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古文単語で「出家」「人が死ぬ」意味の単語を教えてください。
できれば基本的な単語だけでなく、
マニアックな単語を多く教えてくれるとありがたいです。
回答お願いします。

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A 回答 (2件)

#2



●さまかわる(様変る)…かはる〈自ラ四〉
出家して剃髪し、僧、尼の姿になる。
「さまかはりたる人々物し侍りしに」〔蜻蛉-下・天延二年〕『日国』

●さまかふ(様変ふ)
『類語辞典 東京堂出版』


> 「人が死ぬ」

●みまか・る(身罷る)〈動四〉死ぬ。
「紀友則が―・りにける時、詠める」〔古今・哀傷・八三八詞書〕『古語』

●しに・す(死にす)〈動サ変〉死ぬ。死する。
「われ、いかで、七月・九月に―・せじ。相撲の節・九日の節の止まらむが口惜しきに」〔大鏡・道長・下〕『古語』

●しに-をう・く(死にを受く)
死ぬ。殺される。「矢に当たりて、目の前に―・くる者、数を知らず」〔増鏡・月草の花〕『古語』

●寂滅(じゃくめつ)〈名〉
消えてなくなること。ほろびること。死ぬこと。死。
「『こま言抜かさば、わいらは寂滅』と山刀へ手をかける、『ああもしもし、お待ちなされて下さりませ』」〔歌舞伎・錣引〕『日国』

●辞世(じせい)〈名〉
この世を去ること。死ぬこと。
「託跡黄老、辞世却粒」〔陸機-漢高祖功臣頌〕『日国』

●物化(ぶっか)…クワ〈名〉
天命を終えて死ぬこと。物故。
「道照和尚物化。天皇甚悼惜之」〔続日本紀-文武四年三月己未〕『日国』

●畢命(ひつみょう)…みやう〈名〉(「みょう」は命の呉音)
命を終えること。命の終わること。また、生命のある限り。終身。生涯。ひつめい。
「畢命を期として、此草庵を出でじと誓って」〔光悦本謡曲・当麻〕『日国』

●遷化(せんげ)〈名〉(この世の教化を終えて、その教化を他の世に移すの意)
仏語。高僧、隠者などが死ぬこと。入滅。円寂。
「吾遷化後、不得滅却吾正法眼蔵」〔正法眼蔵-仏道〕『日国』

●薨去(こうきょ)〈名〉
皇族や三位以上の人が死去すること。薨逝。
「入道すでに悶絶して、薨去(コウキョし)畢(をはん)ぬ」〔源平盛衰記-三〇・覚明語山門事〕『日国』

●殞(いん)命を落とす。『類語辞典 東京堂出版』

●卒
太夫(五位以上三位以下)の死。『類語辞典 東京堂出版』

●歿
つきる。なくなる意で、死と同意。『類語辞典 東京堂出版』

以下もおそらく似た意味になるのだと思いますが、他の辞書では確認できませんでした。

【死ぬ】
・みうす(身失す)
・逝徂(せいそ)
・遐世(かせい)
『類語辞典 東京堂出版』
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
今困っていたので助かりました。

お礼日時:2009/12/21 18:13

こんばんは。



> 古文単語で「出家」「人が死ぬ」意味の単語を教えてください。
> できれば基本的な単語だけでなく、
> マニアックな単語を多く教えてくれるとありがたいです。

マニアックといえるかどうか分かりませんが、とりあえず(私の印象になりますが)あまり見かけない、難しそうな言葉を類語辞典などから抜き出してみました。
ニ分割になります。

『古語』=『三省堂例解古語辞典』
『日国』=『小学館日本国語大辞典』

> 「出家」

●遁世(とんぜい)〈名・動サ変〉
俗世間から離れて出家すること。『古語』

●出離(しゅつり)〈名〉《仏教語》
汚れたこの世を離れること。俗世からの離脱。
「―の道まちまちなりといへども、末法【「さんずい」+蜀】乱の機には称名をもって勝れたりとす」〔平家一〇・戒文〕『古語』

●得度(とくど)
(1)悟りの境地に到達するため、出家して修行すること。
(2)俗人が公認されて、僧・尼になること。
「舎利弗尊者、常に知恵の眼をもって衆生の中に―すべき者を見て」
〔今昔ニ・三ニ〕『古語』

●出塵(しゅつじん)…ヂン〈名〉仏語。
俗世間のよごれからのがれること。世を捨てること。僧となること。出家。脱俗。遁世。
「唐の咸通のはじめ、たちまちに出塵をねがふ。舟をすてて山にいる」〔正法眼蔵-一顆明珠〕『日国』

●落飾(らくしょく)〈名〉
髪の毛をそり落として仏門に入ること。身分の高い人についていう。
「出家をば落飾と翻する也。かさりをそる落す故也」〔法華経直談鈔-ニ末〕『日国』

●落髪(らくはつ)〈名〉
髪の毛をそり落として仏門に入ること。
「芙蓉山霊訓禅師に投じて落髪す」〔正法眼蔵-行持・下〕『日国』

●薙髪(ちはつ)〈名〉(「薙」は剃る意)
髻(もとどり)を切ること。また、頭髪を剃ること。法体になること。剃髪。
「家事を子息に譲り薙髪して」〔妙好人伝-ニ・下・摂州妙浄尼〕『日国』

●祝髪(しゅくはつ)〈名〉(「祝」は「断」の意)
髪を剃ること。髪をそって僧侶になること。仏門に入ること。剃髪。
「三代四代の聖朝につかへ祝髪の後越前法眼玉仙斎永仙と号し、末世の今に到る迄」〔浄瑠璃・傾城反魂香-下〕『日国』

●入道(にゅうどう)ニフダウ〈名〉(―する)仏語。
(イ)煩悩のけがれのない無漏のさとりに入ること。
(ロ)転じて仏門に入り、髪を剃って、僧や尼になること。
「論力見既慚愧低頭、帰依入道」〔正法眼蔵-四禅比丘〕『日国』

●ひじる(聖る)〈自ラ四〉(「ひじり(聖)」の動詞化)
ひじりのようになる。僧になる。また、ひじりらしくふるまう。
「あひかまへてひじるべき也」〔一言芳談〕『日国』

●かざりをおろす[=落とす]
髪を剃って僧尼となる。落飾する。
「孝謙天皇も、大菩提心をおこし、御かざりをおろさせ給ひ、御名をば法幾尓と申しかども」〔平家-八・名虎〕『日国』

#1
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 日本史Aは、単位数が2単位など。単位の少ない時間で取り扱う科目です。教科書の内容も近現代史~の内容をメインとした教科書の構成となっています。日本史Bの場合は、大体4単位で、教科書の構成が古代史~スタートし歴史全体の内容を取り扱うものです。

 日本史Aでは、大体どの時代も勉強すると思いますが、教科書の構成上「近現代史」に特化した取扱になっています。また、日本史Bでは、古代史からスタートするので日本史Aの教科書より内容的に若干難しい内容も取り扱います。

 したがって、単位数の違いにより、日本史Aと日本史Bの教科書を使い分けていることです。主に、日本史Aは、職業科の学校で使われています。

 農業高校・商業高校・工業高校など普通科以外の学校で日本史Aの教科書を採択しているケースが多いです。普通科の高校でも日本史Aで近現代をやって、日本史Bで古代から江戸まで勉強して、受験するときは日本史Bで受験するというケースも見られます。

 つまり、日本史Aでは、教科書の構成上、近現代史がメインになりますが、日本史Bでは、古代史からスタートして現代史まで扱うという幅広内容になるということになります。そういうことから、日本史Aで勉強したいようで、勉強していないところ古代史~江戸時代の内容に関しては自力で勉強することが求められます。

 【大学受験での日本史選択】
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(2)センターのみの場合(日本史A・B両方選択可で2次試験で日本史を必要としない学部学科を受験の場合)
 →「日本史A」を選択(学習時間が少なくてすむ)

 ※私大受験を考えていて、日本史で受験を考えているのであれば「日本史B」を選択するのが無難です。リクルートの進学サイトのURLを載せておくので受験科目の選択に参考にして見てください。

 何らかの参考にならば幸いです♪

参考URL:http://www.shingakunet.com/cgi-bin/shingakunet.cgi

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出家とは、世俗を離れ家族を捨てて仏門に入ることを言います。
出家していない信者を「在家」といいますが、在家のときの縁は全て切って行きますから、それ以前に結婚をしていようが構いません。
有名な所では、源義経の一の谷の合戦に参加した熊谷直実は、浜辺で平敦盛を討ち果たしたとき、自分の子供と同じくらいの若者の死を痛み、世の無常を感じて出家し蓮生と名乗っていますし(史実はこれほど美しくは無いですけど)、現代では瀬戸内寂聴尼は、俗世では瀬戸内晴美という人気作家でしたが、夫の教え子と不倫して駆け落ちしたり、ポルノ紛いの小説を発表したり、かなり不道徳な女性でしたが、現在は法話など人気のある尼僧です。
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僧侶が家族に会えないわけではなく、出家した時点で家族の縁を切っていますから、他の俗人と区別して親しく出来ないという意味ではないのかな。

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こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>昔の人は、散髪や爪切りはどうしていたのでしょうか。

Wikipedia(NO2の方のサイト)にもあるように、
外国では、
紀元前1000年ごろの古代ギリシアのものとされるはさみが発見されており、古代から使われていたと考えられている。
と、ありますね。

日本では、
6世紀に中国を通して伝わったと考えられており、この時代の古墳からの出土例もある。量産されるようになったのは江戸時代からといわれる。
と、あります。

散髪について、
「はさみ」も昔は「量産」されておらず、大変「貴重品」でした。そこで、江戸時代頃までは、女性は、極端に言うと一生髪を切りませんでした。お市の方の肖像画のように、髪をたらしていました。
しかし、江戸時代頃からは、「はさみ」も量産されるようになり、女性も多少は「はさみ」で髪形を整えました。

また、男性は、月代(さかやき)を剃るのには、武士は「毛抜き」や「短刀」などで整えました。庶民はもっぱら「毛抜き」でした。「毛抜き」はちょっと痛そう・・・でしたが、我慢したのでしょうね。
なお、「かみそり」で月代を整えたのは、一説には織田信長が最初とも言われています。

そうした時代以前は「露頭(ろとう)」と呼ばれる「石器?」も使われたようです。
「路頭に迷う」とは漢字が違いますので、お間違えのないように・・・。

「かみそり」は神聖な物という考え方があり、お坊さんでは、かなり早くから使用していたようです。
ただし、現代の「かみそり」もそうですが、最初の切れ味は良いのですが、だんだんと切れ味の悪くなり、「研ぐ」という技術もありましたが、鍛冶屋などは、そんな小さな物は相手にしなかったため、無理やり「こそげる」ようにして剃髪していました。「痛そう」・・・。

また、仏門に入る時にも髪を切ったり、剃ったりしますが、この儀式はお坊さんが行いましたので、「かみそり」を使用しました。

爪切りについて、
「はさみ」も使用されましたが、江戸時代中期までは「はさみ」は高級品であったため、武士やその家族は主に「短刀」で切りました。
庶民は小型の「ノミ」で切っていました。
今でも中国で露天商に「爪切り」の商売がありますが、やはり、「ノミ」でこそげるやり方をしている、とも聞きました。

ことわざに、
「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」
と言いますが、
あれは「夜の、行灯(あんどん)などの明かりしかない暗い中で小刀で爪を削っていると、思わぬ怪我をして(細菌が入り)、親より先に死んでしまうので、親の死に目には会えない」と言われたようです。

大正時代頃からは「ニッパ」が登場したようです。
http://www.suwada.co.jp/aboutus/tsumekiri-history.html

現代のような「折りたたみ式」は、昭和の発明品です。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>昔の人は、散髪や爪切りはどうしていたのでしょうか。

Wikipedia(NO2の方のサイト)にもあるように、
外国では、
紀元前1000年ごろの古代ギリシアのものとされるはさみが発見されており、古代から使われていたと考えられている。
と、ありますね。

日本では、
6世紀に中国を通して伝わったと考えられており、この時代の古墳からの出土例もある。量産されるようになったのは江戸時代からといわれる。
と、あります。

散髪について、
「はさ...続きを読む


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