19世紀末の自由主義の変容について詳しくおしえてください

A 回答 (3件)

NO.2の続きです



・周辺工業国(露・伊・北欧・日本)は工業生産力を増大はさせていましたが主要工業国との差は依然存在しました
唯一露が20世紀に入り、ベルギーを抜き、仏に生産力で近づきますが、仏を始めとする多額の海外資本を輸入していました
日本も松方財政や日露戦争により外債が急増し第一次大戦前には金準備が枯渇しそれ以上の借款が不能になっていました

・工業界、農業界の圧力団体が組織され、不況により保護関税設定を政府に要求し各国とも保護貿易主義へ移行していきます
例)米のディングリ-関税法、仏のメリーヌ関税法等

・英のディズレーリやチェンバレンのような帝国主義政策を支持する勢力が台頭し独占的原材料供給・市場確保のための植民地獲得が激化しました

・労働界も組織化され社会主義政党が各国で組織され労働運動が活発化し
その懐柔策の一つとしてビスマルクが世界に先駆けて各種社会保険制度を整備し
各国も随時それに準じました
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はじめまして



1873年のオーストリア・ハンガリー発の恐慌をきっかけにそれまで自由貿易、政府不介入放任主義であった経済体制は変質し
保護貿易体制、帝国主義へ移行していきます
米独はいち早く不況から脱し工業生産力で英を抜きます(一人当たりGDPは英が世界一を維持)
英仏は完成品輸出より資本輸出に比重をシフトします

19世紀四半世紀での特徴をまとめますと
・19世紀の主要工業国(英・米・独・仏・ベルギー)の内、米独で大企業が次々登場します
米)GE、デュポン、フォード、GM、スタンダードオイル、USスチール等
独)ジーメンス、BASF、クルップ等
大企業は技術革新による大量生産を可能にし、経営陣も高度に組織化されました

・英は産業革命以来の中小企業が存続し技術革新がままならず軽工業を除き米独の後塵を拝します
仏は工業を皮革アパレル製品、流行品、食品工業等得意分野に主力を移しました
英仏両国とも資本輸出に力を入れ、仏の資本輸出の4分の1は対露に集中されました
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どこまで理解出来るかは不明ですが、



自由貿易
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1% …
当時のイギリスは関税が無い方がはるかに有利だったのです。

自由主義
http://www.geocities.jp/timeway/kougi-94.html

記載内容だけでなく、
経済的自由。個人の権利を良く分類し、(誰の権利か?)
各国の自由主義を良く「調べ上げる」る事でしょう。

これは各自が研究する分野だと認識すべきです。
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