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私は25歳の女です。引っ越し(自立)作業のために
実家の門の前(道路)にダンボールを積んで自分の荷物を片付けていました。
ダンボールが1個無くなっていることに気付きました。
箱が一人で歩く訳もなく、家族それぞれ近所に持ち歩いている人は
いないかと探しに行きましたがそれらしき人物は見当たらず
残りの段ボールは敷地内に入れて引っ越し作業をして、その日は私は引っ越しました。警察に届けました。

その無くなった段ボールには私の幼少期の写真や卒業アルバム、
長年の日記(英語で筆記体で書いてある)、大切な友達からもらった手紙、
両親からもらったプレゼントが入ってある宝物でした。

どうしても返して欲しいです。それがなくなった心に穴が開いたようで
毎日泣いて鬱病が再発しました。
聞き込み調査を続けていると近所の奥さんがダンボールを抱えて家の中に入って行くのを見た散歩中の夫婦がいました。

奥さんに電話で尋ねてみると「家の前は通ったけど知らないわ」と言われました。
疑ったらいけません。目撃した夫婦が嘘をついているとも思いません。

失ったものを、私はどう求めれば、
神様は私に、与えてくださるのでしょうか?

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A 回答 (4件)

お金では買えない物。

お金には変えられない物。 

解決に、自信は有りませんが、こんなに大事、どれだけ大事な物と言う事を、手紙にしてみてはどうですか。

そっと、戻してくれる事を願って。
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この回答へのお礼

35799さまありがとうございました。

細かいことを言うようで申し訳ありません。
目撃した夫婦は確かに女性がダンボールを持って家に入っていく姿を見ましたが
それが私の家の段ボールか女性の家の物かは分かりません。
曖昧な状態で手紙を送ると、女性を懐疑していることを
露呈してしまうのではないかと危惧しております。

心が苦しいです。

お礼日時:2010/02/06 10:31

大切なものを失われたとのことで本当に残念ですね。

 心中お察しいたします。 私の、宗教(キリスト教)に対する考え方を書きました。 こういう考え方もあるという位にとっていただけたら幸いです。 

「だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
ということになります。 

また、
「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。 むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。 あなたの宝のある所には、心もあるからである。目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。 しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。」

ともあります。 キリスト教は物に価値を覚えることは無意味であると言っているとも読んで取れます。大体、宗教は物を与えてくれることはほとんどありません。 宗教に解決を求めるなら、あなたが本当に必要としていることは何なのかを考え直す必要があると思います。
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この回答へのお礼

ShowMeHowさま、回答ありがとうございます。

神様を信仰できるのも過去の私があってこそ≒宝ものが大切、
と感じる一面もありますが、キリスト教においてこの世の物は天の国に
何の役にも立たないとある牧師さんも言われていました。

私は聖書が愛読書ですが洗礼を受けていません。
今回のことでキリスト教に救いを求めてしまいました。本当にごめんなさい。

私は地味で暗い人生でしたが幼少期の写真や両親と友人からの手紙などが
唯一誇れる宝ものです。本当に返してほしいです…。

回答ありがとうございます。

お礼日時:2010/02/06 09:51

「神は自ら助くるものを助く」


なんですよ。
また、
「神を試してはならない」
とも書いてあります。
両方ともキリスト教の原則ですね。
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この回答へのお礼

「神は自ら助くるものを助く」
天は公平で、依怙贔屓しない
努力した人にいい結果を与えてくれる
時には、努力した人には幸運をもたらした、と思わせる
人はだませても、天をあざむくことはできない

「神を試してはならない」旧約聖書の申命記の6:16
神に主導権があるのです。神さまが必要なものを与え、
神さまが導いて下さる。その神に信頼するように、との言葉です。
イエスさまにとっては、天の父なる神さまが、
「神殿の屋根から飛び降りろ」と言わないのにそのように
飛び降りることは、まさに「神を試す」ことであったのです。



返してくれる努力をひたむきで微力な私の知恵で続けます。
ありがとうございます。

お礼日時:2010/02/06 10:22

キリスト教の神様はやたら試練ばかり人間に与えます。


神様はそう言う事をしてはいけないのですが、西洋では許されるようですね。

質問者様がご実家の門のところに「失せ物」で張り紙をすれば効果があるかもしれないですよ。
「こんなに大切なものです」と、訴えれば返却されるかも知れません。

仏教なら即座に「仏罰」があたります。

無事に見つかりますように。
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この回答へのお礼

t87300さま、ありがとうございました。

貼り紙しました
回覧板にも添付していただきました。

お礼日時:2010/02/06 10:28

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