『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

最近のJ-POPは、
約10年前に比べて『フェードアウト』で終わることが、
少なくなってきたように感じるのですが、
実際そうなんでしょうか?

また、このフェードアウトで終わることが少なくなってきているのであれば、
それは何ででしょうか?

ただの流行でしょうか?

ライブでは、基本的にフェードアウトで終わらないため、
アレンジし直さなければいけないことが関係していたりしますか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

自分はJ-POPは全く知らない完全洋楽派で、ジャンルは節操無く聴いていますが、同様の傾向が近年の欧米の音楽シーンにもはっきり表れている事を感じていたところです。


特に、ブラック、ダンス、エレクトロニカ・・などループが主流の音楽は本来バシッと切って終結させるのが難しい性質の音楽なので、2000年代中盤くらいまではフェードアウトが殆どだったように思います。
それらのジャンルさえもフェードアウトで終わらせることは近年著しく減っています。ロックやポップなんかはなおさらです。

ライブは時代に関係なくありますし、フェードアウト全盛があれだけ長く続いた事を考えても、「ライブに合わせて」という見解はあまり現実的ではありません。
やはり流行が過ぎたと考えるのが的確なように思えます。(勿論、現時点に限っての話で、すぐにでも復活する可能性もあると思います。)
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

QC Dの洋楽の曲はなぜフェードアウトして終わる曲が多いのですか?

80'Sで洋楽を聴くようになった者です。

それほど幅広く聴いてるわけじゃないのですが、
洋楽の曲は、山場を過ぎて後半になると、同じ詞とメロディーの繰り返しになっていき、最後は音が小さくなりフェードアウトしていきます。

フェードアウトで終わる曲が多いのは何故でしょうか?

Aベストアンサー

面白いご質問ですね。

私は若い頃4トラックのMTRで曲を作って遊んでいた程度の経験しか御座いませんが、推測される理由として

(1)余韻としての効果を狙っている。
残響感とでも申せましょうか?良い詩を読んだり映画を見たりしたあと「じわー」っとした感動を覚える事、有りますよね。
曲も同じで「ブチ」っと切られるよりも感動の余韻をじっくり長く感じさせる意味でフェードアウトは最も簡易で効果的である、からでは?。
個人的にも遊びであれ曲を作り編集する際にはフェードアウトを多用しましたね、この場合締めを考える手間が省ける、と言う安易な理由からでしたが。

(2)フェードアウトしない場合ですが、何を例に出すか迷いますが好き嫌いは別として有名なビートルズのアルバム、サージェントペパーズをイメージすると・・・ラストの「A Day in the Life 」なんかはこれ以上無い位大げさに終わりますよね。
コンセプトがはっきりしているアルバムや曲はエンディングもしっかり作られている、「計算されている」、と言う見方も出来るかな。(かなり強引ですね)

結論ですが、・・・多い理由の筆頭は「簡単にまとめられ、且つ効果も狙える」でしょうか。

ホント思いつきで恐縮ですが凡人作曲経験者の戯言として、一応ご参考まで。

面白いご質問ですね。

私は若い頃4トラックのMTRで曲を作って遊んでいた程度の経験しか御座いませんが、推測される理由として

(1)余韻としての効果を狙っている。
残響感とでも申せましょうか?良い詩を読んだり映画を見たりしたあと「じわー」っとした感動を覚える事、有りますよね。
曲も同じで「ブチ」っと切られるよりも感動の余韻をじっくり長く感じさせる意味でフェードアウトは最も簡易で効果的である、からでは?。
個人的にも遊びであれ曲を作り編集する際にはフェードアウトを多用しました...続きを読む

Q繰り返しながら小さくなって終わる音楽のレコードって誰がはじめて録音したのか

この質問のタイトルを、どうしようか、まず、とても考えましたが、そのまま書いてしまいました。
よく、CDやレコードを聞いていると思うことなんです。
それは、曲の最後が、同じフレーズを繰り返しながら、小さくなって行き、消えてしまうという終わり方の曲のことです。
この終わり方は、今では普通のことですが、聞いていると、どうも、手抜きの一つの手段のような気がしてしょうがない時があります。
作曲者が、終わり方を、どうしようか迷った揚句、苦しまぎれに行なっているような印象を受けることがあります。
それは、まあ、考え過ぎとしても、演奏会で、こういう終わり方をすることは絶対に不可能なわけで、昔のレコーディングは、こんなこと考えられなかったはずですね。
そこで、この終わり方を、一番先に行なった人は、誰なんでしょうかというのが、今回の疑問です。
また、いつごろのことなんだろうかとも思います。
ついでですが、この、小さくなって消える終わり方、クラシックでは絶対にないと、僕は思っていましたが、思い出したことがあります。
以前、山本直純司会だったと思うのですが、オーケストラがやって来たという番組がありましたよね。そのテーマに使われていた曲、何という曲か忘れましたが、
あの曲って、フェードアウトで終わるクラシックの唯一の曲という気がします。
ひょっとしたら、僕の思い違いかもしれませんが、もし、フェードアウトで終わる曲だったとしてですが、それとも、あの曲は、クラシックではないのでしょうか。
さらについでに、あの曲、何という曲なんでしょうか。以上です。

この質問のタイトルを、どうしようか、まず、とても考えましたが、そのまま書いてしまいました。
よく、CDやレコードを聞いていると思うことなんです。
それは、曲の最後が、同じフレーズを繰り返しながら、小さくなって行き、消えてしまうという終わり方の曲のことです。
この終わり方は、今では普通のことですが、聞いていると、どうも、手抜きの一つの手段のような気がしてしょうがない時があります。
作曲者が、終わり方を、どうしようか迷った揚句、苦しまぎれに行なっているような印象を受けることがあ...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちわ!
音響的にレベルを絞る方法論は50年代のアメリカンポップスですでにおこなわれていますね。「これが始めてのフェードアウトレコードだ!」というのはごめんなさい、わかりません。

ただ、元になっているのはマーチングバンド等が遠くからやってきて、また去って行くときのレベルの感じを音響的にシミュレートしたものだ。と聞いた事があります。
また、ジャズやクラシックでも印象的なリフを何度も繰り返しつつクレッシェンドする手法は昔からありますよね。


人気Q&Aランキング