されたと言うエピソードがあります。

東ローマ帝国の皇帝 = 東方教会の主教 であり
法皇 = 西ローマ帝国の主教 であるのは知られていない事ですが、
こうしてみると、これも宗派と地域による違いであったと見て良いでしょう。

十字軍は西ローマ帝国の主教の権力によって送られたので
東ローマ帝国の主教が従う筋合いはなかったのです。

さらに当時の西欧世界では修道会や騎士団が法皇に
抗する勢力を持っていたので教義も一枚岩ではありませんでした。
一般的にキリスト教と言うと西ローマ教会(カトリック)を
指すのは仕方ない気もしますが・・・・。

内容が俗世間的になりましたが、神が人間に
何も期待していないと言うのも微妙な内容です。

自分を高める事で天国の門が開かれると言う自力本願な宗派もあれば
キリストが全ての罪を購うために死んだのだからその事実を信じれば
救われると言う他力本願の宗派もあります。

また、三位一体説では創造主の父なる神、聖霊、父の子キリストが
神として一つの物として考えられています。一体とはいえ
それぞれ性質が違いますして、父と聖霊が何かを期待している
様子はないです。(強いて言えば、父は自分を崇拝する事を求めています。)

ではキリストはどうかと言えば、人間を救済すると言う側面が
強調されているので、何かを期待しているのかハッキリしません。
ここまで来ると、聖書をどう解釈するかと言う問題になります。

個人的には個人の努力にかかわらず、救済の努力を
する神なのではないかと思っていますが・・・・。
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この回答へのお礼

こんなに書いてくださって感謝します。
なるほど、
歴史の流れによって宗教もかなり違っているのですね。

それにしても神様っていっぱいいますね。
結局は私たちが作り出したものなんでしょうね。

信じて救われたいという気持ちが神様を作ったのかな?
もう少しいろんな本を読んでみようと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2001/03/23 20:28

キリスト教は、絶対神であり、他を認めないと言う排他的な宗教です。

ヨーロッパなどの大陸社会は、民族同士殺し合いの歴史であり自分達が征服した多民族を皆殺しにするか、または皆殺しにされるかです。十字軍の戦いなどいい例でしょう。このため、民族の歴史から他を受け入れられないものとなっています。
転じて仏教などは、どうかというと東南アジアも日本も皆殺しと言う文化はありません。殺されるのはトップのみ。そのトップも許されてしまうことすらあります。どちらかというとみんなで仲良くやっていきましょうという、生き方の宗教です。
そんな、歴史的背景を考えながら、探ってみるといろいろ見えてくると思いますよ。
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この回答へのお礼

なるほど、
歴史的背景を考えながら見るとずいぶん違いそうですね。

お礼日時:2001/03/23 20:26

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