東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

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A 回答 (12件中1~10件)

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。

大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やっぱり、分かる人は分かるんですねえ、こういう文の真意とか。
魚雷戦ってナニ?とかは思いますが……
(私にとっては、水中爆弾なんかで交戦出来るのか?と思ってしまう。
元寇なんかも、「てつはう」やら火薬兵器はありましたけど、結局主戦力は弓矢だったでしょう。)

秋山参謀は文才のある人だったんですね。
軍人なんかにならなくても良かったのに、と思うのは私だけでしょうか。
その後、秋山氏はどうなったのでしょうか?
少し気になります。

お礼日時:2003/06/28 18:21

聞いた話で恐縮ですが・・・



これを名文だとして熱弁を振るっておられた方の話によると、
「戦況を伝えるには、前半のみで十分。要らないものをつけたのでは簡潔さが失われるため、当時の常識で言えば、後半は蛇足以外の何物でもない。
しかし、大戦の山場とも言うべき決戦を目前に控え、あえて『本日天気晴朗ナレドモ波高シ』の一文を付け加えた所に、彼の落ち着き澄み渡った心や覚悟がうかがえる。
ゆえにこれは名文である」と。

戦時下の日本における「通常」の打電にないはずの詩情ある表現(蛇足)が、この場面だったからこそ逆に受け取った人の胸を打ったということなのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

名文には苦悩がつきもの、なんですね。
芸術は、芸術家の死後、名を馳せると言いますが……

お礼日時:2003/07/19 14:49

1)後知恵ですが。

負け組のバルチック艦隊が、本国から「大航海」した勇気と資金力も賞賛すべきです。
2)下記ウエブによれば、日本艦隊は量的に劣るが、それでも必勝の戦略を練るために、秋山参謀などは日夜腐心したと。その心労もあって、同氏は戦後まもなく50才で死亡したと言われる。同氏も「勝負の世界に必勝はありえない。日本の勝利は神の加護だ」と、戦後は宗教に傾倒していた由。
3)「日露戦争 巡洋艦 日進」を入れると種々ヒットします。

参考URL:http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/06history/06his …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「敵艦見ゆとの……」って打っただけではさすがにヒットしないだろう、
と思ったのでこちらで質問したのですが……
そうか、その手があったか、てな気分です。

秋山参謀はわりと若くして亡くなったんですか。五十路が若いのかは知りませんが。
ちょっと残念なような気もしますね。

お礼日時:2003/07/19 14:47

 No.8において参考URLとして紹介されたページですが、そちらに


ちなみに「本日」以下は、海が荒れて連繋機雷が使えないため、砲戦主体で戦う意思を示す先任参謀・秋山真之の補筆とされる
 と、書かれてあります。この連係(連繋)機雷は機雷2個をつなげたもので、その間の鎖に艦首が突っ込むと両方の機雷が近づいてきて爆発する仕組みになっておりました。ただし、波の荒い状況では相互にぶつかり合って爆発してしまうので、使用できないと言う意味です(同ページには補助的に使用予定ともあります)。
 ただし、これには異説があり、波が高いと低い位置に置かれているロシア側の副砲が使用不能となるので有利だというのもあります。日本側の艦艇は、全てイギリス式の設計であり(国産艦艇は非常に少なく、戦艦、装甲巡洋艦に関しては全て輸入品でした)、外洋での使用を想定して高所に副砲が配置されていました。しかし、国産艦も含めてロシア艦は基本的にフランス式で、船型を小さくして発見されにくいようにすると言う考えから比較的低い位置に設置されていました。また、海面から甲板までの高さが同様の理由から小さく、その点でも不利でした。ロシア側の砲撃練度に関しては決定的な情報はなかったと思います。
 No.9で話題になった日進、春日は、砲はアームストロング(安)式ですが、船体はイタリア、ジェノヴァのアンサルド社製です。副砲の配置は低く、日本海海戦でも激浪に洗われて非常に照準が困難であったと言われます。天橋立の中央にある天橋立神社に奉納されている春日のアームストロング砲は、この15サンチ副砲で、1923年に海軍大臣から下付されたものだそうです。なお、両艦あわせての購入価格は153万ポンドですが、邦貨にするといくらかは資料を持ち合わせておりません。
 ウラジヴォストーク(ウラジオストク)を基地とするロシア巡洋艦戦隊は日本近海で作戦行動を行い、多数の日本船を沈めます。これを追跡していた日本の第二艦隊は翻弄され、せっかく出会っても霧に紛れて逃走されてしまいます。このため、濃霧、濃霧と言うけれど逆さに読めば無能なりと国会で問題になったぐらいです。したがいまして、天気晴朗に関しては、逸する心配はないと言うNo.6の回答に賛成します。
 この電文に関しては、実用を旨とする中にこのような文学的表現をするのはけしからんと言う意見もあり、当時としても非常に異例の文面でありました。この異例さによってこの文章は有名となり、さらには名文と喧伝されるわけですが、日本海海戦の司令長官であった東郷平八郎を伝説化する過程で生じたのではないかと思っております(「勝って兜の緒を締めよ」と言う言葉で締めくくられる連合艦隊解散の辞も秋山の筆によります)。秋山自身が非常に精神的な面に関心を持つ人であり、使いやすかったのではないかと愚考いたしております。
 本来の質問に関しましては以上の通りですが、派生的に出されたものがありましたので、お答えさせていただきます。
>イギリス製の戦艦
 日英同盟もあって、日本はイギリスから大量の艦艇を購入しています。政治的配慮によりフランス、ドイツ、アメリカでも造っておりますが、武装はアームストロング式に統一しています。実は、日露開戦時、香取、鹿島と言う戦艦をイギリスで建造中でありましたが、入手不能となったので(戦後入手)、代わりに購入したのが日進、春日でした。たまたま、日本の2戦艦が蝕雷により沈没したため戦艦と伍して戦いますが、砲の小ささ、装甲の薄さを考えると、本来は主力となるはずのない艦です(このため、日本国内で急遽建造されたのが筑波、薩摩を初めとする大型装甲巡洋艦と戦艦でした)。もっと大きな大砲を搭載した戦艦より大きな射程を持っていたので使用されましたが、艦隊決戦では非常に危険な艦でした(若き日の山本五十六が同海戦での日進艦上で重傷を負ったとか、春日を回航したのが後の内閣総理大臣鈴木貫太郎であったとか、話題には事欠かない2艦ではありますが、事実はそうです)。ただ、当時としては優速の20ノット(1ノットは約1.8km毎時です)の速力を利用すれば、戦艦を持たない国の主力艦、偵察任務、通商破壊等に使用するには適した艦であり、イタリアで建造された同型艦が他国でも使用されています。
 なお、魚雷艇は水雷艇のこと、戦艦2隻(日進、春日)は軍艦2隻のことと思われます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

いやー、それにしてもお詳しい……
1ノット=時速1.8kmですか。すみません、訂正します。
(時速200メートルが、どのくらいのひずみになるのかわかりませんが……)
防衛大学校とか、軍部の学校ではこういうことを勉強するのでしょうか?
軍人の偉さを初めて知ったような気分です。

返事が遅れて申し訳ありませんでした。

お礼日時:2003/07/19 14:44

もうひとつおまけ情報。



日本海海戦にはアルゼンチン海軍がイタリアに注文して完成したばかりだった戦艦2隻が参加しています。アルゼンチンは隣国チリとの紛争に備えて発注していたのですが、ローマ法王の仲介で国境紛争が片付き不要となり、日本の求めに応じて売却しています。2隻とは7,700トンの装甲巡洋艦「春日」と「日進」です。春日に搭載されていた大砲(アームストロング社製)の一基が兵庫県天橋立(公園)に野外展示されていますよ。アームストロング社製の大砲は明治維新でも官軍が使って成果をあげています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

アルゼンチン海軍から買った?
……今の価値で、どのくらいの値段だったんでしょう……
イタリア、イギリスとヨーロッパの軍事最先端工業の粋を凝らした軍艦だったんでしょうね、きっと。
天橋立には幼い頃行ったっきりですね。
落ちたらどうするんだと怯えながらあの独特のポーズをしてあの砂洲を見たのを覚えている程度で、
大砲があったかどうかすら覚えていません……(笑)

お礼日時:2003/06/30 18:28

No.3 補足します。



当時既に敵艦めがけて打ち出す方式の攻撃用魚雷が実用化されていたようです。魚雷は大型艦船から打ち出すのではなく小回りの利く水雷艇が敵艦に接近して攻撃しました。しかし波が高いと艇の揺れが激しくなるので魚雷の射出ができなかったのでしょう。水雷艇は各種の機雷も施設していました。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Circuit/297 …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

この頃は、三国干渉とかがあったから、
イギリス製の戦艦が平然と使われていたのですね。
「英国アームストロング社製」という文字列を見て、すごく驚きました。
それにしても、20ノットって遅すぎませんか?
高木氏の小説から、1ノット=時速1.6キロというのは知っていたのですが。
撃沈されない方がおかしい、と思うのですが、当時の技術ではそれが精一杯だったんでしょうね。

お礼日時:2003/06/29 11:54

下記ウエブによれば、格調の高いリズムがあり、俳句文学であると。

私も素人なので、判りません。

参考URL:http://www.suien.net/nobuyuki/kokusai.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

興味深いサイトでした。
秋山参謀は、やっぱり軍人になって良かったんだ。
そう思いました。

秋山氏のひととなりだけで、軍人を引退してからとか
対バルチック艦隊戦以後の経歴が書いてないのは少し残念です。
調べてみようかな。

お礼日時:2003/06/29 11:47

司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」によると、


大本営の気象部から送られてきた気象予報「天気晴朗なるも浪高かるべし」を付け加えたようですね。
ただ、これを撃滅せんとす。だけでは確かに文として色気はないです。
後の一言で、この文が生き生きしてます。
この文を受け取った方は、晴れた波の高い海を切り裂いて進む三笠の姿が浮かんだんじゃないでしょうか?
天気晴朗は見通しがいいから、敵を逃すことはない<5月の日本海は靄が多い。しかも、ウラジオ艦隊に霧を利用されて、何度も苦杯舐めている。
浪高しは艦の動揺が激しいから、砲撃戦の練度の高い日本が有利だと言いたかったようです。
秋山真之は正岡子規と友人で、文学に憧憬が深かったことも関連してると思われます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

そうか。確か、戦艦が何隻か沈んだんですよね。
解釈も、うなずくことばかりです。

そういえば、「ウラジオストク」は某クイズ番組で
「ウラジ・オストーク」と発音するのが正しいと言っていました。
ドイツ語で東のことを「オスト」と言いますが、ロシア語の「オストーク」も東という意味があるそうです。
日本では「ウラジオ」と略すのが一般的ですから、単なる雑学ですが。

正岡子規の影響もある、とは初めて聞きました。
「柿食えば」なんてのどかな歌を作った彼が、
ばりばりの軍人と友人だった、というのは、ある意味おもしろかったですが……

お礼日時:2003/06/28 18:34

俳句に「取り合わせ」という技法があるそうです。


単純な平叙文なら1+1=2ですが
「取り合わせ」は、文章としてはAとBを併置するだけなのですが
AとBをぶつけることにより「火花(効果)」を出し、それを感じさせる技法です。この場合、ABは関連性が遠く、言葉として短いほうがぶつけたときの効果が高く、かつABの背後に感じさせられる「はっ」とするような関連性が、強ければ強いほど深い感興を生みます。
くだくだしい説明では言葉数の多さで希釈されてしまう感興を、端的な表現の取り合わせ、ぶつけあわせることで言外に読者に強く印象づけるのです。
たとえば「緑」と「風」を取り合わせることで、具体的に書いていなくても読者には「涼しさ、爽やかさ、初夏」などを連想させる、といったものです。

非常、劇的な状況背後に感じさせつつもひたすら事務的な指令文
指令とはそっぽを向いたような感情の入らない天候の叙述
それらが淡々とした平坦な形で並べられたとき
そういった表現の中にムリヤリ抑え込もうとしている内なる感情の激越と状況のひっ迫がむしろ強調されて伝わってくるように思います。

非常な平坦な叙述と、感じさせられる激越。その落差の大きさが人に名文と感じさせるのではないでしょうか。

参考URL:http://www5d.biglobe.ne.jp/~mae_sei/HAIKU/haiku2 …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

「取り合わせ」ですかあ。面白そうな技法ですね。
夏期休暇課題に「短歌を何十首か作って来い」と言われているので、
チャレンジしてみたいと思います。

マイナスかけるマイナスはプラス、という数式が何となく飲み込める気がします。
まさか、大昔の数学者が、日本のワビサビを考えていたはずはないと思いますが。

お礼日時:2003/06/28 18:28

名文の定義には「有名な文章。

」というのもあるみたいです。
この文章はバルチック艦隊を打ち破ったという華々しい出来事に附随する、いや、むしろ日本海海戦やバルチック艦隊という言葉以上に、この海戦と勝利とを象徴する文章として有名なので、名文と呼ばれるのではないでしょうか。
それに、「撃滅セントス」までが暗号で連合艦隊司令長官からの発令で、後ろの「本日・・・」が平文で秋山が加筆したものみたいです。
ま、こういう時に運良く加筆しちゃったりするところが名文の名文たる由縁でして。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

秋山さんは戦争に便乗して名文を作ったのか。
勝負は時の運とか色々言いますけどね……

お礼日時:2003/06/28 18:24

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太宰が賞賛される理由は大きく分けて二つです。
ひとつは、自殺前後に『人間失格』を発表したから。今でもその風潮は残っていますが、自身の暗黒面を告白した小説は文壇の受けがいいのです。
もうひとつは、当時にしては技巧派だったからです。『斜陽』や『人間失格』のように破滅していく人間を巧みに描くこともできましたが、『女生徒』、『駆け込み訴へ』、『お伽草紙』など、全く違ったタイプの作品もそれぞれ高い水準で書いています。

特徴的なのは、読者の読みに対する寛容さです。どう読んでも作品が否定しない。どんな作品でも多様な読み方はできますが、太宰の作品はその幅が尋常でなく広くて、高度な読解力を駆使せずとも多様な解釈ができます。人生訓として読む人もいれば馬鹿話として読む人もおり、現実問題を考える上でも役に立ち、どう解釈しても正解だから研究対象としてももってこいで、非常に使い勝手がいい。

たとえば『人間失格』は、先に書いたように私小説的な告白小説とも読めますし、学校なんかではこの作品から人生についての何かを学ばせようとしますが、ギャグ小説ともマゾ小説とも、ゲイ小説とすら読むことも出来ますし、破滅の美学を描いた耽美的な作品とも読めます。聞いた話ですが、海外では幼児期に性的虐待を受けた子供の精神病の症例として研究されている例もあるらしい。
何ならミステリー的に読むことも出来ます。「いままでずっと仮面を被ってきた」と告白する葉蔵の手記は、そもそも信用に足るものなのでしょうか? 親にまで素顔を隠し続けてきた葉蔵が、今になって突然、見ず知らずの読者に向かって「隠してきた素顔を披露します」と言い出すこと自体、ものすごく不自然な行為です。それなのに多くの読者は、その前提を何の疑問もなく受け入れてしまう。
この手記自体が葉蔵の巧みな「お道化」だとすれば、読者は「読者」という、作品に巻き込まれることのない絶対安全な立場にいながら、たかだか作中人物に過ぎない葉蔵に騙されるという体験をしたことになります。『人間失格』を読んで共感を覚えた読者全てが葉蔵の詐術に騙された被害者だとすれば、アガサ・クリスティの大仕掛けにも劣らぬスケールの大きい話になると思いませんか(笑)

そういうわけで、太宰の作品の印象は、読者が「どう読むか」で大きく変わります。
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今読んで「つまらない」と思うなら、それはそれで正解なので、無理に読むことはないでしょう。

太宰が賞賛される理由は大きく分けて二つです。
ひとつは、自殺前後に『人間失格』を発表したから。今でもその風潮は残っていますが、自身の暗黒面を告白した小説は文壇の受けがいいのです。
もうひとつは、当時にしては技巧派だったからです。『斜陽』や『人間失格』のように破滅していく人間を巧みに描くこともできましたが、『女生徒』、『駆け込み訴へ』、『お伽草紙』など、全く違ったタイプの作品もそれぞれ高い水準で書いています。

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Q10日間でヨーロッパ4カ国を周る旅

来年の4月に、10日間でヨーロッパ4カ国くらい周る旅を考えています。個人旅行なのですが、10日間で4カ国、例えばフランス⇒ベルギー⇒ドイツ⇒チェコ・・・など隣国つたいに行ったら可能なのかしら?と思っています。どこの国に行きたいはなくって、ただ10日間で出来るだけ多くの国に行きたい・・・これが目標です。いいサイトを知っている、とか、知人が実行した、など何か情報があれば教えて下さい。よろしくお願いします。ちなみに今アフリカに住んでいるので、出発地点は南アフリカのヨハネスブルグから飛行機で行けるところです。そして直行便で日本に帰れるヨーロッパの国です。

Aベストアンサー

こんにちは!
来年の4月とはずいぶん先ですね。

>どこの国に行きたいはなくって、ただ10日間で出来るだけ多くの国に行きたい・・・これが目標です。

できるだけ多くの国に行くのが目標ならば、各国間のフライトを確かめて、それと鉄道移動を組み合わせるのが一番です。バジェット・エアラインとEurorailのURLを貼っておきますので、いろいろな可能性を試してください。
疑問点。なぜできるだけ多くの国に行きたいのですか?だれかとの賭けとか記録に挑戦?それとも何か特別な理由が?

http://www.thebigproject.co.uk/budget/
http://buy.volareweb.com/jsp/web/index.jsp
http://www.raileurope.com/us/rail/fares_schedules/index.htm

>ヨハネスブルグから飛行機で行けるところ

となると、ヨハネスブルグからのフライトが安いのはBAロンドン行き(それは当然ご存知と思いますが)、まずロンドンを出発点に、私なら先に遠いところを先に回って、最後がパリにしますね。それはロンドンからのバジェットエアラインのルートが豊富というのも理由の一つです。

>直行便で日本に帰れるヨーロッパの国

ということは、そこから日本に帰るということですか?ヨーロッパ現地でチケット購入ですか?もしそうならば、AFのParis-Tokyoが往復購入したとしても、ルートから見て片道放棄でも一番安いでしょう。直行でKLM、SWISS、LUFTなどはAFより高いのではないでしょうか。
そちらの状況が分からない漠然とした書き方で、推測しか話ができませんが。

ちなみに、余計なお節介ですが、サンプルルートをいいとこ取りで・・・あまりにつかみどころがない様子なので、どんな風にすれば可能なのかをご参考までに。

No1.
London(1)-Barcelona(2,3)-Venice(4.5)-Frankfurt(6)=Rotterdam=Brussels(7.8)=Paris(9.10)

フランクフルトのかわりにベルリンも可。

具体的には
London-Barcelona (easyjet)2hours,
Barcelona-Venice (Volare)2hours
Venice-Frankfurt(volare)1:10
Frankfurt-Cologne-Rotterdam(train 3h)
Brussels-Paris(TGV 1:40)

目まぐるしいのは数が目的なら仕方ないですね。
勿論まずプラハやベルリンを最初というルートもありです。最初に入る都市で無数に組み合わせができるでしょう。早く予約すれば1フライト20EUROぐらいです。


No2.
もし私ならば中身重視と疲労度を考慮してニースからリビエラを経てミラノ、北上してスイス、そこからパリそしてブリュッセルーパリCDG空港ですね。要するにアクセスがいいか悪いかなのです。フランス寄りですがこれでも4カ国は軽くクリアです。

London(1)ーNice(2.3)-Milan(4.)-Geneva(5.6)ーParis(7.8)-Brussels(9.10)-ParisCDG

London-Nice(easyjet,Ryan air)
Nice- Genova 2,5H(1泊またはミラノ2泊でも)Genova-2h-Milan
Milan-4.5h-Geneva
Geneva-3.5h- Paris
Pris-1.5h-Brusssels-ParisCDGまで直行TGV1.5h

ブリュッセル基点にオランダやドイツ一都市も可能。

私は点から点で3カ国巡りも何度か経験あります。オーストリアーイタリアーフランスが一番多いですね。前半は一カ国に長く、後半は点から点です。国の数ではなく、アクセスがよいかどうかです。

パリからブリュッセル、アムステルダムはTalysというTGVがあるので、3カ国を最大4時間でいけますし、ジュネーヴーパリもTGVで直通。ローザンヌからパリ(4h)でもいいかもしれません。ジュネーヴー2h-リヨンー3.5h-ブリュッセルー1.5-パリというルートにすると、リヨンでグルメも。フランス寄りになりましたが、このように一つの国をメインにして、スケジュールを立てるといいですよ。


結論として、4カ国以上でも隣国つたいでなくても点から点なら可能は可能です。欧州北部横断、南北縦断、中部横断など地域を絞ったほうが楽ですけどね。これまでの回答をみてもおわかりのように、じっくり観るほうが楽しいですけど、目的が数なら楽しみは後回しにして、どうぞチャレンジしてください。

後はご自分の好みと体力次第でスケジュールを立てたほうがいいでしょう。どこを見るかぐらいは自分で決めたほうが。人の経験をいくら聞いても人は人ですからね。(いやみではありませんよ。)

ご健闘を祈ります。ある程度ご自分で計画して、また疑問点が出てきたら、ご質問ください。

参考URL:http://www.thebigproject.co.uk/budget/,http://www.raileurope.com/us/rail/fares_schedules/index.htm

こんにちは!
来年の4月とはずいぶん先ですね。

>どこの国に行きたいはなくって、ただ10日間で出来るだけ多くの国に行きたい・・・これが目標です。

できるだけ多くの国に行くのが目標ならば、各国間のフライトを確かめて、それと鉄道移動を組み合わせるのが一番です。バジェット・エアラインとEurorailのURLを貼っておきますので、いろいろな可能性を試してください。
疑問点。なぜできるだけ多くの国に行きたいのですか?だれかとの賭けとか記録に挑戦?それとも何か特別な理由が?

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Q永井荷風「シ墨東綺譚」について

「わたくし」と荷風は違うというのは聞いたことがあるのですが、その根拠が自分では分かりません…。誰か教えてください!!

Aベストアンサー

 “丙午の女”に関する、わたしのノートから。
 
 昭和10年(1935)のエピソードによれば、生年月日や干支(数え年)
は荷風本人である。しかし偽名を名乗っているので、27才下の若い女が
実在し、はたまた自作の小説中にある「雪」であるとは断定できない。
 
>>
 
「無職業か。年はいくつだ。」
「己の卯です。」
「いくつだよ。」
「明治十二年己の卯の年。」それきり黙っていようかと思ったが、後が
こわいので、「五十八。」
「いやに若いな。」
「へへへへ。」
「名前は何と云ったね。」
「今言いましたよ。大江匡。」
「家族はいくたりだ。」
「三人。」と答えた。実は独身であるが、今日までの経験で、事実を云
うと、いよいよ怪しまれる傾があるので、三人と答えたのである。
「三人と云うのは奥さんと誰だ。」巡査の方がいい様に解釈してくれる。
「嚊ァとババァ。」
「奥さんはいくつだ。」
 一寸窮ったが、四五年前まで姑く関係のあった女の事を思出して、
「三十一。明治三十九年七月十四日丙午……。」
 若し名前をきかれたら、自作の小説中にある女の名を言おうと思った
が、巡査は何も云わず、外套や背広のかくしを上から押え、
「これは何だ。」
「パイプに眼鏡。」
 
<<
 
── 永井 荷風《●東綺譚 19511225 新潮文庫》●=シ+墨
── 永井 荷風《断腸亭日乗 19950127 岩波書店》19170916 ~ 19590429
── 新藤 兼人《●東綺譚 1992‥‥ 近代映画協会》津川 雅彦・主演
 
<PRE>
 永井 荷風 明治12(己卯)18791203 /大江 匡(58)東京 19590430 79 /
♀□□ □□ 明治39(丙午)19060714 /大江 匡の女(31)「雪」?
</PRE>

 “丙午の女”に関する、わたしのノートから。
 
 昭和10年(1935)のエピソードによれば、生年月日や干支(数え年)
は荷風本人である。しかし偽名を名乗っているので、27才下の若い女が
実在し、はたまた自作の小説中にある「雪」であるとは断定できない。
 
>>
 
「無職業か。年はいくつだ。」
「己の卯です。」
「いくつだよ。」
「明治十二年己の卯の年。」それきり黙っていようかと思ったが、後が
こわいので、「五十八。」
「いやに若いな。」
「へへへへ。」
「名前は何と云ったね。」
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Q10日間落札者から連絡ありません。削除していいでしょうか?

10日間、メールや掲示板から合計3回連絡しましたが連絡が一度も来ません。丸10日間以内に連絡頂けなければ削除する旨も伝えてあります。削除していいでしょうか?当方、まだ削除経験ありません。

Aベストアンサー

削除しないと手数料3%を支払わなくてはいけないし、忘れたころに連絡を入れてくることもあるでしょう。
そうしたら取引しないといけないかも。

報復評価は嫌ですが、私なら削除します。
そしてブラックリスト入りですね。

Q「 金色夜叉」の中で貫一とお宮が熱海海岸で別れた日

「 金色夜叉」の中で貫一とお宮が熱海海岸で別れた日は1月17日ですが、これは西暦(明治)何年の1月17日でしょうか?

Aベストアンサー

作品中に明治何年、という記述はありません。
読売新聞に『金色夜叉』が連載されたのが、明治三十年の元日。それにあわせてか、作品も正月の三が日が終わろうとするところから始まります。

有名な熱海の場面は、それから二週間後の一月十七日。
「月は朧に一湾の真砂を照して、空も汀も淡白き中に、立尽せる二人の姿は墨の滴りたるやうの影を作れり。」
月明かりでくっきりした影ができるほどですから、三日月などではなく、おそらく満月に近い月と考えられます。

これが連載と同じ年の明治三十年(=1897年)と仮定して、月齢カレンダーで確かめてみました。
http://koyomi.vis.ne.jp/moonage.htm
すると、月齢13,9で、かなり描写に近いのではないか。

ところで、検索してみると、こんなページがヒットします。
http://www.ganshodo.co.jp/mag/files/mag080607.html
このサイトでは、旧暦で計算しているのですが、旧暦と考えると一月十七日は明治二十九年の十二月の十五日となって、ちょうど満月にあたります。

このサイトが旧暦を採っているのは、おそらくあの有名な
「一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処どこでこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ」
というせりふからでしょう。旧暦なら毎年、一月十七日の月が同じ月なのは当然ですから。

ところがこの旧暦説にも問題があるのです。
というのも、七章の冒頭にこんな描写があるからです。

「熱海は東京に比して温きこと十余度なれば、今日漸く一月の半ばを過ぎぬるに、梅林の花は二千本の梢に咲乱れて、日に映ろへる光は玲瓏として人の面を照し、路を埋むる幾斗の清香は凝りて掬ぶに堪たり。」

熱海は暖かいので一月の半ばで梅が咲乱れている、という記述をみると、これは十二月の描写ではなかろうと思われるのです。念のために熱海の梅がいつ頃咲くか検索してみると、「日本一早咲きといわれる熱海の梅」の梅祭りが「平成26年1月11日~3月9日」に開かれた、とあります。どうやら梅の開花を考えても、おそらくこれは旧暦ではなく太陽暦の一月でしょう。

そう考えていくと、貫一のいう来年の一月十七日の月も、形こそちがっていても同じ月であることには変わらないぞ、ということなのかもしれないんですが。

この話は、指に「三百円の金剛石」を輝かせるほどの財力をもった富山銀行の富山唯継が敵役として登場しています。まさに、日清戦争(1894=明治27年)を機に起こった産業革命と資本主義の発展を追い風に現れた親交成金といえます。ですので、このできごとは、おそらく明治二十八年以降、さすがに最初から未来を舞台に設定しにくいでしょうから三十年まで、1895年1月17日の月齢が21、1896年1月17日の月齢が2,2であることを考えると、やはり舞台は連載と同時期の明治三十年、1987年と考えるのが、妥当ではないでしょうか。

作品中に明治何年、という記述はありません。
読売新聞に『金色夜叉』が連載されたのが、明治三十年の元日。それにあわせてか、作品も正月の三が日が終わろうとするところから始まります。

有名な熱海の場面は、それから二週間後の一月十七日。
「月は朧に一湾の真砂を照して、空も汀も淡白き中に、立尽せる二人の姿は墨の滴りたるやうの影を作れり。」
月明かりでくっきりした影ができるほどですから、三日月などではなく、おそらく満月に近い月と考えられます。

これが連載と同じ年の明治三十年(=1897年)と...続きを読む


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