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みなさんの小・中・高と大学などの卒業時、節目の時期はどんなお気持ちでしたか?

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A 回答 (3件)

保育園から小学校卒業するまでは


とんでもないろくでなしで
幼稚園の担任には「いかずごけのいしばらおんな」
と言葉の意味をしって暴言はいて
物置小屋に投げ込まれたり
小1の頃には新聞の社会面や国際面を
読み込んでクーデター計画を練り上げ
小2の時にはそれに歴史の知識も悪用して
クーデターを起こして先生を教室から追放し
昼休みまで立て篭もった挙げ句、失敗して自害を図るも
止められました。(クーデターが失敗するのを計算に入れて
自害することも初手から織り込み済みだったという恐ろしい子供でした)
友達と仲違いしたら友達を陥れる為に学校に夜中に忍び込んで
その子以外の図画工作の作品を破壊し、わざと用務員に見つかって
その子の名前を名乗るなど、悪辣極まりないことをしていました。
喧嘩で負けたらその相手を闇討ちにして全治3ヶ月の大怪我を負わすなど
ひとでなしをある意味極めていました。

その小学生時分の自分を変えたかったのですがなかなか変えられずに
もがいていました。

そして小学校卒業式の日、兄がひとこと
「このままいったら中卒で極道になるつもりか」
といわれ、そんな鉄砲玉人生は送りたくないと
自分を変えようとちかった日でした。

中学の卒業式は
岡山から東京への転校が決まっていたので
中学3年でなんとかまともに近づく方向性をきめつつあったので
高校になってもまともな人間によりちかづこうと思い定めていました。

高校の卒業式は
ちょうど昭和天皇の崩御と自分の浪人が決まっていたので
こんな馬鹿高校にいったために馬鹿な人生が決まったか
馬鹿は馬鹿なりに地べたはいつくばっていきていくしかないんだなと
平成の時代になんの期待感も抱かず、人生を諦めていました。

大学の卒業式は
当時としては珍しく携帯電話を所持していて
大学の校歌がかかっているなかで電話が鳴り
内定後すぐに勤めていた会社が自己破産した旨
社長から連絡を受け、俺の人生はお笑い続きの
人生になるだろうと重い定めました。

そして17回転職して14社倒産するという喜劇と
2003年には正月にダブルワークしていた1社が自己破産し
同年4月には残りの1社も廃業し、
同年6月には荷崩れから加害事故を(人身は幸いにしてありません)起こし
同年7月22日の誕生日には下痢で入院
そして同年8月6日に人身事故に遭い不倶者になりました。

言霊を信奉してるわけじゃないですが
いったとおり思ったとおりのお笑い人生になってしまいました。
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小学校では、すでに、心は中学校。


中学校では、すでに、心は高校。
高校では、すでに、心は大学。
大学では、ついに終わった、という絶望感。
「みなさんの小・中・高と大学などの卒業時、」の回答画像2
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小中高は早く卒業して進学したかったので「やっと」という感じでしょうか。


寂しい・悲しいという感情はありませんでした。
大学は実感がなかったですね。まだ卒業したくない、これからどうしよう、夢を諦めなければならないのか、大学のときは好きなことを精一杯できて充実していた…と頭の中をいろんな思いがぐるぐるしてた気がします。
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