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末期肝硬変と腹水について
末期の肝硬変の父(60歳)の腹水が、まるで臨月の妊婦のような状態になっています。
先日の受診では、「腹水を抜くと、身体がふらふらし、意識も朦朧とする為、抜くことは出来ない。利尿剤を増やして様子を見ましょう」と医師から言われました。
現在の血液検査の数値は白血球:4.8 赤血球:323 ヘモグロビン:9.8 ヘマグリット:29.0 血小板:8.6 GOT:82H GPT:22 γGTP:185 ALP:480 総蛋白:6.9 アルブミン:2.8 総ビリルビン:3.1 LDH:424 A/G比:0.68 eGFR:45 直接ビリルビン1.6H アンモニア41
という結果になっています。
余りにも腹水がすごく、医師も入院での投薬治療をとおっしゃりましたが本人が拒否。
余命1ヶ月と言われてから、現在約1年半が経過し、医師も「低空飛行でなんとか飛んでいる」と…。
肝性脳症の症状も出始め、食事中座ったまま気づくと寝ていたり、常に微熱があり、尿も余り出なく、尿が出ないと一日中水の様な下痢が続いている状態です。
現在食事もほぼ採れず、一日一食麺類やアイスなら多少食べられる状態ですがアルコールだけは常にウィスキーをロックで一日中飲んでいます。
また、肝臓ガンも最初に3個見つかりそれらは、ラジオ波等で治療したのですが、その後また再発した1つに関しては現在1cm位で、腹水や肝機能の悪さから処置は不可能と言われました。食道静脈瘤はごく小さく破裂の心配はないとの事。
本人は、最後は自宅でと希望しており、入院を拒否していますが、自宅で注意すべき点等アドバイス頂ければと思います。
担当医も、現在生きているのは奇跡的で、予後はここまで来たら予測がつかない。意識がなくなったらすぐに救急車を呼べと言われています。
ここまで、父とも話しアルコール依存症の治療をし、余命を延ばして行こうと担当医含め相談してきましたが父は、拒否し、家族も納得した上で、本人の希望通り飲ませ続ける事を決断しました。
今後どの様な事が考えられるか、在宅で本人が少しでも苦しまないように家族に出来ることがあるか、ご回答頂ければと思います。

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A 回答 (2件)

残念ながら肝硬変の末期症状が全て出ている様子です。


癌が悪化しなければ、何処かが猛烈に痛む、という病ではないのが幸いです。しかし、今日にも肝性昏睡から旅立ちに進行しても不思議ではないです。
アルコール依存症の治療はもう必要ありません。
やりたいコトをやらせて、食べたいもの、飲みたいものを遠慮なくあげてください。
在宅で死にたい人を支援する専門グループが私の近くの病院にはありまして、私の母を肝硬変で送るときはそれを利用しました。やはり母も家で死ぬ、と言い張ったので。
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 私の母も、C型肝炎から肝硬変・肝癌へと進み、腹水が溜まり、妊婦のような状態になりました。

本人の気力で持っていると言われていましたが、最後は肺炎を起こして亡くなりました。
 今の状況は、医学の出来る範囲を超えているので、自宅で頑張っているというお父様の気力と、それを支えているご家族の努力に敬服いたします。

 いまは、お父様のしたいようにさせて、「生きる気力」に頼る他はないと思います。
 心配なのは、体力を消耗させる肺炎や誤嚥などの余病を併発することです。丁寧な看病が第一と思います。大したアドバイスは出来ませんが、ご健闘をお祈り申し上げます。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございます。
生きる気力大事ですよね…。
家族がもう一度、その父の気持ちを酌んで支えていかなければと、改めて思いました。
腹水が溜まり過ぎて、限界に来たのか、昨日私の説得に応じてくれて、明日入院して注射で尿の出を良くする治療を受ける事を決めてくれました。
但し、医師が言うには腹水を急激に抜くこともリスクがあると…。
なんとか、支えて行きます!本当にありがとうございます。

お礼日時:2010/04/26 01:08

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Q肝硬変末期の父が余命1週間と宣告されました…

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうなるか素人でも解りますね……

今の父に人工透析をしても意味が無いことも素人でも解ります。


そこで、質問なのですが、

父は、肝硬変末期で、3回、腹水を抜いて、

それでも、またお腹も両脚も腫れています。

こんな父が、穏やかに最期を迎えることが出来るでしょうか???

腎不全の最期というのは、どういうものなのでしょうか???


遅れましたが、私は父の長男(42歳)です。

私は父の病院へは、車で25分で行けます。

しかし、弟は東京に居り、関西のK市の、この病院には、

どんなに早くても3~4時間かかります。

父の最期に弟も居させたいと思ってもいます……


どうか、アドバイス、よろしくお願いします。 m(_ _"m)

よろしくお願いします。

もし出来れば、医療関係の方のアドバイスを求めています


まず、私は匿名ですが、「nao913」です。

質問履歴を公開にしています。

このカテゴリ:「家族」の欄で、何度も投稿しています。


父の病状については、

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7973280.html

を参考にしてください。


さて、一昨日、母が主治医から余命1週間と宣告されました。

尿の量が減っているな、と思っていましたが、

肝硬変末期の上に「腎不全」が来たみたいです……

人工透析が1週間できなければ、どうな...続きを読む

Aベストアンサー

お返事読ませて頂きました。NO.6です。

お父様と、まだ会話が出来るのですね!ご家族への感謝、何気ない会話…。へんな言い方かもしれませんが、お父様・ご家族ともに、今の現状を充分分かった上での会話という感じがして、切なく、でも温かい気持ちになりました。
ある意味、それは幸せなことかもしれませんね。最後の時、これほど濃厚な時間を過ごせるご家族はそう多くないかもしれません。
きちんとお別れができて旅立てる方は、そうはいらっしゃらないように思います。
でも、心の準備がお互い出来ているからこそ、お辛い部分もあるでしょうね。

血圧もまだまだ大丈夫、尿もちゃんと出ているようですね。意識もまだ保たれておられるようですし、あとは苦痛の少ないことを心から祈ります。

質問者様も、休める時はしっかり休まれて下さい。お返事は無理なさらないで下さい。

Q肝硬変と腹水で苦しむ父を見ていられません…

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週のように帰って来ています。

父の孫は、私の家族に2人、弟の家族に2人います。


今は、その肝性脳炎・昏睡で倒れた父を、
何とか薬で肝性脳炎になって、意識がなくなってしまうのを止めているだけで、
腹水は、利尿剤等を使ってもなかなか抜けません。
残るのは、お腹に針を刺して腹水を抜くだけですが、
それも、すぐに腹水がたまってしまうそうです。

病院のベッドで起きている時は、腹水のせいで、
「しんどい~、苦しい~、苦しい~」
とばかり言っています。

本当に、苦しいんだと思います・・・

私と母が交代で、毎日、父の看病をしています。

肝性脳炎・昏睡には、5段階のレベルがあるそうで、
私が見る限り、昼間にウトウトと寝る程度で、
5段階の1番目ほどしか当てはまらないと思います。


父は、テレビも見ていますし。

でも、食欲も無く、歩くことも出来なくなりました。

父にとって楽しいことなんて何もありません。

今のところは、私と母で、毎日、父の状態を見て、
肝性脳炎・昏睡が進んでいないか?を確かめるだけです。

父は、2月1日に倒れました。

さすがに、その時は、もう昏睡になって、意識が戻らないかと思って、
私も母や弟と同じように、かなり動揺しました。

でも、3年前から肝臓癌が発症していて、
もともとが肝硬変ですので、1年前から腹水がたまっていたのか、
かなり苦しそうで、「癌」というのが頭にありましたから、
その時から、父の最期を考えてきました。

だから、私の中では、もう、父を看取るように心の準備をしてきました。

母も弟も、そういう覚悟はしています。



しかし、ここからが私の質問になるのですが、

もう後のない父に、今の肝性脳症・昏睡だけを防ぐ治療って、

父が昏睡になるまで?心不全にとかになるまで続けるのでしょうか???

今の総合病院には2月いっぱいまでしか居られず、
3月からは、実家の近くの病院か介護施設に入るしかありません。

母がとても父の介護を出来ないので… 私もそうです…
私たちは、そこで父を看取るつもりです。

でも、「私は」、母や弟と違って、
もう、父は充分に生きてくれたと思いますので、
今の苦しいだけの、治る見込みのない「闘病」生活なんか
父には、意味が無いと思うんです。

まだ主治医の先生に会って詳しく話をしてはいませんが。

そんなに腹水が苦しいなら、まだ昏睡状態の方が良いのではないか?
と思っています。

要するに、今の治療は、ただの「延命治療」に過ぎないと思うのです。

かなり極端な話ですが。


私、個人の話になりますが、
思春期に、父という高い壁があって、かなり父に反抗しました。
大学受験に失敗し、うつ病になって、就職が出来ませんでした。
今は、妻の収入で、「主夫」として生きています。

そういう私に、父は失望したと思います。 親不孝者です。

ですから、毎日、父の病室に足が向かいます。
映画じゃないですが、毎日、短い手紙を父に書いて渡しています。

父に謝って、許して欲しいんです。

私は父の家から車まで5分の所に住んでいるので、
毎週のように、2人の娘を連れて、遊びに行っていました。

ですから、もう過去のことは、父と私の間では「和解」しているかと思います…

それでも、肝性脳症になっている父から、
一言でも、許してくれるような言葉が欲しい・・・

でも、もう父には、闘病生活なんかしなくていい、

今まで本当に私たちのために、頑張って生きてくれたね、
本当にありがとうね。
もう、好きなだけ、好きなお酒を飲んできたんだし、
これ以上、私のために無理をして生きてくれなくてもいいんだよ…

って思うんです。

このように、まだ私の中でも、矛盾していますが、
母と弟は少しでも長く生きて欲しいようで、
私は、今の治療さえ、父には、ただの「苦しい延命」に思えています。

それでも、私個人として、悔いなく父を看取るには、
いま、何をすれば良いのか???

それが分かりません・・・

長くなってすみません。

これを読んで頂いた方には、
ただ感じたことだけでも良いですので、
何か私に言葉をかけてください。

どうか、よろしくお願いします。。。。。

71歳の父です。

もう長くはありません・・・

C型肝炎から肝硬変になり、もう肝不全になって、

今は、入院して、肝臓で処理できないアンモニア等を点滴の薬で処理しており、
アンモニアが身体に回って、肝性脳症(昏睡)になるのを防いでいます。

腹水で、お腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足も腹水で腫れてしまっています。

私は長男で、父の家から車で5分のところに住んでいます。
弟家族は、東京に住んでいて、ここは神戸ですので、新幹線で3時間かかりますが、
父が倒れて入院してから、毎週...続きを読む

Aベストアンサー

心中お察し致します。
私の父もそうでした。
父の場合腹水ではなく、血管から漏れ出た水分が体中にむくみをもたらすものでした。
とても高価な抗生物質を何度か投与しましたが、全く効果がありませんでした。
もはや打つ手がないという状態を前に、私もあなたと同じことを考えてしまいました。
それでも父とは意識の疎通が出来ました。
茶目っ気も残っていて、嫌いな親戚が見舞いに来たら寝たふりをするんだと笑って教えてくれました。
今の自分に出来ることは最後まで父と向き合うことだと思いました。
何も考えずただ父の側にいようと決意したのです。
手足のマッサージはとても気持ちが良いと申しておりました。
お湯に足を浸して温めてやるのも良いようです。
看護師さんに内緒でこっそり味のついた氷をガーゼでくるんで父の口に入れてやったりもしました。
そんな時の父の顔はまるで子供のようでした。
私と二人だけの秘密の思い出を沢山作ってくれた父は、眠るように息を引き取りました。
後悔はありません。

参考になれば幸いです。

Q肝硬変の行く末…どの位生きられるのでしょうか

親戚の話です。
65歳、男性、肝硬変と診断されて何年も経っています。
先生曰く末期であろうとのことです。
半年前に食道静脈瘤が発見され、入院して硬化療法をしました。
今後は定期的に胃カメラで様子をみるようです。

食道静脈瘤の破裂・出血の心配は、だいぶしなくて良くなっただろうと
思うのですが、
では、このまま行けば、普通の健康体の人と同様に
何十年も生きられるのでしょうか?
(勿論、他の病気にならなかったら…ですが)
それとも、肝硬変がますます進んだ場合に、
肝臓の機能が停止してしまう…とかそう言う心配もあるのでしょうか。

勿論、余命は人それぞれだとは思うのですが、
可能性として、健康体の人と同様に数十年生きられる場合も結構あるのか
それとも持って数年なのか…
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

肝硬変の経過ですが、
(1)肝機能が徐々に低下して肝不全になる。
(2)食道静脈瘤などができて、そこからの出血が起こる。
(3)肝臓がんを併発する。
こういう理由でなくなる方が大部分です。(1)は比較的少ない印象で、(3)、(2)、(1)の順である印象があります。
食道静脈瘤が出来ているとのことですので、完成された肝硬変と考えられます。
10年より長いということは低いと思います。

Q肝硬変末期の父なのに、その母と息子は疲れるだけか?

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と弟は一変しました。
もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません

母は病院に泊まり込み、私は母のサポートで1日病院に、
弟は東京から週末ごとに帰省します。 

もちろん父も、素人の誰が見ても、もう末期的にしか見えません。

食道からの吐血なので、固形物は食べられず、
点滴と水だけ…

腹水でお腹がパンパンなので、
水を飲みたがりますが、飲むと腹水を圧迫して苦しみます。

3月2日、とうとう2回目の腹水を抜きました… 体力が落ちることが分かっていて。

腹水を抜いて、私と母に冗談を飛ばすように、よく喋るようになりましたが、
それも3日後ぐらいから、腹水が元の状態にもどり、
昼間でも寝ている時間がかなり長いです。

でも、3時間ほど毎に、「み、水、飲ませてくれ・・・」

と言うので、家族はとても看護師さんだけに任せる訳にはいきません。

母は病院の父の個室で寝て、24時間看護の体勢、
私は息子ですが、うつ病の為、家族の食事を作って、病院に通います。
でも、私にも家庭があるので、19時までには帰宅したいところ。

弟は今週は、大阪に出張もないので、東京に居ます。

私や弟が父に出来ることは、とても母にはかないません。
ただ、母の「サポート」をするしかないんだ、と分かりました。

肝心の父のここ最近は、「小康状態」としか言い表せません。

私が10時から18時までいる間は、
喋ることも少なく、ほとんど寝ていて、

でも突然、「み、水をくれ…」というので、吸い飲みで口に注ぎます。
それしか口に入れるものが無いので、「美味しい美味しい」と言ってくれます…

会話らしい会話も出来ず。

母は、一昨日は風邪で病院に、昨日は髪のカットに行きました。
実家の用事もありますし、祖母の介護施設の手続き等々、することがあり、
父だけに時間を使えないので。
その間、私が父を看ています。
何もしないのに、病院に居るだけで疲れます…

私は、家の車から実家で、実家の車に乗り換えて、病院に行きます。
母は、実家の車しか運転できないと言うので。

昨日の出来事の1つですが、

母がカットから実家の車で病院に帰って来て、駐車場に止めました。
もう18時を過ぎていて、私は焦っていました。母も焦っていました。
携帯に母から連絡があり、駐車場の方に向かいました。
「駐車券はどこ?」
「車の中」
「何階のどの辺りに止めたの?」
「3階の昨日とは違う方」
それで、別れて私は車の方へ、母は病院の方へ、
でも、実家の車のカギの引き渡しを受けていませんでした。
すぐ母の携帯に何度もかけても、出ません。 
何で携帯に気づかないのか!?
とにかく父の部屋に戻っていると思って急いで病院に戻るも居らず、
携帯にでた母は、買い物をしていました…
切れたらいけないと思いつつ、切れそうになりながら、
やっと母からカギを受け貰い、駐車場へ。
「3階に止めてあるからね」と言われたので3階で車を探します。
ありません。 また携帯にかけますが、母はでません!
4階を探してもなく、2階に行って、やっと車を見つけた時に、携帯に母から、
「ごめんね。えらい運動させてしまったね~。」
笑って言っていました。
私も、「2階だったよ」と笑って言うしか出来ませんでした。

夜の、「慣れない車」の運転の前なので、怒ってはいけないいけない。落ち着いてと。

そういう「一こま」でした。

私は帰宅してから、家族と夕食の後、
次の日の夕食を料理して、23時。

もう疲れて寝るだけです。

何か、何というか?
肝心の父を看護しているのか?父は殆ど寝ているだけで、
たまに体を拭いたり、寝返りをするため看護師さんの手伝いをして、
父の横ですることもなく、
でも、自分には自分の家族の生活があって、料理・買い物等で疲れて、
母にも、母の用事が何かとあって、
母の方が、病院の簡易ベッドなので、疲れているはずで…

肝心の父と会話もなく、
母も私も疲れるだけで…

看取るというか、家族の看護って、こんなものなんでしょうか?

長々と書いて、すみません・・・・

度々、書き込んでいます。

家族の看護がいったい、どういうものなのか?分からなくなってきました…


71歳の父は、C型肝炎から肝硬変、肝臓癌となり、

年末から腹水がたまり、足も腫れて、仕事も辞めました。

そして、とうとう

2月1日、肝性脳症で風呂場で倒れ、緊急入院

私と母が交代で毎日、腹水で食欲のない父の食事の世話等で通い始めました。
でも、まだ元気そうに見えました…

2月16日、1回目の腹水を抜き、

2月18日、食道静脈瘤破裂で吐血… 個室に移される…

この日以後、家族、私と母と...続きを読む

Aベストアンサー

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりましたし
途中二度の危篤状態があり、そのたびに小さい子どもを連れて
狂ったように大急ぎで帰って・・・
実父のことなのに、こんなに死んでほしくないと思っていたのに
疲れて・・・3回目(このとき亡くなりました)のときには
「またか・・・」とまで思うようになってしまいました。
家族の不満も、こちらが大変だというのはわかっていましたから
黙っていたけど、それでも溜まっていたのでしょう、
兄夫婦も、私たち夫婦も一時的に不安定な状態になりました。
それでも実家に帰らないわけにはいかず・・・大変疲弊しました。

亡くなったときは「ほっとした」というのが正直な気持ちです。
亡くなってからはまた葬儀等の準備で忙しくなるので
悲しんでいる暇も、疲れた体を休める暇もなく・・・
火葬場の都合で通夜が二晩あったのですが、泣くことができたのは
その通夜も終えて告別式に入ってからでした。

あなたの質問文、ずっと読んでいました。

私の父も腹水が溜まって苦しんでいましたし、
個室に移され、白い壁だけを見ているうちに
自分の死が近づいてきたのがわかるのか
暴れだして点滴を抜いたり、幽霊が迎えに来たと騒いだりしました。
母は本当に大変だったと思います。

家族の看護というのは、看取るというのは
あなたのおっしゃるとおり「そんなもの」だと思います。
病室で相手の手を取って、静かな最期を迎えられるのは
ほんの一握りなのではないでしょうか。
私の父も、最期はほとんど言いたいことも言えることなく
こん睡状態に陥り、そのまま亡くなってしまいました。
(私は最期に立ち会えませんでした。間に合わなかったのです)

あなたのお父様があとどれくらい生きられるのか
それはわかりません。
恐らく、病室に誰か1人待機しているのは
看護婦さんに迷惑を掛けられないという思いと
いつ最期の時が来るかわからない、最期のときに
1人にしてはいけないという思いがあるからだと思います。
できることなら、一晩だけでもいいですから看護婦さんにお願いして
皆さんで家で休むということはできるといいのですが・・・
もしものときはすぐに連絡をしてもらう、ということで・・・

キツい言葉になってしまいますが、
お父様が亡くなられてからも遺族の方々には
今の家族との生活が待っています。
これから亡くなっていく人のことより、これからも
生きていかなければならない人のことが、生きていかなければならない人の
生活のほうが大切なのです。
それは私の父が病床で言っていたことです。
お父様のことは勿論大切ですが、それでも、
ご自身の体を、生活を大切になさってください。
疲れたら、看護婦さんにお願いして休む。
大丈夫です、看護婦さんはそのへんはわかっていらっしゃいます。
休みたい・・・と思ったら、その心の声を優先して休んでください。

41歳です。
10年前、私も実父を肝硬変で亡くしました。

父が入院したときは、緊急だとか危ないとかではなく
「ちょっと数値的に悪くなったので、入院してそのへんを良くしましょう」的な
ことだったのに、入院してだんだん悪くなり、3ヶ月で亡くなってしまいました。

当時父の面倒は母が見ていました。
千葉に住んでいた兄と埼玉に住んでいた私は、週末のみ子どもを連れて
病室にいる母と交代したり、必要な買い物をしたりしていました。

たった3ヶ月でしたが、
兄も私も自宅から実家に帰るのに3時間はかかりま...続きを読む

Q腹水が溜まるという事は・・・

みなさんこんにちは。

掲題のままの質問なのですが、
腹水が溜まるという事は一般的にどういった症状なのでしょうか?又これの治療方法とはどういった事を施すのでしょうか?腹水が溜まると他の病気(ガン等)の要因にもなるのでしょうか?

御回答お待ちしております。

Aベストアンサー

お早うございます。
生まれつき肝臓が悪く増悪をくりかえしております。
水と脂肪の違うところはまずたまる速さと抜ける速さです。
水の場合は変化が激しく私などは入院して2週間で15キロ以上一気に減ります。
志望ではなかなかこうはいかないでしょう。
(もっとも何とかダイエットはそんな事歌ってますが)
寝てみて体の測位に手を当てて反対側をぽんとやってみて
波動がつたわるのが腹水です。
なんでそうなるかというより悪くなった結果そうなります。
理由はさまざまですが一般的に腎臓で処理をしきれなくなった時
やさまざまな疾患が悪化しているときなどの代表的な副次的な症状の一つです
とにかく原因疾患を確定してその治療をすべきです。
私は腹水がたまりすぎると横になると肺の方へ水が来て圧迫され
空咳が出て苦しいため枕を高くして休んでいます。
平行して利尿剤を飲んだりそれに伴いカリウムどがでて体液のバランスが崩れるので
カリウム保持性の物を使ったりそのものをおぎなったり。
私の場合はアルブミンという一種のたんぱく質が欠乏するのでそれを点滴でおぎなったりしてやります。
ヤクルトのビンくらいだけど1万円以上します(血液製剤)
そして何よりも体が重いです。そうでしょう体に15キロ以上のウェイトをつけて動くようなもんですから・・・。
階段なんか上がるとぜいぜいします。
水がいっきにぬけて軽くなるとそれはそれはホップステップジャンプといった感じですが(笑〕
別に天まではのぼりたくないですが。
水抜きもあまり苦しければやりますが根治治療されていなければすぐにたまります。
それにあのおみずって結構栄養の塊なんですって。
あれを再生する治療もあるんですよ。
麻酔をしているとはいえ痛い。なんか必殺仕置き人に針でぶすってやられた感じです。
まとまりませんが私は今からも点滴に病院に行きます。
死なない限り生きてるから・・・。

お早うございます。
生まれつき肝臓が悪く増悪をくりかえしております。
水と脂肪の違うところはまずたまる速さと抜ける速さです。
水の場合は変化が激しく私などは入院して2週間で15キロ以上一気に減ります。
志望ではなかなかこうはいかないでしょう。
(もっとも何とかダイエットはそんな事歌ってますが)
寝てみて体の測位に手を当てて反対側をぽんとやってみて
波動がつたわるのが腹水です。
なんでそうなるかというより悪くなった結果そうなります。
理由はさまざまですが一般的に腎臓で処理を...続きを読む

Q肝硬変   腹水と肝性昏睡について

昨年の夏、食道静脈瘤の破裂で父(70才)が入院しました。
以前より肝機能はあまりよくないかもと言われていましたが、肝硬変(アルコール性)になっているという事をその時初めて知りました。
気付かずに禁忌の薬を服用していたのが、引き金となったようです。
1ケ月ほどで退院し、今は1ケ月半毎に大きな病院で血液検査や造影剤CTを受けています。
詳しい検査をしたところガンらしきものが肝臓に2ケ(1cm大のもの)あると言われ、またそちらの処置もしなければなりません。

私が普段気にしているのは、腹水の有無と肝性昏睡です。
父は少し肥満気味の為、腹水が溜まってきてもよく分からないのです。
3ケ月毎に造影CTをしているのですが、特に何も言われませんでした。
CTで腹水の有無は判るのでしょうか?
また父は最近よく眠ります。
椅子に座りながらでも寝ます。(30分ほど)
意識はしっかりしています。
夜間も短いですがちゃんと寝ているようです。
肝性昏睡の初期には睡眠障害があると聞きましたが、父のような容態でも肝性昏睡は起こるのでしょうか?
ちなみに精神異常はありません。
疲れているだけなのでしょうか?
素人が浅はかな知識を色々得て、混乱しております。
次の診察は4月末なので、気にかけています。
是非、ご意見をお聞かせ下さい。
宜しくお願いします。
ちなみに父の現在の血液検査の数値は
GOT 45、GPT 60、、LDH 207、AL-P 325、γ-GTP 69
です。

昨年の夏、食道静脈瘤の破裂で父(70才)が入院しました。
以前より肝機能はあまりよくないかもと言われていましたが、肝硬変(アルコール性)になっているという事をその時初めて知りました。
気付かずに禁忌の薬を服用していたのが、引き金となったようです。
1ケ月ほどで退院し、今は1ケ月半毎に大きな病院で血液検査や造影剤CTを受けています。
詳しい検査をしたところガンらしきものが肝臓に2ケ(1cm大のもの)あると言われ、またそちらの処置もしなければなりません。

私が普段気にしているのは...続きを読む

Aベストアンサー

肝硬変後の3大死因は、以下のようなものです。
・食道静脈瘤破裂で大量吐血による失血死
・肝性脳症による昏睡
・肝臓癌

ご懸念の件は「肝性脳症」でしょう。
昏睡状態は、肝性脳症の末期的症状なので、お父様の状態はそこまでには至っていません。昏睡状態は覚醒しません。
ご懸念の通り初期の段階では、よく寝ます。更に肝性脳症の症状が進むと軽い認知症のようになります。会話をしていても辻褄が合わない。日付が滅茶苦茶など。

ご存知かもしれませんが、肝性脳症の原因は血中のアンモニアの上昇です。
蛋白質を摂取すると体内でアンモニアが発生しますが、通常なら肝臓が解毒して影響はありませんが、肝硬変では解毒できずに体内にアンモニアが溢れていきます。

詳細については下記を参考にして下さい。
「メルクマニュアル医学百科」肝臓と胆嚢の病気
http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec10.html
↑の「肝臓の病気で見られる症状」最下段に「肝性脳症」があります。

「肝性脳症」になると蛋白質制限食など食事の制限もあります。

私の身内も肝硬変から肝性脳症になったので症状は判ります。
先にも述べましたが、言動が怪しくなったら即病院に行く事を薦めます。
私の身内の場合では、即入院でした。
ところ構わずよく寝るのは注意信号ですよ。
よく観察されて、4月末の検査を待たずに判断された方が良いと思います。

GOT等の数値は、肝細胞が壊れる時に出る酵素の値なので、肝硬変で壊れるまで壊れてしまったら値は、正常値と変わらなくなります。

肝硬変後の3大死因は、以下のようなものです。
・食道静脈瘤破裂で大量吐血による失血死
・肝性脳症による昏睡
・肝臓癌

ご懸念の件は「肝性脳症」でしょう。
昏睡状態は、肝性脳症の末期的症状なので、お父様の状態はそこまでには至っていません。昏睡状態は覚醒しません。
ご懸念の通り初期の段階では、よく寝ます。更に肝性脳症の症状が進むと軽い認知症のようになります。会話をしていても辻褄が合わない。日付が滅茶苦茶など。

ご存知かもしれませんが、肝性脳症の原因は血中のアンモニアの上昇...続きを読む

Q肝硬変末期で死期の近い父と、現実を直視できない弟が

もともと、C型肝炎に感染させられていた父(71歳)は、

C型肝炎が17年前に発症し、インターフェロンの治療を受けましたが、完治せず、

C型肝炎から肝硬変→肝臓癌、食道静脈瘤の手術を数回、受けて、

とうとう、2月1日、肝性脳症のため風呂場で倒れ、緊急入院し、

腹水でお腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足もむくみ、

毎日、父の病院に通い、昼から来る母と交代で看ていました。

腹水のせいで、食欲が無く、でも私が父の口に運んで何とか半分食べてくれていました。

2月15日、1回目の腹水を針で抜いて、食欲も出てきて、

回復に向かうと思っていた矢先の

2月18日、食道静脈瘤が破裂して、吐血、

6人部屋から個室に移されました。

その日だけ、父の見舞いを休んでいた私(42歳の息子です)は、

次の日、個室に移された父の顔色を見て愕然としてしまいました。

まるで血の気が無く、土色のようになった顔色の父は今まで見たことのない父でした…

酸素チューブと点滴のチューブに繋がれ、心電図の電極を貼られた父の姿を見た時、

見てはいけないものを見てしまったという感じと、

父がもうすぐ逝ってしまうと直感的に悟りました。

それまで、こういうサイトを見つけたりして、父の回復を探していましたが、

http://www.kanen.ncgm.go.jp/forcomedi_cir.html

病院の主治医によると、上のサイトで、「腹水穿刺排液」の後の処置は、

「腹水濃縮再静注法」と書いてあったので、弟がこの治療法を試せませんか!?

と医師に詰め寄りましたが、90年代に、この処置が効果的でないという結果がでており、

現在の父の状態は、危険因子が3つ、

・ 肝硬変
・ 腹水
・ 食道静脈瘤が今度破裂すると「致命的」

と、私たち家族には絶望的な説明に終わりました・・・・・

私も母も「弟」も、1年前に父が3回目の肝臓癌の手術した時に、

「ある程度の覚悟」を決めていたと思っていました。


父は、お酒が大好きで、意識が無くなるまで、とことん飲んでいました。

C型肝炎が完治しなかった時も、肝臓癌が発症した時も、

「酒を断つ」ことは一切しませんでした。

外から見れば、「命を削っても、酒を飲んでいるようなもの」、でした。

「自業自得」と言えばそれまでですが…



しかし、20歳前に、「うつ病=抑鬱神経症」になった私には、父の酒の意味が伝わります・・・

大学受験に失敗し、就職もしなかった、うつ病の私は常に希死念慮から逃れられません。

「どうせ、こんな自分だから」と自分を卑下し、自分の人生に意味は無い。

と、どう考えても、考えても、行き着く先は、「自分の人生に意味は無い」になります。


今は、2人の娘がいますが、妻の扶養家族になって、

「主夫」として生きるしか「生きる術」がありません。 

けっこう惨めなモノです…

でも、娘が産まれてから、自分が親だから、惨めでも生きないと…

惨めな人生でも、娘のために、買い物して、料理して、

情けないヤツでも、嫁さんに養ってもらっていても、「体裁なんかどうでもいい!」

って自分の人生のプライドを捨てて、開き直りました。 

こうなると、けっこう「楽」なものです。


一方で、父は、父で、挫折を味わってきました。

M菱電機と言えば、誰でも分かる、家電メーカーです。

そこで、60年代にテレビの研究職として働き始めた父も、

M菱に集まった有能な人材には勝てず、事務畑の方に追いやられました。

また祖父(父の父)が戦後、裸の身から一財産を作ったことを考えれば、

父の挫折は、会社の中だけでは無いのかと思います…

父のことは私の憶測までですので、確かなことは聞いていませんし、

そんなこと(挫折)を話す父ではありません。


しかし、弟は違うと思うんです。


私と同じ公立の進学高校を出て、1年浪人しても、国立のK大学に入り、

サッカー部の主将をし、「地所」と言えば誰でも分かる「M菱地所」に入り、

高校から付き合っていた彼女が奥さんになり、平和な家庭を持っています。


私も弟の経歴に「ひがんだ」時もありました。 正直に言うと。


弟は私と違って、優しいヤツです。

しかし、今、父の死を前に、弟が危険なんです。

父が入院してから、東京に居る弟は飛んで帰って来ました。

それからも、大阪に出張があれば、実家に泊まって、

母が病院に泊まり込めば、病院に泊まって、父の看病をします。


私宛のメールに、

「兄ちゃん、父さんは腹水が苦しいかも知れないけど、腹水を抜いたら体力が落ちるから、

 腹水はこのままで、食欲が出るようになって、繊維質のものを食べれば、

 アンモニアも体から出て、肝性脳症が防げると思うんだ。

 だから、母さんと兄ちゃんで看病して貰って、父さんの回復を気長に待とうよ。」 

 と…

母も、さすがに、これには心配しています。 私も同じです。


弟は医師の説明を一緒に聞いた、父の水しか飲めない姿を見た。

水を飲んで、腹水を圧迫し苦しむ父の姿を見たはずなのに・・・・


「現実」が見えていないのか?????

「現実」を直視しようと出来ないのか…?????


大学を出てから、実家を出て東京に行った弟です。

東京で家庭を持った弟です。

私は実家から車で5分の所に住み、毎週のように孫を連れて父の所に行きました。

一緒に食事をし、娘たちを遊んで貰い…

そういう父の思い出が、私には多々あります。


しかし、東京に居る弟には「無い」。


私は、父には本当に、「今まで十分に生きてくれた」と思えています。

でも、弟は東京と神戸という「距離」が、

「父との想い出」、みたいなものを不足させたのかと…

それとも、幼少期の根源的な「父子の触れ合い」が不足しているのか…

私が長男で、弟が次男で、私が父の愛情を弟より多く受けたのか???


とにかく、71歳と平均寿命より早く逝ってしまう父を前に、

健気な、楽観的な、メールを送ってくる弟が心配で堪りません。

母は「時間が解決する、時間があの子に教えてくれる」と言いますが…


私が20歳の時、「鬱」で「廃人」のようになった経験を、

39歳の今の弟にさせたくないんです。


父はもう長くありません。

父の最期の前に、私から弟に無理にでも解らせないといけないのでしょうか???

もともと、C型肝炎に感染させられていた父(71歳)は、

C型肝炎が17年前に発症し、インターフェロンの治療を受けましたが、完治せず、

C型肝炎から肝硬変→肝臓癌、食道静脈瘤の手術を数回、受けて、

とうとう、2月1日、肝性脳症のため風呂場で倒れ、緊急入院し、

腹水でお腹が妊婦さんのようにパンパンに腫れ、両足もむくみ、

毎日、父の病院に通い、昼から来る母と交代で看ていました。

腹水のせいで、食欲が無く、でも私が父の口に運んで何とか半分食べてくれていました。

2月15日、1回目の腹水を針...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。他の質問へ回答を加えずににこちらへ書きました(*^_^*)

他の方へのお礼で読みましたが、お父様と会話ができたようで本当になによりです。
腹水が少しの時間でも楽になって、お父様も嬉しかったのだと思います。
とにかく、意思の疎通ができることは本当に本当になによりです。

質問者さんは、お優しい方なのだなと心から思います。
他人のことを自分のことのように想う、共感力を持っている方なのだなと。
けれど、きっとその能力が質問者さんを苦しめる時もあるのだと感じています。
お父様の病床で闘う姿、遠方の弟さんの心境…自分に重ねすぎると、苦しくなりすぎてしまいます。
そういう思考が質問者さんの良い所なので、そのままでいいのです。
ただ、もし、苦しくなり過ぎた時は「自分とは違う人だから同じとは限らない。大丈夫大丈夫」って思い出して下さい♪

弟さんには、弟さんなりの現実があります。
弟さんなりの親子関係があり、父親像があり、現実の受け入れ方がある。
それは、兄弟だからといって、質問者さんと同じとは限らないのです。
距離や過ごした時間の長さの違いなど、どこにもあること。あまりご心配なさずとも大丈夫ですよ!
弟さんの言動を見て「現実が理解できてない」とは、私は感じませんでした。
肝性脳症の仕組みをよく理解されていて、対処する方法を弟さんなりに考えたのだなと思います。
楽観的なのではなく、希望をもって最後まで付き合おうよって気持ちなのかなって思いました。

苦しそうなのが可哀想で、もういいよ、早く楽にさせてあげたいと思う質問者さん。
最後まで、何か手があるだろうと諦めずに考え続ける弟さん。
どちらも、正解なのです。どちらも、お父様への愛情の形なのです。それでいいんですよ。

外は寒くなったり、温かくなったりですから、どうか質問者さんもご自愛ください。

こんにちは。他の質問へ回答を加えずににこちらへ書きました(*^_^*)

他の方へのお礼で読みましたが、お父様と会話ができたようで本当になによりです。
腹水が少しの時間でも楽になって、お父様も嬉しかったのだと思います。
とにかく、意思の疎通ができることは本当に本当になによりです。

質問者さんは、お優しい方なのだなと心から思います。
他人のことを自分のことのように想う、共感力を持っている方なのだなと。
けれど、きっとその能力が質問者さんを苦しめる時もあるのだと感じています。
お父様の病床...続きを読む

Q肝臓癌での最後の症状

今現在、39歳の兄が肝臓癌の末期状態で余命1ヶ月と言われた所を
1ヶ月半程がんばっています。

私は近畿に在住していて兄は鹿児島に入院しています。
昨年、大腸癌が見つかってそこから肝臓へ転移して
今を迎えているのですが、兄は独り者で面倒を見てくれるのは
病気がちな母しかおらず、わたしも出来る限り時間を作り
帰っていましたが正直今の状況だといつ帰っていい物なのか
わかりません・・・

今すぐ帰りたいところなのですが
心も体もボロボロで仕事もそう長々とは休めない状態です。

どの様な症状が出たら危ないサインなのでしょうか?

母によると兄の状態は意識ははっきりしていますが腹水がたまり
3日前程から下半身が相当腫れて来て歩くのが難しくなって
尿も出ずらい状態だそうです。

こういうことを書いてる自分に嫌悪感を覚えますが
どなたかわかる方がいらっしゃいましたら教えてもらえると幸いです。

Aベストアンサー

家族が全く同じ状況だったものです。
肝臓の機能が低下すると足に水が溜まってきます。
足が膨らんでぱんぱんになります。
そうなったらもう長くはないはずです。
本人が苦しくなった場合、死の数日前に早めにモルヒネを大量に投
入して意識をなくした状態にするかもしれません。
会うのであればその前がいいと思います。
意識をなくすかどうかは本人が決めることだと思います。
死の直前は呼吸の仕方が変わります。
肩で息をするようになります。
ただそうなってからは1時間も持たないかもしれません。
最後は心臓の持久力次第なので、医者にもわからないと思います。
意識をなくす前に一度お別れの挨拶をして、後は死後でもやむを
えないと考えたほうがいいのではないでしょうか。

Q肝硬変の末期の治療とは

私の祖母(75歳)が肝硬変の末期と診断され入院しています。
医師から余命3ヶ月位といわれたのですが、本当にもう助からないのでしょうか。悲しくて悲しくてたまりません。
私は父から聞いた話ですので、詳しい検査結果は知らないのですが、膵臓の辺りに水が溜まっていると聞きました。癌細胞は発見されていません。
治療法がなくどうしようもないとすれば、だんだんと痛みが増して本人はとても苦しくなってくるのでしょうか。
何かしてあげられることはないかと考えているのですが、どうかどうか教えて下さい。

Aベストアンサー

わらにもすがる思いなら出来ることはいろいろありますよ。
http://homepage1.nifty.com/morishita_/index.htm
http://www.popuri.info/
我々は他人だから何が良いと断言することはできませんので、ご自分で調べて判断してみてください。
医者の治療なんていうのは無数にある方法のうちのほんの一つです。
この方法でダメなら全てダメなんていうバカな話はありません。
助かる道があるかも知れないのに何もせずに諦めてはいけません。

Q肝硬変の末期って直るのでしょうか。

姉の旦那が肝硬変で末期だと言われたそうです。
二週間前に入院したのですが(前日まで仕事もしてた)3日前に病室を換わるように言われ、それまで意識もしっかりしてたし自分でトイレにも行ってたようです。
それが昨日から黄疸が出て、腹水がたまり、意識レベルも下がっていると聞きました。10年前から肝臓が悪い事は知ってましたし、入院も年に1度はしてました。病院の先生は「会える人は今の内に・・・」と言われるのですが。
もう直らないのでしょうか?
肝移植とか聞いた事がありますが、私には全然知識がありません。
なにか治療とか方法は無いのでしょうか。
まだ40代で3人子供がいるのですが、知らせてないし、子供達も“また検査入院した”ぐらいにしか思ってないのです。これから先の事も考えたいので、どんな内容でもかまいません。教えてください。

Aベストアンサー

辛いでしょうが、腹水が出てくると正直厳しいと思います。私も2年前に父が全く同じ様に肝硬変で腹水があったのですが・・・・。只私の場合ですが、医者に肝移植の話をしまして、半年ほどは長くなりましたが・・。
出来るだけ本人の希望等を聞いてあげるのがいい場合もあるような気がしますので、よくご相談された方がいいと思います。


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