米軍接収施設の使用料、地代の支払いは?

http://www.geocities.jp/unepeace/table-land.html には「1945.4.1 米軍、沖縄本島上陸、米軍基地建設」とあります。
以来、今日まで米軍は日本国内で、様々な施設や土地を使用してきました。施設や土地の所有者は日本国、自治体、民間人と様々だったと思います。

さて、質問です。
米国は米軍使用の施設や土地代を支払ったことがありますか。ある場合、適正価格だったですか。ない場合、如何なる根拠に基づいていましたか。
施設や土地の所有者が日本国、自治体、民間人の何れかに絞ってお答え下さっても結構です。また、1945年4月から終戦までとか、終戦から講和成立までとか、講和成立から思い遣り予算成立までとか期間を限定して答えて下さって結構です。

一例を挙げれば、第一生命ビルの所有者は米軍に接収されていた間、米国なり日本国なりから何らかの補償を得ていたのか否か、泣き寝入りだったのか否か、こんなことが知りたいです。
よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

普天間基地では米軍が支払った物を琉球政府が支払うとあります。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E5%A4%A9% …

沖縄返還までは琉球政府にはこんな余裕は無いと考えます。

>接収
強制的に取り上げること。

この回答への補足

お礼欄に記した後で分かったことがあります。問い合わせはありません。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/s … ・・・(*)
これを発見しました。これが日本国政府の最終判断であるか否かは追跡できていません。仮にこれが最終判断だとすれば、終戦から講和成立までは解決みたいです。(*)の第一項によれば、これに関連して後日、何かしらの政府見解があったと推定します。
米軍接収の物件が占領政策遂行上、必要不可欠なものであったとすれば、今回の質問への回答としては、
「米国は施設や土地代を支払っていない。その法的根拠は(*)の第二項に拠る」
どうも、こうみたいです。
但し、沖縄は別扱いだし(沖縄はややこしくて手に負えない)、講和以後のことも変遷がありそうで手に負えません。
お答えにある米国、琉球政府、地主への金銭の流れからすると沖縄以外での民間物件の補償は日本政府が行ったのではないかと推測します。
細部が残っているので、もう少し締め切らずに様子をみることにします。
以上、ご報告まで。

補足日時:2010/04/28 06:34
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この回答へのお礼

1.1945年から1960年までは「接収」ということで、無補償だったのでしょうか(そう読み取れる)。

2. 1960年以降、米国が金銭を支払っていたのは分かりました。何時まで続いたのでしょうか。現在の61億円の支払い主は米国ではなく日本政府ですよね(?)。

3. 普天間飛行場など個々のケースへの言及も勿論結構なのですが、米国と日本の外交の上から何処と限らず言える一般論というのか基本的な仕組みというのか、そんな観点からの論述があると有り難いです。

有り難うございました。

お礼日時:2010/04/24 06:53

たとえば、知ったかぶり(つまり私)が回答してB、Dの2つの知識を差し出したとする。

教えてクンはそれを受け取るが、せいぜいB、Dを組み合わせて考えるだけである。「BとDの間には空隙があるな。Bの周辺、Dの周辺を自分で調べてみよう」という気はないらしい。労を厭わずご自分でも調べるなら、AやCを見つけ出して、A、B、C、Dの4つなどで考察できるだろう。これを「A、B、C、D考察」と名付けよう。そもそも、A、Cは改めて調べずとも一般常識だったりする。回答文には字数制限もあるし、A、B、C、D、……をずらりと並べてはいられない。

戦勝国は敗戦国から莫大な賠償金を取るのが当たり前だった。その一方で、占領軍として、接収した建物の家賃などを軍票で支払う。しかし、軍票はただの紙切れとなることがあった(自軍基地内の地域通貨的な軍票ならともかく、被占領民への支払いに充てて乱発する軍票などは)。
つまり、偽善的に擬似紙幣で支払うようなものなのだ。それでも、偽善は、野蛮国でない証拠とも言えるだろう。野蛮国ならば善を装うことさえせずに、端(はな)から強奪するだろうから。

> 此処からは、米国は使用料を支払っていたと読み取れます。

これは、いわばB、Dを組み合わせて考えただけでしょう。「A、B、C、D考察」してみてください。
米国は日本人に使用料を支払った。軍票ではなく、本物のお金(つまり日銀券)で。しかし、米国は文明国として偽善を行ったのだった。実際には日本政府に支払わせたのである。また日本政府も、軍票を押し付けられるよりは、日銀券で支払ってやる方がまだましと考えたようだ。

> 立て替えですから米国は日本政府に返さないといけません。

何おっしゃってんの? 拙文で申した「次に」、「日本の予算に計上」などを読み取れていないようです。当初、日本は立て替えの意向だったが、次に、肩代わりに変更したのである。予算(一般会計歳出)に計上したものは、もっぱら日本国民の税金で賄われることになる。肩代わりだから、米国は日本政府に返済しない。
それでは、なぜ日本政府が肩代わりするのか。もしかしてご質問者は、日本が敗戦国だってことをしっかり意識していらっしゃらない? 本来なら、天文学的な額の賠償金を取られていた。それは免除してもらったのだが(ベルサイユ体制の失敗から連合国は学んだと言われている)、「天文学的」からいきなり「ただ」になるわけがない。虫が良すぎるだろう。やはり、何だかんだで後々日本は少なからぬ額を支払わされることになる。その一つが、この占領経費肩代わりだろう。それでも、日本にとってはありがたかった。日本は完敗したのに、米国は(経済的)報復や懲罰的賠償を手加減してくれた。だからこそ、目覚しく復興できたのでもあろう。

> 返してないとすると、1の記述によって米国は野蛮国になります。

これもまた、「B、D思考」しかなさっていませんね。

> 此処から、日本政府は立て替えてあった米軍の占領経費を米国から受け取らない代わりに、米国から受けた莫大な支援の費用を払わなかったと読み取れます。

残念ながら、物事の基本が分かっていらっしゃるでしょうか。「双方、五分五分」の基準が狂っているのでは。本来なら賠償金を……(以下同文)。

さて、回答文が長くなってしまうが、A、B、C、Dの次のいわばE知識も少し書いておきます。
敗戦国日本は、米国が寛大にも莫大な援助を与えてくれたと思っていたが、復興が軌道に乗って食べていけるようになると、一部の返済を求められた。米国から、「やったのではなく貸したのだ」と言われた。「くれたんじゃなかったのかいっ」と、日本の朝野は困惑したり憤慨したりした。
しかし、冷静に考えるなら米国の言い分も筋が通っているようだ。米国から受けた援助は、食糧・医薬品など(何しろ日本は餓死者が激発しそうだったのだ)にとどまらず、生産財もあった。その生産財などを用いて日本は産業を復興させた。そして、儲けが出るようになったら、そりゃ米国に返済しなきゃね。食糧と生産財は異なる。食糧の分は「飢えた子らに与えた飯を取り返せというのか」となって、米国も返済を求めないとしても。
しかも、米国は日本に一部を返済させて、今度はそれを東南アジアなどへの援助に回したらしい。当時、東南アジアこそ餓死しそうだったのである。このように、困ったときは相身互いである。お金は天下諸邦をぐるぐる回って活かされる。国益第一も結構だが、得手勝手な考えばかりでは、日本の国が世界で立ち行かなくなるかも知れない。
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この回答へのお礼

>>知ったかぶり(つまり私)<<
とあります。他人様の自己評価には全く関心がありません。仮にの話として自覚があるなら救いの道は残っています。
「文は人なり」だそうですから、どなたの文章であれ人柄・性格から囲まれている友人・知人の質の良し悪しまで、全てが反映するのだと思います。
このご回答にはGanymedeさんの全人格が凝縮されて反映していることでしょう。
多くのことを感じましたが、私自身の言語能力では正しく伝えられないので失礼ながら省略してしまいます。
何にせよ、大筋として自己解決したのは芽出度し芽出度しです。

お礼日時:2010/04/30 19:35

たとえば初等幾何の証明問題を思い浮かべてみてください。

「補助線」を引くと一気に解けることがありますね。このご質問の場合、「軍票」が補助線になるでしょう。
占領軍は軍票で支払いたがります。日本軍もアジア・南洋各地を占領して軍票を乱発しました。ご質問文は「米国は」「支払ったことがありますか。」とお尋ねですが、野蛮国じゃあるまいし、支払わない国なんてあるの? 戦闘途中のドサクサならともかく。
しかし、軍票は往々にしてただの紙切れとなってしまうので、受け取る側は嫌がります(日本は自分が発行するのは好きだったけど)。そこで、「進駐軍(主に米軍)から軍票を押し付けられるよりは」と、ひとまず日銀が進駐軍の経費を立て替えることにしました。次に、「終戦処理費」として日本の予算に計上することにしました。
要するにですね、進駐軍に建物を接収されるということは、貸すことであり、家賃をもらえます。それらは適正水準だったでしょうか。それは日本政府の経済力次第だったのです。実際には、日本政府が日本人に支払っていたわけですから。まあ当時は激しいインフレが進行していたので、適正価格と言ったってねえ。「涙金程度しかならない」と恨んだ人もいれば、「結構いいお金がもらえる」と喜んだ人もいたそうです。
たとえば東京だけに限っても、進駐軍が接収した建物は約600カ所にものぼりました。銀座の大通りの名店なども軒並み接収されて、PXや娯楽施設などになりました。終戦処理費は嵩(かさ)み、日本の国家予算の半分を占めた時期もありました。政府はお札を刷りまくって支払いに充てたようです。ますますインフレが進行したでしょう。

戦後日本は旧敵国・米国から莫大な援助を受けました。しかし、米軍の占領経費は日本が支払っていたので、まあお金はぐるぐる回っていたわけですね。
占領終結後は「対外処理費」など、さらにその後「思いやり予算」として、日本は米軍の駐留経費(の一部)を負担しています。
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この回答へのお礼

拝読しました。
この手の回答を期待していました。基本公式が記されているので有り難いです。第一生命ビルであるとか普天間基地であるとか個々のケースはこの公式通りなのか、公式からどれだけ逸脱していたのかを調べればよいので、話がし易くなりました。
ここまではよいのですが、分からないこともあります。

1.>>ご質問文は「米国は」「支払ったことがありますか。」とお尋ねですが、野蛮国じゃあるまいし、支払わない国なんてあるの? 戦闘途中のドサクサならともかく。<<
此処からは、米国は使用料を支払っていたと読み取れます。

2.>>「進駐軍(主に米軍)から軍票を押し付けられるよりは」と、ひとまず日銀が進駐軍の経費を立て替えることにしました。次に、「終戦処理費」として日本の予算に計上することにしました。<<
>>米軍の占領経費は日本が支払っていたので、<<
此処からは、米国が支払ったのではなく、日本政府が支払ったのだと読めます。立て替えですから米国は日本政府に返さないといけません。何時返してくれたのか、ご回答には記述がなくて分かりません。
返してないとすると、1の記述によって米国は野蛮国になります。

以下、この疑問への自問自答です。ご回答から次のように推測しますが、これでよいものでしょうか。
3.>>戦後日本は旧敵国・米国から莫大な援助を受けました。しかし、米軍の占領経費は日本が支払っていたので、まあお金はぐるぐる回っていたわけですね。<<
此処から、日本政府は立て替えてあった米軍の占領経費を米国から受け取らない代わりに、米国から受けた莫大な支援の費用を払わなかったと読み取れます。
この読み方でよいとすると、米国から受けた支援を「援助」と呼ぶのは相応しくないように思えます。清算の仕方からは双方、五分五分にみえます。何故「援助」と呼ぶのですか。金銭の上から考えると、日本政府が立て替えてあった米軍の占領経費よりも米国から受けた支援の方が大きかったからですか。それなら納得できます。

どなた様なりと答えて下さると有り難いです。よろしくお願いします。
有り難うございました。

お礼日時:2010/04/26 18:53

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追伸
戦争状態と言っても、「手続きが終わっていない状態」つまり「外交上」の戦争状態の終了がサンフランシスコ講和条約の効力発生に伴い戦争状態が終了とされているのです。
現実の交戦状態は、相手側と調整して、その日時で戦闘行為の中止⇒停戦交渉⇒停戦⇒戦後処理⇒講和条約という流れになります。
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被害者の生い立ちまで紹介し、いかに良い人だったかまで報道しています。事故と関係あるのでしょうか。
破損した漁船を港に曳航するのを生中継する必要があるのでしょうか。
マスコミには何か別の意図があって、この事故を利用して世論を無理やり煽ろうとしているように思えるのですが、

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マスコミの突っ込みが入る訳ですよ。
(そう、漫才の様にね。)

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さて、何が狙いだったのでしょう、マスコミは?。
そうそう、毒餃子問題も吹っ飛ばす勢いですね。

でも、日本国民は答えの出ない話題に飽きてしまったのでしょう。
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最初は、なんと卑怯なことをして、と思ったのです。

しかし、こうも考えたのです。
日本軍兵士は国家公務員だと思います。 
つまり税金で行動しているわけです。
ということは、米軍に包囲されたからといって、すぐさま降伏したんじゃ税金ドロボーになってしまうと思うんです。 
もっと粘り強く戦ってほしい。
さらに、サント・トマスにいた収容者は連合軍側の民間人であり、いわば敵。
それを人質にとるのは、全く無関係な人を人質にするのとは訳がちがう。
そしてマニラ郊外に脱出して、再度、戦いを続行したのであれば、納税者の日本人からすれば、あっぱれである、と解釈できると思うのです。

とはいうものの広島・長崎みたく積極的に語るには、はばかる気もします。
こういう事態って、どう考えればいいのでしょうか?

まぁ、ないでしょうが、サント・トマスの件を外国人に突っ込まれたときに、日本人として、どう反論すればいいのでしょうか?

1945年2月に始まるフィリピンのマニラ防衛戦で、米軍に包囲された日本軍がサント・トマスにある連合軍側・民間人収容者、約200人を人質にとって立てこもり、米軍と交渉して、日本軍兵士47人が人質解放とひきかえにマニラ郊外に脱出したという話を読みました。
最初は、なんと卑怯なことをして、と思ったのです。

しかし、こうも考えたのです。
日本軍兵士は国家公務員だと思います。 
つまり税金で行動しているわけです。
ということは、米軍に包囲されたからといって、すぐさま降伏したんじゃ税金ドロ...続きを読む

Aベストアンサー

質問は↓の件のことでしょうか。
(考察の結果としての回答を求めるなら、質問の根拠となる資料は出していただきたいものですね)

セント・トーマス・ドミニカ大学に米英民間人三千五百二十一人が抑留されていた。
日本軍の林中佐は、その中の二百二十一人を人質とした形で、「所長以下の全員(六十五名)を武装のまま完全に振武主陣地に送り届ける条件下の捕虜移譲」を折衝して了解され、五日朝米軍の護衛の下に出発して小林兵団右地区に入った。

質問文では
【日本軍がサント・トマスにある連合軍側・民間人収容者、約200人を人質にとって立てこもり】
と仰っていますが、これはマニラにある「聖トマス大学」であり、「サント・トマス」という土地はないと思います。(それから人に対して「~にある」という表現はしません)



質問の主旨は↓でしょうか。(「サント・トマスの件への評価」ではない。)

>サント・トマスの件を外国人に突っ込まれたときに、日本人として、どう反論すればいいのでしょうか?

どう突っ込まれたのかが不明なので回答不能ですが、
【「数万人のフィリピン人」を巻き添えにするのは何とも思わないくせに、白人は200人程度で騒ぐんだな】
とか言うかもしれません。

【だって、降伏して国際法通りの待遇してくれるとは限らねーじゃん。そもそも↓の状況下で抑留者を解放すれば逃がしてくれるとでも?】とかも言うかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=4nxOqeW4nCo

とかも言うかもしれません。

マニラでの戦闘についても、市民への被害を無視した連合国の無差別な攻撃を、日本軍の行為にすり替えています。

【ひとめでわかるGHQの日本人洗脳計画の真実】
https://books.google.co.jp/books?id=LbA3CgAAQBAJ&pg=RA1-PA55&lpg=RA1-PA55&dq=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D&source=bl&ots=KMkoHwuhNW&sig=xe_jSCRkw6xcuiF6u__mtrWVLLc&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjot-rGsvDLAhVF6KYKHei0ABkQ6AEIPzAG#v=onepage&q=%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D&f=false


↑で 「サント・トマス 日本軍」 で検索

(日本軍の罪にすり替える
「朝日新聞」の記者は、日本軍が市街戦でマニラを破壊し尽くしたと「悪い夢」を見ているようですが、それは朝日新聞が台本作成に加担した「眞相箱」で次のように放送した以降の影響力が大きいからなのです。)

質問は↓の件のことでしょうか。
(考察の結果としての回答を求めるなら、質問の根拠となる資料は出していただきたいものですね)

セント・トーマス・ドミニカ大学に米英民間人三千五百二十一人が抑留されていた。
日本軍の林中佐は、その中の二百二十一人を人質とした形で、「所長以下の全員(六十五名)を武装のまま完全に振武主陣地に送り届ける条件下の捕虜移譲」を折衝して了解され、五日朝米軍の護衛の下に出発して小林兵団右地区に入った。

質問文では
【日本軍がサント・トマスにある連合軍側・民間人収...続きを読む

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現在は軍隊(戦力)ではないという立場で組織整備されているので、軍事行動下という考え方が法的に存在しません。
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もちろん、大反対の世論活動が起こることでしょう。

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国衙って何ですか?漢字が難しいし高校で日本史選択した人たちだけの常識言葉ですよね。荘園のように漢字変換できませんし一般的じゃないですよね?なぜ義務教育で普及させないのでしょうか。あまりにも希薄かつ表面的歴史教育に思います。つまり中学で社会満点でも私のように苦労するわけです。
全体的に日本史理解の肝を捕らえながらご教示お願いします。

Aベストアンサー

>貴族たちに寄付したという事ですか?

書類上は、都のエライ貴族様のものにすることです。そうする事によって、国司側の役人を追い払う事を期待できます。もちろん、寄進は勝手にでは無くて、貴族様に了解を得なければなりませんし、一応、「審査」のような事もあります。


>漢字変換できませんし一般的じゃないですよね?

漢字変換できないのは、教育の問題では無く、歴史の問題ではなく、PCソフトの問題ですよね。私のATOKなら変換できますが。義務教育では、「国衙」という役所ではなく、「国司」という地位・役職で習います。


>なぜ義務教育で普及させないのでしょうか

国司として習っています。数年前の大阪書籍中学歴史では2ページを費やして説明しています。しかし、この国司と荘園ネタは難しいし、テストで採点しにくいし、普通の人間は興味を持たないので省略されやすいです。


☆今日でも、建築違反の取り締まり側の市役所職員が、自宅を違法建築してたりするように、中世では、荘園を取り締まる側の貴族が、広大な荘園を持っていたりしてました。

☆「歴史でこれを習うべきだ」「あれを習うべきだ」「理科でこれを教えるべきだ」「音楽でこのうたを歌わすべきだ」・・・・
厚くて重い教科書を運ぶのが大変ですし、一日9時間授業しなくてはならないでしょうねえ。

>貴族たちに寄付したという事ですか?

書類上は、都のエライ貴族様のものにすることです。そうする事によって、国司側の役人を追い払う事を期待できます。もちろん、寄進は勝手にでは無くて、貴族様に了解を得なければなりませんし、一応、「審査」のような事もあります。


>漢字変換できませんし一般的じゃないですよね?

漢字変換できないのは、教育の問題では無く、歴史の問題ではなく、PCソフトの問題ですよね。私のATOKなら変換できますが。義務教育では、「国衙」という役所ではなく、「国司」と...続きを読む

Qイージス艦問題で漁船はなぜ回避行動をしなかったのか

イージス艦が叩かれていますが、逆になぜ漁船は回避行動をとらなかったんでしょうか?あれだけ大きいイージス艦なら一目見ただけでわかる気がします。それともイージス艦はライトも何も付けずに航行していたんでしょうか?イージス艦がライトも何も付けないで航行していたら、深夜の事故ということもあり漁船は気づかなかったでしょうけど。どちらにしても漁船にも非はあると思うのでイージス艦ばかり責めるのはおかしいと思いますがどうでしょうか?

Aベストアンサー

本件特有の条件は、所謂マスコミのバイアスがかかっているので不明なテンが多いのでなんともいえませんが、一般には海上衝突予防法に定められています。
第十四条 (行会い船) 二隻の動力船が真向かい又はほとんど真向かいに行き会う場合において衝突するおそれがあるときは、各動力船は、互いに他の動力船の左げん側を通過することができるようにそれぞれ針路を右に転じなければならない。
3  動力船は、自船が第一項に規定する状況にあるかどうかを確かめることができない場合は、その状況にあると判断しなければならない。
この(互いにほぼ正面から接近している)場合は双方に右転する義務があります。

第十五条 (横切り船) 二隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船を右げん側に見る動力船は、当該他の動力船の進路を避けなければならない。
この場合は、“右げん側に見る動力船”に回避義務があり、
第十七条 (保持船) この法律の規定により二隻の船舶のうち一隻の船舶が他の船舶の進路を避けなければならない場合は、当該他の船舶は、その針路及び速力を保たなければならない。
回避義務が無い“船舶”は逆に保持義務があります。

これは、“歩行者が互いに避けあって、その結果ぶつかってしまう”というよくある状況を避けるための方法です。
仮に、“イージス艦”側に回避義務があったのであれば、“漁船”側は、針路を保持する(つまり回避行動をしてはならない)義務があります。

但し当然ながら、“衝突するまで針路を保持”する義務はなく、同条3項では
3  保持船は、避航船と間近に接近したため、当該避航船の動作のみでは避航船との衝突を避けることができないと認める場合は、第一項の規定にかかわらず、衝突を避けるための最善の協力動作をとらなければならない。
による回避義務が発生します。

次に、確かに“大きいイージス艦”です、しかしそれを漁船から発見するには“イージス艦”が視界内にいる必要があります。そして、地球は丸いです。
つまり、海面から1.6m程度の高さに目玉がある場合、水平線までの距離は高々4.3Kmしかありません。また、特殊なレーダ以外は水平線の向こうは見ることができません。報道にあるようにイージス艦が10ノットまっすぐ接近していた場合、漁船が停止していても14分で衝突します。漁船側の速度の情報は無いでしょうが、少なくとも5ノット程度は出していたと思われます。そうすると、衝突まで9分です。
夜間であること、イージス艦の航海灯等をみて針路判定を行うための時間などを考えると、水平線上に発見してから危険を感知し判断を行うための時間は5分をゆうに切っていたと思われます。

逆に、“イージス艦”からは、レーダ設置位置、見張り位置も水面からの高さは漁船の比では無いので、例え漁船の小ささによる影響を考慮しても、より遠距離から発見できた可能性が高いと思われます。

単に“相手が大きいのだから発見できなかったのはおかしい”の主張はあまりにも一方的過ぎると思われます。

但し、これは漁船側が
第五条 (見張り) 船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。
の義務に関して過失が無かったとの主張ではありません(念のため)。

本件特有の条件は、所謂マスコミのバイアスがかかっているので不明なテンが多いのでなんともいえませんが、一般には海上衝突予防法に定められています。
第十四条 (行会い船) 二隻の動力船が真向かい又はほとんど真向かいに行き会う場合において衝突するおそれがあるときは、各動力船は、互いに他の動力船の左げん側を通過することができるようにそれぞれ針路を右に転じなければならない。
3  動力船は、自船が第一項に規定する状況にあるかどうかを確かめることができない場合は、その状況にあると判断し...続きを読む

Q1945年8月15日当時の大手新聞社の記事を探しています

質問です。1945年8月15日当時の大手新聞社の記事を展示、閲覧できる図書館、資料館等ありましたら場所を教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そういう場合はやっぱり国立国会図書館です。
以下で探せます。

https://rnavi.ndl.go.jp/rnavi/

あとGoogleで「1945年8月15日 新聞」とかで画像検索するとそれなりに見つかります。
参考まで。


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