gooの辞書によると「さびしい」の方が元からあった言語らしいのですが、「さびしい」と「さみしい」に使い分けってあるんでしょうか?
それと同様に「寂しい」と「淋しい」にも使い分けがあるのでしょうか?
gooの辞書ではどちらで検索しても同じ内容の答えが
出てきました…

ご存知の方、お願いしますm(_ _)m

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

ご覧になった辞書の通り『さびしい』が元で『さみしい』はその崩れた形ですので、比較すれば『さびしい』の方が書き言葉的、男言葉的、『さみしい』の方が話し言葉的、女言葉的という傾向になると思います


『寂』と『淋』は、寂しい(寂れた)山村、淋しい心持ち、といったように、客観的な静けさ、人気の無さにウェイトを置くときに『寂』、心細い、物足りないといった感情にウェイトを置くときに『淋』が使われることが多いと思いますが、『淋』は常用外ですので区別せずに全部『寂』で済ますケースも増えてきているのではないでしょうか
    • good
    • 13
この回答へのお礼

「寂しい」を使ったほうがいいということですね。
ありがとうございました。m(_ _)m

お礼日時:2003/05/27 22:24

万葉集の時代に多く使われた「さぶし」が、平安時代になって「さびし」となり、それが中世末期ごろから「さみし」と変化して、「さびし」と並んで用いられたようです。


現代でも両方の形が用いられますが、古くから使われた「さびしい」を標準語形と見る考え方が多いようです。

この、「さびしい」「さみしい」のように、バ行音・マ行音にわたる音韻交替の現象の例としては、他に、
「けぶり」「けむり」(煙) があり、これは現在ではほとんど「けむり」に統一された感がありますが、
(目を)「つぶる」「つむる」の場合は、今なおゆれている例と言えるでしょう。

なお、「さびしい」と「さみしい」では、現代人の語意識として両者の間に多少の意味・語感の違いがあるようです。
「さびしい」は、
 (1) 本来あるはずのものが欠けていて、満たされない気持ちを表す。
  例「さびしい正月を迎える」「ふところがさびしい」
 (2) 人声や物音がしないで、ひっそりしている。
  例「さびしい山道」
という両方の場合、つまり主観性・客観性どちらの場合にも用いられますが、「さみしい」の方は、主観性・情緒性が強く、(1)の場合に集中して用いられる傾向があるようです。
例えば、歌の歌詞などで、どちらが多く使われているかを調べてみると面白いかもしれませんね。

「寂」か「淋」かについては、以前同様の質問があり、その際、
「淋」という字は、淋病を連想するので使わない、という意見がありました。
    • good
    • 5
この回答へのお礼

そうですね~。
「さびしい/さみしい」だけでなく、日本語にはこういう言葉が結構多いですね。

>「寂」か「淋」かについては、以前同様の質問があり、その際、「淋」という字は、淋病を連想するので使わない、という意見がありました。
確かに言われてみればそのとおりかもしれませんね・・・
ありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:2003/05/27 22:29

語源は「わび・さび」のさびにあるようですが、一般的には「さびしい」が正解で「さみしい」は変形であると言われています。


感じは風景等の客観的な情緒に対しては「寂しい」、自分の感情面に対して「淋しい」を使うのが一般的ですが、明確な根拠はないので使い分けしなくても全て「寂しい」でいいと思います。逆に全て「淋しい」にはなりませんので、やはり「寂しい」を使っとくのが間違いないでしょう。
    • good
    • 4
この回答へのお礼

そうですね…「わび・さび」という原理で考えれば「さびしい」の方が近いですよね。
ありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:2003/05/27 22:27

さびしいが正しいと思いますが、さみしいも使われます。


さびしいの変化した形だと認識した上で使う分には問題ないでしょう。

漢字は寂しいが漢語の原意に近いと思います。しかし、淋しいも並行して使われます。辞書的には意味は同じですが、個人的に使い分ける人がいるかもしれません。(寂しい一軒屋、こころが淋しい)

現在我々が使っている漢字の殆んどは日本語に漢字を当てているので、当初はいろいろな当て字があり、次第に淘汰されて今日に至っと思われます。

さびしいには物がなくて淋しいー懐が淋しいー
口がさびしくてついお菓子に手が伸びる等の使い方(意味)もあります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

「寂しい」の方が漢語の意味には近いんですね。
ありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:2003/05/27 22:26

さびしいもしくは寂しいをつかうようにしてください。


寂しいと淋しいでは、淋しいは誤表記です。
さびしいとさみしいではさびしいが標準語になっています。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

ありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:2003/05/27 22:23

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「充分」と「十分」の使い分け教えてください

題名のとおりですが、どう使い分けるのか知りたいです。

たとえば、「私はじゅうぶん満足した」のときは、十分でいいんですよね???

どちらをどう使い分けるのか教えてください。

Aベストアンサー

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
 ・漢字の学習の底が浅く安易になった、即ち本来の意味に注意を払わない。
☆この二つの文字の違いは何か?
【十】:1・2・・・・・・と来て数が満ちる。
  原意:古代に枝や縄の結節で数字を示した方法の延長が現在の字形。
     九が数の窮まった値として縁起よく、重視されてきた。
     更に9+1は十分大きい ⇒ 数が足りている状態。 
  ☆数詞、段階を踏むデジタルな思想です。
【充】:満ちる、満たす、余すところなく、担当する、埋める。
  原意:長い、高い から 成長した大人、肥満、肥大、振る舞う、 
     などを意味するようになり、現在に至っています ⇒ 充ちる(満ちる)。
  ☆基本は動詞、切れ目なく満ちる、満たす、果たす、アナログ的思想です。
【分】:実は、発音も意味も一意でないのです。
  【十分】の発音はshi2fen1   【分】fen1の意味は 部分、分割したもの など。
  【十分】の発音はchong1fen4 【分】fen4の意味は 成分、本分、職責 など。 

さて、お尋ねのこと「私はじゅうぶん満足した」はどう書くか。
 ・単純に量的に満たされたならば【十分】。
 ・心または腹が充足感を以って(徐々に内部から)満たされた場合は【充分】。
    としたいところです。
  
【充】については以下の用法で感覚をつかんで下さい。
 充電・充填・充足・充実・充溢・充血・充ちる(潮が、悪意に、月が、刑期がetc)
ついでに、
  「十分ご説明をいただいて、充分満足いたしました」のごとき用法も。

いまや、【十分】【充分】を使い分けるか否かは個人の好みです、読む人の感性に合わなければそれまでのこと、自己満足の域を出ません。いずれにせよ、公式文書や事務的文書では、好悪を捨てて、国語辞典を標準とするに越したことはありません。

そもそも【十分】と【充分】は別のことばです。

国語辞典では「十分」も「充分」も同じこと、を踏まえてのご質問と見うけます。
私は、事務的文書では「十分」に一本化していますが、私的文章では、両者を使い分けています。情緒的な差という人もいますが、語の本来の意味は異なります。
☆「十分」「充分」の意味が混同される原因は(推測です)、
 ・漢字本来の発音の違いが日本語では区別し難いため、便法で漢字音を決めた。
 ・旧かな遣いの時期は区別がし易かったが、新かな遣いになり混同を助長。
...続きを読む

Q「すいません」と「すみません」どちらが正しい?

 タイトルにあるとおり、素朴な疑問になりますが、「すいません」と「すみません」ではどちらが日本語として正しいのでしょうか。分かる方ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

もともとは「すみません」ですが、「すいません」と発音しやすく変えたものもたくさん使います。
話す時はどちらでもいいですよ。

ただ、私個人の語感で言うと、公式的な場では「すみません」の方がいいような気もします。「すいません」はちょっとくだけた感じかな。でも、これはあくまで私個人の語感。人によって、あるいは地方によっても感じ方は違うだろうと思います。

書くときはもちろん「すみません」にしましょう。

発音しやすく変化した発音の他の例としては
手術(しゅじゅつ→しじつ)
洗濯機(せんたくき→せんたっき)
などがあります。これも、話す時にはどちらでもいいです。「しじつ」「せんたっき」と書いてはいけませんが。

Q『寂しい』 と 『淋しい』 ?

 
 そして, 『 さみしい 』 と 『 さびしい 』 ...

これは どのように 使い分けるのが 正しいのでしょうか?
(手持ちの 辞書を 見ても 今一つ よく解りません..)
 

Aベストアンサー

「寂しい」「淋しい」どちらも2通りの読み方が有るんですが
どちらを使っても間違いではないので…

「さびしい」→「寂しい」
「さみしい」→「淋しい」…と使い分ける「傾向」が有ります。(決まりではなく 一般的に…)

寂しいは、物・人が無い(居ない)空間的な状態
淋しいは、愛情(恋人やペットなども)の無い(薄い)状態

【例】
xx駅は、誰も居なくて寂しい(=静寂。せいじゃく)
xx君と会えなくなるのは、とても淋しい(切ない。せつない=悲しい)

音楽の歌詞などは、人の感情(愛情)を扱う事が多いので
歌詞に「淋しい」と書いて「さみしい」と唄いますよね。

Q了解と承知の違いって?

先日、目上の方、或いはお客様に対して「了解(致しました)」というのは失礼である、「承知いたしました」「かしこまりました」の方が良い、という話しになりました。了解には謙譲の気持ちが入っていないのではないか、というところまでは行き着いたのですが、明確な違いが分かりません。「了解」は身内言葉だという意見もあるのですが、根拠が曖昧です。ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

基本的な言葉の意味がわかっていないのではないでしょうか?
まず、「了解」も「承知」も名詞です。
なので、「いたしました」という敬語を用いているのでどちらも問題ないと思います。
では、意味はどうなるか。

了解・・・物事の内容や事情を理解して承認すること。例文:「お申し越しの件を了解しました」

承知・・・
1 事情などを知ること。また、知っていること。 わかっていること。例文:「無理を―でお願いする」
2 依頼・要求などを聞き入れること。承諾。例文:「申し出の件、確かに―した」
3 相手の事情などを理解して許すこと。多く下に打消しの語を伴って用いる。例文:「この次からは―しないぞ」

だそうです。

「かしこまる」これは、命令・依頼などを謹んで承る意を表します。なので、お客様に何か用件を頼まれた際には、これ一言でOKですね。

上記2つの言葉の謙譲語は「承(うけたまわ)る」なので、本来なら「承りました」が正解では???

Q「輩(やから)」ってどういう意味ですか?

テレビやラジオで関西の芸人さんが「ヤカラや」って言ってるのを聞いたことがあるのですが

意味が分かる方、教えてください。

関西方面の言葉(大阪弁)なのでしょうか?

Aベストアンサー

大阪出身のものです.
疑問に思われたということは,一般に使われている「・・・する人たち」というような意味ではなく,いきなり一つの名詞のようにして「やから」が出てきたのではないですか?
もしそうなら,それは「やくざや不良など,理不尽な言い分を押し付ける人」という意味に使われているものです.特にやくざ限定というわけではなく,街のおっさんでも,変な因縁をつけてきたら,やからです.
また,「やかられる」(=因縁をつけられる,からまれる)などという言葉もあります.

Q食事は「摂る」「取る」どっちでしょうか?

タイトルの通りの質問です。
どちらの漢字が正しいのか悩んでいます。手持ちの辞書で調べてみたのですが、満足な回答が得られませんでした。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

goo辞書の例文にも書いてあります。(まる2の(7)です)
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C8%A4%EB&kind=jn&mode=0&base=1&row=0

Q「親御さん」と「ご両親」の使い分け

 日本語を勉強中の中国人です。相手の両親のことを言う時に、日本の方は「親御さん」と「ご両親」とどのように使い分けておられますか。「親御さん」のほうが「ご両親」と比べて、より敬意をこめた言い方になるのでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

「親御さん」は両親でなくてもいいということ,また厳密な差はないと思いますが,「ご両親」は尊敬語的,「親御さん」はやや俗っぽい丁寧語的だと思います。

たとえば自分の先生にあたる人に向かって,「先生のご両親は…」とは言っても「先生の親御さんは…」とはちょっと言えません。またその場にいない同級生の親の話をするとして,「○○君の親御さんは」と噂することはありそうですが,「○○君のご両親は」と言ったら尊敬語を使ってあらたまった話をしそうです。

質問文は不自然ではありませんが,「おられるますか」という言い方,つまり「おる」に「られる」をつけて尊敬語化するのを嫌う人もいます。「おる」を謙譲語としてそれに尊敬語の語尾をつけるのに違和感があるからというものです。しかし「おられる」を自然な表現と考える人もいる(特に西日本)ので,両者の論争は日本人間でもあります。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q「づつ」?「ずつ」?

今、ワードを使っていて壁にぶつかりました。
恥ずかしながら「~を一つずつ(づつ)あたえる」と入力したいのですが「づつ」と「ずつ」どちらが正解なのでしょうか?
あと「わかる」と言う漢字も、「分かる」「解る」「判る」と色々あってどちらを使って良い物か分からない場合が多いです・・・・社会人としてお恥ずかしい

Aベストアンサー

(1) 「ず」と「づ」は歴史的には発音が違っていましたが、現代では発音上の区別がありません。したがって、『現代仮名遣い』(昭和61年7月1日 内閣告示第1号)では、いくつかの例外を除いて、「づ」を用いないように定めています。ご質問のお答えは、「ずつ」が正解です。

(2) 「分かる」「解る」「判る」は、それぞれ意味が少し違います。
【解る】理解する。ことの筋道がはっきりする。
【判る】判明する。明らかになる。
【分かる】上二つの意味を併せたいい方。
『常用漢字音訓表』(昭和56年10月1日内閣告示)に、「分かる」はあるのですが、「解る」と「判る」は載っていません。「解」も「判」も常用漢字表には含まれていますが、「わかる」という読み方が載っていないのです。新聞やテレビなどのマスコミが「分かる」を優先的に使う理由はそこにあります。
質問者さんが公務員で、公文書を作成されるなら、「分かる」に統一する必要があります。民間の文書や私信なら、「分かる」「解る」「判る」を使い分けて、日本語の奥ゆかしさを味わいたいものです。

Q「仕舞う」という漢字表記について

「仕舞う」という漢字について、質問があります。

「しまう」は「終う」と「仕舞う」と2つの表記がありますが、なぜ「仕舞う」とい
う漢字表記なのか、何かもともと別の意味があるのか、を教えていただきたいのです。

「仕舞」という能楽用語があるようですが、それと何か関係があるのでしょうか。
「終う」と「仕舞う」2つの表記の使い分けなども、教えていただければ幸いです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで、「しまう・しまい」を「仕舞う・仕舞い」と書くのは、おそらく当て字であろうと思われます。

『広辞苑』
 |し‐ま・う【仕舞う・了う・終う】
 |し‐まい【仕舞】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
 |終 〔漢音〕シュウ 〔訓〕おわる・おえる・ついに
 |了 〔呉音〕〔漢音〕リョウ 〔訓〕おわる・しまう・さとる
『大辞林』
 |しま・う【仕舞う/▽終う/▽了う/▽蔵う】
 |しまい【仕舞(い)/▽終い】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『大辞泉』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞(い)・▽終い・▽了い】 …終りの
『明鏡』
 |し‐ま・う【仕舞う・▽終う・▽了う】
 |し‐まい【仕舞う・▽終う・▽了う】 …終りの
 |し‐まい【仕舞】 …能楽の
『新明解』
 |しまう【《終う】(「仕舞う」とも書く)
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
 |しまい【仕舞】 …能楽の
『岩波』
 |しま‐う【仕舞う】
 |しまい【仕舞(い)】 …終りの
------------------------------------------

堀井令以知編『日常語の意味変化辞典』(東京堂出版)には、
 | しまう 仕舞う
 | 終りにする。片付ける。シはスル(為る)の連用形で「仕」は当て字。
とあります。

室町時代には「成し遂げる」の意味で使用。「終りにする」の意味は江戸時代からの用法。さらには「入れ収める」「片付ける」「殺して始末をつける」の意味も。補助動詞としての「シマウ」は江戸時代からで、「~し終える」の意味や強調としても用いられたとのことです。

能楽の「仕舞」は、これらの「しまう・しまい」とは意味のつながりが全くありません。たんなる憶測ですが、音が同じ「仕舞」の表記を借りて「しまい」に当てたのかもしれません。

「しまう」には「了う」という表記もあります。
「仕舞う」だけは常用漢字表の音訓で書き表せますが、「了う」「終う」は表外音訓になります。
公用文や新聞では仮名書きの「しまう」を使うことになっています。

いくつかの辞書を見た限りでは、「しまう・しまい」の見出しの漢字はまちまちで、使い分けには触れていません。
また、能楽の「仕舞」との関連などに触れた辞書も見当たりません。能楽の「仕舞」を見出しに立てている辞書も、「しまう・しまい」との関連は全く触れていません。

ということで...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング