『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

唱歌「椰子の実」の現代語訳や解釈などついてインターネットでいろいろ調べてたのですが、見つかりませんでした。全文について、どなたかご存知の方かおられたら教えていただけませんでしょうか。
参考HPもあれば助かります。

A 回答 (3件)

現代語訳と仰っても、もとの詩の格調を保って訳すなんて事は出来ませんが


おおよその雰囲気を掴んで戴ければ幸いです

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何処か遠くの島から(ここに)流れ着いた椰子の実1つ

(その島の)岸を離れて、お前は何ヶ月波に揺られてたどりついたのか

(お前が実っていた)樹は立派に茂って、その枝は影を落としている(というのに)

私もお前と同じ、(優しい故郷を離れて)一人放浪の浮草暮らしなんだよ

その椰子の実を胸に当ると、思えば遠くへ来たもんだと寂しい気持ちになる

夕日が海に落ちるのを見ると、故郷を想って泣けて来る

打ち重なる波を見て故郷のことを懐かしく思い出す、いつか必ず故郷に帰ろうと誓った
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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この回答へのお礼

ありがとうございます。よくわかりました。

お礼日時:2003/07/01 10:29

jakyyです。


解説としては下記のサイトに書かれています。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/14 …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。でも現代語訳が一番知りたいです。

お礼日時:2003/06/16 17:19

「椰子の実」は島崎藤村の詩集『落梅集』に収められています。

昭和11年国民歌謡の一つとして、山田耕筰門下の大中寅二が作曲です。
http://www.asahi-net.or.jp/~LD3T-NSKW/tbyashij.h …

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~LD3T-NSKW/tbyashij.h …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。でも現代語訳が一番知りたいです。

お礼日時:2003/06/16 17:18

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Q「早春賦」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 歌詞の参考ページです。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/sousyunfu.htm

1.「歌は思えど」
2.「さては時ぞと 思うあやにく」
3.「春と聞かねば 知らでありしを
  聞けばせかるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か」

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もきのうも 雪の空  
今日もきのうも 雪の空
 
川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。
さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を  いかにせよとの この頃か 
いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。

1)歌は思えど
⇒歌おうと思ったけれど。

2)さては時ぞと 思うあやにく
⇒さては時(春が来た)と思うが、その気持ちを打ち消すかのように、(まだまだ雪が降っている。)
⇒いよいよ春が来たと思ったのだが、折悪しくまた今日も雪が舞って来てしまった。(春はまだなのか~)

★あや‐にく【▽生憎】
《感動詞「あや」+形容詞「にくし」の語幹から》

1.[副]意に反して不都合なことが起こるさま。
あいにく。
折悪しく。

2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。

意地が悪い。
不都合だ。間(ま)が悪い。
予想以上に厳しい。過酷だ。

この歌は難しい歌ですよ。
全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。自信ありません。

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もき...続きを読む

Q「夏の思い出」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いている...続きを読む

Aベストアンサー

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上記の説明でお分かりのように、見えてくるのは「水芭蕉のやさしい影」です。


3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。
⇒歌詞の中にある「尾瀬」という沼の「水のほとり」です。
尾瀬沼のすばらしい景色をご堪能ください。

http://www.towabank.co.jp/oze/oze97/oze97.html

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

⇒「夢見て咲いている、水のほとり」
⇒読んで字の如し「水芭蕉の花が夢を見ているかのように静かに美しく水のほとりに咲いている」
⇒「水のほとりに、夢見て咲いている」が倒置されてます。
⇒「水芭蕉」を擬人化して「夢を見ているかのように咲いている」と表現しています。

第二段落も同じです。
「水のほとりで、夢を見ているかのように匂っている」
⇒「夢を見ているかのように」という表現は、「水芭蕉の純白の可憐な花が、そっとやさしく咲いている様」を【純真で汚れの無い小さな子供が、スヤスヤとやさしく、そして幸せそうに眠っている様】に喩えているのです。


5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。
⇒省略はありません。
⇒下記のURLをご覧下さい。
⇒「水芭蕉」は沼地にあるところでは点々と、あるところでは何本かが寄り添って、またあるところでは道のように連なって、さらにあるところでは花たちが集まって島のような塊となって咲いているのです。水の中に咲いている様子が「浮き島」のように見える水芭蕉もあるのです。

【浮き島】のイメージが下記の写真で解るといいのですが・・・。
http://www.page.sannet.ne.jp/moris/oze.htm

質問文の1.
【辞書で調べましたが、見つけませんでした。】
⇒【見つけることが出来ませんでした】
⇒【見つかりませんでした】
⇒【探せませんでした】
⇒【探すことが出来ませんでした】
⇒【見当たりませんでした】
⇒【辞書で調べましたが載っていませんでした】
★「見つけませんでした」は、ご自分の意志で見つけなかったという意味になり、「探しても見つからなかった」という意味とは違ってしまいます。

質問文5.
【なんか省略が多すぎるような気がします。】
⇒「なんか」ではなく、もし使うのであれば「かなり」とかになります。しかし、ここではそのような言葉を使うのではなく、「この文章は省略されたものが多すぎるような気がしています」などの方が、質問文としては良いでしょう。

歌詞はメロディーに当てはめ、音符に乗せることなどが優先され、倒置法が用いられていたり、省略されたり、妙な造語が出てきたり、擬態語が使われたりします。さらには、歌詞独特の擬人法が駆使されていたりして、詩自体の文意が解りにくくなっていることが多いですね。

頑張ってください。

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上...続きを読む

Q浜辺の歌の意味がわからない

浜辺の歌の1題目、2題目までは意味がわかるのですが、3題目の意味がわかりません。教えてくださいませんか?

はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すべていえて
浜辺の真砂 まなごいまは

西東社刊 「童謡・唱歌 こころの歌」より

Aベストアンサー

はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すべていえて
浜辺の真砂 まなごいまは

東風が波の上を吹き、
着ていた赤い服がすっかりと濡れてしまったことだ
病んだ自分は癒えてきたが、
浜辺の砂,いや,私の子どもはどうしているのだろうか
http://www7a.biglobe.ne.jp/~hnet/haturatu/hamabenouta/hamabe.html


「はやち」は疾風(はやて)で、
「ち」は東風(こち)の「ち」と同様、古い日本語で風を意味します。

「赤裳」は赤い着物。
「ぬれもひじし」は「濡れ漬つ」という複合動詞の間に、
意味を強める係助詞「も」を挟んだもの。

「漬つ(ひつ)」は、「沾つ」とも書き、水につかる、濡れるという意味。
末尾の「し」は、過去を示す助動詞「き「の連体形。
「すそぞ ぬれもひぢし」で、
裾がすっかり濡れてしまったという意味の係り結び。

「真砂」は、一般にはマサゴと読み、細かい砂を示します。
次の「まなご」も同じ意味。
「まなご」には愛子という意味もあります。
4番が消失してしまったのでわかりませんが、
古渓は「まなご」に真砂と愛子の2つの意味を、
掛けていた可能性があります。


だそうです。
なんか、どこを見ても、この歌の3番はイワクツキのようですね。

http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/01/post_e4b4.html

はやちたちまち 波を吹き
赤裳のすそぞ ぬれもせじ
やみし我は すべていえて
浜辺の真砂 まなごいまは

東風が波の上を吹き、
着ていた赤い服がすっかりと濡れてしまったことだ
病んだ自分は癒えてきたが、
浜辺の砂,いや,私の子どもはどうしているのだろうか
http://www7a.biglobe.ne.jp/~hnet/haturatu/hamabenouta/hamabe.html


「はやち」は疾風(はやて)で、
「ち」は東風(こち)の「ち」と同様、古い日本語で風を意味します。

「赤裳」は赤い着物。
「ぬれもひじし」は「濡れ漬つ...続きを読む

Q「さくら さくら」の歌詞の意味は?

さくら さくら
弥生の空は 見わたすかぎり
霞か雲か 匂ひぞ出づる
いざや いざや 見に行かん

「霞か雲か」というのは桜を指しているのでしょうか?(比喩)
それとも「弥生の空は」とありますので、雲のことを指しているのでしょうか?

比喩だとすると桜が空に輝いているということでしょうか?
空に輝いているのであれば、どこにいても見えますので、「見に行かん」がおかしくなります。
わざわざ「見渡すかぎり」といっています。

それとも地には桜が、空には雲が美しく輝いていると解釈してよいのでしょうか?
「匂ひぞ出づる」の「匂ひ」は、生き生きとした美しさなどが溢れることですが、雲や霞に「匂ふ」などと表現はしないと思うのですが。
すると「桜が匂ふ」という解釈になります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ここで使われている「空」は、「目の前に広がる空間」という意味で、「景色・風景」と同義です。したがって「霞か雲か」は、遠くに眺める桜の花を意味します。

この歌には、もう一つ歌詞があるのはご存知ですね。

さくら さくら 
野山も里も 見渡す限り
霞か雲か 朝日に匂ふ
さくら さくら 花盛り

こちらの歌詞では、「霞か雲か」が桜花を指しているのは明らかです。

「さくささくら」の歌詞には、面白い歴史があります。よろしければ、こちらのサイトをご覧ください。

http://www.k-press.net/music/indexmusic0404.html

Q白秋の「砂山」の「ぐみわら」とは?

三連に出てくる「ぐみわら」とは、あの果物の「グミ」のことなのでしょうか。違うとすれば、どういうものなのか、お分かりの方、教えてください。
また、もしあれが私の思っているグミなら、ぐみの木は低木とはいえ、人の背丈以上はある、と思うのですが、「砂山」に読まれているグミはもっと小さいのでしょうか。
それと、グミの季節は六月頃だと思うのですが、それだとあの歌は、やはり夏の歌、なのでしょうか。
以上、よろしくお願いします。どんなところですずめや子供たちが遊んでいるのか、想像してみたいんです。

Aベストアンサー

グミのことだと思います。
私も歌を歌うときに以前ちょっと調べてみたのですが
砂防のために海岸に林のように植えられていたのだろうということです。
そこが子ども達の格好の遊び場になっていたらしいです。

あの歌は子どもの歌のなかでは「秋」の歌になっていました。
北原白秋は大正11年9月に新潟へ行きその時に郷土について教える童謡を作るように頼まれます。
そして帰りに浜の方へいくと見渡す限りの砂山はグミの原っぱでそこにすずめがたくさん啼いたり飛んだりしていました。
海の方を見ると海は荒れていて向こうを見渡すと佐渡が見える。
灰色の雲が低く垂れて日が暮れてきて、そんな中で子ども達は砂を掘ったり鬼ごっこをして遊んでいたそうです。

それにしても同じ詩でありながら中山晋平と山田耕作の二人の曲は曲想が全然ちがって面白いですね。

Q滝廉太郎の「花」の歌詞の意味を教えてください。

滝廉太郎の「花」の歌詞の意味を教えてください。
古い言葉なので、分からない語句があります。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こういう注釈でいいでしょうか。個人的解釈です。

春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

「舟人が」→舟人の
「櫂のしづくも花と散る」→(舟人の漕ぐ)櫂のあげるしずくが花のように散っている
「たとふべき」→たとえることができるだろうか(たとえられない)  
 ※「べき」→連体形「べきか」の省略ではないかとの解釈

見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

「見ずや」→見てないの?(いや、見なくてはいけませんよ) 
 ※全体的に対句の倒置法、「見ずや」は、それぞれ「櫻木」、「青柳」にかかる。
 →見てないのですか? 夕暮れどき、自分においでおいでと手招きするような青柳を
 ※浅田真央をまだ見てないの? の使い方と同じ解釈

錦おりなす長堤に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき

「錦おりなす」→様々に花が咲き乱れているようす
「くるればのぼるおぼろ月」→日が暮れたら昇る(満月)のおぼろ月
 ※参考:蕪村の「月は東に日は西に」
「げに」→実に、ほんとうに
「千金の」→千金の価値がある(ほどすばらしい)
 ※参考:蘇軾の「春宵一刻値千金」

こういう注釈でいいでしょうか。個人的解釈です。

春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき

「舟人が」→舟人の
「櫂のしづくも花と散る」→(舟人の漕ぐ)櫂のあげるしずくが花のように散っている
「たとふべき」→たとえることができるだろうか(たとえられない)  
 ※「べき」→連体形「べきか」の省略ではないかとの解釈

見ずや あけぼの露浴びて
われにもの言ふ櫻木を
見ずや 夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を

「見ずや」→見てないの?(...続きを読む

Q「浜辺の歌」という童謡の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「浜辺の歌」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているようで、よく理解できなくて困っています。質問をさせてください。
 
 歌詞の参考ページは次のようになります。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/00_songs.html

1.「あした浜辺を さまよえば」「ゆうべ浜辺を もとおれば」

 上の二つの歌詞の中の「ば」は、現代語の中の「ば」の意味と一緒ですか。現代語の「ば」の意味と違うなら、ご説明願います。

2.「昔のことぞ しのばるる」

 この文を現代語に訳していただけませんか。「しのばるる」は連体形でしょうか。

3.「ゆうべ浜辺を もとおれば」

「もとおる」とはどのような意味でしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.同じと言えばまあ同じです。「さまよえ」を口語「さまよう」の仮定形と見ても、一般条件(恒常条件とも言う)を表す節を成していると取るなら、いちおうは作者の言わんとするところをつかまえたことになるでしょう。

でもまあそれは偶々そうなっただけです。これは文語文(仮名遣いが「間違って」ますが)ですから、口語文として解するのは見当違いというものです。

「古典文法が入っているようで」とおっしゃるが、それは違います。全文が文語文法にのっとって書かれています。部分的になんてことは不可能です。口語に文語が混ざり込んでくるのは、熟語とか俚諺などの定型表現として残存しているだけのことです。逆に文語に口語が混入するなら、それは誤謬というもので、よく言っても便宜的措置です。

「あした」は朝のことです。明日のことではありません。明日のことだとすると、「さまよえば」が未来の出来事になり、一般条件ではなく仮定条件を表すことになり、そうなるともう何がなんだか分からなくなってしまうからです。(あともう一つ、「ゆうべ」と対を成さなくなるという不都合もありますが、これはまあ些末なことです。)

古文に「朝」という語が現れたときにこれを「あした」と読むことがほとんどだ、なんてことはありません。上古の昔から「あさ」と読む場合も沢山あります。

わきまえておくべきなのは「あした」が文語と口語とでは意味が異なることです。今「あした」と言えば、必ず今日の次の日のことです。でも昔は朝の意味であって、tomorrowという意味ではなかったのです。

どうして意味が変わったか、というと昔は一日を日の有る無し(要するにヒルとヨル、英語で言えばdayとnightと)、大きく二つに分け、それぞれに時間の推移を表す言葉の系列があったのに、いつしかその区別が失われたことによります。

明るい時間はアサに始まりヒルを経てユフで終わります。夜は〈ユフベ→ヨヒ→ヨナカ→アカツキ→アシタ〉と推移します。アサとアシタは実質的には同じ時間帯ですが、アサは明るい時間の始まりであり、アシタは暗い時間の終わりに当たるのでした。となれば、どうしてアシタがミョウニチの意味に変化したかは説明するまでもないでしょう。

さて、ここまでは前置きみたいなものだ。「さまよへ」と「もとほれ」はともに動詞の已然形であって
未然形ではない、ということが分かっていないと、この文は読めないのです。已然形であるということは「ば」と結びつけば、確定条件(既定条件と呼ぶむきもある)か一般条件を表すことになります。未然形なら仮定条件です。

確定条件・一般条件・仮定条件とはそれぞれ何か。活用形の名前を見れば分かります。そのように名付けられているからです。

已然形とはスデニシカル(ヲイフ)カタチであり未然形とはイマダシラカザル(ヲイフ)カタチです。既に起こった事柄と今だに(註:これ誤記にあらず)起こっていない事柄と、その別をかつては語形によって明々地に示していたわけです。

花咲かば、歌詠むべし。
花咲けば、歌詠むべし。

この二つは意味が異なります。前者は「花が咲いたら歌を詠みなさい」、後者は「花が咲いたので歌を詠みますぞ」と言っています。前者ではまだ花が咲いていないのに対し、後者では既に咲いています。単純と言えば極めて単純です。

一般条件とは、ある事柄がある条件において常に同じ結果が生じることを言うときに使われる表現法です。これは確定条件で表されるような事態の反復的生起と観察によって得られた知見に基づきますから、已然形が用いられるのは理の当然でしょう。

さてようやく結論。この歌の「さまよへば」も「もとほれば」もこの一般条件を立てるものです。朝方に浜辺をぶらぶらすると必ず、いつも、常に、そのたびに、昔のことを思い出す、ということです。このしつっこく畳みかけた語を一つ入れないと、学校のテストなら減点でしょう。

2.たとえば「昔のことがしきりと思われてならない」となります。ここに使われている古文特有の語法を「係り結び」と称します。係助詞「ぞ」が出ると文尾を連体形で結ぶという約束があるのです。初歩の初歩ですが。

3.私は不思議でならないのですが、どうして辞書を引かないんですか。「しのばるる」にしても「しのばる」なんて動詞があるかどうか確かめてからお尋ねになるべきだと思う。

>「浜辺の歌」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているようで、よく理解できなくて困っています。

「読んでいます」ってことはないでしょう。こんな短いものを。〈読みましたが〉とするべきです。とすると、後ろも変えなくてはならない。〈…読みましたが、文語表現らしき部分がよく理解できません〉

>歌詞の参考ページは次のようになります。

「なります」は誤りではないけれど、「なる」ってほどのもんか? って思いますね。それから、こういう「なります」って非人間的(機械的)接客用語として嫌われる傾向が強いようですよ。〈歌詞の全文はこちらでご覧ください〉のほうが好ましい。


よけいな差し出口かもしれませんが、古文なんか勉強しても労ばかり多くて酬われるところは少ないと思いますよ。日本人なら、和歌が理解できるようになり、したがって詠むこともできるようになるという非常に大きな御利益がありますが、日本語を母語としない人たちには五七五の律動感はいつまでたっても感じられるようにならないみたいだから。

それから歌謡の詞を日本語の教材扱いなさるのもあんまり良いこととは思えません。たいていは舌足らずというか、カタコトみたいなもので、優れた表現を含むものは極めて稀です。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%E2%A4%C8%A4%AA%A4%EB&kind=jn

1.同じと言えばまあ同じです。「さまよえ」を口語「さまよう」の仮定形と見ても、一般条件(恒常条件とも言う)を表す節を成していると取るなら、いちおうは作者の言わんとするところをつかまえたことになるでしょう。

でもまあそれは偶々そうなっただけです。これは文語文(仮名遣いが「間違って」ますが)ですから、口語文として解するのは見当違いというものです。

「古典文法が入っているようで」とおっしゃるが、それは違います。全文が文語文法にのっとって書かれています。部分的になんてことは不...続きを読む

Q合唱曲落葉松の歌詞の意味が知りたい

小林秀雄作曲、野上彰作詞
合唱曲 ”落葉松”の歌詞の意味を教えてください

Aベストアンサー

この歌は、「雨」と「ぬれる」がキーワードになっています。
「からまつ林を雨の日に歩く。」
これは、すべての歌詞に共通したことで、場面によって、「ぬれる物」が変わるということです。

全体の意味としては、
「手が冷たい雨にぬれ、寂しい気持ちになり、忘れていた悲しい思い出がよみがえり、涙が出てくる。気がつけば、冷たい雨に身も心も濡れて涙が出ていた。」
こういう状況・気持ちの変化を、から松林に降る色々な雨にイメージとして乗せたものです。


秋の雨のときには「手」がぬれる
 ただ物理的に手がぬれるだけです。だれでも雨の日に歩けば手がぬれます。秋の雨ですから「冷たい雨」です。

夜の雨のときには「心」がぬれる
 「心がぬれる」とは、「寂しくなる」「悲しくなる」など、つめたい雨に手がぬれたことで心が湿っぽくなることを言っています。

ひのある雨のときには「思い出」がぬれる
 「思い出がぬれる」とは、「寂しい」「悲しい」湿っぽい思い出を想い出す、ということです。
思い出には、楽しい思い出もあるのですが、冷たい雨に手がぬれて思い出すのは、やはり寂しい思い出です。

*「ひのある雨」とは、俗に「きつねの嫁入り」といって、弱い日差しがあるのに小雨の降っている状態を指しているのだと思います。

小鳥の雨のときには「目」がぬれる
 「目がぬれる」とは、涙が出てくるということです。
寂しいことを思い出すと涙が出てくるということで、目が雨にぬれたわけではありません。

*「小鳥の雨」とは、雨の日に遠く小鳥の声が聞こえるという状況です。

この歌は、「雨」と「ぬれる」がキーワードになっています。
「からまつ林を雨の日に歩く。」
これは、すべての歌詞に共通したことで、場面によって、「ぬれる物」が変わるということです。

全体の意味としては、
「手が冷たい雨にぬれ、寂しい気持ちになり、忘れていた悲しい思い出がよみがえり、涙が出てくる。気がつけば、冷たい雨に身も心も濡れて涙が出ていた。」
こういう状況・気持ちの変化を、から松林に降る色々な雨にイメージとして乗せたものです。


秋の雨のときには「手」がぬれる
 た...続きを読む

Q童謡「赤とんぼ」の季節はいつでしょうか?

「赤とんぼ」の歌詞の季節はいつなのか教えてください。
歌詞の1番にでてくる赤とんぼは秋で、2番にでてくる桑の実は6月ごろ初夏の季節です。
この歌は秋の歌だと思っていたのですが、違うのでしょうか?

Aベストアンサー

その通り、秋でいいんじゃないでしょうか。

この童謡を四番までたどり、ふたたび一番に返ってみます。するとこれは全体が一続きになっていて、しかも円環しているように読めることに気づきます。

すなわち作者はまず、赤とんぼを見た(竿の先にとまっているのを見たのか、夕焼け空を背景に群れをなして飛んでいるのを見たのかはひとまず別にして)。そして幼いころに背中におぶさって(負われて。「追われて」でないことに注意)赤とんぼを見たことを思い出すのです。あれはいつの日のことだったろうかと。

そういえば別の日には桑の実を摘んだこともあったっけ。小さな籠いっぱいに。季節は違うが、あれも同じ幼いころの思い出である。
一番の終りの「いつの日か」と二番の終りの「まぼろしか」は呼応しあっています。あれこれ思い出した代表が桑の実だったのでしょうか。

こうして三番でふたたび赤とんぼの思い出に返り、作者を背中におぶっていた「ねえや」のことを懐かしみます。お嫁に行って音信も絶えてしまったが、今どうしているだろうかと。

四番で、赤とんぼが、ぽつんと竿の先にとまっています。

以上、このように「赤とんぼ」を中心にうたわれていますので、赤とんぼが群れて飛びはじめる季節、初秋がふさわしいと思います。秋は夕焼けのきわだって美しくなる季節でもあります。

その通り、秋でいいんじゃないでしょうか。

この童謡を四番までたどり、ふたたび一番に返ってみます。するとこれは全体が一続きになっていて、しかも円環しているように読めることに気づきます。

すなわち作者はまず、赤とんぼを見た(竿の先にとまっているのを見たのか、夕焼け空を背景に群れをなして飛んでいるのを見たのかはひとまず別にして)。そして幼いころに背中におぶさって(負われて。「追われて」でないことに注意)赤とんぼを見たことを思い出すのです。あれはいつの日のことだったろうかと。

そ...続きを読む

Q「仰げば尊し」の現代語訳を教えてください

「仰げば尊し」は文語体で書かれているので、今の若い子に意味を上手に説明できません。たとえば「仰げば」とは目上の人に対する言葉だと思いますが、「思えば」でいいのでしょうか。はじめの1節は「私の先生の恩を思いおこせば、尊いものだ」という感じでしょうか・・・。「おしえのにわ」というのは校舎のことでいいですか?どうか分かりやすい言葉での訳をお教えください。

Aベストアンサー

昔の先生は偉かった。三尺下がって師の影を踏まず。そういう精神がないとりかいできないかも。。なんてね。
先生を「仰ぐ」なんて意識ないもんね。今。

仰ぎ奉ってかんがえてみますれば、私の先生からいただいた恩というものは、誠に尊いものでございます。学園(教えの庭は、校舎・校庭みんなふくめた学校、「教えの場」です。)で過ごした月日も、早くも何年も経ってしまいました。けれども思ってみれば、この年月のたつののなんと早かったことでしょう。
(いと疾し:なんとはやいことか)いまこそ、さあ別れるときがやってきました。
(いまこそ別れ「目」ではない!この「め」は意思をあらわす助動詞「む」の已然形「め」で「こそ~め(已然形)」のかかり結び。)
いざさらばです。

一番はこんなところです。

下記のページが面白いので、見てください。

参考URL:http://www.haide.net/~chalk/mame/aogeba.html


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