プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

学生です。

今日、大学で授業中に突然あてられ、答えました。
その答えは正解していたのですが、担当教官から間違いだと言われました。

この件について後から聞きに行ったのですが、担当教官の方が勘違いしていたということが、調べた結果分かりました。

とくに、何十人もいる学生の前でのことだったので、今非常に嫌な気分でいます。
その担当教官には何も言わないつもり(言える雰囲気の方ではありません)です。

こういうときに、どう、気持ちや考えを整理していったらいいでしょうか?
何か、アドヴァイスがありましたら、よろしくお願いいたします。

A 回答 (6件)

お気持ちお察し申し上げます。


私は工学部の教員ですので、もしかすると分野違いで参考にならないかもしれませんが、私の経験から言えることをいくつか述べさせていただきます。

まず第一に、うまく言えないのですが、教師という職業の背負っている因業のようなものがあるような気がします。「先生には先生の立場があるのかもしれない」と考えてはどうでしょうか。

小学校から大学に至るまで、何も知らない子供や若者をつかまえてモノを教え込むのが教師の仕事の大きな部分を占める以上、どうしても教師は自分を実際以上に偉く見せる必要を感じてしまう場合が多いように思うのです。 中学校の先生が子供になめられたら授業はできません。 なめられないためには先生自身の実力を高めて尊敬に値する先生になるのが筋なんですけれど、先生だって人間ですから、実力が足りないこともあり、間違うこともあります。 でもそれを生徒や学生の前で認めると、教える側の立場が崩れてしまうから、間違いを認めたがらない、というのが教師の一般的心理なのではないでしょうか。 私は小学校のときからよく先生の間違いを指摘しする子供で、あげくのはてに先生を泣かせたこともありますが、今なら先生の気持ちは良く分かります。 さぞ教えにくい子供だったろうと反省するばかりです。

ただ、大学教員ともなれば、教師としての自信と学問に対する謙虚さとを両立させるのが本来あるべき姿だろうとも思いますが…。 そういう教員もいれば、そうでない教員もいる、というのが現実です。 その先生が今後の授業で間違いを認めるならそれで良し(私や同僚の先生なんぞしょっちゅう計算ミスをしては学生に謝ってばかりです)、間違いを認めないならそういう先生だと割り切って、良いところだけを学ぶようにするのが賢明かと思います。

第二に、No.4 の potachieさんが書かれたこととも重複しますが、もしかしたら説明の仕方をもっと上手にすれば分かってもらえたのではないか、という視点も重要かもしれません。 私の昔の上司は、大学の教授にありがちな「知識の深くて狭い人」で、よく卒業研究で見当外れの指導をしたり他研究室の研究発表に見当外れの批判をしたりしていたので、そのたびに私が介入し反論する必要が生じ、だいぶ神経がすりへりました。 怒鳴り合いの激論をしたことも一度や二度ではありません。 けれども今になって振り返ってみると、だんだん私自身の説明の仕方が進歩していったらしく、最初に就職してから十年たつ頃には、私の反論を「それも一理あるかもしれないな」と受け止めてもらえるようになりました。 もちろん説明の仕方以前に自分自身が間違っていないことを確認できなくては心がくじけてしまいますが、そこは幸いなことに良き理解者を得ることができたので、何とかやってこれたのだと思っています。 精神衛生のためには「内容自体は間違っていない」ということを理解してくれる人を見つけること、そのうえで自己の成長のためには「説明がまずかったのかもしれない」と考えることだと思います。

およそ学問においては、何が正しいかは先生が言ったかどうかで決まるのではなく、人を納得させるような根拠があるかどうかで決まるものです。 先生の言うことを鵜呑みにしたくてたまらず「模範解答を配れ」と要求する学生が多いなか、nannunndoさんは「先生だって間違うことがある」と身をもって体験された。 それは貴重な経験ではないでしょうか。 他の学生の前で間違い扱いされたのは非常に不愉快なことではありますが、確かに間違っていないのであれば、きっと理解してくれる人が見つかるはずです。 そういう理解者を見つけて自分の精神の安定を確保した上で、教師の立場を思いやることのできる(そして必要とあればアカハラの危険から身を守れる)心のゆとりを取り戻すことが肝要かと思います。

長くなってしまいましたが、少しでもお役に立てるなら幸いです。 どうか気を落とされませんよう。
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この回答へのお礼

どうも有り難うございます、

実はこの件で、その先生には名前を覚えられました。後から辞書や教科書で確認してみましたが、やはり先生がどうしてどういう説明をしたのだろうか?と疑問に思っています。結局その後の授業では、違った単元となりました。

貴重な体験談と同時に、御教示くださる通り、今後は自分の意見や考えを筋道立てて相手に理解してもらうという訓練をしなければならない、とおもいました。また同時に、そのためにも、もっと勉強を重ねなければならない、とも思います。

仰る通り、人は完ぺきではなく、自分も家庭教師で間違ったことを教えている可能性もありますので、自分の納得のいくような勉強をし続けるのが最善のように思っております。

お礼日時:2010/02/15 21:48

私も質問者様と同じことがありました


そして私は迂闊にも先生の間違いをみんなの前で指摘してしまったのです

大学の1年の時、教授が授業で中国の故事(作り話の故事ではなく、『史記』という歴史書の中に出てくるお話)をお話になり、一番前に座っていた私に「知ってるか?」と聞いてきたので
「先生は燕の王様とおっしゃいましたが、王様ではなく燕の太子(王様の嫡男の意味)の丹(名前)です」
と、答えたところ、教授は
「そうだったかな~?お前は知識が多いな~」
と、他の学生の前でおっしゃいました


時は流れて3年後の4年生の時、卒業論文の指導教授が2人決められたのですが、副査になった教授が上記の教授でした
早速副査の教授のところへ卒論の相談に行ったところ
「俺はお前がやろうとしている古典はよくわかんないんだ。その古典、大嫌いだからほとんど読んだことないしな」
と、言われ、最初の3ヶ月間は指導していただけませんでした
主査の教授と相談して序論、本論、結論の論証項目を決め、副査の教授に書き始める許可を貰いに行ったところ、不足している点を的確に指導していただけました
よくわからないとおっしゃっていたはずでしたが、「う~ん、さすが!」と感じました
が!
副査の教授にご指摘いただいた点は提出までに調べ切れない(というか、普通の学生が卒論のテーマにするような内容を3点書き加えるように言われた)ほどの内容で、結局、文字数が2万文字以上とのことでしたが、5万8千文字にもなってしまい、主査の教授からも何でこんなに増やしたの?と言われるほどでした


さらに当時所属していた大学の大学院を学内受験し、教授3人と私の面接の時、副査の教授が面接試験官でおられたんです
そして他の2人の教授が入試の点数、大学での成績、交換留学、大学への貢献度(主査の教授の助手をしていたこと 中国からの来客の接待と通訳 語学研修の引率など)を考慮すると問題ないのではないでしょうか?と、おっしゃいましたが、副査の教授が

「お前は1年の時、授業中に俺の間違いを指摘したよな」

などと公的な面接試験中に私的なことを言ってきて
他の2人の教授がフォローをしてくださったところ、紙に何かお書きになって私に見せ

「ちょっとこの2冊の本の著者、内容、書かれた背景を説明しろ」

と、言われたので紙を見ましたが、まったくわからない本の名前だったので、わかりませんと答えると

「お前は中国古典を専門にしてるのにこんな基本的な書も知らないのか。お前は幅広く書を読んでいるが研究に深さが足りない。そんなことでは俺は指導できない」

と、おっしゃり、他の1人の教授がもう1人の教授に

「この本、私も知らないんですが、これって基本的ですかね?」
「う~ん」(多分ですが、基本文献ではないが、副査教授の面子があるのでそんなことはないと言えないという意味の「う~ん」だと感じました)

で、結局、不合格になりました


その後、別の大学の大学院に合格し、指導教授に報告したところ、翌日研究室に呼び出され、行ってみると学科教授5人の内、4人の教授がおり、もう一度この大学の大学院の入試があるから絶対に受験するように言われ、素直に受験したところ、副査の教授が物凄く嫌そうな顔をしつつも合格をいただけました


大抵の大学の先生(特に教授)はプライドがチョモランマより高いので、間違いの指摘などをすると後で面倒な事になるかもしれません
ですから、質問者様の憤りも理解できますが、今回は我慢していただくか、その先生が教授なら自主的にレポートを作成し(私は2年の時から教授の授業ではほぼ毎週自主レポートを提出していました)、自分の答えが間違っていなかったことを説明し、文末に

「先生から間違えていると指摘され、自分の知識を再確認するために調べてみました。授業中に私の答え方が悪かったため、先生に勘違いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。先生のご指摘であの問題について調べてみて、新たに知ったことも多く、大変勉強になりました。ありがとうございました。これからもご指導をよろしくお願いしまします」

と、入れると先生のプライドも保てますし、質問者様の評価も上がることになると考えます

もしその先生が教授でないのなら、また質問者様が卒業なさるまでにその先生が教授になる可能性がないのなら「間抜けな専任講師め!」と思っておくだけで良いと思いますよ
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この回答へのお礼

どうも有り難うございます、

数年にわたるお話を聞かせていただき、今後のことについても参考になります。卒論や大学院入試を経過してゆく過程で、walfhat様も成長されていった、というような印象を感じました。

それで、僕自身も、今後色々なことがあるという気持ちを持って、自分がどう切り抜けていくか、また、嫌なことなどをいかに相手のせいにせずに自分の考えを変えながらやっていくべきか、修行したいと思いつつあるところです。

その先生が直接の指導教官になるかどうか、今のところは分からないのですが、自分の実力をつけてゆこう、と思っているところです。

お礼日時:2010/02/11 19:25

これから社会人や研究者になることを考えると、その時点で自身の解答の正しさをプレゼンできなかったことを反省してみるのもご自身の成長に役立つかと思います。


院に進学したり、就職すると、自身の正しさを相手に「その場で」理解してもらうというのもとても大切なスキルだと言うことを痛感しますよ。
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この回答へのお礼

どうも有り難うございます、

ご指摘通り、こうした状況で、自分はどう動けただろうか、と考えてみております。その後に教官が仰っていたことを、その場でもう少ししっかりと考えるべきだったのかもしれません。
今後の課題としたいと思いました。

お礼日時:2010/02/09 21:46

あなたが正しくて、向こうが間違っていたのだから何も気にする必要はないと思います。

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この回答へのお礼

どうも有難うございます、

考えてみると、自分自身でも(家庭教師などで)同じようなことをしているかもしれない、と思い、その意味で、今回のことを受け入れていこうとも思っているところです。

ご指摘通り、正しいということに忠実であろうと思いました。

お礼日時:2010/02/09 21:39

「自分は間違っていなかった!自分は正しかった!」と自分を褒めましょう。



一見すると、恥をかいたように見えますが、実際に一番恥ずかしい事をしたのは担当教官です。
それで良いじゃないですか!!

もしも私ならですが、試験にその質問の問題が出れば、自分の答えを書いた後に、「と回答しましたが、以前に教官が仰っていたように、回答しないと間違えなんですよね。
ですが、私は記載した回答が正しいと思いますので、このままの回答で結構です。」と記載します。
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この回答へのお礼

どうも有り難うございます、

そうですね、感情的なことはひとまずおいて、学問的に正しいとされていることに忠実になろうと思いました。

ご指摘通り、もし試験に出たのならば、教官の説明も同時に書いて、主張したいと思います。

お礼日時:2010/02/09 21:36

まともな教員であれば,クラスのみんなに誤ったことを教えたことになりますから,来週の授業で訂正するでしょう(でももう学期は終わっているのでは?)。

授業で訂正もせず,あなた個人にもあやまらなかったのなら,「こいつアホや」と見放すしかないでしょう。
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この回答へのお礼

どうも有り難うございます、

(3学期制ですので、3月まで授業があるのです)

次回の授業で教官がどうされるか分からないのですが、もしこの件を取り上げてもらえたら、逆に尊敬できる先生だな、と思います。

お礼日時:2010/02/09 21:33

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