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一生って
とても長いものだと思いませんか。

生きている間って、
とてもとても長いものだと思いませんか。


それまで、何千時間、何万時間、いろいろなことを考えて、悩んで、想っても、
死ぬのは一瞬です。



私は時々思うのですが、
例えば車のドライバーなども、

それまで何百時間、何千時間、運転を、
ずっと気も抜かず、安全確認も怠らず、
してきたとします。

それでも、
ただ一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、
わき見をしただけで、
死傷者の出る交通事故になったりします。

それまで何千時間、ずっと、注意しながら運転してきたとしても。


生きてることも、それと同じような。

ほんの一瞬だけで、それまでのことがパー。


うまく説明できませんが、
そんなことを思うのですが、そう思う方、いますか?

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A 回答 (9件)

NO3&NO6です。

森鴎外の小説に「高瀬舟」というのがありますが、短編ですので一度青空文庫からダウンロードしてお読みになることをお勧めします(もし未だお読みになっていなければの話ですが)。

高瀬舟は囚人を護送するための舟です。囚人と護送する役人との間の心の世界を描いたものですが、その囚人は晴れ晴れとした顔で、役人にはその囚人の態度が全くはじめて経験するもので不可解極まるものでした。普通なら落ち込んでいなければならない筈なのに何故こんなにも晴れ晴れとした態度でいることができるのだろう?

虚無は確かに恐ろしい敵ですが人間はそれを克服できる心を持っています。前向きに生きる、今日出来なかったとしても明日は前向きに生きよう、絶えずそんな心構えでいる、そんな人に憬れます。

仮にはたから見て不幸な人生であったとしても世間を呪うだけでは最近流行の凶悪犯罪を実行するか、実行しないまでも不幸であることから解放されません。

そうでなく、自分よりももっともっと過酷な人生を歩んでいる人がいることを知れば自ずと感謝の気持ちが湧いて来るはずです。で、絶えず感謝の心を持つ努力をしていますと不思議なことに、そのような心が増幅されていくものです。そして今までの灰色の虚無の世界が一変、遥か彼方の青い山脈がはっきりと見えてくるようになります。

余計なことを書いてしまったかもしれませんが心の片隅にでも納めて頂ければ嬉しいです。
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ネガティブとおっしゃる方もいらっしゃいますが生きるってそういう事だと思います。


いつ死ぬかわからないのが人生。

むしろ一瞬で死ねたら幸せで、中途半端に生きてしまっては莫大なお金が必要になったり借金が残ったりしますね。一生寝たきりの生活もありえます。
それでも生きていてよかったと思えるかどうかは本人次第なんですけれども。

だからこそ今できる事、今やりたい事をやって日々楽しく生きる事が大切だと思います。
10年20年後の事を考えてこつこつ生きるのも良いですけど
そうやって生きていると明日死ぬ事になったらもっと楽しめばよかったと後悔しかねませんね。
そんな生き方は嫌です。

上手く説明できませんが『ほんの一瞬だけで、それまでのことがパー。』これこそが人生。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2010/03/02 16:29

 このご質問された方にとても共感します。



 一瞬の過ちで死んでしまうという危うさを、私達は常に抱えて生きています。

 死という問題は、だいぶ先の話のように普通思いますが、

 次の瞬間に訪れるかもしれない今の問題なんですね。

それについて調べてみたら、自分と似たようなことを言っているHPがありましたので、

URL貼り付けておきます。

 そういう儚い(はかない)人生であることが分かれば、一瞬一瞬を大事にせずにおれなくなります。

 そういう前向きな思いに変えていくのはどうでしょうか? 

参考URL:http://xn--g9j5d2a49aw63qy7oca.com/i/
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ご丁寧に貼っていただき、ありがとうございました。


>そういう前向きな思いに変えていくのはどうでしょうか? 

それはいいですね。

お礼日時:2010/03/02 16:28

No3です。

なるほどなるほど、私は少し早とちりをしたようですね。つまり金も空しいもの、すべてが死によって崩れ去るから空しい、こういうことですね。「色即是空 空即是色、、、」で始まる般若心経の世界を見つめておられるんだ!永遠を思う事のできる人は頭が良い人だと思います。誤解してすみませんでした。

昔、ノーベル賞を受賞したある作家がいました。端から見れば成功者でしたが自殺しました。何故でしょう?色々取り沙汰されていますがある人曰く、「冷徹な目で死を見つめながら、死の向こうにあるものを見つけることが出来なかった、死を乗り越えることが出来なかったから」ということです。

人間は生まれたその瞬間から死に向かって歩み出す、と言われますが、これは厳然たる真理でいかんともなしがたい人間の宿命です。しかし古今東西、歴史に名を残した人は勿論、そうでないごく普通の人でも、満ち足りた人生を送った人がいっぱいいます。私も自分がこの世を去る時はすべての人に対して感謝しながら去って行きたいものだと、常々思っています。空しいものを空しいと感じなくするのもやはり心の持ち方ではないでしょうか?

この回答への補足

「この回答へのお礼」を書いてから、
書いてます。

この回答をもらってから考えたのは、
普段私は「満ち足りてない人生」を送ってるから
こういうことを考えるのかなと…。

この質問に、すんなり共感できない人は、
普段「満ち足りてる人生」を送ってる人?


子供がいたり孫がいたり、
自分の人生も充実して満ち足りていたら、

「いつ死んでも惜しくない。」
「大満足な人生。非常に楽しかった」
と言って
死ねるのかもしれませんね…。

補足日時:2010/03/02 16:25
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。

>「色即是空 空即是色、、、」で始まる般若心経の世界

えっと…。^^;それほど大したもんではないんですが…。^^;


>満ち足りた人生
>空しいものを空しいと感じなくするのもやはり心の持ち方

そういうふうにできれば
いいんでしょうけどね…。

お礼日時:2010/03/02 14:33

DOKO


どこかにゴールがあると思うのは幻想。
IMA
いま苦しいときそこからの開放を願うのは当然。
SOSITE
そして我慢した時間が報われるかも不明。
KIHON
基本、嫌なことは避けようとするのはあたりまえ。
SOREDE
やりたい事をしようとするのも自然。
IMI
意味を成しているか不明ですがうまく説明できませんがそんなことを思うのでうSがそう思いますかね。
OWARI
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この回答へのお礼

頑張り続けるしかないのでしょうか…。

お礼日時:2010/03/02 14:30

だけど、死んだら何もかもおしまいとは言えません。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

私は心霊などについてくわしくありませんが、

それは「霊魂」とか、「生霊」のことでしょうか?

お礼日時:2010/03/02 14:28

価値観の持ち方によるのではないでしょうか?



おっしゃるように、長い間苦労して、辛酸を嘗め尽くして、やっと軌道に乗せることができた会社も、ふとしたことで倒産の羽目になる。こんなこと良くありますよね。それだけが生きがいで生きてこられた人にとっては全てが流れ去り、何も残っていない状態だと思います。ほんとに気の毒だと思います。

しかし人間、生きるための手段としての労働以外に、人生を通じたライフ・ワークを持っていれば、また少しは違ってくるのではないでしょうか?

家は家事に遭えばまさに灰燼だけが残り、高価な宝石も泥棒に入られれば消えて無くなります。どこかの会社のような株券を沢山持っていたとしても、その会社が潰れれば紙くずになってしまいます(今は電子化されていますので紙屑にすらなりません)。預貯金も取り崩さなければならないような状態になったら直ぐに底をつくでしょう。

しかし世の中がどのようになろうとも決して変わることのないものがあります。それは心の中にあるのではないでしょうか?人生100年としてもあっという間です。これは齢を重ねれば重ねるほど痛切に感じるようになってきます。そんな短い人生で自分に出来る事は何だろう、大きなことは出来なくても自分に出来る事をコツコツとやっていく、そこに人生の目的を見つけることのできた人は幸せだと思います。

「それまでのことがパー」というのは生きるための手段(一言で言って金)に過ぎないものを目的とするからではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

>「それまでのことがパー」というのは生きるための手段(一言で言って金)に過ぎないものを目的とするからではないでしょうか?

いいえ、私はこの質問を書いた時、
「お金」のことは頭に全く浮かんでませんでした。

むしろ、「考え」とか「悩み」とか
かなー。。


私も「お金」なんて、はかないものだと思ってます。

それよりも、「一生懸命生きてきた気持ち」
みたいな‥。

そういうものが、
死ぬことによって、「パーになる」と
言いたかったんです。


説明不足、申し訳ございません。

お礼日時:2010/03/02 10:22

alterdです。


私の「生きがい」はサックスを吹くことです。
「誇り」は、同じくサックスを吹くことと、誠実であることです。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。<(_ _)>

お礼日時:2010/03/02 10:23

 仰りたいことは分かる気がしますが


ネガティブな感じは否めません。
私は生きている間の充実を徹底的に考えます。
それには、やれることで、やりたいことをやるしかありません。
 後、私にとって、生きる必須条件は
ささやかな「生きがい」と「誇り」です。
それさえあれば、どこで、どう死のうが関係ありません。
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この回答へのお礼

確かにネガティブ要素が強かったかもしれませんね。

そういうのは抜きにしても、
今まで頑張って頑張って、大事に大事に、
一生を過ごしてきたのが、
死ぬ時は一瞬です。

“なんだかな~。”という気は、しませんか。

ちなみに
alteredさんの、「生きがい」と「誇り」を教えていただけると
嬉しいのですが。

お礼日時:2010/03/02 08:01

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