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芥川龍之介の「羅生門」の最後の一文についてです。
先日大学の講義でこの作品について論ずる機会があって、
そこで、最後の一文について取り上げて論じたのですが、
その時、「最後の一文は2回書き換えられている」というように発表したら、
担当教諭に「最後の一文は3回書き換えられているからもう一回調べてこい」
といわれました。
が、どれほど調べても、帝国文学の初出と、短編集のものと、現在のものの、
3つしか出てきません。(=書き換えは2回)
4つ目の一文は、どこに発表されたものか、ご存知の方がいらっしゃいましたら、
ご回答よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

 おはようございます。

以下は外野からの気楽な意見ですので、その辺はご了承ください。他人事だと思って勝手なことを言うな、というお気持ちも起きるかもしれませんがご容赦を。

 その指摘は、言葉をどう捉えるか、という点に関わっているような気がします。「どれほど調べても」と言うからには、その後大正年間に出た新潮社版、及び昭和に入ってからのその文庫版については「実物を」調査済みであろうと推測します。
 また或いはこちらなどの書籍の記述も参照済みでしょう。
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0234350/top.html
 それでも「無い」のであるなら、見方を変える必要があります。
 先生は、「活字版において」三回の書き換えとは言っていませんよね?とすると原稿の段階の話ではないのでしょうか。そちらは確認しましたか。

 原稿の所在を確認するのに少し手間取りました。国文研は古いものが専門なので無いだろうと思いつつ検索→×。近代文学館→遺族による資料の寄贈が多数あるが、これは所蔵せず。ここで面倒なので発想を変えて、ずばりと“羅生門草稿の所在”をgoogleで検索。いや、実はこれが一番速かったでした。
http://kikoubon.com/kako21.html
> 羅生門(ノート、草稿):山梨県立文学館
 山梨県立文学館は芥川関連の資料集を2冊刊行しています。内1冊は
芥川龍之介資料集 : 羅生門 : 普及版
芥川龍之介〔筆〕
となっています。
http://opac.ndl.go.jp/recordid/000003008821/jpn
わざわざ〔筆〕とあるところを見ると、影印版(写真版)である可能性が高いでしょう。とにかくこれを確認するのが第一ではないかと想います。
 そこまで調べて駄目なら、先生に教えを請うても良いのではないでしょうか。

 先の回答の方が挙げているブログの文章は何度読んでも改変は2回としか読めません。「以前と同一のものに戻した」のも含めて3度の改変があったことをどこに記してあるのでしょうか(もちろんそのように単純に元通りにした可能性があることは否定しません)。
 それから私が大正7年の春陽堂版をこのブログで初めて知ったように、これ以外の版本も存在するかもしれません。
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この回答へのお礼

国立図書館で原文や草稿などの確認をしました。
が、やはり草稿段階での改訂は作者の中で「改変」であっても、
作品としては改変ではないように思い指導教諭にその通り伝えました。

ちなみにですが、指導教諭にその説明をしたところ、
「あれ?3回なんて言ったっけ?3パターンあるって言ったんだけど」
と言われました・・・。
つまり改編は2回ということですね。。。

お礼日時:2010/01/21 09:27

#1です。


すみません、これ勘違いでした。
>4回目で元に戻ったので

そうすると、あと一つは、発表前の下書きかもしれません。
下人は、下書きメモの段階では、
交野平六(交野五郎)→1人の男(1人の侍)→1人の下人
と、変化していったそうです。
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ここに情報がありました。


4回目で元に戻ったので、気づきにくかったのかもしれませんね。
http://kinkun.blog87.fc2.com/blog-entry-231.html

以下抜粋

この一文は、最初に発表されたとき(「帝国文学」、大正4年11月)には、
「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつゝあつた。」となっていました。
その後、単行本『羅生門』に収録されたとき(大正6年5月、阿蘭陀書房)に、
「下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急いでゐた。」と改変され、
さらに、作品集『新興文芸叢書第八編 鼻』に収録されたとき(大正7年7月、春陽堂)に、
「下人の行方は、誰も知らない。」という現在の形に再度改変しされます。

この回答への補足

お礼の方で3回の改変があると書いてしまいましたが、
正しくは3パターンある=改変は2回だそうです。

補足日時:2010/01/21 09:28
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
ご紹介していただいたブログさんは自分もみていましたが、
やはり3回の改訂しかないとのことでした。

お礼日時:2010/01/21 09:24

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Q<羅生門>下人の心情の流れが知りたいです!

こんにちは。今回はよろしくお願いいたします。
私は高校1年生です。最近羅生門を教科書で読みました。
明日、中間テストがありそのテスト範囲が羅生門なんです。下人の心理を問われるとのことなのですが、私には理解しにくいところが多いです。まず、下に私なりにまとめます。みなさんの考えを教えていただけたら光栄です。
1.雨のふるのを眺めていた・・・
<職を失った私はこれからどうしたらよいのか、困ったな。>
2.大儀そうに立ち上がった・・・
<もう、盗みをする他ない。いつまでも悩んでいたら飢え死にしてしまう。>
3.ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからである。・・・
<何者なのか、一体何をしているのか?>
4.六分の恐怖と四分の好奇心・・・
<見たいが、不気味だな>
これ以降は理解できません。
なぜ髪を抜いていくのを見ただけで、
恐怖がきえていくのですか?
この恐怖とはいったいなんだったのでしょうか?
暗かったからですか?老婆に対する激しい憎悪とは、
自分を追い込んだ世の中へだと思いますが、
下人はそこまで考えていたのでしょうか?
死人の髪の毛を抜くということがどうして
そこまでゆるせないことだったのですか?
上がった時、下人は世の中が許せないという気持ちだったのでしょうか?
すみません。わからないことばかりだったのでたくさん書いてしまいました。では失礼します。

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Aベストアンサー

高校国語教師を長年やっているものです。
羅生門は高校1年の定番ですね。
「なぜ髪を抜いていくのを見ただけで、
恐怖がきえていくのですか?」
これはつまり、それまではこの老婆を
妖怪か化け物と思ったわけです。
ところが髪の毛を抜くという実にわかりやすい
行動をとることにより、妖怪でも化け物でもなく
我々の理解の内に入る人間だということがわかって
安心したのです。
また「老婆に対する激しい憎悪とは、
自分を追い込んだ世の中へだと思いますが、」
ですが違います。
この下人はもともと善人なのです。
それは盗人になる勇気がないことからわかります。
ですから老婆に対する憎悪は善人として、
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この下人がにきびを気にするところがありますね。
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つまりにきびを気にするというのは
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つまりどんな善人でもちょっとしたきっかけで
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高1のあなたわかりました?
私は羅生門で何回もテストを作りましたが
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絶対出ます。出します。
何回も読んでくださいね。頑張って!

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Q羅生門についてすぐアドバイスお願いします!!!!

羅生門についての感想文(論文のようなもの)を書きたいのですがどういうふうに書けばいいのかわかりません。アドバイスをお願いします。とくに羅生門の文末の黒洞々たる夜についてどんな世界なのか。この表現は何を表しどんな影響があるのか。また、何度もでてくるにきびの効果などを中心にアドバイスおねがします。今日中に必要なんです。

Aベストアンサー

こんにちは。
芥川の作品について一言で言うなら「利己主義(エゴイズム)」です。
「人間にとって一番大切なのは自分」という大前提があって、話が進んでいきます。
羅生門の場合、雇い主の都合で職と宿を失った男がこの先どうしようか途方に暮れており、悪事を働いて生き長らえる事に対して決心がつかずにいる所に死人の髪を抜く老婆に出会う事で「悪事を働いているのは自分だけではない」と自分の欲望(生きるためには手段をえらばない事)を正当化する大義名分を得ます。
つまり暮れ時から夜へという光の変化がそのまま下人の心の変化を表しているのです。
これが真昼間だったらと映像でイメージすると下人の最後の行動はどこか後ろめたい印象になりますし、なんとなく続きがあるような雰囲気ですよね。
時代は平安ですから当然街灯などないし、現在ではイメージしにくいですが明かりのない夜というのは本当に真っ暗で自分の手も見えないのです(田舎に住んでいるので経験があるから断言できます)
黒洞々たる夜というのはそういった、本当の暗さを指しています。
作品舞台の時代では荒廃しきった世の中で道端に死体さえも当たり前のように転がり、屋敷もかなり痛んでいる。さらにそれすらも見えない暗さの中に悪事を働いて飛び込んでいく下人が、その行方を誰にも見届けられないというエンディングなんですね。
洞とはもともと空っぽの意味があります。それを洞々と重ねる事で黒い空っぽの中へ下人が飲み込まれていったかのような表現を使って「誰も知らない」という結びを効果的にしているわけです。
もっとも夜の自然な暗さとか洞という古語に馴染みのない現代人が読んでも芥川の意図したシーンをイメージする方が難しいんですけどね。
後にきびは他の方のご説明と同じで下人の年齢をイメージしやすくするためと話に動きをつけるための小道具になっていると思います。

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Q羅生門の段落分けについて

友人と芥川龍之介の羅生門の読み比べをしています。
「ある日の暮れ方のことである・・・~下人の行方は、誰も知らない。」とどなたもご存知だと思いますが、友人が4つの段落に分類できるんだけど分かる?と聞いてきました。ですが、私はセンスが無いせいかただ読んではいるもののわかりません。もし、わかる方いらっしゃいましたら、段落の始まりの部分でもけっこうですので教えて頂けませんでしょうか?文学に興味を持ち始めたものの、センスの無さを痛感しております。

Aベストアンサー

「羅生門」の段落分けは、何を定義とするかによって異なってきます。4段落に分ける場合は、「場面」設定によるとすることが多いのです。

第1段落・・衰微した都と「羅生門」の下で雨やみを待っている下人。
第2段落・・羅生門の楼上に出るはしごの上で、老婆の様子を窺っている下人。
第3段落・・楼上に飛び上がり、老婆と格闘、そして老婆の考えを聞く下人。
第4段落・・下人の去った後、外を覗いている老婆。
となります。ですから、あなたが分けた1・2・4段落の通りになります。すると、第3段落は、下人がはしご段を駆け上がる部分からになります。つまり「そこで、下人は・・・」が答えとなります。

内容で分けると、上の第1段落は、「羅生門」の場面設定をした部分と、下人が現在の窮状に迷っている部分の二つに分けられます。
また、第3段落も老婆を格闘の末取り押さえた後、老婆の考えを聞く部分と、新しい勇気が生まれた下人が行動に移す部分に分けられます。
つまり6段落に分けることも可能です。

Q羅生門とエゴイズム

 学校で羅生門を読みました。いろいろ調べていると、羅生門は、「人間のエゴイズムを描いている」と書いてありました。
 でも、人間のエゴイズムって何なんでしょうか?
 辞書では「利己主義」と書いてあったのですが、そのまま、「人間の利己主義を描いている」と書くと、意味不明になりました。
 ちなみに、僕なりの羅生門の解釈をしてみると、「大正(羅生門のかかれた時代)の民衆の文化が発達して、平安末期のような生活は少なくなっている。豊かな生活ができるようになったからこそ、自分を失わないためにも、しっかり自分を持つことが大切である。だからこそ、平安末期に老婆の言葉によって行動を起こした下人を描き、大正の今と対比して、民衆に警告している。羅生門は、現在の人々への芥川からの警鐘である。」
 うーん、かっこいい言葉を並べすぎて、自分で赤面してしまいますが、この考えについてどう思われますか?
 意見、または解釈の誤解があると思うので、皆さんの意見を教えてください。

Aベストアンサー

とてもとても主体的に作品を読んでいらっしゃいますね。
文学作品は読者が自由に解釈して楽しむものですから、
この方はなんてしっかりしているんだろう、と大変頼もしい印象を受けました。
さて「解釈」というのは、見たり聞いたりしたものに対する説明で、自分の心をフル稼働して言葉にしたものを、他人に「どうだ」と聞いてもらうこと。
そしてその相手とのやりとりの中で自分の(そして相手の)解釈を深めていくということ。
・・・という考え方を私は持っておりまして、
早速質問コーナーに入らせてください。(笑

■「平安末期」と「大正の今」の何を対比しているか分からない■
 これは非常におもしろいところに気づかれたな~と思いました。
ただここには「文化」や「生活」と言葉を挙げられたのみで、具体的に何を対比しているのかが分かりません。
「平安末期の民衆の生活=質素で貧しい」「大正時代はそれに比べて物が豊か」という物的な面だけでなく、人間の心・精神面においても対比しておられるのでしょうか?

■「自分を失わない」「自分を持つ」において、「自分」とは何を意味するのか分からない■
 死人の毛を抜く老婆を目撃して、一瞬正義感のようなものを覚えた下人が、
(「悪に対する反感」「何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう」「悪を憎む心」など)、
老婆の話を聞いた後、「きっと、そうか」「己もそうしなければ、饑死をする体なのだ」と老婆の着物をはぐという正反対とも見える行動の変化がありますね。
ここまで揺れ動いた行動を通してみて、下人の「自分」というのはいったいどういうものなのか、あなたのお考えを詳しく伺ってみたく思います。
「下人の心」を解くところから「人間のエゴイズム」という問いに対する答えが見えてくるかもしれません。

■芥川が民衆に何を警告しているのかが述べられていない■
警告・警鐘というのは「気をつけろよ、危ないぞ」ということですが、
大正時代の人々にとって、何が危険なのだと芥川は考えていたのでしょうか。

もしよろしければ、上の3つの点について、jm4cvpさんのお考え・解釈をお聞かせくださいな。

とてもとても主体的に作品を読んでいらっしゃいますね。
文学作品は読者が自由に解釈して楽しむものですから、
この方はなんてしっかりしているんだろう、と大変頼もしい印象を受けました。
さて「解釈」というのは、見たり聞いたりしたものに対する説明で、自分の心をフル稼働して言葉にしたものを、他人に「どうだ」と聞いてもらうこと。
そしてその相手とのやりとりの中で自分の(そして相手の)解釈を深めていくということ。
・・・という考え方を私は持っておりまして、
早速質問コーナーに入らせてく...続きを読む

Qなぜ羅城門ではなく、羅生門?

芥川龍之介さんの作品「羅生門」がなぜ、羅城門ではなく羅生門なのか、歴史的な事実を含めて教えてください。

Aベストアンサー

本来は羅城門ですね。ただし、読みは漢音の「らせいもん」、呉音の「らじょうもん」のどちらも発音されていたようです。

漢字の「羅生門」は当て字で、室町時代後半の1500年頃、観世小次郎信光作の謡曲の題名が「羅生門」であったことから広まったものとされています。以後、一般的にはこの「羅生門」が多く使われていたようです。

Q羅生門のにきびときりぎりすについて

羅生門のにきびときりぎりすについてそれらが文章中にどんな効果を与えるのかを調べることになり、
一応答えは出たのですが、様々な意見を聞きたいと思ったので、ご存じでしたら教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

まず、きりぎりすについてです。
一つ目は、季節(晩秋)をあらわすため。
二つ目は、門の荒廃感、しずけさなどを示すため。
3つ目は、話にリアリティを出すためです。
 →細かいことを書けば書くほど、その話に現実感が
  でてくるってことです♪
ちなみに、ここのきりぎりすは古語なので実はこおろぎのことです。何できりぎりすと書いたかと言うと、文中に古語が多用されてるのでここでも使用した、芥川の衒学趣味のあらわれ、って感じです。

次ににきびは、下人の年齢、すなわち10代後半くらい、を示すため、下人の精悍な感じを出すため、あと、上にも書いたとおり、話に現実感を出すためです!

Q羅生門についてこの問題わかるかた教えてください(できれば今日中に!!)

羅生門についてこの問題わかるかた教えてください(できれば今日中に!!)

1舞台設定
A 時代・・(   )時代
B 季節、時間・・(   )
C 場所・・(   )


2主人公の設定=(   )

A 下人の境遇は?


B 下人の人物像は?



この問題がわからないのでわかるかたおしえてください

Aベストアンサー

間違ってるかもしれないですが、ちょうど私も授業でやってるので答えます!笑

1 確か平安時代だったはずです
2 夕暮れとかじゃないですかね・・・人通りがないって書いてあるので
3 場所は羅生門じゃないですか?階段ですよね

下人の境遇は、主人に解雇され、餓死するか盗人になるか、という極限の状態ですよね。
にきびを気にしている、とあるから、まだ20代前半だと思います。だからあまり考えがなくて、餓死か盗人以外になる選択が出なかったんだと思います。

・・・・どうでしょう?ほんと、適当でごめんなさい。。泣

Q大好きな《生物》をいかせる職業は?

高校2年の息子は理科系・特に生物が得意。それが活かせる職業を探しています。パソコンで調べるも、なかなか見つけられません。その道に進むには、具体的な進学先(学科)もできれば教えてほしいのですが。

Aベストアンサー

生物が得意でしたらやはり生物学系をお勧めいたします。

現在、生物学は革新期を迎えており、急展開をみせております。アメリカでは、一流大学なら生物学が必修となっております。これは生物学がこれからの時代、核となる学問になるとの配慮からであり、これからは生物学に時代になるとも言われており、ありとあらゆる分野への応用が期待されて可能性は無限と言えます。研究施設が指数関数的に増えており、会社の関心も高いです。しかしその期待と人気の半面、今や生物系の学部は偏差値が飛びあがっています。名の通った大学に行こうと思ったらかなり勉強しなくてはいけないでしょう。(エリートは昔はみんな鉄鋼に流れ、次にITに流れ、現在バイオに流れていると言われています。)

しかし、やはりまだまだ現実社会から考えると発展途上であります。やはり日本は工業国であるので、(そして日本は他の国々に比べて進出が遅れたため)現在生物学は世の中の経済の本流からはずれてしまっており、まだなんともいえません。当の僕もバイオでビジネスをしようと思って大学に入りましたが、本当に生物学の時代が来るのか毎日非常に不安に暮らしています。人生を賭け事に例えるのなら、他の工学部に進むのは安全牌で、生物学は大穴といったところでしょうか。しかし、道さえ選ばず企業の歯車になってもいいというのなら、就職率は100%です。

 製薬会社(三共とか)、食品会社(グリコ等)また、MSという新薬専門のセールスマンもあり、年収1000万とかいう人もごろごろいます(ヤクルトの坑ガン剤など)研究の道では、分からないことだらけなので、最も困ることがない分野でしょう。僕自身は化学生命工を目指しており、とりあえずは一流工業の企業に入り、新しい生物を利用した工業を開拓したいなぁ、と思っております。(日立とか)野望です。

 進学先としては、国立大の理学部の生物学科がまず上げられます。あと僕が個人的におもしろいのは従来の生物学科にとらわれない、理工学部の学科、東京工業大学生命理工学部、横浜国立大学物質工学科、東京理科大学応用生物科学科、同生物工学科、立命館大学化学生命工学科、関西学院大学、慶応大学生命情報学部、特にカリキュラムが面白いのは(欧米並みなのは)早稲田大学電気情報生命、東京工科大学バイオニクス学科が斬新です。生物学は近年急に発展し変化した分野なので、一般に私大の方が動き出しが速くて資金が多く、研究施設がととのっていると思います。しかし極めるのならば、やはり日本に留まっていてはダメだと思います、やはり生物学の中心はアメリカなので。あくまで個人的な考えですが。

生物が得意でしたらやはり生物学系をお勧めいたします。

現在、生物学は革新期を迎えており、急展開をみせております。アメリカでは、一流大学なら生物学が必修となっております。これは生物学がこれからの時代、核となる学問になるとの配慮からであり、これからは生物学に時代になるとも言われており、ありとあらゆる分野への応用が期待されて可能性は無限と言えます。研究施設が指数関数的に増えており、会社の関心も高いです。しかしその期待と人気の半面、今や生物系の学部は偏差値が飛びあがっています。...続きを読む

Q羅生門と羅城門について

タイトルの通り芥川龍之介の書いた羅生門はなぜ「羅城門」ではなく「羅生門」なのでしょう?
できれば早い回答をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

芥川龍之介の研究のページに具体的な説明を見つけました。
色々複雑な背景があるようです。

参考URL:http://www.kyu-teikyo.ac.jp/~nakai/r2int.htm

Q元素と原子の違いを教えてください

元素と原子の違いをわかりやすく教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

難しい話は、抜きにして説明します。“原子”とは、構造上の説明に使われ、例えば原子番号、性質、原子質量などを説明する際に使われます。それに対して“元素”というのは、説明した“原子”が単純で明確にどう表記出来るのか??とした時に、考えるのです。ですから、“元素”というのは、単に名前と記号なのです。もう一つ+αで説明すると、“分子”とは、“原子”が結合したもので、これには、化学的な性質を伴います。ですから、分子は、何から出来ている??と問うた時に、“原子”から出来ていると説明出来るのです。長くなりましたが、化学的or物理的な性質が絡むものを“原子”、“分子”とし、“元素”とは、単純に記号や名前で表記する際に使われます。


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