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Wikipediaを見ると、小笠原長清の生年月日が、応保2年3月5日となっていますが、この根拠(史料など)をご存知の方がございましたらご教示願えないでしょうか。
3月5日まで細かくなくても、応保2年が分かればいいです。
宜しくお願い致します。

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A 回答 (1件)

>小笠原長清の生年月日が、応保2年3月5日となっていますが、この根拠(史料など)を…



それはやはり『小笠原家譜』でしょう。
小笠原家譜とは、江戸時代の小笠原家がまとめたもので、小倉家や越前勝山家などいくつか伝わっています。

ほかに、『続群書類従』、『尊卑分脉 (脈)』、『寛政重修諸家譜』など明治より前に編纂された書物にも記載されています。

ただ、これらはあくまでも江戸時代の小笠原家が先祖の権威を高めるために創作したものであり、長清が源頼朝に弓馬の秘法を伝授したなどというのは全くの作り話であるとの説もあります。

質問者さんが小笠原に興味を持たれたのなら、下記の本を一度読んでみられることをお薦めします。

★ 『中世武家儀礼の研究 』二木謙一 1985 吉川弘文館

以上、某小笠原城下町に住むものからでした。
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この回答へのお礼

mukaiyamaさん、早速のご教授ありがとうございます。
図書館に行って、『続群書類従』と『寛政重修諸家譜』を確認してきました。
確かに『続群書類従』には応保2年3月5日生まれと書いてありました。
それと、参考図書のご紹介もありがとうございました。今度読んでみようと思います。

お礼日時:2010/02/22 13:01

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