言霊って一体なんでしょう?たしか、上代文学にでてきた一種の信仰のようなものだと思ったのですが。言葉には魂がこもってて・・・みたいな。もっと詳しく知っている方がいましたら教えてください。

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A 回答 (6件)

「言霊」というのは古代の人たちが言葉にこもっていると考えた一種の霊力のようなもので,言葉にした祈りなどの内容が,その力によって実現するものとされていました。

例えば,万葉集3254番の柿本人麻呂の歌,

  磯城島(しきしま)の大和の国は 言霊の助くる国ぞ ま幸(さき)くありこそ

は,「日本の国は言霊が助けてくれる国である(から私はあなたのために祈りの言葉を口にします)『ご無事であってください』と」というような意味です。

また例えば,他人に自分の名前を呼ばれるということは,自分が相手に所有されることになってしまうため,女性は軽々しく男性に名前を教えなかった,逆に自分の名を名乗るということは相手の愛を受け入れる合図だった,などという事実も,名前に宿る「言霊」の観念と関係するものでしょうね。

「霊」といっても,幽霊とかみたいに人格的なものではないようです。
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 1から10の中で好きな数字は?と聞かれたら、一般的な日本人ならおそらく選ばない数字が2つあります。

それは、「4」と「9」です。理由は簡単です。「死」と「苦」をイメージするからです。すでにこれは言霊信仰です。
 言霊信仰は、言葉を発するとその言葉に呼応して現実が動かされるという考えです。
 ですから、「落ちる」と口に出して言うと、現実に「落ちる」ことになるので、決して口に出さない。結婚式では、決して「切る」とは言わず、「入刀」と言う。同じく、「平和」という言葉を連呼することで現実の日本が「平和」になると思っている。
 詳しくは、kyaezawaさんのおすすめでもある「言霊(コトダマ)の国」解体新書を読んでみてください。私もおすすめします。
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この回答へのお礼

皆様、たくさんの回答ありがとうございます。参考になりました。
代表してekuboさんの所にお礼させていただきます。それぞれの方にお礼できなくて申し訳ございません。

お礼日時:2001/04/05 02:51

言霊は言葉自体に霊力が宿っており、恨みやつらみを浄化させる事が


できると言われています。

お経や祝詞などもその一つです。
つまり意味は分からなくともその言葉自体に力があるのです。
聖なる言葉と覚えておけばいいと思いますよ。
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言霊は「事霊」とも書かれます。

上代のころは「言」と「事」を区別しませんでした。言葉に出したものは即ち事象である、というような考え方があったようです。

日本の神々を「~の尊(命)」と呼びます。この尊(命)は、「御言」であるとも言われています。

言霊というのは、比較的現代でもわかりやすい概念かと思います。受験生のころ、「すべる」「落ちる」などと言ってはだめだよ、と友人に言われました。まあ、この例は半ば冗談で言っていたことなのですが、不吉なことを口にすることを避ける傾向は、今でも残っていると思います。

あまり上手く説明できませんでしたが、少しでも参考になれば幸いです。
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全然このカテゴリぽい回答じゃないですが。



鉄甲機ミカヅキというドラマが言霊をあつかってましたね。
http://www.mikazuki-web.com/

「DUNE 砂の惑星」という映画でも、言葉が武器になるようなことを描いていました。

いずれもSFなので回答にはなっていませんが。
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こんな本を読まれたらいかがですか。



「言霊(コトダマ)の国」解体新書 小学館文庫
井沢 元彦 (著) 価格(税別): ¥514

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094023 …
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Q言霊の意味

こんにちは。
最近、言霊って言う言葉を知りました。
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相手の人に、
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みんなに嫌われてるよ、とか、
私は職場のガンだ、とかいろいろ言われます。
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言霊とは、他人が自分に向けて言った言葉も、
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Aベストアンサー

迷信→(言霊とは、他人が自分に向けて言った言葉も、
現実となるのでしょうか?)

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相手に対して上記の意味合いがない言葉を発すれば自分に帰るのが言霊です。
人をくさす人は己の胃腸を弱めます、一切は鏡と言いますのであなたも注意し、
いじめてる人のことも謙虚な心、許す心で対応しましょう、それはあなたの
心の健康のためです、徳のある人、イエスは大袈裟ですが、その相手に
感謝し、幸福を祈ってあげます、何事も広い心、慈愛、博愛が大切。

僕は宗教はやっていません。

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日本文学科に関連するような時事問題が思いつかないので、教えてください!
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もっと恐ろしいものが来ます、先日文部科学省は国立大学法人の23学科について「打ち切り」を示唆し、当時の文部科学大臣は吊し上げになり、内閣改造で入れ替えになりました。だが省庁は大臣で動くのでは無く、官僚で動く、文部科学省(特に文部省)は東大法学部から国家公務員試験第一種、法律を通った、上澄みは一人も行かない「クズ省」なので、今でも自民党文教部会の太鼓持、社会的影響など考えもしない。
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英語で言霊とは何と言うのでしょうか?

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Aベストアンサー

いくつかの辞書を調べたところでは
the soul of language
the spirit of language
the power of language
the power of words
the miraculous power of language
などの言い方があるようです。

Qたしかこんな格言あったような…

前に聞いたことあるのですが、

゛一人になることをおそれるな ゛


このような格言?名言?を残した人がいたような気がします。

わかる方いますでしょうか??

Aベストアンサー

私も昔聞いたことが有るような気がして調べてみました。
座右の銘にしたい名言集というサイトを見つけ。
「人」、「おそれ(恐れ)」、「人+おそれ」、「我」で検索しました。
残念ながら該当する格言は有りませんでした。

世の中の人は何とも言わば言え。我が成すことは吾のみぞ知る。

坂本龍馬

が強いて言えば、一人になることを恐れず行くと言う点で似てると
言えないこともありません。

もっと漢語的な表現だったのかも知れません。
興味有ったら下記URLを他のキーワードで調べて見てください。

参考URL:http://za-yu.com/

Q言霊の思想についてうかがいます。

 以前の質問において 次のような仮説を捉えました。それの吟味をしたいので お尋ねします。

 第一次に《こと=事》に感応して《ことだま=事霊》を見止めるがごとく思い描き 同時に《ことだま=言霊》としても捉えた。そのあと 第二次に 事の端⇒言の葉⇒言葉そのものに言霊があると見なすようになった。とするなら 《言葉を発すると そのまま それの表わす中身の事が起こる》という《言霊》の思想は 人為的に後で出来たこの第二次のほうではないだろうかと。→《Q:3994017 われわれ日本人は 互いに相手を神と思っているのでしょうか http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3994017.html 》No.11補足欄など。

 ところが この仮説をくつがえす次のような説を見かけました。両者を吟味しつつ ご見解をおしえてください。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 我々は祝福というと おそらくすぐ神に祝福されるというふうに考える。《創世記》一二章の一節から三節でもそう書いてある。けれどももっと遡って旧約の中で祝福とか呪いという問題を探ってみると 神との関係が初めにはない。・・・
 というのは 神との結びつきは旧約の伝承を探ると二次的なのである(ショットロフ)。要するに〔第一次のは〕言葉のもつそれ自身の祝福の力および呪いの力である。これは宗教的にいえばいわゆる呪術の段階である。ところが旧約ではきわめてすみやかに神とのかかわりをもたせさられて《あなたは祝福されている》《あなたは呪われている》という言葉が神との関係で用いられはじめており・・・(以下省略)。
 (関根正雄:『古代イスラエルの思想』2004p.63〔初出=1982〕)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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Aベストアンサー

〔 ☆ ですよね?! つまり そこには 《事》としての ことだまが潜在しているということになると思うのです。
 《神との関係が――つまり その意味での ことだまが―― 初めにはない》というのは 《初めには〈顕在して〉いない。すなわち 知覚のようなものはあったかも~~〕
 ○ご慧眼と存じます。

〔つまり人間の自由意志に任せてある / 善から離れるのも 人の自由~~〕
 ○これもご慧眼と存じます。
  斉しく神の働きだと存じます。
  そして私たちは神を己の意識は知性の中に取り込むことはできないと存じます。
  代理、エージェント。であるという存在面なのですね。
  それを誤解して、何か全知のように自己を考えてしまうと、科学や知性探求が万能で、完璧。何でも物証しなければ、ならないとか。知るうるのだということになりますよね。そして理性や知性、探求を超えたものを、一把ひと絡げ(からげ)に、非科学的、盲目的信仰、似非なんとか、蹴飛ばすのでしょうね。
 これも実は、曽っての私自身のやり方でしたが。

 創造者って、人間とはちがいますのでね。つまり存在がね。
 人間にいやなことでも何でも、平気なんですね。同じにいやだとか、苦しいとかにはならないのでしょうね。
 だから、至高のありかたから、それこそ、辟易することにも付き合っても平気なんですね。もちろん、そこで苦しんではいても、そこだけしかいない人間とはちがうようですよ。
 最高のヒマラヤから、もっとも下流の人里の汚水にまで付き合う。
 それが創造界における創造者なのでしょうね。
 つまりは普遍であり、遍在なんですね。そしてどこからも下落もできるし、どこからも向上できるのでしょうね。

〔 ☆ ですよね?! つまり そこには 《事》としての ことだまが潜在しているということになると思うのです。
 《神との関係が――つまり その意味での ことだまが―― 初めにはない》というのは 《初めには〈顕在して〉いない。すなわち 知覚のようなものはあったかも~~〕
 ○ご慧眼と存じます。

〔つまり人間の自由意志に任せてある / 善から離れるのも 人の自由~~〕
 ○これもご慧眼と存じます。
  斉しく神の働きだと存じます。
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Qすいませんが、たしか西荻窪に養護施設で双葉園というのがあったと思うのですが、今もありますか?ご存知の

すいませんが、たしか西荻窪に養護施設で双葉園というのがあったと思うのですが、今もありますか?ご存知の方いましたら教えてくださいm(_ _)m

Aベストアンサー

平成15年まで西荻窪にあった「双葉園」は昭島市に移転したそうです。
お探しの施設はこちらでしょうか?
http://www.doen.jp/introduction/child/futaba/outline.html

Q言霊についてです。

言霊についてです。

言葉には、言霊というものがあると聞きました。
例えば誰かに「死ね」と言ってしまった場合、本当に相手を死なせてしまうくらいの強い力があると聞いたことがあります。

「思っていることは、口にださなくても言っているのと同じこと」と言うことも聞いたことがあります。

では、口に出さなかったとしても、思っていることにも言霊は宿るのでしょうか?

あと、良い言葉を言った時の言霊はいいと思いますが、悪い言葉を言って悪い言霊を出してしまった時はどうしたら良いのでしょうか?
悪い言霊を消す方法とかはありますか?

例えばものすごい腹の立つことがあった時などに、相手にひどいことを言ってしまったり、思ってしまったりしたら、その言霊で相手に悪い影響を与えてしまったら恐いと思い質問しました。

Aベストアンサー

こんにちは。
言葉の力はあると思います。
いい意味でも悪い意味でも、言葉というものはすごい影響を人に与えるものです。

>では、口に出さなかったとしても、思っていることにも言霊は宿るのでしょうか?
これは少し違うと思います。
「思う」のと「口に出す」のではその力が全然違ってきます。
例えば誰かに対して腹が立つことがあったとして、
その時に感じたマイナスの感情は、口に出さなければ自分で処理できるし、そのうち忘れていくものです。
しかし、誰かにその感情を話してしまうと、自分の中でその感情が確固たるものになってしまいます。
「私はこんなに腹が立ってたんだ!」ということを再確認してしまうし、
その話を聞いた人が同調すれば、更に治まらなくなると思います。

私はマイナスの感情をマイナスの方法で発散しないようにしています。
なるべく自分の中で、そして楽しいことで打ち消すようにしています。
言ってしまったことは仕方が無いので、反省して、その人に対して倍の優しさを持って接すればいいと思います。

Q宗教と信仰

こんにちは。
宗教は、何かに頼らないと生きていけない人がするものでしょうか?
自分を信じる強い人は、宗教はいらないと思いますか?
私としては、信仰というよりも慣習として重んじているという感じで、
その文化を受けいれたいと思います。
もちろん、社会に災いをもたらすようなのはイヤですが。
ご意見を伺いたく思います。

Aベストアンサー

 宗教ってなんだろう、と考える時に思い出すひとつの小説があります。フランチスク・ムンテヤーヌ「一切れのパン」。昭和五十年前後に中学校の国語教科書に収録されていたので、授業で読まれた方もおられるでしょう(私自身もそうでした)。この小説のあらすじは以下のようなものです。

 舞台は第二次大戦中のハンガリー。ルーマニアがソ連と手を結んだ為にルーマニア人である主人公はドイツ軍に逮捕される。彼はドイツ軍から人間性を剥奪されるような屈辱的な扱いを受け、他の逮捕者たちとともに監獄へ向かう列車に乗り込んだ。そこから脱走する際、主人公は車内で知り合ったユダヤ人のラビ(僧侶)から、布に包んだ一切れのパンを与えられる。ラビはいう、「パンをすぐに食べようとしてはいけない、いつどこで食物にありつけるか分からないのだから、耐えられるぎりぎりまで布に包んだまま持っているべきだ」と。主人公の孤独な逃走が始まった。飢えと乾き。あちこちにあるドイツ兵の影。死を目前にすることの絶望。彼はポケットに収めたパンを心の支えに、ついに窮地を脱して自宅にたどり着いた。ほっとした主人公は深い感慨をもって布包みを開く。そこにはパンではなく、一切れの木片が入っていた。

 この物語は、人の心の仕組みとそれがもたらす力をうまく言い当てています。中身が木片であった事にあまり目を奪われてはいけません。仮にこの中身が本当にパンであったとしても、それが主人公の支えとなったであろうことに変わりはないのですから。大切なのは、中身がパンであると信じること自体が彼に生きる力をもたらしたという、その一点です。

 いろいろな苦しみが渦巻く人生の中で、「現実」かどうかとは無関係に、人の心に映る像が人に力を与える。とても不思議なことです。宗教の持つ力っていうのは、そんな普遍的な人の心の仕組みの上に成立するものだと私は考えています。だから、強い人でも信仰を持ってる人はいるし、弱い人でも宗教を軽蔑している人はいるのです。

 宗教ってなんだろう、と考える時に思い出すひとつの小説があります。フランチスク・ムンテヤーヌ「一切れのパン」。昭和五十年前後に中学校の国語教科書に収録されていたので、授業で読まれた方もおられるでしょう(私自身もそうでした)。この小説のあらすじは以下のようなものです。

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Q言霊信仰について

言霊信仰は、古代人にとってどのように受け入れられていたのでしょうか?本当に心の底から信じていたのか、儀礼的なものとして用いられていたのか。また、庶民にもそれは浸透していたのでしょうか。

それから、言霊信仰について書いてある、分かりやすい本があれば、紹介して欲しいです。

Aベストアンサー

言霊の思想に関しては講談社学術文庫、豊田国夫氏の
「日本人の言霊思想」にも詳しいです。

言霊という考え方そのものは「コト」(事および言)の
「タマ」(霊、魂、玉、→命)ですから、根源的には
アニミズム的な意味で捕らえればいいのではないかと
思います。その思想が歌や祝詞のような儀礼的側面と
融合するのも確かですが、きっぱり「信仰」か「儀礼」
か分けられるかというと、難しい気もします。

ただ言霊思想は文字と強く結びつくので、明確な「言霊」
の考え方は、文盲の庶民にはダイレクトに伝わることは
なかったと思います。

Qマザーテレサの信仰について。

マザーテレサの信仰について。

彼女の信心について、
工藤裕美箸「宣教師マザーテレサの生涯」ではとにかく聖母マリアを愛していたと書かれていますが、
アンセルモ・マタイス箸「イエスを愛した女マザーテレサ」ではイエスを一番に愛していたと書かれています。
この相違はどういうことなんでしょうか?

すごい常識的なこと聞いてたらすみません…。

Aベストアンサー

やっぱりマザーテレサって凄い人だったんですね。質問者さんはたぶん新約聖書を読んだことがあると思いすが、そこにははっきりと、イエスは私の父以外を信仰しては駄目だと書いてありますね。そして信仰とは愛のことであると。それなのにマザーテレサはそのイエスの言葉すら無視して、マリアを愛したりイエスを愛したりしたんですね。私はここにカトリックの成熟した信仰を認めます。カトリックは人を救うためにイエスの言葉すら無視して来た。イエスが何と言おうと言葉の論理的整合性と言うのは信仰にとっても、そして、人の救いにとってもそんなことどうでも良い事ですからね。その究極の姿がマザーテレサに具現化さているようですね。


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