明治製菓「大銀座カリー」のロゴを製作した人は誰ですか?

とってもかっこうよくてほかの作品があるのならみたいのですが。
お名前をご存知の方、教えてください。

A 回答 (1件)

こんちには。


とってもわかりにくいサイトなんですが。

「緑色の3人の人」(?)をクリック

上部の「Clients」をクリック

「明治製菓」にカーソルを合わせる

と、どうやらこの会社らしいことがわかります。
中川憲造って人らしいです。

著作権関係のサイトにものってました。↓
http://www.jagda.org/whoswho/na/nakagawa_kenzo/n …

参考URL:http://www.pictor.co.jp/ndc-graphics/feb01/index …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
他の作品も格好よいですがやはり『銀座かリー』が一番凄い!!
何処からイメージ来てるのか不思議です。中川憲造さんについて研究したみようかな。
ありがとうございました。

お礼日時:2003/06/22 01:02

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>模写をするにしたって人は動くから模写できないできないですよね。

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日本ならともかくとして、欧米で映像作品を「アート」として公開したいなら、やはりそれなりの作り手の考察や解釈や必要だと思います。
「なんとなく好きな映像作品だから、音楽をつけてみた」では、その人の創作における考えが見えないと思います。ファンアートの域を脱していないという意味で、創作作品としては致命的です。自分もそんなことを言ってしまう人は、クリエイターとして信用出来ません。

例えば、どういう感情や考察からその映像に音楽をつけることを思い立ったのか、その作品から何を表現したのか、といったこと。
おそらくヨーロッパなんかのアーティストであれば、例えば青を基調とした舞台美術にした場合に「なぜ青にしたのか」について数分はしゃべっていられるでしょう。「深い青を選んだのは、海の色だからです。青は私に原始的な感覚を思い起こさせます。それは生命そのものの色です。この作品の裏に始終伝えられている命というものが、視覚的にも表せたらいいと思いました。色が人の感覚にもたらす効果というのは、人が思っている以上に大きいのです。」・・・云々とかそういうことです。(例なので当たり障り無い内容になってしまいましたが、もっとその人のパーソナリティや感情・感覚にもっと深く突っ込めると良いです。)

あと、海外ということで、googumさんがどのくらい現地の言葉でうまくそれを説明できるか、というのもその教授の懸念材料としてあるということはありませんか?
それがもし映像も音楽もオリジナルであれば「作品が全てです」ということである程度成り立ちます。でも既存の作品の力を借りたのであれば、それを正当化出来るだけの説明が必要になってくるのではないでしょうか。実際のところ、既存作品を引用した時点で「完全に自分の作品です」とは言えなくなってきますので。確かに作品は「添えられた説明」が重要ではありませんが、こういう場合は必要になってきてしまいます。

もしそれが難しそうであるなら、やはり既存作品を使うのはやめ新たに作りなおした方がいいと思います。
もしかしたら「いかに説明するか」考えるよりも、そっちの方が近道だったりもしますよ。「作品だけ」で勝負出来る自信があるならなおさらです。


具体的なことはありませんが、ささやかながらヒントになれればと思います。

権利の問題ではなく、「アート作品としてどうか」という観点でよろしいでしょうか。


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一段ものなら、40万くらいであるようですが。。。

中古が出るのはタイミングですから、お近くのヤマハで全国的に探してもらえれば、お安く見つけてもらえるかもしれませんね。
ご参考までにカタログのURLです。

参考URL:http://www.y-m-t.co.jp/viscount/catalogue.html

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トレーニングの先生に聞けばわかることなんでしょうけど、次回は大分先の日なので、すみませんが教えてください。

Aベストアンサー

素人なりに私の解釈
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 今イタリア古典歌曲集をおさらいしています。併せてコンコーネ50番をやっています。時々ヴァッカイ(Vaccai)もやっています。ヴァッカイには詩があります。
 歩くときのことは分かりません。動きながら歌を歌うって難しくないですか。ミュージカルなんか激しい動きですよね。オペラでも椿姫で横になって歌うことがありますが、どうやって歌うんでしょうか。


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